複雑・ファジー小説
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.20 )
- 日時: 2023/10/12 13:50
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
甲ノ廻ノ起
<レク君の言う通りですよ。我々は進化を遂げ続けている。進化した我々は、この世界を修正していかなければならない。……政治、経済、教育、モラル。今手を付けなければ、間に合わなくなる。世襲制で必然的に公爵になった親の七光りや、優柔不断でいい様に使われる愚か者に、国を任せている場合じゃないんですよ……!>
<あッ……ぐぅ!>
<ヨハンソンさん! ……くっ、化け物ッ!>
<むしろ、神に近いとか言ってくれない?>
流れている録音の音声、僕が命がけで撮影した写真の数々。そして、右肩と右腕の負傷。あの時、ミゲルさんを確かに追い詰めた。……だけど、ミゲルさんは恐ろしい程に発達した身体能力によって、僕らを逆に追い詰めてきたんだ。簡単に銃を奪われ、ヨハンソンさんも右太ももに銃弾を3発受けてしまった。
……でも、その時、不思議な事が起きたんだ。
「――その時、ヨハンソンさんは止むを得ないと判断し、銃を向けました」
「それで、容疑者ミゲル・アゾ・アラン・ブライアンを射殺した」
「いえ! 一瞬で銃を奪われ、ヨハンソンさんは負傷しました。その後、ミゲルさんが僕らにトドメを刺すべく、銃弾を何発か撃ってきました。……でも、一瞬のうちに、その銃弾がミゲルさんの方に戻って――」
「いい加減にしないかッ!」
バアンと机を叩く音がその場に鳴り響く。
……僕は今、異端審問の事情聴取を受けている。前に受けた「アレ」と同じように、ラフノフさんを中心に審問官の皆さんの冷たい目線が僕に突き刺さっていた。本来、ヨハンソンさんか総長であるガブリエルさんが、説明するべき立場なんだと思うんだけど、ヨハンソンさんは足を負傷して、しばらくは杖が無いと歩けないし。ガブリエルさんに至っては僕に全部押し付けてどこかに行ってしまった。だから、なんとか動ける僕がこうして前に出ているんだけど……。
僕がありのまま説明していると、やっぱり審問官の皆さんはそれを信じようとしない。予想はしてたけど。
「僕は……僕は見たままの事実だけを述べています」
「……」
審問官の皆さんが頭を抱え、ため息をついたりと、なんだかざわついていた。……僕だっていまだに信じられない。だって、あの時、あの、銃弾が何発か撃ちこまれた瞬間に……パパとママを殺した奴が見えた気がするんだ。見えた、気が……。
―――
その後、とりあえず帰してもらったので、レク君が入院している病院へと足を運んだ。病院内は夜の7時を回っているというのに、まだ人がいる。近くにいた看護師さんにレク君の病室を聞き、そこへ行ってみると、白いシーツのベッドで、レク君が眠っていた。頭に包帯を巻きつけて。
「……レク君」
僕が肩を外して、骨を折る程の剛速球を頭に受けたんだ。目覚めるのはまだほど遠いだろう。僕は病室から出ようとする看護師さんに、レク君の様子を聞いてみる事にした。
「まだ、意識は戻らないんですか?」
「は?」
看護師さんが怪訝そうに顔をしかめる。
「いや、昼ごはんめっちゃ食ってましたけど?」
「……は?」
「平熱ですし」
看護師さんが体温計を僕に見せてくる。確かに平熱だ。僕はわけが分からず、頭の中で疑問符とかでいっぱいになってた。看護師さんはベッドの下を指さす。指さす方向を見てみると、大量の器が山になっていた。……僕がぽかんとしていると、看護師さんがため息をつきながら、嫌味たっぷりな笑顔を見せてくる。
「退院してくださると、ありがたいですぅ~♪」
……なんだろう、心配していた僕がバカみたいじゃないか。何とも言えない怒りと、心配して損したっていう呆れとか、いろんな感情が混ざり合ってレク君を見ていると、彼はいびきをかき始めた。
「ぐがぁ~……」
僕は怒りの鉄拳を、レク君の顔面に向かって振り下ろした。ゴギンと音がしそうなくらいの力が入り、レク君は当然悲鳴を上げた。
「ぼがっ!」
レク君が鼻を押さえて呻いている。
「あ、ご……がっ……」
「顎は大丈夫でしょ、起きて帰るよ」
「は、はなぢ……はなぢ……」
彼はそう言いながら鼻をつまんでいたけど、さっさと荷物をまとめさせて、僕らは帰る事にした。
その帰り道。ガス灯が照らす街道を歩いている僕達。レク君は鼻に綿を詰めて、いつもの無表情で歩いていたけど、ふと立ち止まり、頬を膨らませた。
「殴る事ないじゃないッスか」
僕はふうっとため息をつく。
「レク君、君さ、審問をわざとサボったでしょ」
「……ああ。そうですね。だって意味ないじゃないですかあんな茶番」
と、レク君がローブから黒い機械を取り出す。ピッと音が鳴ると、審問の時の音声が流れた。
<僕は見たままの事実だけを述べています>
「ちょ、盗聴なんて高度な技術、よくできたね……じゃなくて! 盗聴は犯罪だよ!?」
「一応気にしてあげてましたんですよ」
レク君はそう言って機械をしまい、また歩き出す。
「ルカさん。どうせ大人達はあの手この手で真実を隠蔽しようとします。真実をひた隠しにし、ミゲルさんも、閣下の事件も、ごく普通の事件として処理しようとするでしょう。まあ、ミゲルさんのような特殊能力を持つ相手が、教会騎士に勤まるとも思えないんですがね」
レク君がそう言いつつ、心なしか怒っているようにも見えた。
「レク君、君は相手を知ってるの?」
「……」
彼は僕の質問には答えず、歩き続ける。
「ルカさんももっとうまくごまかせばいいのに。時間の無駄ですよ」
「時間の無駄って……!」
僕はレク君のローブを掴み、彼を睨んだ。
「人が、目の前で死んでるんだよ!? ミゲルさんも、閣下も、パパやママだって――」
「つってもさ、教会騎士の皆様方やお偉いさんらは絶対信じませんよ。それどころか、臭い物に蓋をするように、闇に葬る事でしょうなぁ」
僕は黙り込んで俯く。
確かに、審問官の皆さんも、教会騎士の皆さんも、誰一人、証拠を見ても信じようとしなかった。僕だって信じられないに決まってるよ。なんだったら、夢の出来事だったと思いたいに決まってる。……信じざるを得ない、のだろうか。
「……明日にしよう。今日は疲れた。また明日ね、レク君」
僕がそう言うと、レク君は頷いて「じゃあこっちなんで」と言って、街の中の闇に紛れてしまった。僕も、別方向に進んでとりあえず自分の家へと足を運ぶ。
「レク君!」
僕はもう闇に紛れてしまったレク君に、大声で呼びかけた。
「君が無事でよかった」
レク君はもう聞こえてないだろうか、返事は帰ってこなかった。でも、いいや。聞こえてるかは問題じゃない。僕は再び歩き出した。今日は半月。やや明るい月灯りが、街を照らしていた。
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.21 )
- 日時: 2023/10/12 13:45
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
翌日、僕は鎮魂歌の事務所へ出勤していた。骨折して右腕が使えないのは不便だなぁと思いながら、昇降機に乗り込んでリモコンを押す。耳障りな機械音と共に激しく揺れながら昇降機が上の階へと昇っていく。昇り切り、事務所を見渡すと、杖をつきながら掃除をしているヨハンソンさん。そして、デスクで何かを貪ってるレク君の姿だ。
……この鼻につく食欲をそそるいい匂い。豚肉?
僕はリモコンを落として事務所に入っていった。ガンッと音が鳴り響くと、ヨハンソンさんが反射的に振り向いて、困惑したような顔をしている。
「お、おはようルカ君。……あと、リモコンをガンッてやらないで。また修理かー! って管理に怒られちゃうんだから」
「おはようございます皆さん」
「聞いてる?」
僕がレク君に近づくと、レク君は夢中になってサンドイッチを貪っていた。
「朝からカツサンドか……よく食べれるね」
「んお、おはおうおざいまう(おはようございます)」
レク君が僕の方へ振り向くと、彼はリスみたいに頬を膨らませていた。もしゃもしゃ、むぐむぐと擬音が出そうなくらい、口を動かしている。……食べるか喋るかどっちかにしなよ。
「あ、もちろんルカ君の分もあるよ」
ヨハンソンさんが僕のデスクを指さす。言われた通り、黄色のかわいらしい箱が置いてあった。……ああ、これ。最近有名になった、「マイセンベーカリー」のカツサンドじゃないか。一日50個限定なのに、よく買えたなぁ。僕が行くと、いつも売り切れなんだよね。
「いやぁでも、良かったよねぇ。レク君が意外と早く回復して~」
「モチのロンです。健康の基本は食ですからね」
「ただの大食いなだけでしょ……」
僕がそうボソッと言うと、レク君が僕にドスドスと音を立てながら歩み寄ってきて、顔を近づけてくる。手にはカツサンドの箱を持って。
「あぁん? うっせーなモヤシ。さっさと食えよ!」
「言われなくても食べますよ! モヤシモヤシっていい加減鬱陶しいな!」
「モヤシにモヤシって言って何が悪いんですかぁ~?」
「うるせーチビ!」
「おほっ、それしか言えんのですかァ?」
「なんだとこの野郎!」
「触んないでよっ! 引っ張んな、摘まんじゃねーッ!!」
「いでで、腕折れてんだよ! 髪掴むな髪ッ!」
僕達が掴み合っていると、ヨハンソンさんがすかさず止めに入ってくる。
「やーめーなーさーいー二人とも!」
やんややんやと騒いでいると、昇降機の動く音が耳に入る。僕達が一斉にそちらへ目をやると、銀髪の女性が昇降機から降りてきていた。
「おはようサンタマーリア、サンタクロース、サンタモーニカっと」
あ、ガブリエルさんだ。……この鎮魂歌の総長らしい人だけど。おっぴろげに開いた胸とか、際どいスカートとか、すごい目のやり場に困る人だ。あと、目はレク君ほどじゃないけど、若干絶望した大人の目って感じで、やる気と生気を感じない。あと、僕は初めて見たけど、目の色が左右で違う。
そんなガブリエルさんは、ズカズカと入ってきて、僕らに近づいた。
「おはようガキ共。朝からハッスルしてハッテンしてんなぁ」
「おはようございます師匠、あと誤解を招くような言い方はやめてください。不愉快です」
「うんうん、元気ならそれでいいぞ」
ガブリエルさんは、レク君の頭をぽんぽん叩きながら笑っている。で、僕にも近づいてきた。
「おはよう、ルカ坊や。事件を解決したんだって? お手柄だなぁ」
「い、いえ、僕は何もしてません。それに解決したかどうかも……」
「いーんじゃね? 容疑者も死んで被害者も死んで、あの後次のラプソン公爵が誰になるかも決まりそうだし。解決の方向で」
「え?」
次のラプソン公爵が決まりそう? ……昨日の今日でそんなに早く決まるものなの?
「この島じゃいろいろ陰謀やらなんやらの魑魅魍魎が蠢いてんだ。そういう話も珍しくないし、汚い大人が色々権力振りかざして、真実をひた隠しにしてんだよ。そうして仮初の平和を保ってる。私達も、その仮初の平和を守るために、教会騎士やってるし、お前もそうだ」
「……仮初の平和(そういうの)を容認しろって事ですか?」
僕がガブリエルさんに聞くと、ガブリエルさんは何も答えず給湯スペースに行き、棚にあったハチミツのボトルに直接口を付けて、ゴクゴク飲み始めた。……うわあ。
「今はな。だけど、その真実をいずれ暴く日がくるはずさ。……まあ、あれだよ。今は無垢な子供のままでも問題ないって事だ」
無垢な子供のままで……か。
「ガッちゃんの言う通りだね。今はまだ今のままでも大丈夫だよ、うん」
ヨハンソンさんが腕を組みながら、うんうんと頷く。
「そーゆーもんですかね」
「そーゆーもんだよ、レク」
ガブリエルさんが笑いながらレク君に近づいて、レク君の頭をバンバンと叩いた。
「……やめてください、縮む」
「元から小さいじゃん」
「うっせぇデカプリオ!」
レク君がガブリエルさんの腕をつかんだ瞬間、昇降機のけたたましい音が事務所内に響き渡る。……今度は誰だろう?
「入りまーす」
女の人……あ、シオンさんだ。
「し、シオンちゃん!? あのね、シオンちゃん!」
ヨハンソンさんが慌てて彼女に近づくと、シオンさんはリモコンを落とし、ガンッという音が響く。
「あぁ、ガンッてやらないで! ま、間もなく。間もなくなのよ?」
「私、できたかも」
「……ッ!!?」
ヨハンソンさんが声にならないような音を放り出して、顎をがくんと落として目を見開いている。……何の話なんだろうか。そんな彼を無視して、シオンさんが僕らの前に出た。
「鎮魂歌の皆さんにお客様が。それでは、はりきってどうぞ!」
シオンさんが指し示す先には、牧師様が立っていた。……ヨハンソンさんより上の年齢だろうか、皺だらけの顔に丸眼鏡をかけている、とても痩せた男の人だ。彼がこちらに一歩近づく。
「……「ボンデ」と申します」
ヨハンソンさんが怪訝そうな顔でボンデさんを見ると、彼はこちらに振り向いた。
「牧師みたい」
レク君がそれだけ言うと、
「神父です。カトリック教ですから」
と一言。
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.22 )
- 日時: 2023/10/12 13:47
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
「「トーマ・ボンデ」牧師殿ですか」
「神父です。カトリック教ですから」
応接スペースのソファに向かい合ったヨハンソンさん、それにガブリエルさんは、名刺を渡された。一体神父様がこんなところに何の用何だろうか。と、僕はデスクから彼らを見守っている。
「ああ、申し訳ありません。……で、我々に一体どのようなご相談がおありなのですか?」
ヨハンソンさんがペコペコを頭を下げつつ、笑みを絶やさずそう聞く。ガブリエルさんはというと、興味なさそうに葉巻を一つくわえ、ライターで火をつけて吸い始めた。
「葉巻はおやめください」
「あ、失敬。気にせず」
「いや、気にしますよ」
「ステルス発動……!」
怒っている神父様をよそに、彼女は訳の分からない事を言い始めたので、レク君がすかさずガブリエルさんと場所を交代する。煙たくなってきたので、僕は壁にあった換気扇のスイッチを起動した。
「で、で、どのようなご相談~?」
レク君が興味ありそうにメモを取り出して、神父様に尋ねると、神父様はため息をついた。一先ず怒りを鎮めてくれたようだ。
「まあ、とりあえずですね。私は、十年ほど前に友人を失いましてね。その事件はその友人の失踪で片が付いているのですが。やはり納得できず、今日まで他に手掛かりがないか、情報収集等をしておりましたが。……やはり、私個人では何とも。ですので、今回は鎮魂歌の皆様方に依頼しに参った次第です」
「ほお~」
ヨハンソンさんが感心しながら声を上げる。
所謂迷宮入り事件の解決か。十年前の事件……。流石に証拠や証人を見つけるのは容易じゃなさそうだなぁ。でも、関係者に聞けば、何か手掛かりがありそうな気がする。
「ちなみに、被害者の名前は、「アンドレ・モニカ」さんですね。有名な芸術家で、一時期話題になってたらしいじゃないですか。当時の新聞記事もありますよ」
と、レク君はローブの中から捜査資料を取り出して読み上げた。
「「芸術家死体無き殺人事件」。新進気鋭」
「新進気鋭」
レク君が読み間違いをしたので、僕がすかさず指摘すると、彼は一瞬硬直する。
「し、新進気鋭の芸術家、「アンドレ・モニカ」氏が自宅のアトリエから奥様と電話していたんですね。まあ簡単に言えば、モニカ氏と電話をしていた奥様、「フロリアーヌ・モニカ」氏が銃声を聞き、電話が切れる。で、奥様は殺人事件ではないかと、教会騎士に通報しアトリエへ向かい、奥様と使用人が現場を開けると、現場は争った形跡があり、確かに事件性があると確信せざるを得ない状況でした。ですが、肝心の死体は見つからず、失踪扱い。……か」
レク君が読み終えると、ふぅっとため息をついた。
「しかし、改めて見ても不自然な点が多すぎですね。銃声が聞こえたのに、死体が出てないなんて」
「確かにね……ガッちゃん、何か思い当たる節とかない?」
ヨハンソンさんが、葉巻を吸い終え、デスクに座ってペペロンチーノをずぞおおおっと吸っているガブリエルさんに声をかける。
「ん? まあ、昔冷凍コンテナに閉じ込められた死体が一瞬にして消えた~なんて未解決事件もあったしねぇ」
「本来、未解決事件というものがあっていいものかと、私は思うのですがね」
ガブリエルさんの態度に少々腹が立っているのか、語気が強くなる神父様。
「お、落ち着いてください」
ヨハンソンさんが神父様を宥めていると、レク君が捜査資料を見つめながらぶつぶつ独り言をつぶやいていた。
「ふーん。失踪した芸術家モニカ氏の真相を改めて調査、解決。ねぇ……ククク、燃えるね」
例のくつくつ笑いをし始めたのだった。そしてレク君は、何かに気が付いて勢いよく振り向く。
「おっと、どうしたのレク君?」
「いえ……視線を感じまして」
「視線?」
「……気のせいか」
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.23 )
- 日時: 2023/10/12 13:49
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
その後すぐに僕達は、モニカ氏の自宅……いや、現場へ向かう事にした。大聖堂から徒歩15分。そこそこ近い距離なので、レク君も安心だろうね。現場に向かうのは、僕とレク君、そしてヨハンソンさん。……ガブリエルさんは、他にやることあるらしく、今回もお留守。……本当、普段何してるんだろ、あの人。僕がそんな疑問を抱いていると、レク君が心を読んだようにつぶやく。
「師匠はあれでも忙しいんです。ぼくらがこうして大手を振って街中を歩けたり、何の心配も無く過ごせるのは、実は師匠のおかげなんですよ」
「そうなの?」
僕がそう聞いてみると、ヨハンソンさんが頷く。
「ガッちゃんはね、あれでも特殊訓練を受けた軍人で、現教皇様の右腕的存在だったんだよ。鎮魂歌ができる前は「聖騎士団」っていう「教皇の盾」なんて呼ばれる組織にも所属していたんだから」
「「聖騎士団」!? ……それって、教会騎士の中でも高度な科学知識とか戦闘技術、捜査技術に精通しているっていう、「特別組織」ですよね。……僕のパパがが所属してたんですよ。ここでその名前を聞くなんて、びっくりです」
「およ」
僕がそう言うと、ヨハンソンさんが目を丸くした。
「えーっと、ルカ君のパパ、なんて名前?」
「あ、はい。「ベルナディト・フィリッポス」です」
「……そ、そっか。多分、奥さんは「マノン」って名前かな?」
「えっ、何で知ってんですか?」
そう聞き返すと、彼は寂しそうに笑った。
「先輩なんだよ。まあ、「ある事件」で疎遠になっちゃって」
「ある事件?」
「知ってます。「マリアさんの事件」ですよ」
「マリアさん? ……って、確か」
「レク君……」
なんだか隠し事をしようとしている雰囲気。……こういう空気、嫌いだ。
「あの、隠し事はやめてください。僕、仲間に隠し事をされて疑うの、一番嫌いです」
「……聞きたいですか? グロ注意ですよ」
レク君が神妙な雰囲気で僕の顔を覗き込んでくる。僕は即答した。
「聞かせてほしいよ。だって、仲間じゃない。僕達」
「いい男ですね、あなたは」
レク君が心なしか微笑んだ。
「しかし、今は話せません」
「え、なんで!?」
僕がそう疑問を叫ぶと、レク君が目の前を指さす。
「もう目的地についてしまいましたから」
「あっ……もう」
落胆している僕に、ヨハンソンさんが肩にぽんと手をおいた。
「ま、長いからね。時間がある時にでもしようか。ごめんね」
ヨハンソンさんにそう言われると、納得せざるを得ない。僕達は10年前の事件の現場へ……の前に、まず奥様からお話を聞くことにした。事情聴取は捜査の基本だ。
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.24 )
- 日時: 2023/10/14 18:43
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
モニカ邸宅につくと使用人に案内され、応接室に通された。使用人が持ってきてくれたクッキーをもっもっと食べているレク君に、「行儀悪い」と手を叩いていると、奥様がやってきた。
奥様は金髪碧眼の美しい貴婦人というような見た目だった。ドレスも最近はやりのギラギラでなく、慎ましい感じの色合いが、良く似合っている。
「はじめまして、奥様。私は「ヨハンソン・レッド」。鎮魂歌所属の教会騎士です。こちら、「レクトゥイン・パース」。こちら、「ルカ・フィリッポス」。よろしくお願いします」
僕らは紹介を受けてぺこりと一礼。奥様も微笑んで頭を下げてくれた。僕達、そこまで身分は高くないけど、教会騎士っていう肩書の御蔭で奥様の態度も軟化してる。まあ、それはそれとして。
「今回の事でボンデさんには感謝しているんですよ。また捜査していただけるなんて。現場もそのままにしてあるんです……本当に良かった。ありがとうございます」
そうか。この人も大切な人を亡くして、捜査の再開を待っていたんだ。
「なんでそのまんまにしてんです?」
レク君がメモ帳を取り出し、書き込みながら尋ねる。
「あの空間にはまだ「夫の魂」が生きているんです。ですから、あの空間もそのまま生かしているんですよ」
「なるほどぉ……」
ヨハンソンさんは感心しながら、出された紅茶を一口。僕も両手でカップを持って、口に入れた。……うん、予想通り美味しい。渋味が抑えられてて、尚且つ紅茶本来の香りと味が生きてる。……って、紅茶の感想なんかどうでもいいんだよ!
「早速案内していただけませんか?」
僕がそう言うと、奥様は頷いた。
使用人と奥様の案内の下、僕らは現場へと赴く。現場となるアトリエ内は埃っぽくない。意外だ、こういう不吉なところは、誰も来たがらないと思ってた。
「こちらが、夫のアトリエです。十年前から何も手つかずで、こうして封印しているのです」
奥様がそう言っている間に、使用人はさっさと扉の前の仕切りを片付けて、扉を開ける。扉があいた瞬間、血の腐ったような臭い、埃っぽい臭い、絵の具の臭い、何かの腐臭と埃で充満していたせいか、ひどい臭いだった。
「枯れてる、真っ黒」
レク君が倒れている花瓶の花を、持っていた指さし棒で突き始める。……そんなアイテムも持ってたんだ。
「血の匂いがしますね。……芳しいですなぁ、クックック」
何が楽しいのか、レク君は引き笑いまで始めた。
レク君を無視して部屋を改めて見回す。立派なテーブルや椅子、画板やら紙、絵の具が床に散乱して、まるで空き巣でも入ったのかってくらいの惨状だ。絨毯は高級そうだし分厚いし。だけど、血液らしき黒いシミがこびりついているし、壁やラック、テーブルなどには10年分の埃が積もっている。レク君がコンコン叩いている花瓶は、床に落ちて、中に入っていたであろう花も真っ黒に染まっていた。
すると、どこからか音が聞こえた。「りーん、りーん」って。
「ん、聞いたことのない音ですね」
ヨハンソンさんがそう言うと、奥様は「ああ」と一言。
「ここに飼っているのですよ」
奥様はそう言いながら、部屋の外にあった白い布を取り払う。中から現れたのは、巨大なガラスのケース。……の中に入っている黒い虫の大群。なんというか、布を取り払った後、芳しい香りもした。
「スズムシ……」
レク君がそうつぶやく。
「よく知ってるわね。そう、これはスズムシ。「ニポン」に生息する虫だそうです。夫が生前ニポンの友人から買い取って、飼育していたんですよ」
「へー、ぶっちゃけめっちゃキモ――」
僕はレク君の脇腹に一発肘をくらわす。「ふごぉ!」とレク君は叫び、脇腹を押さえて蹲った。
「夫は仕事に煮詰まると、何日もこの部屋に籠りっきりになるんです。「四季」を感じながら、創作に打ち込んでいたのですよ」
「四季を?」
「スズムシは、ニポンでは秋の象徴とも言われています」
「へぇ~」
レク君が頷きながらメモを取ると、僕は部屋を見渡しながら、奥様に尋ねる。
「モニカさんは、ここで誰かと争ったんですよね?」
「はい。カップや本、それに花瓶やテーブルまでが崩れ落ちていて、誰かともみ合った痕跡が」
ヨハンソンさんがそう答えてくれると、レク君は床に這いつくばりながら、指さし棒でカップをコンコンとリズムよく音を鳴らす。
「お茶カップ、いいッスね。上品な模様とかがいいですね」
そう言い終わると、顔を僕に向ける。
「つーことは、お茶を飲んでる時に、後ろから「ズドン」! ってカンジッスかね」
「争った形跡があるつってんだろ」
「ありゃ。そりゃそうだ」
僕はため息をつきながら、バッグから捜査資料を取り出す。
「当時の調べでは、容疑者は二人。モニカさんの片腕とも呼ばれた、「フェルズ・クラース」さん。それと、愛弟子と呼ばれた「ジョン=ポール・ジョフレ」さん」
「ジョジョ?」
「ええ、フェルズさんは当初から二人三脚で、「サンタモニカ会館」を興した方ですが、経営方針ではいつもモメていました。……ジョンさんは夫も認める才能の持ち主で、そのせいか、絵の方向性でいつも衝突していました」
レク君が奥様の話を聞きつつ、それもメモをする。
「しかし、まあ。お二人とも確実なアリバイがあったんですよね?」
背後で聴いていたヨハンソンさんが、顎を撫でながら首をかしげていると、奥様は頷く。
「夫から、その日の午後5時30分ごろに電話がきて、それに出て話をしていました。その日も帰らないと、泊りになりそうだと、そう言った瞬間、銃声が聞こえたんです。慌てて教会騎士に通報し、彼らを待ってからアトリエへ入り、この部屋の扉を開けると、争った形跡と血液の跡しかなく、夫の姿は忽然と消えていたのです」
ヨハンソンさんが、僕の後ろから捜査資料を眺めていた。
「その日、フェルズさんは隣町の個展に赴くべく、馬車で「テレーゼ街道」を通り、ジョンさんは家族と共に舞台の観劇に。アリバイはバッチリだね」
「わざわざ観劇に。……アリバイを作る為のわざとらしさも感じますね」
僕がそう言うと、ヨハンソンさんも頷く。
「俺も一度も妻と一緒に観劇にはいかないね~。……あ、だから新しい恋にいっちゃうのかなぁ――」
「ヨハンソンさん!」
「ご、ごめんちゃい」
ヨハンソンさんが小さくなったところで、僕は奥様の方を見る。
「今、そのお二人とは?」
「夫が亡くなって、逆に溝が無くなって、今は私を支えてくださっています」
奥様がそう言うと、ヨハンソンさんは「う~ん、いい話だ」と感動のあまり俯いた。
「しかし、何と言っていいか……電話の最中に殺害されてしまうとは、奥様もさぞ心が痛んだことでしょう……」
ヨハンソンさんの言葉に、奥様は先ほどまでの気丈な態度から一変。涙を流し、むせび泣き始めた。ヨハンソンさんはすかさずハンカチを取り出して、奥様に手渡す。
「申し訳ありません、お辛い事を思い出させてしまって……」
やはり、愛する人を失う事はとても悲しいことだ。僕も釣られて涙が出そうに――と、その瞬間、レク君が指さし棒で血痕を叩き始める。
「どうしたの?」
僕がそう聞くと、レク君が僕に顔を向けながら答えた。
「銃に撃たれたにしては、血痕が少なすぎますよ。ほら」
僕は捜査資料をまた開く。
「当時、モニカさんには自傷行為の癖がありました。当時、絨毯の血痕は自傷行為によるものか、銃での負傷によるものなのか。不明とされています。ここから、殺人の線から自殺目的の失踪の線に捜査の方針が傾いたみたいですね」
すると、奥様が不機嫌になったのか、声を荒げた。
「自傷行為と自殺は違います。自傷行為は彼にとっての創作の一環だったんです!」
僕はそれを聞いて、捜査資料を閉じてバッグにしまう。
「まあ、創作行為中の血液が絨毯にこびりついた可能性はありますけど、出血量が少ないからって、銃で撃たれてないという事でもないんですよね」
僕はパパから聞いた事のある知識を口にした。
「小口径の銃弾なら、貫通しないから出血量もたかが知れてますし、当たりどころによっては、歩けるくらいです」
僕がそう言うと、奥様は困惑した表情を見せる。
「プスプス、プスプス……」
「レク君、何?」
「ん。いや。殺しが目的じゃないのに、なんでわざわざ小口径の銃を使う必要があるんでスカーレット・ヨハンソン」
レク君が死んだ魚みたいな目を向けてくる。ヨハンソンさんも一瞬反応してレク君を見ている。
「犯人が女性の場合、大型の銃は使えません。反動が大きすぎて当たらないですから。あと、死体を運び出す必要があるのに、自分では運び出せない場合とかね。これも非力な女性の場合なんだけど。傷を負わせて脅して、自力で歩かせた後に、馬車やらを使って山中なんかに連れて行ってから殺す……っていう場合もあるんだよ」
「そっかぁ」
レク君は納得して頷くと、慌てたように奥様が僕に詰め寄ってきた。
「あの……私を疑っているのですか!?」
「いえ、登場人物全員を疑ってます。教会騎士の基本だって、パ……父も言っていましたので」
僕がそう言い切ると、レク君がうんうんと頷く。
「じゃあ、他のメンツも洗いに行きましょうか」
「仕切んじゃねーよモヤシ!」
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.25 )
- 日時: 2023/10/14 18:46
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
まず僕らは、「フェルズ・クラース」さんに会う事にした。僕らは彼の運営する事務所を訪れ、応接室に通される。そしてしばらく待っていると、フェルズさんが入ってきた。ねじれた黒髪を一つに結った黒い肌の男性……アフリカ系だろうか。白いシャツが映えるなぁ。
「マイコー?」
「違うよ」
ヨハンソンさんが笑みを浮かべながら、一礼をする。
「すみません、「フェルズ・クラース」さんですね? お噂はかねがね。お時間を取っていただき、大変恐縮であります」
「いえ」
フェルズさんが一言そう返事をすると、ヨハンソンさんは早速本題に入った。
「十年前、モニカ氏が失踪した時の事をお伺いしたいのですが……覚えていらっしゃいますか?」
十年なんて子供が大人になるのに十分な月日だ。覚えていなくても何ら問題はないんだけど……。フェルズさんは頷いた。
「教会騎士の皆さんには何度もお話した事ですが、その日は隣町に開いた個展に向かっていました」
「その点に関しては、個展スタッフや関係者にも裏が取れていますね」
不自然な点は今はなさそうだね。すると、レク君がバッグから何冊かの雑誌や週刊誌などを取り出し、テーブルに取り出す。
「あなたの記事、何枚か見させてもらいましたよ。一緒に写真撮られたりしていましたよね」
「ああ、よく見つけましたね。懐かしいなぁ、これ、一緒に撮ってとお願いされたりして、無理やり撮られたんですよ」
「アリバイはバッチリ先生ですねぇ。当時個展に行ったという教会騎士の人にも、あなたの姿を見た、握手してもらったと言っていた方もいらっしゃいましたしね。いいですねぇ、まるでスターです」
レク君がそう言って、フェルズさんに近づく。死んだ魚みたいな目を向け、じーっと彼の瞳の中を見つめる。フェルズさんは引き気味だ。
「ふむ、いい匂いですね。画家の匂いです」
「気持ち悪いよ、レク君」
僕はレク君の手を引いて、彼から引きはがすと、フェルズさんはため息をつく。
「……で、他に何をお話すれば?」
うん、やっと本題に入れそうかも。僕は口を開いた。
「当時、モニカさんとは経営方針を巡ってもめてらしたそうですね」
「ああ、ええ。私は家元制度のシステムを構築しようと考えていたのですが、モニカは「その必要はない、自分一代で終わっていい」という考えでしたから」
フェルズさんはそう答えてくれた。……なるほど、確かにそれじゃあ平行線だな。僕は一歩彼に近づく。
「もめてらしたのは、それだけでしょうか?」
「は?」
「ルカ君?」
フェルズさんとヨハンソンさんが同時に声を出す。僕は構わず、彼の瞳をまじまじと見つめて、問いかけをつづける。
「失礼ですが、まだ独身でいらっしゃいますよね」
レク君がにやりと笑う。……なんで笑ったんだ?
「……それが何か?」
当然の質問。僕は答えた。
「あんな美しい未亡人が傍にいたら、僕だったらどうしてるかなと、そう思いましてね」
「え、マジ? ルカちゃまは未亡人の人妻が趣味なんガッ」
「うるさいよ」
レク君がうるさいので拳骨を入れてやる。彼は大人しくなった。フェルズさんはふうっと深いため息をついて、呆れたように首を振る。
「十年前も、教会騎士の皆さんにそんな事を聞かれましたね。……確かその時は金髪のおっとりした女性騎士でしたか。に、しても。教会騎士の皆さまは、神に仕える身という割には、そういうゲスな考えがお好きなようで」
彼が腕を組み、皮肉めいた事を言ってくれるので、僕も返してやった。
「ええ。犯罪者は皆ゲスなものですから」
それを聞くと、フェルズさんは顔を逸らす。
「私は、モニカとは若い頃から同じ釜の飯を食うような仲ですから」
「カマ?」
「フロリアーヌさんも家族みたいなもんで、色っぽい事は何も」
それだけ言うと、彼はまたため息をついた。
「……約束があるんで、そろそろ……それとも、まだ何かあるのですか?」
「プスプス、プスプスプス、プス」
「なんですか?」
フェルズさんにそう聞かれたレク君は彼の瞳をじぃっと見つめる。
「資料によりますと、あなたとアトリエにいるというモニカさんと当時、電話でお話をされていたとか」
「ええ。殺される30分前の……5時くらいですかね。その時はまだ事務所にいまして、電話がかかってきたんです」
「……なぜ、アトリエにいると思ったんですか?」
レク君の問いに、フェルズさんは一瞬顔を引きつらせた。
「スズムシって知ってます?」
「リンリン鳴く奴ですよね」
「ええ、そいつらがうるさかったもので」
「確かにうるさかったですよね。佃煮にしてやろうかと思いました」
「それはイナゴですよ。とにかく、スズムシの声がする場所なんて、アトリエくらいしかないでしょう」
フェルズさんがそう言った後
「時間が迫ってるので。失礼」
と言い、僕らに一礼して退室していくので、レク君は彼の後ろ姿に笑顔で手を振った。笑顔と言っても、やっぱり例の作り笑いだけど。
「あ~した、おつかれ~した!」
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.26 )
- 日時: 2023/10/14 18:48
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
次に僕達は「ジョン=ポール・ジョフレ」さんの、絵画教室へと赴いた。週に5日開いているらしく、今日もその最中だった。……僕らは教会騎士であることを受付に伝え、空き部屋に通される。絵具の匂いがするな。
「うーん、絵の方はぼく、専門外ですが。この絵は素晴らしいものだって事は、よくわかりますね」
レク君が部屋に置いてあったキャンバスの絵に、そんな感想を述べる。僕も見てみると、ふむ。海の絵かな。青い海に朝日が昇る風景を描いたんだろう。芸術の良しあしはよくわかんないけど、いいものだって事はわかる。
そんなこんなで、部屋に誰かが入ってきた。短い金髪、緑色の瞳。童顔の男性だ。絵具がかかったエプロンが、まさに絵描きのイメージ通り。彼はぺこりと頭を下げる。
「どうも、「ジョン=ポール・ジョフレ」です」
「こちらこそはじめまして。「ヨハンソン・レッド」と申します」
「挨拶はそこそこに。時間がないので」
「お忙しいところ申し訳ありません……」
ヨハンソンさんとジョンさんが挨拶を交わすと、ジョンさんが顔を上げた。
「で、今更十年前の何を聞きたいんですか?」
不機嫌な様子だ。というか、入ってきた時から機嫌が悪かったな。忙しいところに突撃しちゃったからかもね。まあ、そんな彼の様子に、レク君がしかめ面を見せる。……無表情なんだけど。
「カンジ悪っ」
「十年前のモニカさんが失踪した事件の事なんですが。当時の午後5時には、ご家族と観劇に行ってらしたそうですね」
僕の問いにジョンさんは、「わかってるじゃないか」といった風に深いため息をつく。
「……それが何か?」
「舞台、面白かったですか?」
「ええ、まあ」
「タイトル、なんでしたっけ」
ジョンさんは訝し気に目を細めた。
「カマかけてるんですか?」
「カマ?」
「失礼だな……」
「そう言わず、答えてくださいよ」
僕がそう言うと、ジョンさんはにっと笑う。
「タイトルは「テューレの王の杯」ですよ」
彼がそう言うと、僕は記憶を頼りにあらすじを思い出す。
「確か、マスネ作曲の歌劇でしたよね。元はシューベルトの曲だった」
僕の言葉に、彼はにまーっと笑う。
「……そうですね」
「ちなみにその作品は、初演されていませんよ」
「……!」
ジョンさんは面白いくらいに驚愕の表情を見せてくれた。
「チョロい、チョロすぎる」
「もしや観劇したという事自体が嘘だったり……!?」
レク君とヨハンソンさんがジョンさんを見るが、ジョンさんは慌てて否定する。
「あの日は子供が風邪気味で、観劇に行く前に子供が吐いちゃって大変だったんですよ! 観劇にすら行けてなかったんです。なんでしたら、妻と子供に裏を取ってくださって結構ですから!」
「じゃあ、連絡先を教えてください」
「離婚したんですよ。私からは教えられません。わからないので」
「調べられると厄介な何かがある、と考えてもいいですかね?」
「勝手にいろいろ考えてくださいよ」
そう言って、ジョンさんは一礼した後、部屋を出ていった。レク君もヨハンソンさんもそれを見守り、何か確信づいた顔をしている。……確かにジョンさんは怪しい。でも、裏を取ればわかる事も増えるかも。僕は腕を組んでふうっとため息をつく。
「とりあえず、食事でもしましょう。腹減った」
レク君がそう言いながら立ち上がった。確かに、もうお昼すぎちゃった
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.27 )
- 日時: 2023/10/14 18:51
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
「よう食うねぇ!」
厨房の親父さんがそう言いながら笑っていた。隣では奥さんらしきスペイン人がチャーハンを炒めている。丸くて深い鍋を炎に包んでチャーハンを躍らせて。あの豪快すぎる調理法はここフランスでもなかなか見ないなぁ。フランベの進化系か……?
さて、今僕らは「寧幸」に来て、レク君の大好物の「ラーメン」や「ギョーザ」を食べながら、今後を話し合っていた。
「俺の長年の勘じゃ、ジョンさんが一番怪しいと思うんだよね。何しろ、アリバイがあやふやだ。それに当時の証人も奥さんとお子さんだけだしね」
「……んふふ、ばかうま……「大名古屋茹でギョーザ」……」
「まぁた解決しちゃったねぇ、レク君ルカ君! ここは奢りでいいよ、じゃんじゃか食べなさいね~!」
「あと10人前注文していいッスか!?」
「いいよぉ、報奨金も出るしねぇ~!」
「太っ腹ぁ! 親父さん、あとギョーザ10人前、茹で5焼き5、ニンニクマシマシ!」
「あいよぉ! よう食うな、まだ食うのぉ!?」
「En serio. Tienes un estómago de hierro.(マジか、鉄の胃袋だな)」
上機嫌だなぁ……。はしゃぐ皆を横目に、僕はそう思いながら頬杖をついてため息をつく。この店、なんか油っぽいし、ギトギトだし、熱いしニンニク臭い。あんま好きじゃないなぁ。そう思って、ため息をついていた。
そんな感じで話していると、入り口から誰かが入ってくる。……ガブリエルさんだ。胸をゆっさゆっさと揺らしながら、不機嫌そうに僕達のテーブルの前にファイルをバンッと置く。
「……ったく、他人をおつかいロボみたいにしやがって! 頼まれてきた仕事、やってきたぞ!」
「ありがとうございます、師匠。それ、いつもぼくらがやってる仕事なんで、たまにはいいでしょ」
「はぁ……まあいいや。親父ィ、名古屋ヒツマブシテンシンハン唐揚げセット5人前な」
「ガッちゃんもよく食べるね……」
ガブリエルさんは僕の隣にどかっと座る。そして、ため息をついた。
「「ジョン=ポール・ジョフレ」の元妻に連絡取れたよ。その日、風邪気味だった子供が吐いて、緊急で病院に行ったらしいぜよ」
「ぜよ?」
ギョーザを口に含みながらレク君が顔を上げる。
「……えっ、じゃあ、ジョンさんは――」
「白だよ。医者とも裏はとったし」
それを聞いたヨハンソンさんはがっくりと肩を落とす。しかし、すぐに顔を上げた。
「じゃ、じゃあ、犯人はフェルズさんだ! フェルズさんが犯人――」
「フェルズさんもその日は個展に行ってたって聞いたじゃないですか」
「あぁ~そうだった……」
僕のツッコミにヨハンソンさんはまたがっくりと肩を落とす。そしてまたすぐに顔を上げた。
「ごめん、ギョーザ10人前キャンセル!」
「えぇ~っ!?」
「そりゃねーでよ!」
「¿Por qué?(なんでや)」
ヨハンソンさんが苦しそうに声を放り出して手を振ると、親父さんと奥さん、レク君が同時に声を上げて、顔をしかめてヨハンソンさんを見ていた。
「だぁって、こんなご飯食べてる場合じゃないじゃない!」
「なんでですか?」
眉間に皺を寄せて困っているヨハンソンさんに、レク君は真顔で尋ねる。
「えっ?」
「もう答え、わかってるじゃないですか」
「……えっ?」
僕とヨハンソンさんはレク君を見る。ガブリエルさんはふふっと笑い声を出した。
「なんだ。もうわかったのか。流石私の愛弟子」
「ど、どういうことなの、レク君?」
僕がそう尋ねると、レク君がハシを僕に向けた。
「馬鹿でもわかりますよ。……ってか、問題はトリックなんですよ。我々はもうすでに真犯人の喉元まで迫っているわけです」
「……そのトリックは?」
「それは――」
僕の問いにレク君はいきなり背後に振り向く。
「……視線」
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.28 )
- 日時: 2023/10/18 19:39
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
鎮魂歌の事務所に戻ると、レク君はメモ帳を取り出し、ばらばらと読み始めている。彼は「もう答えはわかっている」と言っていたけど、僕にはよくわかっていない。僕がそう言うと、レク君は
「わかりませんか?」
と死んだ魚みたいな目を向けてくる。
「わかんないよ」
僕は首を振るしかできない。
「ふむ……ヨハンソンさんも?」
「恥ずかしながら全く」
「でしょうね」
「うぅん……」
ヨハンソンさんはガックリと肩を落としていた。
「では、今回の事件のキーワードをまとめていきましょうか」
レク君がそう言うと、床にクッションを敷き、そこに座る。そして、前に使っていた分厚い本を取り出して床に置き、筆と黒い箱みたいなものに、黒い容器から液体を出そうとするが、「ブブブブゥ」という音が出るだけで、中身は出てこない。
「……あ、品切れ」
と、レク君はそう言いながら空の容器をごみ箱に捨てて、給湯スペースへ行く。
「……もたもたしてんじゃないよ」
「全くです。準備は入念にしておくべきですね」
と、いいつつ、元居た場所に戻り、彼は黒い石の様なものを擦っていた。
「何してるの?」
僕がそう聞くと、レク君は手を止めず答える。
「「スミ」を作ってるんです」
「炭? それで炭は作れないよ」
「墨ですよ、墨水。東洋では墨を用いて、物書きをするんです」
「へぇ。インキとは違うの?」
「東洋発祥のインクは墨をすりおろして水に溶かしたものを使うそうです。古代ローマでは煤やイカスミを原料としたインクや、硫酸銅を含んだ革の黒染液、アスファルトを含むと考えられる黒色のワニスなんかが、アトラメンタムと呼ばれ、用いられたそうです」
「そうなんだ。難しい事はよくわかんないけど」
「ええ、わからずとも問題ないですよ。この世はわからない事でいっぱいですからね」
という話をしつつ、彼は墨を擦り終えて筆に浸す。そして、本に文字を書きだした。
「個展」
レク君が呟きながら、どんどん文字を書き連ねていく。僕も、キーワードとなりえる文字……読めないけど。とにかくそれらを聞いて、収集した情報を脳内でまとめていた。
「アトリエ」
アトリエで起こった、謎の失踪事件。10年前だけあって、情報は少なかった。
「アリバイ」
そういや、フェルズさんもジョンさんもアリバイがバッチリだ。……でも気になる事はある。フェルズさんの場合、移動中の証言が無い。ジョンさんは元奥さんが証人で、当時のお医者さんも証言してくれてる。だけど、フェルズさんは個展に来るまでのアリバイは、まだはっきりしてない。……考え過ぎだろうか?
「モニカ」
今回の被害者、「アンドレ・モニカ」さん。創作の際の自傷癖による出血で、絨毯が赤くなったのか、それとも、争って銃で撃たれたのか。
「写真」
<ああ、よく見つけましたね。一緒に撮ってとお願いされたりして、無理やり撮られたんですよ>
フェルズさんの言葉が蘇ってくる。あの写真はフェルズさんのアリバイを証明するもの。……そういや、写真をよく見てなかったけど、たくさんのファンやスポンサーに囲まれて撮ったものだったし、特段怪しいところはなかったはずだけど。
「銃声」「電話」
全ての始まりだ。電話からの銃声で、現場に駆け付け、被害者が失踪……。
「スズムシ」
スズムシ。そういや虫の鳴き声は、電話を通さない程周波数が高いらしいな。……あれ、なんだか違和感あるな。
「血痕……あ、間違えた」
レク君がそう言うと、本のページを破り、丸めて背後に投げ捨てる。
「もう、ちゃんとゴミ箱に入れなよ!」
「うっせ」
再び白いページに、彼の筆が走る。
「血痕」
絨毯にこびりついた血痕は、いつできたものなのか。だけど、それを検証するには時が経ち過ぎている。
「カップ」
<お茶を飲んでる時に、後ろからズドン! ってカンジッスかね>
彼自身の言葉を思い出す。飲んでる時に撃たれた……というより、何かに気を取られている間に何かが起きた。という方が自然だと思う。
「……」
筆が止まる。レク君が白いページを見つめて唸っていた。
――と思っていると、彼は本を勢いよく閉じる。バァンという音が鳴り響き、半分寝ていたヨハンソンさんが、びくりと体を痙攣させて、目を覚ましたようだった。
「レク君?」
ヨハンソンさんが眠気眼でレク君に声をかけると、レク君は大きく息を吸う。
「……ごちそうさまでした」
レク君は何か答えに辿り着いたようだ。そして、荷物を全部バッグに詰め込んで立ち上がる。
「ルカさん、行きましょう」
「え、どこに?」
「真犯人のところです。今ならまだいらっしゃいますからね」
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.29 )
- 日時: 2023/10/18 19:41
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
僕とレク君は、再びフェルズさんの元へと尋ねた。彼の事務所内のアトリエへはいると、絵の具の臭いと油の臭いで充満している。大量の道具とキャンバスに囲まれたそんな中、フェルズさんは領主様への献上品を描いている最中だ。僕達が来た時にはもうほとんど完成していたようで、仕上げに移っているようだった。フェルズさんは作品に夢中になっているので、レク君が声をかける。
「ボンジョーノ、フェルズさん」
その声に反応して、フェルズさんは振り向いた。
「何か?」
明らかに煙たがられている。が、レク君は気にせずズカズカとフェルズさんに近づいた。ああいう精神力、本当に見習いたいよ。
「あいや。綺麗な絵ですね。作者本人の魂が籠ってる感じがします」
「……用件を。あまり時間がないので」
レク君を遮り、フェルズさんは作業を再開する。レク君はというと、ふっと笑った。
「大丈夫ですよ、すぐに済みますから」
「……」
「だって、十年前の失踪事件。あれ、殺人事件で、あなたが犯人ですもん」
レク君がにやりと作り笑いをすると、フェルズさんは流石に驚いて手を止め、僕達の方へ振り向いた。
「……モニカが死んだ時、私は隣町にいたんですよ? それをどうやって殺すっていうんです?」
彼が冷静にそう尋ねると、レク君はフェルズさんに近づき、彼を見上げた。
「これ以上聞きたいッスか?」
「そりゃあそうでしょう」
「はははっ、ご存知の癖に」
レク君がそう無表情で笑う。
「一度事件を整理しますか」
彼が捜査資料を開き、事件のおさらいを始める。
――モニカ氏は自宅のアトリエから奥様と電話していた。モニカ氏と電話をしていた奥様が銃声を聞き、そこで電話が切れる。で、その瞬間、フェルズさんは隣町へ向かっていた。
「その通りですよ」
これだけ聞くならなんら問題はなく、むしろ、フェルズさんは事件には関係のない人物であることがわかる。
「ですが、おかしいんですよ。めちゃくちゃおかしいんですよ~!」
レク君が捜査資料を閉じてバッグに詰めながら、そう言う。
「何が?」
「犯人は、"モニカさんと奥さんが電話している時"に発砲してます。"わざわざ"です。なぜ、"わざわざ"奥さんと話している時を狙って、撃つ必要があったんでしょうか?」
レク君の疑問に、フェルズさんは目を合わせず答えた。
「金目当ての奴が、相手の隙をついて、で、撃ったんじゃないですか?」
それを聞いたレク君はにやっと笑う。
「ぼくが強盗でしたら、"電話を切った後"に殺しますね。電話の相手に通報されちゃいますから」
その不気味な笑みをレク君はフェルズさんに近づける。
「てことは犯人は、モニカさんと奥さんが電話をしているその瞬間を、"わざわざ狙って撃っている"って事ですよ」
そして、レク君の笑みが消えた。
「その目的はたった一つ。犯人にとって"有利なアリバイを作る事"でしょう」
そう言った瞬間、レク君が口角を上げる。
「まだ聞きたいですか?」
「巻きでお願いします」
「じゃあ続けますね」
レク君がそう言うと、大きく息を吸う。
「そういや、モニカさんがなぜアトリエにいたという情報があるのか。それは、奥様自身の証言があったから。最後の言葉は「今アトリエで次のイベントのプランを練っていてな」らしいです。犯人にとってとっても必要なアリバイを、被害者自身が妻に告げた直後に撃っている。……これがまさに"犯人の目的"です」
彼の推理が終わると、フェルズさんは大きくため息をついた。
「結論から言ってくれないか? 忙しいんだ」
フェルズさんは彼の方を見ず、作業を再開した。人の話を聞きながら絵が描けるなんてすごいなぁ……。
「じゃあ結論を言いますね。まずあなたは、自分のアリバイを作る為に、事件の現輪を偽装したんだと思うんですよ。部屋を荒らし、まるで争った形跡があったかのように。知り合いの犯行って事にするために、お茶カップをわざわざ置いたりして。その目的は、ジョンさんに罪を着せる為です。全く、芸術家らしいご丁寧で見事な犯行ですね」
レク君はそう言うと、近くにあった椅子にどかりと座った。
「残念ながら、ジョンさんはちょうど病院に行っていたというアリバイがあったんで、助かったんですが。そして、あなたはモニカさんを待ち伏せた……」
フェルズさんはそれを聞くと、絵の仕上げを終わらせた。……領主様の肖像画だろうか。とてもいい出来だなと、僕は感動で胸が熱くなった。
「……出来はどうですか?」
不意に、フェルズさんがレク君に向かって尋ねる。
「最高の出来です。素晴らしいですね」
「ありがとう。モニカにもこれを見せたかったよ」
「……そんな風に尊敬しているあなたが、あなた自身の手でモニカさんを殺めてしまったのは、なぜですか?」
「……」
フェルズさんは無言で絵を見ていた。レク君は、彼を見据えて口を開く。
「……だんまりか、まあいいや。推理の続き、いきますね。まあ、あなたは息抜きと称してモニカさんを連れ出したんでしょう。隣町まで用事もありますしね。その時の会話は分かりかねますが、二人で海を見ながらお茶を楽しむほどには、青春の最後の一日を楽しもうとしたんでしょうね。そして、隣町へ行く途中で、どこかで電話を借りて、奥さんに電話で嘘をつき、その背後から……《《ズドン》》」
レク君が人差し指をフェルズさんに向ける。
「これをよくもまあ、この時代にできたもんですね。尊敬すると同時に、残念でなりません」
「作り話もいい加減にしてくれよ!」
フェルズさんが語気を強め、そう怒鳴るんだけど、レク君は一切動じなかった。
「いえいえ、ガチですよ」
「……そこまで言うのなら、証拠はあるんでしょうね?」
フェルズさんは明らかに怒っている。……でもレク君は、バッグから新聞を取り出して彼に見せつけた。
「実は、先ほどの経緯を裏付ける証拠があるんですよ。この記事の写真」
レク君が見せる新聞の記事。それは、とあるレストランの紹介記事だ。
「偶然って恐ろしいものです。このインタビュー記事にあなたとモニカさんの姿が写っているんですよ。ほら、ここ。お茶でも楽しんでいたんでしょうね。とても笑顔です」
レク君は新聞の記事を指さした。確かに、写真の中に男性二人。しかも意外とはっきり写っている。……この新聞の日にちは、事件当日の次の日。フェルズさんは深いため息をついた。何かを覚悟したような面持ちで。
「モニカが、このレストランに行こうって誘ってくれたんだよ。……記事にもあるだろ? モニカの恩師が経営しているレストランなんだ。そこで、モニカの好きだったクリームパスタを食べながら、話し合った。久しぶりに、時間を忘れてさ」
寂しそうに語る彼は、レク君の方を見る。
「……レクさん。あなた、いつから、僕が犯人だと睨んでいたんですか?」
「出た出た、お約束のフレーズ。やっぱ聞きたいですか?」
「聞かせてもらいたいね」
「いい男です」
レク君がふふっと笑った。
「最初に会った時からですよ。あなた、電話でモニカさんと話していた。と、言っていましたよね」
「ええ」
「……スズムシの声が聞こえたとも」
「はい」
「実際に聞いてみましょうか。電話、あります?」
「そこに」
フェルズさんが指さす方向に僕は向かい、ある場所に電話を掛けた。電話に出る音が鳴ると、「もしもし」という声が聞こえる。
「……あ、もしもし、ヨハンソンさん?」
『あぁ~、ルカ君? ごめんよ、スズムシの声で全然聞こえないんだけど!』
「今、フェルズさんに代わりますよ!」
僕はそう言って、受話器を彼に向ける。フェルズさんは近づいて受話器を取ると、
「もしもし」
といった。電話に出ると、ヨハンソンさんと何かを聞いた後、困惑しながら眉をひそめている。
「……え? いや、スズムシの声なんか聞こえな――っ!」
何かに気が付いたようだ。……僕が説明をする。
「うちの係長に、モニカさんのアトリエで待機するようお願いしていました。で、実際電話に出てもらって、わかったでしょう? スズムシ等の虫の声は、4000Hz以上の周波数で、電話ではその音を聞くことができないんです。……フェルズさん。あなた、アトリエにいるモニカさんと一度も話したことが無いようですね」
僕が続ける。
「「アトリエにいるモニカさん」を強調したくて、ウソがばれてしまいましたね。……逮捕します」
僕がそう言うと、フェルズさんは道具箱に近づき、徐にハサミを手に取り、刃を首に当てた。レク君は驚いて硬直している。首元から流れる血液がシャツを染めていく。それでも流れを止めない血液は、床にぼとりぼとりと落ち始めた。
僕は、その光景を目の当たりにして、パパとママが殺される瞬間が、脳裏に蘇った。それに、ラプソン閣下が苦しんで呻いている瞬間、跳ね返った銃弾に命中して瞼を閉じるミゲルさん……それらがフラッシュバックして――
「やめろぉぉぉぉーーーーーーッ!!!」
僕はその瞬間、何かに弾かれるようにフェルズさんに突進し、ハサミを奪い取って馬乗り状態になる。そして、気が付けば、左手を使って彼の顔面を殴打していた。
「ルカさん、なにやってんですか!」
「放せよ、こいつは……自ら命を断とうなんて! 命を何だと思ってんだよッ!!」
僕は羽交い絞めにされても、尚、フェルズさんを殴ろうともがいていた。
……それ程に、許せない。命を粗末にする奴が……!!
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.30 )
- 日時: 2023/10/18 19:44
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
その後、フェルズさんを拘束して大聖堂の留置所へ連行した。その時にビッシュさんとサグリエさんが同行していて、ビッシュさんがフェルズさんの有様を見て、僕の頭にゴチンと拳骨を食らわせた。
「やり過ぎだ、殺人犯だったとしても、だ!」
「……」
「事情は「人形」から聞いている。同情はするが、やり過ぎていい理由にはならんぞ」
「……すみません」
僕は俯く事しかできなかった。
「……「人形」はひどいですなぁ。ちゃんと感情はあるのに」
と、レク君がビッシュさんとサグリエさんに言うと、二人ともぎょっと驚いて、すぐに離れていく。その様子に、レク君は悲しむでもなく、ましてや寂しがることも無く、いつもの軽い感じで引き笑いを始めた。
「怖がっちゃって。ウケる」
レク君がそう言って、僕に歩み寄って顔を覗き込んでくる。
「ぼく、教会騎士の皆さんには嫌われてるんですよ……というか、鎮魂歌《レクイエム》が掃き溜めなんて呼ばれてる理由って、知ってます?」
「いや、知らない」
「そりゃそうッスよね。まあ、昔はもちろん鎮魂歌は存在しませんでした。10年前なんて、まあ、前に話した聖騎士団の「特別介入部隊」、別名「教皇の盾」の一つで……いや、その話はヨハンソンさんの方が詳しいかな。ぼくはなんせ、解体直後にできた鎮魂歌に入ったばかりの新参者ですから。とにかく、ぼくらが嫌われる訳は……簡単に言えば、"特別介入部隊の人間が教皇様の命を脅かした"からなんです」
「えっ!?」
「確か今は「ズローバ」という名で指名手配されているんですが。見たことないですか?」
彼がそう尋ねてくるので、僕は考える。確かに、このフローレイズのあちこちに手配書が張られていたような気がする。確か、数年前に起きたテロ事件。「血の3日間」。この島が興って以来最多の犠牲者が出た事件で、未だにその傷は根深く、その3日間の出来事の全貌は、一般には公開されていない。パパもママも、その事件については何も教えてくれなかったから、ほとんど知る事も無かったけど……
「……詳しくないよ」
「さいですか。ならば、帰ったら資料を一度でもいいので目を通してみてください。ヨハンソンさんも師匠も、その時の事は"なるべく"口にしたくないみたいですから」
レク君はため息をついた。
「ボンデさんの所に行きましょう」
「あ、うん……」
―――
僕らは、ヨハンソンさんに連絡してから、地下の事務所に戻った。
「ただいま、戻りました」
そう言って中に入ると、応接スペースのソファに、ガブリエルさんと神父様が向かい合い、ヨハンソンさんもガブリエルさんの隣にいた。
「お、おかえり。大変だったね」
「まあ、ぼくも犯人をボコボコのメッキョメキョにする人は初めて見ました」
「失礼だな、そこまでしてないよ」
「金髪ゴリラ」
「……殴るよ」
僕が拳を見せると、レク君は慌てて頭を両手で覆って、「野蛮ゴリラ」とつぶやくので、僕は本気で手が出そうなところをぐっとこらえる。
「お疲れ様です、皆さん」
神父様が僕達のやり取りを見届けた後に、そう微笑んでいた。
「無事、犯人を逮捕してくださったようですね。レクさん、ルカさん、それにヨハンソンさんにガブリエルさんも。お疲れ様でした。感謝いたします」
「ええ、本人の自供で、間もなくご本人の御遺体も見つかるでしょうね。これで任務完了ッスかね」
レク君がそう言うと、ボンデさんは首を振った。
「……いえ」
彼は僕らに向かって、口を開く。
「真犯人はまだ見つかっていないんですよ」
「……え?」
その場に衝撃と張り詰めた空気が流れ込んだように、皆の表情が強張る。
「「フロリアーヌ・モニカ」ですよ。真犯人は」
……言っている意味が分からず、僕は驚いて彼を凝視した。
「どういうことですか?」
「私にはある日、「神の力」が宿ったんです」
「神の力?」
神父様は頷く。
「「千里眼」です。空間を越え、時間を越え、私には真実が見えるようになったのです。その力を使い、あなた達の様子をずっと見させてもらいました」
「……その「神の力」で、あなたは何をされていたんです?」
ガブリエルさんが腕を組み、興味なさげに尋ねると、彼は答えた。
「あなた達教会騎士が無能なあまり、私の友人の命が奪われ、しかも捜査も途中で投げ出されてしまった。ですから、私はあなた達に依頼し、試していたんですよ。真犯人が見つけられるか、とね。ですが、あなた達は真犯人を見つけることができず、真実を見抜く事も出来なかった。ですので……」
神父様は人差し指を天井に向かって突き出す。
「天罰を与えました。「フロリアーヌ・モニカ」に」
ヨハンソンさんは何かに気が付いて、慌てて事務所の電話の受話器を取り、どこかに電話をかけていた。あの様子からして、上の方に掛け合っているんだろう。
「……真実を教えて差し上げましょうか。アンドレ殺しをフェルズに持ちかけたのは、妻のフロリアーヌだ。まあ、君達が睨んだ通り、フェルズとフロリアーヌはずっと男女の関係だったんだ。フェルズは家元制度をビジネスにし、経営に苦しむフロリアーヌを支え続けた。そんなある日、フェルズとアンドレは決裂し、二人は共謀してアンドレを殺した……」
神父様はそう言った後、怒りを滲ませた顔と声で、目の前のテーブルを叩く。ドンッという音が事務所内に響き渡った。
「真実が暴けなくて、何が教会騎士だ。何が神の代弁者だ! 本当に罪深き人間を罰するには、凡人の君達では限界があるのだ!」
神父様は懐からカードを取り出し、それを僕らに見せつけながら叫ぶ。カードは「愚者」のカード。ガブリエルさんもレク君も反論せず、彼の言葉を静かに受け止めていた。だけど、僕は内心腹が立って仕方なかった。
「だから、神の代わりにフロリアーヌさんに天罰を下したっていうんですか?」
僕の問いに、神父様は力強く答える。
「そうだ! ジョンを唆せば、天罰など簡単に下せるのだからな!」
……ジョンさんを使って、フロリアーヌさんに天罰という名の殺しをさせたってことか。彼にとっては天罰かもしれない。
「ジョンもフロリアーヌとは男女の関係だったからな。クズな女に踊らされた馬鹿な男共というわけだ」
「お前の方がクズじゃないか……神父の癖に……!」
僕はそう言った瞬間に身体が勝手に動いていた。神父様に飛び掛かり、彼の頭を掴み、床にたたきつけた。ドンッという鈍い音と共に小さく悲鳴を上げる彼。
「あんたの下らない思想で、新たに一人が死に、一人が殺人を犯した!」
「……それも運命だ。神が決めた人生だよ!」
「なわけないだろ、この人殺しが!!」
僕はもう一度彼の頭を引っ張り上げて、力の限り叩きつけた。さっきより水分を含んだ鈍い音が響き、赤いしぶきが飛び散る。それを見ていたレク君が僕を羽交い絞めにし、ガブリエルさんは神父様の前に立った。
「やめてくださいルカさん!」
「これ以上やったら、お前が人殺しになるぞ!」
「放せよッ! こいつは、運命だの神が決めただの、結局は人殺しじゃないかッ!!」
僕は涙を流しながら暴れまわり、尚もあいつに掴みかかろうとするが、その瞬間、右頬に衝撃が走り、じんわりとした痛みが広がっていく。僕は一瞬で昂っていた感情が、熱が冷めていくように分かった。
「……神父様が何をしたっていうんだ? 真実が一つはっきりし、それぞれの罪が暴かれた。それは、神父様の言う「神の力」って奴のおかげじゃないか?」
「それで納得しろっていうんですか!? 人の命をなんだと思ってんだ!」
「だが、彼自身は何もしていない」
「……偽善者が」
僕は吐き捨て、走って事務所から出ていく。なんだか、心の中がぐしゃぐしゃで、よくわかんなくなってきたからだ。だけど、走って離れているというのに、あいつの言葉がよく耳に入ってくる。
「彼はまだ、両親や前の事件の事で悩んでるんだねぇ。"命が失われる事への恐怖"」
うるさい! だからなんだよ……ッ!! 誰かを失う事は悲しくて、怖い事なんだよ。怖くて何が悪いんだよ……
それを振り切るように、僕は一刻も早くそこから離れたかった。
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.31 )
- 日時: 2023/10/18 19:47
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
ルカさんが飛び出した後、ぼくは追いかけようとしたが、師匠に腕を掴まれて止められました。
「今はそっとしてやれ」
「ですが……」
「一朝一夕じゃどうにもなんないんだよ」
「……」
ぼくが俯いて黙っていると、神父様は鼻で笑います。額はさっきの衝撃で血まみれですね。グロい。
「レク君、君のことも知ってるよ。過去に何があったのか。そして、眠り続けるマリア・シエルフィールド、そして"あの事件の真相"も、"経緯"も"矛盾"も」
「……矛盾?」
「ああ。そして君の能力の事も」
ぼくが黙っていると、神父様が近づいてきて、ぼくの目を捉えます。
「一つずつだが、真実を掘り起こし、罪人に正当な罰を与えていく。……俺はね、神の使いなんだよ。俺を殺す事が、君達にできるかな?」
彼はそう言うと、額に手を当てて掌を見ました。
「あいたた。派手にやってくれたもんですな」
と言って、事務所を出ていきます。
ぼくはただ、床を見つめながらぼーっとしていました。何も思いつかず、どうすればいいかわかりませんでしたから。すると、師匠がふいに僕の肩を掴みます。
「飯にすっか。悩んでる時は飯でも食うばい」
「ヨハンソンさんは……」
「あれ、気が付かなかった? あいつ仕事しに上に行ったよ」
「いつの間に」
「わーわー騒いでたからねぇ。まあいいか。ギョーザ食いに行くぜ」
師匠がそう言って、何かの歌を歌いながら昇降機のスイッチを押しています。ぼくもそれに続きました。
「水兵、リーベ、ぼっくのふね~、ナナマガール、シップス、クラーク、カっと」
―――
ぼくらは「寧幸」につくと、料理を注文し、師匠は足を組んでだらしない恰好で新聞を広げていました。今日の夕刊ですね。もう事件解決の記事が載っています。ぼくもそれを見ていると、カランコロンと音が鳴りました。お客さんが来たみたいです。と思って入り口の方を見ると、ぼくは嫌な気分になりました。
「左利き……」
「嫌そうな顔すんなよ」
「あ……君が「レク」君? と、隣は「ガブリエル」さん。マルクス先輩からはよくお話を聞かせてもらってます」
「……どなたでしょうか」
ぼくがそういうと、左利きの隣にいた金髪碧眼の美少年はなんだか照れくさそうにしています。
「はじめまして、「ジェイコブ・コスミンスキー」と申します。マルクス先輩はずっと良くしてもらっていまして、大学の方でもプライベートでもお世話になってるんです」
「コスミンスキー。ああ、あのボンボンの息子クンかぁ~」
師匠が思い出したかのように腕をぽんと鳴らしました。ジェイコブさんは若干引き気味に、「ぼ、ボンボン……?」と苦笑いをしていますね。で、なぜか左利きとジェイコブさんは流れるように僕らの隣に座ります。
「なんで座るんですか。誰に許可もらってんですか!」
「まぁまぁいいじゃん」
「だから食うなって言ってるじゃないですか!」
ぼくのギョーザをさりげなく攫って……ホント腹立ちますね!
「いーじゃんいーじゃん、食事のときくらい仲良くしようぜ」
「ガブリエルさんの言う通りだよレク君」
「気安く名前で呼ぶな!」
……と、嫌がっているのに近づいてくる神経が分かりません。ぼくが不機嫌になりながらギョーザを食べていると、ジェイコブさんが話しかけてきます。
「……レク君、でいいですか?」
「いいッスよ」
「レク君は、先輩の事が嫌いなんですか?」
「野晒しになってる犬の糞よりは嫌悪感ですね。ばっちぃ」
「相当じゃんそれ!?」
左利きが驚いてショックを受けているようです。関係ないんですけどね。
「ふぅん……」
唐突に師匠が声を出します。
「師匠、ダジャレですか?」
「アホか。ちげーちげー。神父殿も色々罪状が出てきて逮捕だって。「国家転覆」の可能性もあるってさ」
「ほあぁ。なぁぜなぁぜなんですかね~」
「まあ、あの神父の事だから調子に乗って、色々喋っちゃったんじゃなぁいのぉ?」
師匠はそう言いながら新聞を読み進めていました。
「それとも、また御上が何かを隠蔽した、とかね」
「……」
汚い大人は何もかもを隠し通そうとする。……本当に、なんなんですかね
- Re: Requiem†Apocalypse ( No.32 )
- 日時: 2023/10/18 19:49
- 名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)
「何が起こっているんだ!?」
彼、「トーマ・ボンデ」は思わず声を上げるしかない。その日の帰り道、白いローブの集団に拉致され、留置場に押し込まれた彼は、何が起きているのかを理解できず、混乱したまま整理できないでいる。
そんな中、暗い留置場の中に、人影が。鉄格子の外に現れた、白いローブの長身の人物達。暗がりでよく見えなかった。ボンデは恐怖で全身が震え、立ち上がって壁に張り付く。その人物が鉄格子を開けて、近づいてきた。
「スクレ・ドゥ・ロワの「マトゥー・カラヴァジオ」です」
「……解体されたはずの組織。いや、お前が情報を操作したのか?」
「人聞きが悪いもんですなぁ。まあ、いいです、百歩譲って我々が情報操作をしたとしておきましょう。それはさておき、我々は特殊能力者による犯罪について、水面下で研究、検証を任されている者です。我々の研究結果は、あなたの能力は「千里眼」ではなく、「異常に鋭敏な聴覚」という仮説に達しました」
マトゥーが彼の様子を眺めながら続ける。
「すごいもんですなぁ。少なくとも地下から地上の声を一通り……いや、島全体の音や会話を聞き取る事ができるとは。私にもほしいものですよ」
ボンデはふぅっとため息をつく。
「あんた、何の根拠があって、私の「千里眼」を「聴覚」だって決めつけてんだよ」
「さっきね。私どもはその仮定に立ち、あなたに聞かれないように、ある会議を筆談で行い、ある決定をしました。……もしも、あなたが本当に、時空を超えた千里眼の持ち主だと仰るのなら、その決定も見抜けているでしょう?」
マトゥーがそう言って懐から何かを取り出そうと手を入れた。
「見抜けているさ。……ただ、その決定があまりにも下らなくて――」
「強がっても無駄ですよ。これ、あなたの死刑執行書です。教皇様からの許可もあります」
「……ッ!?」
ボンデは突然突きつけられた白い紙の中身を読み取り、青ざめた。目を見開き、その執行書を奪い取って読んでみる。
「特例ですが、これより死刑執行を行います」
唐突の死刑宣告。ボンデは口を開けて声を上げた。
「あぁ……あァ……っ!!」
死への恐怖で全身の穴から汗が出てくる感覚。恐怖で身体が縮こまり、言う事を聞かなくなっていく。そんなボンデを、マトゥーの背後にいた二人の教会騎士が、彼の両脇を固めてある場所へと連れていく。抵抗もままならず、彼は引き摺られるように、地下深くまで連れてこられた。
「やめてくれっ、やめてくれッ!」
そう叫ぶしかできず、乱暴に首根っこを掴まれ、断頭台に首を固定された。「やめてくれ」「助けてくれ」という言葉しか発する事が出来ず、彼は目から涙を流し始めた。もうだめだ、おしまいだ。と思いつつも、何かの奇跡に縋っていたのだ。
その瞬間、誰かの指が自分の顔に触れた感触がした。その方向に目をやると、紫の髪の少年がニコニコしながらこちらをみていたのだ。一瞬、死後の世界に誘う天使かと錯覚したが、どうやらそうではないらしい。よく周りを見ると、時間が止まっているように、世界が静止している。……一体何が起きているのかと思っていると、少年が彼に声をかけた。
「助かりたい?」
ボンデはその言葉を聞いた瞬間、彼が望んでいた奇跡だと確信した。だから当然、こういう。
「助けてくれ!」
それを聞いた少年はにっこりと笑う。そして、続いて口を開いた。
「やーだね」