複雑・ファジー小説
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- 無題
- 日時: 2018/06/09 12:41
- 名前: 黒田ヨナ/Yonah (ID: 9uo1fVuE)
────特別なことはなかった。
ただなんでもない、日常の一コマを切り取りたかった。
それだけ。
- Re: 青い蝶よ、いつからか。 ( No.1 )
- 日時: 2016/08/26 15:38
- 名前: 黒田ヨナ/Yonah (ID: rtyxk5/5)
【青い蝶よ、いつからか。】
特別なにもない、そんないつも通りの朝。
開けていた窓から生暖かい風が流れ込んでいた。
その風に紛れて、虫の鳴き声と水の滴る音が聞こえてくる。今が朝なのか昼なのか、それともまだ夜なのか。ぼんやりと映る薄暗い部屋の中では時間の感覚がはっきりとしない。
関東もすでに梅雨入りで、室内の湿気は寝起きの体を生暖かく包み込んでいた。背中を包むシーツと、腹を覆う毛布。暑いというわけではないけれど、この寝具たちにからりとした肌触りはない。あるのは冷たい感触と、張り付くような気持ち悪さだけだった。寝る前のままのシャツが寝汗で肌に張り付いてるのを、低血圧も相まってかイラ立ちを覚える。
「……煩わしいな」
昨日はいつ寝たのだろうか。
上体を起こした彼は薄い毛布を畳み、ふと思う。そのまま何気なく、部屋を見渡した。
机に散らばっている書類、ベッドの上に無造作に置かれている本、部屋の隅に隠されたイーゼルとキャンバス、衣類の山、中身が外に出た鞄。
帰ってくるなり乱雑に鞄を投げ置いて、仕事の途中、休憩にと読書をしたのはいいがそのまま眠りに落ちた、ということになるのだろう。幸いなことに今日は休日だ。見れば壁に掛けてある時計の針は未だ午前を指しており、今日の日程に左程支障はないと思った。
「——……」
何か胸に引っかかるものを拭えぬまま、畳んだ毛布をクローゼットに仕舞い、彼は逃げるようにキッチンへと向かった。
「……お前、それどうにかなんねえの」
珈琲を淹れる最中での、一言である。
尋ねられた彼は振り返って、声の主を視界に入れた。
同じ背丈の、茶髪の男。スラリとした体を覆う白いシャツに黒いパンツ、生地の上からでも、裾から出てる部位からでも見て取れる、無駄のない筋肉。しかし覇気のない目がどこか頼りなさを覚える。まるで犬のようだ。こういう男がモテるのだろうかと、この男を見ているとつくづく思うことだった。
「……?」
何を問われているのかよく分からず、頭上にハテナマークを浮かべて応える。
珈琲を淹れ終えて、彼はダイニングへと移動した。
それほど広くもないダイニングキッチンだが、男二人で使うには多少の空間が出来てしまう。反射する床と、綺麗に配置されたインテリア。それだけでも、住んでる住人のセンスがうかがえる。
マグカップを備え付けの透明なテーブルに置いたところで、茶髪の男はキッチンへと移動した。
「だからさ、ズボン。なんで履いてねえの?」
指摘されて、彼は自らの下半身に視線をやる。ああ、なるほど。彼は納得した。
ワイシャツの下から覗くのは、布地ではなく、自分の両足。それは生まれつき毛が薄く、白く、細い。筋肉の付き方で辛うじて男と判断できるほどだった。
そんな生足が、布地で隠されずに外に露出しているのだ。いや、露出させている、といった表現の方が彼には適切だった。
「張り付くのが厭なんだ、気にしないでくれ」
そう淡々と言ってのけ、彼はソファへと深く腰を下ろした。
日付が変わる前に帰宅した彼は、雨が降りそうなじめっとした室内に衣類が鬱陶しくなり、服以外は全て脱いでしまったのである。纏わりつくような湿気には耐えられない。纏うものが服と下着だけになって、その爽快感と解放感から、彼は眠りに落ちた。
目覚めは相当に悪かったが、この気持ち悪さもカフェインがあれば霧散するのではないだろうか。
「だからって、そのカッコウでうろつくなよ。せめて短パンでも履いてくれ」
「断る」
「あのなぁ。同居人が下半身剥き出しって、複雑な心境なんだよ」
男はため息をつきながら後頭部を掻きむしった。
男同士であるのに、少し神経質ではないだろうか。彼はそう思いながらも、提案を華麗に横に流した。それよりも、珈琲である。
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