複雑・ファジー小説

Re: 白の魔女と不死の騎士 ~メカと魔法で異世界地球化計画~ ( No.2 )
日時: 2024/06/26 03:19
名前: 長谷川豊法 (ID: 9i/i21IK)

第一章〈月からの使者〉
失われた肉体
「XXX! XXX! しっかりして! XXX?!」

 ルナは、混乱した僕に必死に呼びかけを続ける。
 僕の精神が危険な状態だと感じたのか、先ほどの一瞬の安堵とは対照的に慌てた声を出している。
 僕の目の前には、鏡に映り、ケタケタと不気味に笑う頭蓋骨がある。

[骨!ガイコツ!……からだが!身体が動かない!]

 どんなに叫んでも、叫び声は上がらない。
 ただ、恐怖に包まれた「念話」だけがルナのもとに届いた。それは感覚でわかる。
 ルナ! お願いだ助けてくれ!

[痛い! ……からだ……が! 痛い……!]

 喉から下の「全身」が焼けるように熱く、四肢を100人もの得体のしれない何者かにぎゅうと掴まれ引き裂かれようとする痛みが襲う。
 後で知ることになるのだが、この時、僕の精神は急激に肉体を失ったことに対する「幻視痛ファントムペイン」に蝕まれていた。
 幻視痛とは、『存在しない肉体に走る苦痛』であり、『身体の一部を失った患者に生じることがある病気』のことだ。


「XXX! しっかりして! 大丈夫! あなたは今、安全な場所に居るわ!」

 ルナは先ほどから泣きそうな声で僕の名前を呼んでいるが、自分の名前が思い出せない。
 名前を呼んでいる部分が言葉として伝わってこない。
 いったい僕はどこの誰で、今何をしているのだ?

 様々な謎と恐怖、根拠の無い憶測が生まれ、僕の心はさらに複雑な混乱状態に陥ろうとしていた。ーその矢先。
 先程から僕の傍で静かに光り輝いていた青い炎が強く光ったかと思うと、これまた謎の音声を発した。

「……グヌエルカトラピオラ!! シャラアア!!」

 いったい何を言っているのかわからない。

 人類とは異なる文化圏にいる原始人のような、野太い男性の声がした。
 大人が子供を叱りつけるような声色だ。その声を聞いた直後、僕は意識を手放した。


◆◆◆◆◆


 ……長い時間が経過し、僕は再び目覚めた。

 四方は全て岩壁に囲まれているように見えるが、部屋の四隅の奥に行けば行くほど、暗い闇が広がっている。四方の壁は全て、一辺が十メートルほどもあり、天井は三メートルほどあるように見える。狭い空間ではないが、その広さが気持ちを落ち着かなくさせた。

 そこは『閉鎖空間』のようでもあり、また、『どこかの通路の一つ』とも言えるような空間であった。


 ……目に見えるのは同じ景色、白い壁、鏡に映った頭蓋骨。青い炎。


 ……目が慣れてくれば、この部屋の四隅のどこかは通路が続いているのかもしれない。
 ……何度見直してみても同じだ。


「あなた、意識が戻ったのね? ……先生?」


 再びルナの声がする。
 続いて、ルナは側に居る誰かに向かって身を返したのか、衣服や物が擦れる音が聞こえてくる。
 さらにその”誰か”に質問を投げかけ、いくつかアドバイスを受けているようだ。
 先生と呼んでいた。医学的な専門知識を持った者が一緒に居るのだろう。


「あなた……私の声が、聞こえるわね? ゆっくりと話しましょう。
 ……YESかNO、簡単な答えでもいいわ。怖がらなくていい。私は、あなたの味方よ?」


 不安に包まれた者にとって『味方』という言葉には不安を軽減する効果があった。
 特に今の僕にはとても効果があるように思えた。

 ルナの声はゆっくりと、そして優しい口調で語りかけてきた。
 優しい声音に僕は口元を緩める。緊張感がやや解けてきた。
 ルナは尚、言葉を続けた。

「ありがとう。あなたとこうして話すことができて嬉しいわ。
 私は……ルナ。思い出してくれたら嬉しいけど、あなたといつも一緒にいる戦友バディよ。」

 ルナの声は力強くハッキリとしており、凛とした女性を思わせた。
 『戦友』とは、戦場などの厳しい環境を乗り越えた仲間。
 ルナと僕は同じ戦場を駆け抜けた友であり、親友だった。
 ただ、どのような”戦場”を乗り越えたのかは、今はまだわからなかった。
 記憶に混濁が見られるようだ。ただ、何かのキーワードを聞くことで断片的に思い出していく。

「あなた……自分の名前は思い出せる?」

 僕は自分の名前を思い出そうと試みた。

[……ユタカ、そう、僕の名前はユタカだ。]

 自分の名前を思い出したことで、失われていた記憶の一部が甦るような、心地の良い感覚に包まれた。

「ユタカ。あなたは今、仮設の医務室で寝ている状態なのだけど、意識を取り戻したにしてはどうもおかしいみたいなの。あなたには今何が見ているのか、聞かせてもらえないかしら?」

 え? ”僕”の肉体は医務室で……寝ている状態。だって?
 鏡のように磨き上げられた盾、そこに映っている頭蓋骨。
 これは今の僕自身の姿ではないのか?

 僕は、頭蓋骨の瞳の奥に光る赤い灯を見つめながら、ルナとの会話を通じて、置かれた状況を少しずつ整理していった。