複雑・ファジー小説

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夏のための戯曲
日時: 2016/07/14 20:56
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6 (ID: 0K8YLkgA)

 夏の最初から最後まで、僕らはここにずっといて、灼熱の太陽を浴びている。

 高校二年、夏。その日は彼女が自殺した翌日だった。街を焼き尽くすように暑くて、だけど少し風があって、緑の草がさらさらと揺れる音だけがする、静かな日。午後の通学路をチャリで飛ばして、向かうは約束の場所。スピードは少しも緩まない。澄んだ透明の夏を、駆け抜けていった。



1 「夏の最初の日」
>>1->>2->>3->>4->>5->>6

2 「夏の魔物」
3 「さよなら、」
4 「夏の最期の日」

登場人物
 田無穂高(たなし ほだか)
 桜庭敦史(さくらば あつし)
 遠野夢香(とおの ゆめか)
 飛澤桐子(ひざわ とうこ)

 水原花楓(みずはら かえで)
 山川千尋(やまかわ ちひろ)

Re: 夏のための戯曲 ( No.1 )
日時: 2016/05/22 13:13
名前: 三森電池 ◆IvIoGk3xD6 (ID: LA9pwbHI)

 僕は不幸だ。今までずっと、そう思っていた。

 保健室の真っ白いベッドに横たわりながら、スマホを開いて時間を見て、まだこんな時間かと舌打ちをした。時計の短い針は、ぴったり10を指している。
 今日、9月1日に夏休みは終わった。今は2学期の始業式の真っ最中だが、僕は朝から気分が悪かったので、特別に休ませてもらったのである。
 正直なところ、学校が嫌いな子からしてみると、一ヶ月ぶりの登校なんてそれこそ気分が悪くなるくらい嫌なものだろう。実際に僕もその「学校が嫌いな子」の一人であり、今ここで休んでいることに対して、ズル休み的な考えが一パーセントたりとも含まれていないとは言いきれない。
 あんまり真面目に生きると、疲れてしまうんだ。寝返りをうって、溜息を吐く。
 教室や廊下は死にそうなくらい暑いのに、保健室は布団を被ってもちょうどいいと感じるほど涼しい。僕が保健室離れできない原因はまさにそこにある。今日は始業式を終えたらそのまま下校だが、この暑さでは家まで帰るのも億劫だし、できるのならずっとここで寝ていたい。そう思っていた時、真っ白のカーテンから顔を覗かせて、こっちの様子を伺っている養護教諭の中島先生と目が合った。

 「田無くん、携帯弄る余裕あるなら始業式行きなさい」
 「あっ、ごめんなさい・・・・・・」

 中島先生は、去年入ったばかりの若い女の先生だ。歳が大きく離れた先生ならそれなりに話せるけれど、クラスの女子と変わらないほど若くて、気が強そうな中島先生のことが、実は苦手だった。たまに保健室にサボリに来る不良の先輩達と話している時は楽しそうなのに、僕と話している時はとてもつまらなさそうに見えてしまう。
 始業式に出るくらいなら、スマホをやめる。僕は学ランのポケットにスマホを押し込んで、壁際からもう一度寝返りをうった、その時。窓から入った風でカーテンがひらりと舞って、大きな窓の向こうが見えた。
 夏。遠くには高架橋、目の前に広がるのは河川敷。中央玄関の方はそれなりに設備や施設が整った都会だが、ほぼ真逆のこっち側は田舎の典型のような風景が広がっているあたり、所詮ここはダサい地方都市なんだと思う。
 それでも田舎の夏は美しくて、目を奪われてしまった。

 しばらくして、始業式で倒れたらしい女子と入れ替えに、僕は保健室を追い出された。廊下に出ると、もうつんとした消毒液の匂いは消えてしまって、嫌でも始業式に向かわなくてはいけない気がしてしまう。
 ただの朝礼でも遅刻していくには相当勇気がいるのにな、と考えているうちに自然と足は体育館から遠ざかり、自分が所属する2年1組の教室の前で止まった。
 当然、鍵がかかっていた。鍵開け名人と呼ばれていた、中学時代のクラスメイトの顔をふと思い出してみる。あいつ今何してるんだろうな。暑さにやられてぼーっとしたままの頭では、壁にもたれてくだらないことを考えるので精一杯だ。
 だから、上から鈴が転がるような綺麗な声が降ってきても、すぐに反応することが出来なかった。

 「田無くんも、遅刻?」

 同じクラスの飛澤さんである。夏服のセーラーのリボンをはためかせて、僕の方を見て笑っていた。

 「そ、そうなんだよね。寝坊しちゃって」

 長かった髪は、夏休み中にバッサリと切ってしまったらしい。肩まで短くなった黒髪の特に短いところが、薄いピンクの頬と重なって、それがひどく綺麗に見えた。

 「ふふ、私も。新学期に早速遅刻とか、笑っちゃうよね」

 飛澤さんはそう言って、その言葉通り、苦笑いのような表情を浮かべた。
 僕は彼女のことを、透明な人だと思っていた。大きな瞳とまっすぐ揃った毛先が、ときどき夏の空のような色に見える時がある。夕陽の中に佇んでいる姿はオレンジだし、冬に雪が降ってはしゃいでいる姿は、雪よりも白い。どんな色にでもなってしまう、まさに透明な女の子。特別顔が綺麗とか運動ができるとかではないのに、どうしても目で追ってしまう存在であった。
 そんな女子に突然話しかけられて、女性経験レベルが2くらいの僕はどうしていいかわからない。始業式とか、今更行けないよね。暇だねと、飛澤さんはスクールバッグを持ったまま教室棟を歩いている。対して僕はまだ壁から動けずに、くるくると自由に歩き回る飛澤さんを見ていた。
 ガラス窓に反射する自分は、とても眠そうな顔をしているし、さっきまでベッドに横になっていたからか、髪も酷いことになっている。
 つくづく、ツイてないなぁと思いながら、僕はポケットからスマホを取り出した。


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