複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 藍色の夢
- 日時: 2016/08/20 20:28
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: EdfQYbxF)
失セレの合間に。
人外と人の話です。かなり短い。苦手な方はお戻りください。
完結させたのでロックします。
- Re: 藍色の夢 ( No.1 )
- 日時: 2016/08/16 08:05
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: kXLxxwrM)
藍色の夢
真っ暗な空を見上げ、一つ小さな息を吐いた。じんじんと痛む足の裏は、きっと皮がむけている。来た道を見れば、遠くが赤赤と輝いていた。
胸が強く締め付けられたように痛み、ぐっと涙をこらえた。数十年前に締結された共存条約は、一体なんだったのか。人と魔族の内に芽生え始めていた友情や、慈愛の心は、何の役にも立たなかった。
いつもと変わらぬ夜は来ず、今も轟々とした炎に街は飲みこまれていく。そこに人種は関係なく、この反乱の首謀である魔族達は同胞も殺すのだろう。
「シュヴァン、アシュストス、ハグリ……」
まだ生きているだろうか。俺の言いつけを守り、守護を宿した壕の中、身を寄せあっているだろうか。あそこに居さえすれば、数ヶ月は無事に生きていけるはずだ。
「その名は、貴方の家族のもの?」
不意に闇から聞こえてきた声に、勢い良く振り返る。声は確かに後ろから聞こえた。けれど姿はなく、自分の血の気が引いてきているのを感じる。頭から血が落ちていき、視界が揺れる感覚に陥る。
魔族の中には言葉を操るものがいると聞いたことがあった。
「魔族の者か!? 姿を現し、名を名乗れ!」
どこを見渡しても、広がるのは闇のみ。いつどこから襲われるか分からない恐怖が、全身を支配していく。
「その前に。——貴方の家族の名前を教えて」
静かな声だった。風の音も、何もかもを飲み込んでしまうように静かで、確かな威圧の色。落ち着き始めていた恐怖心が、少しずつ昂ってくる。
それに気がついたのか、声の主は和らいだ口調で「貴方の家族に危害を加えるつもりはありませんよ」と言った。
「……弟のシュヴァンに、妹がアシュストスとハグリの二人だ」
「人間にも我々のように父母がいると聞いたことが」
「魔族に殺された。両親とも。弟が産まれて二年が過ぎた頃に」
それは明るい、真昼間だった。いつも通り大きな洗濯カゴを持った母と、庭で薪を割る父と別れ、俺は弟と二人で森へ進んでいた。
小さな弟を気遣いながら、細い林道を進む。三叉に分かれた道を左に進み、坂を登った先になる木の実を取りに行っていた時だ。
——原因は確かくだらない、魔族同士の喧嘩だった気がする。運悪く巻き込まれただけ。ツイてなかった。可哀想。泣きわめく弟を見ながら、そう口々に零す大人達は陰で俺達家族を笑っていた。
代々魔族狩りをしていた家庭で暮らした母を没落貴族だと、薄ら笑い除け者にしていた。だからか、可哀想と言いはしても俺達を助けようとする人は、一人もいない。
「お前達が結んだ共存条約はなんだったんだ? 俺達人間を油断させて、それから取って喰おうって算段だったのか?」
姿無き相手を批難したところで意味がない。そう分かっていても、誰かにこの怒りをぶつけないと済まない気分だった。
「記録には魔族から共存の申し出をした、とあった。人間は従った、従って俺達の時代になってようやく魔族に対する恐怖心がなくなってきた。俺達の村にも一緒に暮らす魔族がいた、上手に共存していたのに、お前らのせいで全てが無かったことになった!」
肩で息をし、返事のない闇が相手の虚しさに襲われる。ここで誰と話していようが自分の村が襲われている事実は変わらない。炎に消される悲鳴を助けれない。ましてや、震える弟達を助けることすら叶えられないのだ。
夜が明ける前に、隣の村へ行かなくてはいけない。魔族が襲ってきたことを伝えなくては。
「姿のない魔族なんかに話したところで、俺達の村がどうなるわけでもない」
遠く、未だ黒煙が上がる村を見やる。沈み込んだ黒の世界は照らしあげられ、村との境界を藍色に濡らしていた。涙が夜に溶けだしたように、藍色は徐々に濃さを増していく。
「お前は、なんだ」
風を頬に受けながら、いるかどうかも分からない声に問う。
「よる」
ぽつりと聞こえたその声は、切なさを含んだか細いものだった。
「貴方は魔族が嫌い?」
「ああ、何よりも嫌いだ」
はっきりと、答える。
「貴方にとっての、幸せは何?」
「三度の飯を家族と食べ、変わらない夜を越え、次の一日を家族と過ごすことだけだ」
自分で発した家族という言葉が、深く突き刺さる。当事者だけが家族と言うのは、絆で繋がりあっていると安心するためかもしれない。
「貴方にとって、夜はかけがえのないもの?」
何を言いたいのか分からない、回りくどい発言に苛立ちがつのる。痛む足の裏が、先を急げと言っているようだ。相手にするな、時間の無駄だと。
「夜が来なければ、人は生きられない」
けれどどうしてか、急く心が落ち着いていく。優しく相槌をうつ闇に、飲まれていっているのかもしれない。それこそがこの魔族の目的で、闇に飲んだ人間を栄養とするために、俺を引き留めているのだろう。
「お前はなんだ」
人を誑かし喰らうつもりなのか、それとも注意を他に向けさせて俺を違う魔族に殺させるつもりか。そもそもこの声はなんなのだろう。どうして俺に声をかけたのだろう。
「夜」
「それがお前の名前か?」
「いいえ。人間が勝手にそう呼ぶだけ」
どこか楽しそうな声音。
「夜は神が与えるものだ。魔族によって与えられるものじゃない」
太陽を作った神が、人々に休息をといって作ったのが夜だと伝え聞いている。そして半永久的に人々に朝と夜という概念を与えたと。
「夜は与えるものじゃない。朝が寝る頃に、夜が目覚めるの」
「お前は何を言っているんだ。そもそも魔族が、魔族なんかが、神と同じ位置にいるわけじゃないだろう!」
名も無き神は確かにいる。自分の誕生月には毎日欠かさずに、また年を重ねるまでの一年が無事にすぎるよう祈りを捧げる。神は指標のない人間に、自らを拠り所として身を捧げた唯一の存在なのだ。下等で卑劣で残虐な魔族とは、全てが異なる。
「それでもお前が夜だと嘯くなら、空を覆う闇を取り去って姿を見せろ! 燃え続ける俺達の村の輝きを、せめて……せめて見えなくしてくれ」
弟達の安否がわからない今、ただ少しだけ、精神的なゆとりが欲しかった。もしかしたら生きていないかもしれない家族の姿を、瞑ったまぶたの裏に浮かばせる。
本当にこの変わり者の魔族は、神が人間に与えた夜なのか。目を開き村の方角を見ると、地平線が明るんできていた。広大な荒地をどれだけの時間走ってきていたのだろう。
- Re: 藍色の夢 ( No.2 )
- 日時: 2016/08/20 20:27
- 名前: 浅葱 游 ◆jRIrZoOLik (ID: EdfQYbxF)
「貴方の名前を、最後に教えて」
先程より小さくなった声が、地平線を見つめる俺に尋ねてくる。
「——ユーシュ」
「そう、いい名前ね。夜はもう過ぎて朝に変わるけれど、貴方に望みはある?」
「お前の名が知りたい。夜は人間が勝手に付けた名前だと言った。ならば、お前の本当の名はなんだ」
明るむ地の果てに、村の黒煙がひどく鮮明に映った。魔族はもう過ぎ去っただろうか。引いていく闇の中から、小さな歪が生まれていた。周りの闇を引き込み、大きな歪へと変わっていく。
初めて目にする禍々しい何か。目を奪われ、呆然とその歪を見る。声はもう聞こえない。あっという間に空は白く変わり、朝日が昇り始めていた。
「なあ、お前の名は何という?」
朝を迎えたからか、自分の声色が優しくなっていることに気がつく。家族のことが心配であるのに、ひどく心は落ち着いていた。
「名前も性も、何もない」
「何もない? 魔族には種族名と、人間と同じように個別に名があるんじゃないのか?」
「朝と夜を生むものは、人が神を信じる限り存在しない」
そうか、と言葉が漏れた。その場に生きていながら、存在を認められていないのか。
「……辛いか?」
忌み嫌う魔族に何を聞いているのだろう。魔族が辛かろうが苦しもうが、今も昔も不利な立場にいたのは人間だ。魔族よりも、傷は深い。
「いいえ、なにも辛くない。けれどね。貴方のように素敵な名前を持つことに、憧れる」
歪は失われ、空を見上げても闇は何処にも見当たらなくなっている。
「名前、か」
いつか読んだ物語に、人と魔族の一家の話がたしかあった。魔族を嫁にもらった男は孤児を引き取り、二人の子どもとして育てた。その魔族の慣習で、子どもにも妻にも名前はなかった。
お前をどう呼べばいい? そう聞いた男に、妻はたしか——
「……グローリス。あなたに、永遠の繁栄と安らぎを」
男がその名を呼んだ時、妻は嬉しそうに涙して微笑んだ。その日の夜に妻は姿を消した。必死に妻を探したが、とうとう男は妻を見つけられなかった。
ただ誰もかも男が結婚していた事実を忘れ、星の輝く藍色の空を美しいと、口を揃えて言ったらしい。
「グローリス。いい名ね、ありがとう」
風の音に掻き消えてしまいそうなほど、小さな声でグローリスは言う。姿の見えないこの魔族が、泣いているように感じる。それが喜びなのか、悲しみなのか分からないけれど、グローリスは泣いていた。
「夜は今一度、ユーシュに永遠の繁栄と安らぎを。貴方のくれた、グローリスの名の元に」
なくなったはずの歪から、真っ黒な何かが放出される。終わったはずの夜が巻き戻されているのか、太陽は昇った道を戻り、星がきらめきだす。
不可思議な光景だった。迎えたはずの朝が巻き戻り、今こうして目の前には夜が広がる。家族は、どうなっているだろう。巻き戻る夜につられ、村を目指して足が動いた。
初めはゆっくりだったが、だんだんとペースが早くなる。早く、速く。星は輝きあい、眼前の進むべき道を照らし出す。誰よりも、何よりも早く帰りなさいと言われているようだ。
「ユーシュ。貴方に永遠の安らぎを」
「グローリス——」
最後の叫びは、始まりの声だった。見慣れた少しで薄汚れている天井の木目、一人で寝るには大きな硬いベッド、扉越しに聞こえる弟達の声。
「にーちゃん起きたかなー」
「昨日帰ってきたときだって外で寝てたじゃない、きっとまだ起きないわよ」
「おにーちゃん起きないと、ご飯食べれないの?」
聞き慣れた家族の声だった。まだぼんやりとする頭をかき、ベッドから出る。扉の左隣にかけられた鏡で、自分の顔を確認する。
何も変わらない普段の自分が、片目を閉じていた。
「おはよう。昨日はたしか、魔族が反乱していたんだったっけ」
扉を開け、そう尋ねる。抱きつきにきたハグリを胸に抱き、食卓の椅子に座った。
「おはようにーちゃん」
「おはようって……もう夜よ? それに魔族なんて来てないわ」
シュヴァンの頭を撫でて一息ついた所で、アシュストスは呆れたように言う。鍋の中身を混ぜながら、魔族に化かされた? と心配もしてくる。
「たしか地下の備蓄庫に守護を」
「守護だなんてないわよ。お兄ちゃんが作ってた鳥避けのカカシと、水と食べ物があるだけ。変な夢でも見てたんじゃない?」
目の前に出された木の実のケーキを、じっと見つめる。アシュストスはケーキなんてものを、作ることが出来ただろうか。
「お兄ちゃん、見て、夜空がすごくきれい」
「わあ! ほんとーだねおねーちゃん!」
膝に座っていたハグリは、たどたどしい足取りでアシュストスの脚に抱きつく。大きな窓からのぞく空は、深い藍色の闇に染まっていた。
「綺麗だよ、お兄ちゃん」
振り向いたアシュストスの瞳は空と同じ色に染まっている。たしか俺は藍色の中で夢を見ていた。
終
Page:1