複雑・ファジー小説
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- 雪洞少女論
- 日時: 2011/09/06 21:13
- 名前: 仁兎 ◆H81ulOUr/g (ID: 8hgpVngW)
眠い。
登場人物
▽遠野理苑 トオノリオン
<随時更新>
▽朝木梓乃 アサキシノ
<随時更新>
- Re: 雪洞少女論 ( No.1 )
- 日時: 2011/09/17 15:41
- 名前: 仁兎 ◆H81ulOUr/g (ID: 8hgpVngW)
序論 「願い」
物音がして、目が覚めた。
欠伸をして今の状況を確認する。 教室はやけに静かだ。
黒板の前には化粧がケバい女子達が欠けたチョークを持ち、ある一点を見ている。
彼女らの目線の先には、音の原因である整った顔立ちの女子、朝木梓乃が椅子を倒して立ち上がっていた。
「な、なに……」
黒板には、朝木さんへの中傷の言葉が中央に寄せて書かれてあった。
朝木さんは机の横に掛けてあった鞄を持ち、千鳥足で教室を出て行った。
ドアを凝視する俺に、前の席の金井が俺の机に頬杖をつきつつ呆れる。
「こっえーわぁ、女子同士のいざこざって」
「…………俺も帰るわ」
「は、ちょ、授業は!?」
金井の声を無視して、朝木さんの後を追う。
足が意外と速い。 いつも、家の中で引き籠ってそうな部類の女子なのに。
やがて学校の玄関へたどり着く。
朝木さんは一番端の靴箱を見つめながら、一歩も動こうとしない。
風が通り抜けるたびに、長く艶やかな黒髪が揺れる。
俺は後ろを通り過ぎ、自分の靴箱から靴を取り出して履き替えた後、朝木さんを見やる。
「……なぁに」
「靴、隠されたんかな。 俺のチャリ乗ってく?」
訝しげに俺を見て、もしかして自分の事を知らない、否。 覚えていないんじゃないかと焦る。
普通の友人と喋るように、彼女に言う。
「朝木さん、俺の事、分かる?」
「…………同じクラスの“遠野くん”」
淡々と、興味無さそうに答える。
きっと覚えてくれていただけでも奇跡に近いんだろうが、面白くないからともう一つ質問を投げかけようとする。
だが、それは朝木さんの声に遮られ、彼女の耳に入る事はなかった。
「それで、わたしのお婿さんの、“理苑くん”」
にこりと、華やかな可愛らしい笑顔をこちらに向ける。
少し、お付き合いに関する工程が抜けているような気がするが、そこは気にしない。
それにしても、興味がないようなふりをしていたくせに。
しっかりと覚えているんじゃないか。
「久しぶり、梓乃」
俺も笑ってあげた。
彼女の王子様の笑顔に、似ないように。
「分かってたんなら、話しかけろよな」
「嫌だよ。 わたしが好きなのは“理苑くん”で、“遠野くん”は嫌い」
嫉妬して貰えているという事なのだろうか。
だとしたら、あんなに綺麗になった梓乃に嫉妬して貰えていたなら、男としてなんて光栄な事だろう。
世界中に自慢できるぞ。 わあい。
「あんな汚い豚たちと話すなんて、わたしの好きな理苑くんじゃない」
「…………ああ、ごめんね」
「じゃあ、お家来てよー。 一人は暇なの、それで許したげる」
梓乃は俺の腕に自身の陶器のような白い腕を絡めて、頬を紅潮させる。
「ふふ、」
幸せそうに笑う。
梓乃のこんな笑顔、一体いつぶりだろう。
俺の生活は、これから一面に幸福が溢れる生活になるだろう。
それは立方体の一面だけれど、今感じているのが幸せならば、それでいい。
それで、いいんだ。
- Re: 雪洞少女論 ( No.2 )
- 日時: 2011/09/11 00:27
- 名前: 仁兎 ◆H81ulOUr/g (ID: 8hgpVngW)
彼女の住処はボロいアパートの2階の一番端。
話によると、親戚のアパートだとかで中学卒業と同時に「此処に住みなさい」と鍵をもらったらしい。
完全に厄介払いだな。
玄関まで来ると彼女は鞄の中を手で弄り、鍵を取り出す。
それを鍵穴に差し込み、楽しそうに玄関を開ける。 顔がにやけている。
「理苑くん、わたしの家に来るの久しぶりだね」
適当に返事をしながら靴を脱いで、家に上がる。
ドアのガラス越しにリビングを見るが、殺風景で何もない。 生活感のない部屋だ。
梓乃は先に進もうとする俺の襟を引っ張って、顔を近づけてくる。
唇が、重なりそうな距離。
「他の女の家なんて、行ってないよね」
疑問形ではない。 つまり、俺が彼女以外の女の家に行く事は、彼女の中で論外というわけだ。
腕を俺の首に絡めて、少し背伸びをしつつ俺を廊下の壁に当てつける。
「行ってないよね」
「………………イエス、とは言い難いかな」
俺がそう口にした瞬間、空気が変わった気がした。
身体に重くのしかかる重圧。 彼女の殺気の籠った視線。
音など立てていたとしても、そんなの気に出来ないくらい。
こんなにも人間を恐ろしいと感じたのは、いつぶりだろうか。 彼女がいるから、余計にリアリティがある。
「った……」
爪が首に刺さる。 形が付くなんてもんじゃない。
梓乃の憎しみや殺気が全て込められた、彼女なりの愛情表現。
そう、これが。
「ねえ聞いてんの? ねえ、ねえ」
「梓乃、痛い」
少し荒く、苛立った口調だ。
宥めようとするが、和らいでくれるはずもなく。 そもそも俺は何しに来たんだ。
まずは、この場を抑えよう。
「愛してるよ、梓乃。 俺には、梓乃だけだから。 信じてよ」
我ながらクサい台詞を言ったと思う。 だがそれを言った俺を褒め称える。 よくやった、俺。
案の定梓乃はにこりと微笑を浮かべ、「うん、わたしもだよ」とお許しを頂いた。
その後の対応と言ったら、もう、言葉では表せないくらい至れり尽くせりで。
「プリン食べよー、あーん」
…………至れり尽くせりで。
彼女の「あーん」はすべてご相伴にあずかりましたとも。 ええ。
「梓乃は、昔のこと覚えてる?」
「愛してるって言って、わたしを抱いてくれたね」
「それより昔」
「……アイス一緒に食べたね」
「もっと」
もしかしたら、彼女は記憶の大事な部分を無意識に消し去っているのかもしれない。
俺が此処にいる理由も、梓乃に会いに来た理由も全部、何もわからないのかもしれない。
別に俺の目的に支障はないけれど。 たぶん。
「…………わたし達、なんで知り合いだっけ」
おいおい。
- Re: 雪洞少女論 ( No.3 )
- 日時: 2011/09/19 19:11
- 名前: 仁兎 ◆H81ulOUr/g (ID: 8hgpVngW)
心底、彼女に浸透したなと落胆する。
あまり梓乃と同じような生活感には慣れたくなかったが、彼女の性格上、俺が彼女の前に現れてしまったから、俺がいないと大変なことになってしまう。
俺が離れている間は、相当大変だったと先生に聞いた。
そんな先生を今日は梓乃の自宅に招き、自分達の同棲状況……否、梓乃の状態を確認しに来てもらっている。
先日梓乃の家を久しぶりに訪問した後、俺の家から家具を導入した所為か、先生は部屋の変わりように驚いていた。
「で、どういう事よ」
草薙栗花落。
梓乃の担当医である、精神科医だ。
「どういうもなにも、気付かれてたみたいですよ。 ツユリ先生、ちゃんと定期検診しましたか」
「した。 アンタの事なんか全部覚えてねえって素振りだったわ」
腕と足を組んで、ソファに堂々と座る。
その向かい側には俺で、その隣には寝ている梓乃。
ソファの柔らかさに軽く感動を覚えながら、ツユリ先生と談笑と言う名の尋問を繰り広げる。
「実際、事件の記憶はなかったそうですよ」
「…………じゃあなんでアンタの事覚えてんのよ」
怪訝そうに眉根を寄せて、梓乃を見る。
「事件後多少交流はありましたからね」
「あらそう」
興味無さそうに返事を吐き捨てるが、訝しげに梓乃を映していた視線をそのまま俺に向ける。
明らかに俺の答えをよろしく思っていないというのが分かる。
数分程無言の掛け合いをしたあと、ツユリ先生がすっかり冷めてしまった紅茶を口にする。
「先生には願い事がありますか」
「……唐突ね」
ツユリ先生の視線は先程からずっと下に向けられ、感情が分からない。
だが、言葉を返してくれるだけで有難いくらいだ。
「でも、あるよ」
「はい、先生には、沢山願い事があるでしょうね。 新しいゲームや漫画の新刊、ああ、それを願わずともまず金でしょうか」
「わたしはどこのニートなのかしら」
呆れたように俺に突っ込んでくれた。
先生の性格上、ありえそうだが。
「…………男、ね」
「先生の容姿なら簡単にいけるんじゃないですか」
「誰でもいいわけではないの。もう亡くなってしまった人よ」
意外に淡々と答えるものだ。 先生は人が亡くなるとひどく取り乱しそうなのに。 それが愛した人なら、余程。
それから紅茶をすべて口に流し終えて、立ち上がった。
「では行くわ。 異常は無さそうだし」
「あ、はい。 わざわざすいませんでした」
ソファの背凭れに掛けてあったカーディガンを二つにおり、手に掛ける。
俺がドアを開け、先生は軽く会釈しながら腕の下をくぐる。
最後に一つ、と俺の目をまっすぐ見つめ、人差し指を向けてくる。
「朝木の願い事に貴方はないわよ」
- Re: 雪洞少女論 ( No.4 )
- 日時: 2011/09/19 12:33
- 名前: 仁兎 ◆H81ulOUr/g (ID: 8hgpVngW)
教室の中で、耳障りな女子の声が俺の耳朶を打つ。
金子は相変わらず前の席から俺の机に乗り出し、頬杖をついている。 見慣れた光景。
「なあ遠野、あいつらどうにかできんわけ」
「出来るなら俺は今すぐ実行するよ」
女子逹が甲高い声を響かせているのは実に単純な話だ。
梓乃が真正面から抱きついて、俺も腰に手を当てているから。 本当に、ただそれだけ。
数日前、梓乃がクラスメイトの道辺志穂に散々に悪口を吐かれ、黒板にも書かれるという立派ないじめにあった。
にも拘わらず、道辺が好いている男子と、つまり俺と。
「理苑くん、他見ちゃやだよ」
梓乃が付き合っているような言動をしているからだ。
というか、カップルを通り越して梓乃と大人の階段というヤツを上ったことすらあるが。
俺が梓乃の頭を撫でたり、梓乃が俺に頬を擦り付けたりするたび、女子からは悲鳴じみた声が発せられる。
うるさいこと何とかの如し、だ。
「ていうか、金子なんでいんの」
「え…………今それ言うか?」
軽くショックなんだけど、と真顔で返される。
思い返してみると、このクラスになった時から何の因果か金子の前後にしかなった事ない気がする。
休み時間の度に俺に話しかけて、俺も相槌を打って。
それなりに充実してたのはコイツのお陰なのか、と今思った。 日常の些細な幸せってこういう事なのか、そうか。
「お前と一緒にいれば俺もオマケでモテるかと思ってな!」
「そっちかよ、てかオマケでいいんか」
冗談だろうが、呆れてツッコミしか出来ないよ。
「てか金子もモテんだろ。 女子がお前の話してんの聞いた事あるし」
「まじでか。 でも俺はさ、あーゆー女子より朝木のが好みだよ」
「どうも」
「いやお前に言ってない」
なんだこの漫才、とでもツッコみたくなる会話だ。 だれかツッコミ役来い。
梓乃は俺の膝の上に座り、右肩に顎を置いている。 手はちゃっかり腰に置かれて。 親子がするような体勢だろこれ。
偶に寝息が聞こえているから、寝たんだろう。 寝るの早いな。
「でも、梓乃はやんねーぞ」
「どうせだめもとだったよ」
お互いに渇いた笑いを漏らす。
こんな関係もいいもんだ、「友達」が一人もいない寂しい人でなくて良かったぜ俺。
梓乃は目を擦り、怠そうに体を俺から離す。
梓乃の身体の横から見える金子の表情はよく分からなかった。
ミステリー小説で言う、傍観者のような顔。 犯人が分かっているけれど、何処か周りに合わせている感じ。
俺は怪訝そうに眉根を寄せる。
俺達の間に吹き抜けた風は、少しだけ肌寒かった。
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