複雑・ファジー小説
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- 手折られた花の行方
- 日時: 2019/01/31 13:06
- 名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ (ID: P37QCNCD)
- 参照: http://twitter.com/imo00001
『人間が今よりも善い人間になるのは、木が体だけ大きくなってゆくのとは異なることだ。樫の木が三百年の間、立ち尽くし老いさらばえて材木となって倒れてゆくのとは違う。それよりも、僅かな時を生きる五月の白百合の方が立派だ。例え一晩で萎んで死んでゆくにしても、未来永劫、光を宿す草花であったからだ。小さいものにはものでそこに美がある、ほんの僅かな時の中の命にも、素晴らしい人生はあるのだ』
それが真理だしても、少女は美しく装飾された死をその手に取らなかった。彼女が望んだものはただ一つ。不完全でボロボロに擦り切れた生という希望のみである。
———
こんにちは、ポテト侍です。本小説は私が参加させていただいているリレー企画とは全くの別であることご理解ください。また、陰惨な描写が度々出てくるのでその点をどうかご留意くださいませ。
『』内の詩はベン・ジョンソン作 詩集“underwood”(1640)の一節を抜粋した内容となっております。
各章のタイトルは
・平井正穂 編(1990)『イギリス名詩選』岩波文庫
・亀井俊介・川本皓嗣 編(1993)『アメリカ名詩選』岩波文庫
・安藤元雄・入沢康夫・渋沢孝輔 編(1998)『フランス名詩選』
より引用しています。
※No.7に加筆しました(2018.9.13)
※No.8に加筆しました(2019.1.31)
- Re: 手折られた花の行方 ( No.1 )
- 日時: 2017/11/28 23:11
- 名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ (ID: UcGUlfNK)
- 参照: http://twitter.com/imo00001
1.The Going(旅立ち)
もしもあの世界が私の狂気じみた妄想でなければ、本当に狂っていたのはあちらの世界なのでしょう。
気の置けない友人達にそのことを話しても、疲れているのだ、質の悪い白昼夢を見ていたのだと笑われるばかり。皆が揃いも揃ってそういうのですから、私の体験は現実とはかけ離れた薄暗い悪夢の中の話だったと結論付けました。ですが、あれを夢だったと納得しようとすればするほど、得も言われぬ違和感がぷくぷくと膨らみ、私の思考を蝕んでいくのです。忘れも致しません。昨日のことのように思い出せますとも。サバンナのように荒涼とした、それでいて生命芽吹くたくましい景色が鮮明に私の網膜に焼き付いているのですから。母のように慈しみ深く頬を撫でてくれた風の感覚もしかと覚えております。これが仮に夢だとしたら、なんてリアルな夢でしょう。そしてなんておぞましいことでしょう。貴方は想像できますか? あの幻想から帰還したあとの私の生活が! 下世話な話に花咲かせる瞬間も、恩師からご鞭撻を受けている時ですら、ここが夢なのかもしれないという妄念が私の頭を離れないのです。何かしらの作業に没頭していても視界の隅をちらつき、私の風景から外れることはありません。あちらの世界の情景が私に迫ってきたこともすらあります。電車の中で声を上げ、乗客から奇異なモノを見る目を向けられました。見間違うはずもありますまい、今の私は狂人のソレでございます。きっとこの話を聞いている皆々様も同じようなことを推していることでしょう。だからこそ話しておく必要があるのです。私が何故このような悪夢に囚われるようになったのかを。
ここまで書くと、タン、と小気味よい音と共にキーボードを叩く手が止まった。チカチカと無機質に光る画面の中には無個性な文字が行儀良く並んでおり、さながら蟻の行列のようであった。
時間は既に19時を過ぎ、窓の外から見えるのは墨汁を溶かしたような真っ黒な空のみである。そういえば今日は雨が降るのだったと篠崎弥生は背もたれに身体を預けながらぼんやりと考えていた。長時間パソコンのライトに照らされた瞳は草臥れ、蛍光灯の光でさえズキズキと痛む。眉間を指で抑えてみるものの、効果らしい効果は見込めず目と目との間が赤くなるだけで目の奥は針で刺すような痛みが続いている。再び小説に視線を落とすが、二度三度と見直す彼女の顔は険しく、ビームカーソルが急かすように点滅している。もはや書き直す体力は残っていない。保存をせずにパソコンの電源を落とすとプツリと音を立てたっきり、暫し静寂が訪れる。画面に映る自分の顔ひどくげっそりとしていて、真っ黒な画面も合い余って死人のような顔色だった。昨日には無かったニキビや吹き出物が頬やおでこにプツプツと浮き出ており、触ってみると内側からピリピリとした痛みを感じる。ストレスは美容の大敵というのはあながち間違いではないのかもしれないなどと心の中でごちて学生鞄ともう一つ、二回り小さいケースをもって席を立つ。今日の夕食はハンバーグだと母から連絡が入っていた。
普段は多くの学生でごった返す廊下は風が窓を叩く音のみが大きく聞こえて暗澹としている。昇降口までの道筋を照らす蛍光灯も頼りなくチカチカと点滅ばかりで不安を煽っているかのよう。早足で階段を駆け下りていた弥生の足が一階と二階を繋ぐ薄暗い階段の踊り場でピタリと止まった。踊り場から見えた階下、普段よりも一層静かな廊下に人影が見えたのだ。普段ならば、別段感情を抱かぬ人の気配が、夜の学校となるとどうしてこうも鬼胎抱かせる存在になり得るのか。前へと進まねばならぬのに、足に根が張ったように動かない。ハラハラと汗だけが流れ、自由を許されている瞳ですら下方をただ凝視するのみ。やがて聞いたことの無い鼻歌が聞こえてくる。恐らく異国のモノだろう。鈴を転がしたような澄んだ声が誰の声か確かめる必要もない。淡い光に照らされた人影。幽界に佇んでいる影法師の正体は年端もいかぬ少女であった。
- Re: 手折られた花の行方 ( No.2 )
- 日時: 2018/09/03 21:37
- 名前: ポテト侍@スマホ ◆jrlc6Uq2fQ (ID: 3WUuRto.)
- 参照: http://twitter.com/imo00001
彼女のことを人形だと言われても何ら違和感なく受け入れられると弥生は確信していた。癖のない月の光を集め編んだ淡いプラチナブロンドの髪は腰まで伸ばされ、蛍光灯の光に照らされキラキラと微光を放っている。ホリが深く、メリハリのある顔つきはのっぺりとした顔に慣れていた者にとっては神秘的な偶像を見てみる気分にさせるだろう。アクアマリンのように澄んだアイスブルーの瞳は、ずっと眺めていたくなるほどに美しい。鼻はスゥと筋が通っているのに、天辺は丸みを帯びていてうら若き少女の残滓が感じ取れ、器のように白く汚れない肌は同性ですら惹き付ける魅力があった。そのように可憐な少女がこちらを見上げニコニコと笑っている。天使のように!それが単なる日常の一ピースであったならば、心躍る出来事であったろう。だが、夜の学校に見慣れぬ少女が、しかもたった一人でこちらを見据え笑っているのだ。その大きな瞳を三日月のようにキュウと細めて。さも、この出会いを心の底から喜んでいるかのように。薄気味悪さを覚えない者はいない。無論弥生もその一人であった。階下の少女から目を離さず、足だけはジリジリと後ろに下げる。気にした様子はなく、少女は口を開いた。
「Hello」
異国の言語が流暢に少女のぽってりとした唇から放たれる。やはりと思う反面がっくりした。一瞬なんて答えるべきか、そもそも答えて良いものかと一瞬の迷いが生まれたが、害意が見えぬ少女の挨拶を無碍には出来なかった。
「は、はろー」
どこか初々しく挨拶を返したのは、警戒していると同時に異国人と触れるケースが極端に少ない顕れであろう。愛想笑いを浮かべながらも頭の中では何と返すべきかひたすらに考えを巡らせていた。しかし、教師の顔は思い出すことはあっても三日前に習った内容までは思い出せず。自身の記憶力の悪さに辟易とする。異国の少女は更に笑みを深めカツンと階段に足をかけた。ギョッと目を見開いた弥生を尻目に更にカツン。カツンカツンカツン。白いレースのついたスカートが動きに合わせてふんわりと揺れて距離を詰めていく。思わず後退った女を更に追いつめ、ついには青い瞳に自分が映っていると確認できるほどの距離まで詰められる。瞳の中の自分の顔は引き攣り今にも泣きだしそうなほど情けない顔をしていた。ひんやりとした壁の感覚が布一枚を隔て伝わってきて、この時初めて汗を掻いているのに気がついた。弥生は何故この少女にここまでの恐怖を覚えるか分からなかった。日常にはない異物を恐れるのは生物としての性なのだろうが、この非力に見える少女ならば最悪はっ倒して逃げることも可能だろう。だのに、胸の奥底から沸き上がってくる不安は何なのか。苦手な蛇が目の前にいるときとは異なる。もっと原初的な恐怖だ。DNAに刻まれた“私という自我”が、本能が語りかけてくるような恐怖。内側から身を食まれていくような感覚に足がガタガタと震え思わずへたり込んでしまいたかった。この際見廻りの守衛でも通りかかってくれやしないかと淡い期待を寄せてみるが、足音はおろか、先程まで窓を叩いて風の音すら皆無である。(繁華街の喧噪すら恋しい)やがて舐めるようなに弥生を上から下まで見回してた少女の視線は弥生が持っている黒いケースへと向いた。白魚のような指が其れを指さす。
「What's in the bag?」
言葉の意味を理解するのに五秒ほどかかる。少女が指差しているのは弥生が所属している吹奏楽部で使う楽器が入っている。中学時代から変えずに使っている故、表面には細かい傷や凹みで不格好に変形し、角の所は、ところどころ生地の白い生地が見え隠れしていている。決して綺麗とはいえる代物ではなかったが、彼女は恐怖を覚えてもなお、それを手放そうとはしなかった。少女はそのことを知っていた。知っていてなお、問うたのだ。
「あ、えーと、クラリネット」
弥生の返答に少女の柳眉が僅かに眉間に寄った。
「Clarinet?」
「い、Yes.あーと、Myトレジャー」
一言じゃ素っ気ないことを思い出した故の余計な気を回した結果だった。然様な些事を思い出せるくらい気が回せるならば英単語の一つや二つ思い出せそうな気するのだが、如何せん緊張の渦中にいるのだ。ただでさえ緊張に弱く、パニックを起こしかけている頭では真面なことを思いだせるはずもない。そして追い打ちをかけるように次に少女が発した言葉は弥生を更に混乱させることになった。
「へぇ、なるほどね」
英語と同じくらい流暢に飛び出た言葉は弥生の驚かせるには十分すぎた。どの日本人の発音よりも日本人らしい、それぐらい行儀のよい発音だった。多重言語者、バイリンガル、マルチリンガル、二カ国語話者と言った言葉が頭の中を飛び交い、呆気にとられる。動揺したことで、ケースを持つ手が一瞬緩んだのを少女は見逃さなかった。その麗しき少女は弥生が握っていたケースの取っ手に手をかけると弥生とは逆の方向にグイッと引っ張ったのだ。よもやこのようなことが起こるとは思ってはおらず一瞬反応が遅れたが、とられないよう腕に力を込めた。弥生もケースをあえて左右に振ったり、自分の方に引っ張ったり、と屠殺場の家畜のように渾身の力で奪われまいと抵抗したがまるで相手にならなかった。上半身だけではなく下半身まで前に引っ張られ、宙に浮いた右足は空を蹴った。左足の踏ん張り空しく弥生の体は廊下に倒れた。うら若き少女の細腕のどこにそこまでの力を秘めているのか。痺れる様な痛みを訴える左腕。血の味がする口内。どうやら中を切ったらしい。自由が効く右手で口を押さえながら上げた目線の先には自分を引き倒した少女と目が合う。なんて凶悪な笑顔をする子だろうと思った。笑顔なのに先程とは異なり、悪意を隠そうともせず口角のを吊り上げる少女を悪魔の化身かと思ってしまう。弥生に何か言われる前に「Sorry」と一言と残し脱兎の如く階段を駆け下りた。タンタンタンと階段を駆け下りる音だけが無情に響き、そして、昇降口ではない、闇に支配されている廊下へと消えていったのだった。
- Re: 手折られた花の行方 ( No.3 )
- 日時: 2018/09/03 21:22
- 名前: ポテト侍 ◆jrlc6Uq2fQ (ID: 3WUuRto.)
- 参照: http://twitter.com/imo00001
自分への不甲斐なさと少女への怒りに瞼の裏に涙が溜まるが、口を真一文字に結んで耐える。痺れが残る手でスカートの埃をはらい、壁を支えに立ちあがった。弥生がすべきことはとうに決まっており、強打した右足を引き摺り、亀のように緩慢な動きで守衛室へと向かう。右の膝からは血が滔々と流れ、鈍い痛みを常時発している。風呂に入りたくないと思ったが、プールの授業があったことを思い出し、断念する。泣かない弥生の代わりに流れ伝う血液が紺色のソックスを更に黒く染めていき、どうして私がこのような目に遭わねばならないのかとごちりたくもなった。だが、それよりも楽器の入ったケースを取り戻すことが彼女にとって最も優先すべき事だ。来月の半ばにはコンクールも控えており、練習しないで本番に臨むには自らの技量が足りぬ。そもそも、普段から行っていたことを一日でも欠かすとなんとも落ち着かない気分になるのだ。
さて、ノロノロと暗い廊下を歩いて行けば「守衛室」と書かれたドアがようやく見えてくる。随分時間がかかってしまったのは途中の廊下で明かりがつかず手探りで向かったからだ。何回脱ぎ捨てられたズックや落ちてるプリントを踏んで転びかけただろうか。窓にはカーテンが敷かれているため、中の様子を窺い知ることは出来ない。しかし隙間から漏れる細い光とテレビの音声は安堵を与えてくれる。少女は相変わらず校内を歩き回っているらしい。パタパタと廊下を走り、階段を上り下りする音が何度も耳につく。トントントンと軽い調子でノックをすると一拍子置いて「はい」と返事が返ってくる。「あぁ良かった。ここは私の知る日常だ」と嬉々としてドアノブに回しながら目いっぱい押した。錆びかけた蝶番は甲高い金切り声をあげて扉の先の風景が飛び込んでくる。「すいません」と声をかけようとした瞬間、唐突に刺すような鋭い光が視界を奪った。反射的に腕で目元を覆い目を伏せたが、目の奥がチカチカと光っている。顔を上げず、ドアノブに手を伸ばしたが、ドアノブに手が届くことはない。ハッとし、顔を上げるとドアノブどころか守衛室の扉ごと消えていることに気がついた。突然の非日常に一瞬思考が追いつかないが、逃げなくてはと思ったのだろう。背後にあるはずの暗闇に駆けようとしたが、シルクの様に柔らかい光の帳が既にかかり彼女の逃げ道を塞いでいた。駭然とした少女の足下もついにピカピカと輝きを放ち、誰かに助けを乞う声ごと光の渦に呑み込まれ消えた。守衛室の看板があった場所には古惚けた掲示板が立てかけてあるのみで、その前を懐中電灯を持った中年の男性が通り過ぎていく。だが、何かを思い出したかのように立ち止まると一度踵を返すと掲示板の前に戻ってくる。『校外学習の実施について』というプリントを外して新しく『文化祭の模擬店募集』のポスターを張った。文化祭実行委員会に頼まれていたのだ。これでいいと大きく頷くと腰にぶら下げていた懐中電灯を手に、外から聞こえる梟の声を聞きながら再び夜の校舎を歩く。弥生と異国の少女がいたことなど彼は知る由もなかった。
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