複雑・ファジー小説

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 絶 ゆ る 言 の 葉 。 (祝・参照2000突破)
日時: 2014/11/24 21:33
名前: 歩く潔癖症。 ◆4J0JiL0nYk (ID: rtyxk5/5)

 たゆる、ことのは

 そこはかとなく

 おもい、とどかず



+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+


「たくさんの方に読まれ、
 今もこの短編集があります
 ありがとうございます。」



【言葉綴り】

*せいちょう。>>8
*作者のボヤキ①>>9-10
*ホラー『赤いワンピース』>>11




【しあわせ の カタチ】

1* 人形 >>【無音】>>4
2* 記憶 >>【違和感】>>5-6
3* 金魚 >>【君と私をつなぐ流星群】>>7
4* 別離 >>【それは、足音に似ていて——】>>13



【かげろう】

*1 君に花束を。>>【黄昏に花束を】>>1-3
*2 記憶の果て
*3「いつか。」
*4 境界線
*5 離した手
*6 来ない朝
*7 蜃気楼
*8「言って。」
*9 夢の終わり
*10 僕に約束を。




【読者様参加型お題配布(任意)】

*そこから見える景色は。(海と夕陽とそれから君と)
*君に伝えられなかった10の言葉

*右手が加害者、左手が被害者

*機関銃引っ提げて 死霊は嗤う
*後日談は真っ赤な紅茶でも飲みながら
*銀のナイフを舐めて呪いを解く
*「あいつに目を付けられたら最期、
 如何なる物も逃れられないと…とんでもない悪魔だ」


since.2014.9.17

Re:  絶 ゆ る 言 の 葉 。 ( No.4 )
日時: 2014/08/25 09:16
名前: 歩く潔癖症 ◆4J0JiL0nYk (ID: rtyxk5/5)

-title【無音】-



 眼を瞑って「アリガトウ」
 口を閉じて「アイシテル」
 耳を塞いで「アナタダケ」


 *


 人は生まれた瞬間から、いろんな人に「言葉」というものを投げかけられているものです。称賛、恨み、妬み、呪い、他愛ない雑談。そこにどれだけの嘘が含まれているか想像はできませんが、確実に「気持ち」も一緒に押し付けられているのです。それを人は、疎んだり、悲しんだり、嬉しがったり——とても休む暇がありません。自分の感情の起伏が、そんな他人の「言葉」と「気持ち」で左右されるのが、私はとても嫌でした。


 「ニンゲンは、要らないモノを覚えすぎたのよ」

 そんな風に憂いてみます。天井を仰ぎみて、大げさな出演もしてみるのです。拍手は聴こえません。まだ、物語は終わっていないのです。始まってすら、いないのです。

 「ねぇ、あなたもそう思うでしょう?」

 そうやって語りかけた私の眼には、上着を脱がされた状態で両手を拘束され、泣きじゃくる愛おしいあなたの姿が映っていました。綺麗な髪を乱れさせて、いやだと、泣きじゃくっていて。涙と鼻水と涎でぐじゅぐじゅになった顔は、それでも綺麗です。
 そっと触れると、あなたは可愛そうなくらいに怯えてしまう。キスをすれど、応えてはくれません。それでもいい、あなたはもう私からは逃げられない。だから私は、これ以上ない幸福感に満ちているのです。

 でも、少し、うるさいかなぁ。


 「泣かないで、騒がないで、ね?」

 優しい私は、そんな風にあなたに語りかけました。安心させるように微笑んで、頬を撫でてあげました。なのにあなたは、声のボリュウムをさっきよりもあげて、叫んび続けるのです。

 「痛い」
 「帰して」
 「嫌だ」
 「悪魔」

 そんな言葉で私を責めるのです。
 とても傷つきます。あなたに危害など加えていないのに、あなたは私を責める。心に突き刺さる言葉を、あなたはやめようとはしません。


 ————静かな人形が、いいのです。


 私は裁縫道具を引っ張り出して、中針を取り出し白い糸を通します。慣れた手つきで、通します。その針を、用意しておいたアルコールに浸します。てらてらと、針は光沢を帯びます。
 未だ、頭が取れんばかりに首を振るあなたの顎を掴み、私は固定しました。動かれては他の綺麗なところに傷をつけかねない。
 そして私はゆっくりと、安心させるようにキスを落とし、針をあなたの唇の端から通していきます。口周りの皮膚と肉は柔らかい。そしてなにより唇は肉厚で皮が薄く、糸で縫うにはとてもやりやすい部位でした。針を通した穴から、赤く綺麗な液体が、だらだらと流れる涎に混じって顎を伝う。そのさまが、とても芸術的でした。恍惚とした、なんとも言えない興奮が私を満たしていくのを感じます。
 しかし、涙を流すあなたの眼が、私を未だに責めていました。
 とても悲しい気持ちになったので、あなたの眼を塞ぐことにしました。


 ————優しく微笑んで、ほしいのです。


 一針一針、丁寧に。眼球を貫いて、瞼が開こうとして裂けてしまわぬように。
 愛おしげにゆっくりと、私はあなたの両目を縫っていきます。時々何かの汁が零れてきますが、きっと嬉しくて泣いているのでしょう。涙さえも愛おしいのです。マリアのようにあなたは微笑んでください。私に、微笑んでください。
 こうしてやっと。



 少し、静かになりました。



 fin.

Re:  絶 ゆ る 言 の 葉 。 ( No.5 )
日時: 2014/08/25 09:12
名前: 歩く潔癖症 ◆4J0JiL0nYk (ID: rtyxk5/5)

 -title【違和感】-



「ただいま。」

 おかえり、そう返ってくる声などない。分かっていながらも、日々の習慣は抜けないようだ。玄関を開けると無意識に家の奥へと投げかけていた。もちろん、誰も居ない。家はいつも暗く、静かだ。

 いつからだろうか。
 「ひとり」という時間を左程気にしなくなったのは。

 一人は寂しい。帰ってくれば真っ暗な部屋が静かに待っている。温かい空気はない。ご飯もない。人もいない。自分だけの空間。
 寂しさよりも、誰も邪魔しない空間を手に入れたんだと自分を奮い立たせれば、紛れた。

 靴を脱いで、手探りで廊下の電気を探した。指先に突起物が当たり、宮原葉月は電気をつけた。パッと瞬時に明るくなる廊下。綺麗なフローリングを無意識に想像していた。
 だが、目の前に広がる光景に息をのんだ。
 廊下の奥にはダイニングがある。その左手に進めばキッチンがある。つまりご飯を食べる場所が、扉をしきりに廊下の向こう側にあるのだ。廊下の両端にはトイレと風呂に続く扉もある。一人で住むには少し広いような気もするが、だからこそ葉月は掃除に余念がなかった。休日に大掃除をして、時間が空いたら暇つぶしに掃除をする。男の部屋としてはとても綺麗な方だ。

 それなのに、廊下を始めとして、開け放たれたダイニングまで、目を覆いたくなるほど物が散乱していた。

 何が起こったのだろうか。自分自身に問いかけたが、心当たりがない。そもそも、ここにあるはずのない自分の洋服や本、トイレットペーパーや香水の類から何故という疑問を掻きたてる要素が乱雑に置かれている。
 強盗にでも遭ったのだろうか。
 そう思うと背中がヒヤリとして心がざわついた。
 急いで物を跨ぎ部屋の奥へと走る。向かった先には自室があった。その扉をいきおいよく開け、葉月は自分の机を強く引いた。
 保管してあった銀行手帳とATMカードは、朝のままの状態で葉月の前に顔を出した。

 「……なんだよ、ほんと」

 後頭部を掻きむしって座り込む。
 スーツにしわが付くからといつも帰ってすぐ脱ぐのだが、今日はそんな余裕がなかった。
 家が荒らされていたのだ。理由は分からない。自分の部屋も例外ではなく、ベッドの上まで物で溢れかえっている。

 誰がやった。

 まずそこから疑問として浮上した。
 誰がやったのか、心当たりはない。家は、いつも出かけるときに鍵を閉めている。ついさっき鍵を取り出して玄関に挿し、開けたのを覚えている。辺りを見渡したが、ガラス戸も全て鍵が閉まっている状態だった。
 出てから帰ってくるまで、誰も家に入っていない。そんな答えを出したが、それに対しての疑問が次から次へと出てきた。答えを見つけるたびに、納得できない感情が強くなる。

 「誰だよ……母さんか? いや、あの人に住所教えてないんだけど……」

 座り込んだまま鞄から携帯を取り出す。グループから心当たりのありそうなやつに片っ端から電話を掛けた。もちろん、誰もが否定的な答えを言った。当たり前だ、誰にも合鍵というものを渡していないのだから。家族にも。

 家を飛び出して一人暮らしをし出したのは、両親への反骨精神からだった。
 必要以上に行動制限を掛けてくる両親に嫌気が差し、この田舎町に逃げてきたのだ。
 地元から離れていることもあり、知り合いは誰も居ない。話すようになった奴はいるが、食事を共にするだけでそこまで深い関係にはないっていない。

 じゃあ、誰が。

 ますます疑問の色が濃くなる。
 頭を抱えて、泣き出しそうになるほど苛立っていることに葉月は気付いた。
 これは精神的な嫌がらせか。
 盗んだのか盗んでいないのか分からないが、金目のものを素通りしてこんなに散らかしたのは、毎日掃除してる自分への精神的な嫌がらせにしか思えない。ゴミ箱に入っていたゴミでさえ、ひっくり返されてる始末だ。何がしたいのか分からないからこそ、苛立ちが拭えない。

 寝る間も惜しんで、葉月は部屋全体を掃除しにかかった。
 盗まれたものはないか調べながら、いつも置いてある場所に全て戻す。次の日も仕事だろうと、ご飯すらも食べなかった。

 もし誰か分かったその時は、一発と言わず二・三発拳を入れたいと思った。





 ◆ ◇ ◆



 「離人症性障害、ですね」
 
 紹介された病院で、そんな申告を医師からされた。


 あれから、帰ってくるころに部屋の中が荒らされてる現象は、この一週間で三度と繰り返された。さすがに怖くなった葉月は、これを地元にいる昔ながらの友人に相談したのだ。しかし彼らの反応はそれを予想してたらしく、ただ冷静に『一度医師に相談してみてくれ』と一点張りだった。どうして部屋の中の散乱に病院が関係あるのか分からなかったが、大人しく言うとおりにすることにしたのだ。


 「は? 誰が」
 「あなたですよ、宮原さん」

 断言する目の前に医師は、葉月は分かりやすく顔をしかめた。

 「あの、なんでそんなこと、分かるんですか」
 「医者だから、なんて卑怯な事は言いません。ちゃんと診断でそう出ています」

 そう言いながら、先ほどいくつかされた質問を、医師は例に挙げて語りだした。

 「記憶にない昨日の部屋の散乱事件の件ですが、家に誰かが侵入した痕跡が無かったとあなたはい言いましたね。そして、あなたの友人たちの『時々会話が成り立たない』という発言もそうです。あなたはそれに疑問を持たなかった。それはいつものことで、取り立てて問題にするようなものでもないと思ったからですよね。質問の回答でそう言っています」

 バインダーに綴られてある紙をめくりながら、医師は冷静に言葉を紡ぐ。
 確かに地元を離れる前は、やたら同じことを言われていたことがあった。
 『そんなこと、お前言ってたか?』
 一日一日解答が変化することはあるだろう。人間の変化は秒単位で変わると言われている。だが葉月の場合は、昨日「ケーキは苦手なんだ」と言っていたことを、次の日になると「ケーキ大好きなんだよ」とはしゃいでるという。友人らはそれをいつも訝しんでいたが、今回の件でそれと結び付け、葉月に病院を薦めたのだ。


 「あの、離人症なんとかって、なんですか」

 動悸が加速し、息が浅くなる。葉月は太腿に乗せていた両手をぎゅっと強く握った。
 医師が言うからには、病名なのだ。それも問題にするほどの。カウンセリングやメンタルセラピーをせざるを得ないのだろうか。嫌だ。自分は普通に生きてきて、これからも普通に生きていく。それは変わらないし、変わってほしくない。誰かと違うのは、嫌だ。
 そんな葉月の心中を察していた医師は、葉月が受け入れやすいよう、言葉を選んで教えた。

 「離人症は、軽いものだと誰にでもあることです。別名では、現実感喪失とも言います。映画や小説、何かに集中してる時に周囲の出来事から遠ざかりますよね。そういった状態を指します。ですが、これが深刻で、かつ慢性的になると、後ろに「障害」とつきます。統合失調症、パニック障害、急性ストレス障害、心的外傷後ストレス障害、大うつ病性障害ではない場合に、我々医師は離人症と判断します」

 室内が、ヒンヤリとした。
 初めて聞く単語の羅列に頭が混乱する。
 つまり、普通の生活で、違和感が幾度と続けば、それは離人症だと。

 「葉月さん、これは心の病ですが、治らないわけではありません。この場合、いつから記憶違いが起こったのか、原因を言語化する必要があります。それについて心当たりは、ありませんか?」

 医師に問われ、葉月は俯いた。
 日常の中で、疑問になったことは多々あった。でもそれは、取り留めて問題にするようなことではなかった。友人との記憶違いが起こっていると思っただけだったからだ。そんな自分に、いつから離人症になったのかなど、分かるはずもない。その理由でさえ、見当たらないのだ。


 「……治る方法は、それ以外にないんですか」

 希望にすがるように、言葉を紡ぐ。葉月の揺らぐ瞳をまっすぐと受け止め、医師は声のトーンを落とした。

 「薬物療法と、精神療法の二つを、根気強くやり続けるほかありません。言語化が困難である以上、葉月さんには、毎日でも病院に通っていただきたい」

 葉月は、無言でそれを承諾した。


Re:  絶 ゆ る 言 の 葉 。 ( No.6 )
日時: 2014/08/25 09:15
名前: 歩く潔癖症 ◆4J0JiL0nYk (ID: rtyxk5/5)



 ◆ ◇ ◆


 
 ¶


 数ヶ月ほど前から自分は離人症で悩んでいます。
 なにをしてもやっている現実感がなくて、大好きな音楽も大好きな人たちも遠くに感じられます。
 お店に入ると、動いてるひとたちは皆現実にいて 今あることに一生懸命なんだなと途方にくれてしまいます。
 やはり、そこでも落ち着いて人の話を聞くことができず、今日は自分だよな。なんて、手をつねって確かめるばかりです。

 数ヶ月前よりかは楽になったのですが やはり自分がちゃんと現実に、間近になんでも感じられないのは辛いです。
 だけど離人症は原因が突き止められることでおさまっていくと聞きました
 ですが、いくら考えても 自分がいつこうなったのか、なんでこうなったのかと理由が出てきません。
 私は、常に緊張しいなのですが、いつからか 緊張も恥ずかしさも 純粋に喜ぶことさえもかんじていませんでした
 それも何時ごろからはわかりません
 昔の自分を思いだせば、なんでこうなったんだろうだとか、私は昔の感性には戻れないのだとか、好きなことを重ねていくこともできないのかなと悩んでいます。
 離人症はストレスを突き止めるほか、何か直し方はないのでしょうか?
 もう手をつねりすぎて、日によって手の硬さもかわってきている気がして、なにが真実かわかりません。治っている?と感じる日もあるのですが、やっぱりなにか違うなと繰り返してばかりで、確かな自分がわかりません。


 ¶


 記憶とは何か、自分とは何か。
 無償で信じてきたモノが手のひらを返した時、人はどういう対処をするのか。

 自分の掌を見、これは自分だと認める他術はないのだろう。


       fin.

Re:  絶 ゆ る 言 の 葉 。 ( No.7 )
日時: 2014/09/17 12:43
名前: 歩く潔癖症 ◆4J0JiL0nYk (ID: rtyxk5/5)

-title【君と私をつなぐ流星群】-



私には、好きな人がいた。


 放課後の夕日が照らす廊下。下校時刻をとっくに過ぎた学校には、昼までの活気は嘘のように薄れ、廊下を歩くのは私一人だけだった。他にも生徒がいるのだろうけど、四階の西側の廊下にはだれ一人見当たらない。影は一つだけで、足音も自分のだけで。それなのに、遠くで運動部の掛け声が聞こえるのが、とても不思議な感覚だった。

 ——静かだ。

 先ほどまで教室で、図書室で借りた本を読んでいた。クラスメイトが挨拶と同時に笑いながら教室から出ていくのをなんとなく耳にしながら、目はずっと活字を追っていた。
 朝少し読んでおいた本を読み終えて、そういえば先生の声が聞こえたなと顔を上げた時には、教室にはだれも居なかった。
 この時間帯の校舎内は居心地がいい。読書してでも時間を潰す。それだけの価値が、この空間にはある。昼は生徒と先生で人があふれる学校も、放課後になれば胸を震わせるほどに静かになるのだ。私が学校に来る理由は、大半がそういう情緒的なものだ。

 昔から、人との付き合いが苦手だった。
 どうしても授業を受けることが出来ず、ずっと図書室登校をしていたものだ。あの頃の私には本だけが友達で、司書さんだけが先生だった。授業では学べない世界を独り占めできる時間が、私には何にも代えがたい宝物だった。司書さんも「いつでもおいで」と優しくて、先生も生徒もまともに話をしたのは卒業間近の数週間だけだ。
 だけど、そうやって自由に登校場所や時間を選べたのは、小学生までだった。
 中学は成績が席次と共にシビアに割り出される。そのためか、私以外の生徒は出席日数を気にし、勉強に嫌と言いながら挑んでいた。「課題」というものにも「テスト」というものにも、クラスメイトは目を変えて食らいついていた。
 私には、それがとても怖く映ったものだ。
 同じ人間でありながら、私とは何もかもが違っていた。まともに勉強なんてものを取りかかったことが無く、基礎の授業でさえ理解が追い付かずテストは散々。学校に行く理由や意義を見失うにはその現実と劣等感はあまりにも大きすぎた。

 ——あれから、もう四年か。

 下から数えた方が早いレベルの高校に、私が入学を決意したのは半年前だ。周りの評価に敏感な私には今となっては後悔さえもあるが、それでも『高校受験を滑らなかった』そこに大きな意味があると思った。少し前の私なら、プレッシャーに押しつぶされ塞ぎこんでいたはずだ。
 私一人では立ち直ることは出来なかっただろう。ここにくるまでには、とてもたくさんの人にお世話になった。

 ——……あの人には、とくに。

 廊下に響く自分の足音が、無意識に途切れる。
 鞄を持つ手が力無く下ろされ、迷子の子どものように視線を彷徨わせた。ついで、心臓の音が速くなる。
 いないと知りながら、見つけられたらどれだけ幸せだろうという期待が拭えない。
 忘れていたのか。「はっきりと思い出した」感覚が、私を責める。とても大事な人だ。私にとっては、大事な人。どこに置いてきたのか。閉じ込めておいた記憶を、私は必死に探した。




 あれは、流星群が見れると騒がれた、夏の夜だ。
 天文部に形だけ入部していた私に、部長である先輩が「流星群が見れるらしい、一緒に行かないか」と誘ってくれたのだ。最初はどう切り抜けようか死ぬ気で考えていたが、時間が経つにつれて断る理由を探すのも億劫になっていた。先輩に言われた通りの時間に、私はいやいやで学校の屋上に向かった。

 「おっ、来たか。」

 屋上の扉を開けると、先輩に笑顔で迎え入れられた。その声に緊張と不安が少し薄れ、少しだけ安心したものだ。
 広い屋上に集まっていたのは、天文部の部員たち数名。先輩にこれで全員だと言われた人数は、片手で足りるほどだった。それなのに私のコミュニケーション不足は衰えるどころか加速していた。
 みんなそれなりに交流を持って、流星群が現れるまでの時間を潰していた。私はというと、一人居心地の悪さを覚えながら扉に背凭もたれて時間が過ぎるのを待った。その間、私に話しかける人は誰もいなかった。それもそうか。初めて、顔を合わせたのだ。みんな、どう接すればいいか決めあぐねるだろう。私としては、とても有難い状況だったけど、居心地が最悪なのには変わりなかった。

 ——はやく、終われ。

 そんな風に、私の心の中は黒く塗りつぶされていた。
 その瞬間、中学初めて挫折をしたときの感覚が、よみがえった。
 どうして自分はここに居るのかと。必要とされていないのに、呼ばれるがまま来たのだろうかと。星なんて期待していないから、はやく皆の好奇心と期待を吹き飛ばして、解散しないだろうか。もう、留まることすら苦痛になっていた。
 そんなときだった。


 「ねぇ、初めまして、だよね?」


 そうやって、明るく私に話しかける人がいた。
 顔を上げると、愛嬌のある笑顔を浮かべた男子が私に缶ジュースを差し出していた。声が出せず、無言で缶ジュースを受け取る。話しかける人なんていないとあきらめていた分、すごく驚いたものだ。


 「あ、名前分かる?」


 質問しながら、男子は私の隣に普通に背凭れた。顔をのぞかれ、思わず目を背ける。なんだろうか、この人は。恥ずかしさと共にそう疑問に思ったことは、まるで昨日のことのようだ。


 「俺さ、木江 柊也(きのえ しゅうや)。2年のB組なんだけど、君は?」


 訊かれて、心臓が跳ねた。
 何か言わないといけないのは分かっていても、それを口にするまでに数分の時間を要した。


 「あ、……あの、私、なの、
  ——上條 菜乃(かみじょう なの)って言います……C組です」


 語尾は消え入りそうになりながらも、なんとか言葉を紡ぐ。羞恥で顔が茹で上がりそうだった。
 私が質問に答えたのがそんなに嬉しかったのか、木江くんは満面の笑顔を見せて「よろしくな」と握手を求めてきた。本当になんだろうか、この人は。それでも私はおずおずと握手にも応えた。


 それが、あの人——木江くんとの出会い。
 彼の第一印象は、皆一致であの笑顔だろう。覚えている、暖かい太陽みたいな笑顔だった。


 流星群が現れて、部員全員が望遠鏡に気を取られてる中。
 私と一緒に扉側に背凭れていた木江くんが、空にかかる流星群に目をやりながら口を開いた。



 「流星群ってさ、まるで熱帯魚の尾ひれみたいだよな」


 え、と私は彼を見た。
 流星群は綺麗だけど、それを熱帯魚に例えるなど初めて聞いた。
 観賞魚としてその小ささと煌びやかさに定評がある熱帯魚だが、尾ひれはオスだけにある。メスはとても小柄だ。彼らの寿命も約15年と長命。そんな魚を、彼は流星群としてたとえていた。
 疑問が顔に出ていたのか、木江くんは薄暗闇の中、少し笑った。


 「見えないかな。俺は好きだよ、群れを成さないけど、集まったらきっとあんな感じで輝いてるんだろうなぁ」


 そう言う彼の瞳は、ただ一点、空にかかる流星群に向けられたままだった。




 あれからどう帰ったのかは覚えてないが、木江くんとの交流はその日を境に頻度を増した。
 給食は学食だったため、席も一緒だった。私が先に食べていても、彼は当たり前のように私の目の前に腰かけた。後れを取っていた勉強も、彼が教えてくれたのだ。親身になって、そうあるからという理屈を押し付けるのではなく、どうしてそうなのかを一緒に考えてくれた。
 それも甲斐あってか、私の成績は前期と比べて急上昇したものだ。担任も大層喜んでくれた。受験できる高校も範囲が広まり、私が今の高校を選ぶことをとても渋られたくらいだ。

 木江くんは、同じ高校ではない。
 彼の志望する高校は、私の成績では到底手が届かない場所にあった。
 木江くんが笑顔で自分の目指す夢を語ってくれたことがある。天文学者になりたい。色んな星を見てみたい。宇宙の可能性を見てみたい。
 私はその夢を応援すると言った。だから、諦めたのだ。


 ——彼は今、どうしているだろうか。

 夕焼けに染まる空を見上げながら、想いを馳せる。
 元気でいるだろうか。高校生活は楽しんでいるだろうか。部活は天文部なのだろうか。
 私は今でもこうして、高校を満喫している。まだ一人の時間がとても居心地がいいと思えてしまうが、それでも授業は楽しいし、行事も、それらを分かち合う友人もたくさんできた。

 ——それもこれも全て、木江くんのおかげなんだよ。

 お互いに高校生だ。好きな人がいてもおかしくないだろう。
 そう思うと少しさびしさもある。



 そういえば、今日は流星群が見れると、テレビでやっていたな。
 彼も、同じように見るだろうか。


 それを期待しながら、私ははやる気持ちを抑え、家に帰るために廊下を歩きだした。




                  fin.

Re:  絶 ゆ る 言 の 葉 。 ( No.8 )
日時: 2014/09/15 19:22
名前: 歩く潔癖症。 ◆4J0JiL0nYk (ID: rtyxk5/5)

title【せいちょう。】




いつまでも同じ土俵にいるから
無視も出来ず互いに睨み合っている



それなら、一歩先に進もう
そして冷静に考えるんだ
彼は何が言いたかったのか
理解したらもう気にしなくていい



手を引いて一緒に進みたいけど
きっと叩かれちゃうね



なら足跡を残して道標としよう





「僕は先に行くよ。」




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