複雑・ファジー小説

Re: Requiem†Apocalypse ( No.33 )
日時: 2023/10/22 18:47
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

乙ノ廻

 僕は当てもなく夜の街をさまよって、歩き疲れてきたので目の前にあるベンチに座る。ガス灯が明るく街を照らし、薄暗く街中の建物達が浮かんでいた。僕は深くため息をついて、俯いている。今日の出来事、前の事件、パパとママの事……頭にこびりついて離れなかった。あんなに怒ったのも初めてだし、レク君もきっと僕の事なんかこわがってんだろうなぁ。と、そう思いながら顔を上げると。

「……ルカ?」

 見覚えのある顔、聞き覚えのある声。金髪碧眼の長身のおじさんが立っていた。ビジネスマンらしく、ロングコートを着込んでいるし、キッチリとした見た目だ。僕は一瞬返事が遅れたが、すぐに彼の名を呼ぶ。

「ロナール叔父さん!」

 僕が思わず声を上げると、叔父さんは手を挙げて軽く会釈。ニコニコ笑っていた。
 彼は「ロナール・アルマンド」。僕のパパの弟さんで、結婚を機に教会騎士を引退。その後は貿易商社を立ち上げて世界中を回っているんだって。ちなみに婿養子だって聞いたことがあるな。

「こんばんワンダーランド」

 前に会った時よりだいぶ健康的な顔色だ。以前の叔父さんは、常に仏頂面で怖い雰囲気だったけど、今は解き放たれたかのような笑みを浮かべている。きっと、今の仕事が順調なんだろうなと、僕はそう思った。

「叔父さん、なんでここに?」
「家族に会う為に帰ってきたんだよ。なんせ、今は貿易商社マンだからな。ヨーロッパにアフリカ、アメリカとか。いろんな場所に行ってるんだよね」
「すごいね! 教会騎士やってた時よりなんか充実してるって感じ」
「まあな。……ルカの方は~……っていうか、その服。そのローブ。教会騎士のじゃないか。それに、右腕も……一体どうしたんだ?」
「えっと……」

 そういや、バタバタしてて叔父さんに報告できていないや。どうしたものかと悩んでいると、叔父さんがストップをかける。

「その話、長くなるのか? だったら、ついでに晩飯でも食べに行こう。行きつけの定食屋があるからさ」
「あ、でも……」
「いいからいいから、いろいろ聞きたいしな」

 有無を言わさず、叔父さんは僕の手を引いて、どこかへ連れていこうと歩き始めた。叔父さんの手は熱くておっきいなぁと思いつつ、叔父さんについて行くことにする。こうなると、叔父さんはこっちの話を聞いてくれないしね。




―――




 僕と叔父さんはとある東洋料理の定食屋へとやってきた。席へと案内され、僕達は向かい合って座る。いい雰囲気の定食屋さんだ。お客さんの数はまばらだけど、静かでいい。

「好きなの頼みな。ここは奢りだから」
「……でも」
「まだお給料出てないんだろ? 心配しなくていいよ、私はこれでも稼いでんだからさ」
「じゃ、じゃあこの「オヤコドン」で」

 僕がそう注文すると、叔父さんはニコニコ笑っていた。

「どうしたの?」
「いや、ルカは昔から卵料理が好きだったなぁと思ってさ」
「……このオヤコドンって、卵料理なの? よくわからずに注文しちゃったけど」
「そう。卵と鶏肉を割り下で煮込んで、炊いたご飯の上にかける。そういう料理なんだ」
「へぇそうなんだ。なんとなく卵の香りと香ばしい匂いがするなぁと思って。さっきのあそこの人、オヤコドンを食べてたし」

 叔父さんはそれを聞いて声を上げて笑う。

「なるほど、ルカは賢いな」
「え、何それ!」
「ごめん、言って見ただけ。適当な冗談だって」
「はあ……まあいっか」

 僕は首を振った。
 その後、他愛のない話をしながら時間が過ぎていき、僕達は楽しく有意義な時間を過ごせていた。それぞれの注文した料理が届き、僕がハシを割って食べようとすると、叔父さんは唐突に手を合わせて「いただきます」と言い始めた。

「それ、東洋の挨拶だって僕の知り合いから聞いたよ」
「そうなんだ。食べ物に感謝するという文化を、東洋で見聞きしてね。私も取り入れてるんだ」

 そう言って叔父さんは料理をハシで上手に掴んでぱくぱくと食べ進めていく。僕も一応、手を合わせて「いただきます」と口にした。意味は分からないけど、形だけでもやっておけばいいかな、程度のものだけどね。


 料理を食べ終わり、叔父さんは「ごちそうさまでした」と手を合わせると、僕の方に顔を向ける。

「……で、教会騎士になった理由って、何かあるのか?」
「あ、うん。まず……えっと、パパとママが殺されたって話は聞いてる?」
「聞いてる。だからこうして戻ってきたんだよ」

 そうだったのか。家族に会うためって言ってたのは、きっと気を使ってくれてたのかもしれない。僕は俯いた。

「その……その事件の容疑者、僕なんだよ」
「それも一応知ってる。新聞に書いてあったからな」
「でも、状況証拠で一番怪しいのが僕ってだけで、僕がやったっていう証拠はない。だから、現在も捜査中って事になってる」
「迷宮入りか……昔を思い出すね」
「それでね、僕、ガブリエルさんって人に……無理やり鎮魂歌レクイエムってとこに配属になって、半強制的に教会騎士になったんだ」
「ガブリエル……ああ、あの人か」
「知ってるの?」

 僕が聞くと、叔父さんは頷く。

「昔の知り合いっていうか、なんていうか」
「すごい人だなぁ、叔父さんとも知り合いだなんて……」
「実際すごい人だよ、普段はだらしないけど」

 僕は苦笑した。だって、本当にだらしない人だもん。

「その腕も、もしかして……」
「あー、うん。事件で受けた傷」
「……そうか」

 叔父さんは流石に眉をひそめ、とても悲しそうに顔を歪めている。

「なあ、ルカ。「どんな病も治せる能力者」って、知っているかい?」
「「どんな病も治せる能力者」?」
「一般では「神の手」という名前で通ってる名医だよ。まあ、あくまで噂なんだけど。私はね、その人の事を探しているんだけど、何か聞いたりとか見たりとか、してない?」

 どんな病でも治してくれるっていうなら、何かしらそういう話が鎮魂歌レクイエムの中でもありそうなもんだけど……。

「本当に治せるの?」
「わからない。真偽どころか、存在すらあやふやだ。だけど、実際にいるらしいんだよ。霊能力者というか、超能力者っていうか。細胞を再生させる能力を持ってる……らしいんだ」
「……すごい」

 僕は呆けたように口を開けていた。本当にいるなら、それはすごい事じゃないか。でも、そういった人は絶対新聞か何か、資料や記録に残っているはずなんだけど。

「なあ、ルカ。君のとこにそういう記録のある文書なんかがあるはずだ」
「……それ、見せろって?」
「ああ。とても大事な事なんだ。何か手掛かりだけでもいいから……」

 ……さっきまでのニコニコしていた叔父さんの目から打って変わって、鋭く真剣な眼差し。本気だ。って事は伝わってくる。
 でも。

「ごめん、望み薄い相談だよ。あそこは結構胡散臭い場所だし、あってもガセじゃないかな。鎮魂歌《レクイエム》は、インチキ極まりない部署だもん」

 それだけ言うと、僕はため息をつく。

「それに、そういった情報は「守秘義務」だよ、叔父さん。あなたもそう言ってたでしょ?」
「……」

 叔父さんは俯いた。そして、

「悪かった。そうだよな、教会騎士は事件で知りえた情報は無暗に公開しない。すまない、忘れていたよ」

 と笑って誤魔化していた。

「よし、そろそろ行こうか」

 と言って立ち上がる。僕も頷いて立ち上がった。




―――



 その後、自分の家に戻る為に路地を歩いていた。わずかな明かりを頼りに、僕は歩き続ける。

<実際にいるらしいんだよ。霊能力者というか、超能力者っていうか。細胞を再生させる能力を持ってる……>

 叔父さんの言葉が脳裏で蘇ってくる。……「どんな病を治せる能力者」か。

「そんなバカな話……」

 そんな人がいたら、きっとパパやママや死んでいった人たちも、死なずに済んだかもしれないのにな。そう思いながらため息をつく。

「あるわけないよ」

 僕は左手の拳を握り、壁にたたきつけた。痛い。血が滲んでる。……そんな人がいたらこんな怪我だって綺麗に治るのかな?



「――ホントだったらどうする?」

 突然、人影が僕を突き飛ばし、僕は驚いて尻もちをついてしまった。

「いった……くない?」

 骨折していた右腕から痛みが消えているどころか、感覚が戻っていた。動かせる。僕は包帯を外して右腕を見た。

「……どうなってるの?」

 その後すぐに人影が去った先を見やるけど、そこには暗闇が広がるだけで、誰もいなかった。一体、何が起きたんだ……!?

Re: Requiem†Apocalypse ( No.34 )
日時: 2023/10/22 18:51
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

「門限10時だもんね。ま~だ~ま~だ~」
「だいじょうぶ~♪」

 夜の街を歩きながら、俺とシオンちゃんは笑顔で歌いながらスキップをしている。今日の仕事も疲れたけど、シオンちゃんの笑顔が見られただけで、疲れがリセットされちゃうなぁ~❤
 と、目の前にガッちゃんとレク君が歩いてくるのが目に入った。あ、やばい! こんなとこ見られたら、ガッちゃんもレク君も明日から俺をイジってくるぞ! そう思い、俺はシオンちゃんの手を引いて、目の前にあったアクセサリーの露店に入って、その場を誤魔化した。

「こ、これとかシオンちゃんに似合いそうじゃなあい~?」

 俺は冷や汗を流しながら、シオンちゃんに適当なアクセサリーを見せるが、シオンちゃんは怪訝そうな顔でこっちを見ている。……いや、気持ちはわかるんだけど。

「お買い上げッスか?」

 アクセサリー屋の人はこっちを見て苦笑いをしながら、空気を読むかのように一言。

「お、お買い上げで」

 俺はとりあえず適当に選んだ、ピンクと赤の綺麗な石のブレスレットを買う事にした。……思わぬ出費だなぁ、妻にまた怒られそうだ。





―――






「あ~もう。やだ!」

 目的地のカフェに入り、カップル用のストローを刺したドリンクを飲みながら、またシオンちゃんはご機嫌斜めのようだ。

「こんなコソコソした恋愛、もううんざり!」
「ご、ごめんよ。話はしてるんだけどねぇ……」

 俺がそう言いながら、ドリンクを引き寄せて飲む。甘い。……糖尿なのにこんなの飲んでだいじょばないけど、甘いものはいつだって人間のストレスを和らげてくれる。……と、今痛感する。

「うちの女房、弁護士でさ。なかなか裁判が進まないっていうかなんていうか……」

 シオンちゃんがそれを聞いて声を上げる。ドリンクを引き寄せながら。

「じゃあずっとこんな風にコソコソしていなきゃダメなわけ!?」

 うぐっ……こ、ここは話題を変えてみるか。

「そ、そういえば、シオンちゃん。……「できちゃった~」とか、言ってなかった?」
「言った」

 俺は目を見開き、汗がダラダラ流れる。まさかまさか、まさかまさかまさか。

「……俺の子?」

 ――スパァン! と、小気味いい音と共に気持ちいいくらいの平手打ちが、俺の左頬にクリーンヒット。これはクリティカル……!

「……だよねぇ」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.35 )
日時: 2023/10/22 18:53
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

 薄暗い借家の片隅。……そこで男女が向かい合って、トランプを手に睨み合っていた。男が5枚のトランプを見ながらニヤニヤ笑っている。

「いやぁ、これは残念ながら勝っちゃうなぁ、俺」

 男、マトゥー・カラヴァジオは、目の前の女性、ローナ・ヴァルターにそう言い放つと、5枚の手札を彼女の前にバンッと広げる。左から10、 J、 Q、 K、 A。全てスペードの見事なロイヤルストレートフラッシュだ。勝ちを確信したマトゥーがニヤニヤ笑っているのも頷ける。だが、ローナはその見事なロイヤルストレートフラッシュを見ても、涼しい顔だ。

「いえいえ、本当に残念ですわねぇ」

 と、彼女が手札を広げる。左からジョーカー、そしてエース4枚のファイブカード。マトゥーは先ほどまでの、勝ちを確信した余裕の笑みが消え失せ、悔しがるように「にゃうぅぅ!」と声にならない声を上げていた。

「ず、ずるいぞ! 未来視でゲームに勝つなんて……! ジョーカーか? ワイルドカードなんか入れたのがまずかったのか!? くっそぉ、悔しいなぁ。トランプゲームじゃ負けた事のないマトゥー様が……!!」
「おほほっ、未来は絶対なのでーす! ワイルドカードを抜いても無駄ですよ~。多分私がまた勝ちますから」
「それでどんだけカジノを潰してきたんだ~?」
「うーん、ま。全てのカジノで出禁食らうくらいには」
「なるほどなぁ。こりゃ勝てんわ。というか、ムキになりすぎだよ」

 二人がそう和気あいあいと話していた。
 数日前、マトゥーはローナをこの場所へと連れてきて、「これからお前を軟禁する」と告げて、ここへ閉じ込めた。ローナは当然拒否をしたが、拒否の返事は暴力。無慈悲な暴力にローナは怯え切って、黙って頷く以外何もできなかった。

<暴力はすまなかった。だが、お前をここから出すわけにはいかん。取引だ。お前は約束を守れ。その代わり、俺がお前を守る。必ずだ>

 マトゥーは冷徹ながら、彼女にそれだけ言うと、ローナの軟禁生活が始まった。なんだかんだ言って、最初の暴力以外で痛い目に遭ってないし、意外とここでの生活は快適で、3食おやつ昼寝付きで、ローナは不自由なく暮らせていた。だが、何不自由が無くとも、窮屈な部屋でずっと過ごすのは苦痛だ。外からの情報は一切遮断されているからだ。
 マトゥーは、トランプを切りながらローナを見る。

「そいや、お前さんの予言では、「明日」だそうじゃないか」
「ええ。当たったら、釈放してくださるのですのよね?」
「まぁ、本当に当たったらな」

 彼はそう言うと、トランプをまとめ、葉巻を取り出す。

「葉巻やめ!」
「おっと失礼」

 ローナに指を刺されると、マトゥーは慌てて葉巻をしまった。

「予言は当たるわよ。未来は絶対なのだから」

 そう、彼女は地図の様なメモ書きをマトゥーに見せながら、自信たっぷりに言い放った。

「とりあえず、さ。鎮魂歌レクイエムの下っ端二人に張り込みに行かせることにしたよ~? 明日が楽しみだねぇ」

 マトゥーはトランプを配りながら、口元を緩めている。とても楽しそうにニヤニヤと笑っていた。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.36 )
日時: 2023/10/22 18:56
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

「眠い~だるい~ね゛ーむ゛ーい゛ー!」
「なら家に帰って寝たらどう? 邪魔だし」
「馬車に乗りましょうよ、経費でさぁ~」
鎮魂歌うちにそんな経費はないから!」

 僕らは現在、目的地に向かって階段を上り進めている。朝早いもんだから、低血圧で朝の苦手なレク君は、文句を垂れ流しながら、重い体を引き摺るようにして階段を一段一段踏みしめていた。
 すると、レク君が僕の右腕に包帯が外れているのを見て、「お」という声を出した。

「ルカさん、右腕治ったんすか? 一回抜いて生やしたんですか?」
「……君には関係のないことだよ」
「ふぅん。まあいいや」

 興味津々に僕の腕をジロジロ見てくるレク君は、思い出したかのようにローブの中から紙を取り出す。

「そいや、上から「張り込みをしろ」だなんて、何の指令なんですかねぇ」



 ――一時間前。
 僕らが出勤した後、ヨハンソンさんが僕らを呼んで一枚の紙を手渡してきた。

「はい」
「なんスかコレ」
「まあ今日もどうせ暇だし」
「……暇ですが」
「今から張り込みしてきて」

 レク君がだるそうに紙を受け取り、面倒くさそうに欠伸をする。

「何の張り込みッスかぁ~?」
「なんか、見てれば分かるってさ」
「なんじゃそりゃ」
「上からの指令だから、頼むね」

 ヨハンソンさんがそう言うと、親指を立てて上を指し示す。釣られて僕らも天井を見上げた。

「上?」
「お偉いさん。すっごぉぉぉぉーーーい偉い人からの命令」
「あぁ~、でもめんどくさぁ~っ!」
「頼んだよ!」

 ヨハンソンさんは敬礼し力強く言い放つ、僕は敬礼を返しながら「はっ!」と短く返事。レク君はだるそうに「へぁーい」と敬礼し返事する。



 ……というわけで、僕らはミーヴィル東区東駅前の給油所を目指してるわけだけど。給油所か……。
 自動車の普及はまだ一般化していない。せいぜい救急車や教会騎士のパトロールカーなんかに使われている程度。だけど、ガソリン機関を使ったバイクの方は使っている人がここ最近は増えてきた。まだ馬車が主流とはいえ、これは目覚ましい科学の発展だと言える。
 で、ガソリン機関を使用するっていう事は、当然給油所が必要になる。このフローレイズにも数こそ少ないけど、給油所が点々としているんだ。……その給油所の張り込みって。当然苛立ちで普段より機嫌が最悪なレク君は、ぶつぶつ言いながら紙を眺めていた。

「んな対象も教えてくれない張り込みなんてアリッスか!?」
「うるさいな。……で、こっちであってたっけ? 確かこっちは給油所なんかなかったと思うけど」
「間違いないですよ。ミーヴィル東駅前って書いてありますもん」

 僕はなんかおかしいと感じ、レク君から紙を奪い取る。そこには、「ミーヴィル東区東駅前」と確かに書いてある。……って違う! ここはミーヴィル駅東口前だよ!

「バカッ! ここはミーヴィル駅東口だよ! 僕らはミーヴィル東区東駅前に行くんだよこのトンマ!!」
「ほぇ?」

 レク君は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で首をかしげている。

「ここはミーヴィル駅の東口で、ミーヴィル東区東駅はこっから逆方向なんだよ!」
「うぇ、なんで!? おかしくないッスか!?」
「常識だよアホ」

 レク君は目を見開いて、信じられないという驚愕を現すように、口をぱかーんと開けていた。それを横目に、僕は時計を確認する。10分前。……馬車を使えば間に合うか。

「仕方ない、馬車を使おう」
「あっ、馬車使うんだ」

 僕らは急いで馬車へと向かう。……本当にもう、もうちょっとしっかりしてほしいもんだよ。僕らは今すぐ乗れそうな馬車を探し、ミーヴィル東区東駅へと向かう事にした。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.37 )
日時: 2023/10/22 18:58
名前: 匿名 (ID: u/mfVk0T)

「馬車いいなぁ、楽だなぁ~♪」

 上機嫌なレク君は何故かドナドナを歌いだす。僕は時計を気にしながら目的地に着くのを待つ。

「2分前か、ギリギリ間に合ったね」

 そう言うと同時にミーヴィル東区東駅へとたどりつく。僕らは急いで駅前にあるという給油所に目を向けた。まだ何も起きてないようで、何かおかしな点が無いかと思い、周りを見回す。すると、レク君が早々に馬車から降りて、満面の笑みを向ける。あの例の作り笑いだ。

「じゃ、ルカちゃま。あとはヨロシャース♪」
「……」

 僕は若干イラっとしたが、ぐっと堪えて運賃を払い、教会宛の領収書をもらった。
 で、そうこうしてる内に10時ちょうどになる。……異変ではないけど、一人の客がバイクに乗って給油所へと入っていった。これ自体は異変でもなく、普通の光景だ。僕らは給油所へと近づき、他に異変が無いかと思っている。
 客が来たと同時に店員が走ってきた。

「らっしゃっせー!」
「ガソリン、満タンで」
「ハーイ、満タンで」

 気さくな若い男性店員と、バイク好きの太った男性客。これも別に特段変わったところはないな。とそれを見守っていると、店員さんはバイクに給油を始める。油臭いなぁと思っていると、ノズルを手に取った店員さんの様子が変わった。
 さっきまでの店員さんはにこやかで気さくな雰囲気だったのが、今はにんまりと笑い、レク君の作り笑いの様な不気味さを感じるような笑顔に変わったんだ。僕はその異変に気付き、すぐさま走り出す。

「ガソリンマンタン、ガソリンマンタン……」

 彼は不気味な笑みのままガソリンを給油口にではなく、バイク全体にかけ始めたんだ。何やってんの!?

「ちょ、おいおいおい、何やってんだオメー!?」

 客が当然の如く怒鳴りながら店員に走り寄る。

「今日は肌寒いんで、サービスしとくよぉん」
「な、ななな、なにいっとんじゃ!?」

 他の店員も異変に気が付いて、彼の奇行を止めようとするが、今度は店員さんはノズルを彼らに向けて、ガソリンをお客さんや他の店員さんにかけ始める。

「アハハハハハ、オホホホホホホ」

 店員さんは笑いながら、店員さん達にガソリンをぶっかけ続けていた。ようやく僕らも現場へと近づき、彼を止めようと掴みかかる。

「何やってるんですか、やめなさい!」

 その声に気が付いた店員さんがこちらに振り向き、ノズルを向けてガソリンを掛けようとした。けど、僕はそれを素早く避ける。……僕の背後にレク君がいたので、代わりに彼がガソリンが頭からどっぷりと掛かっちゃったけど。

「あぁぁぁやあああああぁぁぁぁ~~~~っ!!」

 女の子みたいな悲鳴を上げ、レク君はガソリンまみれ。

「オホホホホ、オホホホホホホ……」

 店員さんは唐突にノズルを地面に落とし、ズボンのポケットに手を突っ込む。取り出したのは、マッチ。その場にいる全員に緊張が走った。彼はマッチを擦る。マズい!

「フヒヒヒヒ……」

 店員さんはにんまり顔でマッチに灯った火を……落とした。
 僕は咄嗟の判断で素早くマッチを握り、消し潰す。と、同時に店員さんに素早く近づいて店員さんの首根っこを掴み、振り回してから押し倒した。店員さんは「ウヒヒヒ」と小刻みに笑っている。……なんなんだこいつ、一体、何が目的で……!?

「レク君、早くこいつを連行!」
「あ、は、はい!」

 何とか事態は収束したけど……突然の事に全員呆気に取られている。僕自身もだ。とにかく、今は大聖堂に戻って事態をまとめなきゃね。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.38 )
日時: 2023/10/28 20:40
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 僕達は一旦事務所へ戻り、事務作業をしていた。まあ、犯人を教会に引き渡した後は、僕らにできる事は無いし。後は上に任せるしかないっか。そう思いながら書類をまとめていた。

「いやぁ、無事でよかったね皆~!」

 ヨハンソンさんが万歳と腕を振り上げながら泣いて喜んでいた。泣くほど嬉しいのか。

「無事じゃねえよ……!」

 別室でシャワーを浴び、着替えてきたレク君がボソッとつぶやく。彼はいつもの服から、白いシャツとハーフパンツという、どっからどう見ても近所の学生にしか見えない服装へと変わっていた。彼が通るとあの鼻につく油の臭いが漂った。シャワーで取れなかったニンニク臭と油臭が混ざり合って、なんというか……すごく臭い。

「油臭いよ、もじゃ頭」

 僕が彼の顔を見ずに言うと、レク君は怒りの矛先を僕に向ける。

「ぼくが本調子だったらあの給油所のクソ野郎、半殺しにしたのによォ!? つーか今どこにいるんスか、ぼくに尋問させてくださいよ!」
「尋問って……まずは落ち着いて、ね?」

 レク君が頭から湯気が出そうになるくらい怒っている。こんな彼は一度も見た事なかったから、ちょっと珍しいな。

「だって危うく炭になりかけたんですよ、あの場の全員!」

 レク君は怒りのあまり机に八つ当たりをしていた。これじゃあ事務仕事ができないので……ヨハンソンさんはレク君と僕を引き連れて、取調室へと赴くことにした。




―――




 取調室では、ビッシュさんとサグリエさんがちょうど取り調べをしていた。犯人は相変わらずへらへら。あの不気味な笑みを浮かべてるだけで、二人に何を言われても動じてない。……まるで何かに憑りつかれたように。

「コルァァァ! 正直に吐いた方が身のためだぞ! 職場に恨みでもあったんだろぉ!?」

 と、ビッシュさんに机をバァンと叩かれても、全然涼しい顔。あの精神力は見習いたいかもしれない。

「カツドン食べる? これ、俺の行きつけのお店の東洋料理なんやけどね?」

 サグリエさんは食べ物で釣ろうと、器の蓋を開けるが、犯人はそれでもニヤニヤしたまま動かない。美味しそうだな。サックリ揚がってそ……って、いや、食べ物で釣られて吐くなら僕らの仕事は楽でいいんだけど、現実はそういうわけにはいかないんだって……。

「だから言ってるでしょお~? この身体の人は関係ないんだってぇ。ボクが肉体を乗っ取って勝手にやった事なんだからさぁ」
「いい加減にしろォ!」
「この身体の人ってなんや、全部お前がやった事やろが!」

 何の進展もしないし実りもない、不毛な取り調べだなぁと僕が眺めていると、レク君が足でダンダンと音を立てながら床を叩いている。

「チッ、なぁにすっとぼけてんだよあいつはよぉぉ!?」
「声がでかいよ」
「うっせ、主体性ゼロモヤシ」

 まあ、彼の怒りも頷ける。ガソリンかけられた上に殺されかけたんだから。

「どうしても信じられないみたいだねぇ」
「当たり前だ」

 ビッシュさんと犯人の会話が聞こえる。すると、犯人はビッシュさんに顔を近づけた。

「わかった。じゃあ、ボクの能力がホンモノだって事、証明してあげるネ」
「はぁぁぁ?」
「例えば、こっちを覗いてるそっちの人の肉体に移り変えてみるとか?」

 ビッシュさんとサグリエさんが同時に声を出すと、犯人は唐突に前のめりになり、糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。二人は一瞬何が起こったのかと驚いている。……と、彼はすぐに起き上がり、自分を凝視してくる二人に素っ頓狂な顔で見つめていた。

「……あ、あの。なんですかあなたたち。え、ここ、どこですか。え、なに?」

 起き上がった彼は混乱しているように、二人を質問攻めにしている。

「は、にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ……!」

 唐突に隣にいた教会騎士さんが足をとんとんと鳴らしながら、足を擦りながら泣いていた。

「にゃにゃにゃって……どうしたの君?」
「こ、この身体に憑依したんだけど、水虫が痒くてかなわないよぉ!」

 彼はそう言いながらブーツを脱ぎ、足を擦り合わせる。
 僕は取調室の扉を叩く。異常に気が付いた二人は急いで取調室から出てきた。

「ま、まあ。これでボクの能力のすごさが証明できたと思うけど……。まだ信じられないかなぁ?」
「……というか、あんた何やっとんや?」

 彼の様子がおかしいので、サグリエさんはそう尋ねる以外できなかったようだ。

「うぅん、まだ信じてないみたいだネ~。じゃあさ、これからいろんな人に憑依して、いろんなイタズラしちゃおうかな。ネ、面白くない?」
「……それは……ちょっと面白そうッスね」
「コラ」

 ちょっと顔を赤らめるレク君の頭に、拳骨を入れてやる。すると、それを聞いた彼は嬉々としてぴょんぴょん飛び跳ねた。

「でしょでしょ? じゃあこれから、イタズラしにいっちゃおうかなぁ、いってきまーす♪」

 と彼が腕を振り上げて決めポーズをしたと同時に、彼は前のめりになって倒れ込む。さっき、あの犯人と同じように。しかし、前のめりになったところにレク君がいたので、レク君は悲鳴を上げながら彼を支えていた。

「あ、ぎぃ……重ッ!」
「……あれ、ど、どうしたんですか? あの、ごめんなさい、なんか寝てたみたいですね?」
「い、いや、はよう、おき……て」
「あ、すみませんなんか」

 目を覚ました彼は、憑き物が落ちたように、素っ頓狂な顔でこっちを見ている。……なんというか、何を見せられていたんだろうか? 彼はレク君から離れると、何か申し訳なさそうにペコペコ頭を下げている。文字通り、憑依されていたと説明する方が簡単で済む。

「あの、何かあったんですか?」
「いや……憑依されてましたよ。ガチで」
「え? え?」

 彼はそう言われても何のことだかさっぱり。目が点になってこっちを見ていた。

「いやぁ、いいもん見させてもらいましたよ。憑依だなんて!」

 レク君はというと、さっきまで怒ってたのに、今度は恍惚な表情(無表情)で目を輝かせていた。(死んだ魚の目で)

Re: Requiem†Apocalypse ( No.39 )
日時: 2023/10/28 20:42
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 別室にて。

「前代未聞やからね、しゃーないでしょ」

 サグリエさんがそう言いつつ、憑依されていた……とされる二人を立ち入り禁止用のテープをぐるぐる巻きにして拘束していた。で、シュメッター管理官と、その後ろにビッシュさんがついてきて、僕らの前に立つ。

「とにかく……どういう処理をするかは、我々「犯罪対策班第一課」内で合議する事にする。沙汰を待て」
「お前らちゃんと見とけよぉ?」

 二人が部屋から出ると、サグリエさんもそれについていく。ヨハンソンさんは静かに敬礼しながら、

「御意……!」

 と返答。
 いや、それはそれとして。この人達どうしよう。僕はため息をつきながら、二人に歩み寄る。

「正直に吐いた方が身のためですよ」

 と、威圧感込めながら言い放つと、二人は怯えたように首を振る。

「た、助けてください! 本当に覚えがないんです!」
「そうですよ! オレら、被害者なんです、信じてください!」

 そう懇願してくる。……参ったな、演技か詐病か何かかな……と、思って頭を抱えていると、レク君が二人に嬉々として近づいていった。そして、二人の前に座り、テーブルにメモ帳を乱暴に置き、ニヤニヤ笑う。

「憑依されてる時の気分とかは!?」

 レク君の突然の質問に、二人は驚いたものの、教会騎士のおじさんがはっとして、答えた。

「あ、えっと……意識がふっと遠のいて……なんというか、寝不足で気絶するように眠っているような感覚っていうか」

 それを聞いたレク君は面白そうにメモを取る。

「こりゃ典型的な憑依の御パターンですなぁ、うひゃひゃひゃっ! たまらんぜよ……♪」

 僕は大きくため息をつきながら、二人に歩み寄った。ヨハンソンさんも腕を組みながらそれに続く。

「憑依なんか、詐病かイカれてるかどっちかですよ。他人の人格が入り込んでくるわけがない」
「チッ……じゃあ、パツキンゴリラは、二人とも偶然にその詐病とやらを発病したってことだって言いたいんで・す・か!?」
「二人とも芝居でもしてたんでしょ」

 僕がそう切り捨てると、ヨハンソンさんはため息をついて、やれやれという感じに肩をすくめた。

「やっぱりか」
「――違います! 芝居なんかしてません! 本当に意識が奪われたんです!!」

 すると、勝ちを確信したかのような不敵な笑みを浮かべ、ヨハンソンさんは人差し指を天井に指しながら言い放つ。

「じゃあ「自白剤」でも打ってみるか、ちゅぅぅ~っとなぁ!」
「あ、はい。全然かまいません。お願いします」
「お、オレも……お願いします!」


「……えっ」

 どうやら二人からむしろ頭を下げられてしまった上、予想外の返答だったようで、ヨハンソンさんは固まっていた。

「あれ、自白剤って合法でしたっけ」
「そもそもこの時代に自白剤はまだなかった気が」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.40 )
日時: 2023/10/28 20:45
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

「当てたねぇ!」

 歓喜の声を上げながら、教会騎士のローブを羽織る男――マトゥーが紙袋を手に、部屋の隅で小さくなっている女――ローナへと近づき、彼女の隣に紙袋をそっと置く。上機嫌なままマトゥーは、ローナの目の前で胡坐をかいて、葉巻を手に取る。だが、ローナはビシッと人差し指を向けた。

「葉巻やめ!」
「おっと、失敬」

 葉巻をしまうのを眺めながら、ローナはふっと力なく笑う。

「だから言ったでしょ、未来は絶対なのだから」
「じゃあ次はボードゲームでもやろっか。最近東洋から面白いのをもらったんだよ。ショーギって言ってな、チェスみたいなルールで、なんと奪った駒を自分の兵にできるとかなんとかってな――」
「ねえ、そろそろ私を釈放して頂戴よ。予言は当たったし……そのおかげで大惨事は免れたのよ?」

 それを聞いたマトゥーはへらへら笑い返した。

「まあまあ、そう堅い事言わずさぁ――」
「実力行使しても構いませんのよ?」

 ローナが脅すように低い声でそう言い放つと、彼に顔を近づけ、胸ぐらをつかみ、彼の瞳を見据えた。……だが、マトゥーはそれを聞いた途端、彼女に掴まれている腕を握り、力を入れる。

「仲間、いるんだ。それはそれで好都合なんだけどね」

 彼はにこーっと笑う。

「まあ、いいや。実力行使してくれるならしてもいいぞ。できるもんならな」

 それだけ言うと、マトゥーは腕を離した。

「俺、真摯な紳士で通ってるからさぁ、誰も見てなくても女性に手を上げるとかしたくないのよねぇ。まあ、そーゆー事ですから、あんま暴れず大人しくしてほしいんだよね女王様」
「……女王様って呼ぶくらいなら、私の言う事くらい聞きなさいよ。どうしても釈放はできないわけ?」

 ローナは緊張が解け、ため息をつく。マトゥーは困ったように笑った。

「うぅん、まあショーギで俺に勝ったら理由を教えてあげるってことにしよう」
「はあ……どうせ嘘でしょ? みえますみえます、3回勝ったら5回に増える未来が見えます」
「あっれぇ。どうしてわかっちゃうかな~。まあいっか」

 マトゥーはへらへら笑いながらそう言うと、彼女の前に四角いボードを置く。

「まあ、どうせ逃げ場はない。だったら状況に身を任せて楽しもうじゃない」

 彼はそう言いながら満面の笑みを見せた。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.41 )
日時: 2023/10/28 20:47
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 結局あの二人は留置所に押し込めておくしかできなかった。そりゃあ、ガソリンぶちまけて放火しようとした挙句、憑依なんてモノを二人同時に起こしたら共犯だと思われるのは当然。僕自身も二人は共犯だと思ってる。……憑依なんてもの、非科学的であやふや。そんなものがまかり通るなら、世の事件のすべてが憑依で片づけられてしまう。そんなの、認められない。
 というわけで、後は上の処分を待つくらいしかできなくなった僕らは、事務所で事務作業をして待つことに。そこに、ヨハンソンさんが紙束をめくりながら、昇降機から降りてきた。どうやらその後の処理が進んだようであった。

「検査の結果、給油所の店員「ダニエル」も、教会騎士「ショーン」も、嘘をついている兆候はなかった。嘘発見器も自白剤も――」

 ――!?
 思わず僕は顔を上げる。

「自白剤って……本当に使ったんですか……!?」
「教会ってこえぇとこですなぁ、クックック……」

 レク君が、東洋から仕入れたという「肩たたき棒」を使って肩を叩きながら、くつくつ笑っている。まあ、笑いたくなる気持ちもわからなくはないけど……。

「……ところが、だ」

 ヨハンソンさんがため息をついた。

「二人に共通する記憶が一つだけある」
「なんスか?」

 レク君が動きを止めてヨハンソンさんの顔を見ると、神妙な面持ちで彼は答える。

「……修道女を見たんだって、ナイスバデーの。で、器を持ってるからコインを入れると、「ボクの為にありがとぉ」なんて言われたらしいのよ」
「お~、最近流行りの「ボクっ子」って奴ですな。萌えるね」
「で、さ、口元にほくろがあるんだって」

 口元にほくろ……

「それは……ちょっとエロいですね」
「……」

 レク君は軽蔑の目で僕を見る。……いや、でもナイスバデーで口元にほくろで、しかもちょっとSっ気があるとか……

「エロいよねぇ~、心惹かれるよねぇ~」

 ヨハンソンさんがすかさずにやけ顔になり、ねっとりとした口調でそう言ってくる。いや、うん……確かにドキドキしちゃうし、心惹かれちゃうな。これが思春期って奴なのか。

「ちょっと、憑依されたいですね……」
「うわぁ……」

 僕が真面目な顔してそう言うもんなので、レク君の軽蔑の目が、みるみる汚物を見るような目に変わっていった。すると、ヨハンソンさんがニヤニヤしながら僕に近づいてくる。

「いや、俺はねむしろ憑依する側になりたいのよ。憑依してさ。「お兄さん~そんなダメだよぉ神様の前で、らめぇ~」って言わせたいのよ~」

 と、ヨハンソンさんが紙束を抱きながらクネクネ蠢いていると、レク君が舌打ちをする。

「チッ。じゃあその修道女が憑依のキーパーソンで、今もいろんな人に憑依して罠を仕掛けているってことになるんですか?」
「……ふむ」

 ヨハンソンさんは一言だけ声を出すと、黙り込む。

「そうよね。何か手を打たないとだよねぇ……」

 ヨハンソンさんがそう言いながら、目の前を徐に歩き出す。

「どういう?」

 僕がそう聞いてみると、考え込んでいたヨハンソンさんは何か閃いたようにポンッと手を叩いた。

「わかった! スパーッ!」

 と叫びながら勢いよく指さしながら振り向く。

「注意喚起する! ビラを配ったり電話で警告し、あらゆる人に認知してもらうよう、できる事は全部やる!」

 ああ、確かにそれは大事だな。地味だし普通だし当然の事だけど。それを聞いたレク君は「わかりきった事を……」という顔で呆れて、自分のデスクに戻っていく。まあ、命令ならやるしかないよね。教会騎士だし。

「……命令とあらば」
「ん~……ふつーだな」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.42 )
日時: 2023/10/29 16:51
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 僕らはとにかく情報を集めるべく、様々な場所に注意喚起の名目で電話をかけてみる事にした。学校、病院、商業施設など……憑依による犯罪が起きないように。そして何より、そんな犯罪に巻き込まれた人達が、こんな下らない事で失墜してしまわないように。

「もしもし、教会の「フィリッポス」と申します。現在、おかしな行動を突如行う方をお見掛けしましたら、すぐに教会まで通報をよろしくお願いします」

 僕はそうほとんど一方的にしゃべりかけ、電話を切る。相手の反応を聞いている暇はない。他にもやる事が多いんだから。
 すると、電話がかかってくる。ヨハンソンさんがそれを取った。

「はい、こちら鎮魂歌レクイエム……えっ!? 「リセ・アセット」の校長がわいせつ行為を!? ……はい。はい」

 ああ、恐れていたことが起きちゃったか。僕は頭を抱える。そしてヨハンソンさんが電話を切ると、再び電話がかかってくる。

「はい、こちら――は!? 「ポール美容室」の「ウィリアム」さんが迷惑行為を!?」
「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

 レク君が嬉しそうに叫ぶ。

「何喜んでんの……」
「いやぁ、マジでくるとは思いませんでしたなぁ……クックック」

 彼は引き笑いをしながら、状況を楽しんでいるみたいだ。……頭が痛い。




―――




 で、電話対応をしていると、ガブリエルさんが「おつかれサマンサモスモス~」と言いながら昇降機から降りてくる。そして、今日の号外であろう新聞をデスクにばさっと投げた。

「おぉいガキ共。面白いことになってんぞ~。この島の各地でなんか奇行に走る奴が多数発見されてんぞ」

 と言われたので、ガブリエルさんの投げつけた新聞を読んでみると、「憑依か!? 奇行に走る身近なあの人に要注意!」という見出しで面白おかしく記事になっていた。……予想通りの騒ぎになってる。

「共通点は男、眼鏡、赤髪、20代の青年で、いずれも修道女を見たという証言がありました」
「この島じゃ修道女なんて珍しくもないが……全員が全員修道女を見たってのもおかしな話よねぇ」

 僕とヨハンソンさんがそう話していると、記事の中に「連続教会沙汰事件まとめ」という項目があり、読み進めてみると、北から南まで件数は十件には満たないものの、かなりの件数が上がっている。

「まるで疫病だな。この島を出て他国にまでまわったら、国際問題だぞ」
「うむむ……」

 ガブリエルさんの指摘に、ヨハンソンさんは頭を抱えている。

「本人たちは憑依されたと供述している。って書いてありますね。ますますマスコミが面白がって毎日どんちゃん騒ぎになりますよ」

 レク君が鼻と唇でペンをはさみながら、記事を読みながらそう言うと、唐突に

「僕は藤●俊二さんしか知りませんね。「おヒョイさん」……なんつって」
「誰ですかそれ」

 僕はため息をつく。

「まあでも、皆まだ本気にしてないわよ。セーフ。ギリギリセーフ」
「マスコミが本気で煽り出す前に手を打たないヤバいですね」

 ヨハンソンさんがにこにこしていると、昇降機の音がする。

「既にヤバい状況だよ」

 あ、シュメッター管理官。と、ビッシュさんとサグリエさん。

「あ、バカと金魚のフン二人」

 とレク君がつぶやくけど、3人は気にも留めない。リモコンがガンッという大きな音を立てて地面に落ちる。ヨハンソンさんが「あぁ!」と思わず声を出すが、それも気にせず、管理官がズカズカと事務所へと入ってきた。

「こんな挑戦状がきた。憑依する女からだ」

 と、ビニール袋に入った紙が手渡される。ヨハンソンさんがそれを受け取り、それを読み始める。中身はこんなんだ。

<挑戦状。あなた達教会騎士がボクの憑依する能力を認めようとしないので、手あたり次第……いえ、ある程度特徴が共通する人間に憑依して見せる事にしました。本人に身に覚えのない罪で、果たして審問は人を裁けるのかなぁ? あなた達はどんな人にも憑依できるボクを捕まえる事ができるのかなぁ? とても楽しみにしてまーす☆ ちなみに、今日から数えて明後日の0時の鐘が鳴るまでの間に、ボクを捕まえられない場合……>

「どうするんですか?」

 僕がヨハンソンさんに近づきながら尋ねると、ビッシュさんが代わりに答える。

「マスコミに対して、「憑依する能力を発表する」とのことだ」
「それだけかぁ……なんだ」
「――馬鹿野郎!」

 唐突にビッシュさんが声を上げる。ツバもとんできた。

「こんなインチキが世の中にまかり通ったら、全ての犯罪が憑依のせいにされちまうんだぞ!?」
「そもそも、この騒動は今のこの島のシステムの根幹を揺るがす事態だ。フランス本国が動き出す前に、事件を解決するんだ……わかったな?」

 と、管理官が言うもんだから、ヨハンソンさんはその場で深々と頭を下げた。

「ははぁ~!」

 で、管理官はガブリエルさんの方も見る。

「ガブリエル、君もそれでいいな?」
「ウッス」

 と、一言。その態度に腹を立てたのか、管理官は顔をしかめた。で、3人はそのまま昇降機を降りていくが……ビッシュさんが思い出したかのように、こちらに走ってくる。

「ちなみに、騎士総監の娘婿殿が、眼鏡、赤髪、20代の青年の特徴に当てはまる。くれぐれも巻き込まれんように……いいな!?」
「ははぁ~!」

 ヨハンソンさんはもう頭を床に擦り付ける勢いで、四つん這いにまでなってる。……なんというか、見てて居た堪れない気分になるなぁ。レク君は一連の出来事を見守りながら、舌打ちをした。

「感じ悪」

 そう言いながら、デスクに座る。

「……まあ、でも、件数が少ないとはいえ、こんだけ騒がれて、馬鹿げた事で被害者が出たら、その人がかわいそうですからね。頑張りましょうか、注意喚起」
「……そうだね」

 レク君に言われて、僕もデスクに座り、電話帳を開いた。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.43 )
日時: 2023/11/04 17:38
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 作業も区切りがついたので、僕らは食事に行くことにした。レク君の提案で、「寧幸むしろしあわせ」に行くことにし、4人揃って店に入って席に座る。相変わらず熱気と油のギトギト感でむせ返りそうになるけど、2回目となると慣れてくるのは不思議なものだ。

「ルカさんは何にします? 僕は――」
「茹でギョーザ茹で焼き5ニンニクマシマシ、大名古屋ラーメン定食でしょ。どんだけ食べるつもりなの」
「おぉう、流石ルカさんですね」

 自分の言いたい事を当ててもらえたのが嬉しいのか、レク君は口が綻んでよだれが。汚い! 僕はテーブルに置いてあったナプキンで彼の口元を拭いた。子供か!

「全くもう、ホント世間じゃ憑依のウワサで持ち切りだよぉ。しんどいね全く」

 ヨハンソンさんがいつになく頭を抱えて悩んでいる。……気持ちはわかるんだけどね。ガブリエルさんは店に置いてあった新聞を広げ、「親父~、いつものな。もち5人前で~」と言いながら足をテーブルに置く。――ちょ、この人に恥じらいの感情はないの!?

「ガブリエルさん、見えちゃいますって!」
「あ~? 見たいだろ、エロガキ」
「いえ、別に」

 僕が真顔で答えると、ガブリエルさんは舌打ちして、姿勢を正す。レク君は机に突っ伏したヨハンソンさんの頭をぽんぽん叩いていた。

「――でさ、うちのクラスにいた眼鏡で赤髪の子いたじゃん?」

 唐突にそんな話が耳に飛び込んでくる。食事中の男女3人組の大学生のようだ。この近くには「イーヴン・アカデミー」があるから、別に珍しいことじゃないけどね。

「ああ、「ディーク君」じゃろ? 今日は休んどったな」
「やっぱ休んだのって、憑依されたからじゃない?」
「うぇえ、マジ!?」
「てかさてかさ、憑依って感染するだって! 一度憑依されたら人格が変わって、人格が分裂しまくって、最後には自殺しちゃうんだってぇ~!」
「マジかよぉ!」
「実は、オラ見ちゃったんじゃよ……修道女。ナイスバデーで口元にほくろあるの」
「えっ!?」
「オラ、死んじまうんかなぁ~! オラ、赤い髪じゃろ? 眼鏡もかけとぉし。どないしょ~……」
「Contrata un seguro antes de morir.(死ぬ前に保険入っとけ)」

 学生の会話に、この店の親父さんの奥さん……ナンシーさんが料理を持って、割り込んで、学生たちに保険に入るよう勧誘してきた。あまりの唐突さに学生たちは驚いて、「何々!? 憑依された人?」とざわついている。

「だいぶウワサが広まってますね」

 レク君が運ばれてきたギョーザを食べながらつぶやく。

「どうせマスコミが面白がって、水面下でなんやかんやと流してんだろ?」

 ガブリエルさんは興味なさげに新聞を読み、そう答えた。そして、運ばれてきたチャーハンを一口。そして、厨房に顔を向けた。

「親父、ばかうまだなこのチャーハン。私にも茹でギョーザニンニク増量で頼むわ」
「ハァイ、茹でニンニク増量一丁~!」
「はぁ、よく食べるよねぇ君ら……」

 ヨハンソンさんは呪詛のようにつぶやき、もはや涙目だ。

「というか、眼鏡赤髪20代の青年って結構いるもんだねぇ。これじゃあ憑依女を捕まえるどころか、手掛かりすらつかめ無さそうだよぉ」
「……修道女を捕まえればいいんじゃね? ナイスバデーのさ」
「それも特徴が特定できないからむ~り」
「情けなや~」

 ガブリエルさん、レク君に指を刺され、ヨハンソンさんはさらにため息をついて突っ伏す。

「最初に憑依したのがレク君だったら、もっと簡単に事件解決できたかもしれませんね」

 僕がそうギョーザを口の中に放り込みながら言うと、レク君がむっとした顔をする。

「ルカさんだって特徴的な髪型してる癖に。なんだよそのもみあげ! 鬱陶しいから切れよ!」
「君こそそのもじゃ頭をさっさとストレートにしなよ、性格も真っ直ぐになるかもよ?」
「まあまあ……」

 ヨハンソンさんは、テーブルに写真を並べる。

「見てよ、この人はこの国最高峰の外科医、この人は伯爵さん、それにこの人は大手ナイロンメーカーの社長。実年齢は30代だけど、20代みたいに若々しいでしょう。この人たちに憑依されて、何か問題を起こされたら、フランスは大パニックだよ」

 と、彼が言い終わると、親父さんがその写真の上に料理を置いて厨房に戻っていく。僕はため息をついた。

「お偉いさんがどうっていうより、どんな事件を起こされるかって方が重要でしょ。今日の給油所みたいな事件を起こされてみてくださいよ。どんな被害が出るか……」
「どうしたらいいのかなぁ~。今勾留中のあの人たちも、いつまでもこのままにしておくわけにはいかないしねぇ」
「審問も扱いに手をこまねいてる状態でしょうね。立件のしようがない」

 僕達がそう話していると、ガブリエルさんが新聞を読みながら口を開く。

「そもそも憑依を前提とした犯罪を、どう審問で証明するか。どう判断するか。東洋では「呪殺」では殺人罪にはならない前例もあったらしいし。審問も同じような判断になるか、あるいは……」

 すると、ナンシーさんが僕らに近づいてくる。

「あのぉ、ガブリエルサン宛にオデンワよ」
「……」

 ガブリエルさんがそれを受け取り、電話に出る。

「はい、代わりましてどーも……はあ。了解、すぐに参ります」

 すぐに受話器をナンシーさんに返したガブリエルさんは財布を取り出す。

「お前ら、緊急事態だ。ついにとんでもない事件を起こしやがったぞ、その憑依女」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.44 )
日時: 2023/11/04 17:40
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 僕達は急いで現場へと赴く。そこには既に教会騎士達が集まって捜査や取り調べが始まっていた。
 スード・アカデミーの医学部。数々の著名人が排出されている、名門校のうちの部門らしいけど、正直詳しい事は知らない。帰ったら調べてみるか。と思いながら、皆について行く。現場となった部屋の中で、壮年の男性が横たわっていた。苦悶の表情で大きく口を開け、見るも無残な姿になっている。

「遅えぞ、鎮魂歌レクイエム!」
「遅くなり、申し訳ございません」

 ヨハンソンさんが頭を下げる。現場検証中のビッシュさんやサグリエさん、それにシュメッター管理官もその場にいて、僕達を出迎えてくれたんだ。

「はあ!? この方……現在X線実用化研究チームの一人である「ヴァインリッヒ・ハインツ」教授じゃないですか! うわぁん、生前にお話を聞きたかった!」

 レク君が驚愕の声を上げ、遺体に抱き着いて泣き始めるので、僕は彼の頭に拳骨を入れる。ゴチンと音がして、レク君は呻きながら頭を押さえる。

「素手で触らない」
「……すみません」

 レク君は上半身を起こし、十字架を切ってから、遺体を隅々まで舐めるように眺めた。

「……扼殺やくさつだぁ。防御創がかなりありますね。なんというか、随分長く抵抗なさってたようですね。扼痕やくこんもおびただしい数です。しかも、顔にも扼殺じゃ珍しく、うっ血が残ってる~」

 レク君がそう言いながらメモ帳に書き込んでいると、ビッシュさんが尋ねてくる。

「珍しくって、どういう意味だ?」
「扼殺は普通、顔がうっ血しないんですよ。うっ血してるって事は、長い時間をかけてなぶり殺しにされたって事です。知りませんでした?」

 それを聞かれたビッシュさんとサグリエさんは顔色を変える。明らかに動揺しながら目を泳がせていた。

「し、知ってたよそんなこと。とっくの昔に。知ってたもんね~」

 僕はさりげなく話題を変えてあげる事にした。

「他にわかっている事はありますか?」

 サグリエさんは「ナイスアシスト!」と言わんばかりに僕に指をさし、手帳を開く。

「19時13分に教会に通報。通報者は……「アダム・ナッハ」28歳。ハインツ教授の愛弟子で、現在は「ハインツ」研究所の助手を務めてるそうや」
「研究結果について話していて、気が付いたらハインツ教授が目の前で倒れていたそうだ」
「じゃあ犯人ですね。で、その方は?」
「別の部屋にいる」
「……あの、なんで本部に連行しないんスか?」

 レク君がそう尋ねると、途端に目の前の三人が狼狽え始める。

「そ、そりゃあ、さ。物証も目撃証人も本人の記憶もねえからよ。…………っちゅーことやんね?」
「あ、ああ、うん……」

 すると、レク君が意地悪気ににやりと作り笑いをした。

「まさかまさか、ま・さ・かぁ~? 物証も目撃証人も本人の記憶も見つからないからって、すっとぼけるつもりじゃありゃせんですか~?」

 そう指摘されて、僕達の視線が彼らに集中する。ビッシュさんもサグリエさんも管理官も、明らかに動揺して、そわそわし始めた。

「まさか!」

 とサグリエさんは誤魔化すように笑う。が、ここで管理官が口を挟む。

「レク君。今のところ、審問に持ち込むような証拠は、我々にはないんだよ。というか、憑依の犯罪を審問が受けてくれるかなんだよ問題は。というかマスコミに報告されちゃったら、教皇様とかフランス本国とか、他国から注目されて、大笑いされるどころかバッシングされちゃうかもしれないんだよ! そしたら皆から「てめーら教会の管理どうなってんだよ!」って言われて、挙句、私の人生がハチャメチャになっちゃうよぉぉ~!! ジーザスクライスト、ファッキン!! シット!! ゴーダマ!! シッダールタだ!!!」

 その場に響くような足踏みとまくし立てるような早口の後、くぅ~という音を漏らし、将来の不安と悲観で顔が歪んでいる管理官。その様子に他の捜査官たちがこっちを覗き込んできていた。ヨハンソンさんもちょっと申し訳なさそうに口を開く。

「ですが、扼痕から指紋も検出されるでしょうし。様々な状況証拠やたんぱく質の検査を行えば、まあ……ほぼ犯人は確定――」
「うああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~!!!!」
「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~!!!!」

 3人の叫び声による輪唱が始まり、僕は肩をすくめる。

「とぼけきれないですよ!」

 僕がそう言うと、3人ともこっちを見てくる。怖っ!

「ナッハさんの名刺」

 と、僕が指をさす方向に皆の視線が集中する。そこには、ハインツ教授の脇に落ちていた、ナッハさんの名刺。しかも、血がこびりついている。
 ……とりあえず、僕らはナッハさんに事情聴取をする事にした。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.45 )
日時: 2023/11/04 17:42
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

「ボクが……ハインツ教授を殺した、ですか!?」

 僕とレク君は目の前の……赤髪、眼鏡の20代くらいのお兄さん――「アダム・ナッハ」さんと、医学部の一室を借りて向かい合って座り、取り調べをしていた。

「まさか……ボクがこの手で、ハインツ教授を……!?」

 僕らは静かに頷く。レク君は何かをメモに取っているようだ。

「名刺、それに教授の指に残っていた皮膚。そして、あなたの手の怪我。それらの状況証拠。それから、たんぱく質の検査結果が、それを証明しています」

 僕は淡々と検査結果と、袋に閉じた証拠の数々を彼の前に差し出すと、ナッハさんは顔をしかめる。僕はその反応を眺めつつ、彼の手を指さした。

「あなたの手の怪我、それはハインツ教授が抵抗した時にできた傷です」

 彼の手はひっかき傷のような、深い爪痕が残っていた。今は止血しているが、かなり深く、青くなっている。相当な力で抵抗していたという事が、傷からでもよくわかる。

「ホントに何も覚えてないんですか?」

 レク君がいつもの調子で尋ねる。明るい口調だ。それを聞いたナッハさんは慌てだし、首を大きく振った。

「最初から言ってるじゃないですか! ボクは……ホントに、何も知らないしわからない! ボクが……ボクが、ハインツ教授を絞め殺しただなんて、信じられないです! ……が」
「が?」
「一科学者としてこんな事を言うのもお恥ずかしい限りなんですが、何か別の感覚がボクに纏わりついていたような時間があったんです」
「ふぅん、つまり。憑依されたと?」

 レク君の質問に、ナッハさんはどう答えればいいのかわからないようで、少し悩むように俯いた後、深く頷く。その反応を見たレク君は嬉しそうに僕の方を見て、同じように頷いた。……なんだその顔は。


―――



 教会まで戻ってきた僕達。
 まあ、かくして、ナッハさんはビッシュさんとサグリエさんに教会まで連行されることになった。で、僕らはそれを見送っていると……立ち直ったシュメッター管理官がふっと笑う。

「とりあえず、この事件は君達、鎮魂歌レクイエムに一任する事にする。よろしいかな?」
「はいや!? そんな殺生というやつで――」
「こういう不可思議な事件モノを取り扱うのが、君達レクイエムの仕事のはずだ。頼んだよ」
「うえぇ……」

 ヨハンソンさんはまともな反論ができず、管理官が去っていくのを黙って見ているしかできなかった。そして、大きくため息をついて肩を落としている。一方、レク君は舌打ちを連発。気持ちはわかるんだけど……。

「ちいせえ奴らですなぁ」
「わかるよ、その気持ち。でもね、あの方たちも必死なんだよ。僕はまだわからないけど、年齢を重ねると人生にリカバリが効かなくなる。だから、今の地位を守るために、大人たちは何とか食らいつかないといけないんだよ」
「……言いますね先輩! 3年くらいしか年齢変わらないのに」

 レク君は目を見開いて僕の肩を叩いた。

「と、父さんが言ってたんだよ」

 びりびり痺れる肩を抱きながらそう言うと。

「――ごちゃごちゃやってる場合じゃないヨぉ!」

 誰かの声が背後から耳に入る。僕達が急いで振り向くと、ニヤニヤ笑いながら腰に手を当てて笑う教会騎士の赤髪のお兄さんが、こちらを見ていた。一瞬でわかる。憑依女だ!

「約束の時間がもうすぐに迫ってるヨ?」

 彼女がそう言うと、ヨハンソンさんが慌てて前に出る。

「たんまたんま! 待った、待ったなう!」
「いえいえ、もう十分待ちました。それに赤髪眼鏡縛りも飽きちゃったし、今度は手当たり次第なんやかんや憑りついて、世間を大騒ぎさせちゃおうかなって思います。その方が世間のボンクラ共はボクに注目して、憑依の能力も証明できるでしょ?」

 お兄さんがそれだけ言い放って、ニヤニヤ笑いを残したままその場に崩れ落ちた。僕らは戸惑いながらそれを眺めていると、また背後から悲鳴が。

「キャー!」
「何やってるの!?」

 僕らが振り向くと、腰の銃を抜いた教会騎士のお姉さんが立っている。僕達に銃を向けて! 駆けつけていたビッシュさんとサグリエさん、管理官は腰を抜かして尻もちをつき、あわあわと声を出しながら僕らの背後に回っていた。……もう、情けない!

「けんじゅうぅ~」

 レク君が頬に両手を当てながら全く驚いた様子もなく、それを眺めている。……教会ってこんなんばっかなの!?

「初めて持ったけど、拳銃って結構重いのネぇ~」

 彼女は左で銃を構えていた。

「……左利き?」

 僕がそうつぶやくと、ヨハンソンさんがすかさず銃を抜き、構えた。

「銃を下ろしなさい」
「お~、怖い怖い。でもこれは単なるお遊戯だから、怒っちゃやーよ。それじゃあね~」

 彼女はそれだけ言うと、その場に崩れ落ちる。その場は、突然の出来事に慌てる以外の事ができず、唖然として倒れた二人を見つめる事しかできなか

Re: Requiem†Apocalypse ( No.46 )
日時: 2023/11/04 17:45
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 事務所に戻り、僕らは改めて情報を集めるべく、捜査資料や給油所店員さんの「ダニエル」さんや、教会騎士の「ショーン」さんの経歴書を今一度調べたり、憑依され殺人を犯してしまったナッハさんの情報を調べたりと、何とか手掛かりをつかもうと躍起になっていた。……が、結局犯人像は全くの不明。このままじゃ、あの女の言う通り、いろんな人が無意識のうちに犯罪を犯してしまったり、様々な犯罪が憑依のせいになり、とんでもないことになってしまう。そうなったら、今まで築き上げてきたモノが崩壊してしまうだろう。考えただけで頭が痛い。

「犯人は左利き、左利き……」

 ヨハンソンさんがそうつぶやきながら、捜査資料をペラペラめくっている。

「何かわかったんですか?」
「ん~? わかんない。そもそも、左利きだけで犯人特定なんてむ~り」

 そう言いながらヨハンソンさんは資料を閉じ、ため息をつく。

「……あれ、そういやレク君は?」

 さっきまで一緒に帰ってきていたはずのレク君がいない事に、僕らは気づいた。が、ヨハンソンさんは特に心配する様子もなく、時計を見る。

「帰ったんじゃない? それにもう夜の10時だよ。俺達も帰ろっか、送ってくよルカ君」
「あ、ありがとうございます」

 僕がそう言いすくっと立ち上がると、ヨハンソンさんは笑顔で僕に歩み寄った。

「うぅん、こんな真面目で素直な子がうちに来てくれて、俺は嬉しいよ~。鎮魂歌レクイエムってさ、自分勝手な人ばっかだからさぁ……」
「そうなんですか?」
「うん、以前はね。俺とガッちゃんと、あと5人含めた部署だったんだけどね……うぅん。この話はいいや、また今度にしよう」
「……」

 ヨハンソンさんもレク君も、この部署の過去はあまり語りたがらないな。「また話す」「長いから」ではぐらかされてる気がするけど、でも……話したくないのに無理やり聞くのもなぁ。
 思い切ってガブリエルさんに聞いて……あ、そういえばガブリエルさん、殺人事件が起きた連絡を受けたら僕らをほっぽってどっか行っちゃったなぁ。あの人、すぐにどこかに行くんだから……。

「ルカ君、リフトが来たよ~」

 ヨハンソンさんが昇降機を移動させてくれたみたいだ。僕は急いで帰る準備をして、ヨハンソンさんに駆け寄る。今一度誰もいない事を確認して、周りを見回した。

「明後日の0時がタイムリミットか。明日は噂の修道女でも探すかな。恐らく、彼女が犯人だろう」
「……」
「ん? ルカ君?」

 憑依された人達は皆口を揃えて、「修道女」を見た。なんていうけれど、その人が本当に犯人かな? 何か引っかかる。でも、それはあくまで推測だし、レク君に聞かせたら絶対指さしながら「寝言は寝てからにSay(セイ)よ!」なんて言われそう……いや確実に言われるな。
 あーもう、考えても無駄な気がしてきた!

「すみません、帰りましょう」
「ん、そうだね。おつかれサマランチ会長~」

 ヨハンソンさんは誰に向かって言うわけでもなく、事務所の電源を落とし、昇降機のスイッチを押した。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.47 )
日時: 2023/11/04 18:31
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 ふむ、やはり医学部となると、神的に素晴らしい論文で溢れていますなぁ。うぅん、高まるぅ~!
 現在ぼくは、スード・アカデミーの医学部に来ております。いやはや、遅くまで捜査員の皆さん、おつかれやまです! そして、ぼくはその中にある、論文がしまってある書庫へ足を運び、論文を一つ一つ確認しているわけですね。いやぁ、素晴らしい。どの学生さんの論文も、神秘を感じさせる素晴らしいモノばかりです! 思わず笑みも零れるってもんですなぁ。はっはっは。

「……お」

 ぼくは思わず声を漏らしました。
 ゴミ箱の中にテープぐるぐる巻きになって破り捨てている書類が。ぼくは手に取って復元を試みようとしましすが、流石にテープを剥がすには一苦労しますね。……時間を掛ければイケるか。ぼくはそう思い、ゴミ箱の中身を全て回収し、他に何かないか調べてみると。鍵がかかった引き出しがありました。ぼくはすかさずバッグの中から針金を取り出し、ピッキングを試みます。教会騎士は真実を追い求め、ひた走るもの。ピッキングの先に真実があるならば、調べつくさねばなりません。まあ、ぼく教会騎士だし大丈夫だと思いますが、もし何らかの責任を問われた場合の責任は、師匠かヨハンソンさんに押し付けちゃおーっと。
 しばらくカチャカチャといろいろなんやかんややってますと、引き出しが開いたようです。ふむ。中身は論文……名前は、「ヴァインリッヒ・ハインツ」教授。ん? ……そういやぐるぐる巻きの論文も名前がありましたな。

「ほぉ~……」

 ぼくは思わず口角が上がってしまいました。
 なるほどなるほど。ククク……そういうことでしたか。
 ぼくの脳内に今までのキーワードが駆け巡ります。……考えをまとめるには「シュウジ」が一番なんですが、今回は品切れなんでノートにまとめましょう。手ごろな場所にノートとペンがあったんで、とりあえずそれを拝借する事に。

「給油所のダニエル」

 彼はきっかけに過ぎない。それは教会騎士のショーンさんも同じでしょうね。

「修道女」

 憑依された人間が見たという憑依する女……と暫定しているのですが。この修道女は今回関係が無さそうではあるんですよね。問題は……

「校長」

 新聞の情報ですが、女生徒にわいせつ行為をしたとして教会に連行されています。……が、それはおかしい。女性が女生徒に対してそのような悪戯をしますかね?

「美容師」

 彼も憑依されて迷惑行為を行ったとして、教会に通報がありました。憑依をして、《《自分ではできない事を試した》》という捉え方が一番、腑に落ちますねぇ。

「赤髪眼鏡20代」

 年齢も見た目も20代後半の赤髪で眼鏡の青年。偶然にも、ショーンさんもこの見た目でした。

「助手のナッハさん」

 彼が犯したのは殺人事件。しかも……

「うっ血」

 顔にうっ血する程首を絞めていた。長い時間生殺しにして。

「防御創」

 これは、憑依していた人間が、教授を憎んで憎んで憎しみ抜いた証拠でもありますね。

「左利きの拳銃」

 左利き自体珍しくはありませんが、銃は本来右利き用に作られていまして、右手で扱うのが普通です。なのに、左手で銃を構えた。つまりは……

「論文」

 そして、このテープぐるぐる巻きの論文。名前は――おっと。誰か来たようですね。ぼくはすかさずノートをそっと閉じました。

「ごちそうさまでした」

 と添えまして。ぼくは急いでバッグにテープぐるぐる巻きの論文をしまい、その場を離れる事にしました。もう夜は遅い。明日に備えて寝なくては。

「……」

 誰かの視線を感じた気がしますが、気のせいですかね。ま、気のせいでしょう。あー、早く帰らないと師匠に怒られてしまいます!

Re: Requiem†Apocalypse ( No.48 )
日時: 2023/11/04 18:33
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 翌日、朝10時。このくらいの時間でしたら、失礼にあたらないでしょうし、お話も聞いてくださるでしょうね。ぼくは大聖堂の、ナッハさんがいらっしゃるという、取調室へと足を運びました。もちろん、ルカさんにもちゃんと連絡はしてますし。ヨハンソンさんは……そういや今朝は連絡してもお留守でしたね。まあいいでしょう。
 ぼくが取調室の前に立つと、扉の向こうから話し声が聞こえます。会話から察するに、管理官の腰ぎんちゃく二人と……あ、珍しく師匠もいますね。聞き耳を立てていますと、どうやら落ち込んでいるナッハさんを慰めている最中のようです。

「ボク……死刑になっちゃうんでしょうか」
「だって意識なかったんでしょ~? 精神鑑定に回されて、心神喪失って事で責任能力ナシで無罪放免なんじゃないかなぁ~?」
「病院送りかもやんね!?」
「こんだけ憑依が騒がれてたら、認めざるを得んかもねぇ~」
「あ、ちょ、ガブリエルさん、それ俺のコーヒー!」
「ええやん、ちょっとくらい。お前のコーヒーは減っても備品のコーヒーは減ってないぞ!」
「何その屁理屈!?」
「あーうま。げぷっ」
「こん人女の癖に女捨ててますやん!」
「ま、お前さんは被害者だし。気にする事は無いよ、生きろ。そなたは美しい! なーんつって!」
「しかし……親兄弟より慕っていたハインツ教授をこの手で殺してしまった事が……ボクには耐えられない。死刑にしてもらった方がいっそ……」
「ふむ……こりゃあ重症だなぁ」

 あ、この辺で会話をぶっちしても大丈夫そうですね。ぼくはそう思い、ノックをしてみる。そして扉を開けると、その場にいる全員がぼくの方を見ました。

「ビッシュさん、サグリエさん」
「なんだ人形か、何の用だよ!?」
「チッ」

 ぼくはビッシュさんの「なんだお前かよ」みたいな嫌味な表情に腹が立ち、つい舌打ちしちゃいました。

「この一連の犯人が分かったんで、教えに来たんですけどなんなんスか、その態度」
「ハッ、マジかよ」

 あ、信じてないな。信じてないあからさまな態度だな。ムカつく。

「さっき、シュメッター管理官にも伝えておいたんで、とりあえずでもいいんで、早く行った方がいいんじゃないですか?」
「マジかよ!?」
「やっばい、はよういかんと!」

 ぼくの言葉にビッシュさんとサグリエさんは慌てて取調室から出ていきます。ウケる。やっぱ上の人には逆らえない運命なんスね。悲しいけど、これ上下関係なのよね。なんてどうでもいいんですが。
 ぼくは二人を見送ると、ドアを閉めナッハさんの目の前まで歩み寄りながら口を開きます。

「……バカでしょう、天才のあなたからしたら凡人の人たちって」

 ぼくは師匠の隣の席に座りました。師匠はコーヒーを堪能しながら、テーブルに足を掛けて、黙ってこっちを見ているようですね。

「いえ、そのようなことは。ボクはハインツ教授の助手で、教授にとってはボクは……お荷物同然でしょう」
「またまた御謙遜を」

 ぼくはそう口角を上げながら手をひらひらと振りました。

「大学の研究室を隅々まで調べさせてもらいましたよ」
「えっ? ……どういうことですか?」
「端的に言いますと、これです。テープグルグル巻きの論文。不思議な事もあるもんですね。あの研究室には、他の学生さんや医学者さんの論文は見つかっていますが……あなたの論文だけはこのテープまみれの論文しか見つからなかった。おかしいですよね。あなたも学者の一人のはずなのに。それに……」

 ぼくはじいっとナッハさんの瞳を見つめます。

「この論文の中身。ハインツ教授の書いたというこちらの論文と、全く内容が同じもんじゃねーか! ……ってなってますぼく」
「……それは、ぼくが複写したんですよ。ハインツ教授は体調が優れなくて――」
「へえ、筆跡も日付も筆者の名前も違うのに?」
「……」
「それに、ハインツ教授の他の論文はスッカスカのピーマンですよ」
「ピーマン?」
「あ、量でなく質の話ですよ? ハインツ教授のあの程度の頭脳じゃ、こんな素晴らしい論文は書けないですもん~。ニュートンにせよ、ガウスにせよ、ガリレオにせよ……天才の論文には神の哲学が感じられますしね。むふふっむふふふっ」

 ぼくは思わず笑みがこぼれてしまい、口角が上がってしまいました。その笑みを見たナッハさんは、顔が引きつっていましたが。失礼ですね、他人の笑顔を見て顔を引きつらせるなど!

「……何が仰りたいんですか?」

 ナッハさんのその質問に、僕は身を乗り出し、彼に顔を近づけた。

「聞きたい? 聞きたい?」
「ニンニク臭い!」
「チッ、サーセン」

 ぼくは一旦顔を離し、座り直す。

「なら言いましょう。ハインツ教授の論文は、ある日を境にあなたが代わりに書き、それを教授が書いたものとして世に出している。って事ですよ」
「……確かに、この論文はボクが書きましたけど、他は――」
「この論文だけじゃない。別の論文も筆跡はあなたの物ですよ。あ、最新のタイプライターなんてもので記述されたものもちゃんとありますね。ですが、内容っていうのは誤魔化せません。あなたが書いたものでしょうな」
「証拠はあるんですか?」

 ふっ、きましたねその質問。

「出た出た、そうきますよねぇ~。文章って指紋みたいにその人のクセが出るんです。例えば、同じ人が書いた小説でも、表現が似通っていたり、全く違うお話なのにその人が書いたとわかる人にはわかるんですよねぇ。ゴーストライターとかが、いい例です。えへっ、証拠としては弱すぎますかね☆」
「キモッ」
「おぉう」

 傷つきますねぇ。

「――ま、筆跡は間違いなくあなたの物ですよ。このテープグルグル巻きの論文がある限り、それは確定事項です。手柄を横取りされたんですよね、教授に」

 ナッハさんの表情が消え失せる。見事なまでの無表情ですな。

「というか、論文だけじゃなく、いろんな人に裏を取れば分かる事ですよ。間違いなく」

 ナッハさんは一言も発しなくなっちゃいました。まあ、いいや。続けましょう

「教授はこう言ったでしょう。「単純なミスだ」なんてすっとぼけ、あなたに謝った。「今から訂正するのもみっともない、必ず教授に取り立ててやるから許してくれ」なぁんて言われちゃったりなんだったりうまいこととか言っちゃって。でも……あなたは待てど暮らせど助手のまま。裏切られた憎しみで、あなたはハインツ教授を殺した」
「――憎んでなんかいませんよ!」

 ナッハさんは机をバンと叩きつけました。

「お世話になった方なんです。なぜボクがそのような事を……万が一ボクが殺したとしても、それはやっぱり誰かに憑依されたからなんですよ」
「フッ」

 ぼくが笑い声を漏らします。

「ナッハさんのような超天才に、ぼくのような超凡人が説明するのも多少気恥ずかしいですが……」

 ぼくは彼の瞳をじっと見据えながら、口を開きました。

「人間の脳は通常1割ほどしか使われていません。残り9割にどのような能力が秘められているのか……まだ解明できていないのです。が、ぼくはその能力が本当にあり、それを行使する人間が多少なりとも実在すると考えています」

 さらに彼に顔を近づけます。

「他人に憑依する能力って実際にあると思うんですよね」

 ナッハさんは目を逸らしました。

「昨日から続く奇妙な事件をじっと眺めていましたが、ぼくマジ羨ましかったんですよ! だってぇ、自分ではできない馬鹿馬鹿しい悪戯を他人の身体を使ってヤリホーダイのパケホーダイじゃないですかぁ!」
「パケホーダイってなんですか……」
「でもねー。あの悪戯の数々って、どっちかって言うと男の欲望だと思うんですよね。ぼくもたまに綺麗なお姉さんのスカートを捲りたいって思いますし」

 ぼくの発言に師匠がなぜか食いついてくる。

「マジで? じゃあ私の見せてやるのに」
「師匠はババアなんで興味ないです」

 ぼくがそう言うと、師匠は舌打ちをしてそっぽを向いてしまった。

「あ、今のその顔、自白と考えてもいいですか?」
「まさか――」
「いや、これカマかけてます。どうでもいいんでぼくの推理、続けますね」

 ぼくがそう笑って見せると、ナッハさんはまた無表情に戻っていました。

「ミステリー小説っていうのは、ここからが長いんですよぉ」
「どうぞ、手短に」
「じゃ、遠慮なく。この事件の始終を眺めていたんですが……憑依ってだんだん物足りなくなってくると思うんですよ。やっぱり、自分自身で、自分の名前で、自分の手でやった方が一番楽しいんじゃないかって」

 ぼくがそう言い終えると、彼と目を合わせます。


「だから、あなたは憑依の能力があるにも関わらず。自分自身の手で、ハインツ教授を殺害した」

 ナッハさんは明らかに動揺し、目を泳がせる。何か言おうとする前に、ぼくはそれを遮りました。

「教授にはいくつもの扼痕が残ってました。あれって、何度も何度も締めたり緩めたりして、長ぁい時間をかけて最大の苦しみを与えながら殺した証拠なんですよ。顔にうっ血ができるって、扼殺だと相当なもんです。悪戯気分では絶対にできないですよ」

 ぼくは続ける。

「あなたは、あなたと同じ見た目の人間に憑依し、この一連の事件を仕掛けました。自分も憑依されたって事にして、殺人罪から逃れる為に……」

 ナッハさんは深いため息をつきました。そして、ぼくを小馬鹿にするように見ます。

「ボクは科学者でね。推論だけじゃ納得できない。何か証拠はあるんだろうね?」
「ぼくに油をぶっかけたあの店員さんの「ダニエル」さん。実は左利きなんですよ。ですが、あの瞬間、右利きになりノズルを右手で持っていました」

 ぼくは身を乗り出し、ナッハさんに顔を近づけました。

「覚えてませんかぁ~? あの時、ダニエルさんに憑依したあなたが油をまき散らし、ぶっかけたの、ぼくなんです。マジ迷惑ですから、あとでクリーニング代とか請求してもいいですか、つーかしますねぇ!?」
「……知るわけないでしょう」
「まあ、それは置いといて。憑依する人が右利きでも、された人が左利きでも、憑依する人が右利きだったらそれに合わせるとぁ~、人類初の大発見です。素晴らしい!」

 ぼくがそう笑うと、ナッハさんはまたため息をつきました。

「だったら、昨日の教会騎士は? 随分な大立ち回りをしていたのと、辻褄が合いませんよね」
「ああ、あれですか? あれは仕方なく左手を使ってたんですよ。なぜなら――」

 ぼくがそこまで言うと、すくっと立ち上がり、ナッハさんの右側まで走ってきて、彼の右手を掴みます。そして、テーブルの上に持ち上げました。
 彼の右手が露に。指が大きく腫れ上がり、傷だらけの右手。これが証拠ですな。

「ハインツ教授と揉み合っている最中に、右手の人差し指を痛めて、右手だと引き金が引けなかったからです」

 ぼくがテーブルの上に彼の右手をそっと置いてあげると、彼は観念したように顔を逸らす。

「Quod Erat Demonstrandum. 証明終了」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.49 )
日時: 2023/11/04 18:35
名前: 匿名 (ID: Ak8TfSQ3)

 ぼくがそう言い終えますと、彼は再び顔を上げ、ぼくを睨みます。

「キミの言う通り。ハインツ教授を殺したのはボクです」

 そう言い、彼は語り始めました。

「教授はいつもボクの論文を見ては、満足げに笑い、手柄を横取りしては言い訳をして、ボクが反撃してくる事も夢にも思わなかった。ボクは憑依の能力に目覚め、キミの言うように一連の騒ぎを引き起こした。騒ぎに乗じて、あの……ボクを操り人形に仕立て上げ、いつまでも日陰者扱いをするあの男を……この手で殺してやったんだ! 満足げに笑う顔が、苦痛に歪んでいく様は快感すら覚えたね。呼吸をしようと大きく口を上げたり、抵抗しようとボクの手を引っかいたり、暴れたり。まあ、この通り、人差し指を痛めたのは誤算だったけど。でもさ……あの瞬間だけは楽しかったね。長い時間ゆっくりとゆっくりと、ボクの手の中で命を弄んでいる感覚は、さ」

 憎悪とはここまでして人を変える……いや、能力を得たからこうなってしまったのか。ぼくにはわかりませんが……。彼はふふっと笑い、笑顔を見せます。

「キミの推理通りだよ。あのジジイを殺したのもボク。やっぱり何か大きなことをするには、自分自身の手で、自分自身の名前でやらないと、意味がない。で、憑依されたことにしておいて、殺人から逃れようとしたんだ」
「せっかくの能力や頭脳をそんな下らない事に使ってしまうなんて悲しいです。これからは教会の地下で一生日陰者です」
「――ボクは逃げるよ?」
「え?」

 ぼくがそう声を出すと、取調室のドアが勢いよく開き、ドアが「バアン」と大きな音を立てます。その音でうとうとと船を漕いでいた師匠が顔を上げます。よだれを垂らして。

「人形てめえ、シュメッター管理官に言ったって嘘じゃねえかァ!」

 その声を聞いたナッハさんがにやりと笑い、その場に崩れ落ちました。

「マズい!」

 ぼくがそう声を張り上げ、立ち上がった時にはもう遅い。怒鳴り込んできたビッシュさんが突然、腰から下げていた拳銃を僕達に向けました。

「……やられた」

 ビッシュさんの突然の行動に、サグリエさんは壁に寄り添い、腰を抜かしています。……ああ、ホント役に立たない! 師匠は師匠で鼻を小指でほじりながらそれを静観しています。こっちも役に立たず!

「左手だが、この距離ならキミを撃てるだろう」
「ビッシュさん!? 何を――」
「ナッハさんに憑依されてます」
「えぇっ!?」

 やっぱ役に立たん、マズいですねこれは……。銃口が真っ直ぐぼくに向けられ、ビッシュさんの視線もぼくに突き刺さります。ぼくはどうする事も出来ず、動けません。

「死ね」

 彼がそう言って、引き金を引こうと指を動かしました。


 パァン

 そう銃声が響きました。
 ぼくは膝から崩れ落ち、ビッシュさんを見据えます。
 ……危ない! 顔を銃弾が掠った程度で済みましたね。頬からぼくの血が垂れていきます。多分、背後の壁に穴をあけたのでしょう。ここの修理代は誰が払ってくれるんだか……とか考えてる暇はないですね。再び、ビッシュさんの手の中の銃がぼくに向かいます。
 銃声で我に返ったサグリエさんが銃を構えました。

「……惜しいけど、次は外さないよ~?」

 ビッシュさんは銃を向けられているというのに、余裕の笑みです。

「銃を下ろせ!」

 サグリエさんがそう叫ぶと、ビッシュさんはすかさず彼に向かって再び発砲しました。なんてことを!? 至近距離だったため、サグリエさんは悲鳴を上げて膝を抱えて倒れました。足からの大量出血……これまたマズい展開!

「先輩から撃たれる気分はどうだ? 苦しいか、悔しいか」

 彼は笑いながら倒れているサグリエさんの傷口を踏みつけます。さらに苦痛の声を上げ、部屋に響き渡りました。
 ぼくも我に返り、肩から下げていたバッグを持って走り、ビッシュさんの後頭部に叩きつけました。ビッシュさんは倒れ込み、ぼくはすかさず銃を手に取り、構えます。ですが――

「バーカ、こっちだこっち」

 師匠の声が背後からします。振り向くと、師匠が左手で銃を構え、ぼくに向けていました。あのニヤニヤとした笑みで。

「くそ……」

 ぼくに師匠は撃てない。……ムカつく!

「師匠に撃たれて死に、キミの師匠は殺人犯。それで終わりだよ!」

 師匠がそう笑いながら、ボクに近づいた。

「――動くな」

 その背後には師匠に向かって銃口を押し付ける人物が一人。
 ルカさん! ルカさんが歩み寄りながら銃を構え、師匠に近づきます。だが、師匠はすかさず僕を抱き上げ、盾にしました。宙ぶらりん。こんな高い高いは勘弁してほしいです!

「キミらにボクは捕まえられない!」
「レク君を下ろせ」
「ボクに命令するな!」

 すると、ルカ君は視線を一瞬外しました。そして、

「最後のチャンス。今すぐレク君を下ろして銃を捨て、降伏しろ!」

 と、言い放ちました。それを聞いた師匠は大声で下品に笑います。

「やっぱ教会の連中はバカばっかだなぁ! ハハハハハッ!」

 それを聞いたルカさんは銃を離さず、銃口を師匠に向けたまま。というより、ぼくに向けたままです。……すると、師匠はぼくのこめかみに銃口を押し当てました。……今度こそ死ぬようですね、ぼく。

「……死ね」

 そう死刑宣告をされました。

 
 ――その刹那、ルカ君が崩れ落ちているナッハさんの肩を撃ち抜きました!

「ぐはっ! あアッ……!! アアアアアアアッ!!」

 ナッハさんの肩が打ち抜かれているというのに、床をのたうち回っているのは師匠。……そうか、憑依は無敵じゃない。憑依している人自身の身体に受けた傷は、その人自身の受けた傷。憑依したってその受けた傷の痛みは消えない。って、それは昨日の騒動からそうだったんだけど!

「な、なんで!?」
「指の怪我一つ、憑依先の人間にも影響される。所詮、この肉体から離れらないんですよ、あなたは!」

 ルカさんがそう言いながらナッハさんに近づき、打ち抜いた肩に銃を、念入りに念入りにぐりぐり押し付けました。その度に師匠が苦痛の悲鳴を上げます。
 そして、ルカさんは銃を押し付けながら師匠の方を見ました。

「逃げようとしたら、遠慮なく残りの腕も足も撃ちぬいて、それでも足りないなら全身の骨を一本一本折っていきますから、そのつもりで」

 マジで、えげつなっ!
 すると、師匠が眠るように床に崩れ落ちました。と、思ったら、今度はナッハさんが起き上がり、撃ちぬかれた肩を手でおさえています。

「くっひう……はぁい……」

 彼は涙目で頷き、ルカさんの虎の様な鋭い瞳に貫かれて、小動物のように情けなく小さくなっていました。これでもう悪さはできませぬな、ハッハッハ。あー、ほっぺ痛。ぼくは足音を鳴らしながら彼に向かって言い放ちます。

「余罪はともかく、ハインツ教授殺しだけは、あなたがあなた自身で行った犯罪ですから、立件起訴します。心神喪失でもなく、罪からは逃れられねえからよ……ちゃんと償う覚悟しとけよこの野郎……!!」

 ぼくは彼の目の前まで歩み寄ると、受けた鬱憤を晴らすように、彼の傷口をぐりぐりぐりっと銃で力強く押し付けました。その度に彼は悲鳴を上げて、涙迄流しています。泣きたいのはこっちですよ!

「ふんぬおぉぉ……!」
「やめてくださいぃぃ~……!!!」

 あと10分程度それをやってましたら、流石にルカさんに拳骨をもらいました。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.50 )
日時: 2023/11/06 16:37
名前: 匿名 (ID: lMEh9zaw)

 一方その頃……物陰に隠れていたヨハンソンは、ある人物をマークしていた。そう、あれだけ憑依が騒がれた最中に目撃されていた修道女。神出鬼没でどこにでも現れるその女は、駅前の広場で物乞いをしているのをヨハンソンは見ているのである。

「みぃつけたぞ……! 出たな、色欲ボクロめぇ……」

 ルカがその場にいれば「なんですかそれ」くらい言いそうだが、今回はヨハンソン彼一人。彼はしかめ面のまま、その修道女にそっと近づき、声をかける。

「あの、失礼。教会騎士ですが」

 と、彼は教会騎士の証である銀の十字架を彼女に提示する。
 修道女はヨハンソンの顔と、十字架を見た瞬間、さーっと青ざめ、

「ご、ごごご、ごめんなさい! ち、違うんです私、頼まれてこうして立ってただけで、別に怪しい事をしてたわけじゃ……!」
「……はぇ?」
「あ、あの、赤髪の男の人に、こういう事読んで立っててって言われて、それでこのような事を! えと、1日あたり3フランもらえるって聞いたからつい……あの、これって犯罪になっちゃうんでしょうか!? わ、私、実は夫も子供もいまして――」

 明らかに動揺し、修道女はまくしたてるように言い訳を述べ連ね、涙を目に浮かべながら平謝り。ヨハンソンはその様子に呆気に取られていた。

「いや、あの。憑依についてちょっと聞きたかったんですが……」
「え? 憑依?」
「……」

 お互い気まずい空気が流れ、しばしの静寂が流れると……

「あれ、ヨハンソンさんじゃないですか」

 と、そこに近づいてきたのは、金の刺繍の黒コートを羽織る、マルクスだった。ヨハンソンは知り合いの顔を見て、安堵の様子を見せる。

「……マルクス君か。奇遇じゃないか、今ちょっと忙しくって――」
「いや、なんかガブリエルさんにヨハンソンさんを呼んできて、って言われて。なんでも、今お騒がせの憑依事件、解決したんだって」
「あぇ?」

 ヨハンソンが間抜けな声を出して呆けた顔をしている隙に、修道女は黒いベールの脱ぎ捨ててどこかに走り去ってしまった。



―――




 ところ変わって、大聖堂の地下、鎮魂歌レクイエムの事務所。
 レクが事務作業をしながら時計を見つつ、ペンを指の間で転がして遊んでいる。ガブリエルは、机に足を掛け、コーヒーを堪能しながら新聞を読んでいた。二人は現在の作業に夢中になりつつ、会話を始める。

「いやぁ、お手柄お手柄、お手柄レク君だよねぇ」
「師匠は役に立たんどころか、ぼく、師匠に撃ち殺されそうになりましたよ」
「ま、いいじゃん結果良ければすべてヨシコ先輩だよ~?」
「あれ、そういやルカさんは?」
「行く場所あるって言って出かけてるよ」
「そうなんスね」
「……なあ、レク。知ってるか?」
「知らない事は森羅万象何も知りません」
「そりゃそうだろ……じゃなくてな」
「なんスか?」
「ズローバの話」
「進展あったんスか?」
「ねえよ。あったらお前なんかに教えませーん」
「流石師匠、ビチグソな理論です」
「だろー? いや、そうじゃなくて。最近は動きが無さ過ぎて気持ちわりぃって話だよ。んでー、私考えたんですよー。あいつ、どっかに雇われて動きに動けないとか、何らかの契約交わして静かにしてるとかー。そーゆーの!」
「なんスかそれ、2時間ドラマスペシャルじゃあるまいし」
「能力者がどっかに買われて、この島の闇の中で活動してるとか聞いたら、信じるかお前?」
「それこそ、秘密結社とかですか? フリーメイソンとかイルミナティとか、KKK(クー・クラックス・クラン)とかですか? んもぉ、師匠……何時代の人ですか、そんな都市伝説とか信じてるんですかー?」
「いやいや、例えば、秘密結社とかじゃなくたって、能力者を売買する「闇市」や「裏オークション」や能力者そういうのを統括する「組織」だって存在する可能性もあるってことが言いたいんだよ」
鎮魂歌ここを壊滅にまで追いやったズローバが、誰かに買われているとでも?」
「それか……何か陰謀が渦巻いているやもしれんなぁ。……つーか、ヨハンソンどこ行った」
「ああ、ヨハンソンさんでしたら、なんか修道女を探すって言ってましたよ」
「いや、知ってる。だからマルクス君に頼んで――」
「左利きに頼んだとか正気ですかよ!?」
「あーはいはい、そういや、犯人どうなった?」
「あ、じゃあ一緒に見ましょうか」

 と、レクは立ち上がり、事務所に置いてある大きなブラウン管のスイッチを入れた。すると、荒いガビガビの白黒映像が映し出される。

「……つーか、こんなクソ高いもんがなんで鎮魂歌こんなとこに?」
「知り合いの発明家の人に特別に譲ってもらいました。あとはちょいちょいちょちょーいっと教会の地下牢の天井に取り付け完了し、なんやかんやで見れるようになりました。ちなみに、ビデオテープに録画しております故、巻き戻し早送り、一時停止も可能ですよ!」
「このオーパーツに近い技術力と、お前の知り合いと顔の広さには脱帽だなぁ。まあいいや。これ何してんの?」
「捕まったナッハさんを監視しているところです」

 レクの言う通り、画面に映し出されているのは、厳重に拘束され、何人かの教会騎士に見張られている男……アダム・ナッハその人が収監されている様子だった。

「なんで監視してんの?」
「師匠も言ってたじゃないですか。ズローバを買収した「組織」の存在。もしいるのだとしたら、ナッハさんを回収するか暗殺する為に、何かをしてくる。……あと、ぼくの探している人物も動くだろう……なんて思って。ちょうどいいエサがあるもんですなぁと思いましてねぇ!」

 レクはまた引き笑いをする。

「ふぅん……」

 ガブリエルは腕を組み、ブラウン管の映像を静かに見守る事にした。すると、レクの周りでハエが飛び回り始める。

「……ハエ」

 レクが一言呟くと、目の前にあった新聞を丸め、ハエに向かって叩きつけた。




―――



 ナッハが目を覚ますと、その場が静寂に包まれていた。よく見回すと、地下の水たまりに雫が落ちているのが見えた。……その雫は、落ちた瞬間はじけたまま、固定されている。まるで氷で作ったオブジェかのように。ナッハは気が付いた。時間が止まっているという事に。

「やっほ」

 そんな静寂の中、少年の様な無邪気な声が響きわたった。ナッハはその声のする方を見やる。……彼はその人物を知っていた。そして、その名も。

「……ロイ!?」

 ロイはため息をつく。

「ねえ、「ぼく達の存在」を公表しようとしていたよね。なんでそんなことをしたの? 目立ちたかった?」

 その質問に、嘲笑うように、ナッハは鼻を鳴らした。

「ボクはボクだ。たまたま能力に目覚めたからって、「キミ達の仲間」になんかならない」
「……「仲間」?」
「ボクは知ってるよ、キミ達の後ろにいる「組織」。それについて調べてるんだよ」
「……「組織」? ああ、そっか」
「?」

 ロイは妙な笑い声を出し、ニヤニヤと作り笑いを見せる。不気味なモノだった。

「えへへへっ、安心したな。何もわかってないようだね!」

 ロイはそう言い、近くにいる教会騎士に近づき、腰から下げている鍵を手に取ると、鉄格子に近づいた。

「わかっていないならそれでいいや。これ以上君やぼくらの存在が公になる前に、死んでね」

 ナッハは目を見開き、逃れようとするが身体は固定されていて全く動かない。助けを叫んでも、声が反響すらしない。彼の行動すべてが無駄だった。

「助けてぇぇ! 助けて! 助けてええええぇぇ、いやあああぁぁぁっ!!!」
「無駄無駄、うひゃひゃひゃ!」

 妙な笑い声をあげ、ロイは鉄格子の鍵穴に、持っている鍵を挿入しようとすると――

 バチン

 という音と、全身を走る痛み。ビリビリと腕に電気が走って激しい痛みが、全身に走って、ロイは天井付近を見やる。何かの装置。それが、こちらを見ている事は理解できた。

「―――ッ! レクウウウウウウゥゥゥゥーーーーーーーッッ!!!」

 地下全体に響き渡るような、ロイの絶叫と怒号が、彼の口から放たれる。彼はその装置の向こう側にいる敵に向けて睨んでいた。




―――




 パタン。
 新聞が空を切ってデスクに叩きつけられるが、なんとも情けない音を立てる。

「ふむ、失敗」
「教会の人間が殺生すんなよ~」
「いえ、この世の外に送り出すだけですよ」
「こわ~……」

 レクが大きくジャンプして、飛びまわるハエを新聞で叩きつけるが、空振り。またハエが逃げ出してしまった。すると、そのタイミングで事務所の電話が鳴り響く。

「……ハイハイ、こちら鎮魂歌レクイエム――は? 留置していたアダム・ナッハが殺された!?」

 レクはそれを聞いて、ブラウン管を見やる。ガブリエルの驚きの声と放たれた事実通りの出来事が、そこに映っていた。レクは急いで巻き戻し、再生と一時停止を繰り返すと、レクは硬直する。

「……ロイ!」

 彼は、一時停止した映像を見てそうつぶやき、拳を強く握りしめる。その映像には、紫の髪のレクより小さな少年が、こちらを憎悪の眼差しで睨んでいる様子だった。