複雑・ファジー小説

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聖少女病棟
日時: 2017/10/26 05:10
名前: 電池屋 ◆IvIoGk3xD6 (ID: GlabL33E)
参照: http://www.kakiko.cc/novel/novel6/index.cgi?mode=view&no=18913

 しあわせは星を崩し、夜明け前きみは、ほほえんで誰かのすてきな偶像に変わる


>>01

(カクヨムでも同時執筆中)
(URL→前作)

Re: 聖少女病棟 ( No.1 )
日時: 2017/10/20 22:54
名前: 電池 ◆IvIoGk3xD6 (ID: lQjP23yG)

† 聖少女病棟 †
・.━━━━━━━━━━━━ † ━━━━━━━━━━━━.・
Mysherry

園宮アリサ(そのみや -)

天瀬乙葉(あませ おとは)

星野純華(ほしの じゅんか)

守谷静穂(もりや しずほ)

柳ひなせ(やなぎ -)

・.━━━━━━━━━━━━ † ━━━━━━━━━━━━.・



1 東京ブラックホール >>2-4
2 女の子
3 さみしいかみさま
4 ニセモノ
5 流星ヘブン
6 フロントメモリー
7 ヨンジュウナナ
8 サイレント・マジョリティー
9 落墜
10 非国民的アイドル
1X 地球最後のふたり

Re: 聖少女病棟 ( No.2 )
日時: 2017/10/26 05:16
名前: 電池屋 ◆IvIoGk3xD6 (ID: GlabL33E)

 Mysherryという五人組のアイドルがいる。
 201X年、彼女達は彗星のごとく現れ、ほぼセルフプロデュースながらアンダーグラウンドを制圧し、地上波へと乗り出していった。その活躍は目覚しく、TVを見れば可憐な女の子たちが笑顔を振りまいているアイドル戦国時代、彼女達は頂点に立った。今や、Mysherryの名を知らぬ若者はいないだろう、と言ってもいいほどである。男性向けに商売を展開しているものの、メンバーのルックスや楽曲の共感性から、女性ファンも多く付いている。
 私もそのうちの一人だ。Mysherryが地下で活動していた頃から、追いかけ続けてきた。Mysherryは五人とも魅力的で、私はいわゆる「箱推し」をしている。グループのリーダーで、ひたむきな頑張り屋の園宮アリサ、頭の回転が早くメンバー思いの天瀬乙葉、ルックスの良さで多少のわがままも武器にしてしまう星野純華、おっとりした上品な雰囲気を持つ守谷静穂、天真爛漫なムードメーカーの柳ひなせ、この五人全員が、お互いに尊敬しあって、ここまで歩んできたのがMysherryであり、そう考えると、私は一人に絞って応援することはできなかった。地下で見ていた頃からずっと五人は心から信頼しあっていたし、それはメジャーデビューしてからも絶対に変わらない。

 その日私は仕事帰りに友達と会う約束をしていた。学生時代の友人で、もともと口数が少なく引っ込み思案な私に懲りずに付き合ってくれた恩人である。約束の時間まではまだ少しあったので、駅の改札を出て、近くのタワーレコードに寄った。目が痛くなりそうな黄色い看板の奥で、流行りの音楽が大々的に宣伝されていた。
 その少し横に、MysherryのCDもあった。やっぱり今回も、センターは星野純華だった。ジャケットの真ん中で優しく微笑む彼女は、悔しいほど正統派の美少女で、アイドルというものの模範のようであった。飾られたポップには、「紅白出場濃厚! 新鋭アイドル」と書いてある。
足を止めて、流れる音楽に耳を傾けながら、私はそれを見ていた。
地下の安い劇場で、初めてMysherryを見た時、客は五人程度しかいなかったのに、よくここまで成長したな、と思う。それは嬉しいのか悲しいのか、今の私にはわからない。応援していた大好きな女の子たちが、華やかなステージへと上り詰めていくことは素直に喜ばしいことだし、もしもまったく売れなかったとしたら、今頃Mysherryは解散していたかもしれない。
 だけど、なんとなく、「もう絶対に手の届くことのない女の子たち」になってしまったMysherryが、なんだか悔しいと思う。こんなんじゃファンとしてダメだな、と無理やり思い直す。そして歩き出す。コンサートだってあるし、TVでいつでも見れるんだから、Mysherryが遠くなった訳では無い。私は、ファンたちは、彼女達が笑顔で活動できていれば、それで幸せなのだ。

 店を出て、そろそろ時間だろうか、友人を待たせてはいないだろうかと、鞄からスマホを取り出してホーム画面を開いた。友人から通知はきていなかったが、何やら適当に入れていたニュースアプリが、緊急速報を出している。地震でもあっただろうかとタップし、トピックを開く。
そこには、「人気アイドルMysherryのリーダー、自宅マンションで首吊り 自殺の可能性」と書いてあった。


聖少女病棟
1 東京ブラックホール

Re: 聖少女病棟 ( No.3 )
日時: 2017/10/26 05:15
名前: 電池屋 ◆IvIoGk3xD6 (ID: GlabL33E)

 あぁ、いいなぁ。私も結婚したい。
 土曜、夕方。星野純華は、今朝の新聞の一面を見てそう言い放った。私は彼女と目を合わせずに、テーブルに積まれた弁当を手に取った。
 二時間程度のレッスンと、明日のライブの打ち合わせを終えたら、楽屋に戻り、各自仮眠を取ったり、次のスケジュールの確認をしたりして過ごすのが私たちのルーティーンである。そこには適当に新聞や音楽雑誌が置いてあったりして、基本的に、私たちの中で、それを一番最初に手に取るのが星野純華だった。いつもなら星野は、サッカーの日本代表がW杯への駒を進めたとか、遠い国からミサイルが飛んできたとか、そんなニュースに対して緩い感想を零すのだけれど、今日のは話題が話題だったので、和やかだった楽屋の空気が変わるのを感じた。

 「あのさぁ星野、私たちアイドルだよ?」
 「でもこの結婚したのもアイドルでしょ?」
 「こんなの、特例中の特例だって」

 星野が指差すのは、新聞の一面を飾る少女。紅白出場確定とまで騒がれるMySherryさえ、一面にここまで大々的に載ったことはない。
 人気アイドルグループの少女が、感謝を表明するイベントで、ファンとの結婚を発表した、というニュースは、私達の耳にも届いていた。これに対して、MySherryの問題児星野純華は、どうせろくな反応を示さないだろうとは思っていたが、思っていた通りであったようだ。

 「結局のとこ、アイドルなんて、芸能界なんて、注目集めたモン勝ちでしょ?正統派で戦ってるアイドルほど泣きを見てるの、私は知ってるよ」

 でもそんなこと、同じ仕事やってる私たちの前で言わなくても。言葉が喉元まで出かかるが、言えなかった。これ以上星野と話すことは無駄だと思った。
 居心地の悪い沈黙が、私たちを包む。
 楽屋の雰囲気がだんだん悪くなる。ファンの前では歌って踊って笑顔を振りまくアイドルも、一度楽屋に戻ればこんなものだ。夢も希望もあったものじゃない。
 私が付属の箸を割る音が、ぱちん、とやけに虚しく響いた。

 アイドルというのは、端的にいえば誰かにとっての神様であると思っている。もちろん世の中には沢山のアイドルがいて、それ以上に沢山のファンがいて、その数だけ解釈があって、それぞれ、みんな違うけれど、私はそうであると主張している。アイドルは神様だ。
 ニーチェが言うには、神は死んだらしい。この世界に、神はもういないらしい。
無償の愛なんてどこにもないし、生きていれば報われるなんてこと、あるはずない。だけど、テレビの向こうの、舞台の上のアイドルは、いつも誰にでも笑いかける。みんなの理想の女の子として、そこに立っている。
ファンにとって、アイドルは宗教である。絶対的に、盲目的に信仰し、崇め、愛し、愛されようとする。アイドル達は、そんな彼ら彼女らを絶対に裏切ってはならない。マイクを置いて普通の女の子に戻るまで、何があろうとも。それがアイドルという道を選び、アイドルに選ばれた女の子の宿命だ。私達は、誰かにとっての神様だ。たとえ本心では別の何かを抱えていたとしても、偶像でいなくてはならない。
 星野純華は信仰者にとって、まさに理想の神様であった。MySherryでも一際目を引くルックスに、透明感のある綺麗な歌声、あまり主張しない控えめな性格。アイドルのファンの多くは、大人しい清楚な女の子を好むから、星野純華はその適役で、案の定、同じMySherryの中でも人気は頭一つ抜けていた。
しかし、ひとたび楽屋に戻れば、神様は普通の、わがままな女の子になる。
結成当初から、星野はレッスンに遅刻したり、勝手に恋人を作ったり別れたり、身勝手な行動が目立っていた。MySherryが売れ始め、特に星野が評価されるようになるとそれはさらに酷くなり、さっきのように「結婚したい」などと言ってグループの和を乱すことも多くなった。星野はリーダーのアリサを差し置いて一番の人気を得ていたから、私たちやスタッフがさりげなく注意をしていたにも関わらず、星野側はまったく聞き入れなかった。

 「天瀬。あーませ」

 楽屋を出て少し歩いたところに広めのエントランスがある。そこは吹き抜けになっていて、大きなガラス張りの窓から見える東京の街並みと、ふかふかのソファーの組み合わせを、私は密かに気に入っていた。
 向こうから歩いてきた星野純華は、ペットボトルのミルクティー片手に、なんだか少し嬉しそうだ。楽屋の雰囲気に耐えかねて、わざわざエントランスで弁当を食べている私を見下ろして、笑顔を浮かべている。星野のことだから、さっきの事も、言いたいことを言えてすっきりした、なんて思っているんだろう。
 星野は、私がミルクティーが好きなことを、多分知っていると思う。無言で渡されたそれを、私も黙って受け取った。楽屋では甘い飲み物は禁止されているが、星野はマネージャーの監視を掻い潜り、自販機の置いてある場所に向かうのが得意だった。

 「さっきはごめん」
 「そんなこと思ってないでしょ」
 「ううん、思ってるよ」

 甘い感覚が喉を通り抜けていく。隣に座った星野も、睫毛を伏せて甘く微笑んでいる。
 星野が私に擦り寄ってくるということは、きっと私が楽屋を出た後に、アリサ達にこっぴどく叱られたに違いない。ステージ上では絶対に態度に出さないが、私と星野はぶっちゃけ、仲が悪い。お互い、他のメンバーの事は名前にちゃん付けで呼ぶくせに、私達はずっと苗字で呼びあっているし、意見が合わずぶつかる事もかなり多かった。星野は心底私を嫌っているだろうし、私も星野さえまともになってくれたら、MySherryはもう一段上に行けると思っている。
 アイドル活動に対して真剣に向き合っている私達と、適当にやっているにも関わらず人気が出てしまった星野は、対立してばかりいた。リーダーの重荷があるアリサ、星野より歳下のひなせ、進学校に通っていて、アイドル以外の活動が忙しい静穂に代わって、いつからか、なんとなく、私が星野の注意係という位置付けになっていた。乙葉は真面目だから、とメンバー全員に頭を下げて頼まれたが、裏を返せば、私には他に何も無いんだろうな、と思ってしまったし、星野の世話をするのは、正直かなりの苦痛でもあった。しかし星野は、なぜか現場の人間やファンには気に入られる。自由に生きている人間は、少し離れた場所から見れば、とても魅力的に映るらしい。
 味のない卵焼きを頬張る。美味しくなかったので、ミルクティーで流し込む。世の中、正直に、真面目にやっている奴の方が馬鹿を見るのは、ある意味真理なのかもしれない。
 エントランスを通り過ぎていく顔見知りのスタッフが、星野だけに挨拶をしていった。

Re: 聖少女病棟 ( No.4 )
日時: 2017/10/26 05:06
名前: 電池屋 ◆IvIoGk3xD6 (ID: GlabL33E)

 天瀬乙葉は平凡な人間だ。
 オーディションでは一番最後に名前を呼ばれた。やっと憧れ続けたアイドルになれた達成感と、でもこの集団の中では一番下だという劣等感が綯い交ぜになって、当時の記憶はあまりない。
活動が始まってからは死ぬ気で努力した。辛い食事制限をして、ダンスも歌も練習した。両親はアイドル活動に対して肯定的であったが、勉強においても周りに引けを取らないよう頑張った。しかし、それはみんな同じだった。みんな、表には出さず努力していた。私は何においても、MySherryで一番になれなかった。
 アリサは歌が上手いし、グループをまとめ、引っ張る力がある。星野は抜群のビジュアルでファンを堅実に獲得していく。ひなせは普段の甘え上手な性格とダンスが得意な二面性を持ち合わせ、うまく利用している。静穂はよく頭が切れる子で、勉強は一番できるし、しっかりしている。
かたや、天瀬乙葉が特別に持っているものは何も無い。私は歌もダンスも容姿も高校の偏差値も、さらには人気の高さも、五人中三番目だ。

 タクシーで自宅に帰る時、昔好きだったケーキ屋の前を通った。もう日はとっくに落ちていて、店頭の電蝕がきらきらと、暗い街の中で光っていた。
 ケーキなんていつから食べていなかっただろうか、とふと思い出してみる。差し入れで甘いものをもらうことがあっても、最近はほとんど手をつけられない。少しでも太るのが怖い。ただでさえ目立たない私がこれ以上魅力を失うと、MySherryからいつか、突き放されてしまうのではないかと思う。というか、もうすでにみんなは私を置いて行っているような気がする。だから、釣り合えるようにがんばるしかない。やるしかないのだ。このケーキも本当は食べたいけど、アイドルをやめるまでは我慢する。せっかく念願のアイドルになれたのだから、やれるところまでやってみないと意味がない。今までずっと人並みで、ぱっとしなかった人生を、私自身が変えたいと思って飛び込んだ世界だ。タクシーは角を曲がって、ケーキ屋を突き放して進んでいく。
 運がいいことにMySherryは売れっ子のアイドルと言えるまでに成長した。天瀬乙葉の名はそこまでメジャーではないものの、グループ名はきっと、誰もが知っている、と言ってもいいほど。アリサにグループの責任の多くを任せていること、静穂の通っている学校やお堅い家庭のこと、ひなせが危なっかしいこと、星野が活動を真面目にやってくれないこと、問題点は沢山あるけれど、なんでも五人中三番目で、真ん中の天瀬乙葉が、グループをいい方向に持っていけるようになれば、きっと絶妙に良いバランスになるはずだ。私だって本当はいっぱいいっぱいだけど、みんなはもっと大変なのだ。

 MySherryのメンバー同士は、仲がいい訳でも悪いわけでもない。活動の殆どがセルフプロデュースだと銘打ってはいるものの、まだ私達は子供なので、大人に頼らなければ、お金の絡む仕事はできない。
仕事仲間だと思っている。それ以上でもそれ以下でもない。結成当初こそ、リーダーのアリサが企画して五人で遊びに出かけたり、ご飯を食べたりしたが、はっきり言って、表面上の馴れ合いにすぎない集まりであった。というかむしろ、この会を経て私達は各自、「この人たちは友達じゃなくてただの同じグループに属するメンバー」だと確信してしまった節があり、なんとか良い関係を築こうとして頑張っていたのを、諦めてしまった。もう半年は、プライベートでメンバーと会うと言うことをしていない。忙しいのもあるけれど、それ以上に、仕事以外であいつらには会いたくないと思ってしまう。舞台上ではあんなに笑顔で会話できるのにな。

 「ありがとうございました」

 タクシーを降りて、運転手に一礼する。マネージャーに近所の公園まで送ってもらい、完全に一人になった時、冷たい風が頬を横切った。まだ随分夜は冷える。
公園のベンチに腰を下ろした。家に帰ったら、風呂に入って、課題をして、寝たらまた朝が来る。学校に行って、午後からまた仕事をして。目まぐるしい日々の中、私が心地よく休めるのはここくらいだ。自販機で百二十円のコーヒーを買い、冷えた両手で包み込む。
 深夜二十三時を回ると、この住宅街には人がほとんどいなくなる。時折車が通るのと、少し遠くで電車の音が聞こえるくらいだ。世田谷に住んでいると言えば聞こえはいいが、私の家がある場所は学生街のすぐ近くにある住宅地であり、港区のタワーマンションに住んでいるアリサや、六本木に一軒家がある静穂に比べると見劣りどころの話ではない。私はやはり五人中三番目なのだ。
とはいえ、生まれ育った町に愛着がないわけではなく、私はこの公園で過ごす一時が好きだ。煌めく舞台からも、気まずい楽屋からも切り離された、唯一の暖かい場所だ。私は本質的に一人が好きな人間で、こういった時間が無いとだめになる。微糖の缶コーヒーが見に染み渡る。スマホの画面と街頭しか光のない世界は気持ちいい。

 気持ちよくなったノリで、久々にあの人に連絡してみようかと思い立ち、ラインを開いた。
仕事の都合で午後の授業を受けられないことが多い私は、学校に友達と呼べる存在が居ない。クラスメイトと事務的な会話をしたり、男子に星野純華を紹介しろと言い寄られたりはするが、ラインを交換するような仲の人間は一人としていない。仕事の内部事情がバレても困るので、私はこの現状で満足はしている。しかしアリサなんかは一般人の友達も多いらしく、SNSにはいつも違う友達との写真をあげていた。ファンに天瀬乙葉は友達が居ないと思われる前に、私もなんとかしなくてはいけないのだが、なんともならない。アリサみたいに万人に愛される女の子になりたかったものである。
 そんな愛されない女、天瀬乙葉が、唯一、この人とは楽しく話せるかもしれないと思った人間がいる。ラジオの収録で知り合った、最近売り出し中のTOXXICというバンドのボーカルの男。アイドルが男とのツーショットをSNSにあげるわけにはいかないし、大声で友達だと宣言することは出来ないけれど、彼とは純粋に話が合ったし仲良くしたかったので、収録の別れ際に連絡先を交換した。何度かラインを交わしたが、お互い連絡無精なところがあり、二週間前から返信はぱったりと途切れていた。
 なんだか彼には私と似たものを感じるんだよな。画面をスクロールして、彼、折原叶多を探す。返事が返ってくるかどうかは気まぐれだが、その距離のとり方も、私には心地のいいものだった。


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