複雑・ファジー小説
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- 鬼の子洒々
- 日時: 2017/01/21 17:37
- 名前: 神瀬 参 ◆tOohGwwMaM (ID: BUG11FhX)
陽を望みて陰に生まれし者の、その涙の清さを見よ。
初めまして、こんにちは。
神瀬 参(カンゼ マイリ)と申します。
至らないところ色々ありますが、よろしくお願いします。
何卒暖かい目で見ていただければ幸いです。
よろしくお願いします!
それでは、鬼の子洒々、はじまりまして御座います。
- Re: 鬼の子洒々 ( No.1 )
- 日時: 2017/01/11 22:05
- 名前: 神瀬 参 ◆tOohGwwMaM (ID: kG6g9hX2)
■第一章 笹鳴村
□第一節 人恐るる鬼
既に、空には月が架かっていた。小筆で引いたように細いが、しっとりとした薄明かりを地面へ注いでいる。その光のお陰で外は明るい。しかし、笹鳴村の家々は皆すっかり明かりを消し、示し合わせたような静けさだ。
随分と長居してしまったな、と狩衣姿の男が呟いた。全体の髪が短く切り揃えられた中で、長く残した襟足だけを結っている。悟ったような目に、なんとなく掴めない雰囲気を纏った人物であった。
「ほんに、ありがとうございました。こんな遅くになってしまって」
村娘のお蒔が申し訳なさそうに頭を下げる。村から男の屋敷までは少し距離があるが、どうやらその事を思案してのことらしかった。
「お気になさらないでください。それより、諫兵衛さんの具合が戻って良かった」
「月晴さまのお陰です。ほんに何から何まで・・・・・・ 以前、畑の妖しを払って頂いた折なんか、村の皆がありがてえありがてえと申しておりました」
男はそれを聞いて控えめに微笑んでみせた。深い色の髪が葉のごとくそよ風と遊び、表情と相まってどことなく儚げな雰囲気を醸し出している。
「お役に立てたならば幸いで御座います。では、さすがに帰ります」
「あの、灯りを持って参りましょうか」
「いや、結構。私にはこの子がおりますのでな」
月晴の隣には、青とも灰ともつかぬ毛並みをした虎が行儀良く前足を揃えて座っている。人の三倍はあろうかという体躯であるが、穏やかな瑠璃の瞳のせいか怖さを感じさせない。
「ゆこう」
月晴の声に、虎がしなやかな動きで立ち上がる。村を後にする彼らの背中が闇に消えるまで、お蒔はその姿を見送っていた。
*
竹林に敷かれた夜道を、接地の音静かに進むものがある。虎だ。毛並みが、月明かりを受けて銀色に光っているように見える。神々しささえ感じさせるその風姿は、まるで絵巻か屏風の中から出てきたかのようだ。
さて、件の虎に跨っているのが、字見 月晴(あざみの つきはる)という男である。外見からして二十代の半ばもいかぬ年だが、妙に色気のある笑い方をする。その雰囲気から、ひょっとすると人間ではないのではないか、という思案さえ抱かせるほどだ。しかしこの男、祈術師の家系に生まれたれっきとした人間であった。
祈術とは、ここ緋国におけるまじないの一種である。神力を持つ者だけが祈術を扱うことができ、大抵はそれを親ひいては先祖から受け継ぐことが多い。
月晴は虎の背中を時折さすりながら、道の左右に生えた竹の群れを眺めている。と、突然虎が歩を止めた。何事かと辺りを見てみると、なるほど、丁度前方左側の茂みに、妖気なるものが紫煙の如く凝っているのが見えた。
「はて、鬼でも出たかな」
月晴はそう言うと、虎の背から身も軽く降り、左の袖を口に当てながら茂みの中へ入っていったのだった。
- Re: 鬼の子洒々 ( No.2 )
- 日時: 2016/12/12 18:10
- 名前: 神瀬 参 ◆tOohGwwMaM (ID: OXm6els4)
妖気を辿って茂みの中へ入ってゆくと、案外出処は深くにあることがわかった。月明かりを頼りに竹の間を進むと、やがて建物のある場所へ行き着いた。
破れ寺である。屋根瓦は剥がれ、柱は腐り落ちているものもある。中の床なども、恐らく抜けたり腐ったりしているものと思われた。寺というから人の造った物には間違いない筈であるが、妙に周りの自然と溶け合っているように見える。既に、寺は山の循環の流れに組み込まれているようだった。
寺の正面に近づくと、妖気はいよいよ濃く凝っている。相当厄介な妖がこの寺に棲みついているようだ。後ろをついてきた虎が、小さく低く唸る。月晴は口に袖を当てたまま、空いた右の手を懐に差し込んだ。中には常日頃携行している札が入っている。
ぼろぼろの賽銭箱の奥、破れ障子の戸に目をやる。人の半身分ほど開いていて、もう少し近づけば中の様子が分かりそうである。月晴はゆっくり、本堂への階段に足をかけた。体重を載せると、ぎいと歪んだ音を出す。
階段を登り終えると、月晴は戸に左手をかけた。呼吸は極力浅く行っているが、それでも妖気が肺へ入りこみ、胸のむかつきを誘う。これは手早く片付けて此処を離れた方が良さそうだ、と月晴は思った。
覗き込んでみた中は、夜の屋内とは思えないほど明るい。天井に空いた穴から月光が差し込んでいるせいだ。住職が持っていったのか仏像などはなく、代わりに座布団がそこらの床に散らばっている。が、肝心の妖は見えない。
いや、いる。戸から最も離れた位置にある座布団の上に、何やら生き物がうずくまっているようだ。妖か、獣か。動く気配はない。こちらの様子を伺っているのだろうか。
月晴が戸をさっと引き開けると、そこから鼠が一匹這い出て足元を逃げていった。本堂の中へ一歩踏み入れると、畳の毛羽立ちが足の裏をちくりと刺した。
「おかしい」
月晴は呟いた。後ろをぴたりとついてきたお供の虎も、しきりに鼻をくんくんと上下させている。
堂の中だけ、妖気がないのである。
妖気がないというのはいささか語弊がある。が、ここへ来るまでの妖気と比べて明らかに濃度が薄いのである。月晴は首を捻った。
堂の中でうずくまる“あれ”は妖気の主ではないようだ。では外の妖気は誰のものなのか。もしやもう立ち去った後、残り香の如く妖気だけが残った?
考えながら“あれ”へ近づいてゆく。右手は懐の中で札を掴んだままである。畳は毛羽立っており刺さりはするが、幸い歩けない程ではなかった。
正体の知れぬものの傍らまで来た時、妙なことに気がついた。先が五つ又に分かれた白い棒が生えている。
人間の手であった。太さからして男のそれである。
人であったかよーー月晴は思わず心で呟いた。なるほど、よく見ると着物を着ているし、折りたたまれた脚も見える。背を見ると、左肩から斜めに大きな傷が入っていた。大方、妖気の主にやられたもので間違いないだろう。
こう大きな傷をつけられては、さぞ痛かったろう。拝むような気持ちでその傷に触れる。と、月晴の目が僅かに見開かれた。続いて、触れた手はその者の首へ移動する。
「生きている・・・・・・」
このように襲われて生きているとは、人間とは思えない。うつ伏せの体を抱き起こして向きを変えると、齢にして己と同じほどであろう男の顔が見えた。髪は血をかぶったように赤く、左頬には刺青のような跡がある。そして額には、二つの角。奇妙なことであった。人間から角が生えている。いや、違う。鬼が、人間のような姿形をしているのだ。
鬼というのは、肌が燃えていたり、目や手などが多くあったり、およそ人間とはかけ離れた容姿をしているものだ。しかし、目の前で死にそうになっているこの鬼は、角こそ生えているが人間にごく近い姿をしている。髪の赤いのを手拭いなどで隠せば、充分欺けそうなほどであった。
「てつ、これを屋敷まで運べるか」
月晴は後ろの虎に向かって声をかけた。無論、背中の傷を治療するためである。が、なぜこの鬼を助けようとしたのかは、月晴自身もよく解っていなかった。ただ、あまりに人に似た姿に興味を惹かれたのは確かだ。
月晴の言葉を受けて、銀の虎はさも承知したというように一声鳴きあげ、件の鬼を器用にその背に乗せたのであった。
- Re: 鬼の子洒々 ( No.3 )
- 日時: 2017/01/11 22:03
- 名前: 神瀬 参 ◆tOohGwwMaM (ID: xHgOAO3H)
*
「ここは・・・・・・」
いずこか。言いかけた問いは誰にも届くことなく、空間に溶けた。
さらさらとした床に、穴の空いていない天井。どこを見ても、目に馴染みのあるものは映らない。己の着ている着物まで見覚えのない色にすり変わっている。
目を覚ましてから、鬼は終始戸惑っていた。体に上手く力を入れることが出来ず、昨日の記憶さえ確かでない。確かな感覚としては、呼吸する度に起こる背中の痛みだけであった。
ひとまず、此処を出ねばならないか。一通り思案した鬼が、動かぬ体に鞭打ちどうにか上体を起こした、その時だった。
襖の開く音と同時に、明朗な声が部屋に飛んだ。
「おや、目の覚めましたか」
幼い子どもの声である。一言発したかと思うとすぐ踵を返し、部屋を出ていった。遠くで、月晴さまと呼ぶ声が聞こえる。
程なくして先ほどの子ともうひとり、深い色の髪をした男が部屋へ入ってきた。椿の葉のように艶やかな瞳が、真っ直ぐとこちらを見据えている。月晴と呼ばれた男だろう、と鬼は直感で思った。妖しげな雰囲気だ、とも思った。
「ああ、まだあまり動かぬ方がよかろう。傷が開くぞ」
月晴が床に座しながらそう言う。しかし、傷開く開かないは、鬼にとって重要なことではなかった。
なるほど、人間に捕まったかよ・・・・・・
ぼんやりとした思考が鮮明になるのと比例して、体の芯に近いところが冷えていくのを鬼は自覚していた。両手は弱々しく布団を掴み、見開いた目は月晴の膝あたりをさ迷っている。
「まだ痛みが退いておらぬだろう。いかんせん鬼の怪我についてはどうこうした試しがなくてな。さて、傷を見せてみろ」
言いつつ鬼に近づいた月晴の懐から、何かはらりと落ちた。様々な文字の書かれた、札である。鬼はこの道具に見覚えがあり、敵を破するものだと知っていた。
「やるなら、やれよ」
諦めの篭った声で吐き捨てた鬼に、月晴は怪訝な顔を向けた。そうしようと思っていたくせに。鬼は心の内で毒づき、札に向けて首をしゃくってみせた。
「それで、俺を殺すのだろうが」
傷を治療する素振りを見せた相手の、真意をついたつもりであった。しかし相手ーー月晴は、一瞬呆気に取られた表情をしたのち、口元がひくひくと震え出し、終いには吹き出してしまった。鬼は月晴がなぜ笑っているのか分からず、口を開いたまま目をぱちぱちと瞬かせている。
「何を言うか。何の為にあの破れ寺からここまで、お主を運んだと思うておる」
言いながらも、月晴の肩は震えている。口元をおさえてはいるが、笑っているのは傍から見ても明らかであった。最初に感じた妖しさは何処へ行ったのか、子どもの如き純な顔をしている。
「ああ、久しぶりに面白いものを・・・・・・ いや、すまぬ。それにしてもお主、変わっている。その考えといい、左目といい・・・・・・」
「左目?」
「ああ」
「何処がおかしいというのだ」
「おかしいというか、な」
月晴は其処で一旦言葉を切ると、鬼の顔へ己の顔をずいと近づけた。驚いて下がろうとする鬼の頬を右手で捕まえ、左目を覗き込む。
「先程から気になっていたんだ。瞳の色がな・・・・・・ 他に見たことがない。目玉の奥が透けて見えそうな色をしていてな、真に綺麗だ」
鬼はその言葉に、不覚にもどぎまぎした。月晴のその振る舞いが、純粋な興味から来ているものだと分かったからである。程なくして月晴は手を離したが、その後も鬼は彼の言葉を反芻していた。
“綺麗だ”
褒められたのはいつぶりだろうか。人とは鬼を恐れ憎むものだと思っていたが、このような者もいるのだな。こいつ、俺のことを変だと言ったが、此方からしてみればお前の方がよほど変わり者と見えるぞーー・・・・・・
「失礼致しまする」
男子の声にはっとする。いつの間に外へ出ていたのか、敷居の前で行儀よく正座している。
「朝餉の支度が整うておりまするが」
そう言う男子を近くへ呼び寄せ、隣へ座らせると、月晴はその子の肩へ左手を置いた。
「紹介が遅れてすまぬ。俺は字見 月晴という者だ。こちらは式子の鉄斎」
シキゴという言葉の意味が分からなかった鬼は、恭しく頭を下げる鉄斎をまじまじと見つめた。薄墨の髪を三つ編みでちょこんと結び左肩に垂らしている。切りそろえられた前髪の下には蒼い目がくりくりと輝いていた。このような可愛らしい子どもが、年に似合わぬ丁寧な振る舞いをしていることが、鬼には少し引っかかった。
「朝餉が出来ていると言ったな。冷める前に頂くとしよう。お主も・・・・・・そうだ、お主の名は何というのか」
「忘れたな。呼ぶ者もおらぬし、なくても困らぬものだ」
「そうか。では俺がつけるぞ」
「は?」
「そうだな・・・・・・今日からお主の名は」
呆気に取られる鬼を他所に、月晴は少しばかり考えてから、何か思いついたとばかりに顔を上げ、そして言った。
「秘色としよう」
- Re: 鬼の子洒々 ( No.4 )
- 日時: 2017/02/21 15:26
- 名前: 神瀬 参 ◆tOohGwwMaM (ID: xPOeXMj5)
鬼は困惑の表情を隠せなかった。が、目の前の二人は気にも留めない様子で、「綺麗な名ですね」「だろう」と楽しそうに会話を交わしている。
「ま、待て。おれの話を聞いていたか」
「もちろん。名を忘れたというから付けたのではないか」
「違う!名は要らんと言うたのだ。そもそも、何故お前にーー」
「秘色殿」
声を荒らげる鬼を遮ったのは、意外にも鉄斎だった。小さな膝で鬼の方へにじり寄り、すっと視線を向ける。蒼い眼でひたと見つめられた鬼は、二の句を継ぐことが出来ずゆっくりと口を閉じた。鉄斎の方へ向き直ると、背中の皮がめり、と音を立てて痛む。そうだ、怪我をしたのを忘れていた。
「貴方は人というものをあまり良く思っていないのでしょう。しかしその傷、深さゆえ自然に癒えるものではございませぬ」
幼子を諭すような声で話す姿は、童とは思えぬ落ち着きようである。鬼は視界の端に月晴が何処かへ行くのを見ながらも、鉄斎から目を離せずにいた。瑠璃の瞳にすべてを吸い込まれたような気さえしている。それを大人しく聞いているととったのか、鉄斎は再び話し出した。
「月晴さまは、貴方を救いたい。その為には、この屋敷に留まっていただく他ございませぬ。どうか傷の治るまで、ご辛抱なされませ」
どうか何卒、と頭を下げられては、鬼はうんと返さざるをえない。それを聞いてか、月晴が紙や筆などを持って戻ってきた。先ほどの通り鉄斎の隣へ座し、墨をたっぷり使い何やらの字を書いてゆく。
「これが、今日からのお主の名だ。上の字がひ、下の字がそくと読む」
字を読めない鬼にも、その書の中に絶対的な均整があるのがわかった。恐る恐るその字に触れると、指は自然とその線をなぞってゆく。ひそくひそく、と何度か呟いてみると、不思議と身にすっと馴染むのを感じた。心より先に、体は“秘色”という名を許容したようだ。月晴はそれを見て、満足そうな表情で手を差し出した。
「秘色や、よろしく」
「・・・・・・おう。おれの傷、治してみよ」
差しだされた手を握り、鬼は秘色という名になった。
鉄斎に促され、朝餉をとりに向かおうとした矢先である。濡れ縁の外、にわかに空が曇り出したのが見えた。これは一雨来るかもしれぬな、と月晴が呟き、梅雨入りでございましょうかと鉄斎が添えた。水無月に入って間もない日の曇天に、秘色は微かな夏の匂いを感じていた。
- Re: 鬼の子洒々 ( No.5 )
- 日時: 2017/01/09 17:40
- 名前: 神瀬 参 ◆8bI1T1hJAY (ID: kG6g9hX2)
□第二節 鬼憎む人
唐突に始まった雨季は、緋国全体に潤いと夏をもたらした。雨音に混じって蛙の声が聞こえ、庭には新しい花が綻び始めた。青や紫に色づくそれは、人に紫陽花という名で呼ばれている。
秘色が屋敷に住み始めてから二十日ほど経つが、雨の降らぬ日は僅かに二日だけであった。今日もまだ朝方だというのに、厚い雲が立ち込めているせいで外はどんよりと暗い。
「止まぬなあ」
空いた戸の外、濡れ縁の傍に池がある。その水面に絶え間なく出来ては消える波紋を眺めながら、秘色が誰に言うともなしに呟いた。手は朝餉の椀を片すべく動いているが、なんとなく気だるげな様子がある。同じく椀を持った鉄斎がさっと立ち上がりながら応えた。こちらは秘色とは対照的に、かなり手際よく作業をしている。
「龍神様が降らせているのでござりますよ」
「龍神?」
「海をお作りになった、水を司る神様でござりまする」
言いつつ土間へ消える鉄斎。相変わらずその挙動からは、およそ子どもとは思えぬ品や落ち着きが伺える。秘色はというと、そんな鉄斎をよほど勤勉な童なのだろうと感心した眼で見ていた。最も、"学ぶ"という行為は秘色にとって遠い存在であったので、それは曖昧な感嘆であったのだが。
程なくして、先に朝餉を終えていた月晴が、なにやら巻物の様なものを手に入ってきた。口元に浮かべられた僅かな笑みが、変わらずそこにある。出会った日の失笑以来、月晴はいつでも、薄い微笑みを崩さない。
「なんだそれは」
「掛け軸だ。友人へ送る為のな」
「ほう」
「都に、水にまつわる家系があってな。毎年この時期になると恵みを感謝する祭りが行われるのだよ」
「ふうん」
「そこの長男とは縁があるので、毎年祝いの書を送るというわけさ」
水の祭り。鉄斎が言っていた龍神の為のものだろうか。海を作ったほどの存在はあまりに大きすぎて、秘色は上手く想像することが出来ずにいた。
月晴はそんな秘色をよそに、例の掛け軸を艶のある黒い箱へ収め始める。手紙も一緒に仕舞いこみ、鮮やかな青の風呂敷にくるみ、綺麗に整えた。結び目が庭で見た紫陽花のように可愛らしく開いている。
鉄斎は全て承知していたのか、片付けから戻るとすぐさま月晴の横へ膝をつき、それを受け取った。
「今から発てば、明日の夜には着くかと思いまする」
「二人でゆくのだな」
「いや、鉄斎だけ向かわせることにする。お主の怪我もいつ悪化するか分からぬしな」
「しかし、危険だ。まだ子どもではないか」
「いや、鉄斎はーー・・・・・・」
月晴の言い終わらぬうちに、鉄斎が無駄のない動きで立ち上がった。
「私は、童ではありませぬよ」
言うやいなや、鉄斎はとつと飛び上がり、空で後ろに一回りした。かと思うとあの可愛らしい童の姿は何処へか消え、気付くと銀の毛並みをした虎がそこへ座している。
「お、おう・・・・・・」
瞳が、鉄斎と同じ色で煌めいている。状況を飲み込めず目を見開く秘色に、月晴は説明した。鉄斎が人間ではないこと、祈術によって獣の牙から作られた存在であるということ。それから、式子は消滅するまで姿が変わらないということ。
「鉄斎はもう二十年近く、この姿のまま俺に仕えている」
「な、なんと!?」
鉄斎が、外見に似合わず大人びていたのはそのせいか。秘色は驚きつつも、己の内の謎が解けたので不思議とすっきりしていた。
「てつ、頼むぞ。御醍によろしく伝えておいてくれ」
月晴がそう言って頭を撫でると、銀の虎ーー鉄斎は一声鳴きあげ、掛け軸の包みを器用に咥えると、空いていた戸から瞬く間に屋敷から飛び出した。
秘色は暫く、鉄斎の足跡のついた庭を見つめていた。紫陽花はなおも鮮やかに咲き群れている。
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