複雑・ファジー小説

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人喰症候群
日時: 2016/09/11 23:24
名前: 朝野青 (ID: 03lnt/I/)

こんにちは。

題名の通り、人が人を喰うカニバリズム表現とかその他色々あるので、苦手な方はご注意ください。

とりあえず、完結させることを目標に頑張ります。

よろしくお願いします。



ツイッター始めました → @a_sano_ao



1話『トマトジュース』 >>01 >>02 >>03
2話『サラダ』 >>04 >>5

Re: 人喰症候群 ( No.1 )
日時: 2016/08/05 15:02
名前: 朝野青 ◆jodSh4MSQs (ID: Fq5IKssE)
参照: そういえばトリップつけるの忘れてた。

 鼻につく鉄のにおい。鳴り響く咀嚼音。
 真っ赤な血。飛び散った肉片。人の形をした肉塊に齧り付く人。

 人を喰うから、人喰症候群。



「いただきます」

 そう言うと、手に持っていた紙パックのジュースの横に付いている袋から伸び縮みするストローを取り出し、それを伸ばして紙パックに突き刺した。一度ゴクリと生唾を呑み込んでから、少し口を尖らせてストローを銜える。透明なストローの中を赤い液体が上がっていき、口の中に含まれる。そして、喉を鳴らしてそれを飲み込んだ。

「……美味しい」

 ポツリと呟いた彼女を、僕は半眼で見つめる。

「そんな呑気にトマトジュース飲んでる場合じゃないよ」
「……何で?」
「何でって……遅刻するだろ!」

 訳が分からないと言ったふうに首を傾げる彼女に半ば呆れながら僕は言う。しかし彼女は焦りも慌てもせずに、美味しそうにトマトジュースを飲んで、いつものペースでゆっくりと歩いている。

「薺が寝坊して朝ごはん食べる時間なくなったから今食べてるんだよ」

 『食べてる』と言うより『飲んでる』という表現の方が正しいと思うが、そういうツッコミは置いといて、僕も負けじと言い返す。

「いや、僕だけのせいにしないでよ。雫だって僕が起こしたのに中々起きないから——」

 すると、雫は生ゴミを見るかのような目で僕を見てきたから、それ以上は何も言わなかった。
 雫から目線を逸らして溜息を吐く。

「一限目の授業、何だっけ?」
「……数学」
「あぁ……」

 雫の口から出た授業名を聞いて、僕は遠い目をする。

 そうだった、月曜の一限目は数学だった。僕の中で嫌いな授業ランキング第一位の数学。そんなわけだから一限目はサボって二限目から出よう。数学の授業なんて聞いていてもいなくても解からないのだから。ちゃんと全部の授業を受けて臨んだはずのこの前の中間テストは、数学だけあり得ないような点数を取ったような気がするけど、何点だったか思い出せない。余りにも酷い点数だったから僕の脳はそれを忘れようと頑張っているのかもしれない。
 うん、過去は振り返らないでおこう。常に先のことだけを考える。そういえば、二週間後に期末テストが待ち構えている。赤点さえ取らなければそれで良いんだけれど、しかしこのままでは数学は確実に赤点だろう。だとしたらサボらずに授業に出て、ちゃんと授業受けて頑張って勉強してますよアピールでもした方が良いのではないだろうか。……無駄か。
 赤点を回避するには期末テストで平均点辺りは取ることか。だとしたら、ちゃんとテスト勉強しなきゃなあ。

「……一緒にテスト勉強でもしようか——って、雫?」

 僕よりも低い点数を取っていた雫にそう提案すると、隣を歩いていたはずの彼女はそこにいなかった。立ち止まって振り返ると、僕の数歩後ろで雫は突っ立っていた。大きく見開いた目で横に広がる空き地の方を見詰める雫だが、僕の位置からは丁度空き地を囲む塀に遮られ、彼女が何を見ているのか分からなかった。

「雫?」

 名前を呼んでも何の反応も示さない雫を不審に思った僕は彼女の方に足を進め、その目線の先を追った。そして、そこに広がる光景に、愕然と目を瞠った。

 真っ赤に染まった空き地。そこにいる二人の人間。
 辺りに充満する鉄のにおい。鳴り響く咀嚼音。

 端的に言うと、人が人を喰っていた。

 喰われている方の人はだらりと倒れている。服は破られ、肉は喰われ、所々骨のようなものも覗いている。
 喰っている方の人は、ただひたすらに肉を喰っていた。肉を噛み千切り、咀嚼し、呑み込む。まるで獣のように、何かに取り憑かれているかのように、その行為を繰り返す。

 一つの病名が脳内に浮かび上がる。

 人喰症候群。
 それに感染した人は、人間の肉しか口に出来なくなる。

 ボトリと、何かが落ちる音がして、ビクリと肩を震わせる。ゆっくりと音のした方を見ると、雫の足元に紙パックが転がっていた。中からトマトジュースがこぼれ、地面に生えていたぺんぺん草が真っ赤に染まっていた。横になった紙パックからゆっくりとトマトジュースが流れ出し、地面に赤い水溜まりを作っていく。
 その様子を見て、徐々に思考が現実へと引き戻された。

 そうだ、逃げないと。
 感染者は今喰っている人に夢中でこちらに気付いていないが、いつ僕達を襲ってくるか分からない。あの人を喰っている間に、早く逃げないと。

「雫、行こう」

 雫の細い腕を掴み、歩き出す。が、雫がついてこない。振り返ると、雫はまだ人が人に喰われている様を見ていた。

 大きく開かれた目。瞬きすらせず、じっと見詰めている。その瞳には何の感情も感じられない。突っ立って固まる雫は、人形かロボットかのようだ。

「雫、早く」

 強く腕を引っ張るが、雫は地面と足の裏が強力な接着剤でくっついてしまったかのように全く動かない。

 横目で空き地の方を見る。
 まだ気付かれていない。

「雫……!」

 昔の記憶が脳裏を過ぎる。
 真っ赤な血に染まった男性の死体と、その血肉を喰らう女性。その女性が、ぎらぎらと光る目をこちらに向け、口角を上げて血で赤くなった歯を見せる。そして、こちらに近付いてきて——。

「雫!!」

 大きな声を出すと、ようやく雫がこちらを見た。壊れかけのロボットのように緩慢に首を動かして僕の顔を見る。それまで呼吸すらも止まっていたようで口を開いて息を吸い込み、そして息を吐く同時に「薺」と僕の名前を漏らした。小さなその声を聴いて、僅かに安堵する。

 その時、違和感に気付いた。だけど、その違和感が何なのかは分からない。
 ごくりと生唾を呑み込んで、感染者の方を見る。と、目が、合った。

「——っ!!」

 違和感の正体が、それまでずっと鳴り響いていた咀嚼音が止んだことだというのに思い当たる。
 僕が大きな声を出したから気付かれたのか。
 感染者の血に染まった目が、僕達を映して爛々と輝く。

 逃げないと。そう思うのに足が動かない。
 そうしているうちに、感染者はにたりと嗤ってこちらに近付いてくる。

 ぎゅっと強く手を握られる。感染者の方を向きながら目だけを動かすと、雫は怯えた表情をしていた。握られている手は、恐怖で震えている。

 そうだ、雫のことは僕が守らないと。

 手を握り返して、雫の一歩前に出る。

 すぐそこまで迫った感染者がこちらに手を伸ばす。

「——っ」

 恐くて目を瞑ることすらできない。

 あぁ、喰われる。
 僕が喰われているうちに、雫が逃げることが出来れば良いのだけれど。そうすれば、少しは僕の存在意義だって——。

 バン、と銃声が響いた。

 感染者が大きく仰け反って後ろに倒れ込んだ。

「……は……?」

 ぱちくりと瞬きをする。
 ゆっくりと振り返ると、そこには銃を構えた少年がいた。

「大丈夫だったか?」

 そう、声を掛けられる。
 それには答えず、僕はもう一度感染者のほうを見る。倒れ込んだ感染者は全く動かず、指一本動かさない。

「この人……死んでるのか?」

 問うと、その少年は感染者に近づき、じぃっとそれを見下ろした。

「ああ、死んでる」

 分かりきっていたことだったが、そう言われて改めて思い知らされる。

「だから、安心しろよ」

 そいつはこちらを振り返って、言った。ニコリと、笑みを浮かべて。
 それを見て、目を見張る。

「俺が殺したから、もう大丈夫」

 ぎりっと歯を噛みしめる。右手を強く握りしめる。

 いつかの記憶を思い出す。
 真っ赤な背景に立つ少女。大きく見開かれた、絶望しきった眼で、こちらを見てくる。
 そして忌々し気に口を開いて——。

「この……人殺し!!」

 気が付いたら、僕は少年のことを殴り飛ばしていた。

Re: 人喰症候群 ( No.2 )
日時: 2016/08/15 21:38
名前: 朝野青 ◆jodSh4MSQs (ID: 7ZyC4zhZ)
参照: なんか全然書き進められないです。

 こいつ、頭がおかしいんじゃないか。

 いきなり人を殴った薺を見て、私は咄嗟にそう思った。

 私達を喰おうとしていた感染者を殺してくれた人。それは私達と同じクラスの山小菜君だった。そんな命の恩人でもあるクラスメイトのことを、薺は殴った。思いっきり。

 殴られた勢いで、山小菜君の身体が地面に叩きつけられる。痛そうだと思っていると、薺は仰向けに倒れた山小菜君に馬乗りになって胸倉を掴んだ。もう一方の手を固く握り締める。

「な——っ」

 止めようとしたが、その前に拳は振り下ろされた。

「人殺し……!」

 人殺し。その言葉を頭の中で反芻させる。
 そう、何故だか知らないけれど、薺は感染者の人殺しについてちょっと、いや、かなり敏感なだけなのだ。だから、別に頭がおかしいとかそういうわけではない、のだと思う。

「薺、もうやめなよ」

 3発目を殴り終わったところで止めると、薺は握りしめていた手を緩めた。そして、振り返って私の方に顔を向ける。その顔は私が今まで見たことがないほど怖い表情をしていて、少し尻込みする。

「……もう十分だよ」
「……コイツは人を殺したんだよ?」
「……そう、だけど——」

 薺が死んだ感染者に視線を向けたので、私もそちらを見る。こんなものを見るのは初めてだから、気持ちが悪い。心臓が大きく音を立てる。まるで耳のすぐそばに心臓があるみたいに。

「人を喰べた感染者は殺しても罪には問われない、って法律が——」
「そんな法律なんだよ」

 私の言葉を途中で遮って薺が吐き捨てるように言う。

「感染者だって人間なのに、何でだよ。おかしいだろ、そんなの」
「それは……だって、私達のこと襲ってくるんだよ?」
「だからって殺すことはないだろ!」

 何を言えば良いか分からなくなって口を閉ざす。
 自分の心臓の音がうるさいし、耳鳴りもしてきた。

「殺らなきゃ喰われるから、殺すしかねぇんだよ」

 それまでずっと無言だった山小菜君が口を開いた。驚いて山小菜君を見た薺のことを、山小菜君は真っ直ぐに見る。

「……そんなことないね」

 薺が反論する。

「感染者専用の人喰病棟があるから、そこに入院させれば良いだろ」
「そんな所に入院させてどうするんだよ。人喰症候群を治す薬は無いんだぞ」
「これから出来るかもしれないだろ!」

 二人の会話を聞きながら、心臓を手でおさえる。感染者が人を喰べているのを見た時からずっと心臓が大きく音を立てていて、胸が張り裂けそうだ。黒い幕を掛けられたかのように視界が悪く、薺と山小菜君の姿が見辛い。耳鳴りがして二人の声も遠く感じる。息苦しくて、息を吸おうとするけど上手くできない。脂汗が全身から出る。

 あぁ、これは、また。

 ゆっくりと目を閉じる、その一瞬。
 薺はこちらに背を向けている。山小菜君と目が合った気がした。

 全ての苦しみから解放され、私は地面に倒れ込んだ。

Re: 人喰症候群 ( No.3 )
日時: 2016/08/24 19:36
名前: 朝野青 ◆jodSh4MSQs (ID: SA0HbW.N)
参照: かなりのスローペース

「おい……!」

 目の前にいる待雪のその奥に立っていた待雪さんの様子がおかしいことに気付いた時にはすでに彼女は倒れ込んでいた。

「雫!」

 それまでずっと俺の胸倉を掴んでいた待雪がその手を放す。と、俺はそのまま後頭部を地面に打ち付けた。
 後頭部を抑えながら半身を起こし、待雪さんの様子を伺う。すでに彼女のそばにいる待雪が心配げに声を掛けている。

 立ち上がって、二人に近寄る。待雪さんの顔を覗き込むと、紙のように真っ白な色をしていた。

「大丈夫なのか?」
「あぁ……気を失ってるだけ……、貧血でよくこうなるんだ——って」

 話している相手が俺だということに気付いた待雪は苦虫を噛み潰したようなカオをして俺を睨んできた。

 怖いなぁと思いながら、たくさん殴られた左頬に手を当てると痛みが走ったのですぐ手を離した。

 待雪は気を失っている待雪さんのことをお姫様抱っこしようとしている。が、待雪には力が無いらしく、待雪さんを持ち上げることは出来ない。

「手伝おうか?」

 しかし、待雪には相変わらず怖い顔で睨まれるだけだった。

 今日から衣替えで夏服のセーラー服を着ている待雪さんはとても細い。今までも細いとは思っていたが、半袖の服になって肌の見える範囲が広がると、それは更に際立っていた。腕なんて、骨と皮しかないのではないかと思うくらいに無駄な肉が一切ついていなくて、ちょっと力を入れただけで簡単に折れてしまいそうだ。スカートから覗く太腿も、当然ながらに細い。太い腿だから太腿というのに、これでは細腿になってしまう。
 なんてこと考えているうちに、待雪は待雪さんをおんぶしてよろよろと危なげに歩いていた。手伝おうとも思ったが、どうせまた睨まれるだけだろうと苦笑いを浮かべた。

 二人のことは放っておいて、学校に行こうと考えた時、俺はある物に目を留めた。二つのスクールバッグ。先を歩く待雪を見ると、彼は待雪さんをおんぶしているだけで他の荷物は何も持っていなかった。
 俺は大きく溜め息を吐いて、それを拾い、乗ってきた自転車のカゴに入れたのだった。




 学校に着き自転車置き場に自転車を置いていると、ちょうど三限目の始業のチャイムが鳴った。
 今から教室に入ったら目立つなぁ嫌だなぁ、と思い、俺は自分の教室へは向かわず保健室へと足を運んだ。
 保健室のドアをガラリと開けると、中にいた一人の女性がこちらを見た。

「……山小菜君、また来たの?」

 歳は五十歳くらいでどこにでもいるおばちゃんといった感じの保健の先生。だけど、シワのある顔は整っていて、昔は美人だったんだろうと思わせる顔つきをしている。

「今日は本当に怪我してるんですよ」

 よく授業をサボって保健室に来るから疑惑の目を向けてくる先生に、先程待雪に殴られた頬を見せた。すると、先生は眼鏡の奥にある目を丸くした。

「どうしたの? まさか、感染者にやられたの?」
「違いますよ、ちょっと殴られただけです」

 心配げに訊いてくる先生に笑って答えながらドアを閉めて、保健室の中へ入る。三つのスクールバッグを床に置き、俺はソファへ腰掛けた。
 しばらくして、先生が湿布を持って近付いてきた。

「結構腫れてるけど、誰に殴られたの?」
「えーと……」

 俺の頬に湿布を貼りながら訊いてくる先生に、俺は言葉を濁した。すぐそばにある先生の目が問いただすようにじっと俺の目を見詰めてきて、俺は視線を空に彷徨わせた。
 どうしようか困っている俺を助けるように、保健室のドアが勢い良く開き、先生はそちらを見た。ほっと息を吐き、俺もドアの方を見ると、そこには俺を殴った張本人が立っていた。

「大丈夫……!? どうしたの?」

 大量の汗を流して、息を切らせて肩で息をする待雪に、慌てて駆け寄った先生に待雪はおぶっていた待雪さんを見せた。

「雫が、倒れて……」
「山小菜君、ちょっと手伝って!」

 それまでぼんやりと眺めていた俺は、先生に呼ばれて仕方なく立ち上がった。先生と二人で、まだ眠ったままの待雪さんをベッドへ寝かせ、息を吐いた。チラリと待雪を見ると、先程まで俺が座っていたソファに倒れ込んでいた。場所を奪われた俺はどうしようかと思い、眠っている待雪さんに目を落とした。
 睫毛が長いなぁ、とぼんやり思っていると、その目が開いた。視線を宙に彷徨わせてから、俺のことに気付きこちらを見た。

「あ……っ」

 目が合ってしまって慌てて目を逸らす。先生を見ると、待雪にスポーツドリンクが入ったペットボトルを渡しているところだった。

「待雪さん、起きたみたい」

 そう言うと、待雪がすぐさま飛んできて、待雪さんの顔を覗いた。

「良かった、雫……」

 心の底から安堵したような表情を見せる待雪。

「身体の調子はどう?」

 先生も近付いてきて、待雪さんに問いかける。待雪さんは半身を起こし、身体のあちこちを触った。

「大丈夫です」

 言い終わると同時に、ぐるるるる、とお腹の音が鳴った。それを鳴らした待雪さんは恥ずかしそうに顔を赤くして小さな声で付け加えた。

「お腹が、減りました」

 先生はくすりと笑って「その様子だと大丈夫そうね」と言った。

「お弁当とかは持って来てる?」
「今日は寝坊して時間がなかったから持ってきてません」

 待雪が答えると、先生は時計を見た。時計は十一時を指していた。

「じゃあ食堂に行って何か食べてきなさい」



「……で、何でお前まで一緒に来てるんだよ」

 コップに入った水を飲んでいたら、テーブルを挾んだ向かい側に座った待雪が不満たっぷりに言った。

「俺も腹が減ったから」

 努めて冷静にそれだけを言う。相変わらず睨まれたままだったから、俺は正面の待雪から目を逸らして待雪さんの方を見た。
 待雪さんは行儀良く手を合わせて「いただきます」と小さく言った。

「……って、待雪さんそれだけしか食べないの?」

 待雪さんの前に置かれているのはサラダが盛られた皿一つだけだった。
 思わず問い掛けると、待雪さんはサラダをじっと見詰めた後俺の方を見て答えた。

「サラダ、好きだから」
「……いや、だからってそれだけじゃ腹減るだろ」

 少しずれた回答に思わずツッコむ。すると、今度は待雪が口を開いた。

「雫は少食なんだよ」
「えぇ……」

 いくらなんでも少食過ぎないか。そんなだからすぐ倒れたりするんだ。という言葉は胸にしまっておく。あまり言い過ぎるとずっと俺を睨んできている待雪が何をしでかすか分からない。

「というか、お前が食い過ぎなんだろ」

 そう言って、待雪は俺の目線を動かした。その先にはきつねうどんとカレーライスが置かれている。ちなみに、待雪の前には唐揚げ定食がある。

「別にこれくらい普通だろ」
「普通じゃねーよ! つーか何だよ、その組み合わせ。カレーうどん食べればいいだろ!」
「俺はうどんとカレーが食べたい気分なんだよ! うどんはうどんでカレーはカレーで食べたいんだよ!」
「意味分かんねーよ!」

 ぎゃあぎゃあと言い合っていると、小さな笑い声が聞こえて押し黙った。それまで睨み合っていた待雪と、きょとんとして見詰め合ってから声のする方に同時に目を向ける。すると、待雪さんが口元を手でおさえて笑っていた。

「……雫——」

 待雪が小さく名前を呟くと、彼女は待雪を見てにこりと笑った。

「薺、楽しそうだね」
「……なっ、僕は別に——!」

 言い返そうとした待雪だったが、まだ笑っている待雪さんを見て、僅かに微笑んだ。

「さ、早く食べよう。山小菜君も」
「あ……うん」

 待雪さんが再び手を合わせる。待雪も手を合わせたのを見て、俺もそれに倣った。

「いただきます」

 待雪さんに続いて、俺達も「いただきます」と声に出して食事を始めた。

Re: 人喰症候群 ( No.4 )
日時: 2016/09/06 23:42
名前: 朝野青 ◆jodSh4MSQs (ID: C5PYK3fB)
参照: がばがば

 とある小さな島。
 そこに、人を喰う人が現れたのが半年前。突如人を喰う人間に皆驚愕し、この島はパニックに陥った。

 数日後、人を喰うようになるウイルスが発見された。名前はそのまま『人喰ウイルス』と名付られ、それに感染した人を感染者と呼ぶことになった。
 それから更に数日経って、感染者は通常の人間よりも力が強く体力もあり、また治癒力は通常の人間とは比べ物にならない程高いことが分かった。感染者を殺そうとした人がバットなどの硬いもので殴ってもあまり効き目はなく、警察が拳銃でその身体に何発も弾丸を撃ち込んでも、死ぬことはなく襲いかかってきた。
 人々は皆、感染者に襲われる恐怖、人喰症候群に感染する恐怖に怯えて過ごしていた時、人喰ウイルスを死滅させる特効薬が開発された。麻酔銃の麻酔の代わりに特効薬を詰めた特効薬銃も作られ、それを使用していった。しかし、感染者にその特効薬を使うと、人喰ウイルスが死滅すると同時に、感染者本人も死に至ってしまうことが分かった。
 それを受けて殺人ではないのかという疑問ができ、感染者を殺すことを反対する人が徐々に現れた。その声は無視できるほど少なくなかったため、人喰症候群についての法律が作られた。
感染者は殺さずに麻酔で眠らせ、人喰病棟へ入院させること。但し、人間を喰った感染者は殺しても良い——というものだ。

「——ゆき、待雪薺。聴いてるか?」
「あっ、はい」

 慌てて立ち上がる。教壇に立った先生が据わった目でこちらをじっと見ている。

「じゃあ、この問いの答えは?」
「えーっと……」

 カツカツと先生がチョークで黒板を叩く。そこには訳の分からない数式が書かれている。
 僕はその数式をじっと見つめて考えたが、全く頭が回らない。

「……分かりません」
「じゃあちゃんと話聴いとけ」

 曖昧に頷きながら椅子に座る。

 今が数学の授業中だということをすっかり忘れていた。
 昨日、感染者を間近で見たショックからか、人喰症候群についてのことばかりを考えてしまっている。もっとも、数学の授業を聴いていないのはいつものことなのだが。

「次、山小菜」

 机に突っ伏して寝ていた山小菜の頭を先生が教科書で軽く叩く。山小菜は顔を上げ、寝ぼけ眼で黒板を見て、のっそりと立ち上がった。

「この答えは?」
「分かりません」

 即答してまた椅子に座って机に突っ伏す山小菜。それを見た先生は呆れたように小さく溜め息を吐いた。

 人喰症候群の感染者が現れてから少しして、感染者を殺すための組織が作られた。昨日、僕達の目の前で感染者を殺した山小菜もその一員なのだろう。
 感染者は人を喰ってきて人間にとっては害悪しか齎さないのだからそのような組織が出来ても自然だ。しかし、感染者だって人間だからいくらなんでも殺すのは酷すぎると思う。そんなのはただの人殺しじゃないか。

「待雪雫」

 山小菜のことを睨んでいると今度は雫が当てられて、僕は慌てて雫の方を見る。雫はというと、窓際の席で外の雲をぼんやりと眺めていた。

「おい、待雪雫。黒板を見ろ」

 そう言われて視線を窓の外から黒板へと移す。

「この答え、分かるか?」
「……分かりません」

 小さな声で呟くと、先生は頭を抱えて溜め息を吐いた。それと同時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。

「じゃあこの問いは次の授業の始めに答え合わせするから皆やっておくように! 終わり!」
「きりーつ、礼」

 次は昼休みだ。それまで沈鬱だったクラスが急に騒がしくなる。しかし、先生が「あ、そうだ!」と声を上げたことによって再び静かになった。

「待雪二人と山小菜、今から職員室に来い」

Re: 人喰症候群 ( No.5 )
日時: 2016/09/11 23:22
名前: 朝野青 ◆jodSh4MSQs (ID: 03lnt/I/)
参照: 食べてばっかり

「何でお前らが呼ばれたか分かってるか?」

 昼休みの職員室。早くお昼ごはんを食べたいのに、私達三人は数学の先生の前に立たされている。

「分っかりませーん」

 私の左隣に立っている山小菜君が言った。
 先生は大きく溜め息を吐いた。

「今日の授業で答えられなかったからですか……?」

 次に、私の右隣に立っている薺が言った。

 今日の授業。眠たくてちょっと眠ってしまって、目が覚めてからは寝惚けた頭のまま空を眺めていた。

「まぁそれもあるけどなぁ……」

 先生が机の上に置いていたクラスの名簿表を開いた。確かあれにはテストの点数が書かれていたはずだ。それを見た先生は困ったようにガリガリと頭を掻く。

「この前の中間テストの数学の点数、下から三人がお前らなんだよ」

 中間テスト、数学。そういえばそんなものもあったな。
 頑張って半分くらいは解いたのに、正解だったのは大問一の基礎問題の数問だけだった。だから点数は確か四点だった。それなりに頑張ってテスト勉強もしたのに、そんな点数なのだからやる気は下がる一方だ。他のテストでは平均点は取れていたから、私はどうも数学だけが壊滅的に苦手らしい。

「だのに、授業中の簡単な問題も分からないと言うし、このままだと期末テストでも同じような点数を取ることになる」

 あれは簡単な問題だったのか。私にはさっぱり分からなかった。

「そうすると、お前らは赤点を取って夏休みは補習三昧ということになる」
「はぁぁ!?」
「えぇぇ!?」

 山小菜君と薺が同時に声を上げたのに対して、仲が良いなと思う。

「まぁ落ち着け。俺だって、夏休みなのに暑い中登校させて可愛い生徒たちに補習させるような意地悪な先生じゃないからな……」

 冗談半分でそう言ってから先生はニッと笑った。

「今日から毎日放課後は居残って勉強しろ! そうすれば次の期末テストではきっと良い点が取れるから!」
「…………………………」

 居残って勉強。頭の中で反芻させる。
 面倒臭い。どうにかそれは無しにしてもらいたい。

「結局勉強させんのかよ!」
「そりゃそうだ! 何にもなしに赤点が免除されるとでも思ったのか!」

 山小菜君と先生が口論をする。薺も何か文句を言いたげだったけど、流石に先生に真っ向から言う勇気は無いらしく、先生のことを不満たっぷりな目でただ見詰めていた。

「それと同じ問題をテストで出すんですか!?」
「安心しろ、数字を換えるだけで解き方は一緒だ!」
「んなもん分からないっすよ!」

 そうだ、そうだ。と、心の中で山小菜君に同意する。
 そんな簡単に解けるほど頭が良ければ授業を聞いただけで解けるし、補習に呼び出されたりもしていないはずだ。居残って勉強をしたところでどうしても解けないような気がしてならない。

「とにかく! 放課後にプリントを持っていくから、ちゃんと教室に残っとけよ!」

 サボろうかな、とぼんやりと思った。



 数学の先生の話が終わって、食堂へ来た。
 私の目の前には、先程購買で買った紙パックのアセロラジュースとサラダがひとつ。

「で、何でお前までいるんだよ!」

 顔を上げると、私の目の前には真向かいには山小菜君が座っている。山小菜君は私の右隣に座った薺を一瞥してから言った。

「弁当持ってきてないから食堂で食ってるだけだろ」
「だったらなんでここに座ってるんだよ」
「他に席空いてねーだろ」

 山小菜君の言う通り、数学の先生の話を聞いてきた後では既に他の生徒で食堂はごった返していて、やっと見つけた空席はここしかなかった。

「他の場所探せよ」
「そっちがどっか行けば良いだろ」

 仲良く言い合っている二人を横目に、手を合わせて「いただきます」と小さく言う。それからアセロラジュースを上下に振ってストローをさす。一口飲むと、アセロラの味が口の中に広がった。
 サラダを食べ始めようと思ったが、まだ言い争っている二人を流石にどうにかしなくてはいけないと考え、どうしようかと二人を見る。

「山小菜君、今日は唐揚げ定食一つだけなんだね」
「え? あぁ……そうだけど?」

 突然口を挟んだ私に驚きながらも山小菜君が返事をする。

「昨日はカレーとうどん食べてたから、毎日あんなにたくさん食べるのかと思ったよ」
「……昨日は、そういう気分だったから」

 にこりと笑って言うと、山小菜君もニコリと小さく笑った。

「……ほら、薺も山小菜君も早く食べよう? 昼休み終わっちゃうよ?」

 昼休みは既に半分くらい時間が過ぎていて、もうお昼を食べ終わって食堂から出ていく生徒もいる。

「はい、いただきます!」

 そうして、私たちは食事を始めた。


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