複雑・ファジー小説
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- あなたに一握の時を【短編集】
- 日時: 2017/04/22 19:12
- 名前: 綾原 ぬえ (ID: N2Ja7nM7)
どうも、綾原です。
ちょいちょい書き溜めていた三題噺と短編を載っけていきます。
——三題噺——
客にその場で出してもらった題目三つを織り込んで、一つの落しばなしに仕立てる演じ方(の落語作品)。ここでは、適当に選んだ三つの単語から連想した物語のことをいう。
〇 〇 〇 〇 〇 〇
時は一瞬のうちに滑り落ち、ガラスのように簡単に割れる
これは、誰かの一瞬の話
【目次】
- Re: あなたに一握の時を【短編集】 ( No.1 )
- 日時: 2017/04/22 19:15
- 名前: 綾原 ぬえ (ID: N2Ja7nM7)
「火」「床屋・髪結い」「らっきょう」
『蒐集家のようななにか』
寒空の下、わたしは毎日の散歩コースをゆるゆると歩いていた。
辺りはもうすっかり暗くなり、比較的人通りも少ない。
「あっ」
いつもは素通りする公園。しかし、今日は違った。
わたしはその場で立ち止まる。
ボゥと火が真っ赤に燃え盛っていたのだ。
私は目が悪い。
もっと近づいて、火を見たい。
目が悪いから、光にあこがれる。でも、怖い。
「どうしたんですか、お姉さん」
後ろから声をかけられ、驚く。
「あ、え」
「お姉さんの髪、素敵だね。でも、もっときれいにできるよ」
見知らぬ人物の出現に戸惑うわたしとは違い、突然現れた男性はニコニコとしているようだ。
「あの火、きれいでしょ? 僕のお店、あそこにあるんだ」
「あなた、何をしている人なの?」
「『髪結い』だよ。めったに聞かない職業でしょ」
彼はまた、にこりと笑ったようだった。
彼の店は、テントのようだった。中は甘い匂いが充満していた。
簡素なつくりだが、鏡と椅子、そして棚がある。
「さあ、そこに座って」
いわれるがまま、そこに座る。ぐるりと見まわすと、棚には薬瓶が開いてあることが分かった。
「あれは、らっきょう?」
指をさして尋ねた私に、
「ああ、あれのこと? うーん、そんなところだよ。僕、酢漬けが好きだから、たくさん置いてあるんだ」
そうですか、と答えると、私は目を閉じた。
「どんな髪になるのかしら?」
「そうだねぇ、うんと素敵なのにするよ」
ポロリ、と。閉じていた瞼のうちから、何かがこぼれ出た。
彼はそれを拾うと、棚にあった瓶を手に取ったようだった。
キュッキュと瓶が開き、そして閉じられた。
「うん、美しい。美しい酢漬けだよ」
私はやっと理解した。わたしがらっきょうだと思っていたものは、らっきょうではなかったのだ。
「ねぇ、わたしもう眠くなってきたのだけど」
「そのまま眠るといいよ。僕がすべて、片付けるから」
「ありがとう、ありがとう。もう、わたしは苦しくない」
もう、失明を恐れることもない。
もう、光を避けて夜歩かなくても済む。大好きな散歩がいつでもできる。
もう、薬に恐怖を抱かなくても済むんだ。
ありがとう、あなたのものにしてくれて。
たんぱく質がとろける匂いがした。
鼻を刺すような、甘美な香り。
わたしの髪は、とろとろとしずくになった。
- Re: あなたに一握の時を【短編集】 ( No.2 )
- 日時: 2017/04/22 19:17
- 名前: 綾原 ぬえ (ID: N2Ja7nM7)
「香辛料」「お爺さん」「果物」
『気を付けて』
——以下、弊社記者インタビュー内容 取り扱い注意
私が不思議なおじいさんと出会ったのは、今から一週間ほど前の話なんです。
ふらりと立ち寄った駅の地下街で、ホームレスじみた70過ぎくらいのお爺さんに声をかけられて。
「お嬢ちゃん、これ使ってみんかね」
手招きされて近付いてみると、お爺さんの手には親指ほどの大きさの瓶が握られていました。
「香辛料だよ。儂が、農園で造った果物から作ったやつなんだ」
怪しいと思いましたが、タダでくれるというし、もらうことにしたんです。
まあ、怪しいからまだ使っていないんですが。
記者さん、どう思います? 使ってみたいですか?
匂いはとってもいいんです。
こう、脳みそが溶けてしまいそうな、幸福になれる感じの。
あ! そういえば、今日テレビで知ったんですけど、郊外にある宗教団体の施設が取り押さえられたみたいですね。何でも、違法の薬物をつくっていたらしいです。
うう、怖い。
教祖を自称する男は、逃走中みたいですし。
私、馬鹿だからそういう新興宗教的なのにはまりそうで、なんだか怖いんですよね。
- Re: あなたに一握の時を【短編集】 ( No.3 )
- 日時: 2017/04/22 19:20
- 名前: 綾原 ぬえ (ID: N2Ja7nM7)
高台・高地」「領主」「杖」
『欲しいもの、願いごと』
わたしのご主人は、クロカン領の領主だ。隣国に接していて、領地内でたびたび諍いが起こる。本当に、いい迷惑だ。ご主人が悲しそうな顔をするから。
わたしとご主人と何人かの従者の住んでいるこの館は、街を見下ろすように高台に建っている。ご主人曰く、「自分のつくり上げた街が、活気に満ちているのは見ていて気持ちがいい」らしい。わたしには分からないけど。
ご主人は目が悪い。だから、躓かないようにいつも杖を持っている。 わたしがここに来た時には、すでに杖を手にしていた。
わたしはご主人に何もすることができない。じれったい。
ご主人の手となり、足となり、目となり手助けをしたい。
どれだけ願っても、ご主人と言葉を交わすことさえ叶わない。
わたしは、これほどまでにご主人のことを想っているのに。知っているのに。
ああ神さま、一日でいいから。
いや、一日なんて言わない。一瞬でもいい。
わたしを人間にしてください。
そして、ご主人に「大好きです」と伝えたい。
ご主人に、わたしのことを知ってほしい。
神さま、わたしは奇跡が欲しいのです。
- Re: あなたに一握の時を【短編集】 ( No.4 )
- 日時: 2017/04/22 19:31
- 名前: 綾原 ぬえ (ID: N2Ja7nM7)
「スコップ」「カラオケボックス」「未来」
『なにを守る?』
今日私は、カラオケに来た。みんな、キャッキャ言いながら流行りの歌を歌っている。そんな中、わたしは気が気ではなかった。
昨日のことだが、ある夢を見た。突然部屋に入ってきた男にみんなが襲われる夢だ。私の見る夢は、ごくたまに見事未来を当てることがある。予知夢というやつなのかもしれない。
そして今、わたしがいるのは駅前のカラオケボックスの一室だ。
そろそろかもしれない。
ぎゅっと目を瞑り、手中のものをぐっと握った。
いまだ!
バンっと扉を開け放った。私は、目の前にいた人物にスコップを突き出した。
家にあった鋭利なものはこれくらいしかなかったからだ。
どす、という鈍い音で周りの人たちも気づいたようだった。自分が今どんな状況にいるのか。
「あ、ああああああああ!!」
私がスコップで刺した人間は、汚い声を上げた。
じわじわと白いシャツに赤い染みが広がっていった。
ポタリと、しずくが垂れ床に花弁を散らした。
「きゃああああああああ!!」
私は、逃げ出す彼女らのうちの一人の手首をつかんだ。
「待って、この子を置いていくつもり?」
「し、知らない! 私、しに、死にたくない!」
だめだ。
手首を放すと、叫び声を上げて逃げていく。
私も、逃げないと。
今日の夢の完成度は、なかなかだったのではないかと自分自身に拍手を送る。
夢は、当たるものじゃなくて、当てるものなんだよ。
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