複雑・ファジー小説
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- Bone fantasy
- 日時: 2017/08/26 14:28
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
俺は死んだ。
これは、俺が死んだ後の物語。
死んだ俺と、俺の仲間の物語。
○
こんにちは。新作を書かせて頂きます波坂です。
どうぞよろしくお願いします。
コメントや意見はお待ちしておりますが、見当違いなものは出来るだけ控えて頂けると幸いです。
2017/07/31 スレッド立て
Twitter創作アカウント→@wave_slope
※題名は仮題です。
- Re: Bone fantasy ( No.1 )
- 日時: 2017/08/01 00:55
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
全身が焼けるように熱かった。
まるで体を熱したフライパンの上で転がされているようだった。皮膚から伝わってくる強烈な熱は、痛みを伴い体が破壊されていくことを実感させた。
目を開けることも呼吸することもできない。なぜならここは液体の中だからだ。無論、熱湯とかそういったものでもない。
これは毒沼だ。人の肉を溶かして骨だけにしてしまう、瘴気の森特有の沼だ。一度肩まで浸かれば最後。どう足掻いても1人だけでは決して這い上がることはできない。骨だけ残されて全身を溶かされる。
この状態では魔術を使うことも出来ない。杖も他の媒体も全て溶かされてしまった。魔術師の俺でさえ、道具がなければ何も出来ない。道具がなければ魔力は魔術に代わらず、ただ魔力として無意味に放出されるだけだ。
俺はクロアス・サーペント。ついこの前晴れて魔術師として認められた身だ。仕事でこの『瘴気林』と呼ばれる林に来ていた。
毒沼の辺りに生えている薬草が目当ての仕事だった。よくやく見つけて採取しようとした時、何者かによって後ろから矢で射られ、こうして毒沼に転落してしまった。証拠として先程まで矢が背中に刺さっていたのだが、今はそれの存在を確認する余裕すらない。
徐々に、熱に溶かされていくようにして消える意識の中で、ただひたすらに魔力を放出し続けた。魔力を探知して助け出してくれる人がいることを、死にたくない一心で願い続けた。
だが、結局誰も来ず、結局俺は全身の肉を溶かされてしまった。つまりは、死んだ。
……おかしい。熱さを感じなくなった。きっと全身が溶かされたのだろう。息苦しくもない。肺もなければ酸素を送る相手もいないのだから当然だ。
だが何故か意識だけがある。
少し体を動かそうと試みる。毒沼と言えど毒はあくまで効果であり本体そのものは沼のためかなり動きにくいが、体を動かすことに成功した。沼から手を出して地面を掴み、そこから自分の体を引き上げる。何故か自分の体が軽く感じた。
「……なんで生きてんだ?」
その声を発した時、違和感を感じた。なんだが自分のいつもの声にノイズが入ったような違和感を感じる。不審に思い自分の喉を押さえーーーー違和感は更に増した。
そこには、人体の肌触りというものが一切なかった。固く、しかも首とは思えないほどに細い。まるで木の枝のように細い首に驚愕して、咄嗟に手を離した、ようやく謎が解けた。
手を離した際、俺の視界に移りこんだのは俺の腕と手ーーーーではない、骨と骨だ。骨が見えない何かで繋がっているかのように浮き、人体のように形作られている。
全身を見回してもそうだ。足も胴も全て骨だ。骨が虚空に浮いている。まさかと思い、目玉の部分に指を突っ込む。
だが、何も感触がなかった。
自分の震える手ーーーーのような形をした骨の集合体を見て、自分の姿を、憶測で呟いた。
「……スケルトン?」
信じられないが、こうも証拠が揃っていると信じるしか無い。実際今抱えている頭もきっと頭蓋骨なのだろう。
スケルトン。
骨に魔力が取り憑いたモンスターだ。骨を魔力で連結させて、生前の生物に近い形になる傾向がある。骨の一つ一つに魔力が通ってるためか、普通の骨よりも何倍も硬くて丈夫。しかも骨が砕けても繋げておけば再生する能力がある。が、人型のスケルトンはザコモンスターのひとつに数えられるほど弱い。
モンスターというのは、魔力を持った生物のことだ。大まかに霊憑属と原生属にわかれる。霊憑属は死者や狂人の魂が魔力などの要因で物体や概念に取り憑いたもの。原生属はモンスターから産まれた生物を示す。霊憑属は生物としては見なされていない。
スケルトンはその内の霊憑属に属する。では何故雑魚なのか。
まず、攻撃力というものが殆ど存在しないのだ。
骨というものは軽い。その軽さ故に素早い動きができるが、質量がない分どれだけ速く攻撃しても全く痛くないのだ。よくスケルトンが捕まえられて兵舎に練習台として連れていかれるのも、訓練に用いられるのも、適度に素早く危険が皆無だからだ。勿論武器を持たせたらそれなりに強くはなるが、逆に言うと武器が無くなればなにも出来なくなる。
つまり、動く案山子という訳だ。それがスケルトン。最弱の名を持つモンスター。
「……これからどうすりゃいいんだ……」
目の前に置いてある、水筒や採取道具を纏めた自分のバックを呆然と見つめつつ、全く展望の見えない未来に絶望しながらため息をこぼした。
○
悩んでも始まらない。そう思ったのは座り込んで頭を抱えてから約2時間後の事だった。とりあえず仕事の目的だった薬草を採取して、とりあえずバックから取り出した瓶に詰め、とりあえず街へ戻り家を戻る。道は既に明るさを失い始めていた。
とりあえず何かをしておけば、なるようになるだろうと言う安直な考えだが、今の俺にはそれ以外の行動理由が見つからなかった。道中、運良く誰ともすれ違ったりしなかったが、もしすれ違いでもしたら、きっと叫ばれたりしていただろう。一般人にとっては、最弱のモンスターですら恐怖の対象なのだから。この時ばかりは、自分の住宅が街の端っこの辺境にあることにとても幸運を感じた。
俺の住む街、アルニは石畳の街。気候は穏やかで、冬に雪は降らないし、夏になっても暑苦しくなるわけでもない、少し変化があるだけの街。だから、この辺りでは気温の変化に弱い作物が育てられていることが多い。そして、俺が住んでいるのは、街の端っこにある小さな小屋だ。夜見ても若干ボロいことが分かる。
誰もいない事が分かっていながらも、ただいまと言って扉を開ける。勿論の事、一人暮らしの俺に返事を返す者は、いない。
これからどうするも何も無い。とにかく、自分が自分であることを証明しなければならない。確かクローゼットの中には予備のローブがあったはずだ。アレを着ていれば、とりあえず殺されることはないだろう。そう考えた俺は部屋のクローゼットの上の収納部分を両手で全開にした。
私服や寝間着などをかき分けると、一つだけ地味であまり装飾のない、しかし肌触りの良いローブが見つかった。
これが、魔術ローブ。魔術師の証だ。
魔術師。魔力を持った人間を指す言葉で、モンスターという説もある。魔力というのはモンスターの持つエネルギーの事で、多種多様な効力を見せる。モンスターによって魔力の使い方は千差万別。それぞれ違い決まった対処法は無い。スケルトンのように、魔力で体を繋げたり再生したりする個体もいれば、魔力によって体を伸ばしたり火を吹いたりするモンスターもいる。そして、そんな怪物共の力を持っている人間。それが魔術師だ。
まあ正確には、魔術を使う素質がある者が魔力を使いこなし、試験に合格してようやく魔術師を名乗れるようになる。
魔術の素質を持つのは人類の中でも2割未満と言われる程だ。そして魔術師になれるのはその中でも5割ほど。つまり魔術師になれる者は人類の中でも1割に満たないという事だ。その希少さ故にこの辺りでは魔術師には様々な特権がある。
図書館にて魔導書やそれにまつわる書物の閲覧、博物館秘蔵の品の閲覧、聖堂への立ち入りなどなど。主に仕事に必要だったり、魔術師以外には必要の無い特権ばかりで一般人からは憧れられない仕様となっている。魔導書なんかは一般人が読めばたちまち廃人と化すだろう。
その中に魔術ローブの着用許可というものがある。この藍色の魔術ローブこそ魔術師としての証であり誇りだ。これが無ければ特権は使えない。よって魔術師はこれが汚れたり、傷付いたりする事を極度に嫌う傾向がある。俺も傷つくことに抵抗はあったものの、今では何故そんな下らない考えを持っていたのかすらわからない。骨となった俺には、魔術師の誇りなんかなくなってしまったのだろうか。
その魔術ローブを骨の体に羽織る。なんだが肩幅が狭くなって貧弱にしか見えないが仕方ない。素足というか、素骨と言うべきか、とにかく何も履いていないので、靴下を何回か骨に引っ掛けながら苦戦しつつも履く。
そしていよいよ覚悟を決めて鏡の前に立つ。
やはり骨だけだった。さながら白骨死体のようなその体に、思わず軽い目眩を起こして頭を押さえつつ鏡を見る。やはり骨と骨がつながっているだけだ。
頭蓋骨の中からは謎の光の青白い光のようなものが放出され、目に青色が宿っているようにも見える。最も、昼間は明るいため存在に全く気がつけず、室内でようやく気が付くほどの僅かな光だが。
「……鎌を持ったら死神……だな」
ローブに骨。今の自分は魂でも狩りに来た死神だと勘違いされそうな容姿だ。
笑えない。その独り言めいた感想を脳みそのない頭にしまって鏡から目を背け、靴を履いて外へ出た。ずっと自分の変わり果てた姿を直視していられるほど、俺は強くなかったのだ。
ドアを開けて街に出る俺の姿は、きっと死神の出勤に見えただろう。街外れの辺境に住んでいて本当に良かったと思う。
街を歩くだけで怪奇の目に晒される。こんな事は慣れているし今更気にすることでもない。そもそも魔術師は人から恐れられて当然の存在、怯えられて当然の生物なのだ。最も、今の俺はモンスターと魔術師の境にいる非常に曖昧な部類なのだが。
人目を避けつつ歩くと目的の場所に辿り着いた。
雪のように真っ白い壁は、何一つ曇のない。きっと昼間に見ていたら少し眩しいかもしれない。今の俺には目がないので、果たして眩しいという感想を抱くかどうかはわかったものではないが。
神殿のような作りのそれの高さは15メートル程にも及ぶだろう。柱一本一本が人が2人ほど中に入りそうなほど太い。ハの字型の青色の屋根をしていて、正面から見るとその壮大なスケールに思わず息を呑んでしまう。
俺の所属していた魔術師団の本部、またの名を『魔道図書館』。図書館の癖に自治組織の拠点とはおかしなものだといつも思う。
ここの治安維持組織は主に二つ。一つが騎士団、もう一つが魔術師団だ。騎士団は一般人で、魔術師団は魔術師でそれぞれ構成されている。どちらもそれなりに厳しい実技試験(騎士団は体術試験、魔術師団は魔術試験)と筆記試験を受け、数回の面接の後ようやく入ることのできるものだ。騎士団は主に街の周辺や街中の警備。魔術師団はそれのサポートだ。魔術師団は人数が少ない。魔術師そのものが少ないため、必然的に魔術師団の人数も少なくなる。だから魔術師団の仕事は魔術の研究だったりもする。自治組織と言っても、その大半は騎士団に任されている。
魔道図書館の正面に位置する巨大な扉。4mほどの高さのそれの両隣にはそれぞれ警備の魔術師がいる。
俺はその扉に向かって歩きはじめた。が、扉の前辺りで警備から呼び止められた。勿論、それぞれの手には魔術を発動するための杖が握られている。
「貴様……モンスターの癖に何故魔術ローブを羽織っている!」
絶対に投げかけられると思っていた質問。事前に回答を準備しておいて正解だったと安心しつつ、ローブから1枚の紙切れを取り出した。
それは試験に合格した際に貰った紙────認定書だ。だが普通の紙切れと違い、魔術ローブの次に自分の正体を示すものでもある。
「俺は元人間だ。その採用認定書を見れば分かるだろ?」
警備の2人は少し話し合った結果、俺を通す事にしたようだ。安堵からため息を着こうとしたが、呼吸すらないのにため息なんかできる訳もなく、肩が上下しただけだった。
- Re: Bone fantasy ( No.2 )
- 日時: 2017/08/02 20:53
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 1CRawldg)
こんばんは。以前少しお世話になった四季です。作品読ませていただきました。
初めのところの痛みの描写が巧みでいきなり引き込まれました。モンスターなどの説明の文章も、分かりやすくて、でも長くて退屈な感じにもなっておらず、凄いなぁと思います。
波坂さんの作品はお見かけしたことはあったのですが、機会がなく今回初めて読ませていただきました。クオリティの高さに驚きました。さすがですね!
途中に拙い文章を書き込んでしまい申し訳ありません。けれど、感想を少しでも伝えられたらと思い書かせていただきました。
これからも応援しています。また読みに来ますね。
- Re: Bone fantasy ( No.3 )
- 日時: 2017/08/03 20:34
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
>>2
四季様
感想ありがとうございます。一話しか投稿していないのに感想が貰えて大変恐縮でございます……。
これからも執筆を続けていきますのでどうかよろしくお願いします。
- Re: Bone fantasy ( No.4 )
- 日時: 2017/08/14 13:47
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
魔道図書館、という名だけあって、入ってすぐの内装は図書館そのものだった。光沢のある木の床に、椅子とテーブルが何組か置かれ、それを囲むようにして本棚が所狭しと並べられている。本棚にはそれぞれアルファベットと数字が振られており、それによって本の位置の検討を付けることが出来るようになっている。
が、俺の目的はのんびり読書ではない。そもそもこんな見た目の奴が読書なんかしていたら他の魔術師から何をされるか分からない。なのでコソコソと音を立てないように、俺は右側の通路へと移動した。多分、横から見るとホラーでしかない。ついでに言うと、この体にまだ慣れていないため、動かす度に骨と骨がぶつかって変な音を出している。音を立てないようにしている意味がないことを俺が知ったのは暫く後の事だった。
通路の壁の色は一面白色。時折絵画やらが飾られているが、それを踏まえてもデザイン性のない壁だ。床は先ほどと同じように光沢のある木が敷き詰められている。
進んでいると、幾つか部屋が見当たり出した。焦げ茶色の木のドアには黄金色のドアノブが付いていて、少しだけ高級そうに見えるが、これが金メッキだということは既に把握済みだ。なんで知ってるかって? 一つ貰ったことがあるからな。
そんな俺の犯罪れ……経歴は置いておいて、誰かに見つかる前に早く俺の所属している小隊の部屋を見つけなければならない。さもなくば駆逐されるからな。
小隊、とは魔術団におけるグループの一つだ。
魔術団の最小のグループはバディという2人組だ。次にパーティ。これは小隊とも呼ぶ。俺は小隊と呼んでいる。そしてそのパーティを3つ集めたものがチーム。全てのチームを合わせて、つまり魔術団全体を合わせてアーミーと呼ぶ。
バディは同期の中から抽選で、パーティは能力、チームは長所でそれぞれ選ばれる。俺の小隊はバランスのいいタイプだ。中には支援に特化した小隊がいたり、戦闘に特化した小隊なんかもいる。チームは長所が同じ小隊が引き合わせられるため、戦闘に特化した小隊が集められたチームは戦闘しかできないし、支援に特化した小隊が集められたチームは、支援しかできない。要は長所と短所が同じ小隊の集合体がチームだと思えばいい。
そして、ようやく俺の小隊の部屋が見えてきた。安堵の息を肺もないのに着きつつ、3回ドアをノックして、ドアノブを回して開ける。
「入ります」
そう言って中に入った。
すると、体が突き飛ばされたかのような衝撃を受けたと知覚した瞬間、ドアの向こうの壁まで吹き飛ばされた。壁に激突した俺の身体がバラバラに崩れて床に転がる。頭蓋骨が床に落ちて、いつもと違ったアングルから世界を見ることを強いられた俺は何もすることができない。
「なんだこのスケルトン。ん……魔術ローブ?」
バラけた俺の骨達を見下しながらそう言うとはリルベル・ビリオンドール。俺の上司の小隊隊長だ。小隊とチームとアーミーにはそれぞれリーダー的な役割の者がいる。彼女は俺の小隊の隊長でありチームのリーダーでもある。
燃えるように赤い紅の長髪は腰まで届き、それは1本に括られている。目付きは鋭くキツそうな印象を抱くこと不可避な顔面。そして謎のプレッシャーを常に放っており俺はいつも謎の威圧を受けている。熱烈なファンが何人かいるそうだが……俺にはわからんな。
そして魔術ローブを俺とは違いマントのように前を開けて羽織っている。オシャレだが、これは完全な規律違反である。頭の固い上層部が見たら「ローブの前を開けるなどなんたる醜態!」とか言いそうなものだ。ローブの下にはサスペンダー付きのハーフパンツと白いワイシャツを着ていた。足は黒いストッキングで覆われていて、太ももの辺りで結束バンドで留められている。
「俺です。クロアスです。薬草の採取から戻りました」
ゴミ袋にまとめられたらシャレにならないので一応自分の正体を明かしておく。てかこの上司は本気でモンスターの死体をゴミ袋に詰めるからな。この前、化けネズミの死骸がゴミ袋に詰め込まれてた時は驚いた。
「クロアス……お前が? それはまた……随分とイメチェンしたものだな」
「そういうレベルじゃないんですけどね」
流石に低いアングルから世界を眺め続けるのもどうかと思うので、俺は身体を組み立て直すことを試みる。まず手を動かして頭と背骨を魔力で繋いだ。次に手と腕を繋ぎ、肩とそれを繋げる。その後暫くしてようやく自分のが組み立て終わった。
どうやらスケルトンの体は基本的に魔力で繋げられているらしいが、不意に急激なダメージが入ったりするとバラバラになるようだ。そして、魔力を込めると再び体を組み上げることができるらしい。新たな発見を中身の詰まってない頭に収納する。
そして俺は彼女にスケルトンとなった経歴と自分の認定証を見せる事で、なんとか彼女の信頼を得ることに成功した。
「クロアス、取り敢えずお前の言い分を信じるが、今のお前はザコモンスターにしか見えん。というかザコモンスターそのものだ。間違えても騎士団の連中に見つかるなよ」
彼女が簡単に俺を俺だと認めた理由を俺は知っていた。何故なら彼女は仮に背後から襲われても返り討ちに出来るほどの力を持っているからだ。『紅電』(こうでん)という二つ名を持つ彼女は魔術師団の中でもそこそこ強い部類に入る。
「道中、何回か見かけて焦りましたけどね」
騎士団の仕事は主に人やただの動物を対象としたものが多い。それは動物の駆逐であったり、犯罪者の逮捕であったりだ。だが、魔術や魔力が絡んだ途端、魔術師団がその件について担当することになっている。当然騎士団はなんの報酬も得られずに終わる。要するに、仕事がなくなる。それを恨む騎士団の連中は俺達(魔術師団)の事を、横取り集団として『ハイエナの群れ』と呼んでいるらしい。
手柄を横取りされ続ける現状(こちらからすれば言いがかりだが)は彼らにとって不愉快らしく、彼らは自分達でもモンスター程度相手に出来ると証明するために、街に出てきたモンスターを話も聞かずに殺してはそれをアピールしているらしい。
俺達は決して騎士団の手柄を横取りしたい訳ではない。ただ、魔力を持たないものがモンスターとの戦いで強い魔力を浴びると魔力中毒になってしまうから、魔導師団が相手しているだけだ。
そもそも魔力は元からそれを持たないものに対して害悪でしかない。あの瘴気林に漂っているのは植物型モンスターから発散される魔力そのものである。
そんなこちらの言い分も聞かないような連中の前に今の俺──スケルトンが現れたらどうなるだろうか。
当然の如く、十中八九殺されるだろう。スケルトンは再生能力があるが不死身という訳ではない。生命力である魔力が無くなれば自然消滅するようなモンスターだ。今の俺にあるのは魔力だけ。しかもその魔力は今の俺の生命エネルギーとイコールの関係にある。迂闊に魔術を乱用することは出来ない。
「ま、お前なら逃げ切れるだろう。得意魔術は加速魔術じゃなかったか?」
加速魔術。運動中の物体の速度に干渉する魔術だ。減速させる魔術も、負の加速ということで加速魔術とされている。
「それがですね……」
これはつい先ほど知ったことなのだが、どうやらスケルトンになった事で魔力そのものが性質を変えてしまったらしく、得意魔術であるはずの加速魔術が全く使えなくなっていた。いや、全く使えないというのは語弊があるな。かなり効果が弱くなっていた。
人の魔力は十人十色で様々だ。1人1人に向き不向きな魔術があり、それを決定するのは9割魔力だ。俺は人間だった頃、加速魔術に向いていたのだが……先程も言った通り、魔力の変質によりとても実戦で使えるレベルでは無くなってしまった。
「ふむ……魔力の変質か……となると新しい戦術を身につけないといけないな。お前の戦い方は加速魔術に依存した近距離での肉体攻撃を組み合わせた連撃を主としたものだったが……アレを加速魔術無しで再現するのは、無理だ」
流石は我らが隊長。俺の戦い方を知り尽くしている。そして、俺が従来の戦い方は出来ないことも分かるとは恐れ入った。
「ああ、それとさっきは吹っ飛ばして悪かったな。骨を見た瞬間、気味悪くて念動魔術を使ってしまった」
念動魔術。不可視の力を放って離れたものを動かしたり、吹き飛ばしたりする魔術。不安定な上に不可視のため、操作が難しい。
死神みたいな格好のやつが部屋に入ってきたら気味悪くて仕方が無いのは分からんこともないが、話も聞かずに念動魔術で吹っ飛ばす方も頭おかしいと言わざるを得ない。と、言おうとしたが、口に出したら殺されかけること間違いないので止めておく事にした。
「さて……まずは魔術の向き不向きから調べないと埒が明かないな。クロアズ。お前の今まで試した魔術を言ってみろ」
「加速魔術、移動魔術、念動魔術です」
移動魔術は念動魔術と殆ど同じだが、違いは念動魔術は『対象を攻撃する』ことが目的であり、移動魔術は『対象を移動させる』ことが目的だ。念動魔術は単に吹き飛ばしたり殴りつけたりするだけだが、移動魔術は精密な動きを操ったりする。また、加速魔術の工程は『加速』の一つの工程だけなのに対し、移動魔術の工程は『加速→減速』の二つの工程を要する。そのため移動魔術の方が使いこなすのは難しいと言われている。
「結果は?」
「移動魔術で何故か骨だけ異様に動かせます」
多分これは、スケルトンの特殊能力的なものなのだろうが、骨だけはやたらとスムーズに動かせた。それ以外は正直使い物にならないレベルだ。
「……まあスケルトンだからな。他の魔術はどうだ?」
「全滅です」
「……とりあえず、全部の魔術を試してみるしかないか。……お前媒体持ってるか?」
媒体というのは、魔術を使うための必要なものだ。
例えば杖だったり、ある時はペンや棒切れだったりするがどれも等しく先っぽに魔導石が付いている。この魔導石こそが、魔力を魔術へと変換するための前提とも言えるものだ。これなしでは魔術は成功しない……という訳ではないが、必須とも言っていいレベルで必要なものだ。
「一応ありますが……この羽ペンだけです」
「実戦で使うには脆すぎるな。よし、これ使え」
リルベルから渡されたのは、1本の杖だった。短いタイプなのか、丁度俺の腕の骨1本ほどの長さがある。そして先っぽには、手のひらサイズの石が埋め込まれている。
「私が昔使ってた杖だ。とりあえず、今はそれを使って全部試すぞ。……だがここでは狭すぎるな。修練場に行くか」
リルベルは自分の愛用している、魔導石が鍔に埋め込まれたレイピアを手に取って、そう言ってから部屋を出るために椅子から立ち上がった。
- Re: Bone fantasy ( No.5 )
- 日時: 2017/08/06 03:13
- 名前: 波坂 ◆mThM6jyeWQ (ID: KLUYA2TQ)
修練場。
説明が面倒なので端折る。結界魔術で硬い壁を張った部屋だ。どれだけ暴れても大丈夫。かなり広い。以上。
そんな部屋の中で、俺は何をしていたのかと言うとだ。ずっと石ころ相手にゴニョゴニョと口の中で呪文を吐いていた。いやなんの為にやってるかって、そりゃ向き不向きを判別するためだよ。これって結構魔術師的には大事なことなんだ。傍から見たら頭おかしいヤツにしか見えないがな。
何度も何度も魔術を使って、正直バテてきたが、次で最後の魔術となった。次の魔術は硬度魔術。物体の高度を変化させる魔術だ。
今までの魔術は全て不向きもしく不向きではなくとも向いてなかったりするものばかりだったので、流石に適性のある魔術が一つは欲しいところだ。
「ぐぬぬぬぬ……!」
杖に魔力を込めて、口の中でゴニョゴニョと呪文を詠唱する。呪文はあくまでも言うことが大切であり、他人や自分に聞こえることが目的でないため、どんなに小さい声で言おうと関係無いのだ。そのため聞き慣れていない普通の人間には何を言っているのか殆ど聞き取ることが出来ない。
呪文詠唱が終わると少しのタイムラグの後に、石に幾何学的模様が浮かび上がった。これは魔術式と言い、魔術の発生源だ。ここから魔術が発動し、魔術式がくっ付いている物体に効力を及ぼしたり、魔術式から火などのエネルギーを出したりする。
この場合は石が普通より硬くなるはずだ。もしこれで普通の状態と変わらなければ、俺に向いている魔術は移動魔術(骨のみ)ということになってしまう。それだけは何としてでも回避したい。
リルベルがレイピアを鞘に入れたまま握り、呪文を詠唱しているのか口を少しだけゴニョゴニョと動かす。すると、殆どタイムラグ無しに石が浮かび上がり、超高速で床に叩きつけられた。
今のは念動魔術だろう。俺を先ほど吹っ飛ばした魔術もこれと似たような魔術だ。
そこそこ大きな音がしたので完全に割れたかと思った。だが俺の期待を裏切り石は割ずに形を変えることもなかった。
「……ふむ……普通の硬度魔術だったら今のでも砕けるはずなんだがな……ということはだ、クロアス。お前の得意魔術は硬度魔術らしいな」
「……硬度魔術か」
得意魔術が見つかったのはいい事だ。
だが、俺にはとっては硬度魔術というものは未知の領域で、全く分からない。出来ることは、対象物を硬くするだけ。俺の使っていた加速魔術とはあまりに性質が違っていて、使いこなせるとは思えない。てか、物体を固くする魔術を戦闘でどう使えと……?
少しは明るくなったものの、依然として先の見えない未来に、俺は少しだけ絶望してため息をついた。
○
結局あの後得られるものも無く、俺はリルベルから借りていた杖を返して帰宅した。そして新たな発見もある。スケルトンは元々どうやって周囲を見ているのか全く分かっていないが、暗くなろうと人よりは目が利くようだ。
変わってしまったが故に、自分の魔力や性質にここまで振り回されることになるとはなんとも珍妙な出来事だ。そう思いながら目前に控えた自分の家の扉を開けた。
「ただいま」
何故かいつも言ってしまうこのセリフ。きっと返事なんか帰ってこないと分かっていても、癖というものは中々直らないもので、一人暮らしを始めてから1年以上経つのに未だに言ってしまう。
「おかえりー」
が、俺の予想に反して家の中からは返事が帰ってきた。
媒体用の羽ペン用意。不法侵入者だ。殺られる前に殺る。その覚悟を5秒間で済ませた俺は、警戒してゆっくりと音を立てずに玄関に上がる。扉の隙間から光が差し込み、どうやら中に誰かいるようだ。
「ちょっとクロアスー。さっさとしなよー」
コイツ……俺の名前を知ってやがる……しかも煽ってきやがった! どうする? 俺が頭の中で考えていると、木の軋むような音がした。暗い廊下が部屋からの光で照らされる。
「なにやって……え?」
部屋から出てきたのは、俺のよく知る顔だった。
思えば、声もよくよく考えたら聞き覚えがある。ほっと安堵の息を付いた俺。一方目の前の女性は腕を組んでこちらを向く。
「もう遅いよ。スケルトンになったとか聞いて飛んできたのにこっちが待たされることになるなんて」
こいつはフレッダ・フィーメル。金髪に肩まであるミドルヘアーと柔らかい印象を受ける丸っこい目。そして小柄な体躯と一見すると大人しそうに見えるが、かなり騒がしい奴だ。頭には一つだけ飛び出るように髪の毛が立っている部分がある。
ノースリーブの白いワンピースは膝下まで長く、腕には服から離れた袖が通されていて、肩のみがむき出しになっている。その上から緑色の前の開いたフリルの付いた上着。特別細いという訳では無いが、太い訳でもない体付き。元からの素材とファッションとで、魅力的に見えるはずだか、そこには全てをぶち壊しにする藍色の魔術ローブが付けられているためとても残念になっている。
「頼んだ覚えはないんだがな」
「ちょっとー、幼馴染みがせっかく心配して来てあげたのにその態度はないんじゃない?」
なんかフレッダが睨みつけてくるんだが、これは恐らく本気で心配していたパターンだろう。彼女の発言は冗談と本気の見分けが付きにくい。だからこうして時々誤解を起こしてしまうことがある。
「あー……悪かった。流石に無神経過ぎたな」
「いいよ。それより……ホントに骨になったねぇ……」
「なんで俺って分かるんだ……?」
「んー、幼馴染の直感? って奴かな」
フレッダは特に気にする様子もなく、俺の周りをグルグルと回る。きっとどの角度から見ても白骨にしか見えないだろう。
一周した所で、俺の頭の方に手が伸びてきた。疑問を抱きつつも、黙って見ている。
するとなんという事だ。コイツ、俺の頭蓋骨を持ち上げやがった。視界が段々とズレていき、フレッダの顔が丁度正面に来たところで止まる。
「フレッダ、やめろ! なんかマズイ気がする!」
「今ね、クロアズの胴体があふたしてるよ。もしかしたら遠隔操作出来るんじゃない?」
どうやらフレッダの話によると、頭が離れていても胴体は動くらしい。
俺は手を動かすイメージをした。すると俺の視界の端に微かに白い骨が映る。よし、このまま上に移動させれば俺の頭を取り返せるはず……意識のある頭を取り返すというのもなんだか奇妙だな。
が、俺の手がフレッダから頭を取り返そうとした瞬間、手が空振った。何事かと思えば、フレッダが俺の頭を腕の軌道上から外したのだ。おいなんてことしやがる。
「フレッダ! 頼むから俺の頭を返せ!」
「ふふふ、こっちだよー!」
するとフレッダは、あろう事か頭蓋骨をシェイクしながら逃げ始めた。おいやめろ! これは真剣にまずい!
「やめろ! 視界が……揺れ……気持ち悪……」
あまりの視界の揺れに、俺はそのまま気持ちが悪くなり意識が遠のいて行った。
「あはははー!追いかけて……ってあれ? クロアス?」
○
「……まだ少し気持ち悪い……」
結局、俺はあの後朝まで起きることは無かった。それどころか、朝起きてからかなり気分が悪い。船酔いした気分だ。きっと人間の体だったら間違いなく胃の中のものを吐き出していただろう。今の俺に胃はないためリバースする心配は無いが。
「ごめんね……ちょっとはしゃいじゃった……」
珍しく反省した様子のフレッダ。流石に一晩寝込んでいた、というか気絶していた俺に申し訳ない気持ちが多少はあるのだろう。
なんだろう。こうして大人しくしているとフレッダはとても魅力的である。彼女はどうも話し出すとボロが出るというか、黙って微笑んでいれば可愛いタイプなのだ。それなのに少年みたいな行動をする何かと残念なタイプである。
「あー、まあなんだ。お前も心配してくれてた事は分かってるから。そんなに気を落とすな」
流石に気の毒に思った俺はとりあえず励ましの言葉を掛けておく。勿論、俺はフレッダがどのような反応をするかは知っている。
「そう!? クロアスがそう言うなら気にしないね!」
ほら、この様子だ。単純過ぎる思考回路に少し頭が痛くなるような感覚を覚えると同時に、少しの心配を抱く。本当にコイツは大丈夫なのかと。もしかして変な誘いに乗ったりしてるんじゃないだろうか。
だがそんな心配もいつもの調子を取り戻したフレッダを見ていると、そのうちなんだか馬鹿らしくなってきた。彼女の微笑みは、悩む事すら馬鹿らしいと言わんばかりに明るく、そして無邪気なものだったからだ。
それから何気なくフレッダと話していると、何やら人が集まっているのが見えた。
このスケルトンが流石に堂々と突っ込むわけにも行かないので、俺はローブで顔を隠しながら近づいた。因みに今の俺の服装は収縮性のある長い黒のズボンと白いシャツと魔術ローブだけだ。ローブはかなり長めのものを使っているため腕の骨が露出することは無い。ローブの内側から顔を隠すのは何とも辛い格好だが、俺が野次馬に参加するにはそれ以外の術はなかった。
野次馬を描き分け俺は内側を見ることに成功した。そして次の瞬間、あまりに予想外かつショッキングな光景に、俺はただ呆然とする他なかった。
目の前に広がっていたのは、燕尾服を来た大ウサギが血まみれで倒れている光景だった。大ウサギとは、人間ほどの大きさのあるウサギで、人間の言葉を理解して人間の社会で生活する場合もあるほど知能が高い。が、そんな大ウサギが胸に大型のランスを突き刺された状態で横たわっている。俺はスケルトンになって目は良くなったが嗅覚は悪くなったらしい。ようやく鉄分独特の臭いを感じ、これが現実なのだとはっきりと確信した。
大ウサギの死体の近くには血を浴びて多少赤色の付いた荷車が置かれている。そして、そのすぐ横には血を浴びた軽そうな鎧を身につけた人間が複数人いた。
アイツらは騎士団だ。状況から察するに、この街に来たばかりで右も左も分からない大ウサギを話も聞かずに殺したのだろう。大ウサギはかなりの身体能力を誇るし、魔術が使えるタイプもいる。だが騎士団の連中を見る限りはそこまでダメージを受けているようには思えない。これ完全に不意打ちで攻撃され抵抗するまもなく死んだのだ。と俺は確信に近い仮説を立てた。
モンスターは害ばかりの生き物でない。人間と共生する種族もいれば、人間に友好的なモンスターもいる。大ウサギだってそのうちの一種族だ。それなのに、騎士団の連中と来たらモンスターを殺して自分たちの地位を上げることしか考えない。こういった事件が対立を招き自分たちを苦しめることが、コイツらには分からないのだろうか?
「ひでぇ事件だよな。クロアス」
ふと横から掛けられた声にそちらを向くと、俺よりも少し背の低い同年代ほどの男がこちらを向いていた。
「マークスか。一日ぶりだな。お前はこれ、最初から見てたのか?」
この男はマースク・ビリーバー。俺のバディ。つまり相棒だ。そして、俺とリルベルとフレッダと同じ小隊のメンバーの1人でもある。栗色の髪を目が隠れるほど伸ばしているため、その目を見たことがない。本人は隙間から見えているらしい。魔術ローブの下には黒い長ズボンに白いワイシャツと至って平凡な格好をしていた。
「いや、俺が見たのは既に事後だった……全く、俺達魔術師団がモンスターは相手することになってんのによ……無駄な殺しをしやがって……」
目元は見えないが、そうつぶやくように言ったマークスには確かに苛立ちのような感情が滲み出ていた。これは恐らく、仕事を取られたことにではなく、無駄な殺しを働いたことに対してのものだろう。
勿論、俺が騎士団に見つかったら当然大ウサギと同じ運命を辿ることになるだろう。そのため、騎士団の連中に見つからないうちに野次馬から抜けてフレッダの所へ戻った。マークスは俺の後ろに付いてきている。
「どうだった?」
「…………」
黙り込む俺を不審に思ったのか、フレッダは俺の名前を呼ぶ。が、俺は彼女にあの事実を話したくなかった。しかし、上手く騙す術が見つからない。
「心配すんなよフレッダ。ただよ酔っぱらいの喧嘩さ。クロアスは、それ見て期待裏切られて気分が萎えてんのさ。そうだろ?」
何を思ったのか、マークスが俺に助け舟を出して来た。俺は曖昧な返事で肯定しつつ隣を見ると、マークスは口元を少しだけ歪めていた。コイツは本当にハッタリや嘘が上手い。何度騙されたか、数え切れないほどには俺も騙されている。
「そんなことだったんだ……クロアスも教えてくれたらよかったのに……」
「ああ……すまん……」
「そんなことよりさっさと行こうぜ。リルベル隊長からどやされちまう」
こういう時は頼りになるバディに感謝しつつ、俺達は魔道図書館へと向かった。
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