複雑・ファジー小説

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黄昏の風雲児
日時: 2014/09/28 10:29
名前: 芳美 ◆CZ87qverVo (ID: nWEjYf1F)
参照: 題名変更しました(元:黄昏のタクト)

もう騙されない。
人間なんて、信じるものか。

その誓いが、世界の運命を大きく変える。



    ◇  ◇  ◇



—目次—

序章—全ての始まり—

一話〜時の空間〜>>1  二話〜君の味方だ〜>>2  三話〜実感なき改善〜>>3

Re: 黄昏のタクト ( No.1 )
日時: 2014/09/26 21:25
名前: 芳美 ◆CZ87qverVo (ID: nWEjYf1F)
参照: 2910文字!

 ここは何処だと問えば、真っ白な空間。あるのは何かと問えば、独りでに回るいくつもの歯車。
 少年"タクト"はいつの間にか、そんな不思議な空間で瞬きと呼吸だけを繰り返しながら、周囲を模索していた。

 何故自分はここにいるのだろうか。何時からここにいたのだろうか。
 答えは簡単。ここにいることに理由なんてきっとなく、あったとしても自分が気付いてないだけ。そして、何時からここにいたのか。その質疑にはただ一言、目が覚めたらここにいた、と、それだけだ。
 たった2つの自問自答。繰り返すうちにタクトは、自分がよく分からなくなってきた。そもそもこれは、夢なのか現実なのか。空想なのか正夢なのか。それさえはっきりとしないのだから。

「ようこそ、タクト様」
「!?」

 ふと、涼しげな少女の声がタクトの鼓膜を揺らす。
 あまりに唐突な出来事に、彼は寿命が縮んだんじゃないかと思いつつ、震える身体を叱咤して無理矢理動かし、恐る恐る背後——正確に言えば右斜め後ろを振り向く。
 そこにはやはり、少女が立っていた。

「ふふっ、こんにちは。お目覚めですか?」
「……」

 少女は深い緑の瞳で、タクトの藍色の瞳を見据えながら、にっこりと笑いつつ小首をかしげる。
 かしげると同時に若草色の短髪が揺れ、揺れたと同時に耳に掛かっていた髪が落ちて、再び掛けなおす。
 その一連の動作をしている間に、タクトは蒼い髪を持つ後頭部を掻きながら、尋ねた。

「誰?」

 その純粋な問いに、少女はいとも容易く答える。

「私ですか? 私はミスティ・レイシスと申します。ミスティ、とお呼び下さい」

 その純粋であどけない笑顔を見たところ、敵意はなさそうだ。
 だがタクトは、まだ気になる事があった。いや、山ほどある気になる事の中、最も疑問に思っていることが。
 ようこそ、タクト様——少女"ミスティ"が、一番最初に言い放ったこの言葉の言い回しである。

「——」

 タクトにしてはミスティに、知っている情報を少しでも多く話してほしいところだ。
 それを、無言を以って彼女に訴えた彼だが。

「如何なさいました?」

 返ってきたのは、最も想定外の返答。
 タクトは「あぁ、もう」と悪態を吐きつつ、仕方なくその旨を伝えることに。
 そうでなくては、この天然少女とはアイコンタクトが取れないだろうから。

「君がミスティっていうことは分かったけど、ここはどこなの? 何で僕はここにいるの?」
「ふふっ、まずは落ち着いてください。全部説明してあげますから」

 そうして徐に、ミスティはまるで昔話を語るように話し始めた。

「ここは時の空間。あらゆる世界が混在しているこの宇宙で、全ての"時"を司っているのです」
「時?」
「えぇ。そして時を象徴しているのは、この無数の歯車——」

 歯車。大小様々で、その上で色も若干違っている、この真っ白な空間で浮いて回っているやつか。

「歯車の大きさは、その世界が滅びるまでの長さ。回転の速さは、その世界の時の進み方。色は、時間経過によるその世界の滅び方を表しています。それを知った上で、あちらの歯車をご覧下さい」

 そう言ってミスティは、虚空へと右手を差し出す。
 右手が指している場所を見ればいいのか。そう看破したタクトは、つられてまた背後を振り返る。

「っ!」

 そうして真っ先に視界に飛び込んできたのは、凡そ歯車とは呼べない代物。
 大きさこそほぼ他のそれと変わらないが、歯車の歯が所々欠けており、その上亀裂も入っていて、色はこの空間に置いて非常に目立つ黒に染まっている。回転の仕方も、速さは普通に周囲とあまり変わらないが、どこか弱々しい。
 訝しげに眉根を寄せるタクト。ミスティが言った言葉のニュアンスが合っているならば、今にも滅びそうだ。

「滅びそうだね……とでも言っておくべきかな?」
「えぇ、そうです。そしてそれは、貴方が暮らしている世界でもあるのです」
「!?」

 驚いた。いや、本当の事を言えば、事の成り行きがあまりに現実的でないため、半信半疑状態だというべきだろう。
 しかし、ミスティは言う。これは夢でも空想でもない現実であり、近未来にタクトが暮らしている世界が滅びる、と。
 現実味がないといえば嘘になる。しかしその予兆は、彼が知っているところでも確実におきているのだという。
 故に現実味がなくとも、現実だと信じざるを得ない。

「滅びは避けられません。ですが、望まぬ形で滅びがやってくることは阻止出来ます」
「そこで僕に、僕の世界の滅びを変えてほしいと?」
「仰るとおりです」

 ミスティはタクトに、タクトが住んでいる世界の滅び方を変えてほしいと訴えた。
 しかしタクトからしてみれば、そんな突拍子もない、しかも世界が絡むなんて大事に関わったところで、自分に何かが出来て何かを残せるのか、そもそも何をするべきかもわからない。何が出来るのかもわからない。
 だがミスティは「大丈夫です」とだけ呟くと、まるで何かを掲げるように両手を頭上へと挙げ、どこかから零れた純白の光と共に何かの虚像を映し出す。映し出されたのは、遺跡のような建造物。中にはタクトにとって、見覚えのあるものもある。

「この映像に映っているものは、貴方が暮らしている世界にある遺跡です」
「……1つだけ、見たことある」
「えぇ、きっと貴方にとっても見覚えのあるものがあるでしょう」

 虚像が消える。ミスティが両手を下げたのと同時に。

「これより貴方には元いた世界まで戻ってもらい、世界各所に散らばる先ほどの神殿を回ってもらいます。そこで何をするのかは、追々説明いたしましょう。勿論、私も付き添いますので、ご安心を」

 いまひとつよく分かっていない——とどのつまり情報が飲み込めていないタクトだが。
 とにもかくにも、自分が暮らしていた世界にある件の神殿まで赴けばいいわけだ。それでとりあえず、どうにかなる。
 滅びが近いとされる世界にしても、自分の事にしても。
 そうしてこれから何をするべきかが分かったタクトは、立ち上がってミスティに向き直る。

「えっと……よく分からないけど、今は君の言うことに従うよ。よろしくね、ミスティ」
「えぇ、それで十分です。ありがとうございます、タクトさん」

 微笑んだミスティはこれまた何処かから、タクトの前にいくつかの武器を出現させた。
 出現させたのは、剣、拳、銃、弓、槍、杖、斧の7つ。どれも白を基調に洗練されていて、デザインは近未来風である。

「お好きな武器をお選び下さい。お望みとあらば、この場にない武器もございますよ」
「——いいや、僕はこれに決めるよ」

 暫くの沈黙の後。そう言ったタクトが迷うことなく手にしたのは、真っ直ぐで長い一振りの剣。
 柄をしっかりと握り締め、その手中へ収める彼。適度な長さと軽さが、不思議なほど手によく馴染む。
 シュッと一振りしてみせると、ミスティはまた微笑んで小さく拍手をして見せた。

「ふふっ、お似合いですよ。かっこいいです」
「ありがとう」
「では、参りましょう」

 ミスティも、自前の獲物——色や雰囲気、全体的なデザインはタクトの剣と同じであるダガーを2本手に取る。
 やがて2人は、この空間にも似た白い光に包まれていった。

Re: 黄昏のタクト ( No.2 )
日時: 2014/09/27 11:34
名前: 芳美 ◆CZ87qverVo (ID: nWEjYf1F)

 白い光に包まれ、消えた後に見えた景色は、タクトにとって最も馴染み深い場所であった。
 年中溶けることのない、僅かに降り積もった雪。ひんやりとした空気が肌に心地よい外気。大きな木造建築物の奥から立ち上る湯気。適度な雲がかかった空。ここは紛れもなく、彼の故郷である"温泉郷ルミズ"だ。

「……」

 しかし、当のタクトは何か違和感を感じていた。
 いつもと変わらぬ気候。いつもと変わらぬ住民達。いつもと変わらぬ山間部ならではの景色。
 なのに、何かが違う。率直に言えば、この温泉郷ならではの風情が、まるで欠片も感じられない。
 一体どういうことだと、彼は無意識的に考え始めた。

「ここは貴方の故郷でしたね、タクトさん」
「……」

 故に、殊更のんびりとした風に会話を望んだミスティだが、現状のタクトにそんな言葉が届いているはずもなく。

「タクトさん?」
「へっ? あぁ、いや。なんでもないよ」
「そうですか」

 二度彼女に呼びかけられるまで、彼の意識は飛んでいた。
 こんなことで心を乱していてはならない。彼は件の神殿へと赴くべく、自ら会話を切り出す。

「この地を北へ少し行ったところに確か、さっき見た神殿の1つがあったはずだ」
「よくご存知ですね」
「まあ地元だし、幼い頃に護身術だけでも学ぼうかと思って、山道へ赴いたこともあるから」
「そうですか。では、準備を整えて出発しましょう」


    ◇  ◇  ◇


「ところで」
「はい?」

 温泉郷を後にして、2人が山道を登り始めた頃の事。
 若干吹雪いている中でタクトは、予てより疑問に思っていたことをミスティにぶつけてみた。
 曰く、何故僕なのか、という問いである。

「この世界には約1億人の人が住んでいる。そんな途方もない数の人間がいる中、どうして僕を選んだ?」
「ふふっ、勿論理由はありますよ」

 世界の滅び方を変える。そんな重役を何故自分に任せたのか。その問いに対して、ミスティは只笑った。
 しかし、全く以って読めない人である。目の前で笑う、このミスティという女は。
 最初からタクトの事を知っていたのは、それなりの理由があるのだろう。今になってみれば納得できそうなものが。
 ただ、だからといって謎がないわけではない。元々ミスティがどういう存在なのかも分からない。差し詰め、あの"時の空間"にて番人的な役割を果たしているのだろうが、やはりそれも憶測の域を出ない。
 こんな人間を信用している自分がまるで馬鹿みたいだ——そう思ったタクトだが、今は彼女と行動せざるを得ない。
 だったらせめて、知りたいことは全て知ろう。彼はそう思って、今の疑問をぶつけた。

「簡単に言えば、貴方はこの世界において重心となる存在だからです」
「重心?」

 謎が増えた。
 やらかした、と言わんばかりの表情は見せなかったが、心の中では、聞かないほうがよかったかなとも思ったタクト。
 ただこれも、何れまた聞けばいいだけの話だ。そう思って彼は、ミスティに話の続きを促した。

「まあ、今はお気になさらず。少なくとも、今の私は貴方の味方であり、寝食を共にする仲間であり、同じ戦場の土を踏みしめる戦友であり、互いの悩みを聞き入れて相談に乗れる。そんな間柄だと思ってくだされば結構ですから」
「……分かった」

 ならば、これ以上言うまい。
 タクトは身内の心配もしつつ、ミスティを背後に控え、只管に山を登った。

Re: 黄昏のタクト ( No.3 )
日時: 2014/09/27 22:33
名前: 芳美 ◆CZ87qverVo (ID: nWEjYf1F)

 山登りを開始してから数十分後。見える町も小さくなり、吹雪も若干の強さを持ち始めた頃だ。
 2人が、目的地である神殿がある場所——この山の中腹、標高1000メートル付近までやってきたのは。

「あ、ほらあそこ」

 そう言ってタクトが指差したのは、山の斜面にポッカリと穿たれた大きな穴。
 神殿らしき外観は一切ないのだが、実際に中に入ってみれば、内装は如何にも神殿らしい造りをしているのである。
 そんなこの神殿には"アドリビトム"という、古代文明の言葉で"自由"を意味する名前がついている。

「ふふっ、到着ですね」
「うん」

 意気込んだ2人は早速、その穴の中へと足を踏み入れる。

 ————中は広々としていて、それでいてまさしく神殿だった。

 鍾乳洞であるこの場を、鍾乳洞ならではの風情を損なうことなくあしらわれた石碑の数々。一定の間隔で道の両隣に並べられた、何も支えていない白い支柱。その支柱1本1本に、まるで飾るように設置された走馬灯。
 全ては、古の文化を象徴する装飾だ。古くて汚れているそれらのはずだが、何故かとても美しいと感じられる。

「あ、ラッキー!」

 そうしてミスティが神殿の内部を観察していると、そう言って笑みを浮かべたタクトが唐突に走り出した。

「ふぇっ? な、何でしょうか?」 

 戸惑いつつも、彼の後を追いかけるミスティ。だが彼の足は、思いの外早い段階で止まる。
 その足を止めた目の前。見ると、僅かに淡い緑の光を放つ小さな樹が、この固い地面を突き破って生えていた。
 不思議な光を放つその樹。見ているだけで、ミスティは不思議と心が安らぐのが分かった。

「これは……?」
「あぁ、これは生命の神木。この樹の近くにいると、獣が襲ってこないんだ」
「あら、便利な樹ですね」
「うん。冒険者とか、いつもこの木に助けられてるらしいよ。ま、僕はお世話になったことないけどね」

 タクトはポケットからライターを取り出した。

「ここで暖を取りつつ、一息入れよう」


    ◇  ◇  ◇


 薪を集め、タクトは慣れた手つきで火をつけ、小休止をとっていると。

「タクトさん」
「?」

 ぱちぱちと木が燃える音と、水が流れる音だけがこの鍾乳洞に反響している中、ミスティがその静寂を破った。
 突然話しかけられたタクトは、串に刺した、先ほど釣りで調達してきた魚を落としそうになった。
 手に入れた食材を逃すまいと、何とか串を掴みなおし、再び焚き火の炎で焼きながら改めてミスティに向き直る。

「どうしたの?」
「いえ。少し、言わなきゃいけないことがありまして」
「————」

 ————沈黙が流れ始めた。
 現状は只、躊躇いを感じつつも、何かを話し出そうとしているミスティがいるだけ。
 その表情は、不思議と暗い。
 タクトは何を言い出すのかと考えつつ、彼女が再び口を開くのを待った。

「——っていうか、タクトさんってお人よしなんですね」
「い、いきなりどうしたんだ?」

 どうしたんだ。そこまでタクトが言い終える前に、ミスティはキッと眼差しを強くして、彼の瞳を睨む。
 それで怯んでか、タクトの言葉の最後辺りは少し調子が弱くなった。

「ダメですよ? こんな、不躾にも他人を意味不明な世界に連れ込んで、大した理由や状況の説明もしないままに貴方を連れ回そうとする私の言うことを聞いては。良い子は変な人にはついて行ってはいけないと、教わりませんでしたか?」
「——」

 言いたいことは沢山あるが、タクトは何も言わなかった。否、言えなかった。
 何故かは分からない。ミスティの瞳を見ると、どうしても言い出せないのだ。

「全く。現実味のない、それも唐突過ぎる今の状況。世界がもう直ぐ滅びる? 滅び方を、世界の重心となる貴方に変えてほしい? 全部私の言っていることが出鱈目かもしれないのに……それなのに貴方はついて来ている。馬鹿なんですか?」
「——」

 たとえ、罵倒を浴びせられても。

「もしこれが夢だったとしても、こんなことありえません……何度も言いますが、これは唐突過ぎる現実です。私には、貴方が現状を上手く飲み込んで、その上で私の我侭に付き合ってくれているとは思えません……」

 たとえ、涙を流されても。涙で濡れた指先が、焚き火の炎で儚く輝いたとしても。
 彼女が涙を流す理由が分からなくても、分かっていたとしても、だ。

「……なのに、貴方は……こんな不審者も同然の私に付き添って……」
「——」

 だが、何も言い出せなくとも、出来る事はある。そんな中でも、確かに言えることはある。

「えっ……」
「ミスティ」

 タクトは、ミスティの肩に手を置いた。

「君はさっき言ったでしょ? 今の君は少なくとも、僕の味方だって。だったら話は簡単。僕も君の味方だ」
「……」
「君が言っていた、世界が滅ぶ云々の話。正直に言うと僕、全く理解できてない。信じてないし、信じたいとも思わない。確かに現実味がないし、唐突だし、まずそんなことありえない。僕らの"常識"と"普通"で考えたらね」

 肩に置かれたタクトの手は、冷え込む山でも暖かい。
 その温もりに、ミスティは甘えていたかった。
 ——今まで感じていた孤独感を、全て解消してほしくて。

「でもね、君っていう存在やあの世界、あの世界で見た黒い歯車が、これが現実だって僕に教えてくれてる」
「……だから、何だって言うんですか……」
「だから僕は、信じることにした。君の言うことを全てと、君という存在を」
「……」
「君がどういう存在なのか。君の過去に何があったのか。大体もう予想がつくけど、僕は訊かない。君が自ら話してくれるときまで。だから、僕は君の言いなりになって動くことにするよ。君が味方なら尚更だし、現実味なんて、これから感じていけばいい。今はとにかく、考え、行動するべきだと、僕は思うんだ」

 迷いのない言葉だ。
 ミスティからしてみれば、このようなお人好しには今まで出会えたことはなかった。
 故に。

「だから、僕は君の味方だ」

 彼からそう言われてしまった時は、もう言葉さえも出なかった。

Re: 黄昏のタクト ( No.4 )
日時: 2014/09/28 10:23
名前: 芳美 ◆CZ87qverVo (ID: nWEjYf1F)

 数分後。落ち着きを取り戻したらしいミスティをつれて、タクトは神殿の中を歩いていた。
 その足は、神殿の最深部へと向いている。実際に神殿まで来て何をすればいいのかがタクトには分からなかったが、ミスティ曰く到着すれば分かるらしく、分からなくても追々説明するとの事。
 そうして一先ず、2人は神殿の最深部を目指していた。
 因みに先ほどまで焚いていた焚き火は、危なくなったらいつでも戻ってこれるようにという算段でそのままにしてある。消火しなくていいのかとも思ったミスティだが、タクトが言うには心配は無いのだという。

 それにしても、暗い。
 道の両隣を流れる水の中では水晶が淡く発光しているし、比較的狭い間隔で並んだ走馬灯が光源となってはいるが、それを差し置いても神殿の中はかなり暗い。一寸先は闇、とでも言いたげな空気であり、実際に目の前は暗闇に包まれている。

「あ、ついた」

 しかし、思ったよりも早く、神殿の最深部に到着した。
 若干鍾乳石に埋もれた木製の小さな神棚が、2つの松明による光源を湛えて祭壇のように目の前に佇んでいる。晴れることのない湿気のせいか、神棚は所々カビにやられており、今にも崩れそうだ。

 ——と、タクトがそんな神棚の様子を確認したときだ。
 突然神殿の内部が、目が眩むほどに明るくなったのは。

「うぇあ!」

 突然瞳に差し込んだ強い光により、ミスティだけでなくタクトも間抜けな声を上げ、同時に目を手で覆った。
 しばらくしてその明るさに目が慣れた頃、タクトが周囲を模索する。が、別段光源が増えたわけではなかった。

「?」
「……」

 何故かこの場が——この空間がひどく明るい。
 照明は松明の他にないはずだ。しかし現に、蛍光灯に照らされたかのように、ここは元から明るかったかのように明るい。岩などが光っているわけでもない。松明が放つ光が強くなったわけでもない。ミスティ、或いはタクトのどちらかが何かしたわけでもない。
 しかし、この明るさ。タクトはどこかで感じたことがあるかような感覚に見舞われた。
 それもつい最近————

「——この明るさは、時の空間に似ている。そう思いませんか?」
「……? ……あ!」

 そうだ、思い出した。
 このやけに蛍光灯で照らされた感のある明るさ。あの真っ白な世界"時の空間"と似ているではないか。
 そして、なるほどと彼は納得した。この場で首を傾げるタクトと、ただ黙っているだけのミスティの差に。

「これは、この世界が時の空間に干渉しようとしている前兆です。時の空間にあった、先ほどの歯車にこの神殿の力が働きかけることにより、少しずつですが、歯車の改善を図るのです」
「へぇ、なるほど。でもどうすればいいの?」
「目の前にある神棚に、貴方が持っている霊力(マナ)を注ぐのです。そうすれば、世界の重心たる貴方の力により、歯車の改善を図ることができます。たった1つだけの神殿では改善出来る量に限界がありますので、また他の神殿へ赴くことになるわけですが」
「ふうん」

 しかし、ミスティの言う"霊力"とは何のことだろうか。
 タクトが疑問に思っていると、ミスティが不意に、彼の後ろへ回って彼の両手を持ち上げた。

「え、な、何するの?」
「貴方は霊力の存在について、未だ体得も理解も出来ていないようですから。私も手伝います」
「えっと……その、よろしくお願いします?」
「はい、よろしくお願いされました」

 そう言って微笑んだミスティは、タクトの両腕を掴む力を少し強くした。
 すると同時に、タクトの両手から白い光があふれ出した。

「え? え? え?」

 何故、光が溢れるのだ。魔法なんて便利な言葉は、本来この世界には存在しない。
 なのに、これは一体どういうことだ。見たこともない不思議な現象に、驚くばかりで戸惑うタクト。
 そんな彼を置き去りにして、ミスティは只黙ったまま、彼の温もりを感じながら力を篭め続ける。
 一体何をするつもりなのだろう。というか、これで本当に歯車の改善が出来てるのか。

 ————色々疑問に思っていたタクトだが。

「はい、終わりです」
「はい!?」

 タクトの両手が光り、その光が神棚に流れ込むこと僅か数秒。
 ミスティのそんな言葉と、彼女の両手が両腕から離れたのを合図に、今回の神殿の役目は終えたらしい。

 ——何というか拍子抜けで、タクトは思わず聞き返してしまった。

「な、何か実感沸かないなぁ……」
「ふふっ、でしょうね。実際私もそうですから」
「君もか!」
「えぇ」

 真面目なタクトの突っ込みが炸裂し、腰に帯剣していた長剣が揺れる。
 2人は暫く笑いあった。

 ————これからどんな未来が待ち受けているのか。それを知らないままに。

Re: 黄昏の風雲児 ( No.5 )
日時: 2014/09/28 19:30
名前: 芳美 ◆CZ87qverVo (ID: nWEjYf1F)

 その後2人が来た道を戻り、先ほどの焚き火があった場所でまた休憩を取っていた頃である。
 頬を少し桜色に染めたミスティが、何かを強請るような眼差しでタクトを上目遣いで見上げてきたのは。

「あのぅ、タクトさん」
「っ!」

 そのどうしようもなく可愛らしい仕草にタクトは心を奪われかけたが、何とか理性を取り戻してからまた問いただす。

「どうしたの?」
「1つ、お願いがあるんです」


    ◇  ◇  ◇


 ミスティは、今後あのような——件の神棚で一々回りくどく面倒なサポートをするような必要性を失くすべく、今後のためにも"精神接続(マインドコネクション)"というものを2人の間で行ったほうがいいと言い出した。
 タクトが何かと問うと、彼女が言うには、精神接続をしていれば先ほどのように霊力を使う場面で、お互いがお互いを無意識的にサポートが出来るようになり、たとえどのような遠距離でも意思疎通を図ることができるようになる"念話"や、今後タクトが使用できるようになるであろう魔法や呪いの類である"天術"のユニゾンアタック——合体技を放つことが出来るようになるのだという。
 つまるところ精神接続をしていれば、意思の疎通に言葉やタイミングなど不要にも等しくなるということだ。
 さらに言ってしまえば、精神接続の程度が深いほど、その精神接続をしたペアは息を合わせるという点では非常に強力なコンビと化す。惜しむらくは3人以上の同時精神接続が出来ないところだが、やればやったでそれは便利なものである。

「へー、便利だなぁ」

 まず天術について色々分かっていないらしいタクトだが、とりあえずやってみることにした。
 これだけ便利なものが本当に実現できるとしたら、これほど強力な味方は2つといなくなることだろう。
 しかし彼は、その精神接続のやり方を聞いた瞬間に一瞬躊躇いを感じた。

「……え? ……き、キス?」
「そ、そうです……」

 精神接続は条件さえ揃えば、握手や抱擁など肉体的に相手と接していれば接続可能である。
 しかし、精神接続にはレベル的な要素があり、それを最も深い形で接続するためには相手との接吻が必要になってくる。
 一応同性同士でも出来る精神接続。だがこの特性ゆえに、世間では異性同士の方が精神接続の繋がりは必然的に深くなる。
 主に結婚した男女間で行われることが多い——そんな習慣が古くから残っている所為なのかもしれない。

 それをミスティから聞いたタクトは、1人で動揺していた。
 知り合って間もない相手に自分の"初めて"を奉げるということもそうだが、そもそも色恋沙汰に疎い彼にとって、それは世界が滅ぶとかよりもある意味唐突なものである。

「……その、だめでしょうか?」
「いや、だめってわけじゃないけど……その、けっこういきなりで」

 あぁ、だからミスティは頬を赤く染めてるのか。タクトはここに至り、ようやく納得できた。
 しかし、やってみる価値は十分にある。彼は腹を括った。

「……じゃあ、いいよ」
「そ、そうですか……で、では始めましょう」

 ミスティが瞳を閉じた。
 タクトはそれを見て、今なのかと思って一歩踏み出そうとしたが、それは阻まれる。
 ふと足元に、ミスティの足を中心にして緑色に光る魔方陣が展開されたからだ。
 おっと、と声を上げるタクト。彼のそんな様子を、ミスティは薄目を開けてみていた。

「タクトさんの早とちり。焦ってはダメですよ?」
「べ、別に焦ったわけじゃないけど……」
「ふふっ……精神接続をするには条件が必要です。こうして専用の魔方陣を展開しないと」

 からかうように笑うミスティ。タクトは気恥ずかしく、俯いてしまった。
 しかし、彼が俯いたのとほぼ同時刻。
 彼に歩み寄ったミスティが彼の頬を両手でそっと包み、自分のほうへ彼の顔を振り向かせた。

「可愛いっ。タクトさんってば、頬っぺた真っ赤ですよ?」
「そういう君こそ……っていうか、そりゃあ……その、キスするわけだし? 赤くならないほうがおかしいというか……」
「えぇ。ですから、きっと私も赤くなってると思います」
「……そうだね」

 彼女の白皙に、淡くピンクに染まったそれはかなり映える。
 非常に分かりやすい。タクトがそう思って、心の中で笑いかけたとき。

「……頃合です」
「……」

 また、ミスティが瞳を閉じた。
 今度こそはいいだろう。そう思って、タクトが恐る恐る自分の唇を彼女のそれに近付ける。
 すると。

「んっ」
「!」

 ミスティが残った合間にひょいと飛び込み、それにより唇は重なった。
 ——魔方陣の光が強くなる。1段階目の精神接続が終わった証拠である。

「まだ、終わりませんよ」

 一度唇を離したミスティは彼の背中へ腕を回し、自分に抱き寄せ、再び唇を重ねる。
 タクトはされるがままだ。ここは男としてどうだろうかと真剣に悩んだあたり、彼もやはり男らしい。
 しかし、その思考はすぐに遮られた。

『……へ? し、舌!?』

 ミスティが彼の口の中へ、自分を舌を半ば無理矢理入れたから。
 タクトの舌と彼女の舌が触れ合い、んっ、と漏らす声と共に彼女の身体が小さく震える。
 ——また、魔方陣の光が強くなった。さっきよりも強く光るそれは、2段階目の精神接続が終わったことを示す。

『き、キスって……こんなにも気持ちのいいものなのでしょうか……』

 舌を絡ませ合いはじめ、1分が経過した。
 思考など既に溶けかけている。タクトもミスティも。
 それでも、今一度呼吸のために唇が離れても、まだミスティは舌を絡ませようと唇を寄せる。
 舌が絡むことにより、伝わってくる淡い熱と柔らかさ。全てが心地良い。

「はぁ、はぁ……まだ、ですよ……精神接続はどうせなら、最も深い形で成立させたいものですから」

 息を切らす2人。お互いはお互いの瞳を、しっかりと捉えている。
 タクトは甘く熱いミスティの吐息を感じて、今度は自ら唇を寄せた。

「!」

 今まで自らがリードしていた分、ミスティは驚いた。
 舌が絡むたび、全身が震える。

「……」

 やがて魔方陣の光は、既にそれ以上強くは光らなくなった。魔方陣はこの暗い鍾乳洞と2人を、先ほどのように神棚で感じた時の空間のような光とは違うが、この上なく明るく周囲を緑色に照らしている。
 そして、濃厚な接吻を交わした2人。2分ほど続いてそれは、終わりを告げた。
 徐々に光を失っていく魔方陣と共に。


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