複雑・ファジー小説
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- 片時も、違わずに
- 日時: 2017/12/11 18:01
- 名前: 凛太 ◆GmgU93SCyE (ID: a0p/ia.h)
片時もたがわずに、まなき約束を結ぶ
こんにちは、凛太といいます。
現代ファンタジーです。私が思う、好きなものを詰め込みました。
よろしくお願いします。
【1話】>>1 >>2 >>3
【2話】
◎
ツイッター、はじめてみました。
何か意見等あったら、こちらにお願いします。
@colony1998
- Re: 片時も、違わずに ( No.1 )
- 日時: 2017/12/05 18:44
- 名前: 凛太 ◆GmgU93SCyE (ID: aruie.9C)
幼い頃から、私には漠然とした予感のようなものがあった。いつか、たぶん大人になる前に、何処か遠くへ行ってしまうのだと。
片時も、違わずに
「あちらの国に立ち寄ったら、知らないふりをするんだよ。もし少しでも怪しい素振りをしたならば、きっとかどわかされてしまうから」
幼い頃から、おばあちゃんに言い聞かされていたことの、ひとつめ。
昔、この町にはたくさんの魔法使いがいた。あちこちの家で、手製の魔除けを軒先に吊るしたり、薬草を煎じる青臭い匂いが漂っていたらしい。時が経てば、魔法使いの血を継ぐ家系は少なくなってしまった。そのような調子だから、私と詩君はこの町最後の魔法使いなのだと。そう、囁かれていた。
「わかってるってば、今日から高校生なんだし」
「ああ、それと外で魔法を使ってはいけないよ」
「大丈夫だって。それじゃあ、行ってくるね」
初めて袖を通した制服はくすぐったくて、ずっと憧れていたブレザーはなんだか気恥ずかしかった。まだ何か言いたげに口を動かすおばあちゃんを横目に、私は家を出た。
4月はまだ花冷えの時期だ。ほんのりと冷たい空気を肺に取り込む。少しだけ、緊張していた。大丈夫、私なら平気。そんなセンチメンタルな気分も、人の庭先にうずくまる人影を見れば、彼方に飛んで行った。
「……詩君、何やってるの」
「ああ、成瀬か」
しらべ君。その名を紡ぐと、彼は時間をかけて立ち上がった。3年くらい前までは、私の背の方が高かったのに。そう思いながら、彼の顔を漫然と眺めた。詩君の顔は、猫を連想させる。毛並みの良い、しなやかで整った猫だ。つんと澄ました顔は、片時も崩れることはない。
「蟻を、見ていたんだ」
「はあ」
思わず、間の抜けた相槌を打ってしまう。詩君は、少し変わっている。
「それより別々の高校なんだから、待ってなくていいのに」
「ご隠居様から頼まれた」
「おばあちゃんめ……」
盛大に溜息をつくと、横から「幸せが逃げてしまう」とぼやかれた。おばあちゃんを、ご隠居様と呼び慕う詩君のことだ。明日からずっと通学に供する気なのだろう。
「それより成瀬、少し顔色が悪い」
「昨日、よく眠れてないからかな」
「体が魔法使いの資本だろう」
そう言って、詩君は私の眼前に手をかざしてみせた。細くて、筋張った手だ。不健康な肌の下、青紫の血管が透かして見える。掌がぽうと淡く光ったかと思うと、束の間、温かな心地に包まれた。なんだかお風呂に入ってるみたいな気分だ。詩君は私の顔をよくよく観察した後、手を退けた。
「魔法をかけたが、知ってる通り永遠ではない。今夜は夜更かしは控えるといい」
「あー、ありがとう」
詩君は事も無げに、淡々と言葉を紡ぐ。私は胸中複雑だった。
「まだ何かあるのか」
「……私は、まだ外で魔法使えないのにな、って」
「なんだ、そんなことか」
そんなこと、で片付けられてしまった。
詩君は、おばあちゃんのお気に入りだった。飲み込みが早いし、魔法の扱いも上手だ。私がマッチ箱を浮かせるようになる頃には、詩君は水の上を歩くことができた。そんなのばっかりだから、小さい頃からずうっと比べられていたような気がする。詩君が嫌味な性格だったら、どんなに良かっただろう。現実は違う。彼はけして鼻にかけず、私にまで優しさを施す。これでは、どうしようもない。もやもやした気持ちは、胸の中に置いておくしかないのだ。
「それよりも、入学式は何時からだ。そろそろ行かないと、遅刻するんじゃないか」
「え、うそ、本当だ」
時計を見やると、とうに出なきゃ行けない時刻だった。慌てて走り出す。入学式初日に遅刻なんて、そんなの御免だった。
「時間を止めるとか、瞬間移動するとか、そんな魔法ってないの!」
住宅街を駆けながら、叫ぶ。後ろからは余裕そうな顔した詩君がついてきた。
「そんなのない。あったとしても、甘やかさないようにと、ご隠居様から言付かっている」
「大体詩君だって、遅刻なんじゃないの?」
さっきから気になっていた問いかけを吐き出す。体力がないから、もう息が絶え絶えだ。一方の詩君は、病弱そうな体つきの癖して、飄々としている。私に隠して何か魔法でも使ってるんじゃないかな、と訝しむ。
「俺の学校の方が近いから、全然間に合う」
いけしゃあしゃあ。正しくそんな言葉が似合った。詩君に、悪気なんてないのだ。いつだって真っ直ぐで、正直で。だから、厄介なのだ。
この町、最後の魔法使い。それが私と詩君。私には重すぎて、紙切れみたいに潰れてしまいそうだ。ことさら、詩君が隣にいるから。
- Re: 片時も、違わずに ( No.2 )
- 日時: 2017/12/09 11:23
- 名前: 凛太 ◆GmgU93SCyE (ID: xV3zxjLd)
私が春から通う高校は伝統ある女子校で、古めかしい校舎が特徴的だった。御機嫌ようって言わなきゃいけないのかな、なんて思っていたら、入学式で校長先生が開口一番に言ってきた。中学の頃は共学だったから、辺りを見回しても女子しかいないのは、なんだか不思議な気分だ。
入学式はつつがなく終わり、残すはホームルームだけとなった。正直、入学式よりも緊張している。担任の先生が来るまでの、ちょっとした待ち時間。教室の中では、女子の密やかな声が蔓延していた。要するに、グループなんてものが出来上がっていたのだ。私はそれに加わることが憚られ、かといってすることもなく、ぼうっと座っていた。中学の頃は、振り返れば友達があまりいなかった。魔法使いなんて時代錯誤なものは、敬遠されがちだったのだ。
「成瀬亜梨子ちゃん、だよね?」
「え、う、うん」
いきなり話しかけられ、私の声は上ずった。見れば隣の席の女の子が、私に向かって笑いかけていた。
「あたし、持田瑞穂。持田でいいよ」
彼女は、印象深い容姿をしていた。全てが小さいのだ。身長や手足、そして顔の大きさも。けれど斜めに切り揃えられた前髪の、すぐ真下。そこには全てを取り込もうと意気込むような、丸々と大きい瞳が並んでいる。
「持田、さん」
「持田でいいってば」
「……持田」
「良し」
彼女、持田は目をすう、と細めて笑む。
「あたしは、貴女のこと、亜梨子って呼ぶね。だって、不思議の国のアリスみたいだし」
「別にいいけど」
「素っ気ないなあ、せっかく友達になろうって話しかけてるのに」
友達。私と、持田が?
私は大きくかぶりを振った。そうだ、みんなが私を疎んでいたのではない。私が、みんなを遠ざけていたのだ。
「駄目だよ、私と一緒にいたら」
「なにそれ、なんかかっこいいじゃん」
持田はけたけたと姦しい声を上げた。教室中の視線が、一瞬だけ私たちに集まって、それから四散していく。居心地の悪さを感じた。そんなの御構い無しに、持田は畳み掛ける。
「ねね、なんで一緒にいたらいけないの」
「や、それは」
言えないけど。折良く担任が教室に入ったのを認めると、私はその言葉を飲み込んだ。持田は担任の到来を快く思っていないらしく、わかりやすく頬を膨らませていた。担任は初老の国語教師で、淡々と挨拶を述べていく。私は頬杖をついて、今後のことについて思考を巡らせた。友達、なんてものはいらない。詩君以外には。
代わり映えのない自己紹介と、ちょっとしたホームルームが終わった。私はスクールバッグを肩にかけ、真っ先に教室を出ようとする。それを、持田は見逃さなかったらしい。
「一緒に帰ろうよ」
その誘いに、私はにべもなく断わった。こうして佇む彼女を眺めてみると、本当に彼女は変わっている。既に制服は着崩され、パーマをかけたのだろう、髪の毛は緩く波打っている。真白の肌に浮いたそばかすは、どこか愛嬌があった。どこからどう見ても、趣あるこの学校にはそぐわない。
「やだ、私図書室寄りたいし」
「じゃあ着いてくよ」
持田は何が嬉しいのか、頬を綻ばせながらそう言った。私はそんな彼女を無視して、廊下に飛び出す。負けじと持田も後を追いかけてきた。
「図書室の場所、知らないでしょ」
「うるさいなあ。適当に歩けば、いつか着くよ」
こうなったら、もう意地だった。持田は、何故私に付きまとうのだろう。さっき、会ったばかりなのに。友達作りなら、他の子とすればいいのに。
油断を、していたのだと思う。気づいた頃には遅かった。無闇に突き進むと、既に辺りに人の気配はなかった。私ははた、と立ち止まる。窓から西日が差し込む。廊下がはっとするほどの朱に染まっていた。瞬きの間、気が遠くなるほどの耳鳴りがした。
「ついに諦めた?」
私の前に回り込み、持田は勝ち誇った風に胸をそらした。私は人差し指を唇に当てた。もうここは、こちらの国ではないのだ。胸の内側が、妙に張り付く。騒いではいけない。あちらの国に、かどわかされてしまうから。
- Re: 片時も、違わずに ( No.3 )
- 日時: 2017/12/11 17:58
- 名前: 凛太 ◆GmgU93SCyE (ID: a0p/ia.h)
「静かに。これから見るもの、聞くこと、全てに返事をしては駄目だよ。いつも通り、素知らぬふりを通して」
声を潜めて早口に捲し立てる。持田はその円らな双眸を、数度瞬かせ、そして頷いた。たぶん、持田も何か察するところがあったのだろう。この夕日に照らされた校舎は、どこか歪な雰囲気に包まれていた。
遠くで、音がする。ずるずると、何かを引きずるような。徐々に音が大きくなる。近寄ってきているのだ。廊下の果てから、こちらを飲み込もうと黒い靄が押し寄せる。慌てて持田を見やると、彼女は恐怖で顔を引きつらせていた。持田の口を手で覆い、首を横に振った。悲鳴をあげては、だめだ。やがて目と鼻の先に靄が迫り、私達を品定めするかのようにして、数秒留まった。私はなるべくそちらを見ないように、平静を装った。息がつまるような時間は、すぐに終わった。黒い靄はゆっくりと引返し、廊下の向こう側に溶けていく。それを見届けてから、私は壁にもたれかかるようにして座り込んだ。いつのまにか、陸上部の掛け声や吹奏楽部の合奏が聞こえる。戻ってこれたのだ。
「もう、大丈夫」
私は押し込めていたものを吐き出すように、そう告げた。持田は呆然と立ち尽くし、いつまでも彼の者が去っていった方に顔を向けていた。
「ね、亜梨子」
「……うん」
「今のって、何」
あれ、と思う。心なしか、持田の声は弾んでいた。
「私にもわかんない。でも、この世界のすぐ隣に、さっきみたいな化け物がうようよいるんだって。だから、私と一緒にいると、また同じような目にあうよ」
あちらの国。おばあちゃんが、ずっと私に言い聞かせていたもの。この世界のすぐ近くにある、異形の国。ふとした時、何気ない瞬間、そいつは魔法使いを迎えにやってくるのだ。大抵は、ひと気の少ない逢魔時を見計らってくる。だから、私は友達を作ることが厭わしいと、そう感じていたのだ。稀に、こういう風に巻き込んでしまうから。詩君なら、こんな心配はいらない。
「え、それって、すっごく楽しいじゃん!」
瞳を爛々ときらめかせて、持田は私に向き直った。驚きと呆れで、うまく頭が回らない。
「話、きいてた?」
「超きいてた。亜梨子って、何者?」
中学の頃は、私と詩君が魔法使いなんだって、みんな知っていた。だから、ある意味では気楽だったのかもしれない。別に魔法使いだって明かすことは、秘密でもなんでもない。けれど、理由はわからないけど、そのことを口にするのは僅かにためらわれた。
「……魔法使い」
「まじで! えっ、じゃあさ、悪魔と契約したりとか、箒で空飛んだりとか」
「悪魔と契約するのは大昔の魔法使いのことだし、今の魔法使いはそんなに力が強くないんだよ」
「それでも十分すごいわ、あたし、めちゃくちゃわくわくしてきた」
予想外の反応に、私は戸惑うばかりだ。持田は歯を見せて笑う。
「だから、友達になろうよ」
なんで。その問いを発することは叶わなかった。夕日に照らされた持田の姿が、あまりにも眩しかったから。私は思わず目を細めた。
「しょうがないなあ、いいよ」
「なんだそれ、かわいくない」
なんだか馬鹿馬鹿しくって、可笑しくって、笑ってしまう。
「じゃあ、帰ろっか」
どちらともなく、そう言った。尻餅をついたままの私を、持田が引き起こす。その手の体温は存外に確かなもので。調子の良い私は、持田のことを認め始めているのだ。
亜梨子。
抱えてしまったならば、きっと手放す時が来るのが惜しくなる。廊下の奥、私の名前を呼ぶ声がしたなんて、そんなの間違いに決まってる。
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