複雑・ファジー小説

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咎人
日時: 2013/03/09 22:37
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: 2zVo1PMY)

 この世に俺が生を受けることが、間違いだった。



〆お久しぶりですこんばんわ。
 柚子と名乗る柑橘系です。今回は二十レスちょいで終わる中編予定です。




カキコのルールに反する行為は遠慮願います。
『The』の更新がメインのため、非常に遅れます。
趣味小説ですので、急に打ち切ることもあります。



⇒咎人「>>001-006」「>>011」「>>014
>>001>>002>>003>>004>>005>>006>>011>>0014




〆履歴
2012
12/21 咎人開始


*

Re: 咎人 ( No.1 )
日時: 2013/01/13 00:50
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: JiXa8bGk)

 初めて人を殺めた瞬間のことは、いつでも思い出す事が出来る。地面に這い、縋ってくる屑に足を差し出した。開いた口から覗く白に、自分の真っ白いエナメル質のスニーカーをぶちあてる。最初に感じた硬さがなくなったと同時に、口から血が噴出するあの感覚。敢えて履いた白いスニーカーが、だんだんと朱に染まっていく様は素晴らしい。
 何度も同じように、機械的に蹴り続けると相手は虫の息になっていった。か細くヒュッヒュと呼吸をするさまが、面白い。それでも止めることなく足を動かしていると、ぐったりと微動だにしなくなる。傍目から見てわかるのは、死を迎えたということ。死を目の前で感じ、死と言うものの素晴らしさと生の儚さを、そのとき自分は知った。
 恐ろしいものを見るような眼で、周りにいた負傷者達は一斉に駆け始める。自分から逃げ出すために。だるそうに狂った雰囲気を纏う自分から、遠くへ行くため。中には自分のことをネットにあげるかもしれなかったが、興味は無かった。ゴシップ記事に載るならのるで、それも素晴らしいことだ。
 生ぬるくなってきた血まみれの口から足を抜く。最後に背骨に全体重をかけた垂直跳びを行ったのは、唯一の情けだ。背骨が折れていればたつことが出来ない。元々人間は四足歩行だったのであろうから、昔に戻れることはこれ以上無い喜びだろう。利己的な考えを持ちながら、その場を後にする。遠くに投げ捨ててあった黒いスポーツ用バッグから、新しく黒いエナメルシューズを出す。白を黒に履き替えたら、その白は濁る川に投げ入れる。その場に残っていても別に構わない。その靴を追って誰が来ようとも興味はなかった。
 どうせ、住む場所は本日限りで変わるのだし。
 夕暮れ時の川原からでて、黙々と砂利道を歩く。そろそろ舗装されてもいい道路だろうに、未だ舗装はされていない。不思議ではある。だが、砂利道だからこその良さもあるのだ。そのよさに気付かずに、この砂利道を舗装するか否かの議論を続ける市の議員には、ほとほと呆れ果てる。
 下らない事物を決めるのに、数日、数週間、数ヶ月もかける計画性の無さには、中学生の自分も呆れてしまう。簡単に決められることは腐るほどあるというのに、一つの議題に縛られ囚われ何も出来ないままになっている姿は、可哀想にも見えるが面白く見える。面白いものなのだ。最善の案が出ている中、その最善を否定しながら議論をする全ての人間が。下らなく、つまらなく、けれど、面白い。
 そんな世界に不釣合いな、自分からしてみれば「思った以上に早く来た」音が鳴る。腐った赤色と、世界を黒く腐敗したものに変えていく音。それは直ぐに視覚と聴覚を同時に侵食していく。軽自動車が一台とおれば上出来の砂利道を、乱暴にパトロールカーと救急車が走っていく。その強い光に負け、仕方なしに砂利道からおり、土手をゆっくりと滑り降りる。
 御礼を伝えるために鳴らされたクラクションが、「お前は悪だ」と言っているように聞こえるのは、仕方の無いことなのかもしれない。何しろ、初めて罪を犯したのだから。それくらいの音で心が揺すぶられてしまうのは、仕方の無いことでもあるのだろう。

 その五月蝿いサイレンと目障りな赤をどうにかしてくれよ。

 虚空にぽつりと呟いてみたが、きっと誰もその言葉に気付かないのだろう。うっすらと聞える男達の声から逃げるように、自分は走り出していたのだから。冬が近いせいで、既にぶどうジュースと同等の暗さになっている空を目指しながら、ひたすらに走る。ひたすら続くこの砂利道の終わりを探しながら。

Re: 咎人 ( No.2 )
日時: 2012/12/27 01:34
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: PU7uEkRW)

 運動部でよかったと、この日だけは切実に感じた。数十分走っても、足は動き腕を振ることが出来る。足を止め、息を整えた後に後ろを見れば、既にあの川原を見ることは叶わない。前方に視線を戻すと、見慣れた我が家への道が広がっていた。
 ヨーロッパの風景が広がっているような、そんな住宅街をまた一心不乱に駆け抜けていく。この住宅街をぬけたところにある古き良き日本家屋。そこが、自分の家だ。近頃は雨などの影響で外に面している木が腐敗しているせいから、近所の子ども達には「幽霊屋敷」やら「妖怪が住んでる」など言われている。
 けれど、住んでいるのは自分と自分の両親と祖父母だけだ。番犬代わりに土佐犬が一匹と、ドーベルマンが二匹だけの、家である。錆びた鉄の門をあけ、敷地内に入る。門から玄関までは、目測十メートル程度。けれど、そんなものも今日で考えることも無くなる。からからと音を立てて玄関の引き戸をあけると、中から「お帰り」と声がする。返事はしない。それがいつの間にか普通に成っていた。
 乱暴に靴を脱ぎ捨てて、部屋に向かう。階段が無いため、自分の部屋は玄関から一番奥の、北側。窓も北側にしかないので太陽光に頼るだけ無駄な部屋だ。既に暗い室内に、明かりを灯す。明るくなった室内に現れるのは、木造建築には似合わない電子機器とダンボールの山。カーテンを閉め、電源が付いたまま省エネモードに入っているパソコンのマウスを動かす。
 瞬時に切り替わる画面には、ニュース速報が映し出されていた。近所に住む中学生が、何者かに襲われ死亡。そのニュースを下らないと一笑し、パソコンをシャットダウンする。近くに用意していたパソコンが送られてきたときにまとっていた服を、パソコンに着せる。手元から離れるのは少し悲しいが、それも仕方ないとして服のファスナーをしめていく。周りにおいてあるダンボールたちの中央にパソコンを置き、身に着けていた服を脱ぐ。
 汗と付着した血が、どうにも気持ち悪いのだ。自分のものではない他人の血がついていることが。他人によってかかされた汗が。気持ち悪くてたまらない。ただそれだけを思い、生まれたときの姿になる。外は既に氷点下を記録していた。そのため、隙間から入ってくる冷風が自分の体を冷たく撫でる。寒さでキュウッと萎えたそれを優しくなで、下着とズボンを取り出す。
 箪笥の中の下着もいくらか冷えており、履き終えたあとまたキュウッとそれが萎えた。黒のカーゴパンツに足を通し、白いワイシャツと黒いベストを身に着ける。最後に羽織ったのはヴィジュアル系と呼ばれる輩が着ていそうなロングコート。長さは大体、脹脛より少し短いくらいだ。灰色のファーが首をくすぐり、一歩歩くたびにカーゴパンツについたチェーンが、無機質な演奏をする。
 遠くから聞える「そろそろ行くわよ」の声に従い、部屋にあるダンボールたちをいくつかずつ持ち、玄関へと向かう。何往復かしたあとで、大き目のスーツケースを玄関まで運ぶ。玄関においていたダンボールの山は、往復していくたびに零に戻っていた。ダンボールを車に積んでいるのであろうことは、分かった。それを父が行っていることも、予想は付く。自分の荷物を軽々と持つには、女の腕では不可能だからだ。
 重たいダンベル四つ。手錠数個。モデルガン腐るほど。全てが整理された状態でダンボールに詰め込まれている。細かい作業が好きな自分にとって、ダンボールに物をつめるという作業は楽しみでたまらない。父の転勤が多いため、自分自身も転校が多く、その中で培ってきた楽しみなのだ。それも、これで最後になるかと思うと上辺だけだが寂しい気分になる。
 「車に乗れ」との声に促されるまま、エナメル質の黒い靴を紙袋に詰め靴箱から、一つだけ残されていたブーツを履く。スーツケースも、黒い。数枚ほどシールを貼っているが、全て海外で購入したものだ。現在は日本。次に行く場所は、イタリアだ。

Re: 咎人 ( No.3 )
日時: 2013/01/01 21:31
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: nA0HdHFd)
参照: 王は自ら贖罪する。

 親の仕事の関係、自分の生活環境の関係。そういったものが混ざり合い、どうしようもなくなった時に家族総出で家から出る。そんな生活は、もう長く続いている。お陰で、話せる言語は五つまで増えた。全て独学で、見よう見まねのチープな三級品ではあるが。それでも通じるだけましだと思い、直す気もないままに使い続けている。言葉なんかは、直ぐに消える役にたたないものとしか、自分は捕らえてはいない。それ以前に言葉はいらないと思っている。
 家の前に止まっている大きいワゴン車に乗り込む。母は助手席、父は運転席に座り、自分は一番後ろの席を全て倒したスペースに座る。四つある携帯の内一つを開くと、後ろから小さなうめき声が聞えた。後ろに誰か居るのかと父に問えば、お前の標的だった奴等だろ、と抑揚なく返ってくる。ちらりと見やれば、確かに先ほど川原にいた奴等だった。誰よりも早く逃げて、殺しきれなかった奴等。猿轡をされ、手足を拘束されている。
 滑稽だった。目には大粒の涙を溜めて、嗚咽混じりにうめきながら自分を見る彼らが、たまらなく面白い。自分がサディスティックという自信は無いが、自分を客観的に観察するとサドなのだろう。確実にマゾヒズムでないことは、重々理解している。とすると、矢張りサドなのだろう。一番近くに居た奴の足を掴み、自分に近づけるだけで奴等は怖がって身を捩った。
 可愛いと言えば可愛いのだが、個人的には五月蝿いだけだ。その行動も、声も嗚咽も全て。総称すれば、全てが五月蝿い。近づけた奴の足の上にのる。乗る、というよりは左足の太ももを足蹴にするというのが正しいかもしれないが。そうしたあとで、思い切り奴の足を上に上げる。ゆっくりゆっくりと、足の裏から骨の軋みが聞えるほどまであげると「んううううう!!」と、くぐもった声が耳を撫でる。それでも手を止めることなく、足を上げ続けると骨と骨が離れる、独特のゴキンという音が鳴った。瞬間的に、奴は「う゛んんんん!! う゛う゛う゛!!」と大きな声を上げる。
 足を離してみると、太ももの中間からしたあたりがぶらりと垂れ下がっていた。苦しむ仲間の姿を見て、同様に縛られている残りの奴らは逃げるように身を捩る。逃げれるわけが無いことは全員が知っているはずだが、それでも危機的状況になると一歩でも逃げようとするらしい。あまりにも滑稽で、更に痛めつけてやろうと思ったが父親から買出しを命じられたため、仕方無しに車から降りる。丁度高速道路のサービスエリアに停車していたので、すぐ近くのコンビニに入り飲料水や食料を買う。財布から出て行ったのは樋口一葉一人で、帰ってきたのは野口英世が二人だった。店員からおつりと物が入った袋を受け取り、車へ向かう。
 フロントガラスを見ると、父と母が思い切りディープキスをしているのが目に映った。それを見ないことにして、車により後部座席に乗り込む。袋から茶とミルクティ、惣菜パンをキスが終わって直ぐの母に手渡す。呆れながら奴らのいるスペースにどっかりと腰を下ろせば、その中の一人の股間が盛り上がっているのに気づく。
 どこまで出来すぎてんだよ、お前らは。
 乱暴に封を切ったパンを食い、膨らんだ股間を思い切り蹴る。瞬間的に白目をむいたのを尻目に、何度も何度も蹴り続ける。痛いだろうな、なんて思っても足を動かすことはやめない。蹴っていく内に、だんだんと楽しくなってきていた。車が発進していたことは、定期的にやってくるオレンジが車内を照らしたことで、初めて分かった。既に蹴られていた奴のモノは使い物にならない様子だったが、自分には関係が無い。ぴくぴくとしている奴に一言、気絶すんなよ、と耳打ちし自分は静かに瞼を閉じた。

Re: 咎人 ( No.4 )
日時: 2013/01/12 22:10
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: JiXa8bGk)

 目が覚めると、トランクが開いていて車内には死に掛けの母と寝起きの自分しか居なかった。暖かな夕日に照らされながら外にいたのは、父と首と胴体が離れた奴等だけ。見た感じ山内であったが、この時期山菜を取りにくる能無しはいないため堂々と父は死体の処分をしている。そこまではまだ、普通だった。死体に寝起きの目をじっとこらしていると、股間の辺りでの出血が目立つことに気付く。母親にどうしたのか聞こうとした直後、自分の体は固まった。
 奴等から切り離した陰茎を、母は狂ったように舐め、しゃぶり、あろうことか陰部への挿入まで行っている。自分の末路も、下手をすればこうなると考えるとおぞましさだけが残った。脳内が白くなりかけ、胃からこみ上げてくる酸の強さに吐き気を催しそうになる。吐き気を紛らわすため、ポケットからタッチ式の携帯を取り出しニュースを多く取り上げている動画サイトを開く。大々的に報じられていたのは『神隠し』と呼ばれる事件だった。今自分が居るところから、二百キロメートル近く南下したところにある町で少年四名が行方不明。彼らの親も行き先に心当たりがない。同日、その町にある河原で男子学生が一名死亡。状況から見て他殺とされているらしい。

 思わず口元が緩む。心は余裕だと感じているが、頭では危険だと矛盾する二つの気持ちが生まれていた。上手くいけばこのまま高飛びをする事が出来る。上手くいかなければ——近所の人たちが言えば——いずれ捕まるだろうと、携帯の電源をオフにして考えた。腕を組んで俯いているとトランクが閉まり、外界の光がシャットダウンされる。数秒経って父親が運転席に乗り込むと、車は再発進した。遮光の窓ガラスから外を見ると、奴らの姿は既になくなり唯自然な山々が残っているだけ。つまらなかった。この家庭が可笑しいことは、近所に住んでいた全ての人が知っている。知っていて尚、この家族を罰しようとする者は一人とていない。一度文句をつけてきた町内会の重役を、父が撲殺し母がまた陰部だけを取り除き、その死体を父が調理し、何食わぬ顔で人肉で作ったカレーを町内の人間に食べてもらった事があるからだ。骨は数回に分け、近所の野良犬の家族に与えていた。
 町内の人々には、回覧板を通して先日のカレーの肉が重役であったことを伝えている。泣く者も居れば、カレーを食べる事が出来なくなった者も多く居るが、自分と家族が責任を逃れたのは父のお陰だった。何かすればこうなる。そう伝えただけで、彼らはほぼ全ての事情を理解し、いつも通り変わらない近所付き合いを行っていた。三軒先に住んでいた幼馴染は、気づけば居なくなっていた。周りに住んでいた自分と仲の良かった子供達も徐々に徐々に減り、小学生時代の友人は一人も居ない。担任や担任ではない教師には心配をされたが、特に悲しくはなかった。原因を作っているのは自分の家族だと、知っていたから。見上げた車の天井に、懐かしい友人達の死ぬ間際の顔が映っていた。涙を流し、血に濡れ、助けてと自分に手を伸ばす彼ら。その彼らを無表情に見つめる自分の後ろから振り下ろされる、大きく鋭い斧。瞬間的に見開かれた目をした表情が、彼らの最後の顔だ。

 懐かしいことを次々に回想していると、車が急ブレーキをかけ、シートベルトをしてなかった自分は運転席の後ろへと突っ込む。頭を打ち顔を思わず歪める。痛みに堪えながらゆっくりとフロントガラスを見ると、渋滞が発生していた。舌打ちをする父をよそに、母はまだ自慰行為をやめていない。呆れたが痛みに気がいったため、どうでもよくなった。たまにハンドルを切る父を見る限り、ゆったりとしたペースで進んでいるようで、上手くいけば二時間程度で渋滞が緩和すると見込める。しまっていた携帯を取り出し電源を入れ、メールボックスを確認すると二十人近くからメールが着ていた。半数近くはダイレクトメールで、残りはあるサイトで仲良くなった友人達からのメール。内容はどれも同じで、事件を見た、さすがだな、などだ。それを見ても優越感は何も得られない。自分がやったのは、河原で死んでいる男子生徒だけだからだ。捜査が難航するかしないかは分からないが、靴を川に捨て敢えて証拠を残しておいた。指紋は一つも付いていない。付いているのは死んだ奴のDNA鑑定に必要な物だけだ。「これあげるわ。飽きたの」悦に浸った母が自分に与えてきたのは、向かれた陰茎。あからさまに嫌悪感を滲ませた自分を無視し、「やっぱり貴方のが好き」と父と深い深い口付けを交わす。

 そのとき心に決めたのが、次殺すのは母親にするということだった。

Re: 咎人 ( No.5 )
日時: 2013/01/15 16:32
名前: 柚子 ◆Q0umhKZMOQ (ID: dSEiYiZU)

自分が人を殺すには数個ある壁を越える必要があると決めていたのを、ふと思い出す。一つ目に相手となる人物を決め、何故殺すという結論に至ったのかを明確に思い出せるか否か。二つ目は相手の一日の基本と成る生活習慣、どんなものに耐性があるのか。三つ目が、どういったことが好きでどんな人物と繋がっているか。最後に、その人間個人を見つめ殺す価値があるか否かを決定する。最近耳にする無差別殺人や通り魔などは、自分にとってはご法度だ。そうして決めた相手の泣き顔、狂った動き、惨めな姿、ぐちゃぐちゃの泣き顔、死に掛けたときの一瞬うつろに成る目、それがすべて愛しく愛せるものになる。
 恋人はいらない。一度作ったとき、殺してしまっているから。段階を踏まずに、其処に居るだけの存在としてぞんざいに扱われた恋人を、第三者が粛清した。家中に響き渡った彼女の鳴き声と喘ぎが、彼女が死んでから四十九日の間耳から消えなかった。そこにまだ、彼女が存在すると自分に思わせてくれていた。それだけで、自分は充分だったのだ。

「渋滞、緩和したんだ。……警察は捜査開始してるらしい、何時見つかるのかも分からないけれど、注意するに越したことは無いだろう。自分は捕まっても構わない。自分ら国民には皆、黙秘権がある。伝えなければ強制的に全ての秘密を伝えることになるのだろう。下らない? くだらなくは無いんだよ、父さん。自分が伝えてしまう秘密、何がいつどこでどうなっていたのか。これは自分らにとっては誰にも知られてはいけない秘密そのもの。……違うか」

 ほぼ独り言のように呟いた自分の言葉は、しっかりと両親の耳に入っていた。深い意味を隠し、奥へ奥へと仕舞い込み、表面の一部を切り取った言葉を車内に泳がせる。誰が望んでいなくとも、自分はこうして思いを口に出すことは間々ある。聞いた人間が何を思うとしても、自分には何一つ関係が無いのだ。


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