複雑・ファジー小説
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- Force of chips
- 日時: 2016/09/09 19:40
- 名前: ナル姫 (ID: CROAJ4XF)
忙しい時期にこそ小説を書きたくなる人間です。ただの馬鹿です。
書きたくなったので書かせてくださいませ(-_-)
舞台は物語中にも書きますが千葉県、尚架空の市ですので悪しからず。
目次
Prologue>>1
- Re: Force of chips ( No.2 )
- 日時: 2016/10/04 01:30
- 名前: ナル姫 (ID: ORsSFBrg)
一章 CDO
一話【日暮れの少女】>>3-6
- Re: Force of chips ( No.3 )
- 日時: 2016/09/16 10:14
- 名前: ナル姫 (ID: PZvSWud7)
——2010年3月中旬——。
少年は、一言で表すならば非常に困っていた。そして、衣類や本など全てを引っ越しセンターに頼んだことに安心もしていた。移動や食事に必要な資金と、スライド式の携帯電話のみをリュックサックに突っ込み、肩には大切に部活で使う居合刀剣を袋に入れて携え、右手には一応地図の描かれた紙を持って、彼は人気のない駅前を彷徨っている状態である。
何を困っているかというと、この見渡す限りの畑と畦道である。母から事前に、畑しかないから迷うかも、という情報を貰っているというものの、まさかこれほどとは……と、迷うのが恐ろしくて一歩も足を踏み出せていなかった。駅から左右に舗装された道はあるが、どう進めば良いのかがわからない。
全く、車の一つでも通って良さそうなものを、何とまぁ見事な無人である。都会に生まれ育った彼にとっては慣れない光景だった。
「はぁ……」
溜息を一つ、母の書いてくれた地図に目を落とし、今一度顔を上げる。午後四時半、日がもう傾いており、西の空は眩しいほどのオレンジ色だった。烏が数羽、山へ帰っていくのが見えた。
「……こうしていても仕方ないんだよな……早く下宿屋に向わないと……」
重い足をようやく一歩踏み出して、とりあえず地図に書かれている右に向かう。車がぎりぎり擦れ違えるか否かという程度の細い道だった。トボトボと地図を見て歩く——が、畦道を除けば一本道であるため、地図を一旦ポケットに閉まった。顔を上げると、ふと目の端に何かが映って——ハッと顔を向ける。そこには、長い黒髪を棚引かせた、ワンピースを着た少女がいた。
——あんな少女、いたっけ……?
思わず凝視していると、少女はそのまま何処かへ行ってしまった。
「……」
何だったんだろうと、妙に気になったが、日が暮れる前に下宿屋に向かわねばならない——少年は再び歩みを進めたのだが、前から来る軽自動車を見て、安全のためにその足を止めた。しかし、軽自動車の運転手は自分の横に来ると、ブレーキを踏んで窓を開けた。その顔を見て少年が、ぱっと表情を明るくする。
「和久兄さん!」
「よぉ絢斗、遅いから迎えに来てやったぜ。乗れ乗れ」
和久と呼ばれた運転手の背年は親指で後部座席を示した。白い軽自動車のドアを開き乗り込むと、少し車をバックさせ、畦道で方向転換をして来た道を戻っていった。
「いやぁ、遅いから迷ったかなぁと思ったんだが、良かった良かった」
「助かったよ。見渡す限りの田畑なんだから」
「はっはっは! 下宿屋があるところはもう少し人がいるんだがなぁ。ここは確かに、人がいねぇな」
豪快な笑い声に苦笑を返しながら、自分の隣にリュックサックを置き、居合刀剣を膝の上に置いた。
軽自動車は、濃いオレンジから群青へグラデーションしている空の下を走っていった。
下宿屋に着いたのは、五時を回った時間だった。
引っ越し屋から荷物はすでに届いていたらしく、荷解きをしながら話をしていた。
「ここから駅まであんなに時間かかるものなの?」
「ここは遠いからなぁ。学校行くなら、駅行かずにそのまま行ったほうが早い」
帰るなりそうそう冷蔵庫からビールを取り出した従兄——仁科和久(にしな かずひさ)は、台所から茶の間へ歩きながら缶ビールの蓋を開けた。一口で三分の一ほど飲み干すと、ちゃぶ台の上に缶を置く。
「絢斗、入学式いつだ?」
「八日です」
「そうか……にしても」
「? 何?」
和久は言いながらちゃぶ台の上のビールを再び手にし、少し中のビールを口にすると、僅かに口角を上げた。その視線は畳の上に置かれた居合刀剣を入れた袋に向けられていた。
「相変わらず、抜刀術好きだなぁ、お前」
少年——岸谷絢斗(きしたに けんと)は、幼い頃に見た抜刀術に惚れ込み、その道を本気で志した。小学校と中学校では、近所の中学生までを預かってくれる道場に通っていたのだが、近くに抜刀術の部活がある高校がなく、両親に頼み込んで隣県——この千葉県緑松市の高校に通わせてもらうこととなった。
とはいえ一人暮らしは親子共に心細く、高校のある櫻田町の隣、赤来町の下宿屋に住むこととなった。そこに一緒に住むのが、この街の工場に就職した母方の従兄、仁科和久である。彼は今年22になる竹を割ったような性格の青年で、絢斗も和久とは良く見知った仲である。
この緑松市は、不思議な所だ。
一言で言うと、ど田舎である。特にこの赤来町は、駅から出ると一面の田畑であり、舗装された一本道は細いため、ほとんど車が通らない。道が開けたところに出るとチラホラと家が立ち、その先に二人の住む木造の古い下宿屋がある。そこから西に進むと、和久の働く工場や商店街があり、雰囲気はまるで昭和か大正だ。
隣の高校のある桜田町も大体同じような感じだ。木造建ての校舎、農地の多い町。瓦屋根の古い家が多いのだが——不思議なことに、この二つの町以外はそれなりに発達した、カラオケもゲームセンターもファミリーレストランもある、ごく普通の町なのだ。まるで、この二つの町だけ、時代から切り取られたような……そんな町だが、ここの町民たちはそんな町が愛しかった。
「……何もないのに?」
「便利すぎると脳を使わなくなっちまうのさ」
怪訝そうに尋ねる絢斗に、和久は笑いながら返した。そういうものかなと溜息混じりに言うと、大きな掌が頭に乗せられた。
「きっとお前も好きになるさ」
にっと笑った従兄に、絢斗も笑った。
「さて、さっさと荷物片せよ。飯作るからな」
「はいはい」
- Re: Force of chips ( No.4 )
- 日時: 2016/09/16 00:28
- 名前: ナル姫 (ID: PZvSWud7)
翌朝、絢斗は硬い敷布団の上で目を覚ました。ピピピピと煩く電子音を鳴らす物体を手探りで捜索し、アラームを止めてうっすらと目を開けると、時間を確認する。八時、いつも通りの時間だが、高校に入るまでに早く起きる癖をつけねばと思いつつ上半身を起こし、背を伸ばした。今までベッドで寝ていたため、どうも畳の上に敷布団というのは慣れない。
茶の間に向かうも、工場の仕事は早いのか、白米と味噌汁、だし巻き卵に夕飯の残りの煮魚という簡素な朝ご飯がちゃぶ台に置いてあり、和久はいない。朝食にはラップがかけられており、置き手紙があった。手に取り内容を確認する。帰りが五時半くらいになることと、昼飯は自分で作ってほしいこと、そして帰るまでに下に箇条書きにしてあるものを買っておいてほしいということが書いてあった。買い物は恐らく商店街で行うのだろう。
朝食を食べ、食器を洗う。それが終わると暇になった。何かやることはあっただろうか……考えていると、唐突に昨日母へ連絡するのを忘れていたことに気が付いた。電話がなかったということは和久が連絡してくれたのだろうが、心配性の母のことだ、自分からの連絡を聞きたいに違いない。そう思い、絢斗は携帯電話を鞄から出した。まだ充電は60%程あった。
連絡帳から母を選び、電話をかける。すぐに、待ってましたとばかりに呼出音が止まった。
『もしもし? けんちゃん?』
「あぁ、うん。ごめんね母さん。昨日電話するの忘れちゃって」
『本当よぉ、かずお兄ちゃんが電話してくれて良かったけど……そっちはどう? 何か不便してない?』
「まだ来たばかりだし何とも……何もないなって思ったけど」
『あら、平気よぉ、かずお兄ちゃんがとっても良いところだって言ってたでしょ?』
「うん、そうだね」
『頑張ってね、けんちゃん。母さん応援してるから!』
「うん、ありがとう母さん」
電話を切る。やっぱり心配してたな、と思った。
父は会社員、母はパートをしていて絢斗は一人っ子の、ごく普通の家族だが……実は血が繋がっていなかった。それを知ったのは中学二年生の頃、そろそろ大きくなったからと、教えてもらった。実の両親はわからず、河原に打ち上げられていたのを見つけたそうだ。奇跡的に息はあったため病院に運び、なんとか一命を取り留め、子のなかった両親がそのまま引き取った、ということだ。
とりわけ大きなショックは受けなかった。誰の血を引き継いでいようと、父は父だし、母は母。育ててくれた二人が自分の本当の親だと改めて思った。何故自分がそんな状況で生きていられたのか、自分は本当は誰の子供なのかと言うことが、気にならないといえば嘘になるのだが。
再びやることがなくなったため、商店街へ行ってみることにした。それと、学校までのルートも確認しなくてはいけない。絢斗は立ち上がり、財布を持って下宿屋を出た。
商店街は程近くで、朝から元気が良かった。魚屋、八百屋、酒屋、駄菓子屋などの食べ物は勿論、陶磁器や箸、衣類、日用品などがあった。その殆どの店は古い木造で、たまに新しい綺麗な店があるなと思えば、オシャレなパン屋だったりしていた。
とりあえずのつもりで駄菓子屋を少し覗いてみると、店主であろう老人が細い目を少し見開いた。
「……あぁ……? あんちゃん見ない顔だねぇ」
「あ……はい」
苦笑を零す。人数の少ない、観光地でもない場所だ。町民の顔と名前は一致している人が多いのかもしれない。
「あんちゃん、越してきたの?」
「はい、春から隣町の高校に通うので」
「はぁ、よくこんな田舎さ来たねぇ」
生え揃わない歯をちらりと見せ、からからと朗らかに店主は笑った。その時、人が入ってきて店の扉のベルが鳴る。振り返り、その容姿にハッとした。
「アカネちゃんかい、毎度ぉ」
「こんにちは」
その少女は、昨日絢斗が畦道の中に見た少女だった。
「あっ……君」
思わず声をかけて、失敗したと思った。キョトンとした様子で無垢な瞳を向けてくる少女に、次に言うべき言葉が出てこない。絢斗の次の言葉を待つ瞳は、怪訝そうでもなく不思議そうでもなく、ただ待っていた。
「え、えっと、その……き、綺麗だね」
くりっとした瞳を更に大きくし、長い睫毛の下から黒い瞳を覗かせる。勢いに任せて言葉を出したことを更に後悔した。絢斗が恥から顔を赤くすると、少女はやんわり微笑んだ。
「ありがとう。この辺では見ない顔ね。名前は?」
「……絢斗。岸谷絢斗。糸編に旬、あと北斗七星の、斗」
「私、桃里アカネ。草冠に西で、茜」
空中に右手の人差し指で文字を書きながら彼女は笑った。
その時、彼女の左胸にある小さなバッヂが光った。
——CDO——。
「…………?」
「……茜、ここにいたのか」
「!」
バッヂに気を取られ気が付かなかったが、少年が玄関口に立っていた。
「リョウマ。どうしてここに?」
「どうもこうも、時期に昼だ。帰るぞ」
「はぁい」
小さく舌を出して彼女はリョウマと呼ばれた少年についていった。取り残された絢斗は、不思議そうな顔をして店の外を見つめていた。
*
「買い物ありがとうな絢斗。すぐ飯にするからよ」
「あ、手伝うよ。……あの、聞きたいことあるんだけど」
帰ってきて、作業服を脱ぐ和久に絢斗は声をかけた。聞きたいこと?と和久は絢斗に顔を向ける。
「CDOって知ってる?」
「CDO? 何でまたそんな都市伝説を」
「都市伝説?」
「おう。この辺じゃ有名な都市伝説さ。存在が確定するわけじゃない、ただし証拠が全くない訳でもない妙な噂だ。どこで知ったんだ?」
「商店街で会った同い年くらいの女の子の服にバッヂに書いてあったんだ」
「なるほどねぇ……お前くらいの都市のやつならたしかに好みそうな話だ、仲間内で作ってんのかもな」
「どういう噂なの? CDOって」
「ロクでもねぇよ。世界征服だとか、科学実験だとか」
ケラケラ笑って和久は話す。だが、絢斗にはそれが、何故か他人事に思えず、苦笑いもできなかった——。
- Re: Force of chips ( No.5 )
- 日時: 2016/09/19 22:59
- 名前: ナル姫 (ID: lS2RN0gb)
「お前は部外者に興味関心を持ちすぎ、そして勝手に出歩きすぎだ。所長に監禁でもされてしまえばいい」
「嫌よ。私十五年前の実験体みたいに死にたくないわ」
「だったら勝手な行動を慎め」
「リョウマは所長が大好きね」
「好きなものか……俺だって無駄死にしたくない」
「でも所長は全てにおいて正しいんでしょう? 間違ってるのは世の中で、所長はいつでも正しい」
「……一番外の世界に出てるのはお前なのにどうして……」
「何?」
「……べっつに何でも」
「ねぇねぇところで、あの絢斗くん似てなかった?」
「絢斗って……あぁ、駄菓子屋にいた奴か? ……似てるって?」
「十五年前殺された女に」
「柳川敦子?」
「そう。彼女の十五の時の写真とそっくり」
「そうか……?」
「似てるよ、まぁリョウマはあまり見てないから仕方ないか。でも本当に似てたの、実験体コード『炎』を持っていた彼女に」
「…………何が言いたい」
「……彼女の子供、生存不明らしいじゃない。もし、万が一生きていれば……私達と同い年だわ」
「……馬鹿な。コード01はたしか、母親であるコード炎の失態で川に落ちて流された。生きているはずがない」
「わからないじゃない。何しろコード01のチップは『神風』よ。どんな力が秘められているかわからない」
「……どうしてそこまで気にかける? 所長の絶望した顔でも見たいのか?」
「いいえ? 私はただ——」
「いっぱい友達がほしいだけよ」
*
CDO——和久から聞いた話を簡単にまとめると、こうだ。
前提としては、存在するか否かすら不明の都市伝説の類であるということ。噂自体は絢斗が生まれる前からあるらしいが、その存在が実際に確認されたことはない。もっとも、警察などが介入したり、まともな捜査が行われたりはしていないため、当然といえば当然なのだが。
CDOとは何の略称なのか、ということすら不明だが、組織であるからには最後のOはOrganizationなのだろう。
目的としてはそれこそ非現実的なもので、世界征服や科学実験などが主で、少数派意見とでも言うべきか、ただのボランティアだとか小中学生の作ったカラーギャングのようなものだとか、そういったことを言う人もいるらしい。
噂のある地域は、この赤来町、隣の櫻田町、この2つと隣接する山長町を中心とする緑松市ほぼ全域——つまり、実在するとすれば、この3つの町の何処かにあるということだ。
「……わからない」
わからないが……自分は無関係ではない。根拠などない考えが頭から離れてくれない。自分は出生の謎以外全て平凡で、平和ボケして生きてきた。そのはずだ。
時計を見ると、九時を回っていた。絢斗は寝るためのジャージにすでに着替えていたが、自分の横に立て掛けてある居合刀剣を見るとそれを手に取った。どこか広い場所で練習を——と思ったが、もう時間が遅い。こんな時間に刀など振っていたら不審者と思われかねないと、刀をもとの場所へ戻した。
仕方なく、体を鍛える方向に思考を変え、彼は腕立て伏せを始めた。折角風呂の後だが、今は動いていたほうが気が楽だった。
*
翌日、やはり和久は朝早くからいなかった。絢斗は昨日と同じように朝食を食べ、町へ出た。今日は目的が一応ある、と言っても殆どぶらぶら歩くだけになるのだろうとは思うが。
今日はCDOについて何か情報を集めたかった。居合刀剣を入れた袋を肩にかけ、スニーカーを履いて下宿屋から出た。
ど田舎の赤来と櫻田にある可能性は殆ど皆無と言っていいだろう。何しろ科学実験まで囁かれる組織だ。となると、最有力候補は山長か——なぜこんなにも真剣に自分が考えているのかはよくわからないが。
バスなどという便利なものは通っていない。駅までは遠いし、そもそもあまり電車が通っていない。そう遠くはないし、歩くのが一番楽だった。グーグルで地図を出し、彼は歩き出した。
三十分ほどで山長には着いた。まだ三日目だが、久々にアスファルトや木造ではない建物を見た気分だった。さて、どうするか——いや、どうするもこうするも手掛かりなど一つもない。商店街の駄菓子屋で桃里を待っていたほうが可能性はあっただろうにと今更ながら後悔したが——桃里のあとにきたリョウマと呼ばれた少年に、正直少し絢斗は気圧されていた。また会うのが嫌なのかもしれないな、と町を眺めながら絢斗は思考した。
ただ突っ立っているだけでいると、
少し遠くから怒鳴り声が響いた。周囲がにわかに騒がしくなっていることに、思考の世界から現実に意識が戻った絢斗はようやく気がついた。
「邪魔だ退け!」
「誰か! そこの男を捕まえてくれ! 強盗だ!」
見れば、二人の警官と一人の男性がこちらへ走ってきていた。普通なら誰か捉えるのかもしれない……が、それはできなかった。男の手は拳銃らしきものを懐から取り出したのだ。住民は小さく悲鳴を上げて道を開けたが、絢斗は立ち塞がった。刀剣の袋を道端に捨てた。逃げてきた男は絢斗に真っ直ぐ向かってきて、人質でも取るつもりか彼に手を伸ばす——が、犯人の手が彼に触れるより一瞬早く、絢斗は大きく一歩を踏み出すと同時に高速で刀を抜き、相手の腹部に刃を走らせた。勿論、本物の刀ではないため切れることはないのだが、犯人は痛みに蹲り、絢斗は素早くそれを捉えて反撃できぬよう犯人の手を背に回した。
- Re: Force of chips ( No.6 )
- 日時: 2016/10/01 02:47
- 名前: ナル姫 (ID: lFvCr/Ox)
わっと歓声が上がった。兄ちゃんすげぇな!かっこいい!などと沢山の声が聞こえる。警官も追いつき、ありがとうと絢斗に礼を述べた。
「凄いな君。それは抜刀術かい?」
「はい、小さい頃からやっていて——」
笑顔で答える絢斗は、犯人を抑えた、という安心感と優越感から気を抜いていた。そのためか、掴んでいた手首を振りほどかれ、犯人の手は銃を掴んだ。
「っ、しまっ……」
絢斗の額に銃口が宛てがわれる。警官二人も慌てて銃を構えた。観衆から悲鳴が上がる。
「来んなぁ!! こいつを撃つぞ!! 銃を地面に落とせ!!」
「……っ」
かしゃん、と軽い音と共に銃がアスファルトに落ちた。絢斗も両手を耳の横まで上げ、掌を見せる。
「退け、糞餓鬼! 立たせろ!」
「……」
絢斗は大人しく従い、犯人の上から退いた。犯人は銃口を向けたまま立ち上がり、絢斗の服の襟を掴んだ。
「オラ行くぞ、手前は人質だ」
「……わかった」
「いいか、追うなよ! 追ってきたら打つからな!」
「おい、少年!」
警官の声を無視し、犯人が絢斗を連れて、歩き出そうとしたその時だった。
——ドンッ!
「——!? がっ!?」
カランと犯人の手から銃が落ちた。見れば、銃を持っていた右手から血が出ている。
「え……?」
皆が、何が起こったのか理解できていなかった。ただその時、銃撃の放たれた方向に、少し見慣れた少女がいるのが見えた。彼女は、他の人と違い怯えの色を見せず、ただまっすぐこちらを見つめていた。そのうちに走り出し、絢斗の手を掴んだ。
「こっち!」
「ちょ、ちょっと!」
痛みに悶える犯人は無視し、絢斗を連れて走り出す。民衆が呆気に取られている中、手を撃たれた犯人の呻き声と、置いてけぼりの居合刀剣だけがそこに残った。
*
「……ここまで来れば大丈夫よ」
「……あ、ありがとう、桃里さん……助かったよ」
力なく絢斗は笑う。あの銃弾は何だったのか、どうして彼女が自分を助けたのかは——わからないが。
二人は大路地から外れ、狭くてパイプや換気扇などが通っている誰も通らないような裏路地へ来ていた。
「……あの、さっきの銃は……」
絢斗が言い終わるより先に、桃里は指先を自分達が走ってきた方向へ向けた。そして、絢斗は確かに見た。子供などが指で銃を作る様子……親指を上へ立て、人差し指を前に突き出すポーズをした彼女と、銃のようにした彼女の人差し指の先から、黒い何かが高速で飛び出すのを。放った先から、キンッと高い音が聞こえた。
「……今、のは……」
「……」
目を見開く絢斗の横で、表情を変えない茜。攻撃を放った方向から、カランカランと下駄の音が聞こえた。
「嫌だわ茜、こんなところに殿方を連れ込んで。逢引ですの?」
「なぁんだカレンか。リョウマじゃなくて良かった」
「彼だったら殺されていますわ」
現れたのは、赤と黒の鮮やかな和服を着た背の高い少女——だが、顔を見たところ自分や茜と変わらない歳のようだった。振り袖を翻したその手には、本物同然の——否、本物なのかもしれない日本刀が握られていた。
「貴方の言ってた神風がこの人?」
「かもしれない」
「まぁまぁなんの根拠もないで」
「根拠が無くないわ。言ったでしょ、鳳凰にそっくりって」
「まぁそうかもしれないわねぇ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
カレンと呼ばれた少女が絢斗に近づき、彼の顔を覗き込もうしたその時、絢斗は慌てて後退った。目には焦りと疑問の色が濃く浮かぶ。
「君達は何なんだ!? 神風とか鳳凰とか……その武器とか! 一体何の話を……!」
「あら嫌だわ。茜ったら何もこの子に話してないの?」
「話していいの?」
「良いでしょう。関係なければ記憶くらい消せるわ」
「そう、わかった」
じりと絢斗は後退るが、後ろはどうやら行き止まりだ。逃げ場がなかった。
「この子は乃木華恋。乃木坂の乃木、難しい方の華、レンは恋。私やリョウマの仲間なの。怖がらなくて大丈夫よ」
「……まぁ、指先から銃弾を放つような子や日本刀を持つ人が言っても説得力無いと思いますわよ」
「……」
華恋の言うとおりだと思った。彼女の言によると茜の指から放たれたものは銃弾、そしてそれを、恐らく日本刀で華恋は弾いた。普通の人間ができることではない。
「何から話そうかしら。そうねぇ……貴方、CDOって都市伝説、聞いたことあるかしら?」
「——ッ!!」
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