複雑・ファジー小説
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- 女神と二人の契約者 truth and lie
- 日時: 2012/09/08 11:30
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: vSAcFdge)
まずはじめに、クリックありがとうございます。
ここには何度か投稿させていただいている者です。
※初めての方は最初にご覧くださいませ
ここでのお約束となります。
Ⅰ 雑談等はご控え下さい
Ⅱ 荒しはしないでください
上記の二つの事が守れる方は、ゆっくりしていって下さいな。
少し流血シーン、グロイシーンがあるので苦手な方はご注意を。
【スレ主の呟き】
何ヶ月ぶりな私です。
風邪をひいておりますが、生きております。
また更新をぼちぼちスタートし、ます…。
リメイク作品ですし。。。
相変わらずふわふわと曖昧なのは、変わりませぬねw
大切すぎるお客様方
そう言えばこしょうの味知らない様 月読 愛様 野宮詩織様 火矢 八重様 王翔様 ファルシナ様 リア様
いつもいつもありがとうございます。
小説を書き続ける上で、とても励まされております。
〜物語〜
序章>>1>>7
第一章>>10>>11>>12>>13>>14>>15>>16>>19
断章>>20
第二章>>
*登場人物*
地上界
神風 楓 huu kamikaze (騎士)
氷崎 由羅 yura koorizaki (主)
金時 時雨 sigure kinntoki (騎士)
春椙 花月 kagetu harusugi (主)
黒田 羽狗 haku kuroda (主)
白川 大牙 taiga sirakawa (騎士)
天界
愛と美の女神 ヴィーナス
天の主神 ジュピター
神々の使いの神 マーキュリー
軍の神 マーズ
天空の神 ウラヌス
農耕の神 サターン
海の神 ネプチューン
——start—— 2月 19日
- 第一章 ( No.11 )
- 日時: 2011/09/30 20:32
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: WbbkKfUP)
- 参照: http://ameblo.jp/happy-i5l9d7/
しばらく放心状態にあった楓はやっと意識が戻る。そして何故かベッドに立てかけてある、きらびやかで装飾のなされた長剣を手に取る。
自分の部屋から出て、玄関へと向かって行く。楓の部屋は二階の一番奥、まるで隠すかのようにひっそりと存在していた。そのため二つ部屋を通りすぎ、階段を下りる。そして一階の一番奥の部屋、つまり楓の真下の部屋だ。そこの前で止まり何故か重たそうに口を開く。
楓の顔色が若干青ざめているように見えた。
「……行ってきます」
部屋に居ると思われる母に声をかける。しかし母からの返事は返ってこなく、相変わらず部屋は物音一つもせず静かだった。それだけ静かだったら楓のか細く頼りない声でも届いたはずだった。だとしたら母はその部屋にいないのか、それとも……
楓は心なしか顔を寂しそうに悲しそうに辛そうに歪め、ひっそりとある質素な玄関へと歩みだす。楓が一歩を踏み出すたびに廊下の床が軋み、無機質で無音の世界に波紋のように響き渡った。
玄関に着き、お気に入りの黒いブーツ丈の革靴に足を、音をたてないようにそっとなめらかに滑り込ませる。とてもしなやか動きだった。
せっかく綺麗な翡翠色の瞳は相変わらず暗く澱んだままで勿体無い。表情からも生気が感じられない。そして靴を履かせている両手が小刻みに小さく、怯えるように震えていた。
右足の靴紐をリボン結びにした時だった。
ドアが静かに開き、しばらくすると閉まる音が無音だった世界に響き、奮い出させた。
それと同時に楓は何かに弾かれた様に、瞳の視線を左足に履きかけていた靴ではなく、真っ直ぐに玄関のドアを見る。そしてゆっくりと振り返る。その動作はぎこちなくたどたどしい。
「お母様……」
フッと息を漏らすような、そんな今にも消えさってしまいそうな声で呟く。そして今目の前にいる人物が視界に入り目を大きく見開く。母も楓を無表情のまま食い入るように、否、睨むような形相で見ていた。そして数秒瞳を合わせただけで母は苦虫をすり潰したかのような表情を浮かべ目をそらす。その行為に楓は僅かにだが唇を噛み締め、俯く。
「“貴方”の忌ま忌ましい目と私の瞳をあわせたのは何年ぶりかしらね。 ……“貴方が居なければ”覚えてる? 私が貴方に最後に言った言葉なんだけど……何でまだ私の目の前にいるの? 存在しているの? 平然に生きているの!?」
瞳を冷たく凍らせながら、まるで楓の心を粉々に壊したいんじゃないかと言うほど重々しい、長く酷い台詞を吐き捨てる。最後のほうは冷静さが失われ、怒声が入り混じっていた。声を荒げたせいか激しい息遣いが耳まで届く。
楓はだらし無く力が抜けて垂れ下がっていた手を強く握り締める。
そして俯いていた顔を上げ、左目で母を射るように見る。しかしその目は少しだけ赤く充血していた。
「ごめんなさい。 ……でも心配しないで下さい。私は“貴方”と二度と出逢うつもり……微塵もありませんから」
楓は涙声を絞りだし告げる。実の母親に向けたとは到底思えない、掛け離れた一言だった。一瞬だが拳をさらに強くグッと握りしめる。そして先程とは打って変わり、玄関の泥で汚れてしまった左足の靴下をチラッと見て、戸惑わずに靴に突っ込む。
肩にかけてある長剣をそっと撫でると勢いよくドアを開き身体を投げ出した。周りの様子が見えないくらい速く走る、走る。涙が堪えきれなくなり次々と溢れ出す。それが頬に流れ、髪が纏わり付く。そしてゆっくりとだが走る速度を下げて行き、立ち止まる。
楓の耳にはしっかりと届いていた。最後に母が
——家伝の……家伝の歴史を汚した悪魔が——
と、泣き叫ぶ様な声が耳にこびりつき、離れなかった。
楓は顔を上げる。空は怨みたくなるほど鮮やかに晴れ渡っていた。そしてその太陽は悪魔と呼ばれた少女でさえも見放さない。眩しく輝かしい明るい光がそっと楓の頬に触れて包み込み、涙を優しく乾かしていった。
- 第一章 ( No.12 )
- 日時: 2011/10/30 22:13
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5D6s74K6)
- 参照: http://ameblo.jp/happy-i5l9d7/
楓は次第に落ち着き、周りをゆっくりと見渡す。辺りには小さい池と大きな木、そして緑が豊かに広がっている。耳をそばだてれば、小鳥の囀りが心地好く聴こえてくる。楓は木陰の下に佇みながら、この場所はまるで楽園の様だと考えていた。
「空気が澄んでる。こんなに綺麗な所があったなんて、知らなかった」
楓は胸に手を置き、深呼吸をする。そして、笑顔でクルクルと色鮮やかな景色を見渡す。少しだけ吹っ切れたような仕種と表情。
すると楓の表情はハッとした様なものへと移り変わり、また駆け出す。
「どうしよう……遅刻しちゃう。今日はマスターと初面会なのに」
楓が急いでる理由は、大事な出来事が有るためだ。それは、騎士と主のパートナーの組み合わせが分かる、運命的な日。人生で一番大切な日と言っても大袈裟でも過言でもないかもしれない。
「後、二十分で発表されちゃう。……間に合うかな?」
楓はチラッと左腕にした時計を見て、スピードを上げ、より一層速く走る。辺りは先程とは打って変わり、家が等間隔にたくさん建ち並んでいた。茶色い屋根で白い外壁、オレンジ色の屋根で薄い黄色の外壁と様々な家が建っていた。その他には小さな飲食店やこじんまりとした雑貨屋、流行りものが取り入れられた服屋などが家の合間合間に、建たずんでいた。田舎ではないが都会過ぎない場所だった。
早朝からこの辺りを駆け抜ける者は楓を除いては、誰一人としていなかった。建物の僅かな隙間でもスピードを落とさない。まるで建物が楓を避けているようにもとらえられる。
周りの景色から建物が減って行く。そして道が開けてくる。
そして楓の視界に真っ先に入ったのは……“あの”学校だった。辛く、思い出したくない記憶が眠っているのとは対象的に、沢山の事を学んだ地でもある。そのため楓の心境は複雑だった。丘の様な場所から学校を見つめる楓の顔は眉が中央に皺より、険しかった。
「行かなきゃだよね。私はあの時に誓ったもんね」
五月晴れした青空を見上げ、表情を緩やかにする。そして誰もいないのに、誰かがそこにいるかのように語りかける。
楓は軽快に丘から学校へと続く道に降りていく。道に降り立つと沢山の人だかりが出来ていた。そこには楓の様に身軽な服でいる者、そうでない者は“あの時”の楓の様にきっちりした服に身を包んでいる者のどちらかだった。
そこにいる人達は皆、笑顔で友達同士で話している。それは主も騎士も関係なく。しかし、それも今日で終わりに過ぎない。あの笑顔の仮面の下は涙でいっぱいのはずなのに。……何故人は寄り一層辛くなると知りながらも、少しでも長く一緒にいることを選んでしまうのだろうか。
「私は寂しいな。逢いたいよ…………お父様。私の居場所は見つかるんでしょうか?」
楓の周りには誰もいない。しかし数人の者達は楓を見て驚いた様に、そしてはしゃぎながらひそひそと話し出す。
「ねぇねぇ……あの子ってもしかして神風楓様かな? 眼帯で肩に長剣かけてるけど……多分そうだよ。かっこいいね」
騎士とおぼしき女の子は、隣にいる主だろう女の子に耳打ちをする。その表情は明るく花咲いていた。
「……本当だ!! かっこいい。どうせならあの子に騎士やってもらいたいなぁ」
通り過ぎた瞬間、そんな言葉が楓に舞い込んできた。一瞬だけ驚いたように楓は目を見開く。
その反応とは真逆に、騎士の女の子は見る見る内に顔色を曇らせる。
「えっ……酷いなぁ。私が騎士になるって約束したのに」
「冗談だよ。私の騎士はきっと『 』だよ」
そんな会話がふわりと楓の耳を掠めていった。二人の笑い声がどんどん前へと、遠退いて行った。楓はその主と騎士の後ろ姿を哀れむ様な目で見ていた。
- 第一章 ( No.13 )
- 日時: 2011/11/22 13:18
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: 5YBzL49o)
- 参照: http://ameblo.jp/happy-i5l9d7/
楓は周りの者達が走り出すのには見向きもせず、ゆっくりと確実に一歩ずつ歩いていく。しかしその足取りは重たく見える。
「急いでも結果は変わらないのに。私に“大切な人”がいたら少しは違ったの?」
独り言の様にボソッと言葉をもらす。ぼんやりと歩いていた楓もようやく、大きな三つの塔が目に入る。主に茶色と白を基調とし、派手ではないが威圧感を放っていた。それは空から見るとだ円形で、三つを対角線上に結ぶと正三角形が出来る。そのそびえ立っているその建物こそが“学校”だった。
「……あたしの主は『 』様かぁ。どんな人なんだろ?」
「うちの騎士は『 』だって。カッコイイ人だと良いなっ」
楓の耳にも掲示板を見たらしき人達の、賑やかな高めの声と会話が無意識の内に運ばれてくる。
それは楓からしてみれば哀れな行為としてしか、写らなかったが。
「……あの子達も、友達ごっこは今日まで。この国は誰に対しても平等に優しくない」
楓は伏せていた瞳を上げ、仲良さそうに話している全ての主と騎士を、揺らぎ、うろたえる瞳にくっきりと写す。楓には見えていた。“今゛は仲良さそうにしている者達がやがて、お互いを氷のような瞳で睨みつけながら主は騎士に命令を下し、騎士は主の命令を忠実に守りながら、傷付けあう姿を。しかし、その者達のその“偽り”の仮面を外せば、その下では苦しんでいて、泣き叫み、拒む“事実”の表情がある事も彼女には分かっていた。
だからこそ楓は辛く、自分の無力さが後ろめたかった。知っているのに何一つ出来ない事が。
「私の主は誰だろう? 私もその方の命令で“誰か”を……ここにいる者達を傷付けるのかな」
楓は歩みを止める事なく、迷わずに人がごった返している大きな掲示板へと向かう。
楓はこの場所に来るとあの時の記憶が鮮明に蘇る。小さく幼かった楓が背負ってしまった過酷な運命は、全てここから始まったのだから。楓は掲示板のど真ん中へ来ると、また抗うことが出来ずに過去に引きずり込まれるのだった。
——
「……何で!? 何で楓の番号ないの!! お母様はここに来れば絶対にあるって言ってたのに」
小さい声で泣く楓を周りの子達はきょとんとした顔で見つめていた。しかし後ろ髪を引かれるようにしながらも、自分の行くべき場所へと向かって行ってしまう。次第に一人、二人と人はいなくなり残されたのは楓だけになった……はずだった。
「皆、皆いなくなっちゃったよぉ。楓どうしたらいいか分からないよ、誰か助けて」
か細い声で楓は救いを求める。誰もいないその場ではただの戯れ事として消えていく。いつしか地べたにしゃがみ込んでしまっていた。
「君も番号がないの?」
楓の頭の上から降ってきたのは優しさを帯び、そして少し大人びた声だった。繊細な藍色の瞳で楓の泣き顔を写す。そして首を傾げ微笑んで見せた。
「うん、ないの。私は神風楓。貴方は?」
楓は泣いている姿を見られるのが恥ずかしかったのか、目を擦り少しだけ笑いながら優しそうな少年に問う。
「僕もだから安心して。それと僕の名前は『 』。さぁ、立ち上がって一緒に探そう」
少年は腰を少し屈め、楓にスラッと白い手を差し出す。少年のサラサラなブラウンの髪が少し動くたびになびく。楓は頬を赤く染め、恥ずかしがりながらも少年の手に自分の手を重ねる。
太陽の光りを背にして楓の手をを掴む。それは楓にとって闇から導いてくれる光そのものだった。
「ありがとう『 』君……」
楓は立ち上がり少年と共に満面の笑みを広げ、手を離さないままゆっくりと歩き出すのだった。
——
- 第一章 ( No.14 )
- 日時: 2012/02/17 22:04
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: HSijQ0Up)
- 参照: http://ameblo.jp/happy-i5l9d7/
楓はそこまでの記憶を振り返り、少しだけ頬を赤く染めながらハァッと白い息を吐く。今振り返って見れば、楓にとってはあれが“初恋”だった。しかしその後は結局、それぞれの担任の先生が息を切らしながら楓と少年に駆け寄って、別々の棟の教室に連れてかれてしまった。見た目は変わらないが、楓と少年はお互い反対の棟へと導かれていった。
それからも楓は諦めず、少年を探したが見つかる事は決してなかった。でも会えなくて良かったのかもしれない……楓にとっては少年ともう一度出会う事だけが、人生の全てにおいて生き甲斐に、生きる理由になっていたのだから。
「あの少年はあの時、こっちの棟に連れていかれたから“主”になったんだよね……」
楓は掲示板の後ろにある大きな棟に視線を写す。ここは騎士の者達が八年間学んだ場所。そして楓は反対側にある棟へと向き合うために、体を曲げる。楓の長く伸びた髪がフワリと揺らぐ。その棟と反対側に建っているのが一見なんの違いもない主の棟だった。そして楓は騎士の棟で辛い八年間を過ごしたのだった。
——
「もう……楓ちゃんはこっちの棟なんだから、って言っても、まだ七歳なんだし掲示板どっち見たら良いかなんて分からないわよね。はじめまして、担任の峰昌小百合です」
楓を咎めようとするものの、大人の女性特有の優しい声色だった。スラリとした背の高い先生は顔を楓の方に下げ、目を細め口角を上げながら大人の笑みをこぼす。薄いピンク色のスーツが綺麗に整った顔立ちをふんわりと柔らかくする。
「でも楓は……えっと、主の一族だからこっちの棟じゃなくてあっちの棟のはずなんです」
楓は小百合の問いには答えず、困った様に今にも泣きそうな顔をして先生に訴えかける。楓が連れて来られたのは、いたって普通の廊下だった。しかしその廊下は板が張り巡らされただけで、天井にある電球はチカチカとしていて、今にも切れてしまいそうだった。それは楓にしてみたら“ありえない゛環境だった。
「……何を言ってるの楓ちゃん? 貴方は“騎士”になるのよ」
小百合は笑みを消し、少し驚いた様に顔を引き攣らせながら声を小さく上げる。そして楓の横から前に踊り出ると顔を合わせるために、廊下の中央で膝をつき、楓の肩に両手をそえる。
「違うんです。楓は、楓は今まで主になるために頑張ったんです。辛い事も主の一族の誇りを汚さないために頑張ったんです。なのに何で、何でなんですか!!」
我慢の限界を超えたのか、目の端に溜まっていた涙が零れだす。必至に訴えた楓は何で何でと、涙声で呟くばかりだった。何かありそうだと、この時ばかりは小百合も少し疑問に思ったらしく楓に尋ねる。
「楓ちゃんは確か、名字『神風』だったわよね?」
「……はい、そうですけど」
「神風……どこかで聞いた覚えがあるわね」
小百合は頭に手を当てて、過去の記憶を引っ張り出す。蘇る記憶は確かなものなのかは分からないが……
「まさか、ね……楓ちゃん、先生と一緒にこの学校で一番偉い人に会いに行こう?」
「えっ? ……分かりました」
楓は誰に会うのか何となく分かったらしく顔に戸惑った表情を浮かべている。小百合は立ち上がり、素早く楓のか細い腕を掴むと、今きた道を戻って行った。向かった先は豪勢な“主”の棟だった。
さっきまでいた質素な棟と比べると、明らかに違った。廊下にはカーペットが敷いてあり、所々に電球も明かりを放ち、花をモチーフにした電球カバーで寄り一層、豪勢感が漂っている。そこには楽しそうに会話をしている、楓と似たキッチリとしたワンピースやスーツに身を包んでいる子しかいなかった。
そしてそんな子供達の間を、楓は後ろ髪を引かれながらも少し大きくて白い手に従って歩いて行った。
- 第一章 ( No.15 )
- 日時: 2012/04/07 17:25
- 名前: 黎 ◆YiJgnW8YCc (ID: myCH3bJe)
- 参照: 凄く久々…
「ねぇ、小百合先生。楓は“ここ”に来れるんですか?」
楓は顔を今しがたすれ違った子供たちの後ろ姿に向けたまま、ぼんやりとした口調と表情で弱々しく問う。小百合は、はっとした様な顔をして何かを言おうとしたがそこから出たのは吐息だけで、口を継ぐんでしまう。
「先生? 違うんですか?」
そして二人の歩み一歩ずつ遅くなり、止まる。楓は小百合に不安そうな顔で詰め寄る。さっきまで小百合に半歩遅れて歩いていた楓の右手は小百合の手から離れて小百合の服の裾を握りしめていた。気付いた時には、既にくしゃっと皺がよっていた。
これ以上は無理だと判断したのか、七歳の少女に正直に話す。
「……まだ分からないの」
小百合は整った顔立ちが険しいまま、少しトーンを下げた声で楓の真っすぐな問いに答えた。確実にどちらとは言えない理由がそこには埋まっているから。
「そうですよね。変な事を聞いちゃってごめんなさい」
楓は照れ臭そうに微笑みながら小百合の言葉をこれまた真に受ける。初めて楓の笑みを見た小百合は少し驚きながらも、顔色一つ変えることなくあくまで冷静さを保っていた。これは心からの笑みではないのだと。
小百合は歩みをぴたりと止める。半歩遅れて楓も小百合の隣で歩みを止め、横にいる小百合の顔を、体を少し傾けて覗き込む。
「分かってると思うけれど……ここが学校で“一番偉い人”の部屋よ。緊張せずになるべく自然体でね」
楓にそう言う小百合だったが楓の手を握る力が強くなり、汗ばんでいる。緊張しているのだと楓は幼いにも関わらず感じとってしまっていた。
「騎士の棟のAー1担当の峰昌小百合です。ある話しがあって来ました」
ノックをとんとんとリズミカルにする。喉の奥底から搾り出した様な小百合の高い声はわずかにだが、震えていた。
「小百合先生? 一体何の様だい? まぁいい、入りなさい」
穏やかそうな若い優しそうな男の人の声が、一枚のドアを挟んで聞こえてくる。楓は小百合の少し緩んだ表情を見てホッとする。
「翼校長……失礼致します」
少し重そうに小百合は一歩を踏み出す。楓も半歩遅れて小百合の手に引かれ、導かれるように部屋に入る。その部屋は一言で言えば“神聖な場所”だった。入ったとたんに広がるのは赤茶色の絨毯、壁の上の方には歴代の校長と思われる写真が数々飾ってあった。天井にはシャンデリアがあり窓はステンドグラス、そこから入り込む光が校長と思しき人物を神々しく照らしていた。
「よく来たね、可愛い生徒さんだ。それで? 小百合くんはこの子に関する話しがあるんだろ?」
翼はいたって穏やかな口調だったが既に話しの内容は感づかれていた。楓を見つめる漆黒の瞳が怪しく光る。楓は自身の中で思い起こしていた“校長先生”とは違かったらしく、きょとんとした表情を広げる。
「この子……あの“神風家”の一族の子らしいですが、何故“騎士”の棟に入学許可を? 何をお考え何ですか?」
小百合は語尾を強める。ブラウンの瞳は決して揺らがず翼をしっかり捕らえていた。
「なるほど。神風家の子だったのか。どうりで主の服を着てると思ったよ。手違いで騎士の棟の入学許可を出してしまったみたいだ」
眉を下げながら困った様な表情をする。しかしそれは全て、小百合にはお見通しずみだった。それが吉とでるか凶とでるかまでは分からなかったが。楓は納得したような表情をするが、小百合は瞳を陰らせ強気にでる。
「では、この子に“主”の棟の入学許可を渡して下さい」
「それは無理なお願いだ」
小百合が言って数秒も経たない内に翼は絶望的な言葉をぴしゃりと浴びせる。その言葉を予想していたとは言え、やはり言い捨てられると憤りが隠せなかった。
「やはり……あの決まりは翼校長の権限でさえも変えられませんか」
小百合は分かっていたかの様に諦めたトーンの声で答える。楓は何があったのか理解出来ないのか、呆然としている。
「下がりなさい。授業が始まります、生徒も待ってます」
小百合は軽く頭を下げ、楓の手をそっと握りドアへと向かって行った。
「失礼しました」
小百合は楓にお辞儀を促す。楓は不安で怯えた表情の間々お辞儀をし、小百合に手を引かれ出て行った。
ドアがゆっくりと閉まったあと、翼はどっと深いため息をつき
両肘をシックで豪勢な机につく。
「あちらの世界で何か起こりましたね」
立ち上がり窓に近づく。最後に意味深な言葉を残し、太陽の光が差し込んでくるステンドガラスを指でなぞっていた。
翼の足元は、ステンドグラスの淡い光で包まれていた。