複雑・ファジー小説

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アシンメトリー
日時: 2016/12/08 19:45
名前: 亜咲 りん ◆1zvsspphqY (ID: wJnEuCOp)

 


 これは彼女が、魔女になる前のおはなし。






【沈み込んでシンメトリー】 >>01-03


*アシンメトリー…左右非対称。
 

Re: アシンメトリー ( No.1 )
日時: 2016/12/04 01:29
名前: 花束たばさ ◆1zvsspphqY (ID: hd6VT0IS)

  
 冷たい海の底に沈んでゆくみたい、私。泥だらけの身体を溶かして、どうか誰もいないところへ行きたいなぁ、なんて。
 知らない男と2人、道路を歩きながらそんなことを考えてみた。向かう先はホテル。そこでやることなんて、決まってる。
 どこかの高校の制服を着た男は私の身体をしきりに触り、その先を求めるようににやにやと私を見つめている。きっと、どこかで私の噂を聞きつけてのこのことやってきたのだろう。私が『ビッチ』だという噂は、こんなところにまで広がっているのだ。
 はじめてそういうことをしたのは中2のとき。自分が何か大切なものを失った気がしたけれど、そんな感覚はすぐにどこかへ消え去った。
 神様は昔、人間の身体を2つに引き裂いたらしい。だから女である私は、男を求めてさまよう。だからこういうことは、正しいことなのだ。
 愛されたい。ふいに淋しくなって、彼に寄りかかる。甘ったるい香水の香りがした。
 小さい頃はこうではなかったはずだ。天真爛漫で、何も考えずに生きることができた、あの頃。それなりに話せる友人もいて、いつもはしゃぎ回っていた太陽の下。いつの間にかその太陽は遠ざかってしまった。
 そうこうしているうちに、ホテルに辿り着く。男はエレベーターを上がるときも、気持ちの悪い笑みを浮かべて私を見ていた。いや、「私」じゃない。「女」という「玩具」を見ていたのだ。


「ひぃ、ふう、ふふ、はははははは」

 空虚な笑い声が夕陽の中に響き渡る。今日は1段と、酷い犯され方をした。まるで地獄だ。海の底に沈んで沈んで、行き着いた先は。
 ふらふらと、アスファルトの上を歩く。このままどこかの川へ落っこちて、海に辿り着かないかなぁ、なんて考えてみる。けれども、ここは内陸。もう、どうにだってなればいい。

『女はばかでいいの。男に頼っていきてゆけばいいのだから』

 叔母さんはいつもそう言っていた。
 アン叔母さん。杏奈さんだからアン叔母さん。よく考えればアナ叔母さんの方が正しいんじゃないかと思ったけど、本人がその呼び方を嫌がるので仕方なくアン叔母さんと呼んだ。
 ねえ、アン叔母さん。私、ばかになったよ。養ってもらえるかなぁ、男に。
 母は病気だし金はないし愛もない。切なげに擦り寄っても私の身体を見てくるだけじゃない。私は愛がほしいの。とびっきりあたたかいやつ!
 ぽっかりと私の胸に開いたものは多分、欠乏だ。愛の欠乏。お母さんは決して私を愛してくれなかったし、今だってそう。物言わぬ人形みたいなものだ。「動けよぉ」とベッドを蹴ってみたけど反応はなくて、死ねよ。こちとら迷惑してるの。お前がいつまでも寝ているせいで。

「淋しいよぉ。死にたいなぁ」

 こういうとき、友だちとかいれば、淋しくないのかな。残念ながら、私はそんな大層なものを持っていない。私の噂をきいてどんどん離れてくのだ、人間は。寄ってくるのは性欲を丸出しにした獲物だけ。寿命つきてさっさと死んじまえエロガキがぁ。

「……はぁ」

 とりあえず落ち着こうか、と決心して1つ、息を吐く。死ね、とか殺す、とか、そういうネガティブでサディスティックな思考がオレンジに溶けていった。後にはほんの少しの後悔と、痛みが残るばかり。
 放課後、私は制服を随分とまあ着崩して、てきとうに誘惑していた。捕まるのは使い古されてくたびたサラリーマンであったり、高校の持て余した奴だった。今日は後者で、ホテルに連れ込まれた。ついて行ったのは私で、誘ったのも私だから、悪いのは私。涙が出そうだった。
 愛を知りたかった。昔から母に愛された記憶がなくて、中2の頃に母の不倫相手に初めてを奪われてから私は愛を完全に失ってしまったのだと思う。
 これが愛か。こころないまま喘ぐのが愛なのか。いや、違うだろう。愛とはあたたかいものだ。
 だから、ぽっかりと私の胸に空いた穴を埋めるにはその愛しかないと思うんだけども、その方法がどうしても見つからないので、愛を確かめ合う方法であり、私の処女を奪った方法で取り戻すことにしたのだ。

「『私の身体をあげるから、とびっきりの愛をちょうだい、私に』」

 男の耳元で囁いた言葉を反芻する。空虚な言葉だと思った。だけど、これが1番私の望みを表しているような気がしたのだ。
 これをきいて男は不思議そうな顔をしたけど、それは当たり前だろう。そこはだいたいお金、moneyだと決まっている。もちろんお金は欲しかったけど、そんなものはちょちょっ、と盗めば良い話。だってほら、愛ってちょちょっ、て盗めないでしょ?
 そういうわけで、私はそういうことを繰り返していた。

「誰か埋めなさいよ、私の淋しさを!」

 そう叫んで、鞄をその場に投げ飛ばす。通行人がひ、と身を竦ませて、その場から去ってゆく。そうだ。愛を知っている者は去るがいい。私はお前らと違って幸福だ。愛を知らない幸福を知っているのだ。


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