複雑・ファジー小説
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- 顔無しの城
- 日時: 2017/08/30 12:42
- 名前: Libretto ◆/Y5KFzQjcs (ID: wHTCUiXd)
白亜の城には、顔無しの魔法使いが住むと言う。
- Re: 顔無しの城 ( No.2 )
- 日時: 2017/08/30 18:38
- 名前: Libretto ◆/Y5KFzQjcs (ID: 9AGFDH0G)
街の外れには鋭い岩山があって、くろぐろとした岩肌にはぽつぽつと小さな林があった。小さいと言っても普通の平野にあれば大きく深い森に違いなく、大人でもしばしば中で迷うことがあった。そして、そんな姿も街から見たほんの一面に過ぎず、裏半分は全てが木に覆われている。この山にとっての本当の森とはここのことだった。
噂がある。この大きく深い、不可思議な森を作ったのは、あるとても強い力を持った魔法使いなのだと。獣さえ迷うこの森を作ったのは、自分の姿を見られたくない一心なのだと。けれども何故姿を隠すのかと言うことには色々な話が飛びかっていた。他愛もないひと見知りだと言うひともいれば、とても醜い顔だからだと言う悪口のようなものまで、声の大小を問わずあれやこれやと。
そして、森にはもう一つ噂がある。魔法使いの城が森の中にあると。象牙の壁に辰砂の屋根、瑠璃の窓。中には自分の作った人形や捨てられた獣を住まわせていて、毎日幸せに暮らしているとも寂しく暮らしているとも。
そんな噂はいつだって子供たちの気を引いた。森の奥にひっそり佇む魔法使い。白亜の家。人形の召使いに捨てられたはずの番犬たち。子供たちの間で語られる魔法使いの城はいつだって夢と光に溢れていた。けれども、誰も魔法使いがどんなのかは知らないから、いつしか子供たちは魔法使いとその城に名前を付けた。
——顔無し。顔無しの城。
人か物かも分からない。男か女かも分からない。どんなひとか分からないから、顔無し。
子供たちは自分たちの素晴らしい名付けに盛り上がって、笑って笑って、そして盛り上がりは「確かめに行こう」に自然と結びついた。
カンテラ一つにナイフを二つ。蝋燭とマッチを一杯に、食べ物とお菓子と水も一杯。全てリュックに詰め込んで、子供たちは嘘を置き去りに街を出た。
- Re: 顔無しの城 ( No.3 )
- 日時: 2017/08/30 21:18
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: CejVezoo)
初めまして、四季と申します。いきなり失礼します。
「白亜の城には、顔無しの魔法使いが住むと言う。」の一行が気になって読ませていただきました。童話のような雰囲気が印象的で、描写がしっかりしているのも凄いなと思います。
本編はまだまだ今からだと思うので、どう展開していくのかワクワクします。
また覗きに来ますね。これからも応援しています。
- Re: 顔無しの城 ( No.4 )
- 日時: 2017/08/30 21:33
- 名前: Libretto ◆/Y5KFzQjcs (ID: ut5SJXpV)
>>3
四季様
此度は拙作をお読み頂きありがとうございます。
他の執筆活動の手慰みにと筆を執った次第ですが、目に留めて下さったなら何よりです。
拙作は童話調のファンタジーを予定しています。文才の及ぶ限り読みやすいものをお届けしたく思っております故、これからもご愛読いただけたなら幸いの限りです。
またのご高覧を御待ちしております。
- Re: 顔無しの城 ( No.5 )
- 日時: 2017/08/31 01:00
- 名前: Libretto ◆/Y5KFzQjcs (ID: ut5SJXpV)
「もう! すぐダメになっちゃうんだから、この磁石!」
「この辺りは下が磁鉄(じてつ)の塊なんでしょ? コンパスなんてすぐに迷子だよ。僕もここじゃ上手く辞書が使えない……」
「えっちょっと、それわたしたちも迷子にならない?」
岩山へ行くまでに親に見つかって連れ戻されたのが二人。岩山を前にして怖くなり逃げ出したのも二人。森を進む中で弱音を吐き、山を下りてしまったのが一人。勇んで山に赴いた子供たちの中で、ついに森の奥までやって来られたのは二人だけだった。
片方は人。木苺のジャムみたいな甘い紅色の目をくりくりときらめかせ、目と同じ色の髪をさらさらと風になびかせて、亜麻色のブラウスや黒い短めのズボンについた砂や泥を払っている。名前をルビーと言って、活発で磊落(らいらく)な女の子である。
もう片方は物。二つ折りの電子辞書の液晶をぴかぴかと点滅させ、黒いコードを長く艶やかに華奢な肩口へ垂らして、袖なしの服の上に羽織ったジャケットの袖口をしきりに撫でている。名前はディクス。ルビーの友達で、博識と冷静さが自慢の少女。
次第に暗く怪しさを増してゆく森の中、一本目の蝋燭にマッチで火を灯す。ガラスのはまったカンテラの奥、ゆらゆらと少し頼りなげに揺れる橙色の光が、ぶなや樫(かし)の木肌(こはだ)を舐めるように照らした。けれどもそれも五本ほどが精一杯で、後は煤混じりの煙に包まれたような暗闇に覆われている。先の見えないその先を、それでもルビーとディクスはまっすぐに見て、決心したように足を踏み出した。
ぱきり、と乾いた枯れ枝が履いたスニーカーの下で折れて音を立てた。それに驚いたのか、乱立する木を蹴立てて鳥たちが空に翔けあがり、ばさばさと激しい羽音を残して消えていく。流石の楽観なルビーも、静寂の中に響く大きな音には弱いようで、肩を竦めてはそろりそろりと朽ち葉を爪先で除けていた。そんな彼女の後ろ姿を見ながら、ディクスは不思議そうに首を傾げて問いかけた。
「そんなことしてもどうせ鳴っちゃうよ」
「だって、怖いわ。来るなって言ってるみたい」
「そう? 僕はわくわくしてるよ。鳥がびっくりして逃げるくらい近くにいる。自分達より大きなものが通るなんて鳥たちは考えたことがないんだ。ねぇルビー、ここを通るのは僕達が初めてなんだよ! これってすごいことだと思わない?」
そう言って、ディクスはルビーの背中を追い越して、それからくるりとその場で身を翻した。液晶の青白い光が微かな線の残像をルビーの瞳の中に遺して、それからぼんやりと霞の晴れるように消えていった。
表情は分からないけれど、ディクスは笑っているように思えた。彼女は博識で冷静だけれど、誰よりも好奇心旺盛で情熱的で、誰よりも未知に一途なことを、ルビーは知っていた。
だから、後ろ歩きで歩いてゆくディクスの隣に、ルビーは並んだ。その手を取り、ぐいと引っ張れば、再び身を返したディクスも付いてくる。そのまま歩みは早歩きになり、小走りになって、いつしか息も切らすほどの疾走に変わっていた。
子供たちの後ろ姿が森の霞に消える頃、岩山で大人たちが声を枯らしていたことを、彼女達はまだ知らない。
- Re: 顔無しの城 ( No.6 )
- 日時: 2017/08/31 16:12
- 名前: Libretto ◆/Y5KFzQjcs (ID: wHTCUiXd)
どんな道をどのくらい走ったら辿り着けるか、分かっていたらきっと後の不安も涙も素敵な出会いもなかったろうと。思い返せばそう思う、複雑なつづら折りの道を、けれど今の二人は全く気にも留めずに走り来た。いつしか枝を蹴立てて進むことなんて全く怖くなくなっていて、どころか藪から顔を出しては虎視眈々と見つめているいくつもの瞳にも気付いていなかった。一度夢中になってしまうと、もうすっかり周りのことが見えなくなってしまうのは、子供らしい視野の狭さと言えた。
シャツや髪の毛に枝を引っ掛けたり、張り出した根につまづいて落ち葉へ飛び込んだり、不思議な色や形のきのこを見つけてはしゃいだりしながら、二人はどんどん駆けていく。そうしてふと気付いたときには、もうすっかり日が落ち、カンテラの火は燃え尽きていて、夜光茸の薄ぼんやりとした青白い光だけが二人の行く道を照らしていた。
「ね、ねぇ。やっぱり怖いわディクス。危ないわ」
「何を言ってるのルビー。僕達ずっとここまで走ってきたんだよ? 悪いやつがもし今までにいたら、きっと今よりずっと前に僕達を見つけて食べちゃってるって。でもそんなことなかった。歓迎されてるんだ」
「だけど!」
「大丈夫だよ。友達の僕を信じて」
ディクスは笑って二本目の蝋燭を点けた。すると、夜光茸の青白さはたちまちお日様色の火に掻き消されて、ずっと奥まで微かに続いていた道は、二人の少し手前で薄暗い靄に一呑みされてしまった。それを見て、ディクスは電子辞書をパタリと閉じてまた開くと、ルビーの腕をぐいと引っ張って、それからカンテラの火を消した。途端に景色は曖昧さの中に立ち消えて、おののくルビーの腕の冷たさが、じっとりと真夏の暑気に湿気る肌に触れた。
蝋燭の光を集めた夜光茸が、先ほどよりもほんの少しだけ青白さを増している。細い獣道の脇にぽつぽつと光る蛍火が、カンテラで見通せない遠さにまで細く細く長く伸びて、迷い込んだ人と物を森の奥へ奥へと誘っていた。
もうこうなると二人とも後に退けない。万に一つもお互いが道を誤らないように、道を間違っても離れ離れにならないように、そのか弱く小さな手をしっかりと握りしめあって、少女たちは森をゆく。
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