複雑・ファジー小説

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【remake】継ぎ接ぎバーコード
日時: 2022/06/21 08:10
名前: ヨモツカミ (ID: 7dCZkirZ)

 ──それは、少年が自分自身で与えた罰。
 存在を許されない“バーコード”と呼ばれるバケモノ達と継ぎ接ぎの少年。そして人間達の苦悩や葛藤。
生きたいとか、殺したくないとか、愛されたい。そんな願いが、全て叶わない。物語。

「どうか、安らかに死んでくれ」
 殺戮の運命を背負う少年と、生きたいと足掻くバーコード達の、命の物語。生きる事のもどかしさ、苦痛。そして愛とはなんであるか。みたいな作品。

かなり残酷描写が多い作品なので、注意してください。
色々と責任は取りません。
コメント超ほしい!
++++++++++++++++++++++++
◆目次

◇一気 >>0-
◇用語解説 >>2
◇登場人物紹介 >>

◇忙しい人向けつぎば >>


◆No.00 贖罪と愛の約束
>>1

◆No.01 曇天下のバケモノへ
>>3 >>4 >>5 >>7 >>8 >>10 >>12

◆No.02 朱に交じる亡霊は
>>
>>

◆No.03 哀を求めて蚊帳の外
>>
>>

◆No.04 白昼夢は泡沫の如し
>>
>>
◆No.05
>>
>>

◆No.06
>>
>>

◆No.07
◆No.08
◆No.09
◆No.10
◆No.11

++++++++++++++++++++++++++++++++
2016年 5月6日 執筆開始
2018年 1月7日 冬大会金賞受賞
2019年 9月22日 夏大会金賞受賞
2020年 3月8日 冬大会管理人賞受賞
2021年 9月1日 夏大会銀賞受賞
2022年 5月25日 リメイク開始

1-5 〈コード〉という名の歪 ( No.8 )
日時: 2022/06/03 21:52
名前: ヨモツカミ (ID: 7dCZkirZ)

「そういえば、ジンの〈コード〉ってなんだ?」

 クラウスがジンの隣に腰を下ろして訊く。何故かジンが、座り直すついでに、少しだけクラウスとの距離を取っていた。

「僕のは〈シュナイダー〉っていう……まあ、コレを出す〈コード〉だよ」
 
 そう言ってジンが右手の人差し指と中指を突き立てると、指先に黒い粒子のようなものが集まってきて、それらは一瞬で形を成す。一つ瞬きする間に、柄も刃先も黒一色のナイフが出現していた。
 勿論冗談のつもりだろうが、ジンはナイフの切っ先をクラウスの顔に向ける。ちょっとマジヤメテ、とクラウスが笑いながら言うが、その声には余裕は無く、笑顔もかなり強張っていた。
 そんな彼を鼻で笑いながらナイフを下ろす。
 お前のは? とジンが訊ねると、悪戯する前の子供のように無邪気な笑顔を浮かべて、クラウスはベッドから立ち上がった。

「よぅく見てろよー……」

 ニヤニヤしながら言った直後、クラウスの全身の色がすう、と薄く空気に透けて、そこには最初から誰もいなかったかのように、忽然と姿を消した。
 ジンが、途端に目を丸くして、さっきまでクラウスがいたところに手を伸ばす。やはり何も無いようで、その手はただ虚空を掴むだけだった。
 トゥールにはクラウスの姿が認知できており、ジンの手を避けつつ両手を彼にそっと近づけて、何か企んでいるのも全て筒抜けだった。しかし、それを止めはせず黙って見守っていると、パンッと、大きく乾いた音。クラウスがジンに猫騙しを仕掛けたのだ。
 ジンは殆ど何が起こったか分からずに短く悲鳴を上げながら飛び上がり、後方にひっくり返った。

「あははは! いい反応するなー! 〈チェシャー〉つって、見ての通り透明になる〈コード〉だぜ!」
「……てめぇ何処にいやがる」

 ジンが虚空を睨みつけながら低い声で唸るように言った。未だに姿を表さないクラウスを探して辺りを見回しながら、黒いナイフを構えている。その様子をニヤニヤと笑いながら、クラウスがそっとジンの頬を突く。そうすると、ジンにもクラウスの姿が目視できるようになった。〈チェシャー〉は、ヒトに触れると、その触れたヒトには可視化できるようになる〈コード〉なのだ。
 楽しそうなクラウスを忌々しげに睨みつけていたジンだったが、呆れたように嘆息しつた呟きながら、彼の腕を払い除けた。それから不機嫌そうな表情のままのジンがトゥールに視線をやった。

「お前は見たまんまだけど。蜥蜴になる〈コード〉?」
「ああ。俺のは〈サウルス〉という。爬虫類に出来ることは大体可能だ。……例えば蛇と同じで、体温を認知することが出来るから透明になったクラウスの姿もサーモグラフィの様に目視できる、とかな」

 それを説明すると、ジンはじろりとトゥールの顔を睨み付けた。

「へぇ? ということは、君はさっきクラウスが僕にクソみたいな嫌がらせをしている姿を、ただ黙って見ていたってことだよね?」
「あ。いや、それは……」

 トゥールは口籠りながら目を逸らした。あまり無闇なことを口にすれば、彼の〈シュナイダー〉で出現させたナイフの餌食になる恐れがあった。ジンが、目を合わせようとしないトゥールに刃を突き立ててくることは無かったが、代わりに無言のまま睨み付けるその視線は、ナイフのように鋭く突き刺さっていた。
 やっと目を合わせたトゥールが短くすまない、と謝罪するとジンは軽く舌打ちした。

「まあいいよ。それより、お前はずっと爬虫類のままなんだね。〈コード〉、解かないの?」

 トゥールは曖昧に微笑んだ。あまり触れてほしく無い話題だったが、態々こんな姿で居続けるのはとても不自然なことで、誰だって疑問に思うだろう。尻尾や異形な手足、体中の鱗。バケモノじみた容姿のまま生活することの利点など、何一つありはしない。
 絞りだすような、溜息にも似た掠れ声でそれを言葉にする。

「……解けないんだ。生まれつき、な」

 トゥールの表情から何となく察したのか、ジンは一瞬悲しそうに顔を歪ませて、そう、と一言返し、それ以上深く言及しては来なかった。
 トゥールが翡翠バーコード──失敗作たる由縁。
 〈コード〉の発動が、解けないのだ。
 バーコードと人間の親の間に産まれた子は必ず翡翠バーコード、不完全なバーコードとして産まれる。トゥールの母親は人間で、父親がバーコードだった。
 バーコードの誕生など誰も祝福しない。産まれ付き蜥蜴のような容姿をしていたのだから尚更で、トゥールは存在を疎まれ続けて生きてきた。父はトゥールが産まれて直ぐに行方不明になった。何処かで野垂れ死んだのかもしれないし、家族を置いて逃げたのか。忽然と姿を消してしまったのだから、真相は誰も知らない。
 それから人間である母と、異母兄弟である兄と、トゥールの三人は村で暮らし、“バケモノの家族”として家族は村から孤立していた。それでも母親はトゥールを責めることも恨むことも忌むことも無く、ただ、普通の息子として、トゥールを愛してくれた。兄はまったくその逆で、トゥールの事を心から嫌悪し憎んでいたため、頻繁に暴力を振るったりもしたが。

 ──お前がいなければ。
 ──死ねよ、バケモノ。

 時折兄が口にした言葉は、トゥールの思いを代弁していた。トゥール自身も自分の存在が疎ましくて仕方がなかったし、家族を悩ませる異形な自分が許せなくて、死んでしまおうと思うことだってあったのだ。死ねと言うなら、いっそ殺してくれればよかったのに。村人たちに家を放火されるあの日まで、兄も、自分自身も、トゥールを殺す勇気などなくて。

「トゥール? 何変な顔してんの」

 ぼんやりと思考に浸っていたトゥールは、クラウスの声で現実に引き戻される。いつの間にか、すぐ目の前にクラウスが来ていた。
 不思議そうにトゥールの顔を見上げて、クラウスが緩く微笑む。

「何だよ、もう眠いのか? 寝る子は育つとはよく言ったもんだよな!」

 長身のトゥールを見上げながら、クラウスはそう言う。

「……お前の睡眠が不足し過ぎているんだ。だから隈だって取れない」

 なんだとー、と掴みかかってくるクラウスを尻尾であしらっていると、それをぼんやり眺めていたジンが、1つ大きく欠伸をした。ベッドの上であぐらをかいて、眠たそうに目を擦っている。

「はは、子供は寝る時間だしな。今日はもう寝るか」
「ふぁぁ……だれが子供だぁ」
「お前しかいないだろう」

 ジンは既にベッドに横になって、布団を被ろうとしていた。怪我も治りきって無いし、素振りは見せないが、相当衰弱しているはずだった。
 クラウスが軽く手を振って、じゃあお休み! とリビングへ向かうのを見届け、それからトゥールは蝋燭の火を吹き消して、ラグの上に蹲るようにして、瞼を閉じた。

「おやすみ……」

 眠気のせいか、消え入りそうな声で言ったジンに、おやすみ、と返して、トゥールは寝息を立てた。


***


 寝返りを打つと、裂かれた胸元の傷が僅かに疼き、ジンは思わず顔をしかめる。治りかけではあるものの、心臓を狙った一撃は肋骨も砕いていたようで、予想以上に治りが遅かった。死んでいてもおかしくなかったのだ。こうして温かいベッドの中で痛みに耐えると、生きていることを実感した。
 ジンはベッドの中、眠る気にもなれずに目を閉じて思考を巡らせていた。
 “あの女”に殺されかけて、死にものぐるいで逃げ込んだマンションに、まさかバーコードがいるとは思わなかった。しかも拍子抜けするほどのお人好しだ。ジンがいくら怪我人だとしても、見ず知らずのバーコードを助けるなど、どうかしている。
 ──オレらに“助けて”って言った、だから。オレはお前を助けたいんだ。
 ジンはクラウスの言葉を思い出して、眉間に皺を寄せた。他人と関わることは極力避けようと思っていたというのに、自分の弱さが声に出てしまったのだろうか。そう考えて嫌気が差す。関われば関わるだけ、後で辛くなるのは理解していたはずなのに。
 ──駄目だ。もう、誰かに頼ってはいけない。これは、僕が自分勝手に始めた事なんだから。
 不意にジンの耳が、布の擦れる音を捉えた。顔を向けなくとも、トゥールが上体を起こしたのが気配でわかった。

「起きてるか」

 目を閉じているだけのジンに、トゥールが声を潜めて話しかける。こんな夜中に何の用だろう、とジンが起き上がるか狸寝入りするかで迷っていると、もう一度声が掛かった。

「起きてるか、“死神”」

Re: 【remake】継ぎ接ぎバーコード ( No.9 )
日時: 2022/06/07 01:05
名前: 私 (ID: 7dCZkirZ)

私です。解説+自己感想失礼します。

◆トゥールの兄弟の話、誤植です。メンドーだから直さないけど。なおってるほうが読みたかったらノベプラやで!
彼らは異父兄弟なので、トゥールのパパはバーコードでしたが失踪、そして同じ母の元、兄とトゥールは育ちました。

このへんの説明パートは読んでて飽きますね。飽きない工夫をしたほうがいいと思いますよ。文字の壁がやばい。テンポも悪いのではないでしょうか。

次の投稿は明日かそのうちやって下さいね。



なるほど、ジン、これはお前が始めた物語だろうってワケですね。
↑私このネタ聞くとライナーよりFF10のサングラスの人出てくんだよな。

1-6 死にたがりバケモノ👹 ( No.10 )
日時: 2022/06/09 17:52
名前: ヨモツカミ (ID: 7dCZkirZ)

「起きてるか、“死神”」

 それを聞いた瞬間、ジンはクスッと笑った。

「なぁんだ、知ってたんだね」

 今更惚けたところで無駄だろう。そう考えて、ジンは緩慢な動きでベッドから起き上がった。
 爬虫類であるため、夜目の効かないトゥールには、暗い寝室の中でジンの表情まではわからなかった。ただ、暗闇に浮かんだエメラルド色の双眸が、ゆらりと浮かび上がっているのだけが見えた。殺気立って爛々とした瞳。正しく、殺人鬼のそれだ。
 立ち上がったトゥールを睨みつけながら、ジンは黒いナイフを構える。

「……ここが血で汚れたら面倒だ。外に出てくれるか」

 トゥールのその言葉に眉をひそめながら、ジンはナイフを下げる。

「どうしてそんなお願い聞くと思うのさ。ま、別にいいけど」

 殺す瞬間なんて、実に呆気なく、容易く終わるのだ。それにかける時間も場所もどうだっていい。ジンはそう考えて、ベッドから床に足を伸ばす。冷えた床に触れた爪先が強張る。手にした刃よりも、冷たく感じた。
 立ち上がって、先に寝室を出ようとするトゥールの背中に、ジンは声をかけた。

「クラウスは起こさないの」
「……寝かしといてやってくれ。ちゃんと寝ないと、隈が取れなくなるだろう」
「へえ、いいの? もう二度と目を覚ますことも無いかもしれないよ?」

 此方に振り向きもせず、彼はそうかもな、と軽く返事をして寝室を出る。ジンの脳裏にリビングに行って先に始末してしまおうという思考が過ぎったが、結局その脚はトゥールの後を追って外に向かっていた。

 相変わらずの悪天候のせいか空気は肌寒い。だが、ヒトを殺すには相応しい天気だ。雨は、溢れ出た赤色の全てを洗い流してくれるだろうから。
 ジンが通路を見回すと、既に階段を上がってゆくトゥールの尻尾が見えた。どうやら屋上を目指しているらしく、ジンはその後ろ姿を追いかける。彼のあまりにも緊張感の無い足取りに、僅かな違和感を覚えた。これから死ぬことになるというのに、妙に落ち着いているように感じたのだ。戦闘に持ち込んで逆にジンを片付けるつもりだろうか。ジンがここで思考しても、真意はわからない。
 トゥールは階段室の重たい扉を開け放つと雨に濡れるのも構わずに、土砂降りの下に踏み出していく。屋上の中央まで進んだ頃には、彼の纏うローブの色が変わるほどに雨水を染み込ませていた。しかし、やはりそれを気にする素振りは見られない。
 ジンは少しばかり躊躇しながらも、仕方なくその後を追いかけた。容赦なく濡れた服が張り付く気持ち悪さも、全身浸った頃にはどうでもよくなっていた。
 立ち止まったトゥールの背中を見つめながら、ジンは静かに口を開く。

「さっき、此処で僕が言ったこと覚えてる? “後悔しないでね”ってさ。手当してくれたことは感謝しているんだ。君たちのその優しさに免じて見逃したかったんだけどね。なのに、引き止めたりなんかしてさ」

 ジンは口角を吊り上げて、低い声で続ける。

「君たちは僕から殺さない理由を奪ってしまったわけだ」
「俺もクラウスも、後悔なんてしていない。あいつは多分、お前のことを自分と重ねていたから。助けてよかったと思っている。それに、俺もお前に用があったから」

 やっと振り返ったトゥールは、真剣な眼差しでジンを見ていた。

「俺はお前の事知ってたんだ。話に聞いた見た目と名前で、直ぐに分かった」

 ジンは驚きで目を見開く。誰に聞いた、と咄嗟に声にしたが、それよりも先に理解してしまう。自分の中で答えは出ていた。一人しか居ないのだ。ジンと深く関わりがある存在なんて、“彼女”の他に無いのだから。

「六年前。名前は最後まで教えてくれなかった。桜色の髪の……不思議な少女だった」

 ──桜色。
 ジンの脳裏に浮かんだ彼女が笑う。紅色の瞳を細めて、儚い笑顔で。今にも泣き出しそうに。それでも、その頬を涙が伝うことなんてなくて。
 名前さえ持たない、命を奪うだけの存在。本当の“死神”──最高傑作にして、最悪の咎。
 ジン、と短く呼ぶ声に顔を上げる。琥珀色の双眸は変わらず真剣にジンを見つめている。なのに、先程よりも何処か力無い弱々しい瞳に、ジンは小さな違和感を覚えた。
 トゥールは深く息を吸い込んでから、はっきりと、けれども静かな声で言い放つ。

「俺を殺してくれないか」


***


 陽光に雨粒が煌めいている。窓を滴る雫をぼんやりと見つめて、ジンは瞬きをした。
 雨上がりの朝の空気が何となく好きだ。特にこの街では、灰色が全て、洗い流されたように錯覚するから。
 窓に映る自分の顔を見ないふりして、ジンはゆっくりとベランダに踏み出してゆく。風が肌を撫ぜる。雨のあとの洗われた空気は、昨日の嫌な生暖かさを孕んでいない。
 ベランダのフェンスに両手を付き、足をかけた。バランスを取りつつ、両足で立つと、ジンは目を閉じた。
 トン。フェンスを蹴る。
 瞬間、重力が少年の身体を引っ張って。
 息を吐く間もなく、地面に叩きつけられた。
 七階からの落下。頭部は爆ぜ、歪にねじ曲がる四肢、肺を突き破る肋骨、滔々と溢れる血液が、瓦礫を鮮やかに染める。
 意識は残らなかった。少年の心臓が鈍い光を放ち、体を再形成する頃には、ジンは自分の落ちてきたボロマンションを見上げて、地面に転がっていた。

「さて」

 ジンは灰色の街を徘徊する。
 瓦礫を踏みしめて、コンクリートからはみでた鉄骨をツ、となぞる。風が吹けば砂塵が舞う。それらが目に入って、痛みで顔を覆う。
 瞬間、背後に何者かの気配を感じ、その方向に右手を突き出した。
 無数の黒いナイフが練成され、ターゲットに突き刺さる。
 ぎゃあ、というような断末魔と鮮血。
 赤く散りながら倒れた者を確認すると、やはり紅蓮バーコードだった。自分と体格の近い、小柄な女性である。
 彼女の着ている肩出しパーカーが、状態も良さそうだと思い、拝借して羽織ってみる。今まで着用していたものはボロボロなので、その辺に捨てて、紅蓮バーコードの女にはしっかりととどめを刺した。
 街のバーコードを見つけては殺す。しかし、“奴”には会えない。
 そんなことを繰り返し、日が落ちてきた辺りで、トゥールとクラウスのいるマンションへ戻った。

「ジン、どこ行ってたんだよ! あんな酷い怪我してんのにいなくなるから、もう帰ってこないかと思った!」

 七一〇号室に入るなり、クラウスにどやされた。

「傷は治ったから、肩慣らしに動き回ってたんだよ。あと、新しい服を調達にね」
「カタナラシ? 何してたんだか知らねーけど、怪我治ったみたいだし、元気そうでよかったぜ」

 クラウスはジンの頭をぽんぽんと撫でる。それを煩わしげに払い除けたとき、トゥールと視線が合ったが、すぐに逸らす。

「なあ、今日こそ枕投げしようぜ、ジン」
「なんでそんなに固執するの……そんなに楽しいもんじゃないと思うけど」

 クラウスが枕を両手にはしゃいでいるので、仕方なくジンも枕を手に取った。
 トゥールは巻き添えを食らう前に退室してしまったため、ひたすら二人で枕をぶつけ合った。

「このっ、顔は駄目だって言ってるじゃないか!」
「避けねーのが悪いんだ、アボッ! やりやがったな! お返しだ!」
「そんなヘボい攻撃当たるもんか。僕が本気を出す前に降参するん、ヘボッ! クラウスお前、また顔を狙ったな!?」
「だーから、避けねーのが悪いって、ウギャッ」
「ムカついたから本気出させてもらうよ? おりゃっ」
「おい、枕全部持つのは卑怯だぞ!」
「枕を積極的に所持しないのが敗因だね?」
「なんだこの、チビ!」
「誰がチビだい、成長途中だよ!」

 終わったあとに、思ったよりも楽しんでしまった事が恥ずかしくなりつつ、ジンは寝室に移動してベッドに潜り込んだ。


***


 次の日。再びの曇り空。
 ジンは前日と同じように街を徘徊し、襲い掛かってくる者がいれば殺した。しかし、“本命の相手”を見つけることはかなわず。
 昼過ぎからは酷い雷雨になったために、ジンはまたマンションへ戻ってきた。

「雷やべえな。でも、こんな日に出歩く奴はそうそういないと思うから、襲撃の心配とかはしなくていいと思うぜ」

 クラウスが窓の外を見ながら話しかけてくる。ジンはそう、と短く返してから、チラリとトゥールの方を見た。目が合うと、トゥールは無表情にジンを見つめ返す。それでも結局言葉を交わすことはなく、ジンは二人から離れたところに座ってくつろいだ。

「ね、トゥール。こんな日はカミナリ様が耳を奪いに来るんでしょ」
「ん? 何かの話と混じっている気がするが、まあいいか。奪われないように、隠しておくことだな」
「カミナリ様は、耳なんて奪ってどうするんだろ」
「さあな。背中の太鼓みたいな飾りに使うとか?」
「うわ、怖え」

 トゥールとクラウスは、中身のない会話を続けながら、窓の外を眺めている。時々稲光に驚いたクラウスが、トゥールにしがみついて、その様子を、トゥールは優しげな目で見守るのだ。
 それだけで、二人の関係がよくわかる。だからこそ、ジンはあの夜にトゥールに言われた言葉が引っかかって仕方がない。


***


「俺を殺してくれないか」

 は、と。ジンの口から殆ど無意識に、吐息と変わらないような声が漏れた。
 一瞬、雨音が聞こえなくなるほど。狼狽して、言葉も出ないジンを無視して、トゥールは続ける。

「俺はお前に殺されるために、お前を助けたんだ。だから“お前のバーコード”のことも、見ないふりをした」

 トゥールはクラウスが包帯を取りに七一〇号室に行っている間に、傷の確認と共にジンのバーコードを見た。容姿は六年前に会ったあの桜色の少女に聞いた特徴と一致していたものの、もし少年が人違いで、紅蓮バーコードであった場合、意識を戻した瞬間に襲い掛かってくる危険があった。仮にそうなら、今のうちに屋上から投げ捨てればいい。そう考えながら確認し、トゥールはその必要はない、と判断したのだ。
 ジンは俯き、服の上からギュッと心臓の辺り──バーコードが刻まれたところを握りしめた。

「そうかい。変な感じはしてたよ。僕が紅蓮バーコードの可能性も考えずに助けるなんて、馬鹿な奴らだと思ってたし、手当するとき気付くよね」

 顔を上げ、トゥールの顔を見つめながら、ジンは続ける。

「でも、お前のさっき言った、殺されたいっていうのが本気なら、確認する必要も無いんじゃないの」
「あの場では、そういうことをしたくなかったんだ」

 相変わらず冷たい雨が二人の肌に打ち付けて、滑り落ちてゆく。その度に少しずつ体温を奪われているような気はするが、トゥールは不思議と寒さを感じなかった。
 眼に入った雨粒に思わず瞼を閉じる。トゥールはそのまましばらく目を瞑る。水滴が地面を叩く音と、自分の心音が聞こえる。今日死ぬくせに。でも、だからこそ煩く鳴り響くのだろう。命の終わりを、叫ぶのだろう。
 再び目を開けば、眼前ではジンが無表情で立ち尽くしていた。
 一つ息を吐いてから、トゥールは口を開く。微かな望みを、託すように。

「俺を殺したら、クラウスを見逃してやってくれないか」

 その言葉を耳にすると、ジンは目を見開いた。それから、苛立ったように、顔を歪ませた。

 ──僕が死んだら、彼女を見逃して下さい。

 耳にこびり着いたその台詞を、思い出してしまう。
 自分の命と引き換えに、誰かを生かすという、ふざけた行為。自己犠牲の精神。嫌気が差すほど見てきて、反吐が出るほど理解ができなかった。
 自分が死ねば、何も残りはしない。死んだ後に、生き残った者に何を望むというのか。ジンには理解できなかった。それに。
 ──死んでくれ、なんて。誰が頼んだっていうんだ。
 ジンの遠い記憶の中、自己犠牲の愚か者は最期まで笑っていた。自分とそう関係も深くない、ただの人間の女の子を助けるために。その姿と、今のトゥールが重なって、酷く苛立った。歯を食いしばらないと、余計な言葉が溢れてしまいそうで、ジンは息苦しくなる。
 拳を握りしめ、ジンはズカズカと歩き、トゥールとの距離を縮めた。少し驚いた様子の彼が、何か言ったかもしれない。聞こえなかった。というよりは、聞きたくなかった。
 ジンはトゥールの胸ぐらを掴んで屈ませると、その鱗で覆われた頬に、思い切り拳を叩き込んだ。

「馬鹿」

 殴られてよろめくトゥールに一言。それだけ放って、ジンは部屋に戻った。雨に濡れた体は冷えたが、芯の熱も引いてくれればいい。そう思って、ベッドの中で丸まった。
 何故殴られたのか理解できなかったトゥールも、しばらく経ってから部屋に戻ったが、ジンと同じ空間にいるのがいたたまれなくなって、リビングの隅で眠った。

Re: 【remake】継ぎ接ぎバーコード ( No.11 )
日時: 2022/06/14 21:35
名前: 私 (ID: 7dCZkirZ)

急に自殺したと思ったら生き返ってるのウワッてなるね。
枕投げのシーンただの癒やしパート……可愛いね。

殺してくれと突然言い出したトゥールも、それに応えなかったジンも、……良。え、自分の作品なのに書いたときのこと忘れてるからめっちゎおもろ……好き。次でこの章終わるらしいが、おわるん?? 早く次の話投稿しなよ……

1-7 幸福に殺す ( No.12 )
日時: 2022/06/21 08:08
名前: ヨモツカミ (ID: 7dCZkirZ)

***


 ジンはゆっくりと目を開く。部屋が暗い。いつの間にかうたた寝して、夜になっていたらしい。肩にかけられた薄い毛布の存在に気が付いて、だから途中で寒さで目を覚ますことがなかったのだな、と納得した。
 まだ窓を叩く雨の音が聞こえる。雷は収まったらしいが、雨足は昼間とそれほど変わったように感じない。
 ソファではクラウスが横になって眠っていた。
 ジンは毛布を持って、クラウスの側に寄る。その胴体にそっと毛布を乗せてやり、何となく顔を覗き混んだ。睫毛が長く、思ったよりも整った顔立ちをしている。
 本来の目的は、バーコードを殺すこと。ジンは静かに彼の首元に指を添えた。高めの体温。規則正しい呼吸を繰り返しているのが、脈打つのが、伝わってくる。その首筋に、くっ、と指を食い込ませた。

「ジン」

 小さく自分の名を呼ぶ声。リビングの入り口の方に顔を向ければ、トゥールがこちらを見ていた。

「来てくれるか」

 トゥールの言葉に返事はしなかったが、彼が踵を返して、玄関が開閉する音が聞こえた。ジンもその後に続く。
 外は雨の匂いが充満していた。また同じように、トゥールが階段を上がるのが見える。殺しても、血の色を雨が洗い流してしまう。そのために、屋上を目指している。
 ジンは顔をしかめながらも、トゥールを追いかけた。
 ローブの色が変わるほど、水が染み込んでいる。屋上の中央、トゥールは雨に打たれることも気にせずに、こちらを見て佇んでいた。
 呆れるように嘆息しながら、ジンもその中に踏み出していく。肌を打つ水滴は、ただ冷たい。

「ジン。俺を、殺してくれないか」
「……で、お前を殺したら、クラウスを見逃してやってくれ、だったっけ?」

 ジンは、トゥールを鋭く睨みつける。

「悪いけど、そういうの大っ嫌いなんだよ」

 棘のある、苛立ったような口調で言うジンに、トゥールはゆっくり首を横に振って応えた。

「俺は生まれた瞬間から、生きててはいけなかった。でも、クラウスは違うんだ。生きて、幸せになってよかったはずなんだ。だから、」

 ──幸せなんて言葉も、大嫌いだった。
 ジンは、突発的にトゥールに掴みかかっていた。勢い余って、ぎょっとした顔のトゥールが数歩後退る。
 ジンは彼の顔を怒りのこもった眼差しで睨み、溢れ返る感情をそのままぶつけるようにして、吼えた。

「あんた、僕に殴られた意味がわかってないみたいだな? もしかしてもう一発食らわなきゃわかんない?」

 右手拳を振り被る。殴られるとわかっていても、トゥールは避けなかった。
 強い一撃を受けて、トゥールはよろめく。その瞬間にジンが強く肩を押したために、トゥールは押し倒された。衝撃でばしゃ、と水が跳ねる。

「バーコードである限り、“幸せ”なんて簡単に口にするなよ。それは、僕らとはかけ離れすぎてんだ!」

 こんな風に声を荒げるのは、何時ぶりのことか。誰とも関わらなければこんな激情に駆られる必要もないというのに。喉がチリチリと熱くなるような感覚に、ジンは嫌気が差す。

「生きれば生きた分だけ、僕達は不幸になっていく! 僕らはそういう運命なんだよ!」

 ジンの言葉に、トゥールは思わず頬の痛みも忘れ、口元を歪め笑う。
 嗚呼、そうだ、その通りだ。今まで生きてきて得られたことなんて、胸を抉るような罵声、蔑んだ視線、醜悪を恐れる悲鳴。そうして生まれる自己嫌悪、希死念慮。辛酸を舐めて、反吐の出るような毎日に困窮する。生きている意味など、わからなかった。──そんなこと、よく知っている。

「生きてたって幸せになんか、なれない……!」

 血を吐くような叫び。
 トゥールには、ジンの頬を伝う雨が、何処か泣いているようにもみえた。実際、泣いていたのかも知れない。
 六年前のあの日。不思議な桜色の少女に話だけ聞いた継ぎ接ぎの少年がどんな奴かと思えば。それは寂しく虚しい、独り善がりだった。

「そうかもな。それでも、俺はクラウスに死んでほしくない。あいつの幸福を願いたい。そう、思うんだ」

 雨は冷たかったが、トゥールの声は暖かく、慈愛に満ちていた。
 翡翠バーコード。それは、望まれない存在。生まれた瞬間に、この世にトゥールの居場所はなかった。それでも母親に愛されて育ち、誰かの命を奪って、トゥールは罪を重ねながらも生き永らえてきた。
 自分は生きるべきではない、それを知りながらも。
 自分の命は終わりでいい。だが、クラウスは。悲しい事しか知らない彼は。少なくとも今は死ぬべきでは無い。そのはずなのだ。
 ジンがトゥールの言葉を聞き届けると、睨みつけるような、泣きそうな。
 ただわかるのは辛そうな。
 そんな顔で、口を開く。

「だったら、お前も生きろよっ……」

 絞り出すような掠れ声。
 雨音が一層強くなったような気がした。
 トゥールは目を剥いていた。

「…………」

 二人の間に沈黙が続いたが、雨音は静謐を殺す。
 トゥールは、ジンの言葉の矛盾に疑惑と困惑を隠せずに、彼を凝視していた。

「生きろ、って。お前は、俺達を殺しに来たんじゃなかったのか……?」
「ああ……そうだよ。僕だっておかしな事言ってる自覚はあるよ!」

 ざわつく胸が鬱陶しくて。ジンはおかしいついでに、全て吐き出す。
 バーコードを殺すことだけ考えていた自分が、どこか遠くに感じられた。

「僕は訳あってバーコードを殺して周っている。見逃そうとも思ったけど、でも、お前らも例外なく殺す気だったさ!」

 こんな出会い方でなければ。ジンが瀕死の怪我を負っていて、それを二人が助けようとなんてしなければ。今頃、死体のトゥールと向きあっていた事であろう。なのに今、息を吐いて、言葉を交わすトゥールと。生きたバーコードと対峙している。
 これは、どうしようもなく弱い少年の、身勝手なエゴかもしれない。それでも。
 それでも、願ってしまった。
 ジンは深く息を吸い込んで、真っ直ぐにトゥールの双眸を捉えた。

「僕からすれば、生きることなんて不幸でいることで、僕にとっての幸せは死、だけだ。君は不幸の中にクラウスを置いて逃げようとしてるんだ」

 トゥールはジンの言葉を受けて、僅かに考え込んだが、すぐに否定する。

「……違う」
「じゃあ証明しろ! 生きる幸せってやつを見つけてみろよ! クラウスを独りにすんな、お前が一緒に居てやらなきゃ、意味がないだろ!」

 トゥールの琥珀色の瞳の中で、瞳孔が大きく広がる。爬虫類が驚いた時の眼だ。
 ジンは握り締めていたトゥールのローブを、更にしっかりと掴み直す。そして、力強く声にする。死神と呼ばれた自分には無縁と思われた言葉が、勢いのままに口から放たれるのを、止めることはできなかった。
















「……だから生きろ、トゥール!」

 トゥールはただ、静かに息を呑んだ。
 驚愕に目を見開いたままの彼と、それを睨み付けるジンが、しばらく見つめ合っていた。
 生きろ、なんて初めて口にした。
 でもきっと、この言葉はずっとジンの胸の中に囚われていた言葉だ。命を奪う身で在りながら、何度も抱いた願い。抱くだけで声にすることは許されず、失う度に悔恨がのたうち回っては、はばかられた言葉。
 ジンが口にすると滑稽に響いたかもしれないが、その余韻は暖かく思えた。

「…………」

 ジンが勢いを増した雨に身震いをした頃、呆けたままだったトゥールが、力無い声で呟く。

「……生きろ、なんて。初めて言われた」

 それから、トゥールは苦しそうに顔を歪める。

「俺は、生きていて……いいのか? だって、俺は」

 それを見て、ジンは苦笑した。

「まだ生きてちゃいけないとか言うのかよ……。そりゃ、生きるのを許された存在なんかいないさ。誰だってそうだよ。誰かの許可を貰って生きてる奴なんか、いない」

 ずっとローブを掴み続けていた手を離して、ジンはトゥールから降りて続ける。
 それは不自然なほどに優しい声色だった。

「お前が誰かの許可がなきゃ生きられないって言うのなら、僕が許すよ」

 目を見張って、何かを言おうとして、しかし言葉が出てこなかったのだろう。微かに頬を綻ばせて、そうか、と笑うトゥールの表情は物悲しげに写った。けれど、ジンは安心しているような気がした。
 何を抱えているかも知らないくせに、殺してくれと頼んできたトゥールに“生きろ”という言葉は、酷だったかもしれない。
 それでも、とジンは口を開く。

「いつか、必ずお前を……お前達を殺す。でも、今はお前に死ぬ権利なんかない」

 だから。だからヒトと関わるのは嫌いだった。
 関わってしまった以上、知ってしまった以上、それを簡単に切り捨てることが出来なくなってしまう。立場上、ジンは残忍に徹しなければならないのに。
 “彼女”はジンのそれを優しさと呼ぶが、その優しさがお互いに、より惨たらしい結末をもたらすのだ。それはきっと、ただ殺すことよりも残酷だ。
 それを知っているくせに。ジンは自嘲しながら肩を竦めて、空を仰いだ。淀んだ空から降り注ぐ雫は、ナイフのように冷たく、肌に刺さる。
 ジンは静かに瞼を閉じた。光の届かない漆黒の中。浮かべるのは、“彼女”との記憶。

「ジンは、優しい子に育ったね。非道になりきれなくて、いつも泣きそうな顔してるもん。無関係なら精肉するみたいに殺すくせに。関わったら可哀想になっちゃうんでしょう?」
「それもあるだろうけど。きっと、僕は恐いんだ。自分のことも、生きることも。殺すのも……全部」
「ふふ。いいねえ、まるで人間みたい。でもそれがジンなんだから、それでいいんだよ」
「…………」
「私はもう、わからないや。慣れちゃったのかなぁ。どんなふうに殺したって、何も感じないの。なんにも恐くないの。ふふ、恐怖を失うなんて狂ってるって、そう思うでしょ? そうなんだよ。私はおかしいの。バケモノ──いいえ。“死神”だから」
「そんな、こと……」
「否定しないで。そんなの、慰めになんかならないもの。私は“死神”で、私達はバケモノで。バケモノに生きる権利はない。ね、だから殺し続けなくちゃ。いつか迎える、終わりの為に、ね」
「……。ねえ、君はさ」
「なぁに?」
「君が殺したのは、────」


***


 必ず、殺す。
 屋上と下へ繋がる階段を隔てる重い扉。その向こうで一人震える、透明人間がいた。
 夜、まともな睡眠を取れたことのないクラウスが、二人が部屋を出て行くのに気が付かないはずもなく。いぶかしみ、こっそりと後を付けてきて、話を聞いていたのだ。
 全てを聞き終えたクラウスは、煩い心音を押さえつけながら、ゆっくり息を吐く。
 “殺す”。
 その単語だけが、クラウスの脳内をぐちゃぐちゃと掻き乱していた。
 ──ジンが、オレたちを殺す。どうして? どうして!
 何もわからなかった。寒さのせいか、別の理由か、手足が震えた。扉を開けようとした腕は、震えを殺せずに、動かないまま。
 上手く息が吸えないような気がした。鼓動が、耳鳴りが酷い。心臓の辺りが赤く、熱くなるような、錯覚。
 駄目だ!
 クラウスはその場にいたら、“何か”得たいのしれない恐ろしい物に飲み込まれてしまいそうで、ふらりと階段に一歩踏み出した。けれど、脚がもつれて階段を踏み外し、受け身も取れずに落下した。

「痛……」

 捻った足首が熱を帯びる。その熱に誘発されて、“何か”がクラウスの内側でのたうち回った。必死に身体を抱きしめるようにして押さえつける。ここにいてはいけないと、警鐘が鳴る。

「ひ、い、いや、いやだッ!」

 クラウスの喉の奥から、情けない声が漏れた。不眠症故に眠れないくせに、早く眠りたいと思った。
 痛みを湛えた熱を持つ足首を庇いながら。心臓の上の赤い熱に怯えながら。クラウスは無我夢中で走った。
 深淵の哄笑を、聞かないふりして。


To be continued


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