複雑・ファジー小説

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無限の廓にて、大欲に溺す
日時: 2020/08/16 20:36
名前: にっか ◆ShcghXvQB6 (ID: jtELVqQb)

無限の廓にて、大欲に溺す

開始日:2016/8/22(8/21 15:00スレ立ち上げ、創作解禁)


設定については、次レスに張るURLから確認願います。

なお、コメント等は差し控えて下さい。

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Re: 無限の廓にて、大欲に溺す ( No.1 )
日時: 2016/08/21 15:01
名前: にっか ◆ShcghXvQB6 (ID: vVtocYXo)
参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=613=1

設定については、上記URLから確認願います。

Re: 無限の廓にて、大欲に溺す ( No.2 )
日時: 2016/08/23 21:22
名前: NIKKA ◆ShcghXvQB6 (ID: vVtocYXo)
参照: https://twitter.com/NIKKA_Nonbe

 静かな砂漠。凍て付くような寒さに身を蝕まれながら、男達は月明かりだけを頼りに歩みを進めた。大きな鞄、皮袋には商品の他に路銀や、自らの食料、水などが収められていた。その周りには三人の男が隊列を組み、外周を固めるようにして守っている。
 その先頭に立つ男は腰に一振りの刀剣を差し、煙草を咥えながら歩いている。鎮静作用の強い葉を乾燥させた物を黒檀の葉で巻いたそれは老若男女問わず多くセノール人が愛好している。味は強みのある苦味の後に微かな甘みを感じさせる。煙は少ないがどことなく、バニラエッセンスのような残り香が砂漠に漂う。

「セノールのあんちゃん、また吸ってんのか?」

 駱駝の左側をとぼとぼと歩く男が言う。彼は腰に下げた得物の柄を仕切りに触りながら、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべていた。煙草の男は彼の名を知らない。互いに金で雇われた隊商の護衛。次会う時は商売敵になる事もある、名など知り合わない方が良い。事実、以前大言壮語を以ってして尊大に振舞う男を仕事の都合で殺めた時があった。その男の左腕を切り落した時、彼は情けなくも命を乞い、無様に死んでいった。名は終ぞ知る事なく、名もない「情けない男」として煙草の男の脳裏には刻み込まれていた。

「……欲しければ金を出せ」
「金がねぇから、こんな仕事してんの」
「————」

 “貧乏人め”と煙草の男の口から飛び出かけたが、口を噤む。貧困、飢え、渇きに喘ぐのはセノールとて同じ。同胞を貶すような言葉を発しかけた己を嘲り笑うように小さく鼻で笑い、煙草の煙を吐き出した。やや甘ったるい香りが風に乗り、流されていく。

「セノール人!! どこに行けばいい!!」

 駱駝に跨る、でっぷりとした腹を曝す男が声を荒げる。彼は商人であり、この隊商の主。三人の護衛の雇い主であった。煙草の男以外にセノール人は居ない。他の護衛二人も煙草の男を見据えていた。彼等はアゥルトゥラ人でこの砂漠に対して、地理はなく砂漠の歩き方も知らない。セノール人からしたら笑えてしまう程に消耗している。昼間の暑さと、夜の寒さ。寒暖差という名の趣味が悪い死神が彼等の首に手を掛け、ゆっくりと締め付けているようだ。

「……これ以上歩くのは止めた方が良い。セノールには問題ないが、この二人が死ぬ」

 早朝から歩き出し、碌な休息すらないまま歩み進めてきたのだ。飢えや渇きはギリギリの所で凌げと、日中と夜間の温度差に身体は聞こえ得ぬ悲鳴を挙げている事だろう。このまま行けば二人は夜明け前に意識を失い、月が沈むと同時に命を失う事だろう。休息と補給、これが彼等には必要不可欠である。

「ここで休んで明後日までに砂漠を抜けられるのか?」
「難しいだろうな……。俺一人だったら延々と行けるが——、どうする?」

 商人はその男の言葉の意図を汲み取ったのか、卑下た笑みを浮かべ二人の護衛の顔を見回した。悪寒が走ったのか、二人の護衛は得物の柄に手を掛け、商人と視線を交わす。煙草の男は背後で二人が得物に手を掛けたと知り得たようだが、振り向く事もしない。

「ジャリルファハドと言ったか、金を積んだら何人分働くかね?」

 煙草を投げ捨て、鞘から刀剣を引き抜く。ジャリルファハドと呼ばれた男はその刃を指先でなぞりながら、砂を睨む。此処に血を注げば、滴の一滴すら残さず飲み干してくれる事だろう。そういえば此処最近、人を斬っていなかったなどと考える。どこをどう斬ればどうなる。どれだけの血が出る。そんな事を入念に思い出しながら、遂に男は口を開いた。

「——三人分だ」
「そうか——、流石だ」

 その言葉を皮切りにジャリルファハドは砂を蹴る。低く前傾した姿勢から、身を翻し左膝の外側から白刃が食い込む。筋肉と腱を切り裂き、骨を断つ。そして再び筋肉と腱を裂く。斬られた護衛は悲鳴を挙げる余地もなく、砂漠に斃れ込む。次の刹那、ジャリルファハドの刀剣が首に減り込み、血混じりの泡がその裂かれた隙間から溢れ出した。骨と骨の継ぎ目まで刀剣を届けるなり、軽く傾斜を付けて押し込むと骨の髄が潰え、耳を覆いたくなるような生々しい音が砂漠に鳴る。身体を起こせば、その男は白目を向いて身体が反射で醜く痙攣していた。

「お前、何してやがんだ!! 考え直せって!!」
「お前等が居れば、俺の雇い主は商品を明後日までに届けられないそうだ。だから死んでくれ」

 斃れ込み既に事切れた男の懐から短刀を引き抜き、それを投擲すれば真っ直ぐ飛んで行き、また別の男の首元へと収まった。まるでそこが鞘かのように、自然に何の抵抗もなく突き刺さる。声帯と気管を裂いたのだろう。男は蹲り、呻き声を挙げるだけだった。
 セノール人なら防げたとジャリルファハドは苦笑いを浮かべながら、その男の元へと歩み寄る。刀剣の切っ先がゆらゆらと揺れ、月明かりを反射していた。

「……ほっといても死ぬだろう?」
「必要以上に苦しめるのはセノールの流儀に反する」

 蹲った男が吐く血は砂漠に沁み込んで行く。セノールはこうして砂漠に血を流し続けた民族である。己の血も、他者の血も全てをそこに注ぎ込んできた。セノールの血を引くからには先達と同じくなければならない。死にゆく者には死を捧げ、生きられる者は最期まで生かす。この男はもう死を迎えるしかない。ならば、せめてもの手向け。楽にしてやるのがセノールの流儀である。
 ジャリルファハドが携えた刀剣は月明かりを受け、刀身全体が不気味なまでに白く輝く。蹲った男の顎を蹴り上げ、それを仰向けにするなり黙ったまま男を見下ろした。既に虫の息だ。それを見て懐から煙草を何本か男の胸の前に落とす。

「お前を殺したのは、サチの氏族。ガリプの次兄。ジャリルファハドだ。神に告げ口しておくんだな」

 横真一文字に刃を走らせれば、首は項の皮一枚で繋がっているだけとなり、頭の自重で妙な方向へと傾き、白骨と赤い血肉を覗かせた。煙草を吸おうと思ったが、血に濡れた煙草は雑味が入り、やや生臭くなる。ジャリルファハドは小さく舌打ちをして、煙草のケースごと事切れた死体の上に置いた。その時、脊髄反射で死体の手が跳ねるように動く。咄嗟の出来事にジャリルファハドもそれを踏み付け、足を退ければ指が拉げ、在らぬ方向に曲がり、小指からは骨が突き出ていた。人は脆いと鼻で笑う。

「……行こうか」

 心なしか商人の顔が引き攣っていた。砂漠を抜けた先の関所で、この罪を密告されたならば関所の守衛諸共この男も殺そう。刃が脂で汚れなければいいのだが、と考えながらジャリルファハドは刀剣の血を払い、鞘に収めるのだった。

「セノールは相変わらずよなぁ。俺が若かった頃、セノールに襲われた事があったが護衛が全滅させられてしまったよ」
「……どこの仕業だ?」
「あー、人差し指と中指に紫でリング状のタトゥーを彫っていたな」

 ジャリルファハドは駱駝に跨りながら、小さく溜息を吐いた。心当たりがあるのだろう。商人もそれを目敏く見透かしていたようで、笑みを湛えながらジャリルファハドを見据えていた。昔話に花を咲かせたい、どの武門がやってきたかを知っておきたいというだけの話である。

「ジャッバール……、それはサチの氏族の一員だ」
「となれば、バシラアサドのところかね?」
「そうだ」 

 バシラアサド。それはジャリルファハドと同じく、サチの氏族の一員。ジャッバール(最も強い者の意)という家門の酋長であった。彼女の父が西伐直後から、武門でありながら商人の真似事をしだし、今ではサチの中で最も力を持つ一族となった。
 それが故に商人も知っていた。そもそもこの荷はバシラアサドの所から買い付けた香辛料や骨董品。かなり引っ掛けられたが、アゥルトゥラに持ち込めば大層な額で売れる。

「知り合いかい?」
「……あの業突張り女の事など知らん」

 何処か遠い目をしながらジャリルファハドは呟く。欲深な商人、そもそも名がいけないのだ。「賢い獅子」などという大層な名を付けられたばかりに、その通りに育ってしまった。さして年齢も変わらないというのに、生じたこの差。少なくともジャリルファハドは一方的に劣等感を感じていたのだった。彼は不機嫌そうな表情を浮かべながら煙草を咥えた。暫くすると特有の甘い香りが漂う。
 それ以降は商人も話し掛け辛さを感じ始めたのか、口を閉ざしたまま駱駝に揺られ続けていた。ジャリルファハドは水を少し飲んだり、返り血を浴びなかった煙草を吸ったりしながら、砂漠の全周を見回している。とてもではないが商人には星明りだけで照らされた砂漠の全容は確認できない。セノールの不可解さには舌を巻くばかりであった。民族皆兵を掲げ、銃という代物が存在し得る前までは、間違いなく最強の民族であったはずだ。だというのに国も持たず、砂漠を流浪し続けている事は不可解である。五百年前にアゥルトゥラを攻めれば確実に、国を取っていたことだろう。

「ぼやっとするな。この近辺は野盗が出る。耳を澄ませろ、全ての音を捉えろ」

 煙草の火を鞍に押し付けるジャリルファハド。小さな火種すら野党の目には写る事だろう。それを警戒しての事。暗闇の中で目が利くという事はセノールなのだろうか。ともすればこの男がグルだという事も払拭しきれない。商人は気が気ではなかった。先だっての「ジャッバール」の話。バシラアサドと知り合いだとも取れる発言。信用し得ない訳ではないが、ジャリルファハドを警戒しつつ商人は右腿に吊り下げたブランダーバスを握り締めるのだった。


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