複雑・ファジー小説
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- 【10/27更新】縁結びの神様の破局相談
- 日時: 2014/10/27 21:06
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: KFRilj6O)
四か月ぶりに更新するとは……。
just before:まだなし
now:縁結びの神様の破局相談
next:ギャンブルの神様の進路相談
おはようございます、こんにちは、こんばんは。
そろそろ寝ないといけませんよ。
なぜそんな時間まで起きてるんですか?
そんな朝早くから健康的ですね。
とまあ一通りの挨拶を述べた所で狒牙です。はじめまして。知らない人しかいないでしょう。
神様の相談っていうタイトルなんですがこの作品短編集みたいな形になります。
一つ目終わって二つ目に移行するとおそらくスレのタイトルごと変わります。
時間効率は度外視して自分に出来る限り文章に力入れたいと思いますが、多分それでも大したことないです。
一回当たりの更新量は日に日に減っていくかもしれませんがどうぞよろしくお願いします。
その一 縁結びの神様の破局相談
>>1>>2>>3>>4>>5>>6>>7>>8
その二 ギャンブルの神様の進路相談
その三 努力の神様の博打相談
その四 時の神様の救済相談
その五 長寿の神様の安楽死相談
その六 続、ギャンブルの神様の進路相談
*神社リスト(各編序章の導入部)
赤糸(あかし)神社という神社は、穏やかな街に居座っている。都市からほどよく離れた住宅街のすぐ近く、ほんの少し気が生い茂るような一角がある。その木々に囲まれている中に、南を向いて鳥居が立っているのがその入口だ。真っ赤な鳥居をくぐりぬけると、広葉樹によって作られた日影が快い参道となる。
ささやかな神社なので、それほど参道も長くない上に本堂も小さなものだ。小さな子どもたちは昼間に、涼しげな日陰や光の降り注ぐ本堂付近を行ったり来たりしてはしゃぎまわる。そんな様子を目にして、神主がそっと柔和な笑みを浮かべる。そういう、穏やかで平和な神社である。
だが、この神社にはとある伝承があった。運命によって恋人と結ばれるのは赤い糸、その名前を冠するこの神社には、縁結びの神様が眠っていると————。
____
足跡
4/20 スレッド作成。および縁結びの〜執筆開始。
- Re: 縁結びの神様の破局相談 ( No.1 )
- 日時: 2014/04/20 13:52
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: uPu37vxy)
縁結びの神様の破局相談
赤糸(あかし)神社という神社は、穏やかな街に居座っている。都市からほどよく離れた住宅街のすぐ近く、ほんの少し気が生い茂るような一角がある。その木々に囲まれている中に、南を向いて鳥居が立っているのがその入口だ。真っ赤な鳥居をくぐりぬけると、広葉樹によって作られた日影が快い参道となる。
ささやかな神社なので、それほど参道も長くない上に本堂も小さなものだ。小さな子どもたちは昼間に、涼しげな日陰や光の降り注ぐ本堂付近を行ったり来たりしてはしゃぎまわる。そんな様子を目にして、神主がそっと柔和な笑みを浮かべる。そういう、穏やかで平和な神社である。
だが、この神社にはとある伝承があった。運命によって恋人と結ばれるのは赤い糸、その名前を冠するこの神社には、縁結びの神様が眠っていると————。
街灯が立ち並ぶ静かな住宅街の道の中に、一本も街灯が立ち並んでいない道路が五十メートルほど続いている。その辺りには一件の住宅も建っておらず、小さな公園が道路の南側に場所をとっており、中で街灯が輝いている。そして北側はというと、天高くそびえる広葉樹が等間隔に並んでいるのにまぎれて、大きな真っ赤な鳥居が口を開いている。
この神社の鳥居は、他の神社のものよりも真紅に近い、独特な色をしていた。名前に赤糸とつく神社で、縁結びの神様が降りてくるという伝承があるのだから、赤い糸をモチーフに口紅みたいに真っ赤な鳥居になっているのだろうと俺は推察する。
この神社は昼間は子供たちの遊び場になっているようだが、その縁結びの神様の効力から、子供たちが帰宅し始める夕方以降は妙齢の女性の参拝客が多い。クリスマス前やバレンタインの前日は近隣の女性が立ち並んでいる。しかし、今日はとある真夏の一日なのでそういう事はない。
その暗い道に差し掛かると、月明かりと隣の公園の光だけが頼りになる。二十メートルほど進むと、鳥居の正面に立つことになる。うわさ通り、とても真っ赤な鳥居だった。意を決して俺はその神社の入り口をくぐった。真っ赤なそれは、まるで女性の唇かのようだった。潜り抜けたその瞬間に、ようこそという声が聞こえたように錯覚した。もしかしたら、本当に呼びかけられたのかもしれない。
鳥居をこえると、もう隣の公園からの光はまったく差し込まなくなる。そのため、月明かりだけが頼りになるかと思えば、そういう訳でもない。日の光を遮る広葉樹の葉っぱが月明かりをも遮っているので、地面に注ぐ光は木々のすきまからこぼれでるほどの、些細なものだった。
そのため、自分の足でしっかりと踏みしめて地面の様子を確認する。参道周りの木々の根に足を取られないか、参道を抜け出して木々の中に入り込まないか気をつける。さすがに、木すらも見えずに顔から激突するような事態にはならない。
ゆっくりと、足元に気をつけながら進んでいくと、その出口はすぐに見えてきた。うっすらとその場だけ地面が弱い光で照らされている。あそこに抜け出すと本堂だな。そう思った俺は歩みを速める。木々の花道を抜けると、月明かりが差し込む広場に出た。今宵は満月だからか光は強く降り注いでいる。
正面に、それほど大きくないが確かに境内はあった。階段を上り、賽銭箱の前に立つ。財布を取り出し、柔らかな満月の光だけを頼りに穴のあいた硬貨を取りだした。お賽銭は五円玉。昔から俺はそのように決めている。
石造りの階段を踏む音が静寂の闇の中に染み渡る。真っ暗闇の中にぽつりと佇む月明かりに照らされた境内は、海の中の島にも、砂漠の中のオアシスのようにも思える。今俺を取り囲んでいる闇は、今にも恐怖に飲み込もうとするものじゃなくて、何もかも優しく包み込もうとしてくれるようなものだった。
賽銭箱の前に立ち、姿勢を正す。握っていた五円玉を放り投げると、放物線を描いて箱の中に滑り込んだ。チャリン。賽銭箱の中で、小銭同士がぶつかって鳴き声が響く。静かな空間に響き渡るように、大きな音を立てて二回手を叩く。手がじーんとするけれど、そんなものは気にもならない。
目を閉じて、願い事を浮かべる。その事を願っていると、何だか目頭が熱くなってきた。瞳の奥から溢れてきそうな衝動を必死に噛み殺して、一心に、ひたすらに……がむしゃらに俺は願った。
目の前の綱を手に持ち左右に揺らすと大きな鈴がガラガラと叫んだ。その場を切り裂くような五月蠅さが、俺の心までも引き裂こうとするほどに、鋭く尖った五月蠅いものだった。
神様がいるというならばすがりたい。いないとは分かっているけれど、いてほしい、どうにかしてほしいという強い欲求が俺の中で燻ぶる。形のないその紙という姿にすがろうとしているうちに気付く。こんな願い、神様じゃないとどうにもできないだろうって。俺の力じゃあどうにもできないんだろうって。社長の言うとおりだ。
現実を思い出して、胸の内で沸き立っていた想いはちょっとずつ落ち着いてきていた。どうにもこうにも、自分には現状を打破する手立てはない。目を開けて、依然として暗闇のお堂を見つめた。今度俺が目にしたその光景は、イメージ通りのお先真っ暗な闇だった。
「頼むよ神様……」
本堂から踵を返して肩を落とす。いて欲しいとは願うけれど、神様なんていないのだからこんな事しても無駄ばかり。さっさと家に帰ろうとして、下りの石段に足がさしかかったその瞬間、静寂の中に不思議な音が聞こえた。
奇妙奇天烈な不思議ではなく、それはまさに神秘的と形容するに相応しいような、そんな不思議な音色だった。そして自分が音色だと表現して初めてそれが楽器によるものだと気づく。耳を澄ましてどういうものか考えている。そこかしこで七色の音の球が生まれては弾けるような、音のシャボン玉に包まれたかのような感覚。リーンリーンと複雑に響き渡る音。そうだ、これは鈴の音だ。
振り返ろうとしたその瞬間、視覚的にも異変が起こっていることに気付いた。まるで蛍が飛び交っているかのような淡い光、薄ぼんやりとした今にも消えてしまいそうな儚い光を宿した雪のようなものが、はらりはらりと散っていた。散っていた、またしても自分の表現したその言葉にこれが何なのか思い知らされる。これはきっと、舞い散る桜吹雪のようなものだ。
帰ろうとしていた足を止め、振り返った俺が目にしたものは、一人の妙齢の少女だった。今俺が体験している状況と同じぐらいに神秘的で、幻想的な少女だった。肩ぐらいまで届いているウェーブのかかった茶色い髪が風になびくのに合わせて、周囲の光の花弁が舞い上がる。ぱっちりとした大きな目を細めて笑顔を作り、小首を傾げたその様子はたいそう可愛らしかった。緋色の袴と白衣(びゃくえ)を着ており、長袴から覗いている足を見てみると、足袋と草鞋を履いていた。白衣から見える手首には、赤い糸のような紐が巻かれている。この世のものではないというあかしなのか、左前に着物を着用している。
出で立ちは中学生くらいの少女なのに、まるで神様みたいな神々しさと、落ち着いた居住まいからの風格が漂ってきた。ついつい、その姿に畏敬の念を払ってしまう自分がいる事に何の躊躇も驚きもなかった。
「あなたは今、私にすがりましたね?」
彼女はそう言うと、より一層目を細めてとびきりの笑顔を作った。あどけない少女の顔に、ちょっとずつ先ほどまでの緊張みたいなものが薄れていく。次の瞬間に彼女が自らの事を神と名乗っても、驚くどころか納得しかしなかった。
「私こそが縁結びの神様です。どうぞ、あなたの願いは何ですか?」
本物だ————。
気付いた俺は、言葉をなくす。この幻想的な光景に、不思議な鈴の音。そして突然この場に現れた不思議な巫女服の少女。この存在が本当に神様だと次第に呑み込み始める。先ほど自分が表現した言葉を思い出した。まるでこの境内は、闇という砂漠の中に浮かんだオアシスのようだと。まさにその通りだ。この神様は、四方を砂に囲まれてしまった俺の人生の中における、渇きをいやす救いのオアシスのようなものだ。
- Re: 【4/20更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.2 )
- 日時: 2014/04/24 08:55
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: gfjj6X5m)
「いきなり神様だなんて言っても信じられませんか?」
非現実的で、幻想的な空間に立ち入ったために呆然として我をなくしている俺の様子に、小さな神様は心配になったようだ。だが、今までに何度も人々の前に現れて、同じように願いを叶えてきたのだろう。自らの正体を疑われることには慣れっこといった感じで、自分よりも願いにすがる人間、すなわち俺を気にかけて心配しているようだ。なぜなら、俺が願う通りの事はおそらく彼女の力なしには叶えられないものなのだから。
神の存在を信じられませんかという彼女の問いに、俺は丁寧に頭を横にふって否定する。そうすると彼女は、それならば良かったと明るい笑顔を咲かせた。いつの間にか真夏の暑苦しさは消えて、まるで春のような陽気な暖かさが場を満たしている。
「ですよね。でないと私はあなたの前に現れてはいませんから」
それでは、あなたの願いを叶えましょう。単刀直入に神様は本題にはいる。胸に手を当てて、縁結びの事なら全て私にお任せくださいと意気込んでいる。自信と威厳に満ちたその様子から、容姿とは比べ物にならないほど長い年月を、迷える人々の支えとして存在してきた日々が感じ取れる。
「願いのことなんだけど……」
いざ頼もうとしたその瞬間に、俺は咄嗟に口ごもってしまった。元々、何とかしてくれよと形のない何かにすがりつくように祈っただけなので、自分が何を願おうとしているのか、具体的な形が掴めていなかった。ただ今の状況は駄目だ、何とかしないといけない、何とかしたいと思っていただけだ。どうしたい、というのはまるで考えていなかった。
恵子さんと……。そこまで口にしたは良いが、その先の言葉が紡げなかった。結ばれたい、そう願おうとした。けれども、その強い感情を、より一層強固な理性が押さえつけていた。社長の苦い表情が閉じた瞼の裏側に浮かんでくる。そうしてやりたいのはやまやまだが……恩人の、哀しそうで、申し訳なさそうな声音が耳の中にまだ貼り付いていた。社長よりも、俺の方が申し訳なく感じないといけないのに。こんな事で心を煩わせてしまっているのだから。
「恵子さん? その方と結ばれたいのですね? それなら御安い御用です」
胸を張って彼女は宣言したが、俺は片手の掌を見せてそれを制した。そうじゃない。弱々しい声で否定すると、神様は目を本の少し見開いた。
「破局させてほしいんだ。と言っても、付き合ってすらいないんだけど……」
そう、俺とあの人が結ばれてはいけない。だけど、そんな事に諦めがつけられなくて、でも諦めないといけなくて。欲求と現実の狭間で囚われてしまっている自分に区切りが欲しくて、手に入れられるものを捨てる踏ん切りが欲しくて。その心情を知ってか知らずか、縁結びの神様は眉根を寄せた。と言っても、怒っているようには見えない。憂いを帯びている、というのが相応しいだろうか。
「申し訳ありません。私、縁を結ぶことが専門でして、縁をきるのは……」
どうやら、力不足を嘆いて曇った表情になっていたようだ。どうすれば自分が力になれるかと、今度は顎に人差し指をあてて考えている。しばし考えた後に、彼女は閃いたのか、表情を弾けさせて胸の前で手を合わせた。パチン。強く叩き合わせた両の掌から小気味良い音が鳴る。
「今までこんな相談を受けたことはありません。なので、他に解決法を探すためにもあなた方の背景を知りたいと思います」
そう言うやいなや、彼女は白衣の袂に手を突っ込んで、ごそごそと内部を漁った。チリンチャランと、様々な鈴の音が鳴る。ぐるぐると着物の中を引っ掻き回して、ようやく目当ての代物を掴んだようだ。神様が袂から腕を引っ張り出すと、その手の中には小さな鈴が握られていた。真っ青なのだけれど、半透明に透き通った不思議な鈴。
「この鈴は時渡りの神様お手製のものです。あなたの記憶を道しるべとして、過去の出来事を映写することができます」
元々止める気もなかったが、彼女は俺の返事を待とうともせずに、その鈴を二回ふった。チリリンチリリン、今まで聴いたものよりも、一際高い鈴の音が響き渡る。境内から見る、月明かりに照らされた広場の様子はガラッとその様相を変えて、社長室の光景を写し出した。
そこに立っていたのは、俺と社長の二人。おそらく、今日の昼下がりのあの出来事なのだろうなと判断できた。だからだろうか、俺の胸には針のようなものがひっかかったような感覚なのは。その二人きりの部屋の中に、突然恵子さんが姿を見せる。やはり、あの時間の光景なのだと俺は直感した。恵子さんから想いを告げられる、あの瞬間だと。
- Re: 【4/24更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.3 )
- 日時: 2014/04/26 23:03
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: hFRVdxb.)
「恵子も来たか。今から二人に話さなければならない事がある」
恵子さんの到着を見届けると、俺と彼女を呼び出した張本人である天道財閥の現当主、天道 武則、つまりは俺が社長と読んでいる人物が口を開いた。若い頃にラグビーをしていたため、五十となった今でも体つきは良く、ボディーガードも必要としていない。蓄えた口髭は綺麗に切り揃えられているというのは、朝の手入れをよく見かけるので知っている。
待ち時間の間に一服していた煙草の火を消し、社長は真剣な表情になった。しかし恵子さんは煙草を一瞥し、そのままじろりと社長を睨み付ける。もう若くないのだからいい加減に煙草をやめろと、恵子さんと新しい奥様は常日頃からおっしゃっている。
何とかという、到底俺には縁のない高級なスーツを身に纏っているが、首もとには安物のネクタイが覗いている。その昔、初めての給料で恵子さんがプレゼントしたものだ。それを律儀に、というよりも積極的に着用している辺りから親バカの気が疑われる。事実そうなのだが。
「前々から話は来ていたのだが、恵子の縁談がほとんど決まった。今度会食の機会を設けようと思っている」
かなり前の時期から、この財閥と負けず劣らずの規模のグループの御曹司から、半分政略的な結婚を申し込まれていた。いや、正確には御曹司がではなく、その父親からだ。ある席で社長に付き添ってパーティーに出た恵子さんを見たグループの今の会長が、恵子さんこそ息子の嫁に相応しいと思ったようだ。事実恵子さんは亡くなられた母親に似てとても美しく、相手の男性も眉目秀麗だという噂だ。
「おめでとうございます」
何でもないような顔をして、満面の笑みで目の前に映された俺は縁談を祝福した。自分で見直してみると、自分のことのように嬉しそうにしている。我ながら、作り笑顔が得意なものだと感嘆する。なぜなら今まさに、胸の中がざわついて荒れ狂っているのだから。
喜び半分、申し訳なさ半分、俺の事も彼女の事も全部理解している社長は、呟くようにありがとうと返してくれた。しかし、恵子さん自身はその唐突な決定に対して拒絶をいかんなく見せつけていた。
「絶対に嫌、向こうだって私の事を知らないのよ。そんな簡単に親同士で決めつけないで」
普段は社長に反抗する事など滅多にない彼女だが、流石にこればかりは黙ってはいられなかったようだ。かつてないくらいの勢いで父親に噛みつき、まだ見ぬ縁談相手にすらも敵意を剥き出しにしている。
それも仕方ない話だ、恵子さんはまだまだ若い二十三歳、恋愛だってまだしたいだろうし、生涯の伴侶なら慎重に決めたいはずだ。怒りをぶつける恵子さんから目をそらし、壁にかかった絵を眺める。そこに描かれているのは、恵子さんの本当のお母さんの姿。
「私だって、好きな人くらい……」
「知っている。だが、仕方ないのだ……」
社長は苦しそうに唇を噛んだ。そんな中、その時の俺はと言うと、ばか正直に狼狽えていた。恵子さんの縁談を馬鹿みたいに正面から喜んで、自分がどんな風に考えてるかなんて押し殺して。
「我々の財閥と業務上の提携をしているグループの会長たっての希望だ。正直、ここでへそを曲げられてはたまらない。というよりも、それを盾に取られている」
この商談が破談となれば、天道財閥の損害は大きい。そのため、断るに断りきれないのだ。相手もかなりいい人だと聞くので恵子さんにも良い縁だと思うのだが、固い表情で頑として首を縦にふろうとはしなかった。
何を迷う事があるのですか、素晴らしい話じゃないですか。空気を読んでか読まずか、それしか言えない俺は作り笑顔でそう言い放つ。その途端、恵子さんはさっと眉根を寄せて俺の方を睨み付けた。数時間前の俺は、その剣幕に怯えてたじろいだ。
「それ、狙って言ってるの? それとも馬鹿なの?」
我ながら、いきなり馬鹿と罵られてよく怒らなかったなと感心する。だが、考え直してみるとこの瞬間の心情は蛇に睨まれた蛙に他ならなかった。そりゃあ、怒ることなんてできないだろう。
「何の事でしょう?」
余計に相手の機嫌を損ねると理解していても、そう尋ねるしかなかった。今度はどう怒鳴られるのか、びくびくしながらそれを表に出さずに様子を窺っていたのだが、恵子さんはそれ以上激昂することはなかった。眉を八の字にして、瞳が少し潤んでいる。
「だから、私が好きなのはーーーー」
「恵子、もう引きなさい」
「嫌よ、これだけは自分で言う。私は高校の時からずっとあなたが好きなの、分かった?」
声音こそ疑問形だが、こちらの返答を聞くつもりなどさらさらないようで、踵を返して社長室から立ち去る。去り際に、盛大に音をたててドアを叩きつけた。耳に痛いほど、ドアの悲鳴が響き渡る。
恵子さんから好意を告げられて、俺は戸惑っていた。なぜならそんなことある訳ないと断定していたからだ。伝えられた想いが納得できないまま社長の方を見ると、頭を抱えている。
そうだ、この瞬間に俺は気付いたんだ。告げられた言葉が真実だということに。肩を落としている俺に、ずっと黙っていた神様が話しかけてきた。
「なるほど、色々あるんですね。これだけじゃ分からないので今度は高校時代も見せてもらいますね」
そう言って彼女は、例の不思議な鈴を鳴らした。音が反響せずに響き渡る様子に、ここはただの神社の境内だと思い出す。社長室の壁に反響せず、どこか遠くへと響き渡る。
次に映し出されたのは、懐かしき高校時代の教室だったーーーー。
- Re: 【4/26更新】縁結びの神様の破局相談 ( No.4 )
- 日時: 2014/05/12 08:36
- 名前: 狒牙 ◆nadZQ.XKhM (ID: jEJlOpHx)
どの学年の時の風景だろうか。教壇が高めなのが特徴なので、高校の教室には間違いないのだけれど。ぐるりと一周見渡すと、花壇に綺麗な花が咲いているのが見えた。そう言えば、二年生の時の担任の女性教師は花屋の娘でいつも花をせっせと世話していたような記憶がある。
正面にかかっている時計に目をやるとまだ七時にもなっていない。朝陽が射し込む教室には生徒は一人としていなかった。このままだと時間がかかりますねと呟いて、神様は親指と人差し指で紐を摘まんでいる鈴を中指で弾いて少しだけ鳴らさせた。
途端に時間が早送りされるように、ぐるぐると教室の時計の針がスピーディーに回る。早送りまでできるとは、便利な鈴だなぁと俺は感嘆する。流石は神様の秘密道具というべきか。すごいスピードで時が動き、数々の生徒が雪崩れ込むように教室内の空間を満たした。俺にぶつかりそうになったけれど、その実体はそこにないので、体の内側をするりとすり抜けられる。
一つだけ、空いている座席があった。一番後ろの一番端の席、左隣には俺が座っている席だ。早送りをやめて一倍速に戻すと、高校時代の俺の声が聞こえてきた。普段聞いているのと、ほんの少しだけ違った声だった。
「夏休み前はここに席なかったよな?」
半袖で、下敷きを内輪がわりにパタパタとふりながら、クラスの友達と談笑している。八月が終わり九月に入っても、葉月と大して変わらない暑気が猛威をふるっていた。
「転校生でもくるんじゃねぇの? 隣の席なんだったら仲良くしてやれよ」
音を立てて扉が開くと先生が入ってきた。俺たちの卒業と同時に隣の県の学校に転任したらしい、女の先生だ。この時はまだ大学を出たばかりで、大層若々しい。今では二児の母らしく、同窓会で会った時は既に母親らしい雰囲気を身にまとっていた。
一学期も乗り越えていたので、もう既に教室内をなだめるのはお手のものだ。全員を席につかせて静かにさせると、転校生がきたと端的に告げる。部屋全体から反応が返ってきて、たちまち静まったばかりの教室は再び騒がしくなった。
「みんな落ち着いて。じゃあ、天道さん入ってきて」
開いたままの扉から入ってきたのが恵子さんだった。背筋を伸ばした美しい姿勢で優美に歩くその様子には、どこかのお嬢様のような空気が感じられた。事実お嬢様なのだけれど。
「天道 恵子と申します。皆様よろしくお願いします」
きっちりと腰を九十度に曲げてお辞儀する。何でそんなに生真面目にしてるんだと言及する者は一人もいなくて、皆がその雅な所作に呑まれていた。取り立てて美人ではないが、それでもどちらかと言えば、可愛い方だと思う。まあ、俺の中ではそこからさらに恋愛感情による補正が入っているのだけど。
先生が俺の隣の空席を示して、そこに座るように命じる。頷いた彼女は静かに足を進めて俺のすぐ近くまで歩み寄った。机の上に鞄を置くと、柔らかく微笑んで話しかけてきた。
「よろしくね」
「うん、よろしく」
これが、俺と恵子さんが初めて出会った日だった。
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