複雑・ファジー小説
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- 失楽園の黄昏甦生
- 日時: 2015/12/29 23:09
- 名前: 銀の亡骸 (ID: JD5DDSYn)
楽園とは地獄で、今日もまた「楽になれ」と囁く。
こっちはマイペース更新で。厨二病全開の現代風に。
タイトルの「黄昏」は「こうこん」と読む設定になっています。
本来の「たそがれ」と(比喩的な)意味は一緒ですので悪しからず。
- Re: 失楽園の黄昏甦生 ( No.1 )
- 日時: 2015/12/30 17:02
- 名前: 銀の亡骸 (ID: JD5DDSYn)
狭間の扉——通称ゲート。
これは目に見えない空間の歪みによる一個の現象であり、中には天津創獄と呼ばれる空間が広がっている。
生きる者は死の順番に並び、死んだ者は生の順番に並ぶ——この輪廻を司る、魂の住まう冥界だ。
近頃このゲートが頻出し、誤って足を踏み入れた者を取り込んでしまうという、神隠しに似た事件が多発している。
「——な、何だここ……」
彼——白鷹浩太もまた、神隠しに遭遇した人物の一人だった。
街を歩いていた途端に気絶し、倒れた状態で目を覚ませば見知らぬ地。
見渡す限りの荒野と、夕日の色とは思えない不自然な紅い空が広がっている。
生命の気配は一切無く、乾いた風が吹くばかりだ。
「いてて……」
起き上がった白鷹は、服に付いた砂を払いつつ周囲を見渡す。
周囲には幾つもの巨大な岩が丘の如く佇んでおり、背後の崖と相俟って碌に視界を確保できない。
『ぼんやりしてても始まらないか……』
神隠しが原因で此処に居ることには気付いているが、いざ脱出しようとしても元の世界へ帰る方法に当てがない。
そんな彼は大人しく待つのも無意味と察し、背後に崖があるのを理由に前へと歩み始める。
進む先に何があるのか——という想像は当然だろうが付かないもの。しかし状況は、わりかし早く好転するのだった。
◇ ◇ ◇
「どうしたものかなぁ……」
今年で大学2年を迎える青年、尾野源汰。
喫茶店で寛ぐ彼は真っ白なレポート用紙を広げ、独り悶々と頭を抱えている。
報告書を書くに当たり、未だ研究成果を見出せていないのである。
「ねぇ、どうすればいいと思う?」
「さぁ」
クールに言い返したのは、彼の前に座っている少女、時坂千秋。
たまたま通りかかったところを捕まえられ、渋々同席している様子。
彼女が頬張っているパフェは尾野の奢りだ。
「君ゲートについて詳しいだろぉ? 先輩後輩のよしみで情報くらい寄越してくれてもいいじゃないか……」
「やめなさい、みっともない。天津創獄に入って脱出できた人間なんだから、自分の目で確かめるべきよ」
焦燥感ばかり募り項垂れる尾野にとって、辛辣な時坂の言葉はあまりにも痛手だったらしい。
先程から幾度となく吐いている溜息の中で、数秒ほど固まった彼は今までで一番大きく深い溜息をつく。
それを見て聞いて、時坂も思わず小さく溜息をついた。
「——何なら、今から一緒に行く?」
「え、いいのかい?」
「自己防衛の条件付で」
「是非も無い!」
果たして自己防衛が出来るのか——今までの経験から、時坂は激しく不安になる。
しかし自分から言い出した以上、今更同行拒否は出来ない。二言は女でも無いもの——彼女のモットーだ。
「はぁ、じゃあ早速行くわよ」
「でも何処へ何をしに? ウロヴォロスからも何も警戒指令出てないだろ?」
「例の荒野で、生体反応が確認されたらしいのよ。人間か魔物かは分からないけど、一応偵察しに行くわ」
「な、なるほど」
◇ ◇ ◇
「!?」
数メートルも歩かぬうちに、白鷹は驚きのあまり一瞬硬直した。
何もない虚空に突然稲妻が走ったかと思えば、人間が2人出てきたのである。
時坂と、尾野だ。
「は?」
「あら、生存者って白鷹君だったのね。こんにちは」
「おう」
微笑む時坂に、困惑する白鷹。
傍らでは我関せずと言った風に、持参したカメラで周囲の風景をひっきりなしに撮影する尾野。
全員が全員、顔見知りだ。中でも時坂と白鷹は親密とも言えるだろう。
「って、のんびり挨拶してる場合か。何してんだ先輩、こんなところで……」
「貴方を助けに来たのよ」
「そうか。じゃあ早速助けてくれ」
「いいけど、今はこっちの我侭男に付き合ってやってくれないかしら……」
我侭男と言いつつ、目線を横へ向ける時坂。
白鷹もそれに倣えば、今度はメモ書きに必死な尾野の姿。
独り言を呟きながら走らせるペンの速度は、白鷹にとっては見たことのない素早さである。
「尾野さん、大学の報告書を書くための情報が欲しいそうよ」
「あぁ……確か、異界研究科だっけ?」
「えぇ。神隠しについての研究と、実際に事件の解決に着手しているそうね」
尾野の所属する異界研究科は、今年に設立されたばかりの日本で唯一存在する研究機関でもある。
実際に神隠しやゲートを対処する組織は幾つも存在しているが、研究専門の機関はそこしかない。
よって、事件の解決に着手するとはいえ、直接的に功績を残した例も今のところ無い。
「でもよぉ先輩、ぶっちゃけウロヴォロスとかのほうが研究力は上なんじゃないか?」
「言いたいことは分かるわ。実際、"私達"のほうがゲートに精通してるしね。でも人員不足——分かるでしょう?」
「あぁ」
天津創獄には、死んだ者の魂が集い生活を営むとされている。いわば、あの世だ。
その魂たちは天津創獄の中で成長を重ね、やがて一個の魔物となり本格的な活動を始める傾向が多い。魔物は天津創獄に迷い込んだ人々を襲う上、霊的な力を以って形を維持しているために現代兵器が全く通用しない。
魔物に対抗できる唯一の手段は——時坂のように、天津創獄の中で"力"を手に入れた者のみ。
よってゲートに精通する専門的な組織は、研究より先に、ましてや天津創獄で沸いた魔物を殲滅するより先に、迷い込んだ人々をいち早く救出するのを先決として動いている。
「なぁなぁ、時坂!」
ここで漸く尾野が紙から目を離す。
「魔物と戦ってるところ、見せてくれないか?」
「貴方、馬鹿? 戦えない人間が2人も居るのに、どうして率先して攻撃しにいく必要があるのよ」
「大丈夫! 僕ならちゃんと自分で身を守れるから!」
「そういう人こそ不安なのよ。それに何の関係も無い一般人がここで死んだ場合、私の責任になるの。少しは考えて」
「えぇ〜……」
子供の如く強請る尾野に、時坂は呆れ顔だ。
「みっともないっすよ、尾野さん」
「時坂と同じこと言われた!?」
「ほら、さっさと帰るわよ」
時坂に首根っこを掴まれ、尾野は泣く泣くその場を後にする。
その光景を見て少し笑いながら、白鷹も2人の後についていく。
道すがら彼が知ったのは、現実世界と最も"関わりの深い場所"でないと現実世界へ戻れないことと、特殊な携帯端末を使えばいつでも好きなゲートから天津創獄へ転移できる技術があることの2点だった。
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