複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

継ぎ接ぎバーコード【No.09完結】
日時: 2021/09/08 17:03
名前: ヨモツカミ (ID: SkZASf/Y)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=19542

 幸せなんて言葉は程遠く。存在を許されない僕らはどう生きればいいの。
 生きたいとか、殺したくないとか、愛されたい。そんな願いが、全て叶わないお話。

「どうか安らかに、死んでくれ」

 ──愛することが、罪だとするならば。

 それは、彼が自分自身で与えた罰。存在しない終わりを目指して生きる、彼らの償い。

………………………………

こんにちは、ヨモツカミです。何も完結させたことが無い打ち切り芸人なので、今回もどうなるかわかりませんが、きっと終わりまで書き続けますので、どうぞお付き合いください。
趣味で好きな時に書くので遅いですが毎月6のつく日を更新日にする予定でしたが、面倒になったのでやめました。1ヶ月に1〜3回更新の予定? でーす。
良い意味で読み手を裏切るような、そんなものが書きたいですね。

〈本編を読む前に〉
・死ネタ、流血表現を多く含みます。
・たまに書き直したり加筆します。
・コメント頂けると更新速度が上がります。超欲しいです。
それでも大丈夫な方は、どうぞお付き合いください!

〈軽い説明〉
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当の化物だと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード殲滅特殊部隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。

〈目次〉


一気
>>0-
登場人物紹介
>>52 >>68
忙しい人向け継ぎ接ぎバーコード
>>91 >>92 >>93 >>94 >>95
>>96-97 >>98(一気読み>>91-98

No.00 懺悔と黒の約束
>>1
No.01 曇天下のバケモノへ
>>2 >>3 >>4 >>5
>>6 >>7 >>9 (一気読み>>2-9
No.02 朱に交じる亡霊は
>>10 >>16 >>17 >>19
>>20 >>21 >>22 >>24>>10-24
No.03 哀を求めて蚊帳の外
>>27 >>28 >>29 >>30 >>32
>>33 >>34 >>35 >>36>>27-36
No.04 白昼夢は泡沫の如し
>>37 >>38 >>41 >>42 >>43 >>46
>>47 >>48 >>49 >>50 >>51>>37-51
No.05 静寂に告ぐ藍晶石
>>53 >>54 >>56 >>57 >>58 >>59
>>61 >>62 >>63 >>66 >>67>>53-67
No.06 薄暮は世迷い事を
>>69 >>70 >>71 >>72 >>73 >>76
>>80 >>81 >>82 >>83>>69-83
No.07 翠に眠る走馬灯
>>84 >>86 >>87 >>88 >>89 >>90
>>84-90) >>100 >>101 >>102
>>103 >>104 >>105 >>106 >>107
>>108 >>109>>100-109
No.08 晴れ過ぎた空の涙
>>112 >>113 >>114 >>116 >>117
>>118 >>119 >>120 >>121 >>122
>>123 >>124 >>125>>112-125
No.09 黄昏の空に融ける
>>126 >>127 >>128 >>129
>>126-129
No.10 星屑と綴る帰路




Twitterアカウント→@tsugiba

〈なんか作者が描いてみた〉
・ジン>>8>>92 ・クラウス>>15>>90
・トゥール>>18
・祝★2017年冬大会>>39
・祝★参照6666記念>>56
・なんか動画作ってみた>>60
・祝★参照7777記念>>63
・祝★2019年夏大会>>85
・祝★2019年冬大会>>99
〈頂き物〉
>>23 >>31 >>40 >>55

〈お客さま〉
銀竹様、凡丙@tablet様、小夜 鳴子様、透様
日向様、サメノ様、友桃様、とある読み専さん

〈その他〉
・AnotherBarcode -アナザーバーコード-(URLより)
継ぎ接ぎバーコードとは別の、もう1つの話。番外編集のようなものです。投稿頂いたオリキャラ(一応まだリク依頼板で募集中)や本編で語られることの無い登場人物の話や、ふざけて書いたifストーリー等。
・まあ座れ話はそれからだ(複雑ファジー)
主人公以外の4つの視点から主人公を見ていくよーみたいな。私はコメディのつもりで書いてる高校生達の青春なんとか。
・ 朗らかに蟹味噌!【短編集】(複雑ファジー)
趣味を詰め込んで書いてる、よく題名の変わる短編集。息抜き程度に書くのが楽しい。

2016年 5月6日 執筆開始
2018年 1月7日 冬大会金賞受賞
2018年 3月3日 No.00修正
2018年 8月31日 キャラ絵新調しましま!
2018年 9月2日 No.01修正
2019年 4月14日 No.02修正
2019年 6月1日 No.03修正
2019年 9月22日 夏大会金賞受賞
2020年 3月8日 冬大会管理人賞受賞
2020年 12月1日 お知らせ>>115
2021年 9月1日 夏大会銀賞受賞

Re: 継ぎ接ぎバーコード8-13 ( No.125 )
日時: 2021/06/21 19:04
名前: ヨモツカミ (ID: kI5ixjYR)



***


 痛い、とか。認識するよりも先に、体は地に伏していた。呼吸ができなくて、でも、苦しいという感覚も、灼熱に焼かれてわからなくなる。
 心臓の音。それだけが、やけに煩く響いていた。
 視界が急速に色を失っていく。手足の感覚が無い。灼熱と同時に極寒に襲われる。音が聞こえない。心臓が煩すぎるのだ。
 クラウスは色を失った快晴を見たまま、ああ、自分は死ぬのか、と。理解した。
 あれほど恐れていた死が迫ってくる。けれど、恐怖はない。それよりも、漠然と思ったことがあった。
 死んでしまうなら。伝えなければならない。トゥール。トゥールに。
 クラウスは地面に手を伸ばす。土が手についただけで上手く這うこともできない。
 嫌だ。伝えなければ。トゥールに沢山、言いたいことがあるのに。


***


 銃声と共に、ジンの体を貫いたのはユードリナの攻撃で、それと同時に彼女の背中に、黒いナイフを突き立てていた。抱き合うみたいに相打ちになる。いや、これでは自分だけ死ぬ。ジンは彼女の背中に刺したナイフの柄に力を入れる。外側へ外側へ。傷口を抉って、背中を大きく裂いた。
 ごぷ、とユードリナの口から血液が溢れる。
 負傷したユミトは、奥の方で何か叫んでいるが、ジンの意識が途絶えて、よく聞こえなかった。

「ユード……! ユード、そんな、嫌だ! ユード!」

 右脚を大きく裂かれたユミトは、後半から上手く戦うことができずに、彼らの攻防を見守っていたが、決着がついてしまった。ジンの体に重なるようにして動かないユードリナ。死んでしまったのだ。理解すると涙が溢れて仕方がない。

「撤退」

 このときばかりは、トトのその命令があまりにも無慈悲に聞こえた。

「聞こえなかった? 撤退だよ。仲間の半数死亡にこの損傷、もうわたし達は戦えない。あ、ルーくんは生きてるかも。回収して撤退。できるよね、ユミト」

 はい、と答えることしか許されていないことを、ユミトだってわかっている。痛む足を引きずって、悲しくても辛くても、帰還しなければならない。
 ユミトとトトは血を垂れ流しながらも、戦地から離れていく。ルーカスの生存も確認できたため、彼も連れて。


***


「クラウス……クラウス!」

 冷たい、鱗に覆われた掌が、頬に触れるのを感じた。
 クラウスは息を吸う。肺が傷ついているのか、痛みに咽て、吐き出した血の量にゾッとする。
 声が上手く出なかった。
 視界いっぱいに、見慣れた顔が映っている。そのはずなのだが、やけに霞んで見える。手足が冷たい。

「クラウス、いかないでくれ、頼むから……」

 トゥールの声は、落ち着く。そのまま、微睡んで、目を閉じたら心地よい眠りにつけそうだ、なんて思う。
 ああ、まって。まだ眠りたくない。伝えなくちゃ。
 お前にもらった沢山のもの、何も返せてないよ。ねえ。沢山沢山、言いたいことがあったんだよ。

「……トゥ、る」

 クラウスは必死でトゥールの瞳を見つめた。琥珀の中に映っているものが、自分だけだと思うと、なんだか笑ってしまう。
 沢山、沢山。言いたいことがあるのに。眠くて仕方がない。
 ねえ、トゥール。
 クラウスはス、と息を吸い込んで。ゆっくりと口角を上げた。
 いつもみたいに、上手く笑えたかな。下手くそな笑顔でなんだか申し訳ない。本当は笑うの上手くなんかないんだけど。トゥールは知ってたかな。
 ねえ、トゥール。

「……り、が……と」

 ぶつん、と。糸が切れたみたいに。そのまま、クラウスの体は動かなくなってしまった。
 ──命が終わった。

「…………」

 案外呆気なく。
 彼が透明になるときと似ている。そこにいるのに、いない。唐突に消えて、見えないのにそこにいる。今も同じだ。ここにいるのに、もういないのだ。
 死体なんて何度も見てきた。自分で作成した死体だっていくつもあった。どれもが肉の塊にしか見えなかったはずだった。

「クラウス」

 命の終わる瞬間は何度となく見てきた。そのくせ、目の前の現象を理解する事を拒んだ。いつか来るこの瞬間を知っていたはずなのに。
 拒んだら。彼がまた、クラウスが笑いかけてくれるわけでもないのに。また、名前を呼んでくれるわけでもないのに。もう、なにも、ないのに。
 クラウスが、死んだ。


***


 体の上に重たいものが乗っている。ジンはそれを退かして、よく見てみれば、あの若葉色の髪の女だった。他にトトやユミトはいない。エミーの遺体が離れたところに転がっている。
 トトたちは、帰ったのだろう。相打ちになって死んでしまったせいで、傷の全てが完治している。それでも、立ち上がると若干ふらついた。
 少し離れたところにトゥールがいて、クラウスが横たわっている。
 心臓が跳ねた。死ぬ直前に銃声が響いたのを思い出して、ジンは恐る恐る彼らに歩み寄って行った。
 血の気のない顔。口元に付いた血痕。地面を濡らす赤。トゥールはじっとクラウスの顔を見下ろしているし、クラウスは眠っているように動かない。
 ジンは一つ息を吸って、吐いて、胸が締め付けられるのを知った。

「トゥール……そいつ、しんだの?」

 ジンの声が聞こえるまで、その接近に気が付かなったのか。
 トゥールは、顔を上げることもなく一つ瞬きをし、冷たく言った。

「それを。俺に、聞くのか」
「ごめん。悪かった」

 ジンの謝罪なんて聞こえていないのか。トゥールはずっと、クラウスの手を握って、その顔を見つめている。
 泣くわけでもなく、声を上げるわけでもなく。ただずっと。トゥールはクラウスの顔から視線を逸らさないのだ。

「ジン……今は、二人きりにさせてくれ」

 そんな二人のことをぼんやり眺めていたら、やっと声がかかった。しかし、それはジンを追い払うもので、だからといってそれに何か言い返す言葉も浮かばない。
 ジンは何も言わずに彼らから離れて、ある程度の距離を保つと、手頃な瓦礫の陰に腰を下ろした。
 ぱた、と地面に水滴が落ちてきた。雨だろうかと思って、ジンは天を仰ぐ。そこには雲ひとつない蒼穹があるばかり。雨の気配など、ありはしない。
 そっか。
 クラウスは。空も泣くほどに、良いやつだったのだろう。
 ジンは拳を握りしめて、縮こまったまま、彼への別れを告げた。

to be continued

Re: 継ぎ接ぎバーコード9-1 ( No.126 )
日時: 2021/07/07 19:45
名前: ヨモツカミ (ID: kI5ixjYR)

No.09 黄昏の空に融ける


 トゥールは自分のローブをクラウスの体に巻いて、持ち運んだ。その間、本当になにも喋らなかった。
 どこへ行くとも告げずに、トゥールが歩き出したため、ジンも黙ってあとに続くしかなった。瓦礫の街を進み、街外れの荒野を歩き、山道へ。夕方頃になって、ようやくトゥールが足を止めたのは、美しい川の手前だった。
 そっと川沿いにクラウスの体を置くと、辺りを見回す。そうして何かを見つけたのか、服が濡れるのも構わずに川の向こう岸へ向かい、咲いていた花を一束摘んだ。

「……もしかして水葬しようとしてる?」
「ああ。燃えて消えてしまうのは悲しい気がしたから。水の中ならきれいなまま還ってくれるかと思ったんだ」

 火葬が手っ取り早いし、どうたら、という話をするのは野暮な気がしたので、ジンは黙ってトゥールと同じ花を摘みにいって、クラウスの側に腰を下ろした。
 金色の花は、クラウスの瞳によく似ている。トゥールがローブを解いて覗いたクラウスの顔は、穏やかで、ほとんど眠っているみたいだった。目を閉じているから、その瞳を見ることはできないが。
 トゥールはジンから花を受け取ると、自分の摘んだぶんも合わせて、クラウスの手に握らせた。そうしてその両手を胸の前で組ませて、しばらく彼の顔を見つめた。伏せられた長いまつ毛。それが今にも持ち上がり、口角を吊上げながら、ビックリした? なんて笑って、喋りだすのではないか。そんなわけがないのに、そう思わずにはいられない。鋭い爪と硬い鱗で覆われた指先で、クラウスの頬をなぞる。ゾッとするほど、冷たかった。
 しばらくして、トゥールは気が済んだのか、クラウスを包むローブの隙間に大きめの石を何個か詰める。布の縁をきゅっと結んで、石が溢れないようにしてから、またクラウスの体を抱き上げた。
 ジンは黙ってその様子を見守る。
 抱き上げたクラウスをかかえて、トゥールはゆっくりと川の深い部分へ進んでいく。ジャブジャブと音を立てて、トゥールの腰の辺りまで沈んだ所で、彼はクラウスの体を川の水に浸した。そして、ローブに水が染み込んで、石の重みで沈んでいくのを見届けた。

「ジン、ナイフを貸してくれないか。刃渡りの長めのものがいい」
「え……うん、どうぞ」

 長め、と言われてナイフというよりは片手剣のようなものを錬成し、トゥールに渡す。どうするのかと観察していると、それをローブ越しにクラウスの胴に突き立てた。水の中でブワ、と血液が広がる。その周りに魚が寄ってくる。
 突き刺したまま、トゥールは辛そうに顔を歪めていた。目を閉して、引き抜き、滴る雫の音を聞く。クラウスの生命の雫は、川の流れの中に吸い込まれていく。
 黒い剣を持って川から上がってきたトゥールが、ぶるりと身震いをした。
 そうして、静かにジンの隣に腰を下ろす。

「寒い?」
「川の水が冷たい。俺は半分変温動物だから、体温が急激に下がって、寒い」
「かわいそ」

 川の流れを眺めながら、そのまま二人で黙り込んでしまった。
 川際は冷えるだろうに、これから夜の帳が下りようとしているのに、トゥールはずっと離れようともしない。風邪を引くよ、なんて言ったって、今更だ。
 川の音を聞き、山の中を駆ける動物の足音に耳を傾け、水中の魚影を眺めて。時々トゥールがくしゃみをして。
 不意にトゥールがぽつりと言った。

「痛い」

 ジンは顔だけそちらに向ける。

「ジンも、同じ痛みを……何度も背負ってきたのだな」

 ああ、と思って、ジンは薄っすら微笑んだ。

「ナイフで貫かれる痛みも、殺される恐怖も、慣れはした。でも、こればっかりは。初めて失った日と変わらない。傷は見えないくせにね。息の仕方も忘れるくらいに……」

 痛くて、苦しいこと。
 クラウスの笑顔なんて、思い出そうとすれば簡単に浮かぶのに。なんならふと隣にいて笑っているのが想像つく。なのに、もういないのだ。どこにもいないのだ。
 ジンはトゥールの居る方とは逆側を見て、そこにただ風景が続くのを知って、目を伏せた。そうして、囁くような声色で続ける。

「繰り返してきたんだ。馬鹿でしょう? 何度も失って、何度も苦しんで、そのくせ何度も愛した」

 この手でヒトの命を奪う。ナイフで貫いた体はどれも温かかった。
 その表情は恐怖だった。悲しみだった。苦痛だった。……微笑であった。涙に濡れて、安らかに眠る顔もあった。苦悶も悲痛もあったかもしれない。ジンの想像でしかない全ての死の中に、どうにも安らかなものが含まれていた。それが幸福だったなら良い。
 死してゆく者の中、手にかけた者の中。愛おしさに苦しみ、張り裂けそうな痛みを堪えて、その身を貫いた。幾度も幾度も。

「僕は、誰かを愛さずにはいられないんだって。彼女が言ってた。その通りだったよ」

 ジンは誰かを愛さずにはいられないのね。その言葉の通り。苦痛を伴うのは、愛してしまった罰である。川底に眠る彼すらも、ジンに深い痛みを与えた。そう長くない時を共にした。それだけなのに。
 トゥールは目を伏せて、ふ、と息を吐きながら口にする。

「ずっと消えなかった痛みがあった。いつか、汽車の中で話した……あの石の礫」

 バケモノ、と指を指して蔑みの罵声と共に浴びせられた石。人間に拒絶させられたあの日の痛みも、未だに鮮明に思い出せた。だが。クラウスを失った今の苦痛を考えると。

「比べ物に、ならないな」

 トゥールは苦笑しながらそう言って、それきり、また黙り込んでしまった。


***


 再び彼が口を開いたのは、朝日が登ったあとだった。
 いつの間にか寝こけて、寄りかかってきていたジンに構わず、トゥールは立ち上がる。支えを失ったジンが、ごろんと転げて砂利に額を擦り付けていた。
 文句の一つでも言ってやろうかと目を擦りながら、彼の顔を見上げる。その表情が、憂いを帯びて切なそうな微笑だったために、ジンは言葉を噤んだ。

「お前の魂が巡ったとしても、来世は俺に会わないといいな」
「……なんでそんなこと言うの」
「俺に会わないほうが、こいつは幸せだったから」

 ジンはトゥールの顔を睨みつける。この期に及んでそんなことを言うのか、と。彼は本気でそう思っているのだろう。そういうところに腹が立つ。いつもそうだ。臆病なくせに、こういうときは男らしく自分勝手になる。それがかっこいいとでも思っているのだろうか。クラウスが聞いたら、なんて言うだろう。そう思って、ジンは立ち上がる。
 トゥールの服の襟元を掴む。無理矢理引っ張って、自分の顔の高さまで下ろし、そうしてその頬に拳をねじ込んだ。
 突然殴られたことに動揺し、トゥールは頬に手を当ててジンを凝視する。

「クラウスの幸せなんて、君が決めつけるもんじゃない」

 喉の奥がチリチリと熱くなる感覚があった。苛立ち。なんとなく、初めて出会った日と重なる。
 ジンはトゥールの腕を掴んで、その琥珀色の双眸を覗き混んだ。

「君はあの日、クラウスに幸せになってほしいって言った。それで、僕はトゥールを殺さなかった。きっと、クラウスは……」

 上手く言葉がまとまらないことにも腹が立ってきた。ジンはふらりとトゥールから距離を取り、背を向けた。

「わかってあげろよ。でなければ、浮かばれないでしょ」

 ジンの小さな背中を見つめて、トゥールは拳を握りしめた。
 本当はわかっていたのかもしれない。なのに、自己評価ばかりが低くて、臆病で、自分が傷付くのが怖いから。誰かを傷つける選択ばかりを続ける。

「訂正する。俺はお前と一緒にいたい。来世があるなら、そっちでも。だから今は、ゆっくり眠っていてくれ。おやすみ……クラウス」

 夜、上手く眠ることのできなかった彼が、ようやく寝付けるのだ。
 トゥールは川のせせらぎに耳を澄ませ、太陽の輝きを呑み込んで煌めく水面を、見つめ続けた。

Re: 継ぎ接ぎバーコード9-2 ( No.127 )
日時: 2021/07/19 21:00
名前: ヨモツカミ (ID: WrJpXEdQ)



***


 ──俺はずっと、死にたかった。でも、死ぬのは怖かった。怖くて、だから生きている実感が欲しくて、他人の命を奪った。そうすることで生きてると感じて、安心したんだ。それと同時に、そんなことをしてまで生きる醜さに、嫌気が差していた。人間ではない者なのだと。バケモノでしかないのだと。自覚する度に自己嫌悪に苛まれて、死にたくなった。そんなことを繰り返して、俺は結局生きている。
 山道を歩く途中、トゥールが唐突に語り出した。ジンは相槌を打つこともなく、歩を進める。静まった山の中、風の音とトゥールの声だけがするのに、黙って耳を傾けることにした。
 ……クラウスを、殺そうとしたことは、何度かあった。初めて出会った日もそうだった。

「いつか本気で生きたいと叫んで、笑って死ねますように」

 殺すしか生き甲斐の無かった俺に、彼女はそう言った。俺を繋いでいた心許ない鎖を断ち切って。何処へでも好きな所へ行けと言った。桜色の髪が雨に濡れて額に張り付いている。その紅玉の双眸すらも、潤んでいた気がしたが、きっと雨のせいだ。
 静かな雨音に包まれる街路。突然の自由を得た俺は、どうしていいかもわからずに、近くの街を歩いた。ただ、ゆったりと。自由に歩くということ自体久しぶりで、体がフワフワと浮くような錯覚を覚える。
 自分からは血の匂いばかりがした。全て自分の怪我ではなく、他人の命と引き換えに浴びたものだ。もうずっと、血の匂いばかりを纏っていたように思う。だからか、雨と土の香りがする夜の街が心地良かった。
 自分がいた場所がどういう施設なのかはわからない。ただ、命じられるままにヒトを殺した。人間なのか、バーコードなのかも判断できぬままに、殺した。その結末が、この不確かな自由だった。
 あの少女の言葉を脳内で反芻し続ける。夜の街にヒトの気配などしない。閑散とした道を歩いているとき、不意に路地裏から啜り泣くような声が聞こえた。そんなものに気が付いたのは、俺が誰かの存在を求めていたからかもしれない。バケモノでしかない俺が、他人を求めたところで拒絶されるだけなのに、どうしてだろうな。
 夜闇よりさらに暗い路地を進むと、放置された木箱やゴミが積まれている空間があって、ヒトの姿なんて見当たらない。なのに、子供の啜り泣く声だけが聞こえる。
 幽霊。そんなものが脳裏に過る。いるわけがないとわかっていたし、あまりそういうのは信じない。それに、俺の目には認識できたのだ。蹲って泣いている、子供の姿が。
 〈サウルス〉で得た、生まれつき備わっている爬虫類の視界。生体の体温が認識できるから、透明なそいつの姿さえも見ることができた。
 透明な子供。すぐにそいつもバーコードであることはわかった。だから、なのだろうか。気が付けば、俺は手を伸ばしていた。人間でない者。この雨の中、独りでいるバケモノ。同じだと思ったから、手を伸ばしたのだと思う。
 子供の手が俺の指先に触れた。冷たい雨で冷え切っていた。
 金色をした、二対の大きな瞳。不安そうに潤むそれが、俺の顔をじっと見つめていた。少女とも少年とも見付かぬ、きれいな顔立ちをした子供。こんな俺の姿を見ても、こんな汚れた手に縋りついてくるような。

「ねえ、ぼくは何処にいるの? ……消えたくないよ」

 今にも壊れてしまいそうに、危うく脆い存在。形を保つのがやっとの、亡霊のようなやつだと。そう思った。
 なんとか吐き出された言葉を最後に、元々殆ど握ることも出来てなかった子供の手から力が抜け落ちて、ゆっくりと崩れ落ちようとしていた。壊すことだけに使い続けた、そんな汚い両手でも、それを咄嗟に支えることが出来たのは、今考えると不思議なことだ。
 死んでしまったのか。そう思ってその顔を覗きこめば、血の気のない傷だらけの皮膚が痛々しかった。それでも、規則正しく繰り返される呼吸から、どうやら眠ってしまっているのだと気付いた。
 それを放置して、また宛もなく彷徨うことも出来たはずだが、俺はそんな気にもなれなくて。多分、もう疲れていたんだ。
 子供を抱きかかえるようにして一緒に目を閉じると、暖かく鼓動するのが伝わってくる。死体にはない温度だ。生きている者の証。
 雨は相変わらず冷たいのに、俺は、俺達は、寒くはなかったと思う。
 こんな風に安心して目を閉じたのは、いつぶりの事だったのだろう。何年もそうしていなかったように思うが、わからない。考えるのももどかしく、ただ今は眠ってしまいたかった。

 しかし、束の間の安らぎや安心、というのは、ただの逃避。一瞬の白昼夢。凍てついたおぞましい気配に、嫌でも意識が覚醒した。
 嗚呼、よく知っている感覚。
 自分に向けられた殺意だ。
 素早く子供を突き飛ばして、自分は背後に飛び退くことでそれを寄せ付けない。子供の手には、いつの間にか鋭利な硝子の破片が握られていた。その小さな掌は、傷付いて出血している。それすらも厭わずに、握りしめた武器をこちらに突きつけて、飛び掛って来る。ギリギリで回避し、鱗の表面が削られたことを知る。
 肩を震わせて笑うそれは、さっきまでの崩れかけの子供と同じヒトの筈なのに、別人のように豹変していた。ぎらぎらと此方を視界に捉える両目は虚ろな光を湛えており、その顔は狂気に溺れている。
 ──殺せ。
 俺の中にあるのは、向けられた敵意に対する、的確な対処方。相手が向かってくる前に、武器のある左手と喉元を掴み、地面に捻じ伏せた。奇声を上げて藻掻く子供の顔をまじまじと見つめて、少しでも情を抱きかけた自分が馬鹿馬鹿しく感じる。
 死ぬのは、殺されるのは怖い。だから相手を殺す。そうして得られる生の実感で地に足がついている。それしかない俺は、まだ俺を殺そうと暴れる子供の首を強く圧迫した。
 情もそうだが、信頼。一瞬だって他人を信じて安心しようとした自分がいるのはおかしかった。あの少女だ。あの桜色の少女に会ったせいだ。しかしどうだ、現実はこれである。だったら全て殺せば何も恐れる必要はない。殺せば自分は死なないのだから。
 力で押さえつけられては、か弱い子供に勝ち目はなく、必死に暴れたところで意味を成さない。覗き込んだその顔には怒りと焦りが伺えるものの、臆すること無く此方を睨みつけていた。だから何だというのか。どうにか俺の拘束を振り切ろうと暴れる子供の喉に、指を食い込ませた。細くて頼りない薄い皮膚の下で空気を吸い込もうと膨れたのが遮られ、そいつがケホ、と口を開く。掌に伝わる脈動が、生きようと足掻くみたいだと思えた。
 ……殺したいとは、思わなかったんだ。殺さなければならないとは思ったものの。殺意とそれに関連する欲求はなかった。路地裏で震えていたあいつが、クリムゾンだったから。何かしら理由を付けて、逃そうとした。今、殺して、そして命を実感するための糧にしてやろうと、その瞬間は、思えなかったんだ。
 掌の中で弱っていく命を、開放する。咳き込みながらも、子供はこちらを睨みつけて、握り直した硝子片を俺の喉に突き立てた。皮膚を切りつけて、自分のものである血が滴るのを、他人の事のように眺めた。
 カラン、と音を立てて硝子が落ちる。子供はまた泣きじゃくっていた。
 
 互いに殺し合って、そのくせ生き延びた次の朝。
 俺とクラウスが出会ったのは、雨と血の匂いに塗れた汚い路地裏だった。

 次にクラウスを殺そうとしたのは、出会って一年も経ってなかったある日。またクリムゾンで俺を殺しかけたあいつを、今度こそは殺してやろうと思った。
 なのに、必死で抵抗しているのに、抜け出すこともできないクラウスは、とても弱い生き物だと感じた。あの時から、既に俺はクラウスを殺すタイミングを失っていたのだろうな。昨日まで言葉を交していたやつを殺したくない。そう思って、結局手を放した。
 その時、これからも俺はお前を殺そうとするかもしれないと言ったが、クラウスは俺についてきた。きっと、出会った時点で俺達は、互いに必要としあっていたのだろう。殺し合いながらも。

「オレに殺されないで」

 クラウスがそんなことを言った。

「オレを殺したって構わないから」

 そんなことを言うのだったら、離れればいい。約束を守る義理なんてない。死にたい俺がどうしてそれを聞き入れる必要がある。
 俺もクラウスを置いて遠くへ行くことは選択できたはずだ。共に生活するうちに、クラウスとの約束を破ることも簡単だったはずだ。でもしなかったのが、結局全ての答えだろう。
 俺達は、ひとりでは生きられなかった。
 
 共に、星を見た夜がある。
 人間に姿を見られた俺が石をぶつけられるのを、クラウスが庇おうとしたことがある。
 他愛も無い話ばかりをした。
 ハイアリンクに追われ、必死に戦う日もよくあった。クラウスを庇って怪我をする自分のことを、馬鹿だと思った。クラウスにもバカだと言われた。
 そうして夜になれば、星を見た。クラウスはよく、母親の話をしていた。自分の母親は夜空の何処かで輝いているのだと笑う。会いたい、と淋しげに呟く。会えるわけがない、とは言わなかった。
 クラウスがカブトムシを捕まえて、口に含んだこともあった。あいつは噛みちぎってから苦い、と笑ったが、わけがわからなくて、なんと返事をしたかは覚えがない。
 カブトムシを食べるくせに、カタツムリは食べなかった。カタツムリの角から幸せビームが出るから食べてはならないとか言っていたか。
 くだらない思い出、本当に他愛のないことばかりだ。なのに、星屑のように瞬くんだ。記憶の中には、あいつの笑顔ばかりがある。

 ……そして、ある時あいつに殺してほしいと言われたことがあった。クラウスが初めてクリムゾンでヒトを殺した日だった。あれ以降あいつがヒトを殺したことは無かったけれど。クラウスはあの日のことを死ぬほど悔やんでいた。だから、あんなことを頼んできたのだろう。
 自分は紅蓮バーコードと変わらないから。誰かを殺すくらいなら死んだほうがいいと。トゥールなら、殺すことなんか簡単でしょ、と。
 ああ。殺せなかった。手が震えたんだ。初めて、誰かを殺すのが、失うのが怖いことだと感じた。
 俺ははっきりと、怖かったんだ。クラウスがいなくなることが。
 他人の命を奪うことで、安心していた俺が。クラウスが隣にいることで、それ以上の安心感を得ていたんだろう。

Re: 継ぎ接ぎバーコード9-3 ( No.128 )
日時: 2021/07/20 20:47
名前: ヨモツカミ (ID: WrJpXEdQ)



***


「今だからわかる。六年間……支えられ続けていた。護っている気になっていたが、俺がずっと、まもられていたのだろうな」

 トゥールはそう呟いて、それきり黙り込んでしまった。

「そっか」

 ジンはただ、彼の話を聞き終えて短く返すだけだ。
 山道に終わりが見え始めている。険しかった道が平坦になり、木々が開けてきた。そうして現れるのは、小さな村──だったものの、跡だ。
 木で建てられた家々の焼け焦げて崩れた姿。煤と焦げの匂いがまだ残っているものの、もう随分前からこのような状態だったのが伺える。

「俺の生まれ故郷だ」
「君、初めて出会った廃街といい、この廃村といい……好きなの? 朽ちた場所」
「馬鹿にしているのか?」

 言いながら、トゥールはジンの頭を尻尾で軽く叩く。しかし、口調もその仕草も優しげだ。
 トゥールは一人で歩きだして、村の中を見回した。
 バケモノと呼ばれていたために、ほとんど家の中から出なかった。だから窓の外を眺めて、村を駆け回る子どもたちを見ていた。兄は外へ出ていたが、村の子どもたちとは距離を置いていたように思う。トゥールの存在が、村人との隔たりを作っていたのだ。家族全員、バケモノの一家として孤立した。
 その、自分の家があったはずの場所には瓦礫があるばかりだ。トゥールがそれを黙って眺めていると、隣に来たジンが不思議そうに言う。

「他の家と比べて、損傷具合がひどい。燃えた跡って言うより、人為的に壊されたみたいだね」
「そうだ。壊されたのだろう。俺達一家の墓場として……」

 言いながら、トゥールは瓦礫を掘り起こし始める。

「俺の家が放火された日、俺とルーカスは、母を残して村を出た。燃え尽きた家と、その後の村の様子は知らなかったが、帰ってきてみればこの有様だ」
「放火?」
「ああ。俺のせいで、母は死んだんだ」

 様子を見るに、燃えた家は、消火活動がされることもなく、燃え尽きたあとは村人たちの手によって、家を崩された。バケモノと、その家族を埋めて、そのままにしようと。
 その後、紅蓮バーコードの襲撃にでも合ったのか、村は焼き払われて、滅んだ。もしくは、トゥールの家の火が燃え広がったのか。それは考えづらいか。真相はわからないが、トゥールの故郷にはもう誰もいない。それが事実である。
 瓦礫を掘り起こすと、焼き焦げた家の内装が見えてきて、割れた食器類も見つかった。

「トゥールはさっきから何してるの」
「……この辺りに、いると思うんだ」

 大きな瓦礫を退かす作業は、トゥールの腕力があってこそできるものだ。力のないジンは、特に手伝うでもなく、彼の様子を見守るだけだった。
 重たい屋根の一部だったものとか、太い柱とか壁だった木材を退けて、退けて、退けて。
 トゥールの手は煤で真っ黒になっていた。その手で額を汗を拭うから、頬も黒く汚れている。そうまでして、何を掘り起こそうとしているのか。
 手持ち無沙汰に、ジンが落ちていた木片を足で突いて転がしたり、近くの瓦礫に背を預けてもたれたり。

「……あった」

 暇そうに頬杖をついていたジンは、トゥールのその声に反応して、彼の側に歩み寄る。
 トゥールは煤に塗れたそれを軽く払ってから、自分の顔の高さまで掲げた。その手にあるのは、ヒトの頭蓋骨だ。

「あの日、家が燃えて、死んで、それからずっとここにいたんだな。帰ってきたぞ……母さん」

 ああ、とジンは声を溢す。

「正直に言えば俺は、母さんの愛情が、気持ち悪いものだと感じていた。こんな俺を、バケモノをルーカスと同様に愛するあんたが、頭のおかしい女だと思っていたんだ。家族が爪弾き者になっていくのも構わずに、ずっと、あんたの子として育てられていくことに、違和感を覚えていた。字を教えてくれたことも、本を読んでくれたことも、ご飯を作ってくれたことも、普通ではないと……ずっと、思っていた」

 ひと呼吸おいて、トゥールはでも、と続けた。

「あんたはただ、母親だっただけだ。今はそう思う」

 不意に強めの風が吹き抜けて、トゥールの髪を攫った。
 そこに仄かな花の匂いが混じっている気がして、空を仰ぐ。
 花など、どこに咲いていようか。

Re: 継ぎ接ぎバーコード9-4 ( No.129 )
日時: 2021/07/21 20:23
名前: ヨモツカミ (ID: WrJpXEdQ)

***


 沈み始めた陽が、空を黄昏に染める。雲の縁は薄い黄色に色付き、中心に行くに連れ、濃い橙をしていて、空全体が黄金に輝いている。

「金色は……眩しいな」

 トゥールが琥珀色の目を細めて、少し寂しそうに言う。

「そうだね」

 反対側の空は曇りかけていて、鉛色が蓋をしていた。
 金と灰の空を、しばらくふたりして黙って眺める。
 呆れるほどに鮮やかな蒼穹と、黄昏の混合。そうしてあとから覆い尽くすような曇天。空模様は誰かの表情を写すようにして、ころころと笑っている。
 やがて歩き出したトゥールの後ろに、ジンも続いた。

「俺は、生きたいと思うことはできなかったように思う」

 ずっと。
 抱えてきた感情の中にもいつも、希死念慮が混ざっていた。
 本当に怖かったのは、命が続くことそのものだ。死を恐れた。生きるのを恐れた。他人の命を奪うことで恐怖を誤魔化して、ただずっと、形のない不安に押しつぶされそうになっていた。
 鏡に写った自分の肌に、深緑の鱗が張り付いていたから。その手足は恐竜のように鋭い爪を携えていたから。太く長い、爬虫類の尻尾が、毒の牙が。琥珀の瞳が。バケモノの姿をしたトゥールが、鏡に映し出されていたから。生まれたその瞬間に、消えてしまいたかった。

「だが、生きていてよかったと。お前に、あの少女に、生かされてよかったと。心からそう思えた」

 それはきっと、隣にいた亡霊のお陰。

「……悔いは、ない」

 それを失った今、意味なんてもう無いのだ。
 生きる理由は、亡くなった。
 だから。

「ジン。俺を殺してくれないか?」

 湿った風が吹いている。生温くて気持ちの悪い。人肌に似ているからだろうか。トゥールとジンの髪の毛を弄ぶ風の中に、見えない誰かがいるかのような、そんな気持ち悪さを孕んでいる。
 ジンは静かに息を吐いた。
 トゥールはジンを見つめている。真っ直ぐで茫洋とした光を灯して揺れている、その琥珀の双眸。ある意味真摯で、ある意味盲目的だ。

「わかったよ。死ね、トゥール」

 かつて伝えた言葉とは真逆の意味を持つそれで、この短い関係の終わりを告げる。
 トゥールが少しだけ、微笑んだ。

「なあ、お前もいつか、死ぬことができるのか?」
「さあね。でも、僕は死ぬために殺し続けていた。それに、メルが僕らの終わり方を研究してくれている」

 メルフラルと関係を持ったのは、漆黒に終わりを見つけるため。終わるためにあんな面倒なサイコ研究員と親睦を深め、利用したのだ。
 〈シュナイダー〉で生み出したナイフは、マリアナのときと同じ、刃渡り十センチ程。こんなものの一突きで絶命するなんて、命はなんと容易いのだろう。
 刃先をゆるりと撫で付けながら、ジンはしっかりとした声で答える。
 利用したものを、信じてはいるから。

「僕もきっと、死んでやる」

 桜色の髪の少女と交した、いつか訪れる終わりのための約束。贖罪のために殺し続けて、そうして、自分たちも必ず死ぬ。

「なら、お前も空に来るのだな」

 死んだらヒトは──
 不意に思い出した。もう聞くこともない青年の声と顔が思い出されて、こみ上げるものを押さえつけて、二人は笑う。

「……」

 風が湿っている。もうすぐ、降り出すのかもしれない。急に空を覆い始めた鉛色の雲を見上げて、かつて、彼らと出会った日が彷彿とされる。
 “俺を殺してくれないか”。
 あの日の台詞と同じせりふ。今度はそれを否定してやれる材料はなかった。それでいいのに、そうは望んでいない本心を知って、痛みを覚える。
 生きることは不幸でいることだと、ジンは考えていた。だから、生き残されたクラウスの幸福を願うのなら、お前も側で生きろと。死にたがりの蜥蜴に言い放った、あの雨の夜。
 ──本当の幸いは見つけられただろうか?
 ジン。短く名前を呼ばれた。
 見上げたトゥールの、あまりにも穏やかな笑みが。見ていてとても苦しくなる。

「いつか空で会おう」

 きっと見つかったのだろう。幸福な終わりと呼んでもいいのだろう。はにかむように、優しげなその笑顔が答えだと。言葉もなく、ジンの問いに回答してくれている。
 トゥールの心臓に触れる。切先をあてがう。あたたかい花弁が舞う。彼は黄昏に融ける。逆光。

「   、トゥール」

 花が美しいのは、最期は枯れてしまうからだという。全ての命が終わるようにデザインされているのなら、それらはきっと、何よりも美しいのだ。けれど、より儚く意味を持って美しさを伝えるのは、そこに特別な感情を抱かせた花ばかりだ。
 ジンは膝を付く。吐き出す息が震えた。

「……こんなこと、ばっかりだ」

 まだ雨は降らない。

「ありがとう」

 なのに、自分の頬を一筋伝うものは、酷く冷たかった。
 掠れた声で伝えた言葉を、彼は聞き届けてくれただろうか。
 美しい花の上に横たわる体躯と、瞼の落ちた顔。

「おやすみ」

 雨が、降り始めた。

to be continued


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。