複雑・ファジー小説
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- すべての罪を消し去ることができたなら
- 日時: 2017/11/24 23:47
- 名前: アポロ (ID: cdCu00PP)
もしもこの世から犯罪が消えたら、どんなにいいだろう。
悲しむ人が減る?
死ぬ人が減る?
誰もが幸せになれる?
本当にそうだろうか。
すべての犯罪が、すべての人を不幸にしているのだろうか。
学生の頃、そんなことを考えたことがある。
自分のようなただの学生が考えたところで勿論結論は出ないし、出たとしても国を変えられるわけではない。
犯罪とは、法に反することを言う。
この国で法を犯せばそれは罪となり、何らかの形で償わなければならない。
だが、犯罪者には必ず心が存在する。
勿論それが良い心だとは限らない。
むしろ、悪いことが殆どだろう。
憎しみは犯罪を生み、悲しみは憎しみを生む。
どんな事象にも必ず人間の心が関係しているはずだ。
2040年、日本は犯罪のない世界を生み出した。
いや、それは犯罪がないのではない。
犯罪を、"なかったこと"にする世界だった。
【登場人物】
#九条夏樹 Natsuki Kujo ♂ Age26
警視庁の刑事。
犯罪を予知するコンピュータシステム"NOAH"には反対している。
#成海飛鳥 Asuka Narumi ♀ Age24
科学者。若くしてNOAHの開発及び運営、研究に関わり、警察に協力している。
九条と出会ったことにより、NOAHへの不信感を抱き始める。
#本郷孝次 Takatsugu Hongo ♂ Age42
科学者。NOAHの開発及び運営に関わるグループのトップ。
NOAHに絶対的な信頼を寄せている。
#ノア Noa ♀ Age19
19歳の天才少女。本名不詳。
犯罪を阻止するためのコンピュータシステムであるNOAHの開発者。
一種の精神病を患っており、口数が少ない。
- Re: すべての罪を消し去ることができたなら ( No.1 )
- 日時: 2017/11/18 02:56
- 名前: アポロ (ID: jBbC/kU.)
File01 【 すべて完璧なもの 】
「突入まで、5秒前。5、4、3、2、1……」
無線に声が届いた。
「突入!!」
大きな声が届いた時、夏樹は素早く走り、豪邸に入り込んだ。
中にいた男は驚いた表情を浮かべながら「な、なんだお前達は!」と夏樹たちを見た。
こちらには夏樹を含めて20人。
「権藤だな?殺人容疑で逮捕する」
夏樹の上司にあたる男、三上はそう言って権藤の腕を掴んだ。
「な、なんの話だよ!俺はなにも知らない!」
権藤は焦った表情で言葉を発する。
三上は「はいはいあとで話聞くからね〜」と言いながら彼をパトカーに入れた。
夏樹は拳銃をしまうと構えをやめる。
「九条、床下調べろ」
三上が言う。
夏樹は「はい」と返事をすると、床を外し始めた。
中には人骨がある。
「遺体、ありました」
夏樹がそう言うと、捜査員たちが次々と来た。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「九条、会議遅れるなよ」
自販機の前でコーヒーを飲んでいると、三上が声をかけてきた。
「あ、はい。今行きます」
夏樹はそう言うと紙コップの中のコーヒーを一気に飲み干し、ゴミ箱に捨てるとすぐ三上の隣まで小走りで行った。
「会議って?」
夏樹が言うと、三上は歩きながら答える。
「"NOAH"だよ」
「またNOAHですか」
「ま、仕方ないさ。お陰で俺たちも前より楽に仕事ができてんだ」
「警察って、楽することがいいんですかね」
「お前そんなこと言ったって仕方ないだろ。人間は楽する生き物なんだよ」
「そうかも知れないですけど…」
「お前みたいなこと思ってるやつは少なくない。いずれこんなの廃止になるさ」
「だといいんですけどね」
2人はそんな会話をしながら会議室に入った。
"NOAH"というのは、2040年現在犯罪捜査に用いられているコンピュータシステムのとだ。
ノアという本名不詳の17歳の少女が開発したシステムらしいが、このシステムは今や世界でも認められている程のものだ。
元々DNA鑑定やその他の科学捜査も導入されて検挙率が上がっていたが、この"NOAH"によって検挙率は更にぐんと上がった。
NOAHはまだ研究段階ではあるみたいだがそれはほぼ完成していて、お陰で日本の検挙率は99.9%まで跳ね上がった。
そのせいか、犯罪率もかなり下がった。
年間の犯罪総数は従来とは比べ物にならないほど犯罪を犯す人間は激減したのだ。
そもそも"NOAH"のコンピュータシステムは、従来通りDNA鑑定のようなものだ。
だがそれは、指紋や汗、血痕だけでなく例えば布類に付着した微細な物からでも犯人の特定ができる、というものであった。
NOAHのコンピュータの脳には日本に住んでいる国民の顔や指紋がすべて記録されている。
また整形してもわかるよう、基盤となる顔まで作成が可能らしい。
さらにNOAHのシステムは既に起きてしまった犯罪を捜査することはもちろんなのだが、何より新しいのはこれから起こる犯罪を予知する能力があるということだ。
犯罪を予知することで事件は未然に防げる。
起きたとしても早急に検挙することができる。
NOAHはどんな犯人も逃がさない、まさに完璧な犯罪捜査システムなのである。
- Re: すべての罪を消し去ることができたなら ( No.2 )
- 日時: 2017/11/20 00:48
- 名前: アポロ (ID: cdCu00PP)
「以上が、NOAHについての説明です」
白衣を着た男が言った。
細身で顔は割とモテそうで、少し偉そうな男だ。
隣には背の低い、メガネをした若い女が一人。
後ろでパソコンを操作している男たちが5人いる。
彼らがNOAHの研究者たちのようだ。
この日はNOAHが導入されて半年、今更とも思うが科学者たちとの顔合わせだった。
もちろん、夏樹よりもずっと上の階級の奴らはずっと付き合ってきた科学者たちだ。
「紹介が遅れましたね。彼らを紹介しよう」
前にいる警察官が言った。
「本郷です。一応、NOAHの研究チームのリーダーを務めています」
先程説明をした男がそう言って頭を下げた。
次に、隣いた若い女がメガネを外してマイクを握った。
「本郷先生と同じく、NOAHの研究チームで捜査に協力させて頂いています、成海と申します」
成海はそう言って頭をさげ、メガネを元に戻した。
「なあ、あの子、結構可愛くね?」
夏樹の隣に座っていた同期である新藤が小声で言った。
夏樹は「そうか?なんか堅物そうじゃないか?」と小声で答える。
「顔だよ顔。確かに何か気強そうだけどさ」
「顔ねぇ…いや、幼すぎ。とても科学者には見えねえや」
「それは言えてる。科学者ってよりは保健の先生って感じ。てか、1人だけ女の子だし、あの子だけすごい若くないか?俺たちより若く見えるけど」
「確かにな。俺たちよりは年下だろうな」
二人がそんな会話をしていると、三上が「お前ら、静かに聞け」と言ってきた。
2人は小さく「すいません」と頭を下げた。
そして全員の自己紹介を終えた。
「質問がある方はいらっしゃいますか」
本郷が言った。
夏樹はつい、手をあげてしまった。
「そこの、男性の方」
本郷はそう言って夏樹を指さした。
夏樹は立ち上がり、本郷を見る。
「一課の九条です。あの、NOAHの実力はわかってるんですけど、それって誤作動とかないんですか」
「ありませんよ、絶対に」
本郷の言い方に、疑問を感じた。
夏樹はさらに言う。
「なぜ、言いきれるのですか」
「この半年、NOAHに誤作動はありませんでした。現に、警察の皆さんのお役に立てたと思っております。こういうのはなんですが、今までの日本の検挙率はとても良いものでは言えませんでしたよね。その検挙率を大きく上げたのはNOAHです。九条さんもわかってますよね。だから、というのはおかしいですが、研究段階で誤作動がなかったんです、この先NOAHはもっと改善されていきます。誤作動なんか、我々が起こさせませんから」
本郷は自信たっぷりに答えた。
- Re: すべての罪を消し去ることができたなら ( No.3 )
- 日時: 2017/11/24 23:46
- 名前: アポロ (ID: cdCu00PP)
「けどそれって、本郷先生の意志なだけで、理屈は通ってませんよね」
夏樹がそう言うと、本郷は微笑んだ。
「九条さんは、NOAHに対してどうも反対派のようですね。なにか、理由でも?」
「いや特に。ただ、コンピュータなんて所詮人が作り出したものです。人が作った以上、必ずエラーが生じないなんてことは有り得ない、そう思うだけです僕は」
「でしたらこの検挙率、どうお考えですか?失礼ながら、以前の警察はろくに犯人を検挙できずにいたではありませんか。違いますか」
本郷にそう言われ、夏樹はなにも言えなくなってしまった。
確かにそうだった。
NOAHが導入されるまで、迷宮入りした事件が幾つあっただろう。
NOAHが導入されてから迷宮入りした事件は1つもない。
これが事実だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「お前あの先生ともう仲悪くなってやんの」
会議が終わり、対策室に戻った新藤は笑い飛ばすように言った。
夏樹は悔しそうな表情でコーヒーを飲む。
「うるさいな。あんなコンピュータ、何か嫌なんだよ」
「でもNOAHが導入されてから、本当に検挙率がぐん!と上がったのは事実だし、そもそも事件が起こりづらくなったのも事実だよな。俺だって認めたくないけど、あの科学者たちは本当にすげえよ」
新藤もそう言ってコーヒーを飲んだ。
彼らがすごいことなどはわかっている。
日本を変えたのは彼らだ。
彼らは本当に尊敬に値する人間なのだ。
「ま、そう難しく考えるなよ。NOAHも捜査の一環。科捜研とか、鑑識とか、そういう認識でいればいいだろ」
新藤はそう言いながら肩を叩いてきた。
「…だよな」と夏樹も小さく微笑んだ。
すると、ファイルを持った三上が入ってきた。
「無駄口叩いてないで、事件発生だ。現場に向かうぞ」
言われ、夏樹はコーヒーカップをデスクに置くとすぐさま立ち上がった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「被害者は40代男性。金品が盗まれていることから強盗のセンあり」
現場は都内のマンションの一室だった。
夏樹たちが入ると、鑑識の男が説明をした。
夏樹が部屋に入ると、そこにはナイフで背中を刺された状態の男が横たわっていた。
夏樹は手を合わせ、男性を見る。
かなりの出血量だ。
何度も刺されたようで、刺し傷が無数にある。
当たりを見渡すと、広い部屋には大きな窓があり、高級そうな家具がたくさんあった。
「被害者の職業は?」
夏樹がそう言い、鑑識員が答える。
「パチンコ店を幾つか経営していたようです」
なるほど。
道理でこんな大きな家に住めるほどの財産を持っていたわけだ。
しかし、こんないいマンションも次からは誰も入らなくなるのだろう。
事件が起きた、それも殺人事件が起きた家に住みたがる人間はそういない。
俺なら無理だ、夏樹はそう思った。
それより気になったのは、NOAHの予知能力のことだ。
何度か、事件を予知して未然に防いだことがある。
まだ研究段階のようで、予知が正常が作動するかどうかは科学者たちにも予測ができないという。
今回の殺人はなぜ予知ができなかったのか。
夏樹は死体を前にしてそのことが気になってしまった。
最近はNOAHのことに固執してしまう癖があった。
新藤が言ったように、NOAHも科捜研と同じだと思えばいい。
だが、今更この最新技術が導入されたことがどうしても悔しいのだ。
なぜもっとはやく導入できなかったのか、と。
「九条」
三上の声でハッとなった。
「あ、なんですか…」
夏樹は驚いたように三上を見た。
三上は「どうした、ぼーっとして」と尋ねる。
「いえ、ちょっと考え事してて。すいません」
「そうか…お前は新藤と一緒に被害者の周辺聞き込みしてこい」
「わかりました」
夏樹はそう言って新藤を見ると、2人はマンションを出た。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「どうしたんだよ、ぼーっとして」
歩きながら新藤が言った。
「いや、別に何も無い」
夏樹はそう言って微笑んだ。
「…九条って、たまに不思議なときあるよな」
「不思議?なんだよそれ」
「なんつーか、何考えてるかわかんないし、なんかあったのかな…って」
「別になにもねえよ。新藤が心配することじゃない」
「俺たち同期だし、九条は隠し事が多い気がする」
「隠し事なんか何もない。俺はいつも、今日仕事が終わったら何食べようかなーとか、そんなこと考えてるだけだ」
夏樹はそう言って笑い飛ばした。
新藤はどこか不満そうに「そっか」と呟く。
「ありがとな、新藤」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それはここ10年間で1番の降水量を記録した大雨の日のことだった。
外は荒れ、雷も鳴っていた。
そんな気候は13歳の少年にとって恐怖でしかなかった。
「ママたち、買い物に行ってくるからちゃんと待ってるのよ」
父と母はそう言って少年の前から姿を消した。
こんな大雨の日に?
なんてことは少年でも思ったことだった。
デパートに行くのに、別に今日ではなくてもいいのではないか、と。
もちろん、行く意味もわかってはいた。
この日は少年の誕生日であった。
両親は、少年のケーキを買いに行くと言った。
少年はこの家が経済面が恵まれていないことくらい知っていた。
「僕、ケーキいらない。嫌いなんだ」
少年は言った。
だが両親は買いに行くと言ってきかなかった。
どちらが子供だかわからないほどに。
少年がケーキをいらないと言った理由には金銭面のこともあるが、この悪天候を気にしたこともあった。
こんな天気の中外へ出るのは危険だとテレビで言っていたのだ。
それなのに両親は出て行った。
そこまでして少年にケーキを買ってやろうという親心だろうか。
少年は降り注ぐ雨を見ていた。
だがどれだけ時間が経っても両親が帰ってくることはなかった。
その時、玄関が開く音がした。
ようやく両親が帰ってきたみたいだ。
タオルでも用意しておかなくちゃ。
- Re: すべての罪を消し去ることができたなら ( No.4 )
- 日時: 2017/11/25 00:17
- 名前: アポロ (ID: cdCu00PP)
目が覚めたとき、泣いている時がある。
悪夢を見たわけでもなく、ただ涙が流れている。
いや、あれは悪夢というべきか。
夏樹はため息をつき、頭を掻き毟った。
すると、隣で寝ていた女が目を覚ます。
「どうしたの?気分でも悪い?」
言われ、夏樹は「いや」とだけ答える。
女は起き上がり、夏樹に抱きついてきた。
「ハルキ君、何か隠してる」
隠してる?一体なにを。
「…別に。なにもないよ。シャワー浴びてくる」
夏樹はそう言って女の手をゆっくり解くと立ち上がり、バスルームへ向かった。
鏡の中の自分を見た。
妙に疲れきっている。
夏樹は再びため息をつくと、すぐにシャワーを浴びた。
シャワーを終え、部屋に戻ると女は既に服を着ていた。
「あ、おかえりなさい」
女はそう言って微笑む。
夏樹も静かに微笑み、ベッドに座った。
「そういえばさっきね電話来てたよ」
女の言葉に、夏樹は驚いた表情で女を見た。
女は慌てて「あ、たまたま画面、見えただけだよ」と弁解。
「あ、いや、そっか。ありがと」
夏樹はそう言うと携帯を見た。
ディスプレイには不在着信の表示が10件以上あった。
三上と新藤からだった。
「ごめん、ちょっと電話いいかな」
夏樹がそう言うと、女は立ち上がり「シャワー浴びるからどうぞ、彼女?」と冗談を言うように笑った。
「そんなんじゃないよ。仕事の電話」
「そっか。じゃああたしはシャワー浴びてくる」
女はそう言ってシャワールームへと消えていった。
夏樹は三上に折り返した。
三上は3コールぐらいですぐに出た。
「もしもし、九条ですけど。なにかあったんですか?」
『パチンコ経営者の犯人が見つかった』
「えっ…まだ2日しか経ってないのに…」
夏樹はふいにカレンダーを見た。
『…NOAHが、犯人を見つけ出したんだ』
三上の言葉に、夏樹はすぐに納得した。
夏樹がNOAHに反発しているからか、三上は少し言いづらそうだった。
「すぐ行きます」
夏樹はそう言って電話を切ると、すぐにスーツに着替えた。
「あれ、もう行くの?日曜だよ?」
シャワールームから女が出てきた。
「ごめん、先に出る。俺が払うからゆっくりしてて」
夏樹はそう言って1万円札をテーブルを置き、ドアへ向かった。
「夏樹クン」
女が声をかけてきた。
突然、本名を言われたことに驚き、夏樹はぎょっとして振り返る。
女は夏樹に警察手帳を差し出していた。
またもやぎょっとした。素性がばれてしまった。
そんな心情を察したのか、女は小さく微笑んだ。
「九条夏樹君って言うんだね。別に言わないよ。刑事さんに遊ばれたー、とか。お仕事、頑張ってね」
女の言葉に、なぜか説得力があった。
脅しでもされるかとおもった。
「…ありがとう」
夏樹はそう言って警察手帳を受け取り、部屋をあとにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
警視庁に戻った夏樹は一課に入るなりすぐに三上に言った。
「犯人は」
夏樹がそう言うと、三上は資料をまとめなかまら「これから会議だ。準備しろ」と言った。
夏樹は頷き、カバンを置く。
「お前何してたんだよ。電話にも出ないで」
新藤は不思議そうに言った。
「寝てたんだよ。休日くらい寝かせろ」
嘘はついていない。
「まさかお前、まーた女引っ掛けてたんじゃないだろうな」
新藤は疑り深そうに言った。
図星だった。
俺は男だ、性欲には勝てない。
俺がモテるのが悪い。
いやむしろ、俺のこのモテる顔が悪い。
「いや?」
「なんだよ今の間!いいよなあ、モテるやつは」
「まあな」
夏樹はそう言って微笑む。
「でもお前、警察官だってばれたらやばくね?最近は脅しとかあるし」
新藤は血相を変えて言う。
彼は何か経験があるようで。
「確かに。それはまあ、気を付けるよ」
今日の女にはばれてしまった。
だが彼女はどこか、脅しをされるような気がしない。
彼女はまるで何かを悟っているような顔をしていた。
数分後、会議はすぐに始まった。
「容疑者は瀬川洋一、31歳。瀬川は被害者の経営するパチンコ店の社員で、給与のことで口論になり刺殺」
会議で告げられたのはこういう内容だった。
まさかこんなすぐに犯人が見つかるとは。
聞き込みも満足にしていないというのに早いものだ。
「現場に残っていた布団の端に、微量ですが瀬川の爪の繊維が残っていました」
本郷が言った。
「まあ、これならNOAHを使わずとも見つけられたな」
隣で新藤が言った。
確かに爪なら科捜研が分析してくれたはずだ。
「監視カメラに映る瀬川も確認できたことですし、この事件はこれ以上の進展はなさそうです」
何だか腑に落ちない事件だった。
NOAHが導入されてからは毎回こうだ。
この内容は全国ニュースにもなり、マスコミに発表された今日全国に流された。
ネットではNOAHを賞賛する声がたくさん上がっている。
『さすがNOAH!日本の誇りだな』
『犯人捕まるのはや!w』
『犯罪者も行きにくい世の中だなwww』
『俺は捕まらない自信ある(嘘)』
『今までの無能な警察とは大違いだな』
ネットを見ると、こんな書き込みがあった。
夏樹はネットを見ながら顔を歪める。
だがその中で、気になった書き込みがあった。
『このNOAH発明した17歳のノアちゃんって美少女らしいぜ、天才美少女と付き合いてえ』
開発者のノアのことだ。
一体どんな人物なのか一度見てみたいものだ。
「なあ、このノアって女はどこにいるんだ?」
夏樹は隣にいる新藤に聞いた。
新藤は「確か、国が用意した研究機関にいるんじゃなかったか?普通にいたら暗殺されかねないしな」と答えた。
それもそうか、と夏樹は思った。
そんな国に大きな影響を及ぼすシステムを開発した女性だ、どんな反感を買うかわからない。
国が保護するのが妥当か。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「僕じゃない!僕は緑谷さんを殺したりなんかしない!!」
例のパチンコ店経営者殺人事件の取り調べで逮捕された瀬川は叫びながら言った。
緑谷、というのが殺害された緑谷秀樹のことだ。
「僕は緑谷さんに感謝してたんだ!金もなくて、職も、住む所もなくて困ってた時に緑谷さんは雇ってくれただけじゃなくて家まで安く貸し出してくれた。給料のことを相談しただけで、殺したりなんかしてない!」
瀬川の必死の叫びに、担当刑事は困惑の表情を浮かべていた。
「俺、代わってもいいですか」
取り調べを見ながら、三上に言った。
「ああ」と三上は頷く。
夏樹は中に入り、中にいた刑事は出てきた。
「…さっきの話ですけど、詳しく聞いてもいいですか」
夏樹が瀬川にそう言うと、瀬川は冷静になった顔で「いいですけど」と答えた。
「緑谷さんと口論になったっていうのは?」
夏樹がそう言うと、瀬川は静かに答える。
「…口論になったのは事実です。けど、住む場所も用意したんだから仕方ないだろっていわれて、僕が引き下がったんです」
「どうして急に口論に?」
「僕、今度結婚が決まったんです。それがあの、子供ができまして。だから、彼女と子供のためにも金が必要だと思ったんです」
「なるほど。逮捕されたこと、彼女には?」
「知られたくなくても知られたでしょうね。ニュースに流したんでしょ」
ということは、婚約は破棄されるんだろうな。
夏樹は密かに彼を哀れんだ。
- Re: すべての罪を消し去ることができたなら ( No.5 )
- 日時: 2017/12/04 22:57
- 名前: アポロ (ID: cdCu00PP)
その後、夏樹は瀬川の近辺を聞き込みしていた。
最初にやってきたのは瀬川の言っていた婚約者の所だった。
瀬川の婚約者は真野綾子、28歳だ。
「…彼は、殺人なんてするはずありません」
真野は力なく答えた。
ニュースを見て瀬川のことを知り疲れきっいる様子だった。
「どうして彼が犯人だと断定されたんですか?」
真野の問いに、夏樹は新藤と顔を見合わせた。
「…NOAHです。NOAHが、瀬川さんの爪を解析したんです」
新藤が答えた。
夏樹は「おい」と新藤を見る。
「…またNOAH、ですか。それって誤認逮捕はないんですかね」
真野は呆れるように言った。
「それは、我々は何とも。ただ、統計的には確実かと…」
新藤は語尾を濁す。
「…瀬川さんは、普段どういう方でした?」
夏樹が話を変えた。
真野は俯きながらボソボソと答える。
「とても優しい人です。自分のことよりも、私やこの子のことを優先に考えてくれて、それで仕事で無理して…」
真野は自分の腹をさすった。
この子、を指すのは彼女の腹にいる子供のことだ。
彼女は瀬川を信じているように見えた。
ニュースが流れたからと言って、一方的に婚約を破棄したように見えない。
本当に犯人は瀬川なのか?
夏樹の中で疑問が生まれる。
NOAHへの反感も確かにある。
だが彼女の気持ちを信じたい自分もいた。
「婚約は、どうされるんです?」
夏樹がそう言い、真野はため息をついた。
「私の家は妙に厳しくて。彼が大卒でないってだけで両親は反対していたというのに、更に殺人犯だなんて知って、結婚できるとお思いですか」
彼女の言葉には怒りがこもっている。
「…もっとちゃんと調べてください。彼は絶対に犯人じゃありません。絶対です。そんな、機械にすべて任せないでください」
NOAHにすべて任せっきりなのは事実だった。
NOAHの実力を一度知ってしまい、警察は自分たちで捜査をしなくなった。
所詮人の創ったものだ、不具合だって生じるのではないか。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その日仕事が終わると、夏樹は1人パソコンでNOAHを開発したノアの言う少女を調べてみた。
もちろんネットで調べてわかる情報なんか元々知っている情報がほとんとだ。
だが他にも調べる方法はあった。
NOAHが導入されたときに配布された資料に僅かではあるが、ノアのことが載っていたのだ。
ノアの顔は19歳らしく、可愛らしい顔をしている。
また肌は白く、手足はとても細い。
たれ目が特徴的でなんだか眠そうにも見えるが、瞳そのものは大きい。
だがどこか生気を感じられない。
写真の中の彼女は無表情で、カメラではないどこか別の方向を見ていた。
まるで違うことを考えているようだ。
だが夏樹が知りたいのはこんな情報ではない。
もっと詳しく、どんな人物で、NOAHはどんな機能なのか、もっと知らなければ捜査などできやしない。
夏樹は立ち上がり、NOAHの研究室へ向かった。
研究室の前は暗く、水族館のような空間だった。
警視庁にこんな部屋ができていたことを、今知った。
研究室の扉を開けようとしたとき、隣を見ると、ロック番号を打ち込むパネルがあった。
研究室の人間と警察の限られた人間にしかこの部屋は開けないようだ。
諦めて戻ろうとしたとき、研究室の扉が少し開いていることに気がついた。
夏樹は首を傾げ、恐る恐る扉を押してみた。
すると扉は見事に開いた。
夏樹は驚いた表情を浮かべるとともに、ゆっくりと中に足を踏み入れる。
中は廊下以上に水族館のような雰囲気で、何に使うのかよくわからない機械がたくさん置いてあった。
この部屋にNOAHの心臓があるーーー。
夏樹はドキドキしながらゆっくりを足を進め、NOAHのコンピュータにたどり着いた。
NOAHは幾つものパソコン画面があり、キーボードもたくさんあった。
脇には大きなテレビのようなディスプレイがあったり、レコーダーのようなものもたくさんあった。
これは下手に触ればシステムを壊しかねない。
夏樹は触らないようにNOAHの画面を見つめた。
ある一つの画面には東京の地図、違う画面には何らかの人物の顔と名前、また違う画面には何者かの指紋が大きく映っていたりと、夏樹にはまったく理解できそうにもなかった。
その時ーーー。
「どなたでしょうか」
背後から声が聞こえた。
女の声だ。
まずい。
勝手に入ったことがばれてしまった。
夏樹が恐る恐る振り返ると、そこには以前チームの紹介の時にいた若い女が白衣を着て不思議そうな表情で立っていた。
「あなた、誰ですか」
彼女は夏樹に歩み寄りながら言う。
夏樹はなんと言い訳しよう、と考える。
「年齢からするに上層部ではなさそうですけど。どうやってここに入ったんですか」
彼女はそう言ったところで立ち止まる。
「あ、いや、その…。一課の九条です。えっと、ここへは…少し、扉が開いてたもんで…その…えっと、君は…?」
夏樹は苦笑いしながら必死に言い訳をした。
彼女は表情一つ変えることなく答える。
「刑事さんでしたか。私は研究チームの成海と申します。それと、扉が開いていたのは私の不注意でした、申し訳ありません。ですが、勝手に入られては困ります」
「す、すいません…」
夏樹がそう言うと、成海はその場に立ったまま何も言わない。
しかし本当に若い女だ。
俺と大して歳が変わらないんじゃないか?
夏樹がそんなことを思っていると、「あの」と声をかけられる。
「あ、はい?」
夏樹は苦笑いを浮かべた。
成海はまたも表情を変えることなく言う。
「なんでしょうか。先程からジロジロと私のことを見ていますけど。何かついていますか」
「いや!そうじゃないけど」
「じゃあなんでしょうか」
「…いや、NOAHの研究チームには選りすぐりの腕利き学者ばっかだって聞いてたから」
「それは、私が腕利きには見えないということでしょうか」
「いや!そんなんじゃないけど、その、結構若いから」
「若いから腕利きではないと?」
「違うけど、驚いちゃってさ。ごめんね」
「いえ、大丈夫です。慣れてますので」
成海はそう言うとNOAHのコンピュータの前に立ち、資料をまとめはじめた。
ん?これは出て行かなくてもいいのか?
夏樹がそんなことを思っていると、成海が振り返って言った。
「あの、いつまでいらっしゃるおつもりでしょうか」
そんな言い方しなくても。
「あ、すいません。すぐ、出ていきます」
夏樹はそう言って静かに歩き始まる。
だが、研究室に来た目的を忘れていた。
夏樹はUターンして成海の方を見た。
「…NOAHに、誤作動ってことはないの?」
夏樹がそう言うと、成海は手を止めて振り返り、首を傾げて言った。
「誤作動?なぜそう思うのですか」
「いや、今回の事件で少し気になることがあって。もしかしたら間違った結果なんじゃないかって思ったからさ」
夏樹がそう言うと、成海はまた表情を変えることなく作業を再開し、夏樹と目を合わせることなく淡々と言う。
「NOAHに誤作動なんてありえません。今回の事件とはどのようなものか、なにが気になるのか、私にはさっぱりわかりませんけど、それは気のせいだと思います」
言われ、夏樹は真野を思い出した。
真野の心から瀬川を信じていた態度、悲しそうな態度。
夏樹は少しムッとして成海に歩み寄る。
「何でそう言いきれるんだ。事件の内容もわかってない君が操作するこの機械に、一体なんの根拠があるんだよ」
それでも成海は表情を変えなかった。
「根拠?そんなの今までの統計じゃないですか。この半年間、NOAHが間違った結果を招いたことがありましたか。それに、事件の内容も何も、私は科学者です。警察じゃありません。捜査するのはあなたたち警察の仕事でしょ」
彼女の一切変えない無関心な態度に腹が立つ。
「…確かに君は警察じゃない。それでも、事件に関わっている以上、内容を把握するのは当たり前なんじゃないのか。NOAHの半年の統計だって、たった半年だろ。今後ミスが起こる可能性はゼロじゃない」
「…すいません、私生きている人間に興味がなくて。事件なんて理解しようともしていませんでした。それは謝ります」
成海はようやく顔をあげ、夏樹の方を見て言った。
表情は変わっていないが。
「ただ、NOAHに欠陥はありません。これだけは確実です」
成海の言葉に、夏樹は眉をひそめた。
「どうしてそう言えるんだ」
「本郷先生の研究だからです」
「本郷が、どうして根拠になる?」
「もしNOAHに欠陥が見つかれば、本郷先生の研究は無駄だったことになるじゃないですか」
成海の言動が理解できなかった。
「…生きている人間には興味ないんだろ。なら、本郷の研究なんてーーー」
夏樹が言いかけたとき、成海が夏樹の言葉を遮った。
「本郷先生は別です。本郷先生は天才なんです」
そんなにすごい学者なのか、本郷は。
夏樹は首を傾げた。
「どうして君はそんなに本郷に固執してるんだ?」
夏樹がそう言うと、成海は一瞬言葉を詰まらせたがすぐに口を開いた。
「あなたには関係のないことですので。もうよろしいでしょうか、まだ仕事が残ってるので」
成海はそう言うとまるで出ていけと言うかのように研究室の扉を開けた。
成海を見て、夏樹は少しスッキリはしないものの仕方なく扉の方へ歩き出した。
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