複雑・ファジー小説
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- 人語を知らぬきみたちへ
- 日時: 2018/01/24 11:50
- 名前: 銀竹 (ID: C8ORr2mn)
はじめまして、あるいはこんにちは! 銀竹と申します。
この物語は、フィクションです。
あまり出さないようにはしますが、もし動物愛護の観点から引っかかる内容があっても、あまり過剰に反応せずにいて下さると助かります。
ちなみに、いつものファンタジー要素は一切ありません。
現実的で、暗い内容が多いので、苦手な方はご注意ください。
特に、動物に夢を見たい方は、読まないほうが良いかと思います。
更新は、銀竹の気が向いたときに。
突然書くのをやめるかもしれませんし、案外長く続くかもしれません(笑)
ジャンルとしては、何になるのでしょうね……とりあえず、中短編集と言っておきます。
最後に。この作品に、現代の動物の在り方を批判する意図はありません。
こういう考え方もあるんだなぁって感じで、読み流していただけると幸いです。
第零話『私達は』 >>1
第一話『白色レグホンの野村さん』 >>2-7
第二話『アルパカのラッキー』
- Re: 人語を知らぬきみたちへ ( No.1 )
- 日時: 2018/01/19 09:08
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
小さな頃から、動物が好きだった。
昔、暮らしていた母の実家の近くに、大きな動物園があって。
そこが、小学生未満は入場無料、なんて魅力的な価格設定だったものだから、私は、その動物園に行っては、我が庭のように駆け回っていた。
幸い、私の家族も、動物が嫌いというわけではなかったから、色んな生き物を飼ったりもした。
近所で捕まえたカブトムシやクワガタ、バッタにコオロギ、チョウなど、昆虫の類は沢山いた。
他にも、お祭りですくった金魚、インコにカメ、ウーパールーパーなんかも飼っていたことがある。
うっかりカマキリの卵を室内で孵化させて、惨劇を引き起こしたことも、当然経験済みだ。
ああ、大量のセミの抜け殻をポケットに詰めたまま、ズボンを洗濯機に入れてしまって、母に怒鳴られた事件もあったっけ。
まあとにかく、私は動物が好きで、小学生になっても、中学生になっても、高校生になっても、それは変わらなかった。
大学生になった私は、動物に関わる仕事をしたくて、某大学の獣医学部に進んだ。
そこで私は、現在進行形で、色々な経験をしている。
そう、本当に色々だ。
そして結果的に、私は、好きな動物を勉強するために、人より多くの動物を殺している。
解剖が嫌だ、生体実験が嫌だ。
動物を学ぶ上で、そんな考えは甘い。
確かに、その通りだと思う。
残酷だけれど、とても大切なことなのだ。
だってこれは、最終的には、動物を救うことに繋がるのだから。
そう思う一方で、私は、ぴぃぴぃと鳴くラットに針を刺し、世話をしていたヤギの内臓を取り出しながら、ふと、考えた。
私がしたかったことは、一体なんなのだろう、と。
怪我や病気になった動物を、助けることか。
顕微鏡を覗いて、肉眼では見えぬ動物のあれやこれやを、研究することか。
いや、それももちろん大事なのだけれど、私がやりたいのは、それではない気がする。
考えて、悩んで、昔、よく通っていた動物園のことを思い出したら、案外、答えはすんなり出た。
そうだ、私は、ただ動物を近くで見て、その言葉を聞ける人間になりたかったのだ。
別に、触れなくても良い。
直接的に、その命を救えなくても良い。
ただ毎日、餌をあげて、糞を掃除して、一見単調だけれど、本当はすごく重要な『飼育』というものに、私は憧れていたのだ。
動物は、決して弱味を見せない。
なぜなら、弱味なんて見せたら、野生下ではあっという間に敵に狙われてしまうからだ。
どんなに苦しくても、痛くても、動物はそれを表に出さない。
だから、ようやくその苦痛が表に出たときには、もう手遅れで、死んでしまう。
だったら私は、手遅れになる前の、ほんの小さな異変や前兆に、気づける人間になりたい。
苦痛が苦痛として現れる前に、その行動を見て、見て、とにかく見て。
動物たちの、どんな些細なSOSにも、気づける人間になりたい。
世の中には、色々な動物との関わり方があるけれど。
怪我や病気になってから、それを治療するのではなくて、そうなる前に、それを阻止できる人間になろう。
それが、私の答えだった。
ある程度基礎的な勉強を終えた私は、大学の中で、一番動物を多く飼育している研究室に入った。
いわゆる、理系らしい研究室ではない。
白衣の代わりにつなぎを着て、長靴を履いて。
休日返上で、とにかく飼育をする、ちょっとした物好きが集まる獣臭い研究室だ。
これは、そんな私の、生活の一部を紹介するお話。
さあ、人語を知らぬきみたちよ。
私の声など、聞かなくて良いのです。
ただどうか、一緒に過ごすことを許してください。
その中で私達は、きみたちの心の声を聞こうと、必死に耳を傾けます。
当然、完全に理解できるはずはありませんが、それでも、一生懸命、耳を澄ませるのです。
- Re: 人語を知らぬきみたちへ ( No.2 )
- 日時: 2018/01/20 11:48
- 名前: 銀竹 ◆4K2rIREHbE (ID: C8ORr2mn)
鶏は、3歩歩けば忘れる、鳥頭。
そんなこと、誰が言い出したのでしょうね。
鶏は、普段自分が生活しているケージの場所を覚えられるし、実は、数の認知だってできるのです。
馬鹿にしちゃあいけません。
『白色レグホンの野村さん』
「ああ、本当、鶏様々だわぁ」
大量の卵焼きを食べ終わると、優花さんは言った。
彼女が食べていたのは、うちの研究室で飼っている産卵鶏、白色レグホンの卵で作った卵焼きだ。
普段、鶏たちの世話をしているのは私達なので、当然その卵を、私達は無料で入手できる。
私の先輩で、一人暮らしの優花さんは、食費が浮くと喜んで、よくその卵を研究室で焼いて食べているのであった。
「朝御飯、卵焼きだけじゃ、足りなくないですか?」
私が苦笑混じりに言うと、優花さんは、首をかしげた。
「そう? 私、朝はあまり食欲出ないタイプなんだよね。それより、そろそろ飼育当番いかないと」
朝の7時を指す時計を見て、優花さんが、椅子から立ち上がる。
私達は、つなぎに着替えると、卵回収用のボウルと長靴を持って、研究室を出たのだった。
鶏舎に着くと、立て付けの悪い扉をあけた優花さんが、うげっ、と声をあげた。
「最悪、踏み込み槽、半分凍っちゃってるよ……」
つんつん、と長靴の先で、凍った水面をつついて、優花さんがぼやく。
私は、その様を後ろから覗き込んで、同じく顔をしかめた。
踏み込み槽とは、いわゆる消毒槽のことだ。
外からの病原菌を畜舎に持ち込まないように、また、畜舎の病原菌を外に持ち出さないように。
出入りするときは、必ずこの消毒液が入った水槽に、長靴の底を浸さないといけない。
だが、冬になると、時々その消毒液が、寒さで凍ってしまったりする。
消毒槽だけではない。
日によっては、水道管が凍って水が出なくなったり、動物の飲み水まで凍ってしまうものだから、そうなると、もう一日中水道水を出しっぱなしにしているしかない。
今年も、その時期がやってきたかと思うと、思わずため息が出た。
「昨夜、そんなに冷えたんですね……」
蛇口をひねって、水道水が出ることを確認する。
仕方がないから、消毒槽の氷をばきばきと踏んで割って、まだ凍っていない底の方の液体に踏み込むと、私達は、鶏舎の中に入った。
ほんの10畳くらいの、コンクリート造りの小さな鶏舎。
通路を挟み、両サイドには、金網の横長ケージが3段積み上がっていて、小分けに区切ってあるそのケージには、1区間に、大体5、6羽の鶏たちが犇(ひし)めき合っている。
ろくに身動きもとれないような、その狭いケージを初めて見たときは、正直驚いた。
けれど、これでも一般的な養鶏場に比べれば、かなり広めに設計されたケージだと言うのだから、産卵鶏の世界というのは、なんとも厳しいものである。
それぞれのケージの下にある、糞尿の受け皿を取って、私達が掃除を始める。
すると、鶏たちが、途端にコケッ、コケッと鳴き出した。
1羽1羽の鳴き声は、大したことないのだが、合計70羽近い鶏が一斉に鳴き出すと、かなり凄まじい声量である。
早く餌を寄越せ、と言っているのか、それとも別に意味があるのか。
鳴き声の理由は分からないが、水を変えたり、ケージの汚れを取ろうと近づく度に、私達の手を嘴(くちばし)でつついてくるのだから、奴等はなかなか良い性格をしている。
「ああ、こりゃ、駄目だ。完全に脱肛(だっこう)してる。Bの15、隔離しないと」
ふと、鶏を見ていた優花さんが、声をあげた。
一度掃除を中断すると、私も、優花さんの方に視線を移す。
優花さんは、ケージから1羽の鶏を取り出すと、何も入っていない空のケージに、その鶏を移した。
「脱肛する子、最近多いですね。それが原因で亡くなった子、結構多いですよ」
「まあね。この子達、もう年寄りだから」
鶏舎全体を見回して、優花さんが肩をすくめる。
私も、他に脱肛している鶏がいないか探しながら、掃除を再開した。
脱肛とは、加齢で肛門括約筋が弱くなり、直腸の粘膜が、肛門の外に飛び出してしまう疾患である。
もちろん、脱肛してしまうだけでも問題なのだが、更にまずいのが、脱肛して弱ると、一斉に他の鶏たちが、その鶏を襲うことだ。
鶏というのは、群れの社会的順位制がかなり厳しい動物であり、少しでも弱った個体が出ると、強い個体がそれを殺しにかかってくる。
できるだけそうならないように、弱い鶏同士、強い鶏同士でケージに入れるようにしているのだが、ちょっとしたきっかけで1羽が弱ったりすると、「我こそが一番強いのだ!」と言わんばかりに、他の鶏が弱った鶏を排除しようとしてくる。
前に、脱肛した個体が、肛門から飛び出した粘膜部分を啄まれて、血まみれになって死んでいた、なんて事件もあった。
いわゆる、カニバリズム、というやつ。
だから、ちょっとでも弱っている鶏を見つけたら、その鶏は回復するまで、隔離するようにしているのだ。
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