複雑・ファジー小説
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- 幻実
- 日時: 2016/09/22 17:46
- 名前: 吟志 ◆tr.t4dJfuU (ID: c3/sZffZ)
- 参照: https://mobile.twitter.com/ginshi_sousaku
《ごあいさつ》
こんばんは。吟志と申します。
おそらくこの名前では初めましての方が多いと思います。ちょっと昔に別のハンネで活動しており久しぶりに戻って参りました。
ほのぐらいお話になるかとは思いますが、どうぞよろしくお願いします。
【H28 9月20日 吟志】
《幻実》
第1話: >>1
第2話: >>2
第3話
《作者について》
小説カキコ様のほか、comicoノベルチャレンジ様にもお世話になっております。
活動状況についてはこちらから(@ginshi_sousaku)。
- Re: 幻実 ( No.1 )
- 日時: 2016/09/22 18:11
- 名前: 吟志 ◆tr.t4dJfuU (ID: c3/sZffZ)
【第1話】
俺には猫を捨てる奴の気持ちがわからない。
猫が好きだからということもあるかもしれない。動物を飼ったことはないが、飼うとしたら絶対に猫だ。子どもの時からずっとそう思っている。
どうして猫を捨てるのか。
スナック菓子の段ボール箱の中で丸くなっている仔猫たちを見て思う。本当に段ボールに捨てていく人間がいるのかと感心したような、呆れたような。
コンビニでメビウスを買ったついでに骨つきフライドチキンでも買っておけばよかった。拾ってはやれなくてもせめてものことをしてやりたかったのだが。
大した強度を求められていない薄っぺらなボール紙に四方を囲まれた灰色の仔猫たちは小石のように丸まったまま鳴きもしなかった。痩せた背中の皮が上下しているのは見えた。
それでも彼らは死を待つしかないのだろう。
この街の喧騒のなか、彼らは静かに静かに闇に身を沈めている。不幸な命であると、その一言だけで済まされるだけの命だった。俺は名残惜しく思いながら、その場を立ち去った。
猫はどうなるだろう。寒さに死ぬか、空腹に死ぬか。それともカラスにつつかれてーーそう考えたときに、俺はハッとした。俺はあの仔猫たちが死ぬことしか考えていない。俺以外の誰かに拾われる可能性だって十分にある。もしかしたら自力で野良に混じるかもしれない。
いや、彼らは死ぬだろう。やはりもう一度心のなかで呟いた。
この街は明るく朗らかであるように見えて、その実空っぽで冷たいのだ。そういうものだ。有象無象のパーツのうちの1つがニヒルに嗤う。その実俺も空虚である。
猫は、俺が殺したようなものだ。
そんなふうに考えたら、この街が悪人だらけのように思われた。傍観は罪であると流行りのアーティストが叫んでいた。否定したくなる、愚かしいほどに真っ直ぐな正論は街行く人々に刷り込まれ、人々を悪人にした。
猫は俺を憎むだろうか。
それを考えることが免罪符になると思った。
しかしおそらく、猫は人を憎まない。死のうが殺されようが、命がなくなればすべて同じ肉のかたまり。死んだ殺したというのに固執するのはあくまで他人であり、そしてもっともそれを気にするのは命を奪った張本人だ。
だからひたすらに苦しい。
狭量で臆病な俺には、この街の酸素は薄すぎる。
- Re: 幻実 ( No.2 )
- 日時: 2016/09/22 17:26
- 名前: 吟志 ◆tr.t4dJfuU (ID: c3/sZffZ)
【第2話】
げほげほと誰かがそばで咳き込んでいる音が聴こえた。俺はすぐにタバコの火を消そうとして、やめた。
今、俺が立っている駅のホームはこの禁煙ブームの世知辛い世の中であるなかにも珍しく喫煙所が設けられている。そして人も少ない。俺はちゃんと風下の喫煙所でタバコをふかしている。確かに煙を遮る板もないが、エチケットは守っているはずだ。だから俺がタバコを消す必要はない。
帰りはTSUTAYAにでも寄ってDVDを見ようかと思った。どうせすぐにTV放送になるし、と思って観なかった映画。結局TV放送になる前にDVDが新作ではなくなった。大して面白くなかったのかもしれない。しかしそれでも見たくなるほどに明日は暇だった。うちの会社で誉められることと言えば、日曜が基本的に休みだということだ。満足しているわけではないが、十分に恵まれた環境だ。
あと夕飯。同僚から飲みに誘われていたが、「嫁が飯作って待ってるんで」といって申し訳なさそうに帰っていった後輩の背中を見た。独り身だが俺も断った。大して仲がいい同僚でもなかった。他の奴らとつるんで繁華街に繰り出す彼らの背中を見た。俺が退社したのは、おそらく最後から2番目だ。ひどく無口な女の先輩がデスクに向かっていた。俺は何も言わずに出てきた。
また誰かが激しく咳き込んだ。鬱陶しい。煙たいなら別の場所で電車を待てばいいのに。
どうせ嫌味ったらしいオバサンがそんなことしてるんだろうと、ちらりとそちらをみて、俺はすぐにタバコを溢れてしまいそうな吸い殻入れに押し込んだ。溜まった雨水かなにかの液体がじゅっと音をたてた。
ひとりの女性が苦しそうにしゃがみこんでいた。ただ事ではないと思った。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
大丈夫じゃないよな、と思いつつもかけることばが見当たらずに喋りかける。女性は首を横に振った。正直すぎて逆にどうしたらいいかわからない。
俺はおずおずと、白いワンピースに包まれた華奢な背中を擦った。周囲の目が気になったが、誰もがみなスマホの液晶画面だけをみていた。冷たい世間だ。
ゴロゴロと痰が絡んだような咳を繰り返していたのが、突然乾いた咳になった。
「痰、捨てたほうがいいですよ」
次は喉が縦に裂けてしまいそうな咳を繰り返す彼女にポケットティッシュを渡す。ペコリと頭を下げ、彼女は痰をティッシュに吐いた。そして丸めたティッシュを握りこんで立ち上がった。
「どうも、ごめんなさい」
「いえ、あの、俺がタバコを吸っていたので……」
「喫煙所だからいいの」
咳のしすぎて嗄れた声は、本来であれば綺麗な声なのだろう。可哀想なくらいにかさかさの声だ。
微妙な雰囲気のなか、俺と彼女はまた正面を向いて暗闇から枕木を探そうとしていた。しばらくして、赤い塗装の列車が滑り込んできた。
車窓に写る自分のしょぼくれた顔を見ていた。自宅の最寄りまで、あと二駅というところで聞き覚えのある咳が近くで聴こえた。あの人だ。
車内で大きく咳き込むのはあまりよく思われない。実際、目の前の会社員らしき白髪頭の男性は眠っているかのように見えて、眉間の皺を深くしている。
「……だいじょうぶ?」
「す、すみません……」
俺はあえて彼女の知り合いのふりをした。彼女はもとから体調が悪かったのだと周囲に認識させるためだ。
「どこで降りるんですか?」
「……」
「……家出、かな?」
ちらりと彼女の出で立ちを見る。
えらくシンプルなワンピース。ぱんぱんに詰まったショルダーバッグ。よく見れば幼い顔立ち。もしかしなくても、家出少女のように見える。
「……ぶらり旅です」
予想外だ。
「……事情は聞かないけどさ。あてとかあるの」
「……ホテル」
「……うち、泊まる? 咳が酷いし、たぶん俺のせいだし」
声を潜めて会話をした。ナンパや、ましてや誘拐だと思われては困る。
「……怪しい」
「ぶらり旅とか言ってるほうが怪しいよ」
「じゃあ、ありがたく」
そういった彼女の表情は底抜けに明るかった。
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