複雑・ファジー小説
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- 孤独の部屋
- 日時: 2017/07/26 16:14
- 名前: 電波 (ID: iruYO3tg)
どうも、初めましての方は初めまして、電波と申します。普段はシリアス・ダークにて『リアルゲーム』という作品を書いております。暇な時間にでも読んで頂けると幸いです。
さて、今回は何を血迷ったのか複雑・ファジーでの小説投稿。まだ作品が完成していないのに新しく作ってしまうという、苦行を自分から科していくスタイルですが、まぁ短く物語を纏めてしまうのですぐに終わると思います。
(以前にも、ここで小説の方を執筆し、短いお話だと言いながら完結するのに数か月要したのは内緒です)
コメント、アドバイス受け付けてますのでお気軽に声かけて頂いて大丈夫です。ただ、荒らし等の迷惑行為は、読者の皆様に不快な思いをさせるのでやめてください。
- Re: 孤独の部屋 ( No.1 )
- 日時: 2017/08/15 19:24
- 名前: 電波 (ID: iruYO3tg)
私の中は空白です、と誰かに言ってみたくなった。このどこにでもあるような一室で、私は部屋の中心に座り込み、白い紙に落書きをしていた。色鉛筆やクレパスを使って、どうにか自然を表現しようと試行錯誤する。しかし、実際に見ていないせいか、それとも私に画力がないためなのか、納得いくイラストに仕上がらない。少し諦めに近い感情を抱きながら、手を動かし続ける。
色素を失った横の髪が時折絵に垂れ、創作の邪魔をする。その度に耳に髪を掛けて、再度続ける。ここでの唯一の娯楽と言ったら、たぶんこれだけだろう。部屋には生活に必要最低限の物しか存在しない。部屋の角にはベッドが置かれ、その反対には小洒落た木製の収納タンス。タンスの横には何の変哲もない扉。そして、部屋を飾り付けるように置かれた観賞用の植物が置いてあるくらいだった。
そして、唯一の救いの木製の床。これのおかげで多少長く座り込んでいても足が痛くならないし、木特有の温かさを感じて安心する。安心……する。
絵を描く手が止まった。
「安心……できないよ……」
視界がぼやけて、さっきまで描いていた紙を涙で濡らす。これがいつになったら終わるのだろうか。私は終わりのないこの空間に終わりが来るよう切なる願いを込めて、イラストに没頭した。
———
自分はどうしてこの場にいるのかと、そんな気持ちになった。高級感あふれ出るイタリア料理店にて、俺、吉村 正芳(よしむら まさよし)は一人スパゲッティを啜りながら、訳もなく辺りを歩き回る。周りには大勢の見知った顔がいた。時期は一月。スーツや洒落た服を着た男女が世間話に花を咲かせる。数時間前には成人式なるイベントがあり、これはその同窓会。特に仲が良くなかった知人達に愛想笑いを振りまいて、挨拶周りをしてから唯一の友人、近藤 正和 (こんどう まさかず)の方へと歩み寄る。
おかずが山盛りになった皿を片手に、箸でパクパク料理を口の中へ放り込む。黒髪ショートのぱっつんで黒縁眼鏡。若干顔つきがごつい紺のスーツの男だ。
「よう、近藤。久しぶりだな」
「あれ、吉村君か!?」
口に含んでいた飯を少し零しながら、驚愕していた。その際、彼が飛ばした飯のカスが俺の服に付いて、内心滅茶苦茶ショックだった。このスーツいくらしたと思ってるんだ、と心の中で愚痴を吐き、穏やかに緩やかに彼への怒りを抑える。俺は落ち着いた風を装って、服に付いた汚れを簡単にだが、ハンカチで拭って会話に戻る。
「あまり変わらないなぁお前」
「そういう君は変わったもんだよ。中学の時は、女子生徒みたいな顔立ちだったのに……」
「やめろ」
過去にその顔が原因で男子にまで告白されたことを思い出す。途端にその記憶が蘇り、頬が熱くなる。俺は、気持ちを紛らわせる為に更に盛られたスパゲッティを啜った。とは言え、そこから話は盛り上がり、お互いの近況を語り合った。高校の事や、大学の事、悩みとかも話し合った。どれくらい時間が経ったんだろうか。もうそろそろ、同窓会も終了と言う時間が来た時、ふと彼がこんな話題を持ち出した。
「ねぇ、『孤独の部屋』って知ってる?」
「?」
突然によく分からない名称を言われて、首を傾げる。さっきまでニコニコと笑っていた彼だったがこの話になった途端、表情が少し強張っていた。俺が知らないとなると、そうなんだ、とぽつぽつと理由を語りだしてくれた。
「『孤独の部屋』ってのはね、この街のどこかに存在する一室のことなんだ。その部屋は人間を閉じ込め、永遠に事を終えるまで出ることは出来ない」
「それって都市伝説?」
「ん、まぁそうなんだけど……」
久しぶりのが来たな、と俺は懐かしい気分でそれを聞いていた。近藤は中学の時から、こういうオカルトが好きで、事あるごとに俺に話のネタとしてこういう系統の話を振っていた。
「で、その話がどうかしたのか?」
「『孤独の部屋』っていうのが最近ネットで話題なんだよ」
へー、と聞きながら机に置いてあったグラスを手に取り、中の酒を口に流す。あまり慣れない味に思わず顔をしかめ、すぐに机に置く。意外と効いたアルコールに少し頭がぐらつきながら、奴の話を聞く。
「なんでも人を閉じ込める部屋で、そこに入った者は永遠に出ることが出来ないらしいんだ」
「それ刑務所の牢獄のことなんじゃねぇの?」
「違う違う。ちゃんとネットで調べたけど、そういう所じゃないんだよ!」
少し興奮気味に近藤は言い放ち、周りから視線を集める。
「あー落ち着け近藤、俺が悪かった。話を続けようか」
周りの視線に耐え兼ね、俺は話の続きを促した。彼はごめん、と一言言ってから話を再開した。
「『孤独の部屋』はどこにでも存在するらしい。今俺たちがいる店や学校、会社、そして家。そこの扉を開けると、見慣れた景色はそこになくて、あるのはどこかの家の一室。誰もいなくて少しの家具しか、そこに存在しないそうだ」
「じゃあ、俺がそこの扉を開けたらその先は知らない部屋になってる、ってことか?」
近藤はコクリ、と頷いた。正直、彼には申し訳ないが、その話は眉唾物にしか感じない。基本はそういうオカルト染みたことに関してはそれほど信用している訳ではない。そもそも大体嘘偽りで構成されているものを、いきなり話されて信用できるわけがない。まぁ、あまり口に言わない方が良いだろう。
「実際リアルであると怖いなぁ」
「実際遭遇した時は絶対に立ち入らずに、ドアを一回閉めて開ければ、元に戻るそうだよ」
だけど、と近藤は続けた。
「部屋に女の子がいたら気をつけておくんだよ」
「え?」
その時、幹事のクラスメイトが声を上げて言う。
「それでは、時間になったので閉会しまーす! 二次会の方もあるので参加したい人はどうぞ、参加してください!」
近藤はフッ、と今までの雰囲気に戻り、あっけらかんとした表情で笑いかける。
「よし、次も参加しよう! 吉村はどうする?」
「え、あ……あぁ、俺はいいや。ちょっとこの後用事あるし」
さっきと今での雰囲気の差に戸惑いながら、俺はぎこちなく返す。この後、また他愛のないことを少し話してからその場で解散となった。俺は近藤の放った言葉に何か引っかかるものを感じつつ、帰路につく。
時間は既に夜の十時を回っていた。この時間にもなってくると、人の流れは少なく、周りがえらく殺風景だ。寂しさを少し感じたが、逆にこれもたまには悪くないと思えるのも人間の普段通る住宅街の道を歩きながら、今日一日のことを振り返る。着慣れないスーツを着ようとするけど、なかなかうまく着れなくて、結局お婆ちゃんに手伝ってもらうという朝から情けないスタートを切ったが、その後の成人式は順調だった。
しばらくぶりの知り合いに会って、色々と近況を話し合った。その分時間が経つのが早くて、成人式も気づけばもう終わり。そしてそのままの流れで同窓会。今日一日のペースがとんでもなく早かった気がした。
楽しいことは時間が過ぎるのが早い、とみんな誰しも思う。俺もその一人だ。ただ、なぜ、こんな楽しい時間があっという間に過ぎていくように感じるのだろうか。何かに集中することで、時計を見ることがしばらくないからたまに見れば物凄く時間が経っているという感じなのかと思っているけど、実際のところは分からない。
ただ思うのが、幸せな時間がずっと続けば良いということ。永遠にとは言わない。ただ、少しでも良いから幸せでいられる時間が欲しい。
こんなことを思っていると、何か自分に悪いことでもあったかのような感じだが、これといって悪いことなんて何も起こっていない。でも、もしそれが叶うことなら、それを叶えてほしいという話だ。
そんな事を考えて数十分、俺は家の玄関前に着いた。玄関の扉の取っ手を握って、引いてみる。しかし固く、扉が開かない。この時間帯では流石に鍵は閉まっているかと、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。今暮らしているのが俺と、婆ちゃんの二人。高齢の婆ちゃん一人が家の鍵を開けっ放しにしてこの時間帯までいるのはさすがに危ないものだ。そこの所はしっかりしていたようで安心した。俺は、鍵をポケットから取り出し、鍵穴に入れ、回す。
ガチャッと鍵が開く音が鳴り、扉を開ける。
「ただいまぁ」
いつものように家に入り、誰に言うでもない言葉を言う。気分的に疲労感が押し寄せていて、部屋に起こっている『異常』に最初は気が付けなかった。しかし、入って数秒にふと視線を前の方へと向いたら見知らぬ女の子がいた。純白のネグリジェに身を包み、髪は腰にまで伸びた白髪のロングヘアー。肌も今まで日を浴びたことがないのでは? と問いかけたくなるような白い肌だった。その女の子は部屋の中心で座り込み、何か書いているようだった。彼女に近づこうとした時、今更だがあることに気が付く。
部屋自体が見覚えのないものになっていた。そもそも俺の家の場合は、玄関の扉を開けた先は廊下になっているはずだ。しかし、扉を開けた先は一つの部屋。どこにでもあるような部屋だった。
「………」
俺は混乱した。目の前の出来事に。自分の家に入ったつもりでいたんだが、もしかして間違えたのか?
女の子に気が付かれないようにゆっくりと、と体を後ろへと回転させ、扉を開けた。しかし、それが余計に俺の頭の中を混乱させた。開けた先はいつもの玄関先の風景ではなく、まるで背景そのものに白いペンキを塗りたくったよなものだった。
信じられない光景に俺は顔を引きつらせて、床に尻もちを着いた。
「あ……」
俺の尻もちが原因か、背後で女の子の間の抜けた声が聞こえた。油の切れた人形みたいにぎこちなく後ろを見ると、女の子が目元を腫らしてこちらを見ていた。えっと……とこの状況の中、何を言って良いのか分からないでいる俺に対して、彼女はこう言った。
「こ、こんに……ちわぁ……」
- Re: 孤独の部屋 ( No.2 )
- 日時: 2017/09/04 15:57
- 名前: 電波 (ID: iruYO3tg)
こんな事してて何になるのだろうと思った。ひたすら白い紙に色を塗っても、その世界に行けるわけでもない。その世界を作っても、その世界の住人が自分を助けてくれるわけでもない。ただ過ぎていく時間を無駄に浪費し、自分勝手な願望をひたすら描いていく。
頬が涙を伝う。自分が今、どれだけ惨めな存在なのかと考えるだけで、途方もない絶望感が溢れる。自然と絵を描く手のスピードが速くなっていく。それに比例して、私の心もどんどん沈んでいくような感覚がした。
その時、ドサッと音が聞こえた。独りでに鳴り出した音に私は何事かと、目を見開いて音のする方へと視線を向けた。そこには、人がいた。全身黒い衣装を身に纏って、尻餅をついて、外を見ている人が。
「あ……」
思わず声が出てしまった。あまりにも突然の出来事で私の思考も停止し、口が勝手に漏れ出す。私の声に反応したのか、尻餅をついている人はぎこちない動作で後ろへと振り返った。完全に振り返った彼の顔を見て、私は思わず息を呑んだ。
その人は、中性的な顔立ちで、遠目からでも分かるようなサラサラな黒髪を肩まで伸ばしている。それに染み一つない健康的なクリーム色の肌。何かイベントでもあったのだろうか、上下黒い衣装を身に纏っていた。生き生きとした黒い瞳と目を合わせるだけで、頭が真っ白になりそうになる。
だけど、このままじゃ流石に気まずいから何か一言言わなくちゃいけない。なんて言ったら良いんだろう、必死に頭の中から過去にあったコミュニケーションを詮索してみる。あった……これなら!
「こ、こんに……ちわぁ……」
緊張の為か口がうまく回らない。相手はポカンとした表情でこっちを見ている。気恥しさからか、頬が次第に熱くなるのを感じる。私はすぐに彼から視線を外し、下を向く。今まで描いていた外のイラストを眺める。
「えっと……」
前の男の子は困ったように声を漏らす。
「君は、誰?」
私の名前? 私の名前は……と心の中で呟きながら顔を上げる。
「分からないです……」
———
俺の視界で彼女は唖然とした表情でこう答えた。
「分からないです……」
彼女の返事に疑問を持ったが、彼女は彼女でなぜ自分の名前が分からないのか困惑しているようだった。俺はその場から立ち上がり、彼女を見下ろす。どうしたら良いのか、というか、どうするべきか。こんな状況だから、冷静にならなくちゃいけない。俺は混乱する思考をなんとか正常に働かせて、口を開く。
「ここは……どこなんだ?」
「ここは……」
彼女は少し躊躇した様子を見せて、答える。
「『孤独の部屋』……です」
「………」
時間が一瞬止まった気がした。それと言うのも、彼女の言っていることを理解しようと時間が掛かったからだ。だが、結局その意味が理解できず俺は再び彼女に問いかける。
「ごめん、もう一度言ってくれない?」
えっと……と言って彼女は体をもじもじさせて視線を下へと下げた。
「『孤独の部屋』……」
ああ、聞き間違いでもないのか、と悟ったようにその言葉を受け取る。自分は悪い夢を見ているのではないのかと思い、自分の頬を抓(つね)ってみる。しかし、痛みも感じる。では、感覚の方はと、すぐ傍の壁に手を当ててみる。うん、紙を基調とした壁の感触が伝わってくる。じゃあ、今起こっている出来事は現実? いや、そんなことはあり得ない。これは何かの悪戯だ。こんな非現実的なこと起こるはずがない。この女の子だってきっと仕掛け人だろう。俺はどうにか気持ちを落ち着かせることに成功し、口を開く。
「ああ、『孤独の部屋』ね。結構有名みたいだね」
「え、知ってるんですか……?」
ポカンとした顔で彼女は顔を上げた。
「なんでも、その部屋に入った者は閉じこめられて、一生出られないらしいな」
「そ、そうです! だから私、あなたが来たことにとても驚いているんです!」
さっきまで弱弱しそうな声で話していたとは思えないほどはっきりと話す彼女に少し驚きつつも、俺は彼女の演技に感心しながらその様子を観察する。確かに、外に出かけないのが分かるほどに白い肌だ。それに、座っているものの身長はそんなに高くない。俺の身長が百七十二センチ。彼女の身長は俺の目測でいくと百五十あるかどうかだ。あまり健康的とはいえない様子だが、これも一種の特殊メイクだろうか。
俺は周りを改めて見渡し、部屋の様子を確認する。これといって変わったものはない。何の変哲もない普通の部屋。
「ここでずっと暮らしているの?」
「……はい」
そんな訳ないだろう、と俺は思った。トイレも風呂もキッチンも、生きていくために必要な箇所が存在しない。こんな所でずっと生きていくなんて無理な話だ。ここで彼女の嘘を確信し、ある提案を相手に持ち掛けた。
「ちょっと試しに出てみようか?」
「え……それは……」
明らかに困惑したような表情だった。その様子を見てやっぱり、と心の中で呟く。もし俺がここから簡単に出れたらこれはただのドッキリ、嘘だ。真夜中にこんな悪戯するなんて質が悪いが、とにかく今は目の前の証明が先だ。
俺は扉の前へと向き直った。相変わらず白い空間のように見える。だが、扉の先の演出は、きっと白い布でも覆ってそういう風に見せているのだろう。そう考えると、幼稚で単純な仕掛けだ。一瞬騙された自分が恥ずかしい。息を軽く吸って吐き出し、意を決して歩き出す。
「………」
一歩、大きく出した足はそのまま進み白い空間へと向かう。
「あれ?」
思わず声が漏れた。俺の予想ではここで白い布にぶつかって、ドッキリ失敗の流れを予想していたはずなんだが……ということは、これ……本物? そう思った瞬間、嫌な寒気が背筋を巡った。こんな訳の分からない空間にいきなり放り込まれて、帰る場所を見失えば当然人は頭の中が真っ白になる。何も考えることが出来ないと思われた俺の思考で、意外にもあることに気が付いた。
「なんで外に出れるんだ?」
もし仮に彼女の言う『孤独の部屋』なら、俺が入った時点で、扉は閉まり、二度と出ることが出来ないはずだ。なのになんで俺は部屋から出れているんだ?
「あ、あの……」
「………?」
ふと視線を声のする方へと向けると、女の子が扉の手前まで来ていた。そして、不安げな瞳で俺を見つめて言う。
「あまり進まない方が良いと思います。その先はどうなっているか分かりませんし……」
確かに彼女の言うことは一理ある。この先の景色が全く見えないうえに、どこがゴールすら分からない。一面真っ白では方向も場所も全然何一つ把握できない。あまりあの怪しげな部屋には戻りたくないが、現状がこれなら仕方ない。
「……分かった」
俺は一旦彼女のいる部屋へと戻る。
再び彼女の部屋へと舞い戻ってきた訳だが、状況はそこまで良くなかった。帰り道は分からない、怪しげな場所にいる、正体不明の少女。こんなの、不安にならない方がおかしい。そんなことを考えているうちに、少女は慌てて床に散らばったイラストやら文房具を片付け始めた。
「すみません、ちょっと部屋が散らかっているので……」
彼女は両手で抱えた画材を机の引き出しにしまい込み、背もたれ付きの木製の椅子をこちらに置いてきた。
「どうぞ、取りあえず腰かけてください」
「あ、ああ……」
彼女の言われるがまま、椅子に腰かける。それに相対するように彼女は床に座り、おどおどした表情で下を向いていた。
「………」
「………」
沈黙が痛い……やっぱりこっちから何か言った方が良いのかな。場の空気に負けて、俺は話し出そうとする。
「「あの———」」
あっ、と顔を見合わせる俺と女の子。彼女はすぐに顔を俯かせて、どうぞ、と手で合図した。
「あの外について何か知ってることはある?」
「外について、ですか……」
女の子は少し考える。
「私にも、あの空間に何があるのか……分かりません。ただ、何となくですが、ここには二度と戻ってこれないと思います」
「なんでそう思うんだ?」
一瞬、彼女は躊躇ったかのように言葉を止めたが、すぐに振り切って理由を話す。
「以前に一人、あなたより前にここに来た人がいるんです」
「え!?」
俺より前にここに来た奴がいる、そう聞いて黙っていられなかった。俺は椅子に座ったまま、前屈みになり、彼女の両肩に手を置いた。
「そいつはどうなった!? 無事に出られたのか!?」
「ひっ!!」
つい感情が高ぶった為か、俺は彼女に対して口調が強くなってしまった。当然のように、弱気な彼女はそんな俺を見て怯える。冷静さを取り戻し、彼女の両肩から手を離す。
「あ、ごめん……」
「い、いえ……」
彼女は深く息を吸うと、話を再開させた。
「その人はほとんど私と会話することなく、出口から出ていきました」
「慌てて出て行ったのか?」
「いいえ、特に取り乱しもせずに落ち着いていました」
妙な話だった。急にここに入って、何の反応もなくここから出ていくなんて、まるでここのことを知っているようだった。だけど、その人物が一体何者なのかは分からない。これ以上の事を考えても無意味なのは間違いない。
「そうか、ありがとな」
「い、いえ……」
じゃあ、と俺は彼女がさっきの言いかけた話を促した。
「あの、私を……」
そう言いかけた時、彼女は途中で言葉を止めた。
「ごめんなさい、やっぱり何でもないです……」
「そ、そうか……」
諦めたような薄い笑みを浮かべる女の子。何か取っ掛りを感じたが、あまりこれについて関わらない方が良いのだろう。その時、彼女は体を小刻みに震わせ始めた。その目には涙が浮かべていて、自分を見つめていた。
「すみません……私、ずっと一人だったので……」
「………」
同情という言葉が頭に浮かんだ。今起こっている現象が本当なら、彼女はしばらく人に会うことすらできずにいたのだろう。それはとても寂しくて、悲しくて、退屈で、地獄のようなもの。完全に彼女を信頼したわけじゃないが、少しで良いなら、何か彼女の助けになれればと思う。
「君の名前を決めても良いか?」
「………?」
呆然とした表情で自分を見つめる彼女に、俺は笑みを浮かべて返した。
「呼ぶ時困るだろ? だから何か名前を決めなくちゃな」
「……はい!!」
彼女は満面の笑みを浮かべて、今までで一番の声を上げた。よし、と俺も気合を入れて彼女の名前を考える。
(髪や肌が白いからシロっていうのはあまり好きじゃない。だからと言って、何か外国人っぽい名前にするのもどうかと思う)
散々考えた結果、彼女あのイラストの事を思い出す。とても綺麗に描かれていた自然の緑の風景に色鮮やかな花畑。もしかしたら彼女は、絵が好きなのかもしれない。
なら、
「彩花(あやか)……」
今は真っ白だけど、これからは色々な色に染まって生きて、いつか花開く程に強くなってほしい。そう願いを込めた。
「彩花、ですか?」
「そう、あまり気に入らないなら変えるけど……」
「いいえ、そんなことありません。とても……とても素敵な名前です」
彩花は両手で、一つにした手を、まるで何かを抱きしめるように自分の胸に当てた。柔らかく、優しい笑みで。
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