複雑・ファジー小説
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- 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。
- 日時: 2013/02/27 20:53
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)
- 参照: http://「どうでもいいけどマカロン食べたい。」
◆前書き◆
>>3
◆本編◆
序章【縊死】>>1 >>2 >>4
第一章【轢死】>>5 >>9 >>12 >>13 >>14(2/27 New!!)
- Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。 ( No.1 )
- 日時: 2013/02/17 13:16
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)
◇◆◇◆◇
序章【縊死】
(縊死《イシ》トハ、首吊リニヨッテ死ヌコトデアル。紐ヤ縄ナドヲ首ニカケテ圧迫シ、結果的ニ死ニ至ル事ヲ縊死ト呼ブ)
同じマンションに、時代小説家・死本静樹(シニモトシズキ)が住んでいるという話を聞いた。
死本静樹といえば、今をときめく有名な作家だ。まるで実際に体験したかのようにリアリティ溢れる、それで居て残酷で鮮烈な描写とストーリーが彼の作品の持ち味である。特に若い人達からの強い支持を受け、人気を博している。
かくいう私も彼のファンであり、彼の影響というわけではないが、趣味で小説を書いている人間だ。
そんな私は、小説を書くにあたって何か参考になる話が聞けるだろうか、あわよくば彼の仕事を見学したいと思って彼の部屋を訪れた。
インターホンを鳴らす。しかし、反応は返ってこない。もう一回鳴らしてみる。それでも返事が無いので、留守だろうかと少し落胆しながらドアノブに手をかけてみる。
するとドアノブはすんなりと回って、ドアは奥に開く。意外にも鍵はかかっていないようだった。もしかして居るのだろうか。一応こんにちは、と小さく呟きながら、おそるおそる一歩入ってみた。
中は薄暗くて、どこからか強い異臭がする。何かが目の前にぶら下がっているようだが、良く見えないので電気を付ける。
したところ、若い男のヒトが首を吊ってぶら下がっていた。
ジーンズの股間は濡れていて、ぶらんと垂れた足の先から液体が滴り落ちている。排泄物のキツい臭いが鼻をつく。口はだらしなく開いて唾液を流し、舌が出ている。涙が頬を伝っている。目玉は真っ赤に充血して、中途半端に飛び出している。左右それぞれの目が別々の方向を向いたまま、瞬きすらしない。若い男は天井からロープでぶら下がったまま微動だにしない。
私は声を上げることも出来ず、力なく尻餅をついた。こんなの私だって分かる。もうこのヒトは死んでると。
異臭と目の前の光景の悲惨さに込み上げる、胸の奥の激痛と吐き気を必死で抑えて、なんとか冷静を取り戻そうと努める。こういうときどうすりゃいいのよ。救急車呼べばいいの? いや、でももう死んでるでしょう、これは。警察を呼べばいいんですか? ショルダーバッグから携帯を取り出す。ガラケーである。あ、手震えてる。上手くボタン押せない。
……本当に死んでるよね? 少しだけ不安になって、もう一回首吊り死体を見る。正直言って、見るに耐えない有様だ。死体の目玉は相変わらず中途半端に飛び出していて、左右別々にあらぬ方向を見ている。
その目玉が、ぎょろんとこっちを見た。
「……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああっ!?」
大絶叫。
座ったまま飛び退こうとして後頭部を強打する。激痛が走る。目の前に星が散る。
もう一回顔を上げると、やっぱり死体は私をガン見している。
かと思えば、今度は、宙ぶらりんのままじたばたと暴れだした。
「っぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!!」
メチャクチャ怖い。
と、いうか何これ、何これ、何コレ!? 何が起こってるの!?
男の身体はブランコのように揺れて、天井から伸びて彼の首に巻きついている縄はギッシギッシと音を立てて軋む。飛び出た目玉で私を凝視しながら。
何やら水のようなものが数滴こちらへ飛んでくる。
怖すぎてとうとう涙が出てきた。
あわあわ、と間抜けな声を出すことしか出来ない私を他所に暴れまわる首吊り死体は何を思ったのか、天井を勢いよくぶん殴ってぶち抜いた。天井に穴が空いたことで、金具のようなもので縄が括り付けられていた辺りが丸ごと剥がれる。
首吊り死体は、縄を首につけたまま、べしょっと床にうつ伏せで落ちた。それから何度も大きく咳き込んで、しまいには、自分の排泄物がぶちまけられていた上から嘔吐する。男は吐いても尚、何度か小さく咳き込んでいた。
「……アーア。また今回もダメだったかぁ……」
割合高めで乾いた声で、男は独りごとを言った。
それから顔を上げて、また私と目を合わせる。涙と唾液と胃液で汚れた男の顔は青白く、中性的で整っていた。目はまだ少し充血してはいるものの、もう飛び出してはいない。
彼は、腰が抜けてしまって動けない私をまじまじと見つめている。何で生きてるの、このヒト。てか何が起こってるの。何、コレ。コレどういうことなの。どうなってんの。
「そんで、君は誰よ?」
「あ、へ?」
我ながら奇妙な声が出た。略して奇声。つまり私は奇声を上げたのである。
「あへじゃなくてさ」
「あ、わわぁわた、わたっ……」
震えて声も上手く出ない。落ち着け、落ち着け、落ち着け私。
そうだ、深呼吸だ、ゆっくり、ゆっくり。
「死本さん、何事だぁっ!? 女の叫び声と何か凄い音聴こえたぞ!?」
いきなり背後のドアの向こうから男の声が聞こえてひっくり返りそうになる。
「アー、大丈夫っす! ちょっとDVD見てたんですけど、間違って音量最大にしちゃって!」
「んだよ、またかよ。吃驚させないでくれよ……」
「ご迷惑かけてすみませぇん!」
彼が咄嗟についた嘘を聞くと、ドアの外の男はうんざりした口調で何かを呟きながらどこかへ行ったようだった。
ちょっと、待って。さっきの人、確かに『シニモトサン』って言った?
まさかとは思う。だけど。
「そんで、話は戻るけど、君、だれ?」
「あ……わ、私は……音無澪(オトナシミオ)っていいます……」
淡々とした、目の前の彼の口調に多少気圧されながらも、なんとかゆっくり自分の名前を言う。
「知り合いじゃないよね?」
「あ、はい……私、死本静樹っていう小説家のファンで……同じマンションに、死本さんが住んでるっていう話を聞いて……お話を聞きたいなって思って、来た、んですけど……」
顔面が汚物で汚れた美青年の目を、改めて見据える。
あわよくば、部屋を間違っていたとか、そんなくだらない結末であって欲しい。そんなことを祈りながら、恐る恐る訊く。
「あの、もしかして……あなたが死本静樹先生……ですか?」
「そうだけど」
首から縄をぶら下げたまま、唾液やら胃液やらにまみれた黒いシャツの男は——死本静樹は即答した。
- Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。 ( No.2 )
- 日時: 2013/02/27 11:13
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)
物書きと言う人種には、変人が多い。どこか頭のネジがぶっ飛んでいないと他人をあっと驚かせるような作品は生み出せないということなのか、単にその人が変わっているだけなのか、とにかく変人が多い。
有名な作家ともなれば尚更のこと、変わっていないワケがない。これは酷い偏見かもしれないが、一応そのくらいの覚悟は携えて来たつもりだった。
「だけど、これ、変わってるってレベルじゃない……!」
「いきなり何を言い出すかと思えば果てしなく失礼なガキだな」
「だって、何でまだ生きてるんですか!?」
「多分そういうニュアンスで言ってるんじゃないのは判るが、傍から見るとお前今ぶん殴られても仕方ないくらい失礼なこと言ってるぞ」
苦しみを感じる間もなく死ぬことが出来る場合もあれば、何時間も苦しみぬいた末にようやく死ねる場合もある。その違いはあれど、首吊リ自殺は死ぬという一点において、飛ビ降リ自殺と並んで最も確実な方法だ。
かったーヤないふ等ヲ利用スル自傷ニヨル自殺の成功率は傷の深さによるが、多くの人の場合、無意識のうちに手加減して失敗する。
練炭ヤ毒がすナドヲ用イタ自殺は、ネット上やなんかで触れ込まれているほど確実でもなければ、楽にも死ねない。少なくとも気を失うまでの苦しみは想像を絶するものであり、失敗すれば脳に重大な障害をもたらす場合もある。
薬物ノ過剰摂取ニヨル自殺は、睡眠薬を一瓶分一気飲みしたところで本当に死ねるかどうかといったところだ。それに、その前に全部口から戻してしまうケースもあるらしい。まだビン本体を丸呑みして、窒息死を期待したほうが確率は高いのではないだろうか。
なぜ私がここまで詳しいのかというと、私も本気で自殺を考えたことがあるからだ。
どんな死に方が良いかと調べているうちに、友人の首吊り死体を実際に見てしまったという人の話を目にした。
曰く、目玉が飛び出し、排泄物を垂れ流し、見るに耐えない悲惨な有様だったという。まさに、先程私が目の当たりにした光景そのものだというのに。
「何で、首を吊ったのに死んでないんですか!?」
「そんなモン、こっちが聞きたいよ」
私の問いに、彼は頭を掻きながら言った。何かにほとほとうんざりしたような口調と表情だった。
「……あなた自身にも、わからないんですか?」
「一応、心当たりはあるんだけどね」
それから、ちょっと待ってて、と言うと彼は奥へと行ってしまった。彼は一分も経たずに戻ってくると、右手に包丁を握っていた。
包丁を、握っていた。
「……ギャーッ!?」
再び絶叫。
「やめて! 殺さないで! ころ……むぐっ」
彼が焦った様子で、手の平で私の口を塞ぐ。綺麗な顔が目と鼻の先まで接近して、少しどきりとする。
「バッカ、殺さねぇよ! てかあんまデカい声上げんな、斉藤さん怒らせるとメンドクセーんだから!」
そんなこと言ったって。腰が抜けて立ち上がれずもがいている私、私の口を押さえつけている男、男の右手にはきらりと光る包丁。どう見てもマジでKILLする5秒前である。略してMK5。
というかサイトーさんって誰だ。もしかして、さっき扉の向こうからやいやい言ってきたおじさんの名前か。
私がおとなしくなったと見ると、彼はゆっくり手を離した。口に新鮮な空気が入り込む、と言いたいところだけど、色んな要因でここに充満している空気は間違っても新鮮ではない。
「じゃあ、一体何を……」
私が最後まで言い終わるより早く、彼は包丁を思い切り振り上げた。ひっ、と短い悲鳴が私の口から洩れる。
そして包丁はそのまま振り下ろされた。
包丁は、彼自身の首を深く掻き切った。
彼の首の横から大量の血が噴き出して、あっという間に玄関の一角を綺麗な紅色に染めていく。
私は、声を上げることも出来なかった。
彼は一瞬白目を剥いた。彼の華奢な体が、血の流れと反対側に倒れる。
両目の瞳は半分まぶたの下に隠れてあらぬ方向を向いており、首からの血は止まらず、しまいには赤い泡まで涌いてきた。泡と多すぎる血液のせいで傷口の様子は詳しくは判らないが、少なくともそれが死に至る程度のものであることは簡単に見て取れた。
溢れる血液が彼のシャツと首元に巻かれた縄を伝って、玄関の石床に血だまりをつくる。血だまりはどんどんその面積を広げていく。
彼は横倒しになったまま、ぴくりとも動かない。とても判りやすく言えば、彼は死んだ。
それから彼は、床に両手をついて起き上がった。
彼は二回ほど咳き込むと、俗に言う女座りのまま私をじっと見つめる。私は私で、ワケが分からず呆然としていた。
それから彼は自分の手で、自分の傷口を拭う。まだ赤く汚れてはいるものの、流れ落ちる血は取り払われた。
「え……?」
その色白い肌に刻まれた傷が、無い。
靴箱は血飛沫がかかって一角が赤く染められているし、包丁も刃が血に濡れている。だというのに、その大元である彼の首の傷は消えていた。
「ひょんなことで、こんな感じの身体になっちゃってさ」
彼は、手で包丁を弄びながら話し出す。
今度はその包丁で、彼は自分の手首を切った。一筋赤い線が入るが、彼がそれを袖で拭うと、傷はどこにも無かった。
「だいたいの怪我はすぐに治っちゃう。死んでも生き返る」
彼は、自分の手の平にべっとりとついた血を舐めた。
「お陰で見た目こんなでもかれこれ400年くらい生きてるんだよ、俺」
- Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。 ( No.3 )
- 日時: 2013/02/16 22:13
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: u83gKCXU)
はじめまして。メガネの歪みを直そうと力を加えたらメガネが真っ二つに折れた、紅蓮の流星という者です。
後で、マラカスみたいな感じで楽器にして遊びました。
更新は不定期です。生温かい目で見守っていただければと思います。
また、当小説はグロい描写や下品な表現がそれなりに出てきます。苦手な方はブラウザバックを推奨します。
それでも読んでいただけるという方、ありがとうございます。稚拙な文章ではありますが、皆さまが楽しめるよう精一杯書かせて頂きます。
コメントは大歓迎です。
批判や批評も参考にさせていただきますが、荒らしやチェーンメールの類は他のお客様のご迷惑になりますのでご遠慮ください。
それでは、少しでもお楽しみいただければと思います。
- Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。 ( No.4 )
- 日時: 2013/02/27 21:12
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)
「……今年って何年でしたっけ」
「平成25年」
「西暦でお願いします」
「2013年」
判ってはいたけれど一応確認。これでもまだだいぶ混乱しているのだ。
つまり今から400年前というと、1600年代。1603年といえば、かの有名な徳川家康が江戸幕府を設立した年だ。……多分。
「……江戸時代初期から生きてるってコトですか?」
「俺がアンタぐらいの年頃のときは、まだ大御所様は生きてたから多分そんくらい」
大御所とは家康の尊称であると、以前彼の著作の中に書かれていた。家康が神君と呼ばれるようになったのは死後からだ。
彼の作品は全て、江戸時代初期から後期を題材としたものだ。
彼のファンによる、彼に対する評価を思い出す。
時代小説家・死本静樹トイエバ、今ヲトキメク有名ナ作家ダ。『マルデ実際ニ体験シタカノヨウニ』りありてぃ溢レル、ソレデ居テ残酷デ鮮烈ナ描写トすとーりーガ彼ノ作品ノ持チ味デアル。
『マルデ実際ニ体験シタカノヨウニ。』
「じゃあ、あなたの作品に書かれているのは……」
「そうだよ、何も特別なことは書いてない。ただ俺が見てきた通りをそのまま書いただけ」
『残酷デ鮮烈ナ描写トすとーりーガ彼ノ作品ノ持チ味デアル』。
冗談や比喩ではなく、彼の作品には読者を情緒不安定にさせるほどの凄まじさがある。
「……壮絶な人生送ってるんですね」
「そう? 俺、歴史を忠実に書き記しているとか、そんな評価が貰えれば充分かなって思って始めたんだけど」
その小説家も今日で廃業かな、って思ったけどね。私の目を見て、彼は言った。
「昔から小説家だったわけではないんですか?」
「死んだはずなのに生きてる、とかってなると色々面倒だろ? 自殺するの見つかる度に、仕事も名前も住む場所も変えてる」
つまり、そのつどそのつどにそれまでの自分は死んだことにしているらしい。
「……自殺は今回が初めてじゃないんですか?」
「どうにも俺、自分に合った自殺方法を見つけないと何やっても死ねないらしくてさ」
彼は私の目から視線を外して、どこか遠くを見つめながら言う。
「400年くらいずっと、色んな死に方試してる。今日は、首を吊る角度をちょっと変えてやってみたんだけど案の定失敗だったわ」
「……なんで、そんな……」
「そんなことよりさ」
強引に話の流れを断ち切ると、彼はしかめっ面で私に向き直った。
「そろそろシャワー行ってきていい? いい加減、色々とキツい」
その後彼がシャワーへ行った後、私は自分も失禁していたことにようやく気付き、死ぬほどの恥ずかしさを堪えて、彼に洗濯機と乾燥機とバスルームを借りることにした。
バスルームでシャワーを浴びながら、ゆっくりと頭の中を整理する。
私は、自分の小説の参考にしたくて、彼——死本静樹に話を聞きに来た。
そこで待ち受けていたものは、二十歳くらいの若い男の首吊り死体であり、他でもないそれが死本静樹本人だった。
しかし、死本静樹は生きていた。本人曰く、400年前に『ヒョンナコトデ』何をやっても死ねない身体になってしまったのだという。
以来400年間生き続け、自分が死ねる方法を探す傍ら、現在は小説家として生計を立てている。
死のうとしている理由は不明。
——考えれば考えるほど、わけがわからないよ。というか、未だに信じられない。
でも、目の前で彼が二度死んだのも、事実だ。現にこうやって返り血を洗い流しているのだし。
そういえば、彼が宙ぶらりんのまま暴れているとき水滴が跳ねてきた気がするが、あれはまさか。
「ぎゃあっ! ばっち! ばっちぃ!」
必死で肌をタオルでこする。肌が赤くなった。ヒリヒリして痛いです。
バスルームから出て、身体を拭きながら考え事をする。
もういっそ逆に考えてみてはいかがか。きっと他の何処を探したってこんな人間は居ない。小説を書くならば、これは絶好のネタとなり得るのではないか。
正直、玄関開けたら二秒で死体は心臓止まるかと思ったけど、慣れれば……たぶん無理か。
でも、逆に言えば、彼についていけば古今東西の自殺が見られる。日本は自殺の多い国といえど、その現場を実際に見る機会は極めて少ない。これは、貴重な経験を堪能するチャンスではなかろうか。
そんなことを考えてたら、不意に脱衣所の扉が開いた。
「おい、服乾くまでの着替えここに置いておく……」
「……えっ」
「あ」
数秒間、お互いに無言で見つめあう。
私は今、風呂上りである。そんでもって、考え事に夢中で、着替えのことは完全に失念していた。つまり丸裸なのは言うまでもない。
ようやく冷静になりかけてた頭が再度混乱する。脱衣所の鏡に映っていた自分の顔が見る見るうちに真っ赤に染まる。全身が細かく震える。オカーサンゴメンナサイワタシハモウオヨメニイケマセン。
一方、彼のほうはというと。
しばし私の胸元を見つめた後、ハンッ、とひとつ鼻で笑った。
「ドンマイ」
それだけ言い残して、彼は脱衣所の扉を閉めた。
そして私は、近くにあったドライヤーで鏡をぶん殴ってぶち割った。当然、ドライヤーもぶっ壊れた。
この日の出来事をきっかけに、私は彼の部屋に入り浸るようになった。
ただし語弊や誤解の無いよう言わせて貰えば、彼に好意を抱いたわけではない。むしろ大嫌いだ。脱衣所の件も、無いことも……無いけど、何より命を軽んじるその姿勢には嫌悪感を覚える。まるで、少し前までの自分を見ているようで。
自分の手首を見る。傷自体は癒えたものの、その跡は未だに消えていない。
◇◆◇◆◇
首吊リ、銃、薬物、自爆、自傷、焼身、感電、入水、飛ビ降リ、飛ビ出シ、有毒がす、自殺装置、安楽死。
コノ世ニハ、古今東西、千差万別ノ自殺方法ガ溢レテオリマス。
ソノ理由モマタ、星ノ数ホド。
シカシコノ物語ノ主人公ハ、世ニモ珍シキ、四世紀ニモ渡ッテアリトアラユル自殺ヲ試シ続ケテキタ、若イ男デゴザイマス。
『死本静樹ノ素敵ナ死ニ方』、ゴ堪能アレ。
- Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方。 ( No.5 )
- 日時: 2013/02/27 10:55
- 名前: 紅蓮の流星 ◆vcRbhehpKE (ID: x6P.sSUj)
死んだほうが楽なんじゃないかって思うときがある。
でも、死ぬ勇気も、自分から現状を変えるほどの勇気もないので、今日は何事も無く過ごせますようにと祈りながら学校へ行く。
そして上靴を引き裂かれ、教科書を捨てられ、トイレで頭の上から水をぶっ掛けられ、財布の中身を取り上げられ、顔は目立つので腹を殴られ、蹴られ、携帯のカメラで撮られている前で脱がされて、××××させられて、笑いものにされ、何事も無かったかのように家へ帰るのだ。
◇◆◇◆◇
第一章【轢死】
(轢死《レキシ》トハ、車ヤ電車ナドノ通行ニ巻キ込マレテ死ヌコトデアル。此レニヨル主ナ死因ハ打撲ヤ圧搾デアルガ、肉体組織ノ破片ガ車両ニ付着シタリ周囲ニ散乱スルコトモ多ク、死体ノ破損状態ハ凄惨ヲ究メル)
1
「もう死んだほうが楽な気がしてきた」
「もう既に目は死んでるよメグ」
机を挟んで向かい合っている彼女に、真顔で言われたので真顔で返す。
真剣な表情とは裏腹にその瞳は絶望色の闇が広がっており、もうやだおうち帰りたいと切実に訴えかけてきていた。
「世の中のテストと呼ばれる類は全部滅べばいいのに! 競い合って勝った負けたなんてやったって誰も幸せになれないよ!」
「人間として成長は出来ると思うよ?」
「人間皆最後は死んで千の風になってあの大きな空を吹き渡るんだから勉強なんて意味ナイナイナイナイ!」
「そういうコトは倫理の赤点脱却してから言いましょうネー」
「そういう澪はどうなんだよ!」
「だって毎日予習と復習やってるもん」
「裏切り者!」
「思わぬ濡れ衣だよ!」
メグ、岸本恵(キシモトメグミ)は奇声を上げて両手を上げ、それから勢い良く私の机に突っ伏した。まるで泣き上戸の酔っ払いのように、彼女は延々と盛大に嘆き続ける。
最初は周囲の視線が痛かったけれど、試験が近づくたびにこれは繰り返されるので、周りも私も既に慣れたものである。
メグはこうして度々、私にノートを見せてもらったり、勉強を教えて貰いに来る。本人は気付いていないようだけど、頬にプリントされた落書きによって、彼女がまともに授業を受けていないのは簡単に察せた。おおかた今日は一通りホモォな絵を描いて満足してからずっと寝てたな。
学校のテストなんて、授業さえ真面目に聞いていれば点数取れると思うのだけど。ここは進学校でもないし。
「ちゃんと授業聞いとけば……」
「実は母上が重い病で介護が云々」
「昨日メグが電話してきたとき中年女性の元気そうな声が通話越しに聞こえてきたんだけど」
「アレはウチのメイドさんの声で云々」
「じゃあメグが介護する必要無いよね?」
「謀ったな貴様ッ!」
「次言われても絶対ノート見せないからね」
「死本静樹センセイのマンションの部屋教えてやった恩を忘れたか!」
「そっちから言ってきたんじゃん……」
そもそも、それの所為で私は散々な目に遭ったのだし。あの一件以降、彼の部屋に入り浸っているのも事実だが。入り浸っていることは、メグには話していない。
うら若き女の子が独身男性の部屋に通い詰めているなど、どう転んでも勘違いされるに決まっていた。特にこの子の場合は。
「そんで、どうだったの?」
メグは身を乗り出して聞いて来た。
「何がよ」
彼女の、目が爛々と輝いている笑みに若干たじろぎつつも聞き返す。
「生(ナマ)死本センセイ」
彼女はずずいと、更に私に詰め寄った。
「どうって……」
彼女も死本静樹のファンだ。こうして仲良くしているのも、きっかけは死本静樹の作品の話で意気投合したからである。
あの日本当は彼女も来るはずだったのだが、数学の早川に補習で呼び出されて行けなくなったと涙ながらに電話してきた。泣くことはなかろうに。
むしろ、彼女は運が良かったのかもしれない。失禁もせず、裸も見られず済んだのだから。
そして、人間が自殺する有様を見ずに済んだのだから。それも二度。
「……変ってレベルじゃなかった」
「マジで!?」
メグは目を輝かせた。彼女も大概変だけど、死本静樹は度を越している。
「今度は私も絶対行くからね!?」
「あ、多分やめといた方がいいと思うよ」
慌てて、引きとめようと言葉をかける。
「なんでや!」
「……執筆とか忙しいみたいだし」
自殺現場を目撃することになるかもしれないからとか、本人がそれでも死ねないクリーチャーだからとか、事実を言うのはよしておいた。
先ず私が妄想が激しいおトシゴロな女のコ☆に見られるのが嫌だったし、それに私は、彼が不老不死であるということを誰にも言わない約束で、彼の部屋に毎度お邪魔させていただいている。
「そっか、なら暇な日聞いておいてよ。教えてくれればあたしも行くから」
あくまで付いてくる気のようだ。
「でも、だったらあまり話とか出来てない感じなの?」
「まあ、うん」
忙しいから話が出来ないというのは嘘である。彼はかなりの速筆であり、仕事が立て込んだりすることは先ず無いらしい。だから結構私は、自分で書いたもの……小説や詩を見てもらったりしている。
問題は、その彼が『仕事ヲシテイナイトキハ何ヲシテイルカ』であって。
「そっか、残念だね」
彼女は仰け反って、椅子の背もたれに寄りかかった。
「何が?」
「澪、前に『周リニ小説ヲ書イテル人ガイナクテ、ソウイウ話ガ中々デキナイ』って言ってたからさ」
そういう話が出来る人が増えたら良かったのにね、と、おそらくそう言いたいのだろう。
確かに、身近にそういうつながりを持てたのは良かったかもしれない。さらに言えば、相手は曲がりなりにもプロの、それも人気な小説家だ。
もっとも、彼は『競イ合ウ相手』と言うよりは『目標トスベキ人物』に近いのだが。
小説家としてはともかく、人間的には目標にしたくないけど。脱衣所の件は今でも根に持っている。
「そういえば……あ、いや、ごめん、なんでもない」
メグが言いかけて、やめる。彼女にしては珍しいことだった。
「気になるから言ってよ」
私の追及に、彼女は少し困ったような顔を見せた。
「いや、あのね?」
これも彼女にしては珍しく、潜めた声だった。
「来栖君、居るでしょ? 来栖君も小説書いてたって、去年彼と同じクラスだった友達に聞いたからさ」
私は、そうなの、と適当に相槌を打つ。
来栖君とは、私のクラスでいじめられている男子生徒の名だ。