複雑・ファジー小説

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

Into The Darkness【改題】
日時: 2017/06/15 22:49
名前: 水海月 (ID: vGUBlT6.)

 私を殺してください。

 それはきっと、貴方にしか出来ない。

 わたしをころしてください。



*******************************

 どうもこんにちは、水海月です。

 初めましてまたはご無沙汰してます。更新頑張ります……!


*注意書*
・残酷描写が多いです。性描写もたまに。
・暗く重いシリアスなにしたいです。
・人が死にます。
・かなり亀更新です。

*目次*

case.0 死にたがりの家出少女 >>1 >>2 >>3




case.0 死にたがりの家出少女 ( No.1 )
日時: 2017/02/05 12:35
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)

case.0 死にたがりの家出少女



 親より早く死ぬのが最大の親不孝なら、親殺しは一体何なのだろう。

 シャッターだらけの商店街をあてもなくふらふら歩き、彼女は考える。しとしとと少しずつ、しかし確かに降りしきる雨で、だいぶ体の血は流れ落ちていた。重たい足を引きずり、ただ前へと進む背中は、消えてしまいそうなくらい危うげで寂しい。

「…………」

 歯を食い縛り、ずるずると移動を続ける彼女の目は精気が無く、虚ろで何も映していない。底無し沼のように深く、どろどろでぐちゃぐちゃした心を抱え、彼女は歩いた。


 頭の奥でちらつく、赤い記憶の残像。カーテンから漏れ出る光、転がる二つの冷たい体、鼻をつく鉄の匂い。
 記憶は鮮明なのに、まるで夢の中のように、実感はふわふわと宙に浮いている。包丁を突き刺す重い感覚、絶える間際の熱い息は彼女の手と頬にまだ残っていた。でも、それが実際に起こった事とは思えないくらいに、残ったのは薄っぺらい印象。正常で異常な、逃避するための本能が必死に働いている。犯した罪を、きれいさっぱり消してしまうために。

 今も彼女の記憶は、ほんの少しずつ薄れていく。そんなことに気付きもしないで、彼女はひたすら歩いた。あてもなく、ただただ体力と気力だけが無駄に減っていく。冷えきった足が棒のようになり、手のひらも固く握ったまま開くことが出来ない。身体が衰弱していく一方、彼女の胸の奥底では、熱い溶岩のような激しい感情がぶくぶくと膨らんでいった。仮面を被ったように無表情だった顔が、少しずつ歪む。

「……どうして」

 どうして、私が。親なんかを殺らねばならなかったのか。そもそもの原因は親だ。私に非なんてあるわけがない。どうして、人が何億といるこの日本の中で私が。私がこんな思いをしなければならなかったの? 何がいけない? 何が悪かった? わからないわからないわからないわからないわからない。
 単純で陳腐で、散々使い回されただろう台詞が、彼女の口をついて出た。

「……死にたい……」

 口に出してしまうと、溜まった激しい怒りも、自己嫌悪も、ほんの少しの悲哀も、風船のように呆気なくしぼんだ。

 雨がいよいよ勢いを増し始め、視界を塞ぐ。彼女の耳は雨音で満たされた。いよいよ限界なのか、がくがくと笑う膝を無理矢理押さえつけ、重いため息をひとつ吐く。もう歩けない。ここまで何十キロ歩いただろう。諦めに近い感情が彼女を支配する。
 古本屋と雑貨屋だろうか。古びた看板が掲げてある。彼女はそれを一瞥すると、二つの店の間の、細く、更に暗い道へと入っていった。

(……くらい)

 体へと降り注ぐ雨は消え、気のせいか少し暖かい気がした。冷たく固まった手をゆっくりとほどき、息を吹き掛ける。ぐちゃぐちゃになったズボンとパーカーが重い。
 彼女が辺りを見渡すと、大人の男がぎりぎり入れるかどうかの、とても狭い場所だった。頭上には配管が伸び、蜘蛛の巣や苔も酷い。暗く、じめじめした所だが、どこか寂しくなかった。彼女の狂い始めた頭のせいだろうか。ここで死ぬのもそう悪くはないと、ほっとした気分にもなりかけていた。
 最後の足掻きだろうが、なるべく奥の方へと行きたい。一秒でも遅く見つかりたい。そう思い、彼女は壁を伝い、一歩一歩踏みしめるように奥へ進む。何歩分か進んだ時、彼女の肩が急に跳ねた。
 何か、いる。

「……!」

 声が漏れそうになるのを抑え、向こう側を凝視する。彼女が始めに視覚で捉えたのは、ぼうっと僅かに浮かび上がった金色だった。更によくよく目を凝らす。目が暗闇に慣れた頃、やっとくっきりと輪郭が浮かんできた。それが何か分かった瞬間、彼女の表情は凝固した。
 人だ。髪の長い誰かに、金髪の男が馬乗りになっている。その手には、ぎらぎらと銀に輝く刃物。それに、彼女の目は釘付けになった。動悸が少しずつ激しくなり、胸の辺りを押さえる。彼女の心は、不安と恐怖で今にも爆発してしまいそうだった。

「はぁ……はぁ、は……っ」

 二人は彼女に気が付かない。下になっている誰かは、抵抗する様子も無く、力を抜き、リラックスしているようにさえ見える。上の男は、いよいよ刃物を上に振りかざした。




(……やめて)

 破裂しそうに脈打つ心臓。これから起きてはいけないことが起こる。そう分かっていても、彼女は目を一度も逸らさなかった。



(やめて……!)

 降り下ろされる閃光と共に、男の冷酷な瞳が見えた、ような気がした。

case:0 死にたがりの家出少女 ( No.2 )
日時: 2017/03/24 18:25
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)






「お帰り……ねぇ、何その荷物?」

 木のカウンターに腰掛け、雑誌を開いていた茶髪の男が瞬きする。

 声をかけられた人物は、何かを背負った青年だった。翡翠色の瞳に鋭い光を宿し、乱暴に入り口の扉を閉める。激しい音と共に、扉に取り付けられた黄金のベルが煩く鳴り響いた。ぐっしょりと濡れた青年の体からぼたぼたと雫が滴り、あっという間に床を濡らす。その様を見て茶髪の男は、「ちょっとちょっと」とため息をつき、首を横に振った。

「まったく、休業日だからって……掃除はさっきしたばっかりなんだけどなぁ……」

 男の半ば呆れたような声を気にも留めず、青年はすたすたと歩いて行く。そして、フロアの隅のソファの上に、背負っていたものを投げ飛ばした。投げ飛ばされたものは、ぐったりとソファに横たわり、動く様子も全くない。

「だから、それもお客が座る……って、それ人間だったのかぁ」

 今更驚いた風に目を丸くする、男の間延びした声。雑誌を勢いよく閉じて立ち上がる。さっとソファに歩み寄り、まじまじとその人物を眺めた。
 その人物は、まだ成人していなさそうな少女だった。顔は青白く、こけてはいるが、なんとなく整っている感じが伝わってくる。長い黒髪はボサボサで、ずぶ濡れの服も所々破けている惨めな姿だった。しかし、男を何より驚愕させたのは、その体の細さ。まるで枯れ枝のように頼りなく、腕や脚などは、少し力を入れたら折れてしまいそうな程に細い。

「……この子、どうしたの?」

 少女から視線を外し、男は問う。青年は何も答えず、近くの椅子にどっかと座った。相変わらず眼光は鋭いままで、何もない壁をただ睨んでいる。そんな様子に男は、またため息をついた。踵を返し、用具入れからモップを取り出す。水溜まりが出来た床を拭きながら、男はまた問いかけた。

「……依頼の邪魔でもしたの?」
「いや、客だ」

 簡潔に青年が述べる。男は一瞬動きを止めた後、首をかしげ、無言で次を促した。

 濡れた金髪をかき上げ、青年は無表情のまま続ける。

「そいつ、言ったんだ。『殺して』って」












 気が付くと、彼女は一歩踏み出していた。

 狭い空間に、ざりっ、と砂の音が響く。
 それに金髪の男が反応し、上体を上げた。怪訝そうな目で彼女を見た後、驚きの表情を浮かべる。男は、誰かに刺さった刃物を引き抜いた。そこから滴る鮮やかな色に、彼女は見覚えがあった。

 気が付くと、彼女は走り出していた。

 もうそんな余力など、何処にも残っていないはずなのに。
 金髪の男が立ち上がり、刃物を持ったまま逃げようとする。しかし、彼女の方が速かった。横たわる誰かを飛び越え、血溜まりを踏みつけ、男の腕を掴んだ。男は強い力で抵抗するが、何故か刃物を使う様子は無い。男の目には焦りと驚き、そして、必死に自分の腕にすがりつく少女が映っていた。涙を流し、歯を食い縛り、そんな細い体の何処から出るのかも分からないような力で、男の腕を引っ張っている。よく見ると、少女は男から刃物を奪い取ろうとしていた。それに気付いた男の耳に、「お願い」と小さな声が届く。直後、少女が震える声で叫び出した。

「お願いお願いお願い……!!! それを、それを貸して下さい……っ!」

 男は舌打ちをし、少女を突き飛ばす。不意を突かれた少女は、簡単に床に転がった。男はそのまま足早に去ろうとする。しかし、その足に絡み付く物があった。青白く浮かび上がった少女の手だ。少女は鬼気迫る形相ですがりついて男を足止めするも、首に容赦無い蹴りを何度か入れられ、ついに後方へ飛ばされてしまった。頭から地面へと激突し、鈍い音が鳴る。

 少女の視界はぐらりと揺らいだ。男は身構えながら、なおも立ち上がろうと半身を起こす少女を見つめる。
 少女が力尽きる寸前のその時、小さな呟きを、男の耳は捉えた。

「その刃物が……駄目、なら……」





「私を、殺してください」



 ……立ち尽くす男の足元で、血溜まりは少しずつ広がっていく。

case:0 死にたがりの家出少女 ( No.3 )
日時: 2017/05/06 13:18
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)

「なーるほどねぇ。なんとなく壮絶な事があったんだろうねぇ」

 茶髪の男が頷く。そしてモップを片付け、綺麗になった床を眺めて、満足そうにもう一度頷いた。

「で……どうするんだ、ゆずりは?」
「うーん、どうしようかねぇ? タダで殺すのは嫌だし。でも、拾っちゃったしなあ……」

 杠、と呼ばれた男は、じとっとした目で金髪の青年を睨む。視線を受けた青年は、舌打ちはしたが椅子から動かなかった。杠はカウンターの向こう側に移動する。カウンターの向こうには、高級感こそ無いが品のいい食器が棚に納めてあったり、何故かマトリョシカが置いてあったり、いかにも年代物なアイテムが多数あった。そして、それが小綺麗な感じで配置されている。杠は、棚の紙袋の中を開ける。そして、うわぁ、とため息をついた。いかにも残念そうに、紙袋を逆さにして青年に見せる。微かな香りが、ふわっと広がった。

「豆切らしちゃった。また倉庫まで行かないと」
「……どうでもいい」

 いきなり青年は立ち上がり、すたすたと歩き出した。奥の扉に向かって一直線に進む。その足跡に、小さな水溜まりが出来ていく。どこいくの、と杠の間延びした声が届いた。青年は振り返らずに言う。

「シャワー浴びてくる」

 そのまま乱暴に扉を開け、また乱暴に扉を閉めた。辺りに静寂が訪れる。それを破るかのように一拍置いて、杠はくすっと笑った。心の中で、相変わらず反抗期だな、と思いながら。
 杠はカウンターにもたれて、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。慣れた手つきでそれを操作し、ある相手の電話番号を呼び出す。スマートフォンを耳に当て、ぼんやりと杠は色々な事を考えた。ずぶ濡れの少女の事、今日の夜食の事、そして、今電話を掛けている相手がちゃんと電話を取ってくれるか、とか。三番目の考え事は案外あっさり解決した。ブツッ、という音がして、相手方に回線が繋がる。

「……あぁ、千月ちづき。今帰るとこ? ……うん。あのさ、帰りに女の子の服とバスタオル買ってきて欲しいんだけど___」















 香ばしい、どこかで嗅いだことのある匂いで少女の目は覚めた。

「…………」

 一体、ここは何処なんだろうか。
 特に体に異常が無いことを確かめ、起き上がって辺りを見回す。

「……!」

 そこは、少女が見たことの無いような綺麗な部屋だった。
 真っ白い壁に、顔が映りそうなくらいにつるつるの床。光が真っ直ぐに差し込む窓には、緑色のカーテンが下がっていた。本棚、机、椅子、調度品全てから品が感じられる。しかし、少女は物の良し悪しがよくわからなかったため、ただ綺麗、としか思えなかった。
 更に少女は視線を下に移す。

「!」

 真っ白な布団とシーツと対照的な黒い布。どうやらそれはパーカーらしかった。少女が今まで着ていたものと、どことなく似ているが、少し違う。
 少女は首をかしげ、しばらくして何かに気付いた。目を丸くして「それ」をまじまじと見る。
 自分の、伸び放題で荒れていた髪の毛が、つやつやと、黒々と輝いているのだ。指を通しても引っ掛からない。少女は、生まれてこのかた、こんな髪になったことが無かった。
 少女は目を丸くしたまま、自分の髪を眺めていた。

「おはよう」

 少女は視線をばっと上げる。
 開いた扉の側には、茶髪で、神秘的な瑠璃色の瞳をした男が微笑んでいた。

case:0 死にたがりの家出少女 ( No.4 )
日時: 2017/05/24 17:06
名前: 水海月 (ID: sWaVmrWQ)

「よく眠れた?」

 男に優しい口調で声を掛けられ、少女は何がなんだか分からないまま頷く。決して男の印象は悪くはない。少女に恩を着せるような声色ではなく、本当に自分を安心させようとしてくれている。それが判る、暖かい声をしていたからだ。少女の警戒と緊張の視線が僅かに緩む。それに気付き、男……もとい杠は、安堵を滲ませた笑みを浮かべた。
 相手がどんな反応をするか、何をするか。杠は正直それが全く読めていなかった。出来るだけの穏やかな態度。取り合えず、それが最善の手だと彼は選択した。声の調子、姿勢、立ち位置など全て計算ずく。しかし、少女は暴れ出したりはしなかった上、自分に対する警戒を解いて貰えたので首尾は上々である。もちろん、少女を心配しているのは本心も本心だ。

(何せ、あんな修羅場の後だからなぁ……)

 杠は、心の中で大きく溜め息をついた。

 暗く狭い、配管の下での出来事。
彼女の行動からすれば、何かあったに違いないだろう。一人の少女を狂気へと貶めた元凶は、親か友人か? はたまた恋人か。いずれにせよ、きっと自分には想像もつかない何かなのだろう。話を聞いた時、杠はそう感じた。自分も人並み以上に狂った人生を歩んできたつもりだが、初めて見た彼女の姿は、それは酷い物だった。しかし、それだけではない。彼女には、何か黒い執念の様な物が取り憑いている。
 それは死への執着なのか、憎悪、憤怒、後悔なのか。もっと深く激しい感情なのか。杠には何も分からなかった。しかし、一つだけ、確実に言える事があった。話を聞いた時からずっと、思っていた事。

 彼女は、「彼」と似ている。










 杠の思考など、少女には伝わる筈もなく、彼女は細い首を傾ける。

「あの……ここは、何処なんですか? 貴方は、一体……」
「全部説明してあげるよ。でも、まずはおいで?」

 杠の手招きに誘われ、少女はシーツを退け、ベッドから降りた。少し動きが遅く、ぎこちない。黒々とした髪が少女の細い背中を滑る。ひんやりした床の感覚が、足の裏から伝わった。
 その様子を、目を細くして見つめていた杠が、何かに気付いた様に声を上げた。

「あのさぁ」
「?」

少女の動きが、止まる。

「綺麗な目だね」

 え、と唇の隙間から声が漏れた。少女は思わず目尻に触れる。ぱちくりと瞬きを繰り返す琥珀色の瞳は、柔らかな光を湛え、確かに杠が引き付けられるのも不思議ではない。実際、世辞でも何でもなく、ただ、杠はその目について本心から感想を述べた。突然褒められて戸惑う少女に、杠はまたも穏やかに言う。

「ごめんね。あまり見ない色だから、つい」

 貴方の目も珍しいですよ、と言った少女に、杠はからっとした笑い声を上げた。

「やだなぁ、僕日本人だよ? コンタクトに決まってるじゃない」

 少女は納得したように頷いた。



 杠についていき、建物の中を歩く。
 廊下を暫く行き、突き当たりの階段へ差し掛かった。下りの階段の先は何となく暗く、少女は僅かに不安を覚える。階段を一段降りる毎に、ひんやりとした空気が肌に触る。やがて、木の扉の前までやって来た。杠は、何の迷いも見せずそれを開け放つ。

「……!」

 少女の目に、穏やかな橙色の光が映る。

 所謂そこは、「カフェ」と呼ぶに相応しい空間だった。


Page:1



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。