複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2020/08/16 20:36
名前: にっか ◆ShcghXvQB6 (ID: jtELVqQb)

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)


設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.8 )
日時: 2016/10/02 11:49
名前: マグロ煮つけ ◆AXS9VRCTCU (ID: wSTnsyhj)

カルウェノ人達の小さな商店街の昼下がり。普段は買い物客が集まり、賑わっているはずだが、店すら開いていない。そんな不気味なまでに静かな商店街を歩く黒いローブの不気味な男。手頃な岩を見つけると腰をかけ頭を抱える。額から滝のように流れる汗を気にもとめず今日十数度目の溜め息をつく。

彼の悩みの原因は、昨日の夕方にまで遡る。エドガー・ニコルソンは、いつも通り夕飯を用意しテーブルに並べる。椅子に座り、食べ始めようとした時、彼の唯一の家族である少女、バシュラール・レアがテーブルを叩き突然立ち上がる。

「おい、どうした? 行儀が悪いぞ」
「親方 ! レゥノーラ討伐にカンクェノ行きましょう!」
「はぁ」

満面の笑みのレアの声がニコルソンの頭に響く。人類の敵とも言えるレゥノーラの巣窟、カンクェノ。行くだけならまだしも、レゥノーラ討伐をしようというのだ。彼女の過去を考えれば、そうなのかもしれないと一瞬だけニコルソンは考えたが、その考えは次のレアの一言で粉砕される

「目的は、宝探し!」

その後、レアをニコルソンが説得しようとするもレアの絶対に折れない意思に根負けし出発に向けての準備を始めたところで、冒頭の彼へと繋がる。

岩に腰をかけてもう十分が過ぎていた。そんな彼の横で、顔に大きな切り傷の付いた人相の悪い大男が気の毒そうな顔をして、ニコルソンの顔を覗き込んでいた。

「ニコルソン。そんなところにいるとゴロツキどもに絡まれちまうぞ」
「雑貨屋のおっちゃんか。ただでさえゴロツキに避けられるのにこんな表情してたら、余計避けられるから問題は無い」

二人で軽口を叩き合い、ニコルソンの表情にも少しばかり余裕が見えた。それを見た後無言でニコルソンの隣に座る雑貨屋の大男。

「悩みがあるなら吐いてみろや」
「あんがと、おっちゃんそうする」

これまでの経緯を話すニコルソン。時折相槌を打ちニコルソンの話に聞き入る大男。話し終えると大男が一息つくと話し出す。

「なるほど、お前の悩みは良く分かった。レアちゃんの事が心配でたまんないんだろ」
「いや、半分当たってるけど、もう半分は違う。残りの半分は、この町中探し回っても、火薬が足りない事」
「火薬?戦争でもするのか?ってかなんで、火薬足りない事に悩んでんだよ」
「そんな事レアに聞け。じゃあなちょっと、心が軽くなったわ」

汗をローブの袖で拭った後、立ち上がり立ち去ろうとするニコルソンだが、数歩歩き出すとすぐに呼び止められる。

「火薬売ってるとこ知ってるから案内してやるよ」

立ち上がり、顔の傷を引っ掻きながら歩き出す大男の背中を軽く屈伸運動をしてからニコルソンは小走りで、追いかける

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.9 )
日時: 2016/09/18 23:01
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ (ID: EFgY0ZUv)

 彼が、娼婦の言っていた護衛のセノール人だとすぐに分かった。肌は浅黒く、体格は男性にしては小柄。ガウェスと並んだら肩の高さと一緒ではないだろうか。そして何より、鋭い目をしている。勇猛な獅子というよりは内に野望を秘めた彪と言ったところだろう。そんな腹に一物抱えてそうな男が真っ直ぐとこちらを見ている。ハイルヴィヒはジャリルファハドの方を一瞥したが、さほど興味がないのか商人に用があると、さっさと館の中に入ってしまった。彼女の代わりにガウェスが非礼を詫びた。彼女はお嬢様を大切にしており、それ故の行動だと告げた。彼女はどうも愛想と言葉が足りない。初対面の人からすれば、彼女の態度は人に対してドライな人間だと認識されてしまうことだろう。(もっとも彼女はそんなことなど全く気にしないだろうが)

「初めまして。ハイドナー家当主ガウェス・ハイドナーと申します。以後お見知りおきを」
 ジャリルファハドの前に立つと手を差し出した。セノール人にも物怖じせず、堂々と対応する彼は流石である。しかし、彼の口からハイドナーという言葉が紡がれたとき、ジャリルファハドの瞳がスゥと細められた。
「そうか。お前がハイドナーの当主か」
 何でもない一言のはずなのに、呟く声は呪詛のように聞こえた。彼は差し出された手を、はたいた。それは一切の拒絶ともとれる。心はおろか触れることも許さないと宣言されたようなものだ。それでもさきと変わらぬ平然とした顔で、でも瞳の奥には確かな憎悪と怒りをもってガウェスを見下しているのだ。彼は恐らく知っているのだろう。ハイドナー家が西伐の時に何を行っていたのかを。
「やはり、まだ許してはいただけませんか」
 口元には笑みを浮かべたまま、困ったというように眉尻を下げた。そんな男の態度が気に食わなかった。人をくったような顔をして何を言っているんだと思った。
「ならばそのへらへらした態度をやめろ。誠意を示せ。誇りを捨て金持ちにゴマをすった卑しい一族め」
 彼の言葉にガウェスから笑顔が消えた。言っておくが、それはジャリルファハドに言われたからそうしたのではない。もしも彼がへらへらするなと言われただけならば、「元々こういう顔だ」と言って誤魔化しただろう。彼が笑顔をやめたのは一族を蔑まれたからだ。まるで不愉快だと言わんばかりにガウェスは顔を歪めた。
「訂正してください。私個人ならともかく、一族を侮辱するような言葉は看過できない」
「事実を訂正する必要がどこにある」
 ガウェスの表情に怒りが混じるようになる。本当は今すぐにでも斬りつけたいのだろう。柄にかかったままの右手が震えている。でも、それはジャリルファハドも同じの様で、右手は既に柄を握っておりいつでも抜刀が出来るように準備してある。

「最後のお願いです。訂正を、ジャリルファハド・ガリプ・サチ。しないのならば一族への侮辱、あなたの血を以て償うことになる」
 懇願に近い命令だった。ジャリルファハドは鼻で笑う。
「やってみろ。できるものならな」
 剣を抜いたのはどちらが先だったか、あるいは両方だったかもしれない。燦々と輝く太陽の下、2つの刃がぶつかり合う。最初に仕掛けたのはガウェスだ。貴様の首を撥ねんと紫電一閃、雷のように鋭く速く放たれる。ジャリルファハドは半身を逸らし紙一重で躱すと、大ぶりな動作でがら空きになった胴体へ白刃を走らせた。しかし、堅牢な鎧がそれを阻み、軽く傷を作る程度にとどまってしまう。それならばと腕の関節部分、僅かにあいた隙間を狙う。フルメイルの鎧ではないので十分に刀を刺し入れることができるだろう。

 戦場のような剣呑とした雰囲気に驚いたのはミュラである。金属と金属がぶつかり合う音がして何事かと出てくれば、ジャリルファハドが鎧を着た背丈の高い男と剣を交えているではないか。止めに入ろうかと思ったが、そもそも丸腰の状態にだったことに加え、そもそも実力差が違い過ぎる。割って入っても切り伏せられるだけだ。
 両者の実力のほぼ互角。機動力ではジャリルファハドが圧勝しているが、守りは明らかにガウェスの方が上だ。

 こんな戦い、彼女は知らなかった。互いに感情的になっている部分があるので多少の荒々しさを見せた。でもだからこそ、フツリフツリと血が沸きだたせる魅力がある。この時だけは武器を持っていなくてよかったと思った。
「おい女」
 戦いに夢中になっていると隣に女が立っていた。黒衣の女だ。元々不機嫌だった顔が更に歪められて怒っているように見える。
「女じゃねえ。ミュラ・ベルバトーレだ。何だよお前は。名前言えよ」
「……ハイルヴィヒ・シュルツ」
 あっさりとその名を告げた。傭兵という身分ゆえ、自分の名前を言うべきか迷ったが、この女1人に名前を知られた所で何も出来まいと判断した。しつこく訊かれるのも本意ではないし、効率も悪い。無駄は無くす。傭兵の基本だった。ミュラは彼女の名前を聞くと「また呪文みてぇな名前が」と1人頭を抱えていた。
「お前の苦労なんぞ知らん。それよりも、何があった」
「知るかよ。馬車にいたんだぜあたしは。なんか音がするなぁって思って出てみたらこれだよ」
 ふむ……とハイルヴィヒは考える。もしもこのまま2人を放っておけば、どちらかが死ぬまで続くだろう。かと言って止めようと横やりを入れようものならその矛先が自分に向きかねない。1人なら何とかなるかもしれないが、2人は流石に手に余る。
 不意にミュラの子供のように綺麗な瞳と目が合った。穢れのない真っ直ぐな瞳がそれが一瞬お嬢様と重なり、そしてすぐにそれを振り払った。こんなどことも知らない馬の骨とお嬢様とを重ねるなんて無礼である。それに今のは相当重症なのかもしれない。早く帰ってお嬢様とお茶がしたい。
 そのためには、この際である、不安を払拭しきれないが仕方ない。
「ミュラ、私が合図したらどんな手を使ってもいい。セノールをガウェスから引き離せ」


 均衡が破れたのはジャリルファハドの体勢が一瞬崩れたからである。本来の彼なら起こり得ない事態だが、長時間に及ぶ旅によって蓄積された疲労が彼の体を知らずに知らずに蝕んでいた。そして、慣れない石畳での戦闘は足に負担をかけていた。
 そのチャンスを見逃すほどガウェスはお人好しではない。一族を愚弄されたのだから容赦もいらないだろう。ガントレットのついた左手を刃を握っている右手首に向けて振り下ろした。まるでハンマーで叩かれたかのような衝撃。肉を抜け、直接に骨を揺らす攻撃に、ジャリルファハドは苦悶の表情を覗かせた。一方ガウェスは足りない、と思った。更にもう一度同じ所を殴りつければ今度こそ刀が手から離れた。拾われるより先に彼の手の届かない所に蹴る。
「訂正しろ。ジャリルファハド」
 高く掲げられたロングソードがギラリと光る。最終通知。訂正しなければ殺すと、そう脅しているのだ、ガウェスは。これを拒めばジャリルファハドの体は真っ二つに分かれることになる。当然、ジャリルファハドはその意図を汲み取っていた。だが、彼から謝罪の言葉が出てくることはない。むしろ喉元に食らいつきそうなほどの闘志と獰猛さをもって彼を睨んでいた。これ以上の交渉は無駄である。ガウェスは溜息をつき、そして陽光を裂くと共にジャリルファハドの頭に振り落とそうとした。刹那、ジャリルファハドが懐から取り出したものは筆架叉。ミュラから奪っていたものだ。新たな武器の登場にガウェスは少なからず動揺し、振り下ろす速度が下がった。しかし、セノールにはそれで十分だった。速度が下がるということは力が弱くなることと同義。左手で持った筆架叉でロングソードを受け止め、押し返した。この時、ようやく気が付いた。
(両利きか!)
 不覚!両刀使いだという可能性を無意識のうちに排除していた。そうでなければ、威力が多少弱まったとはいえ、自分の一撃を受け止められるわけがない。完全に押し返されたガウェスの体は大きく仰け反った。距離をとろうにも、そんな体勢では上手く動けない。鎧は斬撃には強いが、貫通に弱い。筆架叉は斬撃も出来るが、本来は刺し、貫く武器だ。
 お返しだと言わんばかりにジャリルファハドは右の肩を筆架叉を突いた。貫ける自信があったのだ。予想通り次はガウェスが苦悶の表情を浮かべる番だ。鎧も肉も肩も全て貫き、その動きを制限する。まるで標本箱に捕らえられた蝶のように右腕の自由が利かない。ツゥと頬を垂れる汗を拭うことも出来ない。剣を振れない騎士に、彪は次にガウェスの心臓へと狙いをつける。

「なめないでいただきたい」
 正に不屈の闘志。騎士としての矜持。今の彼には何としても勝つという妄念に近い執着のみ。貫いているにも関わらず無理やり肩を動かせば幾つも繊維が千切れ、文字通り身を裂くような痛みが襲う。だが、痛みは生きている証である。死ぬよりは幾分もマシだ。
 鎧にに届く寸前でロングソードが筆架叉の動きを止める。パキリとヒビが入る音が双方の武器から鳴った。拮抗状態が続く。と、2人の動きが止まったのを見計らい、今まで静観していた2人が走り出す。ミュラはジャリルファハドの肩を、ハイルヴィヒはガウェスの後頭部の髪を持つと地面に引き倒した。ハイルヴィヒはそれでもなお立ち上がろうとしたガウェスの額に銃口を突き付けた。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.10 )
日時: 2016/08/25 08:31
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6 (ID: iqzIP66W)
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 不意に捕まれた肩、眼前にはガウェスが転がされ、終いにはリボルバーを突きつけられている。あのまま引き金を引かないものかと、張り付いたような笑みを浮かべ筆架叉を握り締めた。浅ましいと自分でも思い、その思考は捨て置いた。
 このまま踵を返せばミュラの命は取れる。喉を引き千切るだけだ。火蓋を切ればガウェスは動くだろう。さすれば引き金は引かれ、次のハイルヴィヒの標的は自身へと変わる。ミュラの死体を盾とすれば一発は凌げるだろう。飛ばされた得物までの距離は5m余り、馬車を盾に駆け、得物を投げれば相討ちとなりながらも、ハイルヴィヒを取れる。そう踏んだジャリルファハドは筆架叉の柄を握り締めた。

「もう止めとけよ、これ以上やったって両方共死ぬぜ?」
「それはち————」
 ——違う全員だ、そう言葉を吐きかけた刹那、言い様のない敵意を感じ取りジャリルファハドは口を閉ざし、筆架叉を下ろす。
 ゆっくりと屋敷を見据えればライフルの銃身が幾つも顔を覗かせていた。この屋敷はジャッバールの物、喧しいから撃てとでも指示を出したのだろうか。
 
「……業突く張りめ」
 ジャッバール、バシラアサドのしたり顔が脳裏を過る。
 悪態を尽き、次は何をすべきか頭を悩ませる。此方に向けられたライフルの数は十二丁。一人頭三丁狙いが向けられていると考えれば、抵抗のしようがない。弾が一発でも身体に減り込めば即刻、物言わぬ肉の塊と化すだろう。結果は全員の死、ジャリルファハドが事を起こしても同じ結末を招くだろう。ガウェスもプロセスは違うが、同じ結末を招くと感じたのか苦笑いを浮かべて、両手を挙げ投降の意思を示した。
 
「懸命だな、そちらの指示を出した者よ、こちらに闘争の意思はない、銃を下ろすよう伝えよ」
 ガウェスから銃口を外し、ハイルヴィヒはその銃口をゆっくりとジャリルファハドへと向けた。もし撃たれればジャリルファハドの身体を弾丸を抜けミュラにも当たるだろう。一発の銃弾は火蓋を切り、血の呼び水となるだろう。そうしてそれは全員の死に繋がる。それでも猛り狂い、死へと駆け行く、その価値はあるか——。その答えは否。殺め合う意思を納めたガウェスを死なせても面白くはない。戦う意思を残したまま、無念に塗れて死んで貰わなければ、師父の無念は晴れる事はないだろう。
 
「……銃を収めよ、ジャッバール! 同胞殺しの罪を被るか! 堕ちたものよなぁ、裏切り者よ!」
 彪が吠える。その刹那、一発の銃声が鳴り響く。ハイルヴィヒが撃った訳ではない。そして、誰にも当たらずにいた。ジャリルファハドの足元には弾痕、跳弾したそれは馬車へと当たっている。ばたりと窓が閉じられ射手は引っ込んでしまった。何だったのだろうか。
 
「……ジャリルファハド、私は貴方を許しません」
「どうしても詫びさせたくば、俺の頭を落とすがいい。頭を地に擦り付けて、言もなく詫びてやる」
 互いを煽り合う。ガウェスの表情は冴えず、ジャリルファハドはさぞ愉快そうだった。彪は獰猛に牙を剥いて笑っているが、そこに殺意、害意の類いはなかった。そのまま、馬車のステップに倒れ込むように腰を下ろし、煙草に火を付けた。先程からやたらと右足首を入念に回し、筋を少しずつ伸ばしていた。その脇を興味無さげにハイルヴィヒは歩み、ジャッバールの屋号を掲げた屋敷へと入っていく。頼まれた品を取りに行ったのだろう。
 
「……ミュラ、ハイドナーにこれを」
「あぁ? いいのかよ」
 いつもの痛み止めとして使っている煙草。それを先まで殺し合っていた相手に分け与えるという。ジャリルファハドの行動法則が全く読み取れない。
 
「怨敵であっても戦ってなければ敵ではない。怪我をした一個人に過ぎない。……それを無視は出来まい」
 ジャリルファハドの頭の中には既に、ガウェスをどう殺そうかという算段は消え去っている。それどころか、ミュラを砂漠に置き去りにしなかった時に似た理屈を口走る。仕方ないとガウェスに煙草を渡そうとするが、彼は顔を顰め煙草を拒否した。喫煙は嗜まないようだ。
 
「残念だ。……ハイドナーの当主ともあろう者が地べたに座るな、矜持はどうした」
「貴方に言われる筋合いはありません」
 ジャリルファハドとてガリプを継ぐ可能性がある者。そんな所に腰を下ろしていて良いのか、とガウェスは批判めいた口調で言い返す。
 端から見ていたミュラは、彼等が似た者同士に見えて仕方がなかった。何か譲れない物を持ち、触れてはいけない事柄がある。それに触れれば怒りを露にし、後先を軽んじる。ガウェスは己の一族について、ジャリルファハドはよく分からないが何かある。
 二人は、静まり返っていた。
 
「あ、あのー……、大丈夫?」
 地べたに座り込んだガウェスの背後から女が語り掛けてくる。首から吊り下げられた通行証、手形には「ソーニア・メイ・リエレス」とあった。この炎天下でも薄手のコートを羽織り、小柄な身体には似合わない大きな鞄を背負っている。優しげな笑みを湛え、ガウェスのみならずミュラやジャリルファハドにも視線を向ける。
 
「セノール?」
「俺はそうだが、こいつは違う」
「ふーん、ま、人種なんてどうでもいいや」
 そう言うなり彼女はガウェスの肩とジャリルファハドの右足を交互に見比べていた。ガウェスの肩は外傷があり、流血していたが何故ジャリルファハドの右足の不調が見抜けたのだろうか。
 
「良かったら手当しよっか? それともハイドナーさんは家でする?」
 ソーニアという女は笑みを絶やさない。先程までの剣呑とした空気が少しずつ和らいでいくように感じられた。ガウェスの顔を覗き込み、彼女は返答を待っている。通行証、手形には「学術調査のため」とある。即ちは考古学者の端くれだろう。遺跡の管理者を名乗り、彼等の活動を阻害、制限する事もあるハイドナー。誰に断り、なにを根拠に遺跡の管理者を気取っているか知らないが、ソーニアのようなタブーに触れかねない仕事をしている者達には、目の上のたん瘤のような存在だった。事実、私財を擲ち組織的にカンクェノの階層突破、ホムンクルスの精製を研究しているジャッバールが持つレヴェリ人で構成された私兵達とハイドナーの手勢の者は、度々衝突している。
 いつぞや、ジャッバールの私兵が大量のライフルやブランダーバス、リボルバー、試作段階のガトリングとやらを持ち出し、これから戦争でもするのではないかという状況までいった時は、端から見ていて生きた心地がしなかった。流れ弾一発で死にかねないのだ。最終的には双方が直接、交渉し丸く収めたようだったが。
 
「貴女は私を厭わないのですね」
「まぁね、私組合にいないから」
 組合に所属していない考古学者。皮肉にも彼女の立ち位置こそが、真の中立。どちらにも属さず、どちらとも関係を結ばない。彼女の場合はお節介が祟り、誰とでも縁を作っていそうだ。そんな生き方をしているであろう、彼女がとても羨ましかった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.11 )
日時: 2016/08/26 16:55
名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ (ID: EFgY0ZUv)

 ハイルヴィヒを連れて家で行いますと、ガウェスはソーニアの治療を断った。彼女は「そっか」と別段気にした様子もなく、ジャリルファハドと何かを話している。その二人の近くにはミュラが胡坐をかいて座っており、何とか2人の会話に入り込もうとしているが、如何せん知識が足りない。奮闘空しくほとんどの内容を理解できなかった彼女は面白いものがないかと童のように忙しなく視線を動かすことになる。途中、ガウェスと目が合った。少女と呼ぶには成熟しているが、娘子と呼ぶには顔にまだ幼さが残る彼女の瞳は父と同じ黒かった。居心地の悪さを感じて思わず目を逸らしてしまう。セノール人のような肌をしているが、セノール人ではないと言った。どうやって知り合ったのか興味がないわけではないが、ハイルヴィヒが帰ってきたので今回は見送ることにする。立ち上がるとやはり傷が痛んだ。
「それでは皆さん。お先に失礼します。何かあったら我が邸へいらしてください。このガウェス・ハイドナー、必ずや皆さんの力になりましょう」



「何があった。昔、セノール人とハイドナーの間に」
 帰り道、ガウェスの前を歩いているハイルヴィヒが口を開いた。少し前を歩く彼女の顔は見えなかったが、いつも以上に怖い顔をしているのは見当がついた。そもそも彼女の怒り最もである。他人様の所有地で、しかもアゥルトゥラでも有数の豪商の土地だ。そこで連れが問題を起こしたとなれば一緒にいたハイルヴィヒまで当事者だと誤解されかねない。そうなった場合困るのは雇い主なのだ。
(それなのにこの男は……)
 ハイルヴィヒは心の一角へ火種を燻らせることになった。彼の返答次第でそれは、1つの一族を燃やし尽くす大火へと姿を変えるだろう。同時にどうしても解せなかった。彼が放った「まだ許してもらえないのか」という言葉。そして、相手のセノール人。瞳に宿らせる殺意に近い憎悪と怒り。まるで親の仇とでも言いたげな態度。「卑しい一族」とはどういう意味なのか。
 ここまでハイルヴィヒが執拗に迫った理由は、障害の排除である。彼が、彼の一族が、雇い主に、お嬢様に危害を加える恐れがあると判断した場合、彼女はそれを取り除く義務がある。それが傭兵。それが雇われるということなのだ。ガウェスには見えない部分でリボルバーを握る。

「50年前の西伐、アゥルトゥラ人と比べて肉体的にも精神的にも屈強だったセノールが何故負けたのか分かりますか」
 独り言のようにポトリと落とされた言葉に一瞬反応が遅れた。ガウェスは言葉を続ける。
「あなたが持っている銃です。たった1つの兵器が全てを変えた。それまでの戦いでしたら、セノール人の圧勝だったでしょう。しかし、新たな武器の登場は戦を戦術を変えます。時としてそれは戦いの優劣でさえ、ひっくり返してしまう」
 ガウェスの目線がどこを向いているのか分からない。真っ直ぐと前を見ているはずなのに、その瞳は虚空を映しているように何も感じられない。
「アゥルトゥラ人に味方するように指示を出したのは祖父です。アゥルトゥラ人には懇意にしている金持ちが大勢いましたから」
「待て、ハイドナー家がアゥルトゥラ人に味方をした?そんな話聞いたこともないぞ」
 ガウェスは嗤う。ハイルヴィヒではなく自分自身への嘲りだった。
「知らないのも仕方ない。これはハイドナーの汚点です。中立を謳っていながら必要な物資をアゥルトゥラ側に流していたのです。戦争のあとハイドナーが持てる力全てでその事実を隠蔽しました」
 何を言いたいのか聡いハイルヴィヒは理解した。そして憐れんだ。彼は恥じている。表は中立だと自称し、裏ではアゥルトゥラ人に味方した。そしてそれを隠蔽した自らの一族を。また、その気持ちと同じくらいセノール人へ罪の意識を背負っている。故に、彼は人一倍誠実であろうとする。ただただ模範的な騎士を演じているに過ぎないのだ。まるで道化のような生き方。彼に自由はない。一生を愛しているか分からない一族のため、そして、セノールへの懺悔を捧げて生きていくのだろう。
「気にすることはないのですよ。これは私の選んだ選択。悔いなどありませんから」
「別に貴様のことなど気にしてもいない。私は帰る。目的の物を手に入れたからな」
「それならばお見送りしましょう。女性を1人で帰らせるなんてこと」
「結構だ。貴様は目立ちすぎる。それではごきげんよう<Auf Wiedersehen>」
 黒いコートを靡かせて彼女はガウェスに背を向けた。暑くないのかと思ったが、自分の格好を見て苦笑する。鎧に身を固めている男が言う言葉としては滑稽だ。しかしそれも右肩の穴を見るとやめた。あの時——剣を押し返されて仰け反った時、ジャリルファハドは鎧以外の部分を突くことも可能だった。それこそ、右肘の関節部分。そこを砕いてしまえば、ガウェスは右腕を動かすことはほぼ不可能だった。その後に確実に安全に心臓を刺し貫くことも出来たはず。仮に命を奪えなくとも騎士として再起不能にすることだってできた。
だが、彼はそれを行わなかった。何の躊躇いもなくこの鎧を貫くことを選んだ。
(まさか……)
 この鎧が彼の誇りと知っていて、わざとそこを狙ったとしたら……。穴の開いた部分に指を這わせる。
「私もまだまだだな」
 そういえば今日は、父が帰ってくる日だったなとぼんやりと考える。この鎧に関しての言い訳とご機嫌取りの方法を考えねばいけないだろうと思うと途端に足取りが重くなる。これならばソーニアの治療を受けるべきだったかもしれない。白銀の騎士は一人息を漏らすのだった。

Re: [リレー企画]無限の廓にて、大欲に溺す ( No.12 )
日時: 2016/08/28 12:43
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6 (ID: w4lZuq26)
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 馬車のステップに腰を下ろし、ジャリルファハドは難しい顔をして、腕を組んだ。突如姿を現し、矢継ぎ早に言葉を放つ彼女。手際よく彪の右足首に、痛み止めの軟膏とバンテージを巻いている。ジャリルファハドは口を噤み始め、ミュラの思考回路は過剰なまでの負荷に苛まれていた。アゥルトゥラでありながら、セノールであるジャッバールの支援を受けている事、カンクェノに立ち入る考古学者だという事、魔術師の末裔だという事、ミュラが覚えられているのは、この程度だった。既にソーニアの姓がリエリスなのか、リエレスなのか今一思い出せない。頭の残念さを思い知れば、ジャリルファハドの人を嘗め腐ったような笑みが、脳裏を過る。
 
「……お前、セノールに詳しいな」
 先程からソーニアが、語るのはセノールの文化や工芸品、慣習といった余り知られていない事柄であった。事実、セノールは野蛮な民族という認識があった。しかし、彼等の祖先は一つの文明、一つの宗教を作り上げる程、成熟した文化の元で歴史を刻んできた。何もかもが西伐で狂ってしまった。敗れたセノールに対し、アゥルトゥラがやった事は歴史、文化の隠匿。そして勇名の裏に刻まれてきた血の慣習を広めたのだ。勝てば官軍、負ければ賊軍。敗れ弱体化したセノールは 斃れた死体同様。死人に口はなく、血の匂いを変わりに振り撒くアゥルトゥラを止める事は出来なかった。
 
「まぁね、私達学者からしたら知識は最大の武器なんだ。知識があれば恐れを知らず。……知識がなかったからアゥルトゥラはセノールを恐れて全力で叩いたんだ」
「故に我等は敗れた」
「私達が憎い?」
「憎いさ。老いも若きも、男も女も関係なく山程斬り殺しても足りぬ。……だが、それを為せばセノールは今度こそ滅ぶ」
「私を斬ってみる?」
「馬鹿を言え」
 ジャリルファハドの手から飛ばされ、主を失い寂しがっていた刀をソーニアは手に取った。 刀は薄く、自重で僅かにしなる。硬くありながら、柔らかさを持ち、セノールの「骨に纏わりつく斬撃」を生み出す原因であろう。手首のスナップと腕の振り、これで刀身はしなり、切っ先に力が伝わる。切っ先が肉に触れることで、衝撃を吸収し、その衝撃を逃がすために細かく振動する事で骨まで断つ。事実、西伐に参加した元アゥルトゥラ兵であった老人は四肢が欠損した者が多い。その理由の一つとして、この刀を用いての特異な斬撃だった。
 
「これ、何回折ってるの?」
「回数は知らんが鍛冶が三日三晩折り返し、微かに先端をずらしながら打つ。故に硬く、強く、粘る。何に刃を当てても決して壊れぬ。錬金術で作ったら鋼にも負けんよ」
 筆架叉を滅多打ちにしても、ガウェスの鎧に刃を這わせても折れないのはミュラも疑問だった。作り方にコツある程度の理解だったが、ミュラもソーニア同様に頷いていた。
 
「鏃もそうやって?」
「鏃も何度か折り返した後、血管を傷つけるように溝を掘る。毒を少しでも多く与えるためでもあるがな。最近では鏃を細長くし、先端に重量を持たせた物もある。それは身体に入ると鏃が箆から離れ、体内で鏃が回る。身体の肉、血管を傷付けるために作った」
「殺すべくして作るのね」
 武人と学者は物騒な話をしている。前者は殺しのテクノロジーを広め、後者は勉学の一環としている。
 
「えーと、ミュラ。おでこに痣あるよ」
 雑用紙に矢の構造を描き、ジャリルファハドに見せながら彼女はミュラに語りかけた。
 額の痣、原因は矢を見て、首を立てに振るうジャリルファハド。砂漠でやられたのが、今更出てきたのだろうか。ソーニアが差す位置に触れると、疼くような痛みが走った。
 
「おいで」
 ミュラを手招き、ソーニアはやたらとでかい鞄から一枚の布のような物を引っ張り出した。青みががった灰色の布のようなもの。それをミュラの額に押し当てた。ひんやりとし痣の痛みが和らぎ心地がいい。
 
「それあげるよ」
「なんだよ、これ」
「カンクェノで見つけたのよ。調べても意味分からないからあげる。ここら辺って暑いでしょ? 重宝するかと思ってね」
 額から汗を流すソーニアが、そう言うのだから滑稽だった。暑いなら自分で使えば良いだろうにとミュラは呆れたような視線を向ける。ジャリルファハドにも、なにか言葉を求めたが彼はソーニアが、描いた鏃の図面に注釈を描き、冷たい布になんの興味も示さない。
 
「あんたが使ったらいいだろ」
「このコート、それで縫ってる。私暑がりだからさ……」
 ソーニアのコートを掴むと、確かにひんやりと冷たい。得体の知れないものを使う、懐の深さと怖いもの知らずが同居しているのか。同時にミュラはカンクェノに対する興味を深め、鞄の中身が気になっているのだった。その視線に気付いたのか、彼女は視線を合わせ穏やかに笑みを浮かべた。
 
「見る?」
 鞄の口を開き、その中身を押し付けるよにミュラに見せた。気になるのかいつの間にかジャリルファハドもソーニアの背後から眺めている。
 中から顔を覗かせたのは、鮮血のような真っ赤な大小の結晶。それも大量にだ。その他には食糧や燃料がちらほらとあった。
 
「なにこれ?」
「……賢者の石、パラケルススの遺産か」
 ジャリルファハドはそう口走る。パラケルスス、かつての錬金術の始祖。彼は別の世界からやってきたとも言われ、カンクェノの建造、ひいてはホムンクルスを作り上げた人物だ。ホムンクルスはカンクェノ内部で作られていた魔物と混合、レゥノーラと名を変えた。それの血液は空気に触れると固形化し、ソーニアが持つ結晶のようになる。硬く加工が難しい。強酸、超酸で溶解させてから卑金属、金属の加工に用いる。多くは鍍金のように母材を浸すのだが、それで卑金属、金属は変質する。かつては製薬にも使われていたそうだが、その技術は失われてしまっている。
 
「正解、発掘ついでにレゥノーラ倒せたら回収しててね」
 身に付けたベルトキット、それには一振りのマシェットが納められている。状態は良く、余り使っている様子はない。恐らく使わざる得ない状況、一か八かで抜くのだろう。それが今回上手く行ったようだ。
 
「一つ聞きたい」
「何?」
 強張った表情のジャリルファハドに、身動ぎ一つせずソーニアは向き合う。ジャリルファハドの表情は武人のそれではなく、もっと俗悪で欲に駆られているかのよう。ミュラは砂漠で、こんな顔をしたセノールを見たことがあった。それは野盗の類であった。
 
「それを集め、なんとする?」
 その問いにソーニアは首を傾げる。答える気がないのか、集める訳を知らないのか。それとも何か別の事を考えているのだろうか、口を開こうとしない。
 
「生活費稼いでる。これを高く買ってくれる人がいるから」
「これ金になんのか?」
「まぁね、カルウェノだったりそこが欲しがってるから」
 そこと指差したのは、ジャッバールの屋敷。錬金術師が多いカルウェノが賢者の石を欲するのは分かるが、セノールであるジャッバールが賢者の石を欲する理由、それは一つしかない。ホムンクルスの精製だ。セノールの文化、宗教観に反する旧友の行いにある種の憤りを覚え、ジャリルファハドは口を噤む。
 悪いことを言ったかとソーニアは跋の悪そうな表情をしながら鞄を背負った。セノールの宗教では造られた命を忌諱し、存在してはな成らない物としている。それを同胞であるセノールが蔑ろにしていると知れば、さぞ不快かつ自尊心を傷つけられた事だろう。
 
「後に審問に掛けねばなるまい」
 諦め、呆れたような声色。先程まで吠え猛り狂っていた者と同一とは考えられなかった。その様子にソーニアは含みを持った笑みを浮かべ、踵を返す。彼女は猛り狂うジャリルファハドと逆上するガウェスをジャッバールの屋敷から見ていたのだ。先程と異なるジャリルファハドが内心、滑稽であった。
 
「足、お大事にね」
 手を挙げ、ひらひらと歩み出す彼女にミュラは手を振り、声を掛けたがジャリルファハドはそんな事もせず、再び馬車のステップに座り込むのだった。  


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51