複雑・ファジー小説

Re: Requiem†Apocalypse ( No.51 )
日時: 2023/11/10 20:27
名前: 匿名 (ID: lMEh9zaw)

丙ノ廻


「ん~んん~♪にゃんにゃんにゃ~♪」

 僕がいつも通り事務所へ出勤していると、鼻歌を歌いながら、何か小さな建物と、ねじれた何かを取り付けているヨハンソンさんの後ろ姿があった。随分高いところに取り付けてるけど、一体何なんだろう、あれ。

「おはようございます、ヨハンソンさん」

 僕が背後から声をかけると、上機嫌なままヨハンソンさんが振り向く。

「あ、おはよルカ君。今日も一日健やかにいこうね」
「はい、ありがとうございます。……で、これは一体?」
「ん?」

 僕が指をさし、ヨハンソンさんは大きく頷いた。

「「カミダナ」。ニポンではこれを天井近くに置いてお祈りするんだってさ。いわば、神様を自宅に招いて祈りや供物をささげるとかなんとかって聞いたよ。縁起物を置いたりしてさ」
「へえ……その、たくさん置いてあるものって――」
「縁起物。「ハマヤ」、「クマデ」、「ダルマ」。それとお祈りを書いた「タンザク」。置いておくといいって聞いたよ。高かったんだから。全部で10フラン!」
「高っ!?」
「高いよねーだいぶ痛手だったよ。だからその分いいことあるかもね。それに、最近憑依事件だったりなんだったり、イヤーな事件が多かったでしょう。だから神様にお祈りして、悪いものを追い払ってもらおうと思ってね。何卒何卒何卒……」

 ヨハンソンさんは十字架を切り、手を合わせて祈りを始める。僕もカミダナの値段の高さに驚きつつも、とりあえず十字架を切ってお祈りを始めた。

「離婚ができますよーに……離婚が早くできますよーに……」

 ガダッ ガシャーン!

 物音が聞こえたと思ったら、カミダナが床に落ちて粉々に砕けていた。

「にゃああああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっっっ!!? 10フランんんんんんッ!!!?」

 床に落ちて粉々に砕けたカミダナを拾い集めようとヨハンソンさんが床に這いつくばるのを無視して、バッグから無駄に伸びた青い棒を詰め込んでいるレク君が、欠伸しながら自分の席に向かって、「おはよーサンヨーホームズ」などとつぶやきながら歩いているのが目に入った。低血圧気味なのか、かなり不機嫌だ。

「おはようレク君……で、何その棒。なんでそんなの持ち込んでんの?」
「朝からうっせーな、おめーは。昨日うちに泥棒が入ってきたから、師匠が竿竹で退治して、竿竹が折れたから買ってきたんですよ、わざわざ! てか、竿竹持ってきちゃダメですか、何ですか! 犯罪ですか! 何罪ですか!? 竿竹所持法違反ですかァ!!?」
「ここは仕事場だよ!」
「知ってるっつーの! だから何が悪いんだつってんだよオラァン!!」

 僕とレク君は取っ組み合いになり、互いの頬や前髪を引っ張り合い、喧嘩が始まる。すると、ヨハンソンさんが何かを叫びながらレク君の足を叩いていた。

「レク君、足! 足! タンザク踏んでる!! やめてよぉぉぉーーー!!」

 ヨハンソンさんは泣きながら懇願し、僕らは尚も取っ組み合い。怒号と悲鳴が響き合い、傍から見れば地獄絵図だろう。そんな風に僕らが叫び合っていると、それを突き破るような声と、昇降機の音が。

「入りまーす」
「んあっ!? ぐぎっ!?」

 ヨハンソンさんの腰から何か嫌な音がする。僕らは昇降機の方に目をやると、シオンさんがにこやかな笑みでこちらを見ていた。

「し、シオンちゃん……!」

 ヨハンソンさんが弱弱しく声を出すと、シオンさんはそれに目も向けず、僕らによく聞こえるよう言い放った。

鎮魂歌レクイエムにお客様をお連れしました。イーヴン・アカデミー在籍「ジェイコブ・コスミンスキー」様と、犯罪対策班第二課長「アスラン・デネトレィオン」様をお連れ致しました。それでは張り切ってどうぞ!」

 と、シオンさんはヨハンソンさんに向かって、かわいらしくウィンクをした。それにヨハンソンさんはもうメロメロである。
 昇降機から降りてきたのは、とても綺麗なお兄さん。金髪のさらさらした短い髪、碧眼。肌も白くて、ぱっと見お姉さんにも見える。こちらがジェイコブさん。一方、もう一人は茶髪の短い髪、なんだか頼りなさそうなくたびれたお兄さんって感じの人。こちらがアスラン課長か。まあ、この金髪の人に誰を置いても、皆しぼんで見えそうなのが、とても不思議だね。

「……あ、左利きの後輩。と、アスランさん」
「お久しぶりです、レク君。ちょっと背が伸びたかな?」
「おはようございます、とはいえ、1週間ぶり程度なんだけどね」

 二人とも、レク君の知り合いみたいだ。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.52 )
日時: 2023/11/10 20:30
名前: 匿名 (ID: lMEh9zaw)

 僕らはアスラン課長が連れてきた、ジェイコブさんから話を聞く事に。レク君は飽き始めて自分のデスクに戻り、肩たたき棒で肩を叩いてるし、ガブリエルさんはやっぱり今日も不在だし。という事で、僕とヨハンソンさんが二人に向かい合って話を聞くことになった。僕はちょうど林檎を切ったのでそれと、これまたちょうど淹れていた紅茶も2人の前に出す。そして、課長が始めに口を開く。

「……彼はコスミンスキー先生の御子息――と言いましても養子ですが」
「コスミンスキー……って、あの?」

 僕が驚いて声を上げた。だってその先生って、パパとママの親友で、僕も面識があるからだ。

「でも、あの方にこんなに綺麗な息子さんがいたなんて、ビックリです」
「……ああ、君が噂のルカ君か。穏やかな性格や見た目に反して、かなり気が強くて、結構はっきりと物を言って――」
「ついでにゴリラ並の筋力もあります。ぼく、いっつもいじめられてま――」

 僕はすかさず不快な音を出す悪いお口に向かって目の前にあった林檎を投げつけた。「ぼがっ」と鈍い音と共にレク君の口に林檎がすっぽりハマる。とはいえ、僕がさっき出したうさぎの林檎だから、口の中に入るのは想定内。
 なんて、どうでもいいんだけど!

「で、ジェイコブさん。一体何用でこんな地下に? ここは、上の教会騎士では取り扱えないような事件……というより、慈善活動とかイベントの手伝いとかをメインにしているような、カビ臭い場所ですよ」
「うぐっ、本当の事だけど、そう言われると悲しくなってきちゃうわねぇ」

 僕が包み隠さず真実を口にすると、グサグサと擬音が鳴るかのように、ヨハンソンさんが胸を押さえ込んで涙を流していた。
 一方、僕の質問に答えたのは課長。

「ええ。その事ですがね。実は……「難病遺族サークル」というものをご存知ですか?」
「「難病遺族サークル」?」

 なんだそれ。と、思っていたら、レク君が林檎を食べながら、資料の中身を開設してくれた。

「難病で亡くなられた方のご遺族で構成された組織ですね。難病を患い床に伏している方々への、多額の資金援助、募金等を難病を患った方への寄付を目的としている、教会公認の団体ですよ。ルカさん、知らなかったんですか?」
「うん」
「素直だな!」

 いや、知らないものは知らないよ。だって僕、ここに来てからまだ1か月くらいだよ!? しかも毎週のように事件が起きてちゃ、そういうのを調べようにも調べられないじゃん! という心の声をぶつけたいのをぐっとこらえて、作り笑いをレク君に向けた。

「だって君みたいにひねくれたくないしさ」
「ハァ!?」
「静かに二人とも!」

 レク君が苛立ちながら立ち上がるが、ヨハンソンさんが僕らを窘めるように両手を上げ、声を張り上げた。レク君は舌打ちをしてまた座り込んでしまう。で、課長が咳払いをする。

「で、今日はその件で、サークル創始者のジェイコブさんからお話が」

 と、視線をジェイコブさんに送った。

「と、申しますと?」

 ヨハンソンさんが首をかしげる。

「実は……もう亡くなっているのですが、僕の妹から夕べ、手紙が届いたんです」
「亡くなった妹さんからの手紙?」

 僕が驚いて復唱すると、レク君がまるで光の速さの如くジェイコブさんに顔を近づけた。目を輝かせて。

「死者からの手紙!? パネェですね! 高まるぅ~~!!」

 レク君は僕を押し退けてソファに座り、目の前のテーブルにメモ帳を取り出し、彼の話を食い入るように聞き始めた。そんなレク君を横目に、ジェイコブさんは懐から便せんを取り出し、僕らに中身が見えるよう広げてくれた。すかさず、レク君はそれを奪い取り、声を出して読み上げる。

「……「この暗闇に閃く刃から、私を助けて」? はて、どういう意味でしょう」
「刃……刃物?」

 レク君と僕は互いに唸るような声を出し、その意味を考えるがよくわからない。レク君はとりあえずメモを取る。

「実は妹は数年前に病で亡くなったんです。父の懸命な治療も空しく。僕がこのサークルを創設したのも、妹の様な病で苦しみながらただ死を待つ方を、これ以上妹や僕、父の様な思いをしてほしくないというのもあり、学業に専念し医者を目指しつつも、こういった活動を始めたんです」
「悪戯……という可能性は?」

 僕がそう指摘すると、ジェイコブさんはバンッとテーブルを拳で叩きつけた。

「こんな悪質な悪戯、許せる訳ないでしょう!」
「お、落ち着いてください……」

 課長がジェイコブさんを宥めるように、苦笑する。

鎮魂歌レクイエムの皆さんは、「切り裂きジャック事件」はご存知ですか?」

 課長の不意な質問だけど、レク君は頷いた。

「知ってますよ。あの事件の犯人は実は――」
「知っていますなら話が早い!」

 レク君が解説を始めようとすると、課長は遮るように大きな声を出す。レク君はまた不機嫌そうに舌打ちをし、メモを取っていた。

「その切り裂きジャック事件での被害者は、全て難病遺族サークルが寄付した、難病患者の方のみなんです」
「……ほほぉ……」

 レク君は不機嫌そうな顔から上機嫌な顔へとすぐに変えている。面白いくらい単純な子だなぁ……。

「それで……僕はこう思ったんです。妹と、事件の犯人が何らかの関係性があるんじゃないかと。死者からの手紙……「刃」、「私を助けて」って、無関係である事を考える方が難しい! それに、その事件は数年前から続いて、未だ未解決な上に被害者も出続けている」

 僕は切り裂きジャック事件の捜査資料を本棚から探し当て、開く。

 「切り裂きジャック事件」。
 ホワイトチャペル殺人事件の再来とも呼ばれる、難病患者のみを狙った連続殺人事件。被害者は5名。犯行方法はまるでメスで切り裂き、丁寧に内臓を取り除いてかっぴらいた遺体を、病院の木々に吊るすという残忍なもの。その悪質さは、ホワイトチャペル殺人事件以上のものであるが、犯人の足取りも、犯人像も未だ掴めていない。

 遺体を病院の木々に吊るすなんて……悪趣味な。どんな気持ちでそんな事をしているんだろう。僕は身体の底から怒りの熱がこみあげてくる感覚がした。許せない……! そう思いながら、資料を握る手に力が入る。

「妹さんも被害者なのですか?」
「いいえ、妹が亡くなってからの後から起きたので、もしかしたら……サークルを創設した事が何かのきっかけか何かかなとも……」
「……なるほろ」

 レク君がそう言い終わると、メモを取っていた。

「……お願いします、鎮魂歌レクイエムの皆さん、どうかこの切り裂きジャック事件を解決してください。憑依事件をあなた方が解決したとも聞きました。一刻も早く、遺族の皆様や、難病患者の方、その家族の皆様が安心して暮らせるよう、犯人を逮捕してください! この通りです……!」

 突然、ソファから降りたジェイコブさんは額を床に擦り付けて、四つん這いになり始めた。ヨハンソンさんは驚いて「あわあわ」と声を出す。

「あ、わわ……ジェイコブさん、お話はよーく分かりました!」
「――わかっていただけましたか!」
「えっ」

 ヨハンソンさんの「分かりました」に食い入るように反応する課長。そして歓喜の表情を見せ、ジェイコブさんの肩を掴み、彼を起こした。

「良かった、分かっていただけましたよ!」
「え、ちょ――」
鎮魂歌レクイエムの皆さんが捜査してくださるそうです! 良かったですね、本当に良かったですねぇ……」

 課長は涙を目にためながら、良かった良かったと連呼する。

「ありがとうございます……」

 ジェイコブさんも安心しきった顔と泣きそうな顔の表情が混ざり合いながら、力なくお礼を言ってくる。

「これで、ご家族の皆様や遺族の皆様も、きっと納得してくださるでしょう……」
「これで断られたら「ご遺族やご家族の皆様総出で大聖堂に抗議しにくる」と仰ってたですもんね!」
「――!!?」

 課長のしれっと言い放った言葉に、ヨハンソンさんは口をパッカーンと開けて、目を剥く。飛び出てきそうなくらい。課長とジェイコブさんは互いに手を取り合いながら「良かったですね」「良かったです」と言い合い、ヨハンソンさんは粉々になったカミダナを見て、滝の様な涙を流しながら、一言。

「カミダナの呪いだぁ……」

 レク君はそんなヨハンソンさんを無視し、髪をクルクルと指で回している。

「犯人は、難病患者の皆さんをそのような残酷な殺し方をして、一体何を伝えたいんでしょうねぇ」

 レク君がそうつぶやくのを横目に、僕はジェイコブさんの顔を見据える。

「切り裂きジャック事件の、負の連鎖は必ず阻止いたします」
「僕も、できる限りご協力いたします」
「――えっ?」

 ジェイコブさんの言葉に、その場にいる全員が声を上げて彼に注目した。

「サークル創始者であり、代表でもある僕も、必ず捜査に参加いたします」
「が、学業は……」
「1週間休学をいただいたので、問題ありません」
「問題ありすぎなんですが……」

 すると、課長はふうっとため息をつく。

「まあ、それはさておき。実は現在、事件のご遺族の方々にアポイントを取っている最中でして、この後すぐにお伺いができると思われますよ。……ただ、ご遺族の方々は手をこまねいている教会騎士に業を煮やしております。好意的な対応はないものと考えてください」
「しかし、動かねば捜査は進まんでしょ。恐らくその中――」
「恐らくその中に手掛かりが残っていると思われます。なので、すぐに事情聴取に向かいましょう」

 僕がレク君を遮ったからか、レク君は僕をギロリと睨みつけた。

「ぼくが指揮をとります!」

 と、レク君がそういうので、いい加減腹が立ったのもあり、彼の脳天に拳骨を入れてやった。

「申し訳ありません。真剣に取り組みますので、ご安心ください」

 すると、レク君は大声でわめきながら床にゴロゴロ転がり始めた。

「いだいいだい~~こうむしっこーぼーがいだぁ~~~!!!」
「教会名物「転び攻防」かよ……」
「逮捕してやる!」

 レク君がそう言いながら僕に掴みかかろうとするが、ヨハンソンさんが彼を羽交い絞めにしてそれを阻止。

「いい加減にしなさい二人とも!」
「逮捕させろぉぉ!!」
「教会騎士の恥だよ君はッ!」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.53 )
日時: 2023/11/10 20:33
名前: 匿名 (ID: lMEh9zaw)

 レク君は僕らを先導するように走っている。ダカダカなんて擬音が出そうなくらいの足の動き。そして、我先にと、クリーニング店のドアをバァンと乱暴に開ける。その勢いで、壁に穴が空いた。

「すみませーん! 教会騎士なんスけどー!」

 大きな音が聞こえたからか、驚いた様子で中から店主が奥から現れ、僕らを見るなり眉をひそめる。……ただ、ドアで壁に穴をあけるくらいの大きな音がしたら、だれでもこんな顔になるよな、と僕は思いつつ。レク君は店主に早速本題を話す。

「我々、数年前から続く、「切り裂きジャック事件」についての捜査をしているのですが、何か知ってい事があれば教えていただけますでしょうか」

 僕らはそうやってとんとん拍子にご遺族の方々に事情聴取をするべく、自宅に伺っていた。

「我々、数年前から続く、「切り裂きジャック事件」について――」

 ご遺族の反応は様々だったが、好意的な反応はほとんどなく、皆しかめ面だった。明らかに拒否反応を示すお母様。不機嫌な顔をしつつも聴取に応じてくれるお父様。黙って頷くお姉様。

「――何か知ってい事があれば教えていただけますでしょうか」
「帰りな!」

 そして、有無を言わさず塩を投げつけてくる、お兄様。塩を投げつけ、ドアを大きな音を立てながら乱暴に閉めていった。レク君は目を見開いてドアを凝視している。

「行くよ」
「はい」

 僕らは、最後のご遺族の方の元へと赴いた。

 その方は、静かに僕らを部屋に上げてくれたが、空気感は最悪。見た目は壮年のおばあ様で、僕らを歓迎しているという雰囲気は一切なく、ずっと俯いていた。その部屋も、少し埃っぽく、掃除は最低限という感じの応接室。カーテンも半分閉まっていて、薄暗い。部屋全体がこのおばあ様の感情を表しているかのようだ。

「我々、数年前から続く、「切り裂きジャック事件」についての捜査をしているのですが、何か知ってい事があれば教えていただけますでしょうか」

 まるでテンプレートでもあるかのように、レク君はそう尋ね、彼女の瞳を見つめる。……すると、おばあ様は口を開いた。その声に生気はなく、やつれている。

「……孫娘が死んで、その両親である息子夫婦も、夫も。後を追うようにして亡くなりました。昨年、難病を患った孫が死んでから……何もかもを失いました」

 ふと、部屋に置かれている写真を見る。笑顔の少女とその両端を囲う男女。そして、少女を抱えている壮年の男性。たくさんの笑顔を写真に収め、たくさん飾られていた。もう二度と戻る事は無い時間。そして、全てを失ってからの空白の時間。このおばあ様は……もう立ち直る事ができないかもしれない。そんな絶望しきった表情をしている。

「心中、お察しいたします」

 僕は感情を込めず、そう淡々と口にした。

「事件が起きた時の事、お教えいただけないでしょうか」

 レク君が再びそう言うと、突然、おばあ様が声を張り上げた。

「……その事について話したところで、家族は戻ってくるのですか!?」

 そして、おばあ様はレク君の肩を揺らし、悲痛の声で叫ぶ。

「私の孫娘を、息子を、妻を、夫を返してください! お願いします! お願いします!」

 レク君はされるがまま俯く。彼女はただ泣き叫びながら、「お願いします」と連呼し、届かぬ思いを僕らにぶつけ続けていた。
 僕は、それを眺めながら思う。この事件の犯人……必ず見つけ出して、自分のやってきた事を、罪を悔い改めさせなきゃ。でないと……この方のような思いをする人が、これからも失ったものに思いを馳せて涙を流し続ける。

「本当に許せない……!」

 僕は歯を食いしばった。




―――




 僕らは一度帰り、ジェイコブさんも一度自分でも調べてみると言われて、別行動。次の手掛かりを探すべく、捜査資料の再度確認、事情聴取の準備を進める事にした。事務所には僕とレク君、そしてヨハンソンさんと課長の4人。次の手掛かりを掴むために、各々で情報整理や関係者へのアポの最中だ。

 犯行時間は決まって零時の鐘が鳴った時。目撃証言によれば犯人像は、シルクハットとマントが特徴の人物……というより、それ以外は遠目じゃ判別ができないだろう。性別は不明。だけど、そんなの変装しているなら誰だって容疑者になりえる。僕はため息をつきながら、捜査資料を読み漁っていたけど、犯人像と犯行方法、犯行時間、被害者の数……それ以上は今の時点じゃ分かりっこない。これじゃあ、数年放置されても仕方ないとさえ思う。
 ふと、レク君の方を見やると、普段はやる気無さそうにダラダラしている彼だが、今日に限ってはイライラしているのか、指でデスクを小刻みに叩いていて、その度にトントンとリズムよく音が鳴り響く。彼の表情も、いつもの無表情から一変して、怒りに満ちていた。

「……ルカさん」
「何?」

 唐突にレク君が僕に声をかけてくる。

「ふざけてますよね、この事件の犯人。……難病患者という弱者を狙い、嘲笑うかのように病院の木に吊るすなんて。本当に……ふざけてる」

 前から思っていたけど、レク君の本心は、僕よりもずっと正義感に燃え、平和と正しさに拘る「教会騎士」なんだ。だから、今回こんな事件が放置されて、そして事件がいつまでも解決されない絶望で、怒りと悲しみをぶつけられた彼は、責任感と、犯人への憤りを感じているのかな……って、これは僕の勝手な思い込みだけど。

「そうだね。こんなヒトをヒトとも思わない犯行、許されない」

 レク君は捜査資料から目を離さず、ぽつぽつとこぼし始めた。

「難病を患い、苦しみ抜きながらも、患者さん達はいつか来る幸せの時間を夢見て、その希望に縋って必死に生きていたんです。……それを奪っていき、今も尚のうのうとこの社会の中で光を浴びながら、次の弱者を狙っているなんて、おかしい。……死は不意に訪れるものですが、誰かが勝手に誘ったり奪ったりするものじゃない」
「……なんだよ。最初は面白がってたくせに」

 僕がそう言うと、ヨハンソンさんが笑いながら、僕らに温かいココアを出してくれた。

「いや~、ご苦労様。しかし、やはり情報が少ないと手掛かりもつかめないね。レク君もリラックスリラックス。気持ちはわかるんだけどね」

 そう言いながら、ヨハンソンさんもデスクについて、マグカップを手に取る。

「しかし、あと一人事情聴取したい人がいるって、課長が言ってたよ~。ね、課長!」
「ええ。「イーサン・カレット」という人物でしてな」

 「イーサン・カレット」。捜査資料にも名前が挙がってる。重要参考人の一人だったけど、現在行方不明。課長が言うには、この人のお父様「アレックス・カレット」さんが郊外の農村で農業を営みながら隠居生活を楽しんでいるとか。

「そのアレックスさんにお電話をしてみたんですが、事件の関連性や彼の行方についても「知らん」の一点張りだそうで」
「明日行ってみましょう。何か隠している可能性もありますし」
「そうですね」

 課長がそう言い、僕も頷く。レク君の方を見ると、何かに気づいたかのように捜査資料を見返している様子だ。……彼の事だ、何か手掛かりを掴んだのかもしれない。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.54 )
日時: 2023/11/13 17:07
名前: 匿名 (ID: LRangVyB)

「――したがって、h4=r/2+2(m1/h1+m2) h3……という事で簡単だ。分からない人?」

 とある塾校の一室にて、黒板に数式を書きながら説明する、青年――マルクス・セントラが振り返り、生徒達に尋ねる。すると、生徒たちは全員規律よく顔を上げ、マルクスはたじろぎつつ、「う、うん」と声を出した。

「ま、ぶっちゃけ、受験用の物理は暗記と慣れ。実際、最新の理論と異なる事が結構多い。アカデミーで本格的に勉強を始めれば、物理は本当に面白い世界が広がってる。例えば、「ポール・ランジュバン」が発表した「双子のパラドックス」という相対性理論があるんだけど」

 と、彼が説明を始めると、誰かが教室に入ってきた。マルクスはその人物を一瞬目をやる。誰も気づかれずにどかりと後ろの席に座ったのは、鎮魂歌レクイエムの総長のガブリエルだった。ガブリエルは肘をついてマルクスの講義を黙って聞いている。マルクスは視線を皆に戻し、説明をつづける。

「双子の兄が光速に近いスピードですっ飛んでいく、宇宙船に乗って旅行に行った場合、宇宙船の中では時間が進むスピードが遅くなる。……つまり、ずっと若いままのはずなので、宇宙船にいる兄の方が地球にいる弟よりも若くなるはずだ。って話」

 マルクスは指を使いながら皆に説明する。それに皆は注目して聞いていた。ガブリエルも同じくそれを黙って聞いている。
 ふと、マルクスは時計を見る。講義終了の時間はもうとっくに過ぎており、慌てる様子もなく笑みを見せた。

「悪いね、遅くなっちゃって。今日はここまで。次回の講義は――」

 次回の講義について生徒達に伝え、解散となった。



―――



「すみません、ガブリエルさん。遅くなってしまって」

 マルクスが黒板に書かれた数式を消しながらそう言うと、買ってきたコーヒーを飲みながらガブリエルは手を振った。

「お構いなく、いやはや偶然ってのはすごいもんだね。私もちょうどここに講義に来てたんだよ」
「本職の方は……」
「でえじょうぶ、あいつらだけでもうまく回るし」
「……」

 ふと、マルクスがガブリエルの方へ顔を向けた。

「ところで、後輩がお世話になってるそうですね」
「ん? ああ、まさかコスミンスキーのボンボン息子が依頼人とは。ウヒヒヒ」
「コスミンスキー先生とは仲が良いんですか?」
「同期だよ。イーヴン・アカデミー出身。金のないアイツをいろいろ世話してやってたんさ。そしたらエリート主席で卒業しやがって、今じゃ有名外科医と来たもんだ! いやあ、私なんて「地底の主」なのにどこで道を違えちまったんだか……お零れが欲しいもんだよアッハッハッハ!」
「……へぇ」

 皮肉を含んだ冗談の後笑い飛ばすガブリエルに、マルクスは引きつった笑顔を見せる。

「なあ、マルクス……」
「はい?」
「これ、忘れ物」

 ガブリエルがそう言い、スカートのポケットからジャラジャラと音を立てながら机に置く。何やら金色の鐘のような形の飾りやら、地方のお土産っぽい何かが大量につけられた何かの鍵であった。マルクスはそれを見て目を見開き、すぐに奪い取る。

「あ、これ! どこで!? それより、ありがとうございます!」
「あ、やっぱこのオッサンくせーの、お前の奴だったか。ハハハ、気を付けろよ~」

 笑いながらガブリエルは言い放った。

「お前の部屋にあるもん、バレたらヤバいだろぉ?」
「……」

 一瞬、マルクスの笑顔が消え去るのをガブリエルは見逃さなかった。だが、すぐにマルクスはいつもの笑みを見せる。

「確かに、ゴミ屋敷と化してますからね。大家さんにも怒られちゃうね。ハハハ」
「そうだぞぉ。拾った私がたまたまおまたお優しい聖人だったからよかったものの、わっるぅい事考えてる悪人だったらヤババババーンだったぜ」

 ガブリエルはそう言いながら立ち上がり、教室を後にした。

「それじゃ、おつかれサンテレビ☆」

 と、言い残して。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.55 )
日時: 2023/11/13 17:10
名前: 匿名 (ID: LRangVyB)

 翌日、昨日に言った通り、僕らはアレックスさん宅に向かっていた。乗り換え3回の片道2時間の郊外に住んでいるというので、汽車の中で食事を済ませつつ、辿り着いた先は……広大な自然に囲まれた山。森。酸素19%! 空気薄っ! なんて盛大にボケてみたけど誰も見向きもしないや。いや、いいんだけどさ。
 で、課長とジェイコブさん、僕とレク君の4人で、アレックスさん宅に行くわけだけど、ヨハンソンさんは事務所で事務作業&電話対応、ガブリエルさんはいつも通りいない。てことで4人で出向くことになったわけだ。僕らの前をジェイコブさんと課長が歩いていて、その後ろを僕らが歩いている。

「そういや、イーサンさんって、結局なんで捜査資料に載ってるの?」

 駅から出た商店街を通る最中、僕はレク君に尋ねた。すると、レク君は捜査資料を取り出し、資料を振りながら僕に言う。

「資料、見てないんですか?」
「見たよ。見たけど詳しい事が載ってなかったの!」
「それでも教会騎士かよ……」
「ご、ごめんて。だから教えてよ」

 すると、レク君はにやーっと笑う。例の作り笑い。

「しょうがないですね。イーサンさんは容疑者の一人ですよ。詳しくは別冊にありますんで、そっち読んでないとわかんないッスよね」
「べ、別冊あったんだ……」
「これだから脳筋野郎は困る」
「……はあ、ごめんよ。だから教えてってば」

 いい加減腹立つけど、仕方ない……ジェイコブさんもいるし、商店街は意外と人もいるし、喧嘩はあんまりしたくないな。

「「イーサン・カレット」。当時21歳。イーヴン・アカデミー在籍中の工学部の学生さんでした。3人目の事件発生時刻に、現場付近にいたという事で、任意同行の下連行したのですが、その翌日に行方不明。ジェイコブさんの友人だそうです」
「……友人か。でも、どうして行方不明になったの?」
「そいつが分かれば苦労しませんがな……。なんでも、その日の夜は霧が濃かったようでして。室内にも深い霧が入り込んでいたとか」
「え、それっておかしくない?」

 僕はそう口にした。

「ぼくもそう思います。霧は水分と気温の低下と風が吹かない等、限定された条件下でしか起きません。一晩中窓を開けたり、バケツ一杯の水をぶちまけて暖炉をつけたりしない限り、締め切り、ましてや何もしていない部屋の中では発生する可能性は皆無です。それなのに、霧が発生したという事は……ふっ」

 レク君が鼻を鳴らして笑う。

「ま、アレックスさんに会ってからですな、諸々は」
「あ、うん。そうだね」

 僕はそれに頷いた。





―――




「ごめんくださーい」

 課長が呼び鈴を鳴らし、声を張り上げる。見た目は大きくもなく小さくもない、スタンダードな田舎の一軒家。塀に囲まれ、壁には蔦が絡みついている。
 呼び鈴を鳴らしてしばらく。一向に返事がなかった。

「いたら返事してくださーい。いないならいないって言ってくださーい」
「……」

 レク君の戯言にもう突っ込む気も起きない……と思って頭を抱えていると。

「なんじゃいな」

 と、大きなハサミを持った中年男性が庭から顔を出した。北欧人らしい金髪と緑色の瞳の小太りのおじさん。庭の木の散髪中だったみたいだ。

「息子さんの事でお伺いしたい事が」

 レク君がそう言いながらおじさんに近づくと、おじさんは近くの木にハサミを邪魔くさそうに刺した。ハサミは木に深々と刺さって木ごと揺れている。レク君がそれを見てびっくりしたように一歩後退った。

「あんたらも金をせびりに来たんけ?」
「金?」
「金って失礼な――」
「まあまあまあ」

 ジェイコブさんが声を張り上げると、課長は彼を宥める。

「我々は教会騎士です。お話、聞かせていただけませんか」

 僕はすかさず銀の十字架を懐から取り出し、提示する。すると、おじさんはため息をついた。

「入んな、茶でも出すけ」

 僕らは、歓迎はされていないけど、とりあえず中に入らせてもらう事にした。




―――




 僕らは応接室に通され、温かい紅茶を出される。レク君はすかさずそれを飲み干し、げっぷをした。

「げぷっ」

 それを見たおじさん――アレックスさんは顔が引きつる。いや、当然の反応だ。僕はレク君の膝を蹴った。「うっ」と声を漏らす彼。……もうちょっと礼儀と常識を弁えてほしいんだけど!
 アレックスさんはごほんと咳払いをする。

「……あのバカは、数年前の事件現場におったって話じゃろ? 「マッポ」に連れてかれたぁゆうて、そん次ん日にどこぞに行っちまったと聞いてな。こっちは死ぬほど心配して親戚やら頼って島中探したんやが……」
「マッポ?」
「ぼくらの事ですよ」

 僕が疑問を口にすると、すかさずレク君が答えてくれる。アレックスさんは続けた。

「その最中にな、怪しい奴から金の無心の電話がかかってきたんじゃ」
「電話? まさか誘拐とか?」
「知らんよそりゃあ……しばらくすっと、荷物を送りつけて来よってな。どうも、せがれのもんなんじゃよありゃあ。しかもそれを何回か繰り返して来よってからに……」

 レク君がそれを聞いてメモを取る。そして、彼に尋ねた。

「その荷物、何回届きましたか?」
「3回もだよ」
「3回……か」

 レク君がそうつぶやくと、ジェイコブさんが口を開く。

「その荷物って見せていただくことはできませんか?」
「んあ……」

 アレックスさんが唐突の申し出に、間の抜けた声を出して彼の顔を見た。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.56 )
日時: 2023/11/13 17:13
名前: 匿名 (ID: LRangVyB)

 早速アレックスさんに案内されて、庭にある倉庫の扉の前へと僕らは立っている。ふと、周りを見ると、さっきまで晴れていたはずなのが、今は曇り空。しかも少し寒く、霧まで立ち込めている。レク君は寒そうに身体を摩っていた。そんな中、アレックスさんは扉を開けようと鍵を外そうとするのだが……。

「んっしょ!」

 錠前が錆びているのか、一向に外れない。ガチャガチャと音が鳴るだけ。アレックスさんは困ったように笑い、こっちを見た。

「古いかんね。いよいよ壊れちまったか」

 と、また外そうとガチャガチャ音を鳴らす。だが、一向にガチャガチャと音が鳴るだけで外れる気配はない。
 僕は着けていた手袋を外し、前へ出た。

「変わってください、僕がやります」

 僕は錠前を握り、力任せにねじ切ってやろうと錠前の両端を握って曲げようと試みるけど、全然ダメ。だったら扉を無理やりこじ開けてやろうかと思い、扉を引こうと奮闘するけど、全く動かない。僕は「ふんぬぅ」と声を鼻や口から出しながら、錠前を外そうと力任せに引っ張ったり曲げたり捩じったり。やっぱりビクともしない。

「クックック……」

 それを見ていたレク君が引き笑いを始め、僕を嘲笑っていた。それでも僕は奮闘し続けて数分が経つ。多少は曲がってきたのだが、やっぱり扉は開かない。

「ビクともしませんなぁ……ぶぅぐぐぐっ」

 レク君が引き笑いをしつつ、僕にそう言うので、なんか悔しくなる。息切れをしながらレク君を見た。

「ハァ……うっせーな。じゃあ、君がやりなよ」
「ぼく、すごいッスよ?」

 と、僕が離れると、レク君が手袋を外し、ポケットに突っ込みながら扉に近づく。そして、錠前に手をかざして……

「はんどぱわー」

 と一言。で、錠前に触れた瞬間だった。
 バキンという大きな音が鳴り、錠前が地面に落ちたのだ。

「すごい!」
「ぼくってやっぱすごーい! 高まる~!」

 課長が驚いて声を上げ、レク君は大喜びできゃっきゃとはしゃいでいる。僕は腕を組んで呆れながら、

「早く開けてよ」

 というと、見せつけるかのようなどや顔で、レク君は扉を開けた。
 倉庫の中身は古ぼけた機械や家財などが置いてあり、普段は使っていないのか、埃っぽく、独特のにおいが鼻につく。すると、アレックスさんが指をさした。

「ああ、あれじゃ」

 その先には、木製の箱。アレックスさんは中へと入り、その箱を両手で持つと、僕らの前に差し出した。

「これにまとめてあるけ」

 僕はそれを受け取ると、箱の中身を確認した。止まった懐中時計3個、そして黒いシミがべっとりと被っている衣服。そして、眼鏡。

「こちら、お預かりしても?」
「構わんよ。俺が持っててもしゃーないけんな」

 と、彼がそうおっしゃるんで、僕らはその他聞きたい事を彼に聴取してから、その日は帰る事にした。




―――





「ご苦労様でした」

 帰ると陽もすっかり落ちていた。事務所に戻ると、ヨハンソンさんが出迎えてくれて、改めて僕らは預かった物をテーブルに広げ、検証する事に。

「しかし……新たな手掛かりは掴めませんでしたね」

 課長が落胆したように肩を落としている。

「ですが、こうして容疑者に関連する証拠品が手に入っただけでも、進歩ですよ」

 僕がそう言うと、課長は頷いた。

「何らかのヒントが隠されているやもしれません。例えばこれ」

 並べた証拠品の数々をレク君は指をさす。

「懐中時計。一つは血液がついていますし、一つはひび割れています。もう一つもこすれた後が。いずれも争った形跡のようなものが残ってますね。それに衣服も眼鏡も同様に。……これが意味するものってなんなんでしょう?」

 すると、ジェイコブさんが眉をひそめるので、僕は声をかけた。

「どうしたんですか?」
「何か気になる事でも?」

 レク君が彼に近づき、顔をぐぐぅと近づけるもんだから、ジェイコブさんも顔をしかめる。

「……いや、もしかしたら、「イーサン・カレット」が犯人で確定じゃないかな、って思って」
「ほお。そりゃどうしてですか?」
「だって、この証拠品……どれも血がついてたり、傷がついてたりしてるじゃないですか」
「ふむ。一理ありますね。血液も鑑識に回し、結果次第では犯人もわかるんじゃないでしょうか……。が、それよりも気になる事が多すぎるんですよねぇ」
「気になる事?」

 ジェイコブさんが目を丸くし、レク君を見る。

「ええ。アレックスさんに金を無心してきた人の正体やら、イーサンさんの不自然な失踪でしたりとか。そして……「霧」」
「霧?」
「ええ。不自然に不自然な場所で不自然な現象。違和感を抱かない奴どんだけー! って感じですよぉ」

 レク君がヘラヘラ笑いながらそう言うと、ジェイコブさんは考え込むように腕を組み、俯いた。

「……犯人は単独ではない可能性も?」

 と彼が口にする。

「いや、その可能性は低そうですよ」

 と、レク君が即座に否定した。

「なぜそう思うのです?」
「そもそもですが。難病患者をなぜ狙う必要があるのか。ぼく、いろんな可能性を考えました。例えば、裏社会では綺麗な内臓を取引する鬼畜の所業のような事が平気で行われているので、それかと思いました。が……」
「が?」
「狙われた被害者が全員、ぼくと同い年の女の子ってところに引っかかってるんですよね。内臓を売る為に難病患者を狙っているのなら、普通に考えれば、男女関係なく、しかもそれこそ年齢もバラバラで、無差別に行うはずです。さらに、綺麗に取り去るならば、証拠も隠滅するはず。そうしなければ、すぐに足が付き、組織は解体されますから。なぜ犯人は、内臓を取り払った皮を病院の木に見せつけるように吊るし、証拠を残しているのか? と、ぼくは思ってます」

 レク君がそこまで言うと、課長は目をぱちくりとさせていた。

「……確かに、被害者は全員13歳の少女です。しかも、金髪で瞳は碧色。規則性がありますね」

 僕は捜査資料を眺めながらそう言うと、課長もヨハンソンさんも仲良く頭を抱えて悩み始めた。

「で、なぜ単独であると思うか、ですが」

 と、レク君が続けた。

「先ほどまでの理由をまとめまして、複数でやるメリットがない。というわけです」

 ……確かに、こんな事件。複数でやれば誰かから足がついて、全員捕まるリスクがある。複数でやるなら、証拠は徹底的にもみ消すだろう。

「あ、ぼくの考えでは、イーサンさんが犯人とは、現時点で言えないと思います」
「なぜ? 失踪してるのに?」

 ジェイコブさんがレク君に尋ねると、レク君は肩をすくめた。

「イーサンさんは逆に、見てはいけないものを見てしまったと考える方が、しっくりきます。それで、犯人に殺された……的な?」

 と、彼がそう言い終わると、ふっと笑う。

「ま、いずれにせよ、推測の域なのですが……しかし、早く犯人を探し当てないとですね。次の犠牲者が出ない内に」

 レク君がそう言うと、ヨハンソンさんがジェイコブさんの前に出た。

「そうです、うちのレク君の言う通り。我々にお任せください! 必ず、犯人を捕まえて見せます!」

 と胸を叩きながらそう言い放った。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.57 )
日時: 2023/11/19 23:16
名前: 匿名 (ID: ODIW5iE0)

「な~んて言っちゃったけど、手掛かりないんだよねぇ~……シオンちゃん、どうちまちょうかねぇ~?」

 とりあえずこの場は解散となり、ヨハンソンさんは椅子に座って脱力したように天井に顔を向けてニヤニヤ笑っていた。正直キモい。そんなため息ばかりつくヨハンソンさんを横目に、僕は事務作業。そしてレク君はどこかへ電話をしていた。

「……つーことで、まあ確証はありませんが、何卒ご協力を」

 メモを取りながらそう話している。

「――はい。では、後ほど」

 レク君がそう言い終えると、がちゃりと受話器を閉じた。そして立ち上がり、ヨハンソンさんの方へと向かう。

「ヨハンソンさん、ご協力願いたい事が」
「ん~?」
「シオンさんに思いを馳せるのは後にして、思い立ったが吉日、即行動あるのみですよ」
「え~?」
「さっさと動け不倫野郎!」

 レク君がヨハンソンさんを引っ張ってどこかに行こうとする。

「ちょっと、レク君! どこに行くんだよ?」
「……あ、ルカさんも協力願いますね。《《犯人を捕まえるだけのカンタンなお仕事》》です」
「だから――」
「ごちゃごちゃうっせーにゃ、おみゃーはよぉぉン!?」
「逆ギレ!?」

 レク君がまた何か思いついたようだ。僕らはその詳細を聞かされることはなく、レク君の指示に従い、ある準備を進めた。それは、ジェイコブさんにも課長にも知らせずに秘密裏に行うと、レク君は言う。

「決行は明後日です」
「そりゃ結構!」

 ヨハンソンさんのボケをレク君はスルーして、事務所を後にした。僕らもそれについて行く。




―――




 翌日、普段通り事務所に出勤すると、シオンさんが昇降機から姿を現した。

「入りまーす」
「シオンちゃん……!」

 ヨハンソンさんが早速シオンさんを出迎えに彼女の所へ行くと、ここからでは聞こえない会話をしていた。……が、ヨハンソンさんは顔を青くし、仰天している。な、何を話してんだろう? そんなヨハンソンさんを尻目に、シオンさんが前に出て、にこやかな笑顔を見せた。

「再び鎮魂歌レクイエムにお客様をお連れしました。イーヴン・アカデミー在籍ジェイコブ・コスミンスキー様と、犯罪対策班第二課長アスラン・デネトレィオン様。では張り切ってどうぞ!」

 と、シオンさんはそれだけ言うと、昇降機にさっさと乗り込んで降りていった。……何やらヨハンソンさんに向かって、目を瞑って唇を寄せている。ヨハンソンさんはニコニコ笑顔だ。

「おお、来ましたねお待ちしとりやしたよ」

 レク君がそう手元にあるチキンカツ弁当を食べながら、ジェイコブさんと課長の前に小走りで近づく。

「レク君、一体何を始めようっていうんですか? 「囮作戦」だなんて。患者さんを危険な目に合わせるのは、些か――」
「おや、患者さんを囮になんて一言も言ってねえッスよ」

 レク君がチキンカツを美味しそうに頬張り、口を動かしながら解説をする。

「……食べるか喋るかどっちかにしなよ」
「それもそッスね」

 「あとで食べよ」と、レク君は近くのデスクに弁当を置き、ホワイトボードを引いてきて、ペンで書きつつ皆に作戦内容のプレゼンを始めた。

「ま。簡単な話、教会直下の病院の一室を使って犯人をおびき寄せるんです。次のターゲットを絞りやすくするべく、こっちから偽情報を提供し、犯人を釣るって話ですな」

 ……確かに、それが一番簡単なんだけど……。

「それで本当に犯人が来るのですか?」
「ええ。まあ確証はないですが、やらないよりはマシ。いえ、やらなければ、この事件は永遠に迷宮入りになりますよ」

 レク君はそう言い、腕を組む。

「それに、今進まねば、いつ進むというのですか。課長、いつまでも燻ってる余裕など、我々にはないんですよ」

 課長は、レク君に肩を叩かれ唸る。

「……課長、ここまで来たらもう、やるしかないのでは?」

 思わぬ援護に僕は顔を上げる。ジェイコブさんが言い放ったのだ。

「僕もレク君に同意します。ご遺族の皆さんやご家族の皆さんの不安や痛み、悲しみを一刻も早く取り除いてあげたい……そう思います」
「むむ……」
「まあ、カンタンな事です。とりあえず決行は明後日です。それまで、準備を怠らず、余った時間は英気を養うためにお休みしてください」
「……という事だから、今日はこれから――」

 ヨハンソンさんがそう言い、ホワイトボードに詳しく書き始め、皆に説明をした。


 ……この作戦、本当にうまくいくんだろうか? と、僕は少々不安だけど、レク君の言う通り、やるしかないよな。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.58 )
日時: 2023/11/19 23:19
名前: 匿名 (ID: ODIW5iE0)

 なんやかんやてんやわんやと色々ありましたが、準備は進んでいき……とりあえずエサをばらまいて後は釣れるのをじっと待つのみ。という段階まで来ました。

「ん~、ばかうま」

 ぼくは寧幸むしろしあわせで、いつものようにラメーン定食、茹でギョーザ、焼きギョーザ、ニンニクはみ出ギョーザを堪能しながら、その時を待っていました。……まあ、この後は家に帰ってから師匠とぼくの洗濯物をまとめて洗って、部屋に干す作業が待ってるんですが。

「何かでかい事をやりそうな感じだね」

 ぼくの目の前には、左利きが座っていました。……別に許可したわけじゃないのに、なぜぼくの目の前に座っているのやら。

「……わかりますか」
「わかるよ。いつも以上に食べてるし」
「観察してんのかキモッ」
「ひ、ひどい……」

 彼は、がっくり肩を落としていますね。まあ、どうでもいいんですが。

「レク君」

 がっくり肩を落としたまま、左利きがぼくの名前を呼んできました。

「なんスか」
「君もまだ子供なんだから、教会騎士なんて危険な事はやめて、普通に生きなよ」
「……そんなん言われる筋合いないッス」

 またその話か。
 確かにぼくは師匠のおかげで今、教会騎士の職務を全うできています。教会騎士になるには最低16歳からの年齢制限があり、ぼくは飛び飛び級で所属する事が出来ていますね。あの事件をきっかけに、師匠とヨハンソンさん、それにアスラン課長やらがいろいろと尽力してくれたおかげで、今の鎮魂歌レクイエムがある。

「子供がなんだとか、平和な世の中でなんだかんだと言われる時代になってきましたけどぉ。教会騎士になった瞬間から、ぼくは常に命がけですし、これが普通なんス。子供の遊びなんかで、犯罪起きたら犯人おっかけて死にかけながら捕まえてなんて、できないです。立派な職務なんです。……それが、ぼくの選んだ「教会騎士」って仕事なんですよ」
「……でも、君は13歳。学ぶ権利がある」
「それはあなたの理屈。教皇様が許可をくださった以上、ぼくは「教会騎士」であり、それを全うする義務と使命があります。左利き(あなた)がどう思おうと、ぼくはぼく。ぼくの勝手です」

 そこまで言うと、左利きは納得できないという渋い顔のまま、ぼくのギョーザを一つ攫って行きます。

「あ、コラ! 食うなよお前!」
「そういや今日、親父さんいないね」

 ぼくを無視しギョーザを口にしながら、そうつぶやく彼。……確かに、今日は奥さんのナンシーさんしかいらっしゃらない。どうしたんスかねぇ。

「ナゴヤあたりでバイトでもしてんじゃね」
「ナゴヤってどこだよ……」

 ふと、ぼくは壁に掛けられたジグソーパズルの完成品に注目しました。というか、昨日来た時にはなかったので、ずっと気になってたんですよ。確か前に親父さんがやっていた、「牛乳を注ぐ女」のパズルが完成……いえ、1ピース足りてない未完成品ですね。

「やっぱ1ピース足りてなかったか……」

Re: Requiem†Apocalypse ( No.59 )
日時: 2023/11/19 23:21
名前: 匿名 (ID: ODIW5iE0)

 作戦決行の数時間前。僕らは教会直下の病院――「聖サントラ病院」へと赴き、再度作戦の確認のための会議を始めた。
 囮役はレク君。彼が女装し、患者に扮して待ち伏せる。誘導できるよう、情報は今日と前日にばらまいておいて、後はレク君の言うように、釣れるのを待つのみ。できるだけの事はやった。協力を頼める人たちにも話はした。……とはいえ、流石教会の閑職の「鎮魂歌レクイエム」。頼んでも聞いてくれる人はやっぱり少ない。今回も病院にご迷惑がかかるって事で、素直に頷いて協力してくれる人は本当にいなかった。ここまで来ると、嫌われてるんじゃないかってくらい悲しくなってきて、僕は思わず頭を抱えながらため息をついた。

「ルカさん、ため息なんかついちゃやーよ。リラーックス」

 レク君が何かを食べながら僕の肩を叩く。……手に持ってるの、なんだろう。

「レク君、なにそれ」
「ひょーざぱん(ギョーザパン)」
「何それ不味そう」
「なにおう!?」

 レク君は僕が顔をしかめているのにも関わらず、ギョーザパンを口に含みながら何か文句を言ってくる。……でも口を開くたびにギョーザパンの破片が僕の顔に飛んできた。あー、汚い。口に物を含みながらしゃべんな! 

「やあやあ諸君共~。うーん、レクぅ。似合ってるじゃないのさ」

 そこにガブリエルさんが近づいてきた。で、レク君の格好を見ながらニヤニヤ笑っている。
 今のレク君は病弱に見えるように顔を白く化粧し、髪も特注のウィッグでボサボサ感のある長い髪を被せて、服装は病院指定の患者衣を着ている。どっからどう見ても――

「立派な病人だな。笑って送り出せるぞ!」

 ガブリエルさんは大笑いしながらレク君の頭をぽんぽん叩いていた。

「ならぼくは草葉の陰から師匠を見守ってます」
「ありが大成仏マイフレンド」

 レク君の返しに、ガブリエルさんは手を合わせて拝むように頭を下げる。アホな師弟がわけのわからんやり取りをしているうちに、時間が来たようだ。レク君は時計を見て、持ち場に行くことにした。僕も行こうとすると、ガブリエルさんが僕の胸に何かを押し付けた。紙袋のようだけど……。

「まあ大丈夫だとは思うけど、レクになんかあったら助けてやってくれ」
「……はい」

 中身は見るまでもない。僕は紙袋を受け取り、ぎゅっと握りしめた。




―――




 そして、零時の鐘が鳴った。リンゴーンという音が響き渡り、僕はごくりとつばを飲み込んだ。切り裂きジャックは零時の鐘と共に姿を現す。隙間から部屋の様子を覗き込み、今か今かと犯人を待ち構える。その待っている瞬間の体感時間はかなり長く感じた。自分の心臓の音すら、外に漏れ出ていないかと不安で仕方ない。
 ――やがて、カツカツと音が聞こえる。……まあ、窓からパリーンって派手に現れるとか、どこの探偵小説とかミステリー小説だよ! って感じだから、普通に来てくれた方がむしろ安心だよ。……あ、扉が開いた! 僕は紙袋から、ガブリエルさんから受け取ったモノを手に取る。
 黒い影。それが姿を現し、レク君に近づいた。手にはダガーナイフ。今回も資料通りに来てくれたみたいだ。それが月夜に照らされてギラリと閃く。

「――」

 黒い影が躊躇なくダガーナイフを振り上げた。――今だ!


 ナイフは振り下ろされる。だが、ボフッという音と共にナイフが食い込むが、シーツの中身は反応なし。僕は素早く影に近づき、後頭部に手に持っていた銃を突きつけた。同時に、ベッドの下に隠れていたレク君も姿を現して、影の喉元に銃を突きつける。

「動くな!」

 ダガーナイフを失い、手ぶらになった影は、驚く様子もなく、微動だにしない。

「手を上げなさい」

 僕がそう指示するも、奴は全く動こうともしない。……なぜ動かない? 僕はそう思い、影の首根っこを掴んだ。


 ――その瞬間、影の首が床に落ちた。と、同時に、それがビシャアという音と共に、何か液体をまき散らしたのだ。なんだ!?

「なにこれ!?」
「油だ……ルカさん、離れて!」

 レク君が叫んだのも一歩遅く、僕らは頭から油を被る。一歩遅れて気が付いた。人形だ。それに、チチチって音がする。焦げ臭いし……そうか、すぐ離れなきゃ! 僕はレク君の腹に手を回し、肩に担いでその部屋を出る。
 僕らが部屋を出た瞬間に、背後から熱風が吹き込んだ。爆発したんだ! 僕は咄嗟にレク君に覆いかぶさり、爆発の破片が彼に当たらないように庇った。背中に激痛が走る。

「ルカさん!」
「……っ!!」

 ガラガラと音を立てながら、天井が崩れる音がする。耳を劈くような爆音が突き抜けていく。
 その音が止んで、パラパラと破片や小石が落ちる音の後、静寂が流れた。レク君は何かに気が付き、僕から離れ、外に向かって走り去る。僕も背中の痛みに耐え、レク君を追った。

「レク君、どこに行くの!?」
「何者かが、外に!」

 レク君は裸足にもかかわらず、風のように走り抜け、その何者かを追うべく病院の外へと飛び出した。すると、霧が立ち込めている。だけど、霧の向こう側でヨハンソンさんらしき人やジェイコブさんや教会騎士の人が誰かが揉み合い、倒れ、争っている光景を目の当たりにする。

「止まれ!」

 僕がそう叫んで奴を追うが、倒れ込んだヨハンソンさんに躓いて僕は転ぶ。レク君が急いでそいつを追うと、影は走り、近くに置いてあったバイクにまたがってエンジンをかける。ブルルンと吹かし、発進。レク君は銃を両手に構え、バイクの足止めをしようと発砲した。だが止まらない。僕はやっとの事で起き上がり、持てる力を振り絞り、そのバイクを追いかけた。

 月明かりに照らされながら、バイクとの追いかけっこ。バイクの吹かし音が遠ざかっていき、僕とレク君が必死にバイクを追うも、バイクは走り去っていく。しかし――

 ドゴォォン
 そんな爆発音が一瞬の閃光と共に遠くの方から耳や目に入る。僕らは音の下方向へと急ぎ、音のした方へ近づくにつれ、明るくなっていく。ぼくはその光景を目の当たりにして、息をのんだ。

 ――カーブを曲がり切れず、バイクは川に落ちて炎上。もくもくと黒い煙を上げていた。月明かりと炎に照らされて、その傍らに倒れている人影が目に入る。恐らく、生きてはいないだろう。かなりの高さから落ちてるし。僕はその場に座り込み、肩で息をした。無我夢中だったからか、痛みは多少あったけど、脱力した瞬間、耐えがたい激痛へと変わっていく。

「……自殺、でしょうか」

 レク君がそうつぶやく。

「わかんない。けど、これで事件は解決した……のかな」
「いえ、それは不明です。が、とりあえず報告に行きましょう。すぐ現場検証をしてくださるでしょう。ルカさん、肩貸しますよ。まだ気をしっかり持って」

 レク君はそう言いながら、僕の肩を担ぎ、病院の方へと戻った。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.60 )
日時: 2023/11/19 23:23
名前: 匿名 (ID: ODIW5iE0)

 その後、現場検証の結果が僕らにも回ってきた。時刻は午前9時、遺体の身元も判明した。行方不明だった「イーサン・カレット」だったらしい。で、バイクの所有者はジェイコブさん。そこまでは特段おかしな話でもないけど……

「バイクのブレーキが壊されてますね」

 レク君がギョーザパンを食べながら、検証結果を読み、気になるところを口にする。

「ブレーキが壊れてる……って」
「あのバイクはジェイコブさんが所有者なのに、おかしいですよね」

 レク君はニヤッと笑う。

「ルカさん、この事件、やっと終わりますよ」
「……てことは」
「ええ、真実が見えてきた……カモ鍋」
「……」

 まあ、寒いダジャレは置いといて。僕は疑問に思っていたことを口にした。

「レク君、事件の犯人はイーサンさんじゃないの?」
「いえ、あの方は囮。昨日の作戦、犯人に筒抜けだったんですねぇ。だって、イーサンさんが犯人だったらそもそも病院にすら来ませんもん。いやあ、ふしぎふしぎ。クックック……」

 レク君は引き笑いをしながらメモを改めて読み直し、床に正座して、シュウジの道具を床に置き始めた。きっとキーワードの整理をするんだろう、僕は静かにそれを見守った。するとレク君はバッグからいつも使う本を探していたが、ため息をつく。ああ、なかったんだなと思っていると、あろうことか検証結果の書かれた紙を裏返して、それに書き込もうとしていた。
 まあ、いっか、僕も検証結果の複写、持ってるし。
 筆を黒い液体……墨汁で濡らし、紙に書いた文字を彼は口にする。


「死者からの手紙」

 ジェイコブさんから届いたという、亡くなったはずの妹さんの手紙。内容は、「この暗闇に閃く刃から、私を助けて」。確かに、切り裂きジャックの得物はダガーナイフ。昨夜もそのナイフが暗闇に閃いていた。

「切り裂きジャック事件」

 「切り裂きジャック」が最初に事件を引き起こしてから、1か月から1年の周期で難病患者の少女達が殺害されていく事件。臓器を摘出するように、内臓が全て取り除かれ、まるで乾物を作るかのように、被害者の皮を病院に吊るすという、非人道的行為。想像しただけで恐ろしい……。

「イーサン・カレット」

 教会へ連行した翌日に姿を消し、そして昨夜姿を現した人物。あの人形といい、姿を消していた人間が突如現れた事といい、謎だらけだ。

「霧」

 捜査資料によれば、犯行現場にはいつも霧がかかっていたらしい。そして、イーサンさんが姿を消した時も、現した時も、昨日の病院でも。霧が発生する条件なんて、限られているはずなのに、だ。

「倉庫の鍵」

僕がどんなに力任せに捩じろうとしたり壊そうとしたりしても、外れなかったあの錠前が、レク君が触れただけで壊れたのは、僕が力任せにやったせい……ではないはず。つまり……?

「争った形跡」

 そして気になったのが、ご実家に送られてきたという、証拠品。それ全てに争った形跡があった。……誰が何のためにアレックスさんに電話して、金の無心をして、これらを送り付けたのかは不明だけど……。証拠品全てに争った形跡が残っているのも、謎だよね。

「人形」

 油を吹き出したあの人形。機械で動いていたという。で、ご丁寧に爆発装置まで積んでいた。囮作戦に囮を寄越すなんて……巧妙な手口だなぁと素直に感心したよ。

「バイク事故」

 ブレーキが壊れていたというバイク。所有者はジェイコブさん。これはただの事故か、それとも意図的か。

 レク君はキーワードを書いた紙をその場に並べる。そして、それらを重ね合わせ、近くにあった分厚い本を開いて挟み、勢いよくそれを閉じる。バアンという本を閉じる音が事務所内に反響して、彼は一言。

「ごちそうさまでした」

 レク君の瞳は、ただ真っ直ぐを見据えていた。この様子を見て、僕は確信する。この目線の先は、真犯人を捉えているんだと。

Re: Requiem†Apocalypse ( No.61 )
日時: 2023/11/19 23:28
名前: 匿名 (ID: ODIW5iE0)

 再び事務所スタート。ジェイコブさんは応接スペースで、シュメッター管理官とその他大勢(二人)、それとアスラン課長に事情説明中なう。とりあえずルカさんがその場にいる全員分の紅茶を出します。ぼくも受け取り、それを持って向き合ってる二人に近づきました。

「ハチミツ要ります?」
「……紅茶にハチミツですか」

 そこに金魚の糞……じゃなくて、サグリエさんがにこりと笑います。

「まあありえん組み合わせじゃなけんどね」
「いえ、結構です」
「私もだよ、やはりこの……アールグレイに砂糖やミルク、ましてやハチミツなどは不要だからねぇ」

 ジェイコブさんも管理官もその他大勢もハチミツをお断りしました。……味のわかんねえ有象無象はこれだから困る。と、ぼくは少し気分を害しつつも、給湯スペースに置いてある、ぼくの名前が書かれたハチミツ瓶を手に取り、思いっきり紅茶に入れました。

 ぶぢゅぢゅぢゅぢゅぶぶぶぶぅ
 独特の奇怪な音が鳴り響き、大量のハチミツが紅茶の中へと吸い込まれていきます。若干引きつった顔で、全員がこっちを見てくるのを気にせず、僕は紅茶を一息に飲み干しました。

「……げふっ」

 と、げっぷを気持ちよく口から出し、甘ったるい紅茶と、爽やかなベルガモットの香りと後味が最高に美味です。ルカさんの淹れる紅茶は、素晴らしい、世界一ィィですよ。うん!

「……で、川に落ちたという犯人は、どうなりました?」

 早速本題にと、ジェイコブさんが管理官に尋ねます。管理官は紅茶を口にしながら、彼に結果だけを伝えました。

「死んだよ」
「逃走中、カーブを曲がり切れず、川へ落ちたようだ。川とは言っても、河原にだがな」

 ビッシュさんが補足してくれました。すると、サグリエさんがニヤニヤ笑いながらビッシュさんの方を見ます。

「っていうより、自殺やろ。追い詰められて、事故って、落ちちゃった。みたいな」
「そんなんで自殺認定されたら、全世界の大多数が自殺認定じゃないッスか。冗談ねごとはその流行らないダサい髪型と、ぼくが寝ている間にしてください」
「~~~~ッ!!」

 何か言いたげなしかめ面で、サグリエさんが見てきます。クククッ、その顔傑作ですなぁ……。
 ジェイコブさんはため息をつき、管理官に再び尋ねます。

「で、あの人物は一体誰だったんですか?」
「「イーサン・カレット」。容疑者の一人ですよ」
「やはり……」

 ジェイコブさんは納得したように頷きました。

 ……ぼくは課長の方を見ます。

「課長、あとはぼくらでケアしますんで、お任せください」
「そう? まあ、私達もやる事があるしね。それに、レク君とルカ君なら任せても大丈夫かな」

 課長はにこやかにそう言うと、管理官もそれに頷きました。

「そうだね、では……あとはよろしく頼むよ、レク君」
「ちゃんとやれよ人形!」

 チッ、いちいちうっせーな、あのヤロー。と思いつつ、ぼくはビッシュさんにガンを飛ばしながら彼らが去るのを見守りました。

「いやはや、にぎやかでしょう、あの人たち。まあ、肝心な時に役に立たんですが」
「ははは……」
「あ、油臭くないッスか?」

 ぼくはジェイコブさんの前のソファに座りながら、そう聞いてみます。

「いえ……でも、とんでもない目に遭いましたね。まさか、イーサン・カレットが犯人だったとは。僕も残念でなりません。デコイを遣わして油を君達にぶっかけて、しかも爆発させて病院の一室を全壊させた。恐ろしい行為ですよ」
「そう思いますか?」
「ええ。牢獄に閉じ込めておきたかったですが、バイクで飛び降り自殺なんてしてしまうなんて」
「――ああ、イーサンさんは自殺でもないし犯人じゃないですよジェイコブさん」

 ぼくがそう言うと、ジェイコブさんは「え?」と声を出しました。うんうん、合格点ごうかくラインですね。

「自殺じゃない? ……それに、犯人でも?」
「ええ。ブレーキ痕がありましたし、間違いないッス」

 ジェイコブさんはぼくの瞳をまじまじと見つめてきました。

「ブレーキ痕?」

 ぼくはバッグから現場写真を取り出し、テーブルに置いて指をさしながら丁寧に説明をします。

「ブレーキをするとき、タイヤがスリップして、地面にタイヤの跡がつくんです。このように」

 地面に黒い跡が残っている現場写真。これが、バイクが止まろうとブレーキをかけた証拠です。ですが、バイクは止まらなかった。ジェイコブさんは苦笑します。

「そ、そうだったんですね」
「まあ、バイクの所有者であるジェイコブさんならお分かりと存じますがね」
「ええ。じゃあ、事故だったんですね。まあ、あんな奴死んだ方が良かったんですよ」

 ジェイコブさんはそう言いながら紅茶を飲み始めました。

「残念ながら、事故でもないんですよ。彼は殺されたんです」
「……」

 彼がぴたりと硬直します。

「……殺された?」
「誰かに、ブレーキを壊された……正しくは、レバーがポキリと折れていたんですよね」

 ジェイコブさんはふうっとため息をつきました。

「河原に落ちた時に折れたんじゃないの?」
「いえ」

 ぼくはにっと笑います。

「落ちる前に、既に折れていました。その証拠に――」

 ぼくは再びバッグからあるものを取り出して、ジェイコブさんに見せつけました。

「じゃーん。途中の道に落ちてたんで、拾っちゃいましたー☆」

 ぼくの取り出したものは、折れたクラッチレバー。

「誰が折ったんでしょうね」

 ジェイコブさんがそう言いながら、カップをテーブルに置きます。僕も、その隣にクラッチレバーを置いて、彼の背後にあるバイクに乗り込みました。

「つかぬことをお聞きしますが、ジェイコブさんはバイクはお好きですか?」
「……ええ。バイクは妹と乗る為に買ったんですが、それも叶わなかったんです」
「ちなみに。ブレーキをかける時二輪車って、エンジンブレーキをかけながら、前輪・後輪ブレーキを同時にかけるのが普通ですよね。右手と、右足を使って」
「そうですね」
「まあ、バイクを所有していらっしゃるジェイコブさんなら周知の事実である事は、百も承知なんですがね? 左の方はクラッチレバーと言って、ギアチェンジするときに、エンジンの力を車輪に伝えたり切り離したりする役割があります」
「……それがどうしたんですか?」

 ジェイコブさんはだんだん機嫌が悪くなってきているのか、声から苛立ちが伝わってきていますね。ぼくはふっと口角を上げました。

「いえ。バイクを昔から所有しているという割には、バイクも新しいし、さらに少々バイクについても疎いようですね」
「……だったらなんだよ」

 ぼくは小走りでジェイコブさんの隣に座り込み、彼に顔を近づけて瞳を見据えます。

「聞きたい? 聞きたい?」
「……」

 あら、黙っちゃいました。まあいいや。

「なら言いますね。ぼくはね、ジェイコブさん」

 ぼくは彼の瞳を放さず見据え続けました。


「あなたが、この「切り裂きジャック事件」の犯人だと思っています」
「……」

 彼の顔は表情が無く、まるでお面をしているようにも思えます。ふむ、じゃあ続けますか。ぼくは再びジェイコブさんの背後のバイクに移動しました。

「もし、バイクを乗っている人間が、ブレーキに細工をするとするならば、クラッチレバーに何かするような無駄な事など、絶対にしないですね~」
「なんだよ、君……勝ち誇ったように言うけどさ。僕がいつバイクに細工する時間があったって言うんだい? 僕は君達と……ましてやアスラン課長と一緒にいましたよね?」

 ぼくはバイクについていたバックミラーに向かって変顔をしていましたが、そう聞かれたので再び彼に歩み寄ります。

「ええ。課長もそうおっしゃってました。……が」

 ぼくは彼に近づきます。

「これは、あくまでも……仮説なんですが」
「なんだよ?」
「んっとぉ……」
「何?」

 おお、苛立ってる苛立ってる。

「いやん、恥ずかしい♥」

 ぼくは思わずカバンで顔を隠しながらそう言っちゃいました。ジェイコブさんの眉間に青筋が立ってますね。おお、こわいこわい。

「何が「いやん」だよ、さっさと言いなよ」

 そう言われたので、ぼくはカバンから顔を出しました。

「――ええ、じゃあ言いますね。バイクのレバーは、あなたの能力の「重力操作」によってポキリと折れやすくしたものと考えます。いやん」

 そこまで言うと、ジェイコブさんはぷっと吹き出し、大笑いします。

「ぷっ、ははは、あははははっ! 「重力操作」って……なんだよそれ。それに能力? ただの都市伝説じゃないか、馬鹿馬鹿しい」
「ええ、仰る通り。馬鹿みたいでしょう? でもね……そう考えるのが、この事件の一連の流れの辻褄が一番合うんですよねぇ」

 ぼくは、彼の目の前に座りました。

「ところで、覚えてますか? アレックスさんの家に行った時の事」

 ぼくの問いに、再び表情を失くしてしまったジェイコブさんが、ただぼくの顔を離さずに見つめてきます。いいですね、その表情、嫌いじゃないですよ。

「あの時、倉庫の鍵を壊そうと躍起になってたじゃないですか、ルカさんが。だけど、錠前は外れなかった。だけど、ぼくが指先で触れた瞬間に錠前が壊れましたよね。あれって、ルカさんの馬鹿力で壊れちゃったかと思ったんですけど……その後のイーサンさんの証拠品を見て、引っかかってたんですよね。争った形跡が。だけど、あなたの「重力操作」によるものであるならば、あなたがイーサンさんが犯人だと思わせようとした事で、腑に落ちます」

 そうなると――

「アレックスさんに送った証拠品。あれもあなたが送った物ですよね。争った形跡は、それとなくつけておけば、嫌でもイーサンさんに疑いが向く。なぜなら、突如姿を消した人間を犯人に仕立て上げてれば、あなたは逃げきれる。そして、始末すれば死人に容疑をなすりつけられる。死人に口なし、解決。というシナリオだったんでしょうね」
「……じゃあ、彼はあの時どうやってバイクに乗り、逃走を図ろうとしたんですか?」
「ああ、その事ですか。簡単です、イーサンさんを操ったんです」

 ぼくがそう言うと、やはりジェイコブさんはケラケラ笑いました。

「アッハッハッハ! どうやって? 催眠術とでも――」
「話術ですよ。あなたお得意の」

 ぼくはふっと笑い、人差し指を立てます。

「イーサンさんが姿を消した理由、それはあなたに協力すれば容疑が晴れる。そう弁明してやる。とでも言われたので、従ったんでしょう。で、散々利用して今まであなた自身に疑いが向かわないように、あなたは動いていた。で、そろそろ潮時って事で今回、囮作戦にイーサンさんを使った。という流れでしょうね」

 ジェイコブさんはふうっとため息をつきました。

「……馬鹿げてる」
「ちなみに、さっきの錠前の話に戻りますけど、錠前って無理やり引っ張ると、ギザギザになるんですが、今回「重力操作」によって壊れたと思われる錠前は、このように」

 ぼくがバッグから錠前を取り出し、彼に見せつけます。先ほどのレバーも加えて。その二つの共通点は、捩じ切るようにぐにゃりと歪んでいますね。

「ぐんにゃりと、歪んでいます」
「知らないよ、そんな事……僕、何のことかさっぱりわかんない」
「とぼけるか……」

 ぼくはテーブルにその二つの証拠品を置くと、ため息をつきました。

「とぼけるよなぁ。能力の証明ってこっからが厄介なんですよ~まあいいや」

 ぼくはソファにもたれかかり、ジェイコブさんを見つめます。

「はっきりしている事だけ言いますね」

 ぼくはバッグからあるものを取り出しました。

「これ、あなたの自作自演ですよね」
「……っ!」

 表情が変わりましたね。
 ぼくが取り出したのは、妹さんからの手紙といわれているモノ。だけど、それは違う。

「これね、鑑識に調べてもらったら、あなたの筆跡と一致しましてね。何が目的なのかずっと考えてました」

 ぼくは、手紙をテーブルにそっと置きました。

「……まずは難病患者を狙う理由。それは、妹さんを蘇生させるため、ですよね」
「――!?」

 目を剥いてぼくを凝視してきましたな。

「オカルトやスピリチュアルなんて、ぼくは全く信じてないですし、信じる気もありませんが。数ある黒魔術の本には、蘇生させる者の代わりとなるはらわた、血肉、そして皮を使い、死者を呼び覚ますなんてモノもあります。……あなたも難病患者を狙うのは、妹さんを蘇らせるためでしょう。……あ、これは僕の推理ですから、間違ってたらごめんなさいですね。ですが――」

 彼はみるみる表情が強張っていく。

「今回、妹さんを扮して自作自演をした理由は、恐らく……妹さんを蘇生する一歩前まで来ていて、手紙を僕らに見せた後、蘇生した妹さんを認知してもらう。とかでしょうか」

 ぼくがそう言いますと、彼は俯きました。

「違うよ。あの、イーサンって男が犯人で、君達を殺そうとしたんだよ!」

 ふむ、余裕がなくなってきましたね。

「妹さんの死を受け入れられなかった。だから妹を蘇生する為に黒魔術なんてものに手を出し、連続殺人事件なんてものを引き起こしてしまったんでしょう? 届かぬ思いを胸に、妹さんと同じ年齢同じ性別の女の子達を狙って、なんとか蘇生しようとした。が……現実はそう甘くない。死んだ人間はもう二度と、生き返る事はありません」

 ぼくは彼に顔を近づけました。だけど、ジェイコブさんはキッとぼくを睨みます。

「さっきからいい加減にしろよ! なんなんだよ一体、何がしたいんだよ!」
「現実を見てください、ジェイコブさん!」

 すると、ルカさんがジェイコブさんの両肩を掴み、真正面から彼の目を見て、怒号を浴びせました。……こんなルカさんは、少しぶりですね。

「死んだ人間は生き返らない、魂なんて戻ってこない! でも、それを受け入れないと、あなたはずっと立ち止まったままなんですよ!?」

 彼がそう声を張り上げながら、ジェイコブさんの肩を揺らします。彼は俯いたままされるがままです。



「……違う。妹は今は眠ってるだけなんだ。だから、僕が代わりのカラダを用意して、魂を移し替える儀式を執り行う一歩手前まで来てるんだよ! 後は完璧な皮だけなんだ。だけど、あともう少しなんだ。あとは魂だけ……そうすれば、「イヴリン」は蘇るんだよ!」

 彼はようやく、自身に秘めていた心情をぶちまけてくださいました。

「お前達が悪いんだよ! お前達教会騎士が、孤児院のあいつらが、あの時助けてくれなかった父が! この島の人間ぞくぶつ共がッ!! ああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっっ!!!」

 ジェイコブさんが絶叫を上げますと、爆発が起きたかのように僕らは吹き飛ばされます。その周辺にあった物が全て天井まで舞い上がり、ドカドカと床へ叩きつけられていきます。……これが重力操作。まるで玩具を投げ捨てるみたいに、簡単に吹き飛ばされちゃいましたね……。ガス灯も振り子のように、光源がゆらゆらと左右に揺れています。

「やめろ、そんなことしても――」
「黙れぇっ!!」

 ジェイコブさんの声に呼応するかのように、ガス灯が割れていき、わずかに残った光源が、僕らを照らしていました。

「ジェイコブさんの能力は、今ので証明されました。妹さんを失った悲しみや、そのお気持ちは察しますが……罪は償ってもらいます!」

 ぼくが倒れたソファから起き上がろうとしますが――

「罪を償うのはお前達だろッ!」

 ジェイコブさんがぼくの方を向いた瞬間、ぼくの身体は何かに押しつぶされるような感覚が全身を襲いました。なんだこれ!? こんなの、まるでクローゼットか何かがぼくにのしかかってきて、どんどん重くなっていってる感覚が……だめだ、喉から内臓が飛び出してきちゃいそうな圧迫感!

「お前達が暢気に茶を飲んでいる間に、あくどい人間達が調子に乗って、弱者を狙って這いまわって、絡みついて、甘い蜜を啜ってんだ。お前達が手をこまねいているせいで、どれだけの人間が悲しんでいると思っている!? 全部お前らのせいだ……お前らの怠慢が、鬼を育て、鬼が闇から這い出て無垢な魂を食らっていくんだッ!」
「――他人のせいに……するなッ!」

 すると、倒れたロッカーから這い出てきた、ボロボロのルカさんがジェイコブさんの頬に向かって、拳を入れ込みました。拳は彼の頬に食い込み、彼は盛大に床を滑って倒れます。そんな彼をルカさんは、憤怒の表情で見下ろしています。
 彼が倒れ込んだ瞬間、ぼくを襲っていた圧迫感は消え去りました。

「教会騎士が悪い、あれが悪いこれが悪い、世の中が悪い、挙句の果てには君達を拾った父が悪い! 他人のせいにしてばっかりいるから、他人の気持ちも分からず簡単な事にも気づけず、ずっと苦しいままなんだろうがっ!!」
「お前に……何が分かるんだよ……!」
「分からない。分かりたくもないよ。少なくとも、今のあんたは大勢の人間を殺したただの犯罪者だ。逮捕する」

 すると、ジェイコブさんは何かをぼそぼそとつぶやき始めました。

「――す。ころ――。殺す。殺す。殺す!」


 そう声が大きくなっていきます。

「――皆殺してやるッ!」





―――




 ――その瞬間、事務所に置いてあった棚の引き戸のガラスや、水槽がバリンと音を立て、盛大に爆発して水をぶちまけた。水だけじゃない。ガラスの破片が舞い散り、僕らを襲おうと破片をとがらせていた。レク君は顔を伏せ、顔に破片が刺さらないように防御する姿勢を取り、僕もしゃがんでガラスの破片が肌に刺さらないように伏せて、咄嗟に近くにあったガラスの破片を手に取る。

「――くっ!」

 僕はガラスの破片で、床に伸びていた電源コードを手に取り、コードを切る。そして、その先端を手にジェイコブさんの足元に素早く近づいて、彼の足に切れたコードの端を押し付けた。

「あ゛っ……かっ、かっ……がっ……!」

 刹那、ジェイコブさんは大きく痙攣し、目を見開いたまま後ろから倒れ、ビクビクと水から揚げられた魚のように痙攣したまま失神したようだ。その瞬間、僕らを狙うように舞い上がったガラスの破片はその場に落ちて、カシャンカシャンと音を立てながら割れる。
 とりあえず、安堵のため息をつく僕達。

 だが、それを待っていたかのように、昇降機の音がする。僕らはそれに注目すると、なだれ込むように白いローブを羽織った人物――教会騎士達が僕らに歩み寄ってきたのだ。キビキビと歩き、僕らの周りを固める。

「なんですかあな――ぐぼっ!」

 突然、教会騎士の一人が、レク君の腹部に拳を入れ、レク君は吐しゃ物を口から吐き出し、その場に倒れ込む。僕は起き上がろうとするが。

「レク君――ガッ!」

 僕も同じように腹部に衝撃が走り、意識が遠のく。……最後に視界に入ったのは、肩に担がれて、どこかに連れ去られるジェイコブさんの姿。そして、僕らを見下ろす教会騎士の姿。

「任務完了」





―――






 僕が起き上がると、レク君が水筒の水をぐびぐびと飲んでいる姿が目に入った。

「どうなってるの?」

 まだ状況を理解しきれず、からっぽの脳から導き出された言葉。それを口にするしかできなかった。まるで嵐が起きて事務所内で暴れて去っていったように、事務所内はぐちゃぐちゃだ。だけど、レク君は嫌に冷静だった。逆さに倒れたソファに座って、ため息をついている。

「わかりません」
「……ここ、教会でしょ? なんであいつらが――」
「知りません」
「なんでそんなに落ち着いていられるの!?」

 僕がそう声を張り上げると、レク君は肩をすくめながら答えた。

「ぼくだってなにがなんだか。だけど……」

 彼は僕の方に顔を向ける。


「――気を付けないと、僕ら。消されちゃうかもしれませんね」