複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

【12/13更新】異能者たちの生存戦略
日時: 2016/12/13 22:41
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 もし仮に、あなただけが翼を得た人類となれば世界はどう変わるだろうか?
 自由自在に空を駆けられて気持ちがいいだろうか。信号待ちの必要がないので楽な生活になるだろうか。
 決してそうはならない。翼をもつ人というのは異端であり、忌むべきものであり、起こってはならないイレギュラーであるからだ。好奇にさらされ、駆逐される。あるいは研究資料として半死半生で良いように切り刻まれることを受け入れるかだ。
 逃げればいい、戦えばいい。そんな単純な話ではない。空を飛べるだけの人間が、現代社会で孤独に、どうやって戦えばいいのだろうか。
 とすれば、彼に残された道は一つだ。隠れること。決して自らの正体がばれないよう、息を殺して、仮面をかぶり、人間社会にいるべき姿として溶け込むことだ。
 そう、異端者にとって、世界とはすなわち敵となる。
 翼を持つものは一例に過ぎない。神秘的な現象とは、我々が思っているよりもずっと、世界に満ちている。
 世界を牛耳る人類と、それに抗う異端者と、平和を愛する異能者と。三者三様の、生き残りをかけた戦争は、いつしか深い溝を生んでいた————。


____

こんにちは、初めまして。hiGaといいます。とりあえずローマ字読みしてください。
小説らしいものを書くのは実は久々ですので、文章とかは探り探りになると思います。
もしこの作品を気に入ってもらえましたら、気軽に話しかけてもらえたらうれしいです。
おっす、ひがさんとかで構いませんので。

〆story
side:human
>>1 >>2 >>3
side:traitor

side:borderless

Re: 異能者たちの生存戦略 ( No.1 )
日時: 2016/12/12 20:12
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

 side:human July 1st 2016

 七月の初め、それに似つかわしくない異常気象が窓の外に広がっていた。昨日までは、鬱陶しい梅雨の湿気の中にも、夏へと向かう暑苦しさが潜んでいたのに、今日のこの光景は一体何だというのだろうか。

 窓の外にちらちらと舞うのは、他になんとも形容しがたい雪であった。それも、粉雪が舞うという程度ではなく、視界も狭まる猛吹雪。降り始めたばかりで積雪こそないが、このままではすぐに靴がすっぽり埋まってしまいそうなほどにふぶいている。

 気温がおかしかったのは、確かに今朝からだったが、時間が経つにつれて次第に異常性は増していった。朝目が覚めた時にはまだ、気温は低いとはいえ十度程度にはあったはずだ。

 普通ならば、十四時に向かって上昇するはずの気温は、逆に下がる一方で正午にはもう氷点下に達していた。では、今の気温はどれだけだというのだろうか。携帯電話で早速調べてみると気象庁は零下十度と公表していた。史上一度も観測されたことのない未曽有の異常気象、夏の猛吹雪に、世界中が注目していた。

 異能の力、正午を越えたころから各種メディアが、学者が、SNSの野次馬が、しきりにそう唱えていた。雪が降りだしたその瞬間を思い出すと、級友の部屋にて呆然とする少年はひんやりとした恐怖が背筋を走った。

「そんなこと、あってたまるか」

 自分の目の前で顔を赤くして寝込んでいる少女を見て、彼は脳裏によぎるいやな考えを必死に否定する。違う、そんなことはない。だがしかし、現実は非常である。目の前の少女が苦しそうにせき込むと、吹雪はまた一段と、強くなったようであった。

「ただの風邪だよな? そうなんだろ?」

 少女は、ただうなされているだけで何も答えない。




 今少年が呆気に取られている数時間前に事はさかのぼる。少年が昼休みに廊下を歩いていると、担任の先生に呼び止められた。おおい、と野太い声がするので振り返ってみると、担任はプリントの束を持っていた。

「楓、ちょっと良いか?」
「はい、何ですか?」

 彼の担任は東雲といい、恰幅のいい定員間際の男性教員だった。もう六十にもなろうというのに、肌は若々しく、髪の毛も白髪交じり程度だ。快活な声が特徴で、生徒会を指導している。

 もうすぐ生徒会役員選挙が迫っているからその話だろうかと少年、楓 秀也は推測した。現生徒会長こそ彼だが、彼ももう三年生、次の代にバトンパスをする頃合いなので雑務が最近増えてきている。今日もどうせその話だろうと思っていたのだが、東雲の頼み事はそれとは違っていた。

「氷室っているだろ? 隣のクラスの」
「はい、いますね」
「寮の部屋近かったよな? 今日休みだったんだが今回俺の授業での配布プリントが多くてな。テスト勉強に必要なものだから届けてやってくれんか?」
「あ……っ。……はい! 大丈夫です!」

 一瞬その頼みにひるみながらも、その違和感を何とか気取られないように応答する。正直なところ、楓から氷室への苦手意識は教師陣にも知れ渡っているため、躊躇は伝わっているのだろうが、東雲はそんなこと歯牙にもかけていない。

 氷室 冷河(ひむろ れいか)、名は体を表すというべきだろうか、彼女はとても冷たくて、触れるもの皆凍てつかせるような空気を身にまとっている。小さいころに親から捨てられた経験からくるものだと本人は自称しており、人間不信であると周りの皆も認めている。

 楓とは小学校からの仲なのだが、そのせいか余計に冷ややかで、異常なまでの対抗意識と辛辣な態度で接する。顔立ちはすっきりと、綺麗に整った美人であるためより一層その罵声は鋭く心に届く。

「それにしても、今日は寒いな。学校も急きょ暖房を焚いたくらいだ」
「そうですね。今どれくらいなんですか?」
「もうマイナスの世界らしいぞ」

 嘘だろおい、と楓は驚きのあまり話しているのが先生だというのも忘れて粗暴な言葉遣いになる。しかし、そんなことも全く構いもしないのが東雲のよいところでもある。はっはっはと笑いながら彼は、気温が下がって氷室も死にそうかもしれないから様子を見てきてほしいと告げられた。

 確かに、学生寮に入っている者がそこで死なれると問題だらけだろうなと楓は納得した。プリントの届けるのもそうだが、生存確認が今回のお願いの大きな理由だったのだろう。氷室には友達が一人もいないため、頼める相手が楓以外にはいなかったというところだろうが、何と悲しい話だろうか。

「……俺の心が折れない程度に確認してきます」
「ありがとな」

 そう言って東雲は職員室のほうへと戻っていった。寒さに身を震わせながら戻っていくその姿に、楓も何か寒気が伝播した。なぜ、今日はいきなりこんな変な天気なのかと、声にせず天に問うてみる。廊下を歩くと皆その話をしている。ワンセグで、各種SNSで情報を得ながら自分なりの考えを述べ合っている。

 普段は大学受験への不安しか話していないのに、今日は気象のことで持ち切りだ。普段よりいいと考えるべきなのだろうか、それともこの天変地異に怯えるべきなのだろうか、楓にはまだよく分かっていなかった。

 これが、数時間前までの話。ここからが、三十分ほど前からの話。

 授業が終わったため楓は寮の自室へと真っすぐ向かっていた。あの後気温の低下が小康状態になったとはいえ、依然として氷点下なのは変わらないため、大事をとって今日のクラブ活動は皆活動自粛となった。

 荷物をほとんど自室へおろし、最後に東雲から受け取った氷室の分のプリントだけを持って自室を出た。楓の部屋は男子棟の隅、氷室は女子棟の隅なので渡り廊下を横断すればすぐにたどり着く。女子棟入り口で管理人の許可を得て、女子棟に入り、真っ先に目に入ったのが氷室の表札だった。

 ノックをしてみたが、応答がない。インターフォンも鳴らしてみた。もしかしたら寝ているかもしれず、それを邪魔するのはどうかと思ったので郵便受けに適当に投げ込んでおこうかと考えたその時だった。キィと小さな音を立てて、扉が開いた。マスクをつけた短髪の少女が、顔を赤くして現れた。

「誰かと思えば……。何? あたししんどいんだけど?」
「プリント。東雲先生から頼まれた。テスト範囲だと」
「そんなの今日じゃなくていいじゃない。何考えてんの」
「お前の生存確認もしてこいって言われたんだよ」
「そんなの真に受けてんの? あんたに心配されるほどやわじゃないわ」

 いつもの毒舌で強がってはいるが、元気のない様子は伝わってきた。声はところどころ掠れているし、普段の澄ました顔ではなく張りつめたような表情だ。おそらくかなり苦しいのだろう。

「用は済んだでしょ? 帰って、うつされたいの?」
「それは遠慮するけどお前、薬飲んでるか?」
「あんたに関係ないでしょ」

 その言葉に、楓は氷室が薬を摂っていないことを確信した。そんなことだろうと思ったと、楓はポケットから風邪薬を取り出した。

「喉、鼻、熱、どれだ?」
「……喉からよ」
「じゃあこれだな、やるよ」
「……これに関してはお礼を言うわ」

 その時だった、気丈に振舞っていた氷室の体が傾いた。慌ててその体を支える。もっと手短に終わらせてやるべきだったかと楓は少し取り乱したが、別の理由でもっと取り乱すことになった。

 抱きかかえる形で受け止めることになった氷室の体だが、その体は、まるで氷の彫刻のように冷たくて、生きている人間のそれとは思えなかったからだ。

「おい! 大丈夫か?」
「ん……平気……じゃなかったみたいね、この様子だと」
「とりあえず、奥まで運ぶぞ」
「手を借りるのは悔しいけど、お願いしていい?」

 誰かに頼みごとをするなんて、普段の彼女であれば絶対に考えられないことだ。まるで死体のように冷たい彼女の体を支えながら、楓は部屋の扉を閉める。廊下の窓から見えた景色では、空には暗雲が立ち込めていた。

 そんなことより、楓にとって気がかりだったのは彼女の体が恐ろしく冷たいというたった一点であった。何をどうしたら人間はこれほど冷たくなるというのだろうか。普通、風邪をひいて熱を出せば体温はずっと熱くなるものではないか。

 いや、それどころではない。彼の頭の中には、もっと不可解な言葉が思い浮かぶ。この体温はもはや、人のそれではないと言っても過言ではない。それはまるで、本物の氷のようで————。

「混乱してるでしょ?」
「えっ……」
「何でこんなに冷たいのか、って」

 心の声を言い当てられた楓はひどく慌てて、何も答えることができなかった。どうやら、本人にとってそう思われることはいたく当然のことのようである。
 既に彼女は、自分の体の異常を知っている。楓は、一か月くらい前から巷で報道されている奇妙なニュースのことを思い出していた。

「私はね……」

 氷室が口にしたのはそこまでだった。そこまで口にすると、より一層苦しそうな咳払いをして、寝込んでしまった。慌てて楓はベッドに彼女を乗せ、布団をかけた。

 そう、その時であった————七月の東京に、雪が舞い散ったのは。



次 >>2

Re: 【12/11更新】異能者たちの生存戦略 ( No.2 )
日時: 2016/12/13 22:41
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

前 >>1


 結局その日、氷室はずっと寝込んでいそうな勢いだったので、楓は不安を拭いきれないながらもその場を後にすることにした。下手に寮母さんが今の氷室に近づくと不味いと感じたため、購買で適当にレトルトの食品だけを調達して自分の部屋へと戻った。

 すぐさまテレビをつけて、最新の情報を確認する。どのチャンネルに変えても、この時間帯にはニュース番組しかやっておらず、内容はここら一帯の異常気象に関してばかりであった。東京都を中心にして関東地方に大寒波襲来! どこもそんな、代わり映えの無い見出ししかついていない。

 だが、楓がリモコンのボタンを押す指は、あるチャンネルでふいにぴたりと止まった。そこでは、他の番組とは少し毛色の違う内容を放送していたためだ。他の局では基本的に招いている学者は気象に精通した人間であったのに対して、この番組ではというと最近活躍目覚ましい若手研究者の名前があった。

 年は三十代前半、性別は男。風貌はというといかにも学者といったものであり、よれよれの白衣に分厚い眼鏡、瘦身で背はそこそこ高い、といった程度であった。しかし、それは見た目だけのようで、声はとても元気よく、まるで学生のように感じられるほどだ。

 この人物は、昨年から注目され始めた学者で、元々は生物学で霊長類を研究していた。そして、経歴で言うと博士課程修了直後、彼はさらに分野を専門家させ、ヒトという種に着目した。

 そんな時期だった、この世に異能者が現れ始めたのは。そして、異能者を初めて世の中に発表したのは他でもない彼であり、手土産として引っ提げてきた異能者は、生まれたばかりの、彼自身の息子であった。

「私としては、今回の件も新たな異能の力が呼び込んだものと考えています。理由は言わずとも分るでしょう、このような不可解な出来事など……」

 自らの得意分野に関わることであると信じて疑わず、彼は大いに熱弁をふるっていた。それを聞いているアナウンサーたちも至極真面目な表情で頷いており、そこに、テレビにありがちなリアクションの強要は感じられなかった。

 新島 学人(にいじま がくと)、彼が最初に発見した異能者は息子である宗介であった。彼の息子はというと、背中から羽根が一本生えた状態で生まれてきたのだ。当時この出来事が大したニュースにならなかったのは、やはりこの研究者本人が伏せていてほしいと病院に頼んだから、ということになっている。

 我が息子に起きた奇跡に、あるいは悲劇に彼は取りつかれてしまった。そこから彼はそれまで以上に研究に没頭し始めた。息子の背中から採取されたその羽根のDNAを調べてみると、間違いなく自分の息子と、そして当然その親である自分のDNAと一致する部分があることを発見した。

 だが、これだけだとまだ研究材料としては弱かった。『個体発生は系統発生を繰り返す』という生物学の言葉が示す通り、人間の胎児が成長していく段階でイレギュラーとして一枚羽を作ってしまっただけかもしれない、そのように研究者である学人も考えた。

 しかし、奇怪な事態は息子の誕生の瞬間に終わらなかった。三か月が経ち、羽が採取できたことなど忘れたころの話だった。学人自身もいつもの精神状態に戻り始めたころ、再び息子の背中に羽が現れたのだ。それも今度は、一枚だけという訳ではなく何十枚という羽根が小さな小さな翼をなしていた。

 遺伝子の突然変異。当然のように彼はそう考えたため、息子の細胞のDNAを片っ端から全て調べた。この時だった、この研究者が大きく自らの研究人生の道を歩み始めたのは。乳飲み子の宗介のDNAから、不審な遺伝子情報は何委発見つからなかった。羽を作り出すための遺伝子など、何一つない。しかしその羽は、翼は間違いなく宗介の体から生まれたものだった。

 人間と、全く同じ設計図を得ているというのに、その体は人間のものとは異なっている。これは生物学の神秘で説明がつく話ではない、“神様からの贈り物(ギフト)”なのだと彼は解釈した。

「これもまた、天からのギフトに相違ないと言わざるを得ないでしょう。まるでおとぎ話の氷の魔女のような力です。そしてその力の持ち主はおそらく、この異常気象の中心地、東京に住んでいると思われます」

 楓自身何も後ろめたくないのに、なんとなく後ろ指をさされたかのような気分だった。全部俺は分かっているぞと、得意げな研究者の表情が瞼の裏にへばりつく。嫌な予感が、ぐるぐると自分の思考回路の中をとめどなく回り続ける。

「最近随所で私が報告している通り、初めは身体的特徴に人間らしからぬものが現れるだけに過ぎなかった異能の力ですが、最近は念力や瞬間移動といった事例が見つかっております。今回のようなものが、異能者が原因だとしてもおかしくはありません」

 彼の息子に生じた変化は、ごく些細なものであった。しかしながらその現象に、突然変異ではなく異能と彼が名付けたのはとある現象がきっかけであった。
 宗介の翼は、存在のスイッチのオンオフが切り替えられたのだ。まるで能力を使うことを覚えたかのように、赤ん坊は自らの意思一つで純白の翼を取り出したり、消したりが可能になった。消えているとき、それは目に見えないだけではなく本当に存在は消え、人間とまるきり同じの背中が現れる。

 だが、ひとたび飛ぼうと彼が念じるや否や、背中の服を突き破って真っ白な翼は姿を現す。そう、その姿にこそ、人々は、世界は虜になったのだ。ずっと、物語の中の絵空事でしかなかったような奇妙な現象が現実でもあり得るのだと。

 それからだった、世の中に、多くのギフトがあふれかえるようになったのは。

 結論から言うと、異能の力というのは生まれつき備わっているものであった。そして、彼の息子が第一号というわけでもなかった。誰もがずっと、上手く自らの非凡なる力を隠し通していたのだ。それが、世界中で操作が進み、または自ら申告することで次第に彼らを隠していたヴェールは剝がれていった。

 異能という授かりものをもらった人々は、薄々感づいていた。自分のこの力をむやみに人に見せると、自分の首を絞めることにつながるということに。それを見せつけるかのように、社会の情勢は、たった二、三年のうちにころころと変わってしまった。

 はじめは、異能者を受け入れるかのような社会が広がりつつあり、多くのメディアや国家が新たな異能者を追い求めていた。まるで英雄扱いするかのように、新島学人と共に世界各地を操作し続けた。

 しかしある日、新島学人は気づいたのだ。この、異能者たちの危険性に。だが、彼は研究という悪魔に魅入られてしまった。彼はもう、自らの興味関心を突き進めることしか頭に無いようで、一抹の不安のようなものを無視し続けた。

 そのころだ、初めての事件が起きたのは。

 ある意味、この研究者は息子の変異が羽で幸せだった。とあるヨーロッパの赤ん坊が、ゴリラの腕を発現し、そのまま家族喧嘩で両親に重傷を負わせてしまった。

 そこから世論は、大きく手のひらを反すこととなる。まるで神の使いかのように持ち上げていた数々の異能者をまるで冥府の使者のように忌み嫌い始めた。

 そして、賢明な能力者が恐れていた通りの事態が起きた。あくまでも異能者は、圧倒的な少数派である。そのため、武装した現代社会においては、通常の人類のほうがよっぽど兵力としては高かった。

 まず初めに、異能者は迫害された。学校から、企業から、果てには近所の人から住む場所を追われるかのように。各地で抵抗した者もたくさんいたが、沢山の人が犯罪者として処理され、悪者は異能者であるかのように進められた。

 そして、その頃新島学人は異能者に名前をつけた。人々の恐怖を、畏怖を、羨望を集めるような、まるで神の寵愛を受けて生まれた人という意味をこめて。異能者は、神愛人(ミアト)と呼ばれるようになった。

「このままでは、地球全体が極寒の時代になってもおかしくはないでしょう」

 テレビの中で新島は吠える。五月蠅いと言わんばかりに、楓はリモコンを再びスイッチを掴んだ。だが、画面の中の研究者の最後の言葉が、楓の心にとどめを刺した。

「元凶であるミアトを捕縛します」

 元凶、その言葉に、楓は氷室の姿を思い浮かべた。今日、彼女が体調不良に倒れて意識を失ってから天気はより一層悪化した。そもそも、体調を崩したのも今日からであり、異常気象も今日からだ。そして、元凶は東京にいるという断言。

 楓にはもう、これが他人事だとは思えなかった。

「そのまま私のラボで研究させていただきます。場合によっては……」

 このまま生かしてはおけない可能性もあるでしょう。

 どんなに冷たい風よりも、その言葉はより強く、楓の心へと深く突き刺さった。



次 >>3

Re: 【12/12更新】異能者たちの生存戦略 ( No.3 )
日時: 2016/12/13 22:40
名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)

前 >>2


 結局、翌日になっても氷室は登校してこなかった。前日あれだけうなされていればそれも当然の話だと楓も納得する。窓の外を眺めると、まるで昨日の異常気象が大噓だったかのように夏らしい快晴だった。真っ青な空には雲がちらほらと浮かんでおり、ギラギラと輝く太陽は頭上から暑苦しい熱気を放っている。昨日、最終的な積雪は四十センチほどになったが、それらも午前のうちにすべて溶けてしまい、水たまりだけが残っていた。

 昨日最低気温はマイナス十五度にも達したというのにこの日の最高気温は二十五度。落差なんと四十度であり、関東地方の各地では何百人という人が体調不良を訴えていた。

 しかし何にせよ天気が快復したことに楓は一安心していた。もし本当に氷室の体調に呼応するように昨日の事態が起こっていたのだとしたら、今日は氷室自身も小康状態に落ち着いているということなのだから。

 そう、悪くはないはずなのだ。ある一点を除いて。この教室でも、隣の教室でも、違う学年でも、他校の間でも、ある憶測が飛び交っている。どれもこれも、昨日のニュース番組の新島学人が原因だと、楓は苦虫を嚙み潰したような顔つきになった。

「おい、やっぱり昨日のやつ、ミアトのせいだったらしいぞ」
「やっぱりそうだよな。そうじゃないとあんなのありえねえもん」
「俺ん家、あれのせいで皆風邪ひいてる。最悪だよ」
「でもさでもさ、怖くない? ミアト一人? 複数かもしれないけど、こんなことを誰かが起こしてたなんて」
「だよね、やっぱりミアトって……」
「しっ、やめなよ……。この犯人じゃないだろうけど、どうせこの学校にもミアトもいるんだから」

 少し耳を澄ましてみるだけでこの始末だ。しかもこれが、学校中でざわざわとひしめいている噂話の類の全てを占めている。これ以外の話題を挙げている人間などいないくらいだ。

 それも仕方ないかと、楓は苛立ちながらも納得せざるを得なかった。これまで世間を賑わわせていたミアトとは、全くその質を異にしているのだ。これまで、ミアトが神の祝福を受けた者として見られてきていたとしても、これほど大規模な異変を起こすものは無かった。せいぜい、ちょっと強い人類が現れた、程度である。

 だが、今回に至っては自然に大幅に干渉し天変地異を引き起こしている。まるで、神様の領域に手をかけたようなものだと楓も感じている。現代兵器であっても容易に引き起こせるような事態ではない。それどころか不可能だと楓は即座に否定した。

 こんな途方もない超能力を持った人間が何人も現れたら。そう口に出すだけで充分に事の重大さが窺い知れる。

 しかし、楓にとってはもう、その元凶となったミアトというのは、見ず知らずの恐ろしい人間ではなかった。もうとっくに、自分の中の考えではそれが誰なのか決まり切っている。ただの直感と言い切るには証拠が揃い過ぎている。

 確かめなくてはならない。今日ならば、氷室自身から何か話を聞くことができるかもしれない。そう思い立った楓は終業のチャイムが鳴った瞬間に学生寮へと足早に歩きだした。すれ違う友人たちに挨拶をして、早歩きで自室へと向かう。

 氷室の部屋を訪れる必要がないことは、自室の扉の前に立っている彼女の姿を見てすぐに察した。昨日と同じようにマスクこそつけているが、血色はとても良かった。昨日のように真っ赤になっている訳でもなければ、体調不良で青ざめてもいない。

「思ったより早かったわね」
「……氷室」
「大体、分かってるんでしょ?」

 その問いかけに、ゆっくりと楓は頷いた。

「そう、なら仕方ないわね」

 全部教えてあげる。そう言って氷室は楓の部屋の方へと向き直った。何をしているのだろうかと楓自身首を傾げていると、ぶっきらぼうに氷室は楓に指示した。

「早く開けなさい。立ち話にしては長くなるから」
「あがる気なのかよ……」
「あんた色々きっちりしてるでしょ、どうせ片付いてるだろうしいいじゃない」
「信用と受け取ってもいいのか?」
「光栄に思いなさい」

 やけに今日は饒舌だなと感じながらも楓は自室のカギをポケットから取り出し、開錠した。氷室の声には、いつものような刺さるような敵意は感じられなかった。

 だけどそこに、温和な雰囲気など微塵も感じ取れなかった。むしろ楓が感じ取ったのは、ただ、ただ諦めの情念だった。その声は寂しそうでいてどこか、とても穏やかに済んだような声だった。

 座りなさいと、家主でもないのに氷室は家主のはずの楓に指示した。その様子からは普段の氷室らしさを感じ取れる。我儘なお嬢様のような高圧的な態度。けれど、どうしてだろうか昔から、楓にとって彼女のこの態度からは懇願するような思いがこもっているようにしか思えなかった。

「待て、何でお前がわざわざベッドに座る」
「あら、悪い? ここが一番座り心地よさそうなんだけれど」
「いや、常識的に考えろよ」
「知らないわ。それに、私は他ならぬ楓に関しては上から見下ろすのが好きなのよ」
「……やっぱりお前、相変わらずだわ」

 先ほど感じた感情を撤回し、いつも通りの氷室へのやりきれなさを取り戻す。ずっと幼いころ、中学校に入るまではこれほど問題のある性格をしていなかったはずの氷室なのにどうしてこうなってしまったのか、楓は頭を抱えた。

「それじゃ……話を始めようかしら」

 その声に、それまで緩んでいた楓の緊張がまたピンと張り詰められる。

「昨日の私の体……妙に冷たかったでしょ?」
「……うん」
「まるで、本物の氷みたいだった」
「……うん」
「お察しの通り、私はミアトよ」
「……やっぱり」

 それはもうとっくに分かっていた。そうでなければあんなに冷たい体の人間は死人以外にあり得ない。

「どうせだから、あんたには私のこと、全部教えてあげるわ」

 そうして語りだした氷室の話は、楓が想像していたものよりもずっと悲しくて、寂しい……氷の女の話であった。


Page:1



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。