複雑・ファジー小説

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冷華 ~ Cold Will ~ 第Ⅰ部
日時: 2017/07/03 08:25
名前: 志崎蓮 (ID: tDifp7KY)

 2057年、日本。人工知能を搭載した治安維持システムJudasにより保障された「平穏な日々」の裏では、Judasが感知できなかった事件と凶悪事件を処理する公安部の特殊部隊seedが暗躍していた。8月、連続刺殺事件Case206を捜査中に勃発した、seedと黒幕Fの率いる犯人グループbloodとの大規模な戦闘において隊員の一名が重傷、隊長が失踪する事件Case207は、世界中を揺るがす大事件へと発展した。その事件を知らない者はいない。しかし、その事件の真相を知る者は、誰一人としていない。失踪した元隊長がFと共謀し、米軍の開発した新型の生物兵器b.w.m.を使用した虐殺事件を引き起こし、米軍の特殊部隊Chimeraにより鎮圧された。その戦闘により、Judasが破壊された。それが、この事件の「真実」だ。その「真実」の受け取り方は人により異なる。一人ひとり、別々の世界を生きている。だからこそ、彼女は問う
 ー『もし、生まれ変わったら、どうしたい?』ー

 第Ⅰ部 Cold Rain

プロローグ

  あたしの世界は、黒だった。とても静かな、穏やかな世界。そこに、君が現れた。白を知った。でも、それはあたしだった。だから、黒く染めようとした。早く染めなきゃって思った。でもね、君が灯してくれた光は安らぎだった。君の世界が白く見えた。だから気付いたの。あたしもあなたの白色なんだって。あたしの寒さは君の寒さ。だけど、君の寒さはあたしの寒さじゃなかった。君の涙は、あたしの涙じゃなかった。君の世界は、黒色なんかじゃなかったんだね。
あたしの頬を春の風が優しく包み込む。風の音、春の日差し、さざめく緑、青い空。みんな、そこにあった。全てが黒色だと思っていた。音なんて存在しないと信じていた、信じたかった。認めてしまえば、壊れそうだったから。黒く、塗りつぶした。君が、弱さをくれた。君が、強さをくれた。今、この頬を伝う涙のぬくもりを、君がくれた。胸の鼓動を、吐き出しそうなこの胸の熱さを、あたしが、掴んだ。「ありがとう、繍」もう一度、訊くね。「もし、生まれ変わったら、繍、君は、どうしたい?...」
 

Re: 冷華 ~ Cold Will ~ 第Ⅰ部 ( No.1 )
日時: 2017/07/15 22:50
名前: 志崎蓮 (ID: jSS95WES)

冷華 〜 Cold Will 〜 第Ⅰ部 ep.1 惨劇

 2057/11/21 08:32 seed本部 水無月

警視庁公安部特別捜査部1課の部屋を通り抜け、奥の小さな部屋のドアへ向かう。seed、それが俺の属する部隊名だ。総勢15名の少数精鋭部隊、とはいえ、うち2名は欠番だ。Case207、今もお茶の間を賑わせている事件で重傷を負った俺の同期、夜月と、失踪中のseed隊長であり、俺と夜月の教官の冴島教官だ。そろそろ見舞いにでも行くか、と考えながらドアを開ける。「おはようございます」「おはよう」「おはよう」ばらばらとあいさつを返してくる。「今日も遅いな〜水無月。..ご苦労さん」「どうもです、吉村さん」いつも通りの光景。最も、二人足りないが。「おはようさん」渋い声。なんだ、オッサン今日は来てたのか。「少し、いいか」オッサンことseed課長の長谷川警視が何か用があるらしい。来てるだけでも珍しいのに俺を呼び出すとは、珍しいだけにいやな予感しかしない。「何でしょう」「うむ、例の田中について進展は?」「PC履歴から、田中は満島グループと頻繁にメールのやり取りを行っていたことが分かりました。これから満島の本社ビルに向かおうかと」「満島...ハァ...ずいぶんきな臭えじゃねぇの。正面からじゃ門前払いだ。手間はかかるが、社長がフリーになるのを待つしかねぇな」「はい。そのつもりです」「うーむ......」何を考え込んでいるのかは知らんが、何か問題でもあるのか?目の前で眉をひそめるThe中年の巨漢を見つめる。「そうだな、水無月、お前は満島を張り込んでろ。こっちは残りで何とかする」「何かあるんですね?」隠し事?おいおい、そりゃないだろ。この手の捜査で情報の共有は最重要項目だ。なんて言ったってうちの隊長が食われてるんだから。「......いや、また追って連絡する。とにかく今日は張り込みだ。万一、何かあったらその時は頼むぞ」万一?それはいくらなんでも、「頼りにしている、水無月」...そんなに危険な事案が上がってきたってとこか?なら、ここは聞かないほうがよさそうだ。「了解です。先輩方もお気をつけて」そう言い残し、部屋を後にする。...見舞いはまた今度だな。胸の奥でサイレンが鳴り響いていた。

 
  2057/11/21 09:00 seed本部 吉村

水無月が外された。冴島教官の秘蔵っ子のあいつを外すってことは相当な案件だ。水無月の去った後の室内は張り詰めた空気が漂っていた。長谷川警視が静かに告げる。「今朝、こんなものが届いた」白い紙。メモ書きのようだが。「『警告。ただちにCase206およびCase207の捜査を中止せよ。指示に従わない場合、強制的に中止させる』だとよ。匿名だが、内部情報に詳しい奴であることに違いはない。Fが冴島を拉致し、尋き出したと考えるのが妥当だ。ただ、狙いが我々である以上、こちらにも手はある」ただでさえしわの多いでかい顔により一層深くしわが入る。「今夜、連中を迎え撃つ。これ以上、犠牲を増やすわけにはいかん。なにより、手掛かりがつかめない今、奴らの方から来てくれるってんだから、これをつかわねぇ手はない」要は田中の殺害現場で張り込み、よってきた連中を返り討ちにしろと。隊長とその愛弟子の夜月が敵わなかったFの率いる部隊...全滅を覚悟か。いずれにしろ、捜査を続けるなら乗り越えねばならない壁だ。「奇襲されるより打って出たほうがまし、というわけですか」宮下副隊長が口火を切る。「自衛隊を動かすことはできないんでしょうか。SATの支援でもいい。なんにせよ、うちだけで太刀打ちできる相手には到底思えません」確かに、主戦力の隊長、夜月、水無月なしで挑むには人数的にも戦力的にも劣るだろう。だが...「数を増やしたところで、犠牲者が増えるだけだ。それに、奴らとやるには味方を切れる人間でなくてはならない」さすがは長谷川警部、それを見越した上での判断か。Case207、思い返したくもないが、あれは常軌を逸していた。連中は、自分の打ち取った敵の屍を盾にこちらの銃撃を防いでいた。至極当然のように。味方を撃てなければ死ぬ、これは冗談じゃない。唯一動じなかったのが例の三名だった。平和ボケした自衛隊やSATでは木偶の棒にしかならない。全員、異論はないのか神妙な面持ちでうつむいている。たとえあったとしても、これ以上の方法はない。とはいえ、策もなく突っ込むつもりは毛頭ない。おそらく、昨夜の事件の犯人は来るはずだ。となれば、まずは昨日の事件の整理からだ。暴力団寺島組幹部田中残が殺されたのは新宿運動公園。死因は...「確か、田中は日本刀でやられていたんですよね。Case207で日本刀を使用していた者は報告に上がっていなかったようですが」全員がこちらを向く。「日本刀を使いこなすにはそれなりに習熟している必要があるはずです。なぜ、Case207では日本刀を使用しなかったのでしょうか。あれだけの接近戦なら、ナイフより刀の方が効率的だったのでは」課長が答える。「なるほど。Case207ではこちらを殲滅する以外の目的があった、或いはCase207で動かなかった部隊の存在...といったところか」「或いは、新たにbloodに加入してきたメンバーがいるか」新手...そうか、宮下副隊長の指摘どおりなら、つじつまが合う。だが、本当に?そんなことがあり得るのか?「いずれにしろ、迎え撃たざるを得ない事に変わりはない。最悪の事態も想定し、各自入念な準備を。作戦の開始は本日20時とする」


  2057/11/21 20:00 新宿運動公園 吉村

 闇が公園を包み込み、隊員たちの配置につく音だけが響いていた。Judasは田中の殺害を検知できなかった。その原因は犯人が闇と同化しており、『刀らしき白い物体がひとりでに通行人の田中に襲いかかった』ということになっていたからだ。Judasが犯罪をリアルタイムで通報するというJudasの警報機能は、犯人と被害者が『いる』とみなされることで作動する。犯人が『いない』のならば作動しないのだ。とはいえ、リアルタイムで事件の発生を確認できないだけで、Judas導入前と同様、監視カメラの映像を確認すれば、そこに犯人...この場合は犯人らしき黒い人影が映っていることぐらいは分かる。で、その結果犯行は一人で行われたことが分かった。つまり、新手、の線が濃厚になったというわけだ。そのため、今回の配置も『最悪の事態』を想定して行われている。要は、その一人、を殺るのに特化した配置だ。「なぁ、吉村」今回のパートナー城崎が囁いてくる。「もし、本当に」「殺るよ。そうしなきゃみんな死ぬ。僕らが怯めば囮になった皆が浮かばれない」もう、守れないのは嫌だ。守るためにここに入って、何度も守れなかった命を見てきた。それをあの人は、そういう運命だった、と切り捨てた。そうやってあの人は、隊長は、生き延びてきた。俺にはそういう冷徹さが足りない。でも、今だけはそうあらねばならない。そうあるための理由がある。「こちらk班、準備完了です」「了解、全班目標を確認し次第仕掛けろ、健闘を祈る」.....静寂。ここにいる全員が何かを守るために、殺すことを選んだやつらだ。彼らの感じてきた痛みは無駄にさせない。彼らの道を、こんなところで終わらせるわけにはいかない。そう自分に言い聞かせる。アドレナリンが過剰分泌されているのが鼓動のうるささから分かる。脳内で目標を撃ち抜くイメージを描く。何度も、念入りに。10分ほどたっただろうか。あれは...視界のすみに黒いローブを纏った人影が写る。来る!瞬間、開始の合図が耳に飛び込む。「開始」篠倉、桜井が目標に発砲する。当たらない。当然だ。その程度でへばるやつじゃない。重要なのは躱す際に隙が生まれるということ。やつが体勢を崩すことを、誘う。続いて三方向からの射撃、篠倉、桜井がナイフを投擲する。目標は身をよじりつつ、斜め右へ滑り出る。今だ、引き金を--「!」目の前に迫るのは、「ック!」正確に投擲されたナイフを間一髪で躱し、「城崎、F7だ!」素早くフォーメーションを組む。だが、「な」目の前には刀、横へ倒れこむように姿勢を崩すが、脇腹に激痛が走る。読まれていた、何もかも!!勘でナイフを振り上げる。キン!衝撃と共に後ろへ吹き飛ばされる。「がハッ」血の味がする。あぁ、だから.....嫌なんだ。目の前で断頭された城崎の姿が映る。竹下、篠倉、桜井の姿も見える。ほら、右だよ、左、後ろ...追い付けるわけがないじゃないか。何でだよ、なぁ、隊長!冴島の顔の左へ左手で発砲、渾身の力で体を起こし、右へ避けた隊長を右手のナイフで切りかかる。右手は空を切り、左手の銃で刀を受け、反動を利用して後ろへ、そのまましゃがみこみ、頭上に鋭い風を感じつつ、そのまま懐へ飛び込みナイフで--「ッ!結、局...こうなる」腹に何かが刺さってる。熱いな、目の前にあるのは...そうだ、血の海だ。誰の?篠倉、何でそんな白い顔してるんだ?何で、知ってる奴ばっかり死んでいく?肉を切る音、乾いた銃声...何かが倒れる音。ハッ、ハハハ...腹が熱い。アツイイタイイタイそっか、四肢の先は、イタイアツイイタイイタイ、こんなにも冷たくなるのか。アハ、ハハッハハハハ頭も氷で冷やされたようにスッとしてハハハハ、ッァツイ。イタイノ?アツイサムイイタイイタイイタイ--もはや意味を持たない記憶の欠片が雑然と目に映る。混濁する意識のなか、一瞬、黒いフードの下に隠れた、血に染まった男の悲しげな表情が映り、首筋に冷たい何かが通った感覚とともに、全ての感覚が遮断された。

Re: 冷華 ~ Cold Will ~ 第Ⅰ部 ( No.2 )
日時: 2017/07/15 23:03
名前: 志崎蓮 (ID: jSS95WES)

Cold Rain ep.2 仮面舞踏会 (前編)


2057/11/22 00:21 seed本部 水無月

扉を開ける。光に包まれた部屋にいたのは長谷川警部だけだった。「一体、どういうことですか?隊員が全滅って!」何だよそのげっそりした顔は。オッサンはぼそりと「これを見てくれ。お前はどう思う?」と言いながら、PCモニタをこちらに向ける。映っているのは公園。それもつい数時間前の。画面のすみにいるのは、うちの隊員か?画面右上に白い刀のようなものが見える。黒いローブ。これって。銃声、銃声、そして--「この動き...」銃弾をローブを利用して上手くいなしている。それだけじゃない。避けながらナイフを投擲している。隊員に切りかかる。この動きの速さ、正確さ。正確に急所をついていく。瞬く間に、暗闇のなかに赤い池が出現した。「こんな芸当ができる人間を、俺は一人しか知らねぇ。信じたくはなかったが、やはり冴島だ」そう考えざるを得ない。教官はseedを裏切った。それが真実。でも.....なぜ?何か訳があるはずだ。そう思っても、この事実は消えない。この怒りは、嘘じゃない。でも今は、今は、こうなった経緯を把握しなければ。「なぜ..こんな作戦を?」「...これだ」白い紙を差し出してくる。目を通す、待てよ。この折り目は--「この折り目、元から?」「ん?折り目?あぁそのはずだが。何か心当たりがあるのか?」「いえ...不自然だな、と思いまして」この折り目。教官と実地訓練をした際に用いていた暗号。意味は確か、タワーだったか。ということは、これは.....


2057/11/22 08:37 アルドタワー屋上ヘリポート 水無月

非常用階段を上りきり、息を整える。この扉の先に教官がいる。そう確信していた。深く息を吸い込み、ドアノブに手をかける。キィー。照りつける朝日とは不釣り合いな黒色のスーツに身を包んだ長身の男がいた。「.....教官」そう言うのがやっとだった。周囲にサッと視線を向ける。仲間を斬ったことに対する怒りの熱さが急冷された。今ここに無表情で一人佇む男がいる。その事実と、今まで共に過ごした数々の記憶が、全てを物語っていたからだ。首もとのペンダントが朝陽を乱反射している。それでも、目を背けず、一歩ずつ男に近づく。「水無月。これを返すのを忘れていた」無機質な声。何も変わっていない。この人は、ずっと。差し出された本を受けとる。開けるとSDカードが挟まっていた。「夜月の容態は?」「まだ現場には戻れませんが、軽い運動なら出来るようです」5日前、夜月を見舞った際、彼女は、あの日、側にいながらにして教官を止められなかったことを後悔していた。教官はいつも、俺たちを置いて一人で先に行ってしまう。「そうか、それならよかった。お前は昨日、どこにいた?」本題、か。「満島社長を張っていました。長谷川警部が俺に手紙のことを伏せて」「お前を残した、というところか」.....沈黙。二人の間を冷たい秋風が吹き抜ける。「こういう場合、お前は何を信じる?」突然の問い。訓練の時もよくこういう問いを投げ掛けられたことがある。答えはない。ただ、相手の思考を読み取るためだけの、あけすけな問い。「自分ですね」「危険だな。人を信じられないと視野が狭まる。いずれ、自滅することになる。だが、」初めてこちらをまっすぐに見て続け、「良い答えだ」そのまま、微笑んで見せた。久しぶりに合った目。彼の目はどこまでも暗かった。眉と耳にかかるくらいまで伸びた髪、つりあがることのない優し気な目。こんなに強い人を見たことがない、初めて教官と会ったとき、そう思った。それと同時に、これほど脆い人も見たことがないと感じた。それは今も変わらず、だから、「教官は戻ってこられないのですか?」こんなバカなことを言ってしまう。もし、こんな世界に、1つだけ奇跡が起きるとしたら......教官が乾いた笑みを浮かべる。「そんな奇跡は望まないし、たとえ流れ星が叶えてくれたとしても、俺は神を信じない」それはさ、戻りたいんでしょ。だから否定しきれない。神を信じない、神を信じたくない。あなたの口癖だった。教官が一歩後退する。「水無月、夜月にも伝えておいてくれ。もう二度と、馬鹿な真似はしないように、と」そう言って、背面から秋空に舞い、視界から消えた。ビルから飛び降りた、逃走の準備を整えていた。それはつまり、教官がスパイ役をかってでた訳ではないことを示していた。戻る意思はない、 そんな選択肢は存在しない。昇りきった太陽が空しく燃えていた。


2057/11/22 10:23 自宅 水無月

整理整頓された机上のPCモニタに映し出される複数の画像。ピンぼけ、光量不足etc。教官が撮ったにしてはかなり雑だ。教官の盗撮技術はかなり高かった。こんな初歩的なエラーはしない。このSDに入っているこれらの画像は、誰が撮ったものだ?缶コーヒーを開け、改めて 一枚ずつじっくり見返してゆく。暗い室内を撮影した写真。コピーをとり、光量不足を解消する。不審な点はない、誰かの部屋に侵入したのか。とりあえず後回しだ。二枚目は手振れがひどい。誰かを撮影したもののようだが。茶髪、細身のホスト系の男のように見える。三枚目、どこかの事務所の室内か?ブラインドが下ろされており、場所の特定は難しそうだ。画質は粗い。今時このレベルの画質は珍しい。小型の防犯カメラかなにかの画像か?次々検討していくが目ぼしい情報は得られない。7枚目、どこかの夜の港か。大型の船も映っている......右下の角に日付が印字されている。11/26。4日後だ。船となると密輸?港の背景を見つめる。待てよ、この角度、灯台のてっぺんが見えると言うことは...撮影は港より高い位置で行われた。ならば、絞り込めるかもしれない。ひとまず保留だ。
それから一時間程で全ての画像に目を通したが、大した情報は拾えなかった。続いてSDカードに保存されていた暗号化ファイルの解読に取り掛かる。とはいえ、この暗号は見覚えがある。教官に、実地訓練の際教えてもらったものだ。.........さて、解読するとそれはURLで、アクセスすると松本セキュリティのホームページに繋がった。松本セキュリティ...田中のPC履歴にも残っていたな。寺島組幹部の田中残、ただのヤクザではない、という可能性が高い。彼を殺したのが教官だとすれば、そこには何か狙いがあるはず。そしてそれは松本セキュリティと関係性がある。ならばやることは一つだ。


  2057/11/22 15:02 松本セキュリティ本社 竹内

  あわてて社長室をノックし、返答を待たずに中へ入る。「失礼します。サイバー対策課の竹内諒です」会社のトップの部屋としては質素な室内にいたのは紙資料が山積みになったデスクに座っている松本社長だけだった。「何事か」白髭を端正に整えた男がせわしなくタイピングしていた手を止め、PC越しに鋭い眼光でこちらを見る。「今朝10時ごろに発生したわが社のホームページに対する不正アクセスを受け、ホームページ上に設置したトラップにカラスがかかりました」威厳のある快活な仕事人が大きくうなづいて応じる。「ほう。やはりかかったか。よくやった。それで、素性は判明したか」背筋を伸ばし、即座に返答する。「はい、コードネームはCrow、使用していたPCは警視庁内にありました」社長は目を大きく開け、体を前に傾け、こちらの話を伺っている。松本セキュリティは比較的小規模な中小企業で社長と社員の距離が非常に近い。社長とはもう10年以上の付き合いとなるがこの人の考えていることはいまだに読み取れない。長い沈黙の後、社長は静かに口を開いた。「警察か。竹内、一つ、頼まれてくれるか」険しい顔。こんな表情を見せるのは初めてだ。「志を同じにしたはずの仲間を疑いたくはないが、そうせざるをえない状況になったな。悪いが、何も聞かずに今夜の19時きっかりにこの場所で、あるデータを入手してもらいたい。そのまま、そのデータをここで待機している私に手渡ししてほしい。やってくれるか」社員をひいき目で見ることを嫌うこの人が個人的な依頼をしてきた。その信は本当に光栄だ。「喜んで引き受けさせていただきます」「ありがとう......危険を伴うかもしれん。くれぐれも気をつけて帰って来てくれ」


Re: 冷華 ~ Cold Will ~ 第Ⅰ部 ( No.3 )
日時: 2017/03/21 23:44
名前: 志崎蓮 (ID: AVqpQU0T)

  Cold Rain ep.2 仮面舞踏会 (後編)


  2057/11/22 17:45 東京RC病院6F602号室 夜月

  赤く染まる天井。窓から差し込む夕陽の光。少し眠れていたようだ。乱れて目にかかっている前髪を横へ流し、半身を起こす。セミロングの黒髪を手でとかしながら何も無い病室を見渡す。外には見慣れた緑の生い茂る庭と東京の街並み。いつものようにテレビをつけ、少し後悔した。報道されているのは昨夜起きた警察官の集団刺殺事件。少し前は寺島組の幹部が同様に刀で殺害された。いずれも、Judasは感知しなかった。今回は複数人の警察官との交戦だったため、Judasの警報機能は作動しない。だが、1例目もあえてJudasに人として認識されないような服装で犯行を行ったことを鑑みれば、犯人はJudasについて詳しい人物に限られる。そして、seedを全滅させることの出来る人間……事件直後、seedの解散と公安特捜1課への異動を命じられた。その時にある程度現場の惨状は聞いていたため、犯人が誰なのか目星がついていた。何度否定しようと、すべての状況証拠が彼の犯行を裏付ける。陰鬱な面持ちでテレビを眺めていると夕食の時間になった。食事が運ばれてくるとすぐに見知った顔がひょっこりと現れた。「水無月…」「よっ、久しぶりだな、夜月。傷の調子はどう?」努めて明るく振る舞ってはいるが、見舞の花束を持つ手の震えは隠しきれていない。テレビを消し、箸を置いて応じる。「もう一週間もすれば動けるって言われてる。……無事で良かった」「…うん」水無月は目を伏せて続ける。「あの日は満島グループに張り込んでて、あの作戦については聞かされてなかった」言いながらポケットから紙を取り出し、「これがseed宛に届いてたらしいんだ」私に手渡してくる。「警告…えっ、この折り方って……行ったの?」やはり、犯人は…「うん、会ったよ…教官と。それでこれを渡された」水無月から受け取ったファイルの中には写真のコピーが数枚入っているだけだった。どれもこれも統一性のない、共通点の見られない写真ばかりだった。それに、教官が撮ったにしては乱雑な、ピンぼけした写真も含まれていた。でも、そんなことより、これが何らかの情報提供である事は間違いない。Case207のあの日、教官はあの場でFを捕らえることが不可能と判断し、スパイ役をかって出たのだろうか?それだけで少し、安心した。「退院したら詳しく調べてほしい。俺は少し遠出する」顔を上げると水無月は席を立っていた。「待って。遠出って?それに、まだ聞きたいことがたくさんあるわ」水無月は少し困った顔をした。「悪いが今から急いで松本セキュリティに向かわないといけない。それと、4日後に中保組が密輸を行う現場を監視する。場合によればそこから密輸相手を探ることになるかもしれない。夜月は他の線であたってくれ」鞄を持ち、ドアへ向かう。思い出したようにこちらに振り返る。「そういえば、教官、言ってたよ。馬鹿な真似はしないようにって……俺は教官を信じる」そう言って出て行ってしまった。『馬鹿な真似はしないように』それはつまり、目立った動きをすれば躊躇いなく私達を殺すということ。でも同時に私達を思っての発言。教官が追っているのは何?それを追えば、この世界は曇ってしまうのだろうか。病院の庭の緑、空の青色、この光に溢れた世界。私は…教官に出会うまで誰もがそんな世界を目にしていると思っていた。でも、それは違った。あの暗い目を見た時、胸に光る銀のイルカのペンダントを見た時、私は……初めて、言葉にならない陰鬱さを感じた。何も言えなかった。それまでSATとして何人もの犯罪者を逮捕してきた。それが意味するもの、そんな事も無自覚に。一人一人が別の世界を生きている。そのことに気づいてしまったから、動けなくなった。犯罪者にも世界があって、そこに良いも悪いもない。そこにあるのはただ、そうならざるを得なかったという事実だけ。そこに、正義なんてものは介在しない。私が信じてきた正義は、私の世界にしかない。そう思うと動けなくなった。私は空虚だった。だから教官についていった。必死に。何も考えずに済むように。「私は、」決めたんだ、あの日、あの時。私が教官の帰る場所になると。だから、「あなたを、信じる」言葉は、むなしく宙を舞った。いつも。何もできない自分がふがいなかった。むかついた。水無月の置いて行った小さな花束が暗い影をつくっていた。「...ばか。花は花瓶にさすんだよ..」音のない病室には、ただ斜陽が差すだけだった。白い壁を、ベッドを、朱と黒に染めながら。


  2057/11/22 19:02 多摩川運動公園 竹内

  19時ちょうどに公園内の公衆トイレでUSBを拾い、多摩川沿いを速足で歩く。夜の静けさに包まれた道を歩くのは俺一人。周囲に人の気配はしない。とにかく調布駅まで急いで、京王線で本社のある世田谷へ向かう。人気のない住宅街を通るより大通りを通ったほうが襲われにくいだろうという判断だ。にしても、このデータは一体なんだ?まぁ、ヒラの俺には関係のない話か。多摩川原橋を渡る。しかし、後ろから駆けてくる音--急いで振り返ると--あ、でかい..顔面を殴打される。吹き飛んだ拍子に肩を橋にぶつける。「イッ、え?」足を担がれ、そのまま--落ちる--衝撃。「グッふ...」痛い。折れたなこれ。ああ、マジで..「服を脱げ」「うわっ、は、はぁ?」横には見知らぬ男がいた。急にささやいてくるもんだから驚いた。いや、そんなことより、脱げ?「な、なに言って..うっ」突然胸ぐらをつかまれ、押し倒される。声を出そうにも口を腕でふさがれて....ていうかイケメン..そんなのドーデモイイ!えっと、なんだ、こういう時...ん?なんだ?頭が混乱して..「もう一度言う、死にたくなければ服を脱げ」はぁ?い、意味わかんねぇ。こんなの動けるわけ、そ、そうだ頷けばいいんだ。押さえつける力が緩む。いわれるがまま上着を脱ぐ。下に着ていた作業服もだ。「こ、これでいいのかよ?寒いんだけど..」いや、その前に恥ずかしいだろ!...じゃなくて..「貸してやる、着ろ」投げ出された服を急いで着る。って、こいつはおれの作業服を着やがる!ただの変態か?しかもイルカのペンダントなんてしてやがる。ファッションセンスなさすぎだろ..気を抜いた瞬間「悪いな」同時に頭部を強い衝撃が襲い、散った星とともに意識が途絶えた。


  2057/11/22 20:32 松本セキュリティ本社 水無月

  夜も暮れ、ビジネス街は静けさに包まれる。建物の構造図は頭の中に叩き込んだ。30分ほど前、公安部特捜1課から電話がかかってきたが、適当に応答しておいた。今はとにかく松本セキュリティに忍び込むことだけを考える。警備員室へ素早く侵入し、警備員を気絶させる。監視カメラの電源を切り、正面玄関から中へ入る。社長室は7階。エレベータは..5階?先客がいる?念のため、非常階段を使うことにする。5階、6階。不審な点はない。7階に足音を忍ばせて向かう。社長室への廊下を進む。ガタン。素早く柱を盾に隠れる。暗闇に目を凝らす。人影は見えない。だが、確実に誰かいる。銃を手にする。コツコツ、コツ、コツコツ、コツ...近づいてくる複数の足音。おそらく二人。出るか?会話はない、この緊張した空気、こいつらは社員じゃない。ならば、あと3歩、2歩、1歩、今!柱から出て銃を向ける--が、誰もいない。しまった、部屋の中か!パリン!急いで隣の部屋に入る。いない。踵を返し、階段で5階へ向かう。途中、エレベータの表示から誰かが上がってきていることが分かった。警察か?くそ、時間がない。おそらく先ほどの連中は窓からあらかじめ窓を開け、仕掛けをしておいた5階の部屋へワイヤーか何かを利用して飛び降りたはずだ。しかし、用意しておいたエレベータはない。いや、エレベータが正常に作動していた、ならばエレベータ内に仕掛けを施さなかったということ。つまり、初めから...構造上、中央が吹き抜けになっており、ドーナツ状に廊下がある。つまり、階段、エレベータ両方を用いずに1階へ到達することは可能。だが、それには決定的な矛盾がある。そこまで頭の切れるやつが、監視カメラに姿をさらすなどという凡ミスを犯すはずがない。要は、吹き抜けを降りるための仕掛けと5階の部屋の仕掛けを両方行う時間的余裕はなかったということ。よって、導き出される答えは...そのまま1階まで階段を駆け降りる。社長室は角部屋だった、なら、退路は一つに定まる。先ほどの7階の部屋の真下の1階の部屋から玄関までの最短ルート。それは..中庭に出る。砂利...中庭は静寂。しまった!--廊下を駆ける複数の足音--裏をかかれた!急いで廊下へ戻る。いない。逆回りか--いや、この足音は録音で、どこかの部屋に隠れている可能性は?どっちだ--ギィーン--スピーカーから大音量でラジオ番組が流れ出す。来る..どっちから?違う、後ろを振り返ると同時に後ろへ飛びのく。間一髪で何かを躱した。ナイフが落ちる音。全速力で1階の玄関へ向かう。犯人は分かった。間に合え!玄関を出ると同時に、車が走り去る音が聞こえた。
  ......まだ終わりじゃない。俺の後にエレベータで7階へ向かったと思われる人物がいる。それが誰かを確かめる必要がある。パトカーがない以上警察じゃない。今夜、ここで何かが行われる予定だった、いや、行われていた?建物内に再び入り、エレベータの表示を確認する。7階のまま。こちらに気づいて警戒している、ということはプロか。そうなると1階に降りられたらその時点でゲームオーバーだ。足手まといになる誰か--おそらく松本社長--を連れて逃げていた冴島教官とは違い、窓から逃走できるからだ。わざわざ2階から飛び降りる可能性は低い。教官のように床の非常降口を飛び降りて階下へ降りるという発想がわく人間などそうはいない。というかこのご時世、非常降口の存在すら普通の人間なら知らない。したがって、やつらは階段を使う。普通のプロなら最短距離で脱出を試みるはず、だとすれば社長室から最も近い階段、今いる場所からもっとも離れた階段だ。全速で走り抜け、閃光弾を階段に投げつける--同時に近くの部屋から窓ガラスが割れる音がした。

Re: 冷華 ~ Cold Will ~ 第Ⅰ部 ( No.4 )
日時: 2017/05/03 01:52
名前: 志崎蓮 (ID: jSS95WES)

Cold Rain ep.3 開戦のベル (前編)

  2057/11/22 23:27 bloodアジト 冴島

  「おかえり、L。それと初めまして、松本社長。僕はF、例のテロリスト集団bloodの先導者です」白髪の青年がニカッと笑いながら握手を求める。連れてきた松本に手錠をかけ、Fに引き渡す。老人はためらうことなく握手に応じた。「ふむ。なかなか奇妙な方々だ。先の青年、Lといったかね、彼も私を殺しに来たかと思えばナイフを向けることすらせずについてこいと言ってみたり、今度は握手かね」ゆったりとした力強い声だ。さすがは天下の松本セキュリティの社長だけはある。視線をこちらに向け、Fが問いかける。「L、足は?」「ついていない」「そう、少し意外だな。今回ばかりは面が割れるのを覚悟してたんだけど」「勘づかれはしているだろう。証拠がないというだけだ。それから..食事は一人のほうが好きなんだ。せっかく誘ってもらったが、断らせてもらうよ」Fがにこやかに答える。「..それは残念だな。君も気に入ると思ってたんだけど。さて、」松本に向き合い、「奥で話しましょうか。紅茶かコーヒー、どちらがお好みですか」物分かりがいい指揮官で助かる。確かに今は中保組と寺島組の動向に集中したほうがいい。今、日本のヤクザの二大勢力が衝突すれば治安の乱れは免れない。不要な混乱ほどタチの悪いものはない、というわけだ。だが、当面の問題はクリアされつつある。あとは水無月が優秀過ぎなければよいのだが...


  2057/11/23 08:37 東京RC病院6F602号室 夜月

  朝が来た。そう、また一日が始まる。白い光に一人包まれたまま、私は目覚め、体を起こし、テレビをつける。食事が運ばれてきたら、食事をする。時々、腹部にきりきりとした痛みを感じる。ただそれだけ。私は結局、何のためにseedに入ったのだろう...そうやって、自分を罰したかった。そうやって、自分を苦しめて、涙を流せば、それで、...........何も変わらない、そんなことわかってるよ。水無月からもらったコピー写真の束をほどく前に、思い返す。これを最後にするから、そう自分に誓い、自らに凍てついた記憶を押し付ける。
  Case207のあの日、私は教官と行動を共にしていた。bloodにより同時多発的に引き起こされた複数の暴動が東京の街を混乱に引き込む中、seedはbloodの指揮官をたたく作戦をとった。守備陣形をとっているポイントに陽動としてseed隊員の半数を投入し、同時に少数が隠密に地下の下水道を捜索する。教官の立てた作戦は完璧だった。Fという人間の本質を見極めていた教官だからこそ立てることのできた作戦。しかし、誤算があった。Fはただの指揮官ではなく、戦闘能力にも長けていたのだ。下水道でFと対峙した私と教官は一時撤退を図ったが、逆に袋小路に追い込まれ、......
  結局、私の力不足だ。「私は、強くなんか...ないんです、教官.......」涙とともに、心の声が漏れた。なのに、教官は、seedの役に立てず落ち込んでいた私に、いつもの空っぽの笑みを浮かべながら、きみは強いねってそう言ってくれて。「どうして、私に強いなんて言ったんですか?どうして、」「それは、僕が感じたことだから。僕は、きみに、そのままで、いてほしい」穏やかな声。どこか懐かしくて、無機質なはずの声。えっ..いつの間にか半開きになっていた病室の扉へ駆けだそうとして腹部の鋭い痛みで転倒した。立ち上がり、廊下を見渡す。涙があふれる。温かい、温かい涙だった。廊下に一つの影が見える。だけど私は、その影を追ってはならない。私は、「あなたの、居場所に......なりたかったです...」私は、その場から影を、見送った。


  2057/11/24 02:31 アルドタワー屋上ヘリポート 冴島

  冷たい風が吹き付ける。ごうごうと鳴る風の音。いくつかの黄色い光と、すべてを塗りつぶす漆黒。俺はこの場所が好きだった。自分には、最もふさわしい場所だと思った。自己批判の欲求は麻薬のように周期的に波が来る。それは心地よくて、何度も何度も記憶を再生する。人間だけが持つ能力、それが記憶であり、個人である。それが真実だとするなら、そこに、生きる意味は見いだせない。この世界は理不尽だ、欠陥に満ちている、神は死んだ。それでも、「そうだったな、俺たちは、世界を憎めなかった。そんなろくでもないところが似通っていた」死ぬ理由がないから生き続ける。生きる理由がないから死にたくなる。けれど人間はよくできていて、理性的な生物だ。そんな半端なシステムのせいで人は踊らされ、それに気づきながらも踊り続ける。だからこそ、彼らにはそうあってほしくなかった。そんな苦しみは、味わわせたくなかった。そんな苦しみから得られる成長など、むなしいだけだとそう気づく日が来るから。「居場所、か」目を閉じる。それを願った時期もあった。苦しくて、虚しくて、バカバカしくて、どうしようもなくて、孤独だと実感した、そんな針で何年も、何年も、刺され続けて、それでも誰もいなくて、見えるのは血で、感じるのは肉の感触で、冷たい吐息がずっと.......だから求めた。すべてを受け入れてくれる場所を。誰でもいいから、ただ、頷いて、抱きしめてくれればそれでいい。俺がここにいて、生きていることを証明してくれればそれでいい。その刹那が生きる理由になるはずだと信じていた。胸元のペンダントを握りしめる。あたたかな日々を再生する。進もうとした日々。そのすべてが、かなえたい一つを創り出した。今一度、決意の火をともす。冷たく吹き付ける風だけが、俺の背中を押していた。

Re: 冷華 ~ Cold Will ~ 第Ⅰ部 ( No.5 )
日時: 2017/07/15 23:37
名前: 志崎蓮 (ID: jSS95WES)

Cold Rain ep.3 開戦のベル (後編)

  2057/11/26 00:33 相見港 水無月

  張り込みを開始して1時間になる。北陸の夜の寒さは予想をはるかに超え、手の中のカイロは持っていられないほど熱く感じる。しばらくして、1隻の大型船が港内に侵入してきた。双眼鏡で様子をうかがう。積み荷は......米軍のロゴが入った段ボールが見える。金髪の巨人が船から降りてくる。そこへ視界の左端から男が現れた。「木原?」木原陰--寺島組と対立している中保組の幹部の一人--こいつがこの場にいるということは...そう、奇妙だ。国内の一暴力団に過ぎない中保組が--パン!パパン!パン!--突然の銃声。音からして狙撃銃。位置は--バン!!!思考を遮るほどの爆音を立て積み荷が炎上する。木原とその用心棒らが撤退を図っている影が煙のキャンバスに描かれる。狙撃が再開しない。狙撃手は去った、ならば狙いは生け捕りか。右前方へ閃光弾を投げ、左へ走り、こちらの姿が捕捉されないよう物陰を盾に木原を追いかける。背後にいたはずの狙撃手は今はどこにいるかわからない。つまり、惑わされたほうの--キン!カン!背後からと思われる射撃はすべてはずれ。背後に閃光弾を投げる--負けだ。炸裂とともに、こちらの影がくっきりと映し出される。思いっきり身をよじり、回転力を利用して地面に倒れこむ。地面をはねる銃弾の音。立ち上がり、追跡を再開するが、見当たらない。だが--かかってきた電話に応答する。「長谷川警部!Judasの検索システムで木原陰を捜索してください!!」


  2057/11/26 13:28 佐見川ビル屋上 木原

  「へぇ、へぇ、はぁ、、」「尾行は?ついてねぇだろうな」「ええ、、ですが、組長、さすがに、Judasは..」ククク、と笑いながら白髪が答える。「指定した通り進んできたなら、カメラには映っとらんよ。それより、荷物は?」「荷を下ろす前に、何者かに射撃され、爆発いたしましたぁ!!申しわ」「爆発しただと!?偽物をつかまされおって!だから言ったのだ、こんな取引があるはずないものを!」「偽物、ですか。密輸は失敗したみたいですね」慌てて後ろを振り返る。ばかな...警察だと......「貴様、誰だ?」ダン!!後ろで組長が飛び降りた音が聞こえる。後ろへ走ろうとするが、銃声。「悪いが、あんたには話してもらいたいことがある。時間がない。質問には素早くこたえろ。まず、密輸相手はどの国だ?」「......そんなもん、答えるわけ-」「ここにJudasの監視は及ばない。俺は気が短いんでね!」つきつけられた銃におもわず、「ロ、ロシア人だよ!」漏らしてしまった..「続いて、なぜあの取引を知った?」「そ、それは..」「銃を下ろせ、水無月」横から突如現れた第三の男に驚愕する。このビルを上ってきやがったのか?今のうちに...「俺は貴様に用があるんだ。痛い目にあいたくなければじっとしてろ」体の中に凍てついた水銀を流し込まれるかのような強烈な寒気と不快感に体が凍り付く。こんな殺気、はじめてだ...水無月と呼ばれる男が銃を下ろすのを横目に、新たに現れた男を凝視する。動物の勘ってやつだ。本能が、こいつはヤバいと告げている。「ぁ」一瞬で間合いを詰められ、腹部に衝撃を受け、世界が暗転する。


  2057/11/26 17:34 公安部特別捜査1課本部 水無月

  正式に冴島教官の令状が取られた。容疑は警察官殺害および木原陰の拉致・監禁。数分前までの喧騒が嘘のように、耳鳴りがするほど静まり返った室内。一人には広すぎるその部屋の隅の机上のノートパソコンを閉じ、カバンに入れる。目をつむり、密輸の情景を思い出す。積み荷には米軍のロゴがあった。木原によると相手はロシア人。何者かが邪魔を入れた。かなりの腕前だった。しかし木原は半日生き延びた。Judasは木原をとらえ続けた。奴らが生け捕りという目的を達成したのは...それ以外の可能性は否定しきれない。だが、密輸の失敗も木原の拉致もFの計画に組み込まれていたとすれば、Fも「ブツ」が何かは把握できていないことになる。そしてその「ブツ」は中保組が寺島組を圧倒するに足る力を持ち、ロシアが米軍から何らかの方法で手に入れた、あるいは手に入れなければならなかったもの。そして、アメリカ側がその事実を表ざたにできないもの。爆発物ではない新兵器。その正体を知っているのは?コンコンコン。丁寧で、控えめなノック。扉が開く音とともに「失礼します。.......水無月くん」そんな気がしていた。ゆっくりと彼女のほうを向く。「夜月。退院、したんだね、おめでとう」久しぶりだった。彼女のスーツ姿。セミロングの黒い髪が、均整の取れたそのスタイルが、まっすぐなその目が、スーツにぴったりだった。つい見とれてしまうくらい、美しかったその姿。まだ、傷は癒えていないはずだ。「今から、ロシアへ向かう。Fと中保組は同じものを追っていた。ロシアが米軍から奪い取ったそれが何なのか、確かめる。だから、」美しい目に一瞬だけ、影が差した。「だから私は待ってる。それが、私の選んだ役目。私は、必ず真実を知ってみせる。私はもう、立ち止まらない」化粧をしていてもわかる腫れた目。充血した目。その唇から紡ぎだされたその想いを、できるだけこぼさないように、しっかりと、刻み込む。「行ってくる。そして、必ず、戻る」互いに歩き出す。すれ違いざまに感じた、わずかな香水の香り。脳にしっかり忘れないように、彼女の想いを、痛みを、苦しみを、刻み付ける。ドアノブに手をかける。少し待ってから、手に力を込めた。


  2057/11/27 04:37 オホーツク海上 水無月

  朝日に白む凍った大気を白波とともに轟音でかき消し進む。頬を痛めつける暴風が、今は心地いいと感じる。Fの目的がなんにせよ、何かのカモフラージュとして寺島組と中保組の衝突を利用しようと根回しをしていることに違いはない。そして、Fの動きには教官が関わっている。教官が俺たちに見せたいくつもの顔。教官が密輸を手引きしたのだろうか。教官はどこまで知っているのか。Fにどこまで伝えているのか。後ろに小さくなった日本に目をやり、前方に広がる巨大な大陸を強く、強く見つめる。


  2057/11/29 00:00 blood本部 冴島

  「予定通りgioに資金を振り込ませた。武器のほうは?」「うん、あれだけ用意してくれるなんて、やっぱりロシアマフィアは違うね。まぁ?米軍の新兵器開発の場所を教えてやったんだから、相場なのかねぇ」「例の技術者はどうなった?」「ま、天下のマスフィルト社だからねぇ、Davidさんはまだ見つかってなーいよ。にしてもあの爺さん、なかなかしぶとかったね〜ギリギリまで『わしは国を売るような真似はせん』の一点張りなんだから。苦労したんだよ〜」「輸出の話が国内に漏れれば、不利益を被る輩がいるってわけだ。当然といえば当然だろ」「それはそうと、Fase2に移る。そろそろ衝突が起きるはずだから、L、君は寺島組の動向に注意しておいてくれ」「..ああ」


--第Ⅰ部 Cold Rain End--

To Be Continued......


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