複雑・ファジー小説
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- 星火寮は嵐を呼んで。
- 日時: 2017/11/08 00:17
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
寮長たる彼はまたしても頭を抱えていた。新年度になって新たに受け入れる三名の生徒が、またどれもこれも問題児、もとい個性的な生徒であったからだ。
今一度、既存の学生の様子を確認する。喧嘩っ早い警察志望に、ヘイトを集めがちな神童、平凡かと思えば血の気の多い後輩に、毒舌副寮長。あぁ、そう言えば恋愛バカもいたかと思い出す。
設備は古く、人数も少ないこの寮で、どうして自分は他の寮長と比べてこんなにも心労に溺れなくてはならないのだと楓は顔をしかめた。胃薬を手放せなくなって、もう半年は経とうとしている。一年の経験を経て寮長として成長したと思っているが、それ以上に問題児たちが育ちすぎている。
そんなことだから言われるのだ、星火寮は嵐を呼んでくる、と。
〆story
第一話 寮長さんは心労に溺れている。
>>1
- Re: 星火寮は嵐を呼んで。 ( No.1 )
- 日時: 2017/11/08 00:16
- 名前: hiGa ◆nadZQ.XKhM (ID: hgzyUMgo)
生徒の自主性を重んじる、それが竜門高校における唯一にして絶対の校風であった。教師が担当する職務は授業と課外学習における監督のみ、その他のほとんどは全て生徒自身の責任に委ねられている。
それは、部活や委員会の運営など、校内活動、校内設備の場合に限らない。日々の生活、寮の運営ですらも生徒達の手腕が問われるのだ。
そして彼らの闘争心を煽るため、この学園はもう一つ、とある規則を設置していた。
社会へと門扉を構える登竜門と洒落で呼ばれるこの高校において、卒業後の地位を築くには、欲する技能を手に入れたいなら、彼らは才能だけでなく、努力すら惜しんではならない。
創立当初、他の追随を許さぬ一握りの天才が集う寮があった。夜空の星のように、闇を照らすかがり火のように、一際輝く精鋭集団、彼らが住まう寮を人々はこう名付けたとのことだ。
星火寮、と。
「というわけで、私たちが配属された寮はそういう由緒正しいところなんだよ」
「昔は、だろ。今じゃろくでもない生徒の吹き溜まりだってもっぱらの噂だ」
「去年色々問題起こしたっぽいからね。それまではそんな風に言われてなかったみたいなんだけど」
四月三日、入学式を終えたばかりの新入生たちは、各々の帰路へとついていた。道を行く初々しい若者共の制服はどれもこれもおろしたてで、シワ一つ目立たない。広大な、高校の所有地の中心に位置どる校舎から、放射状にその足跡は伸びていく。八角形の形をした敷地の各頂点に、それぞれの寮が聳えている。
赤を基調とした、運動が得意な者が多く属する獅迅寮や、緑を基調とした文化人が多く住まう雅緑寮など、その特性は様々である。
クラス分けの後、生徒手帳が配布されるのだがその手帳に記載されているものを確認することで、初めて自分の所属を知る。クラスの皆がお互いに挨拶を交わし、同じ寮の人と連絡先を交換している中で、彼ら二人はお互い、クラスの中でとあることに感づいていた。
「それにしても、他の生徒は群れて帰ってるが、俺たちだけやけに少なくないか」
少年は、前を見渡しても後ろに振り返っても同級生一人見つからない様子を怪訝に思い、隣の少女に尋ねた。何故だか白衣を制服の上から着ている彼女も、何でだろうねと小首を傾げた。頭の後ろで束ねられた髪もゆらりと揺れている。
これは先生から聞いた話なんだけど、そう前置きして彼女は伝え聞いた話を語り出す。中指でクイと眼鏡の位置を整え、得意気に説明し始める。
「私たちが行く星火寮は新入生が三人しか配属されてないみたいなんだよね」
二人が気づいたことは、同じクラスに所属寮が同じ生徒がいなかったということだ。普通、クラスに三から七人は同じ寮の者が配属されるものなのだが、この二人はお互いのクラスの中において、一つ屋根の下の生活となる同級生が誰一人見つからなかった。
不思議に思った少女は担任に尋ねたらしいのだが、その答えは単純明快で、配属人数があまりに少ないから、というものだった。
しかもそのうち一人は何とアメリカからの留学生であると、自分のことでもないのに誇らしげに少女は言う。続く話を聞いてみると、どうやらその留学生は帰国子女入試の後、一足先に入寮を果たしており、今日の入学式も諸々の手続きのせいで行けていないらしい。
とすると、今ここで誰かとすれ違うことは確実にないのかと少年は納得した。少し寂しいようにも思うが、それでも数少ない同期の一人が小さな頃からのご近所さんで、父親同士が仲良しと言うのはありがたい。
それにしてもどうしてこんなに配属人数の少ない寮があり得るのだろうか、不思議でならなかった。この学園の全校生徒は千五百強。単純に八で割ると二百弱はいてもおかしくない。
実際のところ確かに寮によってその人数にばらつきはある。最も人数の多い陽光寮は五百人以上、逆に少ないと言われている黒曜寮だと五十人だ。
そう、五十人でさえ少ないと言われるのだ。
「星火寮の総生徒数って、龍堂は聞いてるのか?」
「うん、聞いてるよ。私たちを入れて十人かな」
先生から評判のいい人も、悪い人もいるらしくて両極端だよねと、平坦な口調で少女は呟く。龍堂 柚香(りゅうどう ゆうか)はあまり取り乱しはしない。父は医者、母は薬剤師、共に他人の命を預かる職の両親を持つため、柚香自身も泰然自若とした精神に育て上げられた。
それは隣にいる少年、柚木 龍馬(ゆうき たつま)も似たようなものだった。父親が凶悪犯罪を取り締まる立派な警官であり、時たま被疑者の抵抗により大怪我を負ってくることもあったので多少のことで慌てることはない。自分が星火寮に配属されたと知っても、そこがどういった場所か龍堂から伝えられても今一反応が薄いのはそのためだ。
そろそろ着くのではないか、地図を見ながら龍堂は呟く。星火寮の初代寮長の像の立つ角を曲がると、木々の向こうに寮の頭が少しだけ飛び出ていた。並木道かと思ったがそうではなく、近くに立てられた手作りの看板に果樹園と書いてある。林檎や柿など、種類ごとに一列に並んでいる。味のあるイラストつきのその看板は、最近作られたものらしく木の断面は生き生きとしていた。
樹木の間を突っ切ると、開けた場所に出た。寮の真正面のようで広い玄関が目に入る。少し見上げてみると、壁の目立つところに寮のシンボルがかかげられていた。星のシルエットの後ろに炎が燃える、寮の名前に相応しいシルエット。よく目をこらすとさらに背景には北斗七星も刻まれているようだ。
北極星のように、ぶれずに一際強く輝いて、人々を導く人になりたい。そんな意志がこめられて作られたエンブレムだとは、二人はまだ知らない。
「あら、案外早かったわね。柚木くんと龍堂さん?」
寮に入らず、真正面からじっと眺めていると、突然玄関口の方から声がした。中から一人の女性が現れる。はい、そうですと答えた二人は、次の瞬間、ほんの少しの間だけだが、歩み寄る彼女の姿に見とれた。
一般的な男子高校生と並ぶほどの身長にスレンダーな体、顔は小さく目鼻立ちも綺麗に整っていて、どこかモデルのようだった。髪は首に少しかかる程度で、綺麗な黒髪だった。
ただし同時に、向かい合ってみると二人ともやけに緊張した。氷でできた美女の彫像と向き合っているような気分だ。綺麗に整っているからこそだろうか、無表情だからだろうか、立ち振舞いにあそびがないからだろうか、精巧なアンドロイドのようにも見える。
先程発せられた声も、彼女自身にとっては普通の声なのだが、投げ掛けられた龍馬たちにとっては尋問に似た刺のような印象を彼女から得た。
「聞こえなかったかしら?」
「いえ、すみません。見とれてしまって」
仕方がないので正直に思ったままを龍堂は口にした。そう、と短く、興味なさげに彼女はあしらう。どこかその声からは「そんな言葉もう聞きあきた」というニュアンスが含まれているのが感じ取られた。ただそのニュアンスに嫌みは特に無く、むしろ心の底からの嘆きのようなものが伺い知れた。
「他の人呼んでくるから、待ってて」
そうピシャリと言い残して氷室はまた中へと戻っていく。どうやら、これから共に過ごす人たちを呼んできてくれているようだ。
自分でも萎縮する相手がいるのかと龍馬も龍堂も驚いたが、その印象とは裏腹に先程の女性は実のところは優しいところもあるのだと察した。
「今の人、美人さんだったね、龍馬」
「あぁ。でも俺は少し苦手かも」
「自分も似たような性格の癖に」
ふふっと、楽しげな声を漏らしてついつい笑ってしまった龍堂の言葉を龍馬は否定した。
「僕の方は、そうでもないだろ?」
「確かに、そっか」
待つこと五分、果樹園には果たして何の木が植わっているのかと観察しながら待っていると、何人かの生徒が中から現れた。端から数えてみると、七人。自分達二人を合わせても九人であり、龍堂の情報と比べると一人足りない。
「あれっ? 寮長さんどこ言ったんです?」
「楓は入学式に出てたから。上級生代表」
「あー、会長さんですもんね」
「タカシン、これ何?」
「新入生来たし、自己紹介じゃない?」
「あぁー、納得」
「サラ、あの二人があなたの同級生よ」
「同じ新入生か。仲良くならねば、だな?」
この人数なのにまとまりがないなぁと龍馬も三秒で呆れ返った。こんなんで自己紹介なんてできるのだろうか、そう思った矢先に後ろから走り寄る足音が聞こえてきた。やってきた学生には龍馬も龍堂も見覚えがあった。
つい先程、入学式で上級生代表として挨拶していた生徒会長である。さっき少し聞こえてきた会話の内容からすると、それで間違いない。
「七十二代目寮長の楓 秀也(かえで しゅうや)だ。よろしくな」
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