複雑・ファジー小説
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- ペンシル・ワールド
- 日時: 2017/11/01 13:52
- 名前: T (ID: ChNEAh8C)
材木屋の息子、というだけあって、木の臭いには敏感だ。気付けば、小学5年生の時から、クヌギの木と別の木を臭いだけで選別し、カブトムシがいる木に自ら出向いていた。その時文字を書くときに使っていたのも鉛筆だ。削るときに発せられる臭いが好きだった。学校で鉛筆を使うたびに、鉛筆の性能を他の子よりも堪能していたと思う。あの大きな木から、この何倍も小さい鉛筆が生み出されているという奇跡。これは、言葉では説明できない感嘆さであった。
時は流れ、現在高校2年になったわけだが、材木屋の息子というだけあり、いまだに鉛筆を愛用・・
してはいなかった。中学の時からシャーペンになった。いつしかカブトムシにも魅了されなくなり、木というものに対しても、全然興味すらなくなっていた。そもそも材木屋であることが自分の人生になんら影響を及ぼすことがなかった。
現在午後5時30分。どこからか「今日も一日お疲れ様、いい子は家に帰って・・・」と区内放送が聴こえ、うっすらと青空もどんよりとしてきた。俺は、友達とバスケ部の帰りだった。真っすぐ家には帰らない。いつも決まってダーツの店とかボーリングに勤しむのが通例だった。明日からはテストのため、今日までの3日間は部活は短時間に設定されていた。なのでかなり遊んだ。
「じゃあな」
5人の連れと交差点の隅で別れ、いつもの家路を歩いた。コンビニ、商店、パチスロ。幾重にも重なる店を通り過ぎ、車の走行音すら響かない曲がり角を抜ける。バス停を横切れば、もう見えてくる我が家。
・・・のはずだったが、そこには家がなかった。ズボンの両ポケットに手を入れたまま、立ち止まった。周りを見回した。いつもの近所。いつもの家々。そして、目の前には、何もない。無い。家が無い。芝生だけが残っていて、完全なる空き地となっていた。まるでUFOにごっそり家を吸収され、持ち去られたかのような虚無感だ。俺は目をつぶった。数秒考えた。一体、何が起こっているんだ?家がない、だと・・・。ありえないじゃないか。そんなことはありえない。家がないなんてない。そんなはずはない。もう一度目を開ける。しかしそこには何もない。いつも帰る家がない。
これは夢なのか?ためしに腕をかなりの力でつねってみたが、何も起こらない。時間は過ぎ、青空も消え、莫大なモヤが辺りを覆った。そんな。一体全体、どうなっている?
- Re: ペンシル・ワールド ( No.1 )
- 日時: 2017/11/03 14:01
- 名前: T (ID: INtznFH6)
午後6時30分。
木枯らしが身体をまとい、いつしか非現実的な世界に引き込まれいるという現実を少しずつ受け入れ始めた。自ら足を進めた家路、見上げた薄暗い群青の空、そして地面。この場所は一種のパラレルワールドなのかもしれないと思った。だって、今朝まであった家が、ないのだから。
冷静になった俺は、父親に電話を掛けることにした。この時間帯は仕事帰りのはずだ。しかし、スマホの電話番号のリストには、父親の番号が記載されてなかった。「父さん」の項目が無い。嘘だろ。マジか。他の友人や知人の名前は記載されていたが、父親、母親、姉の番号、つまり家族の情報が一切スマホから消えてなくなっている。家も無い。家族の連絡先すらも?これは一体・・・。
辺りは暗黒になりつつあり、時刻は18時59分。家の無い場所の前で立ったまま、この状況をどう打開すればいいのか、そもそも何が起こっているのだと懸命に考えていた。家族、家。そして俺。家ごと、丸ごと家族が消えてなくなっている。足元を見つめ、頭が真っ白になりつつあったその時。
バサバサ、と何かがはためく音がした。後方だ。
小さい音ではなかった。かなりの大きな物体がはためいた。その音を例えるなら、大きな鳥が羽ばたく音だろうか。
ゆっくり振り返ると、そこには漆黒の霧の中に、こちらを見ながら仁王立ちする、一人の女性がいた。数秒目が合ったあと、口を開いた。
「お困りですか?例えば、家が無くなってるとか?」
その人は、よくみると女子高生の制服を着ていた。長袖の白いシャツに青いスカート、白い短めの靴下に、黒い革靴。何も持っていなかったが、代わりにとんでもないものを背中からぶら下げていた。
黒い翼が少しずつ閉じていく。その巨大な翼は、彼女自身の背中から生えているのだろう。前から見ても、そう確信できるほどのリアリティだった。
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