複雑・ファジー小説
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- 名無しの君、よき善人あれ。
- 日時: 2017/08/17 22:33
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
!!Attention!!
この作品はフィクションです。実在する人物、団体などとは一切関係ありません。
読了後の苦情、クレームなどは一切受付いたしません。
———————
「おい善人ンンン!!テンメ勝手なことしてんじゃねええええ!!」
「おっはよーナナシちゃん!今日もいい朝だネ☆」
「どこがだよなんでバズーカで起こされなきゃなんねえんだよ!!」
「えーでもこうでもしないと起きないじゃん」
「頼むから普通に起こせや!!」
ある山奥にあるいかにもな和作りの家。その家では朝早くから大声合戦が始まっていた。山奥だからというものの、互いに大声を出していれば、家の中には愚か、外にもばっちり響いている。しかし、たとえ家の中でも言い合いをしている少女達の他にいる老夫婦は
「あらあら元気ですねえ」
「体力があるのは良い事だ」
「そいですねえ。あ、お茶飲みます?」
「うむ、頂こう」
そんな大声すら、動じずに朝の会話の種としてしまうのであった。
これは、『真っ白な』少女達と、そんな2人に関わる老夫婦や仲間達が綴る、『日常』の記録である。
———————
登場人物
ナナシ ♀
本名、年齢、生年月日その他全てが不明の少女。大体中学生あたりかと思われる。拾われ子である。
人間の有りと有らゆる『邪』を斬る刀、『白狼丸』の継承者。そしてその『邪』が見えてしまう体質のため、見知らぬ人間と出会うと即刻その刀で、『邪』を斬るクセがついている。ちなみに白狼丸に人間を斬る力はない。
常にジャージで過ごしていたが、ある少女の手によりジャージから脱却せざるを得なくなった。
メガネをかけており、髪を後ろで一つにまとめ、棒付きキャンディを好んでよく食べる。『鳥獣戯画ミニフィギュアコレクション』のファン。
善澄 善佳(よしずみ よしか) ♀
【キャラクター制作:通俺氏】
ナナシの自称『ともだち』。ナナシを学校度見つけて以来、彼女の一番の友達だと疑わない。そしてナナシが唯一『邪』を見ることが出来なかった、全くの『善人』である。
根本的に『疑う』ということを知らないので、なにか悪巧みをしていたりすると、寂しいんだと勝手に解釈する厄介な人間でもある。もしそんな人間を見つけると、何かにつけてつきまとい、離れることは滅多にないだろう。
他人の『願い事』が見える体質を生まれつき持っており、そのせいもあって願い事を一度見れば、その願い事を叶えさせてあげようと付きまとってくる。ナナシの願い事も以前見ようとはしたが何も見えなかったため、寂しいんだ!と勝手に解釈し今に至る。
ナナシのジャージ生活から脱却させた張本人であり、山奥にあるナナシの家にわざわざ通って朝ナナシを起こすのも彼女である。
体力は恐らくナナシと互角でありあまっている。
目次
- Re: 名無しの君、よき善人あれ。 ( No.1 )
- 日時: 2017/09/06 22:57
- 名前: サニ。 ◆6owQRz8NsM (ID: dUTUbnu5)
『ともだち』
桜の花びらが少しばかり散りゆく頃、世間では『入学式』なるもので賑わっていた。新たなる環境への第一歩。仲間はできるか、馴染めるか、上手くやっていけるか。不安と希望でいっぱいの所謂新入生の中に、ひとりだけ『編入生』がいた。その編入生は何やらむすくれているようで、この良き日を良しとしないようであった。真新しき女子制服で頬杖をつき、背を丸め、スカートの中が見えそうになるのにも構わず足も大きく開いて座り、騒がしい周りを見れば眉をしかめる。とてもとても不機嫌のようだ。
「やってらんね」
ぼそりと周りに聞こえるか聞こえないかの声量で呟く。そしてうんと背伸びをした後に、その場から立ち去った。こんなうるさいところにいつまでもいられない。もう帰って寝てた方がいい。
と、先程まで思っていたのだが。
「……」
「……」
どうにも世の中上手くいってはくれないようだった。
【それはとっても不幸か幸か】
「……邪魔なんだが」
「お名前なんて言うんですか!?」
「話聞けや!!」
帰宅しようとして会場から出た矢先に、走ってきた新入生であろう女子生徒にぶつかり。倒れないようにとっさの判断で支えてやったのだが、どうも目の前の女子生徒はこちらを見るなり、そのままじっと場を動かない。彼女が横にずれようとすれば、目の前の女子生徒も同じように動き、行く手を阻むのだ。それを計5回繰り返したところで、先ほどの言葉が飛び出した。だが女子生徒はそんな言葉に臆することなく目を輝かせる。
「お名前は!!なんですか!!」
「話聞けっつってんだろ!つーかオレに名前なんてねえよ!!」
「……へっ?」
「あ?」
思わず言ってしまったそれに、女子生徒はきょとんとした顔をする。それに釣られて彼女も気の抜けた声を出してしまう。
沈黙が数秒続いた後。
「じゃあ私が名前つけてあげる!!名前がないなら『ナナシ』ちゃんで!!ハイ決定!!」
「なーに勝手に話進めてんだテメエ!!」
「私、善澄 善佳(よしずみ よしか)って言うんだ!!これから宜しくねナナシちゃん!!」
「早速呼んでんじゃねーよっつーかよろしくしねーよなんなんだお前!!」
「『おともだち』だよ!」
「は?」
善澄 善佳、と名乗った女子生徒の口から出た言葉に、たった今名前をつけられた『ナナシ』はまた気の抜けた声を出す。だがそんなナナシをスルーするかの如く、善佳はにっこりと満面の笑顔でナナシに言う。
「この学校の初めての『おともだち』ってことで!改めてよろしくねナナシちゃん!!」
これが、名前のない謎の男勝りな少女『ナナシ』と、自称ナナシの『おともだち』、『善澄 善佳』の出会いの流れである。
【勝手に友達にされました】
「で、ナナシちゃん」
「お前ついてくんのかよ」
「友達だもん!で、ナナシちゃん」
「うっせえななんだよ」
「なんで名前が無いの?」
結局あの後ナナシが頑なに家に帰ろうとしたため、善佳は『友達だから一緒に帰る』と言いそのままナナシの帰路に付いてきている。その善佳にナナシはテメエ学校はどうした付いてくんじゃねえと言わんばかりの態度をとっている。実際に言っているが。
「んでんなこと聞くんだよ」
「普通、名前ってあるものじゃないの?」
「オメーには関係ねーからいーだろ」
「友達だもん関係あるよ」
「コイツ……」
グイグイとくる善佳に対し、心底うんざりするナナシ。そもそも『名前』の話はナナシにとって関わりたくない部類のひとつであり、それを知らないとはいえ、友達だからと遠慮なく地雷原に踏み入るがごとく突っかかる善佳は、最早殴り飛ばしたいくらいの存在になりつつある。嗚呼、残機でもあれば遠慮なく容赦なく、コイツを殴り飛ばしたものの。
「ねー、ナナシちゃんてばー」
「……」
「ナナシちゃん、ナナシちゃん」
「……」
「ちょっとナナシちゃ———」
「っだあああああ!!さっきっからゴチャゴチャうるせえんだよクソが!!」
あまりのしつこさについに頭にきたナナシは、背中に下げていた『真っ白な刀』を善佳に目掛けて振り下ろした。
「え?うひゃあああああああああ!?」
スパァンと小気味いい音が鳴る。
刀を振り翳し終えたところで、ナナシはため息をついて刀を収める。が。
「ってあれ?なんともないや」
「は?」
目の前の善佳の状態に、ナナシは本日何度目か分からない間抜けな声を漏らす。いや今斬った筈だよな?そうしたらいっつも『気絶』か『消えて』るはずだ。なんでだ?なんでコイツは『状態を維持』、というか『なんとも無い』んだ?
「ねえ、ナナシちゃん」
「……あ?」
「その刀……何?」
先程刀で斬られた(かもしれない)のに平然と目を輝かせて話しかけてくる善佳に、最早ナナシはつっこむ気力も無くしていた。
コイツ、何モンだよ。
【常識が通じなかった瞬間】
「その刀、もっかいみせてー」
「オメーよお……」
「見せてよねえー」
「……」
バカなのかコイツは。
さっき刀で斬られたばっかだろ。なんで斬ろうとしてたヤツに平然と話しかけられんだよ。まさか『友達だから!』で済ますつもりなんか。ナナシは心底呆れた。
「みーせーてー」
「……おらよ」
「わあお真っ白!反りがない!モヤモヤしてる!」
「うるせ……」
これ以上引き伸ばしても、はたまた見せなくても面倒なことになりそうだと思ったナナシは、善佳の要望通り刀を見せてやる。
その刀はたしかに善佳の言う通り、穢れなき白で構成されており、日本刀特有の反りがなく真っ直ぐで、そしてその刀全体を覆うように、白い靄のようなものが出ている。美しく、それでいて不気味ともさえ思わせる。その刀にそろりと善佳が指先を触れさせようとした瞬間、ナナシによってその手を叩かれる。
「触んな」
「えー、でも何ともなかったよう」
「何を根拠に……ってさっきのか」
「ほんとになんともないよ?」
「ほんとか?」
「ほんとのほんと。で、これどんな刀?」
まるで聞かせてくれるまで動かないぞうと言うように、善佳は顔を近づけさせナナシをじっと見てくる。その善佳に観念したのか諦めたのか分からないが、ため息をついてナナシは話し始めた。
「……『白狼丸』って言ってな。人の『邪な感情』だけを斬る刀だ。当然人は斬れない。が、邪な感情がやたら多いと、そいつごと真っ二つに斬れやがる。そうなったらもう死んだと同じだ。まあ普通なら『邪な感情』が消えて『白い』状態になるんだが———っておい聞いてんのか」
「あのね」
「どうした」
「ぜんぜんわかんない」
「……」
何を言ってるのかさっぱりわからないと、善佳はそうはっきりと言った。頭の上には幻覚だろうが、煙が出てさらにクエスチョンマークが嫌という程付いているのが目に見える。どうやら、本気で何もわかっていないようだ。
「にほんごむつかしいね」
「……お前、国語は?」
「はい!全然わかんない!!」
「だろうな」
自身たっぷりに手を挙げて誇らしげに言う善佳。ナナシは心底呆れ返った。あーだめだ。コイツには何言っても無駄だ。国語がだめだっつーんならきっとこいつ疑うってことも知らねえんだろうなあ。と、思ったところで不意に気がつく。『疑うことを知らない』?
いや、いやいやいや。確かにコイツ、国語力がまるでなくて、見ず知らずの人間を友達だと言えて、そしてこうやってつきまとってくるが人並みに疑うことは知ってるしやるだろう。もし人を疑うことを知らないのなら、コイツは天性のバカだ。アホだ。もはやオレもお手上げだ。そんなことは無いだろうけどな。きっと。いやそうだと思わせろ。『善』しかない人間なんてこの世に存在しねえ。白狼丸が斬れねえのは『絵に書いたようなな善人』だけだ。そうだ。だからいるはずっつーかコイツがそうな訳ねえ。
ナナシは意を決して善佳に聞く。
「おいテメエ」
「善澄 善佳だよーナナシちゃん」
「お前『人を疑う』ってこたあ、知ってるか?」
その言葉に善佳はきょとんと首を傾げる。
「『疑う』って何?」
その一言に、ナナシは彼女、善澄 善佳が天性のオオバカモノだと確信した。
【白狼丸で斬れなかった理由が判明しました】
「お前な……」
「えー」
「お前さあ、よくテレビとかで見ねえの?犯罪者がどうだとか」
「見るよ?」
「ソイツみてえなのがこの世にはゴロゴロいるんだぞ、周りの他人を疑うとかしろよ」
何回目かのため息をついてナナシは言う。だが善佳はあっけらかんと言い放つ。
「寂しいからやってるだけなんじゃないの!?」
ダメだコイツ手遅れだ。どーやってもダメだわ。そう確信するナナシ。犯罪者の動機をすべて『寂しいから』で一括りにしやがった。どこまでこいつはアホなんだ、バカなんだ。思わず顔を手で覆った。
「それにナナシちゃんも『願い事』が『見えなかった』から、寂しいのかなって!」
「おいまて今なんつった」
「願い事が見えなかったから寂しいのかなって思って」
「願い事が見える……?」
『寂しい』という単語は心の中で全否定するが、その前の言葉が引っかかった。今善佳は、耳がおかしくなければ、願い事が見えなかったと言わなかっただろうか。
「それどういう意味だ?」
「昔からなんだよね。いろんな人の『願い事』が『見える』の。例えばお金持ちになりたいとかサッカー選手になりたいとか」
「それお前どうしてた?」
「願い事を叶えるために協力してたよ!でもなんかみんな途中でいなくなってたけど!」
「……」
それは単にお前がしつこかったから逃げたんじゃねえの———とは言えず、黙って聞くしかない。
「でもね、ナナシちゃんは見えなかったの」
「はあ」
「ナナシちゃんの願い事が見えないというか、ないというか。だから友達になろうと思って!!」
「話飛躍しすぎだろ!」
「ナナシちゃん友達いなかったんだよね?」
「うるせえ」
「図星!?」
「殴るぞテメエ!!」
「そう言っても殴らないよね!」
「こんのクソが……」
「お口悪いよ?」
「口挟むんじゃねえよ」
「口だけに」
「うまいこと言ったつもりか!?」
そろそろ会話するのさえ億劫になってきた。もういっそのことコイツをここに置いていってさっさと帰りたい。さっさと帰ってチャーハン食いたい。
と、そこで善佳が口を開いた。
「ナナシちゃんチャーハン食べたいの?」
「はあ!?」
「わかった!友達になった印としてチャーハン作ってあげるね!」
「いらねえよ!!」
「さっ、ナナシちゃんの家へレッツゴー!!」
「勝手に話進めてんじゃねえ!!」
いつかコイツ———『善人』にリードがハーネスでも付けてやろうかと、ナナシは心の底から強くそう思った。
【気分はまるで振り回される飼い主】
「ここが入口なんだねえ」
「(こいつどんだけ体力あんだよ)」
「よーし厨房いこう!チャーハン作ろう!」
「ひとりで行くんじゃねえよ……」
ナナシの自宅は山の中。その自宅に着くまでの山道、実に常人ならば2時間〜3時間かかるのを、ナナシと善佳は実に30分で登って見せた。ナナシは普段の道なのでもう既に慣れているのだが、いかにも文系と思わせるような風貌の善佳が、ナナシについていけるほどの体力がどこにあるというのだろう。何か特別なものでも持っているのか。願い事が見えるという特異能力については置いておく。
「お前そんな体力どこからくるんだよ」
「体力だけは自信があります!!」
「体力『だけ』かよ」
「運動神経もそれなりにいいです!!」
「それなりにかよ」
ぐいっと善佳の首根っこを掴みながら会話をするナナシ。こうでもしないと変な場所に行きかねないと思ったからである。
「それにしても大きいお家だねー」
「そうか?」
「充分大きいよすごいねえ。私の家あの蔵みたいな場所ひとつぶんくらいだよー」
「小さえな」
「ナナシちゃんの感覚がほかの人たちと違うんだよう」
「そんなもんか」
「それで厨房どこー?」
「案内してやっから暴れんなや」
そのままずるずると善佳を引きずって厨房へと向かう。その途中、善佳はあーだのうーだの呻いているのか分からないが、変な声を発していた。が、ナナシはそれに構わず首根っこを掴んだままずるずると引きずった。
絶対離したら別のところに行きやがるよな、コイツ。
ちなみに表門から玄関までの距離は25m走が出来る長さである。
そうして玄関に入り、荷物を待っていた女中に預けると善佳の首根っこから手を離す。そのまま善佳を連れて厨房へ向こうとしたのだが、ふとピタリと足を止める。
「って、服着替えねえとな……」
「ほ?」
ナナシは今の服装———女子制服(ブレザーである)が、とてもとても気に入らない。なんでこんなものを着てあんな場所に毎日いかにゃならんのだ、と思うくらい、否、こんな服を着るくらいなら毎日ジャージ着てる方が良い、と思うくらいには嫌だった。しかしながら彼女の私服はすべてジャージなのだが。
ナナシは善佳の方へ無理向くと、ここにいろというジェスチャーをする。
「お前はここで待ってろ」
「わかった厨房いくね!!」
「話聞け!!」
ナナシが制止するが間に合わず、善佳はそのままたーっとどこかへと走っていってしまった。
「……アイツ厨房の場所知ってんのか?」
まあいいか、後で捕まえよう。そう思いナナシは自室へと向かった。
【簡単に見つかるだろ、なんて思ってました】
「あるえ?」
厨房を探して早くも10分が経とうとしている頃。善佳はふと自分が今どこにいるのか分からなくなっていた。確かに厨房へと向かっていたはずなのに、厨房の『ち』すら見かけない。きょろきょろと辺りを見回すも、厨房らしき場所はどこにもない。
「はて?」
善佳はまず来た道を戻ってみようと、先程とは逆方向に走り始める。が、その前にどこから来たのかさっぱりわからなくなっていた。そもそもこの家、廊下が迷路のようになっており、部屋も似たり寄ったりな部屋が沢山あって、最早どこを通りすがったのか全くわからない。
「まあいっか、ちゅーぼー探そ!それっぽいところ絶対あるもんね!ここの近くにあるよね!」
しかし善佳は持ち前のポジティブさ、というか何も考えてないのだろうが、明るく厨房探しの旅を始めるのであった。
それがナナシによる、『善佳大捜索』の始まりとも知らず。
【友達のためにチャーハンを作ってあげよう。まずは厨房探しから】
善佳の厨房探しから数分経った頃、ナナシの自室にて。
制服を脱ぎ捨て、いつものジャージを身にまとったナナシは、机の上に置いてあった棒付きの飴の袋を破り、口の中に放る。ガリリと少しばかり砕くと、その後はくわえるだけとした。念のため背中には白狼丸を提げ、自室を出る。自室の前には女中が立っており、ナナシは女中に制服を渡す。
「お疲れ様です」
「おう、ところで。オレと同じ制服着た女見なかったか」
「先程中庭近くの廊下を走っておられました。何か探し物をしているようでしたが、生憎私は別の仕事がありましたので」
「そう。とりあえずそいつ見つけたら捕まえといてくれ」
「はい、畏まりました」
女中は恭しくお辞儀をすると、その場から立ち去った。ナナシも頭をガシガシとかきながら、未だ走り回っているであろう善佳を探すことにしたのだった。
「おーいぜーんにーん」
そう呼びかけるも反応はなし。一応厨房にナナシはいるのだが、そこに善佳の姿はなかった。ちなみにおよそ20分近く厨房にいた。
「……どこほっきまわってんだアイツ」
ぼそりと呟くと、厨房を後にして目撃情報のあった中庭近くの廊下に向かうことにした。
しかし当然ながらそこに善佳はいなかった。
「やっぱいねえよなあ」
すでに口の中の飴の部分は溶けきっていて、残されているのはほんの僅かな飴の欠片と、棒についた味のみ。善佳捜索開始から、すでに30分を越そうとしている。ほんとにどこを走り回ってるのだろうか。全く見当がつかない。
間違って外に出てねえだろうな?
「娘様」
「なんだ」
タツタツと来たるは女中。しかし先ほどの女中とは違う女中である。何か焦っているのか、慌てているのか、落ち着かない様子でナナシに話す。
「たった今、娘様のお知り合いと思しきお人が厨房の前を通り過ぎされました」
その情報を聞くなりナナシは声を荒らげる。
「捕まえろ!」
弾かれるように女中は走り出した。ナナシもその後を追うように、厨房へと駆け出す。
「きっと面倒なことにすんじゃねえぞ、『善佳』」
【おにごっこinナナシ邸、開始】
「いたか!?」
「申し訳ございません、もう既に」
「くっそ逃げ足はええな!」
「というより、何もお考えにならずにこのお屋敷を回っているだけなのでは……」
「それはもうとっくに知ってる!屋敷内くまなくさがせ!余計なことに時間を取りたくねえ!あとオレは眠い!!ああクソ、やたらデケェ屋敷の人探しは面倒だ!!」
女中たちはばらけ、ナナシは一旦また厨房に戻ってみることにした。もしかしたらいるかもしれない。いたら全力でどつき回す。絶対そうする。そうしないと気が済まないし目が覚めない。そして腹も減った。ナナシは次第に苛立っていった。主に腹減りと睡眠欲のせいで。
「おい善人いやがったら返事しやがれ!!」
厨房についたナナシは、中に向かってそう声をかける。すると
「もう少しで出来るから待っててー」
という、なんとも外れたような声が聞こえてきた。一瞬ぽかんとするが、すぐにはっと我に返りスパアンと厨房の扉を開ける。
「あー、ナナシちゃん待っててって言ったのにー」
「そんなに慌てなくていいのよ、ひいちゃん」
そこには中華鍋でチャーハンを作る善澄 善佳その人と、隣には年老いた女が立っていた。
「……は?」
「あらあらひいちゃん、口が空いているわよ。お閉じなさい」
「え、うん……うん?」
年老いた女はナナシをひいちゃんと呼び、予想だにしなかった光景にぽかんと口を開いているナナシに対し、諭すような言い方で口を閉じるよう促した。まだ状況がはっきり掴めない上に突然、『よく見知った人』が、さっきまで必死に探してた人間の隣に立っているのだ、驚いて口も塞がらない。
「……ばあさん?んでここに?」
「ついさっきウロウロしてる子を見つけてねえ。どうしたのって聞いたら、ひいちゃんの友達でひいちゃんのためにチャーハンを作ってあげようとしてたけど厨房の場所が分からないって言ってたから、案内してあげたのよ。ついでに我が家の味も教えとこうと思って」
「まじかよ……じゃあさっきまで探してた時間は何だったんだ……」
「ひいちゃん、お部屋に案内しなかったの?」
「待ってろって言った。んだがソイツが話してる途中でどっかいきやがった」
「もう、ひいちゃんがお友達を連れてくるなんて初めてなのに。伝えてくれればお茶入れたのよ?」
「出会ってそうそう友達宣言されて帰るっつってんのにカニ歩きで行く手を阻んで付いてくるようなヤツは友達とは言わねえよ……」
ナナシは大きなため息を漏らして顔を手でおおった。そのナナシを見て、年老いた女———ナナシの祖母はころころと笑った。善佳もあははははと笑い出す。
「笑い事じゃねえよ……何だったんだあの苦労……」
【意外な結末を迎えたおにごっこ】
「できた!」
「上手ねえ」
「さっ、ナナシちゃんに持っていきましょう!」
「喜んでもらえるわよ、きっと」
善佳は出来上がったチャーハンを皿に盛り付け、蓮華を添えて一足先に向かった(向かわせたともいうが)ナナシがいる食事処へと向かう。チャーハンからは美味しそうな匂いが漂い、作った善佳も腹を鳴らす。
「ナナシちゃん出来たよー!」
「おー……」
「たんとお食べ!大盛りにした!!」
「ほー……」
頂きます、とナナシは言い、蓮華を手に取り、目の前に置かれたチャーハンの山をそれで崩す。そうして蓮華でひとすくいしたものを口の中へ放り、もぐもぐと咀嚼する。
その間善佳の視線は真っ直ぐにナナシへと向かっている。ナナシの祖母は邪魔しちゃいけないかしらと、早々に食事処を出ていた。つまりここにいるのは、ナナシと善佳、2人だけであった。
ごくりとナナシの喉がなる。
ごくりと善佳の喉も鳴る。
「……うめえ」
ぽそっと出た言葉はとても小さかったが、確かに善佳の耳に届いたようで、雄叫びをあげながらガッツポーズを決めた。
「やった!やった!ナナシちゃんが美味しいって言った!!」
「静かにしろ」
しかしながらナナシの手は止まらない。どんどんチャーハンが彼女の口の中に放り込まれ、皿からは米粒がどんどんなくなっていく。
最終的には米粒ひとつもなく、皿はカラとなった。
「ごっそさん」
「お粗末さまでしたっ」
2人はほぼ同時に頭を下げる。
ナナシが頭をあげたあと、目の前にあるのはニヤニヤと笑を零している善佳の姿であった。
「なにニヤついてんだ」
「ナナシちゃんが私のチャーハン全部食べたなって!」
「うめえもんは食うわ」
「また作るね!!」
「月1でいいわ」
「おっ」
「なんだよ」
「ふっふーん」
どことなく機嫌の良い善佳に、ナナシは訝しむ。なんでそんなに機嫌がいいんだと聞くと、善佳は満面の笑みを返すだけであった。
「これから宜しくね!ナナシちゃん!!これ言うの3回目だけど!!」
「それ聞き飽きたわ」
「えーーー!」
「とりあえず問題行動は起こすなよ、『善人』」
「一文字違う!おしーい!」
そんな会話がいつまでも続いたのであった。
【友達とおしゃべり】
後日。何を勘違いしたのか。
ナナシ邸のナナシの自室に彼女の友達と名乗る少女が乗り込み、バズーカを発射し、
「おっはよー!ナナシちゃん!!」
「モーニングコールは頼んでねえ!!」
随分と騒がしくも、楽しげな朝を迎えることが日課の一つに加えられたのだった。
【仲良きことは、美しきかな!】
つづく
Page:1