複雑・ファジー小説

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松本君が死にました。
日時: 2012/07/26 23:01
名前: 市ノ瀬瑞紀 (ID: fmI8cRcV)

 ある日、松本竜太が死んだ。

 竜太が死んだことによって三人の主人公の人生は変わり出す。

目次
一話>>1……長谷部拓海①
二話>>4……若宮由那①
三話>>5……葉月みやび①
四話>>9……長谷部拓海②
五話>>14…若宮由那

この小説を読んでくださった方
風猫様
揶揄菟唖様
たまご様
白沢祐様
ありがとうございます。

この小説の歴史
七月二十四日……一話、二話、三話更新。
七月二十五日……四話更新。
七月二十六日……参照100突破!五話更新。

長谷部拓海 ( No.1 )
日時: 2012/07/24 15:58
名前: 一ノ瀬瑞紀 (ID: fmI8cRcV)

「おい、拓海聞いたか? 松本昨日死んだんだって」
 へー、と俺は友人の一樹の言葉を聞き流しながら、胴の腰ひもを結っていた。
 つい最近までは、寒くて裸足になるのが億劫だったこの道場。季節はすっかり夏になり、道着に着替えただけで、いつの間にか全身の毛穴から汗が絞り出されているほどのサウナ状態。俺はただ今汗製造機になっている。
「俺たち高校生にとっては夢の夏休み中に死ぬってかわいそうだなぁ」
「だろー」
 と、一樹のふわんとした空返事が返ってくる。
 友人の俺がこう言うのもひどいのかもしれないが、一樹は非常に騙されやすい。今回の松本が死んだという話も、きっと誰かに騙されたに違いない。そう、きっと。いつものように剣道部の部長のくせして遅刻五分前の九時五十五分にギリギリに道場に到着して「セーフ!」と、言って笑うのに違いない。そう、きっと。
 俺は時計を、ふと見た。時刻はすでに十時をすぎていたことに少し不安を感じた。

「切りかえーし、はじめっ!!」
 俺の号令とともに、部員はヤァー!! と、言って切り返しをはじめる。
 いつもなら部長の松本がかけるはずのこの号令。この号令を俺がかけたのは、松本がインフルエンザでぶっ倒れて学校を休んでいた時ぐらいだ。そう、今回松本が部活に来ないのも、きっと季節はずれのインフルエンザにかかったとか、ウイルス性胃腸炎とか、麻疹にかかったとか、そんなもんだろ。
 松本はギリギリ遅刻魔だけれど、無断で遅刻なんてことは絶対にしない。だから、きっと顧問の飯田先生があとから道場に来て、何かしらの松本が休みの理由、または病名を告げるに違いない。
「ちょっといいかぁー、ちょっとやめてこっちに来てくれ」
 道場の入口付近からよく通る声が聞こえる。飯田先生だ。
 ほら、松本が休みの理由を告げに来たぞ。と、俺は思いながら、ヤメっ!! と、号令をかけ飯田先生のもとに駆け寄ってから、集合っ!! と号令をかけて飯田先生の前に集まらせる。
「済まない、練習中なのにな……」
 飯田先生は髪のない頭をボリボリと書いて済まなそうに言う。いつも自信に満ち溢れている飯田先生がこんな表情を見せるのは非常に珍しい。
「あのな、松本がな……」
 ほら、きた。ウイルス性胃腸炎か? それとも麻疹?
「松本が……死んだ。それも、自殺だ」
「やっぱりか……って、死んだ?!」
 その瞬間、俺はひとつのことが頭をよぎる。
 団体戦で俺はいつも先鋒の位置だった。それは大将の次に強い位置だ。大将の位置はもちろん部長の松本。

 だから俺は、部長にも大将になれる。

 俺はそう思ってしまった。人の死がこんなに嬉しいだなんて……

Re: 松本君が死にました。 ( No.2 )
日時: 2012/07/24 13:26
名前: 風猫(元:風 ◆Z1iQc90X/A (ID: fr2jnXWa)

初めまして一ノ瀬瑞紀。風猫と申します。
剣道が出てくる作品が何気に好きな風猫です。
拓海君の思考は分ります。人間とはそういうものだと思うので。
これから彼の死がどのように主人公達の心や立場に関係していくのか手腕を期待しています。

コメ返事 ( No.3 )
日時: 2012/07/24 15:24
名前: 一ノ瀬瑞紀 (ID: fmI8cRcV)

たった一人の命がなくなることで、何人もの主人公たちやその周りの人の心や立場を変えてしまう。
そのような小説が書きたかったので、風猫さんのコメントを見てうれしく思いました。
私が剣道をやっているので、どうしても剣道を入れたくて第一主人公は剣道少年になりました。
きっと、私も拓海の立場になったら、いけないとわかっていても内心喜んでいますね。

若宮由那 ( No.4 )
日時: 2012/07/25 09:02
名前: 一ノ瀬瑞紀 (ID: fmI8cRcV)

 松本先輩が死んだ。

 昨日の午後七時頃、突然同じテニス部の美香からいきなり携帯に電話がかかってきた。それが、松本先輩が死んだという第一の知らせだった。
 その電話の内容はこうだった。
 
由那の彼氏の松本先輩が空から降ってきた!! 血が流れてる……ね、どうしようっ!! 

 と、言うふざけた内容で、夕御飯を食べようとしていた私はそこっく電話を切った。
 演技にしては美香の声が震えてたのが心に引っかかったが、お母さんの今日はあんたの好物の唐揚げよ。と、いう声によってそんな美香の電話の内容はすぐに吹き飛んだ。
 明日の夏休み練習の時に昨日の演技うまかったと褒めてあげよう。そう思いながら、私は携帯の液晶画面を慣れた手つきでパタリと閉じた。

 次の日、私は昨日の美香の電話内容などすっかり忘れていて、呑気にニュースを見ながら椅子に座ってカンガリと焼けた食パンにかじりついていた。一口噛むと、パンの焼けたところがポロポロとテーブルの上にこぼれていって、はしたないとお母さんに怒られる。お父さんはそんな光景が面白いみたいで、新聞からちらりと見える顔からは微笑みが見られる。そんな風にいつも私の一日は幸せに始まるのだ。
「へー隣町の高校二年生がマンションから飛び降り自殺……か。由那と一つしか変わらないのにな……」
 その一言で私は昨日の美香の電話の内容を思い出した。一瞬私の肩がビクリと波打ったのが自分でもわかった。
 まさかね。
 そう思っても、なんか変な心地がしていてもたってもいられなかった。先輩の家は隣町、先輩はマンションに住んでいる、先輩は高校二年生。いろんなものが松本先輩と自殺した少年と一致して気持ち悪い。
 私は学校指定のジャージのズボンポケットから携帯を取り出し、メールを送る。宛先は美香。内容は、昨日の嫌がらせ電話なに? と、いうもの。
 返事は一分もしないうちに返ってきた。

 嫌がらせ、だと思ったの? いくら美香でもそんな嘘はつかない。

 おかしい。美香からのメールで絵文字が一切ないのは初めてだ。
 次の瞬間テレビのニュースからアナウンサー聴きやすい声がより聴きやすく聞こえてくる。なぜなら、昨日の午後、自殺した少年の話が取り上げられているからだ。未成年だから名前は上がらない。でも、私にはわかった。
 あんな鬱陶しいほど絵文字を使う美香、馬鹿だけど嘘をつかない美香がああいうふうに言っていたのだから、美香の言うことはきっと本当なんだ。

 だから、松本先輩は死んだのだ。
 私と付き合い始めてたった二ヶ月で死んだのだ。

 私は食べかけのパンを口にくわえたまま家を飛び出す。食べたまま走るなんて行儀悪いわよ。というお母さんの声は聞こえたけれど、そんなのはどうでもいい。外に置いてある自転車に乗り、私はペダルを強く踏み込む。
 行き先は美香の家。ここから自転車で十分程度。
 あとから考えたら、電話で昨日のことを聞けばよかったのだが、今の私はそんなことが考えられないほど焦っていた。でも、それもあるけれど、私は焦っていなくても美香の家に向かっていたと思う。
 だって、何か行動していなかったら今にも愛する松本先輩のもとに行こうとしてしまうから。そんなことしたって何にもならないと分かっていても、私はきっとそうしてしまう。馬鹿だから。
 まだ、街は寝静まっていて静かだった。それが、余計に怖くて私は声を荒らげて、泣きながら向かう。愛する松本先輩の死体第一発見者の美香もとへと——

葉月みやび ( No.5 )
日時: 2012/07/25 08:44
名前: 一ノ瀬瑞紀 (ID: fmI8cRcV)

 あの、松本君が死んだ。
 どうやら自殺だそうで、自宅マンションから転落というごく一般的な自殺方法。
 サスペンス小説とかならもっと謎を残してくれるものだが、松本君はなんの謎も残さずにふつうに死んだ。私はこれが許せない。
 私はミステリーやら、サスペンスやらそういったたぐいの小説を幾度となく読んでいる。そして、私は幾度となく小説の主人公、つまり謎を解く人物になりきっていた。いつしか本当にそうなりたいとさえ思っていたのだ。そして、やっと近くの人、といってもただのクラスメイトだが、人が死んだのだ。
 でも、謎を解くのに肝心な謎がない。だって、松本君はふつうに自殺で死んでしまったから。
 サスペンスやミステリー的におもしろい死に方してよ、と、今更死んでしまった松本君に言っても無意味。そもそも生きている人に言っても無理だ。
 ムシャクシャして私はひとり部屋で頭をかきむしる。その時、一つのことが私の頭をよぎった。
 何で松本君自殺したんだろ?
 そう考えるとなにも答えが見つからない。部活でも勉強面でも大活躍だった。彼女だっていたはずだ。

「ちゃんと謎……残してるじゃん」

 私は部屋で一人狂ったように笑う。笑いすぎて、息が苦しくなって、す、と部屋の空気を吸い込む。なんて私は冴えているんだ……そう、まるで探偵のよう。
 今年の夏休みは、どうやら退屈しなさそう。私はそう思いながらもう一度笑う。


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