複雑・ファジー小説
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- 私の不思議な日常
- 日時: 2016/08/13 18:46
- 名前: 昼行灯 (ID: 3EnE6O2j)
突然だが私は妖怪だとか幽霊だとかそういうものが見える。何時から見え始めたのかははっきりと覚えていない。気づけば見えていた。最初はぼんやりと白や灰色の靄のようにしか見えなかった。だがある時を境にはっきりと、それは最早私の生活の一部でありそれ抜きでは私のアイデンティティを失いかねないほど私という人間を構成する一部にもなっていた。決して大袈裟な意味ではなく、私は彼らに何度も危険な目にも合わされているし、またそれと同じくらい救われもしたのだ。よって統合失調だとか精神異常だとかは言わないでほしい。私が消えてしまうから
ふと目を開ける、どうやら机に突っ伏したまま寝てしまっていたらしい。先程まで締め切っていたはずの窓はいつのまにか開け放たれており、冬独特の乾いた木枯らしがひゅう…と音を立てながら頬を撫でた。
「おい、いつまで寝ているつもりだ。窓もいつまでも閉めきっていては気が淀む。気が淀んでいては良くないものが寄ってくる。私がいれば心配することもないが何もないに越したことはないのだ」
目の前で天井近くまで浮き私を見下ろす男性、出雲千十郎。彼は人ではない
私は妖怪だとか幽霊だとかそういうものが見えるのだ
出雲は天井近くで暫く浮遊して間も無くゆっくりと降りてきた
「寒い」
まだ寝起きで頭がぼんやりとする。五感ですぐに感じた『寒い』、という情報をただ一言だけ伝える。
寒い、寒い。
一度寒いと認識してしまうともうだめだ細胞の一つ一つ全てが寒いという信号を受け取って活動する。鳥肌が立つ、足先の冷たさを感じる、震えが止まらない。そんな私を見て目の前の長身の男はおやまあと一言。どの口が言うのか腹立たしい
「寒いのはいけない。ほら羽織れ」
そう手近にあった半纏を差し出す、なんとなく古めかしいのは出雲の趣味だろう。だが半纏は侮れない本当に暖かい。少なくとも私が知っている防寒具のなかでは一番暖かいと思う
半纏を羽織り暫くじっとしていると冷たかった生地が体温を吸収し温まってきた。暖まると眠くなる。もう一眠りしようか、そう思った矢先にスパンと軽快な音をたてて頭を叩かれた
「痛い」
「寝るな」
寒さと痛さですっかり目を覚ました私はゆっくり伸びをする、机に突っ伏して寝ていたせいでバキボキと音をたてる、端から聞けば嫌な音かもしれないが全く痛くないし、この音がなった後の爽快感は癖になる。わかるだろうか?
「さぁ裕子、外に出よう。冬休みに入ってから全く外に出ていないじゃないか」
伸びをした後の爽快感の余韻に使っている最中に声をかけられた。聞き間違いだろうか、このクソ寒いなか出かけようと聞こえた気がする
寒い、面倒、と散々渋ったが若いんだからだとか偶には外に出ないと体に毒だとかジジ臭い正論を並べられて、結局外に連れ出された。よく考えたら私はこいつに一度だって勝てたことはなかった。
外に出ると木枯らしが体を撫でる。部屋の中にいたときよりずっと寒く感じる。目的も行く場所もないのでふらふらと歩き出す。気がつくと土手沿いに出ていた。道沿いには桜が植えられているがまだ蕾すら膨らんでおらず開花の様子はまだ見せない
桜の向こうを見ると川がある。流れの止まっているところでは薄っすらと氷が張っているらしくその部分だけ白い。凍っていないところでも、銀の色を所々に湛えていた。
さらにその向こうには山があり……
山が、あり…
「なんだあれ?」
山がある、もう春のような儚さも夏のような青々とした葉も、秋のあの紅錦を着たような彩りもない。葉を落とした裸の木と赤茶色をした葉を茂らせている木とが入り混じった山が、しんと春から秋にかけての色を忘れた様にそこに佇んでいる。そこまでは普通だ、だが普通の山にはないものがその山にはあった
毛玉だ、毛玉が蓑虫のように大木にぶら下がっていた
…なんだあれは
もう一度言ってみる。今度は隣にいる男に向かって、それまで桜の木の枝を見ていた男はやっと興味を持ったように山に目を向ける
「ほぅ、珍しいものを見つけたな」
ふふん、と何故か得意げに見下ろされる。そしてすいっ山を見上げる
「あれはな、妖が冬眠しているのだよ」
「妖の冬眠?」
「妖だって冬眠くらいするさ」
妖が冬眠なんてするのだろうか、イメージがわかない
「するのだよ、山が眠ればそこに住まうものは皆眠る。小さな流れは大きな流れに逆らわないものだ」
「山が眠る?もっとわからない、まるで山を生き物のように言うね」
「その通りだよ、山というのは一つの大きな生命体だ。山の中枢を脳だと例えよう、脳が眠れば体の各器官は活動を停止する。この器官というのは山に生える植物だとか住まう動物、妖も含まれるな。そして各機関が活動を停止した状態、これを冬眠と言うのだ。妖が冬眠するときはああやって同じ種族同士纏まって眠るのだよ」
わかったような、全くわからないような
「まぁ、とにかくあれは妖が集まったものなんだよ、なぁに気にすることはないさ、眠ってるんだからね」
「ふうん、じゃあ別に危ないものではないのか。なら別にいいや」
毛玉を通り過ぎまたしばらく歩く。この散歩はいつまで続くのだろうか、心なしかさっきよりも冷えた気がする
「おい裕子、空を見ろ」
上を見上げる出雲に釣られて私も空を見上げる。と、そのとき丁度鼻先に白い何かがひらりと舞い降りた
「雪だ」
灰色の空からひらりひらりと不規則にゆらゆらと白い雪が降っている
「そういえば今年初めてだな」
じぃっと空を見上げながら嬉しそうに呟く出雲を見て私もなんだか嬉しくなってきた
積もるかな?
そう聞けばそれはないだろうとあっさり返される。なんだ夢のない奴め
「外に来て良かったろう?」
確かに、家に居たら気付かなかったかもしれない、あの毛玉を見ることもなかった。
ちらりと後ろを振り返りさっきの毛玉をもう一度見る。そして雪が舞う空を見上げる
「外に来て良かったろう?」
もう一度問われる。素直に『出てきて良かった。ありがとう』と言うのは少し恥ずかしいので返事の代わりに雪見大福を買おう。と提案する
「素直じゃない奴め」
呆れたように笑う出雲に、雪が綺麗だね。と言ってみる。私なりに感謝の気持ちを表したのだが伝わっただろうか
「あぁ、綺麗だな」
私の不器用な感謝はどうやら伝わったようで静かに返された
冬の散歩もいいかもしれない。ほんのちょっとだけそう思う冬の昼間
- Re: 私の不思議な日常 ( No.1 )
- 日時: 2016/08/13 18:32
- 名前: 昼行灯 (ID: 3EnE6O2j)
小噺その2 泣く空に去ぬ
雨が降った。
朝から土砂降りで、カッパを着た努力も虚しく学校までの道のりで靴下も制服もびしょびしょに濡れてしまう人が殆どで、そのままでは風邪をひくからとその日は体操着にジャージで一日過ごしても良いという先生からのお達しがあり、今日の学校は体育祭でもないのにジャージを着る生徒で溢れていた
私もそんなジャージ生徒の一人で、友達の桜と一緒に土砂降りの空を見上げながらお昼を食べている
出雲はいない。学校とかには基本憑いてこない
「凄い雨だねー」
友達につられ窓を見ると鉛色を通り越してほぼ黒に近い色をした空から大粒の雨が後から後から降ってくる。ばちばちと窓を叩いては滑る水滴を私はじっと見つめた
「おばあちゃんが言ってたんだけどね、こういう雨の日は悪いものか出るらしいよ」
「悪いものって?」
「さあ…、お化けとかじゃない?」
「お化けか…嫌だな」
「あ、裕子ってそういうものが見えるんだったよね?やっぱ雨の日って多いの?」
「雨の日はできる外に出るなって言われてるからよくわかんないや、言われてみれば多い気もするけど」
「やっぱそうなんだ…」
多いのかな…?そういえば前、出雲に雨の日は外に出るなって言われたことがあった
そう思って外をもう一度見ると、窓の外に険しい顔で佇む出雲の姿が
呆気にとられて口をパクパクする私に出雲は呟いた
(気をつけろ、今日は危険だ)
何が?
そう聞く前に出雲は姿を消した
「裕子?どうしたの、五時間目始まっちゃうよ」
桜に促されて五時間目の支度を始める。危険ってさっき桜が言ってたやつのことだろうか
出雲が消えた窓の向こうを見て私は今日の帰りを憂鬱に思った。何事もなければいいけど
- Re: 私の不思議な日常 ( No.2 )
- 日時: 2016/08/13 18:44
- 名前: 昼行灯 (ID: 3EnE6O2j)
小噺その3 泣く空に犬
授業も終わり部活も終わった。後は帰るだけ。時間はもう七時をとうに過ぎていて、外は真っ暗だ。雨は相変わらずザアザアと激しく降っている。元から黒かった空は夜の闇も手伝って底がないように見える。街灯の心もとない光だけが道を不安げに照らしていた
(気をつけろ、今日は危険だ)
頭の中で繰り返される出雲の警告、結局何が危険なのかははっきりしないままだけどとにかくできる限り早く帰ろうと無い体力を振り絞り自転車を必死に漕ぐ
くぅん
家に着くまでの最後の曲がり角を曲がったところで聞こえた鳴き声、これは犬の鳴き声だ、それもまだ幼いであろう高い声
早く帰りたい気持ちもあったが、それは小さな命を見捨てていい理由じゃない
そっと声が聞こえた茂みに寄ってみる。そういえば雨が遠い、カッパに打ち付けられる雨の音もいつの間にか静かになっている
「裕子っ!やめろっ!」
ハッとした時にはもう茂みを掻き分けて見つけたところだった
雨に濡れた
子犬の死体を
!?
気がつけば黒い犬の形をした何かに押し倒されていた。ただ、犬と呼ぶには余りにも禍々しくおぞましいものだった。
『サミシイ』
ぽつりと、呟かれた言葉は私に向けられたものだった
途端に頭に流れる映像。一つじゃない、たくさんの犬の記憶、体が不自由で捨てられた子、虐待を受けた子、訳も分からず置いてかれた子
『サミシイ、クライ、ドウシテ、カゾク』
途切れ途切れに呟かれるのは切望と絶望が入り混じったものだった。あぁ、この子たちは可哀想な子なのだ、 一人ぼっちだったのだ、この暗く冷たい雨の中、自分のご主人を探し回っているのだ
『カゾク、ホシィ、アナタハ、ボクノ、カゾク?」
わたしは…
「応えるなよ。裕子」
私は家族だよ、そう言おうとした途端に出雲に遮られる、どうして?可哀想じゃない、家族が欲しいだけなのに
「答えれば最後、こいつらと同じになる。しかし応えさえしなければやがてこいつらは消える」
ぐっと口を噤む、凄く可哀想で、助けたい。だけど私はその術を知らない。だから私は私の身を守るしかなかった。その間にも紡がれる切望の呟き
『サミシイ、クライ、カゾク、コワイ、ヒトリツライ、アメ、ツメタイ、カエリタイノニドウシテ、ドウシテ、ドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテドウシテヒトリニシナイデッッ!!!!」
最後に一際大きな声で泣くと黒い犬は消えた。
ぼうっとその場に立ちすくみ出雲に聞く
「あの犬は何?」
「泣犬だ、酷い雨の日に現れる」
「助けられないの?」
「無理だ、あれはそういう妖なのだからな」
どうして私を助けてくれなかったの?
「それも無理だな、先ほども言ったがあれはああいう妖なのだ。小豆洗いが小豆を研がなければならんように、豆腐小僧がカビの生える豆腐を食わせなければいけんようにあれはああしなければ存在出来んのだ。ああするのが義務だともいえるな、ともかく妖が妖であるために必要な行為に無闇に手を出すのは理に反する。妖にも妖なりに守らなければならない規則があるのさ、それに直接助けられずとも泣犬は質問に応えさえしなければ消える。私はそれを教えてやったではないか」
「納得できない、あんな悲しい妖なんて」
「…なあ裕子、お前がどれだけ私に怒りをぶつけようが構わんが、泣犬を生み出したのは間違いなく人間なんだ。お前たち人間が他の生命を無下に扱うからあいいうものが生まれる。人間の勝手な行為で泣犬達は生まれるのだ。そしてあのような生い立ちの妖は何も泣犬だけではない」
出雲が珍しく怒ったように話すので私は何も言い返せなくなってしまった
「さあ、つかれたろう。もう帰ろう、家はすぐそこだ」
いつもの声色に戻った出雲に少しだけ安心しながら私は帰路に着いた。雨はいつの間にか止み、雲の隙間から少しだけ星が見える。泣犬はまた雨の日に新しい家族を探して現れるのだろうか、あの禍々しくも悲しい妖を思い少しだけ涙が出た
くぅん、と遠くで悲しげな犬の鳴き声が聞こえた
- Re: 私の不思議な日常 ( No.3 )
- 日時: 2016/08/13 18:40
- 名前: 昼行灯 (ID: 3EnE6O2j)
小噺その4 紅葉の猫
学校へと行く道の途中に猫の置物がある。
その猫がいる家は古き良き日本家屋で恐らく裕福な人が住んでいるのだろう。そこそこ大きく、周りを灰色の立派な塀で囲んでいる。普段猫はその塀の端っこに顎を前足にのせ目を細めて腹ばいになって往来を見下ろしている。遠目からだと三毛猫に見えたのだが、よく見ると紅葉の柄をしており、なかなか変わった柄をしているな。と不思議に思っていた。
不思議なのは柄だけではない。時々この猫は消えるのだ。どこに行ったのかと思えばいつもより数メートル程先の塀の上にいたり、塀から降りて塀の下の植え込みの側で寝ているときもある。ただ単に家の人が動かしたのだと言えばそれまでなのだが、それにしてもわざわざそんなことをする理由もあるとは思えないし、 私はしばしば訳のわからないモノと遭遇するのでこれもそのような類なのではないかとどうしても邪推してしまうのだ。
見る日によって表情も微妙に違う気がする。春の晴れの日にはそれは穏やかな表情で空から降る太陽を受け、遠くからさえずる鶯の声を聞いているように見えるし、夏は焼けるような日差しを受け少しばかりうんざりしているようにも見える。そういえば日の強い日は茂みの側に移動していることが多い気がする。
猫はどんなときでも前足に顎をのっけた体制で、「ああ大変そうだ」とでも言いたそうに絶え間なく行き交う人や車を我関せずという顔で見下ろしていた。
ある日の帰り道、確か小テストの結果が悪く補修を受けさせられた日だ。その日はあいにくの雨で私はカッパを着こみ、フードの所為で視界の悪い中、自転車を漕いで帰路についていた。朝から降っていた雨のお陰で磨いたばかりのローファーは中までぐっしょりと濡れて靴下を濡らしていたし着込んだカッパは古いもので所々から雨を吸い制服を濡らしていた。不快指数が高いまま自転車をこぎ続け、あの猫の前に差し掛かった時だ。家に帰る為にはこの猫の前を曲がらなければならないのだが、その曲がり角で大きくスリップをしてしまい派手に転んだ。
補修、雨、濡れた靴に制服、自転車のスリップ。
もともと苛立っていた気持ちが更に加速して不快指数は最高を指したが、ここで切れてしまってもなんの解決にもなりはしないので黙って自転車を立たせ、籠から放り出されてしまった荷物を拾おうとした瞬間、あの猫と目が合ったような気がした。
相変わらず「ああ、大変そうだ」とでも言いたげに我関せずと往来を見下ろしていて、何だか馬鹿にされているような気になった。
「このやろうっ」
ぽかり、とひとつ塀を蹴った。八つ当たりなのは重々承知だった、兎に角嫌なことが重なり何かに怒りをぶつけたかったのだ。そこで丁度そこにいた猫に怒りをぶつけた。ただそれだけだったのだが思ったより強かったのか、それとも猫のバランスが悪かったのか、置物はぐらりと揺れると真っ逆さまに茂みに落ちてしまった。
しまった
咄嗟にそう思った。先程までの苛立ちを忘れ、慌てて猫の落ちた茂みに手を突っ込む。ひやりとした感触とずしりとした重みを感じ、ゆっくりと引き上げる。猫はどこもかけたり折れたりしてはいないようで、ほっと胸をなでおろす。もう一度壊れたところはないか確認してから、今度は落とさないよう丁寧に塀の上に戻し、私は自転車に乗り家へと帰った。
家に帰ると出雲がいた。補講がありスリップし雨でびしょ濡れになった私を見てひとしきり笑った後、ふと何かに気づいたようで
「おや、猫にでもひっかかれたか?」
と聞いてきた。先程までは気づかなかったが、右の手の甲に猫にひっかかれたように真っ直ぐ三本赤い筋が伸びていた。おそらく茂みに手を突っ込んだときについたのだろう
「……まあしっかり消毒しておけよ」
そう言うと出雲は部屋の奥に引っ込んだ。先程までは痛まなかった傷が今頃になってずくずくと痛み出すのを感じた
それから私はあの紅葉の柄をした猫の置物を見ることはなくなった。あの曲がり角に来るといつも考える。もしかしたらあれは本当に……
いや、やめておこう。考えたところでもう確認する手立てはないのだから
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