複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

貴方の人生、本1冊分
日時: 2016/08/20 16:01
名前: すくりゅー (ID: Zn9JBKpx)

「 何も知らないようですから、 教えて差し上げますよ 」

長身でメガネをかけている男性は、凛と響く声でそう言った。 僕は、 耳を塞ごうとして、できなかった。 逃げ出そうとして、 逃げ出せなかった。 叫ぼうとして、 出て来るのはヒューヒューといった情けない音だけ。 あぁ、聴いてしまうのか。 迫り来る絶望から逃れることができない。 やめてくれ、 こんなはずではなかったんだ。 お願いだ、神様。 哀れな僕に慈悲を。

「 所詮貴方の存在なんて、 これくらいのものなんです 」

男の手には、 文庫本。

Re: 貴方の人生、本1冊分 ( No.1 )
日時: 2016/08/28 11:09
名前: すくりゅー (ID: VfixNk8N)

心機一転、高校2年の春。 クラス替え。 進学先を考えて文系を選択した。 1クラス40人程度。 その中で知り合いは7、8人しかいない。 部活に入っていない、 というのが大きいだろうか。 それでも決してクラスに馴染めないというわけではなく、 友達の友達を紹介してもらう…… なんていう在り来たりなやり方で僕はクラスに溶け込んでいった。 自分を貫かなければ、 友人を作ることなんて容易い。 特に男子はそうだ。 大体思考が見えてくる。 「 あー、あいつもかだいやってねーな」くらい、一目でわかる。 そんなだらりと気だるげなスクールライフをエンジョイしていた。

現代文の時間。 担当の教師が変わった。 メガネをかけていて、 ほっそりとしたいかにも文学好きといった男性である。 学校内では一番のイケメン教師として女子からの人気を集めていると噂の、 津田 弥生である。 弥生なんて女性みたいな名前だな、 と思うのはジェンダー意識からなのか。 うん、でも、女装しても違和感が無いような気もしなくも無い。 津田先生は軽い自己紹介の後、 1年間の大まかな現代文の進め方について話した。 教科書には有名な話がこれでもかと詰め込まれている。 小説だけでは無い、 評論だって、 詩歌だって。 その全てを2年のうちにやるのはいくら文系でも不可能である、 と先生は言った。 だからいくつかを飛ばして学習するという。 なるほど。 僕たち生徒は黙って聞いていた。 さて、 と言って先生は黒板に文字を書いた。

『羅生門』

あまりにも有名な小説だ。 文豪、 芥川龍之介。 どうしようもなく悲しい人生を歩んだ男。 彼の遺した数々の作品の中でもとりわけ優れたものである。 みんなも大体のストーリーは知っているようだった。 先生が黙読を促す。 静かな教室にページをめくる音だけが響く。 僕もその物語を目で読んでいく。 読んでいって、 ふと、 留まったところがある。 老婆と下人の男のやり取りだ。 なぜここで留まったのかが自分でもわからない。 下の欄に、 「 ここでの老婆と下人の気持ちを……」 なんて書いてある。 読解力をつけるための問題だ。 正解といった正解がなく答えが沢山出るようなもので…… と考えていたら先生が黙読を切り上げるように言った。 最後まではいかなかったが、渋々その指示に従った。 今日からこの小説を勉強します、 淡々と先生は言う。 それから芥川龍之介に関して誰でも知っているような事と、初めて知った豆知識のようなものを先生は話した。 みんな真剣に聞いていた。 僕も真剣に聞いていた。 授業終了のチャイムが鳴る。 あっという間だった。 僕は次の授業がなんだか待ちきれなかった。

休み時間。 昼食を取る時間も兼ねて40分とは最初は短く感じたものの、今では慣れてしまった。 僕は仲の良い5人くらいのグループで机を寄せ合って弁当を広げていた。
「 なぁ、紘。 あいつちょっと変わってね? 」
友人が箸で差しているのは安斎 佳代という出席番号1番の女子生徒。 佐藤、で19番の僕の席からは少し距離があった。 言われてみれば、 安斎が誰かと話しているところを見たことが無いような…… 自己紹介の時も声がかなり小さく、 オマケにマスクをつけているので全く聞き取れなかった感じがする。 今日も一人で弁当を食べている。 部活は確か文芸部。 人数が少なく廃部寸前だと聞いたことがあった。
「 変わってるよな。 なんか、 私に構わないでオーラがでているっつーか 」
「 それなー。 クラスに馴染めてない感ハンパねぇ 」
「 去年もだったらしいよ。 女子のグループに混ざれなくてみたいな 」
友人たちが口々に言う。 だからと言って話しかけるでもなく、 みんなで無視をするわけでもない。 男子高校生とはそんなものだった。


Page:1



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。