複雑・ファジー小説
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- アリスの愛しい魂たち
- 日時: 2018/01/20 00:54
- 名前: 神宮忠臣 (ID: lFsk8dpp)
人を殺すのは案外呆気ないものだと痛感したのはこの時が初めてだ。まぁ、この時初めて殺したのだから、当然と言えば当然なのだけれど。
動機なんてものはそうしっかりしているわけでもなく、ただ咄嗟に…そう。咄嗟に、殺さなければ、と。そう強く思った時にはとっくに腕は行動していて、気付いたら血だらけで立っていた。目の前に倒れている肉塊は、恐らく男が殺した、世間で言うところの「被害者」に当たるのだろう。
男には、人を殺してしまったという焦りはあれど、それに対する罪悪感等は微塵もなかった。
むしろそれを抱く必要性を感じないとばかりに、男は肉塊を憎々しげに踏み潰した。
目玉と思わしき物が床に転がり、黒く濁ったブルーが男を見上げる。男はそれに気付くや否や嫌悪に眉を寄せて耐えられぬようにそれも踏んで磨り潰した。結局の所、男にとっては人を殺したという事実が恐ろしいだけで、殺してしまった人間に対しては何も思っちゃいやしないのだ。
それこそ、ゴキブリを殺したような感覚なのだろう。
男はやがて、その隈の酷い顔に大きく焦りを見せだした。それこそ、じわじわと湧いてくる汗が頬を伝い、顎から滴り落ちる程。男はぽたぽたと血の滴る腕を暫く眺めた後、まるで苦しいものを吐き出すように呟いた。
「…魂が、汚れちゃった……」
それは、男からすれば一生をかけて信じたくもない事実で、男の眼尻にはじんわりと涙が滲む。
子供の様に泣いて、助けを乞いたい。けれども誰も聞き入れてくれやしないのだろう。自嘲的な笑みを浮かべ、男はそう心の中でごちる。
きっと近い内に天声十字軍が男の穢れを世界から取り除こうと肉体を消しに来るだろう。そう思うと男は足元がグラグラと崩れていくような感覚を味わった。魂が汚れた存在は世界にとってただの汚染源であって、神の言葉とやらを妄信している天声十字軍らは如何なる理由があろうと、汚染源を潰しに来る。
男は呟いた。
「居場所が、なくなったんだ、僕……」
その声は絶望に染まりきっていて、男の瞳に希望なんて言う光はない。無論、魂も同様だ。男の魂はすっかり汚れきっていて、お世辞にも綺麗とは言えない。
「…やだ、……やだよ…」
ついさっき人を殺したとは思えない声色で男はふるふると肩を震わせると、ぺたりとそこにへたり込んだ。男の心はただ一つ、生きたい。居場所が欲しい。その欲求がどす黒く渦巻いていた。
そして、それに応える様にして真っ赤に染まったそこに、場違いなほど美しい男が立ち入った。スリ、と鳴った靴音に、男はサァ、と顔を青くしてもつれる足を内心で強く責め立てつつよろよろと酷くゆっくりと起き上がった。
入ってきたのは白髪が印象的な男で、若く見える。しかし着ているのは着物で、落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
「…一足早かった、かな」
白髪の男は誰に言うでもなく呟いた。
勿論男にはその言葉の意味を理解することは出来なかった。
…いや、理解しようとする時間もなかった。
「私はアルベルト。聞いたこと…ないか。まぁ、当然と言えば当然だけど」
男はアルベルトと名乗った男の目を、一目見て恐ろしいと感じた。
鮮血の如き赤い瞳が一切の迷いを持たずに、心の中まで見透かされているようだ。堪らず男はアルベルトから視線を逸らして、半場逃げるようにして肉塊へと視線を向けた。
ぐちゃぐちゃになってしまっているそれは、恐らく誰が見たって嫌悪感を抱くことだろう。
しかし男の視線を辿るようにして肉塊へと視線を向けたアルベルトは、一切嫌悪感を示すことなく、むしろクスリと笑み、男へと視線を向けた。
「これは…きっと、もう魂は駆除対象に入っているだろうね」
アルベルトの独り言のように呟いた声に男は声を張り上げた。
「そんなのわかってるよ!」
だから今、こんなに苦しいんじゃないか、と叫んで、男はアルベルトに涙で潤む視線を向けた。
アルベルトはそれでも優しい笑みを崩すことはなく、飽くまでも提案だけれど、と細く白い腕を、一切躊躇うことなく男へと差し伸べ、言う。
「私の所へおいで。君の居場所を作ってみせるから」
男はまるで、甘い砂糖菓子をそのまま脳に埋め込まれたような感覚に陥った。
今まで信じていたものに殺される運命を、この美しい人は救ってくれる。そう思うと、男はアルベルトがまるで聖母の様に思えて、まるで迷子になった子供の様にたどたどしく、その白い掌に真っ赤に染まる手を重ねたのだった。
男ルイスと、アルベルト率いる犯罪組織【アリス】は、この、神という絶対的存在を妄信する権力者と天の声に導かれし正しき者という意味で天声十字軍と呼ばれる集団に支配された世界で出会った。
魂の救済か、魂の破滅か。
穢れた者たちは何を思うのか。
「私はね、ただ物語通りに進むだけのアリスは、ご免なのさ」
- Re: アリスの愛しい魂たち ( No.1 )
- 日時: 2018/01/20 11:45
- 名前: 神宮忠臣 (ID: lFsk8dpp)
「私たちはね、言わば犯罪組織に属しているんだ」
「はんっ…!?」
片付けも何もしないままに、アルベルトはややゆったりとした足取りでルイスの手を引きその場を後にした。何処に向かうのかも知り得ていない状況での沈黙に耐えかねてルイスが重苦しく息を吐くと、見兼ねたようにアルベルトは文頭の言葉を漏らした。
勿論ルイスは驚愕に目を見開く。
確かにアルベルトはただモノではないだろうな、とは思っていた。が、まさか犯罪組織だなんて予想もしていなかった為、ルイスは若干足を止めながらアルベルトに食いつく。
「そ、そりゃ僕は、居場所がほしいです!でも…でも、犯罪なんて…」
殺されちゃうじゃないですか、と言いかけて、頭を上げた。
アルベルトはいつの間に足を止めたのか、振り向いて何を言うでもなくルイスを見つめていた。少し頭を揺らして言いたいことを言ってしまえと促されて、少し躊躇いがちにルイスは言う。
「僕は…死にたくない。死にたくないんです。犯罪組織なんて、危険で…危険でしょう?だって、そんな、……、怖い…怖いんです、僕は。とても、役には立てません」
人を殺したのだって、本当に突発的なものなのだから。
もしもそれで目を付けたのなら、彼はさぞ落胆することだろう。
場の空気にルイスが息を詰まらせていると、アルベルトはさぞおかしいとばかりにクスクスと笑い声を立て、ルイスの肩を優しく撫でた。捨てられるのだろうかという思考が頭を占めて、背に汗を浮かべながらぎゅ、と固く目を閉じた。
けれども予想していたような行動をアルベルトがとることはなく、むしろ優しく頭を撫でられて酷く動揺した。どういうつもりなのか問い質そうとしたところで、アルベルトの声が遮った。
それはまるで子供に言い聞かせる様な声色で、
「私はね、別に君を戦わせようとか、犯罪に参加させようとか思っていないよ。ただ、確かに危険はある。けれどそれは…言い方は変だけれどね…安心してほしい。君は私だけじゃなく皆が守るよ」
そして皆は私が守る。と強い意志を持って言い切ったアルベルトは、その赤い瞳をしっかりとルイスに合わせ、ルイスもまたそのエメラルドグリーンの瞳をアルベルトへと一心に注いだ。
ルイスには未だに理解できていなかった。
何故こうもただ二人殺しただけの男を大事そうに扱ってくれるのだろう、と。それだけが、どうしても理解できなかった。それに、組織についても聞きたい事がある。
けれども気付いたら絞り出すような震える声で、
「……僕…行きます…居場所、そこしかない、し…」
とアルベルトの腕を強く握った。
細く白い、酷く繊細な腕。
彼はああ言ったけれど、ルイスとしてはむしろ逆だろうな、と思わせた。
彼は守られる側の人間だろう、と。
そう思って、ルイスは少し苦笑した。頭が相当麻痺しているのだろう。彼に会った時からそうだが、必要な順序を全く踏めていないような心地しかしない。
けれどもまぁ、それもいいだろう。
ルイスは、結局の所天声十字軍が怖いのだ。殺されるかもしれないという恐怖が、未だに体を包んでいる。
生きたいのだ。だったら、守ってくれるという彼等に甘えてもいいのでは、と。
そう思っていた時だった。
まるでルイスの心を読んだかのようにアルベルトは優しく言った。
「利用してくれ」
ルイスの息がひゅ、と詰まる。
「私達を利用して、生きればいい」
ねっとりとまるで蜂蜜の様に、ルイスの拒否の理由を潰していく様は、まるで獲物をゆっくり食べていく肉食動物のよう。
ルイスは拒否する理由がなくなった。いや、全て彼に潰された。
どうしようもない。拒否の理がないのだから、断る必要がない。仕方ない、仕方ない。生きられる…
ふらふらと足元が揺れて、その瞳はどろりと歪む。
アルベルトは困ったようにルイスの頬を撫でて、持てるかなぁ、と溢す。
しかしそんな独り言は、ルイスに届くことはない。瞼が重く、意識も若干薄れてきている。頬を撫でる優しい手付きが心地よくて、もう駄目だ、と目を閉じる。
暗闇に包まれて、その数秒後、ルイスの意識は完全になくなり、アルベルトへともたれかかる。
睡魔に襲われたルイスは、少しばかり苦しそうなアルベルトの背に背負われて、とあるバー「sin」へと入っていった。
カロンカロンとベルが鳴り、中で台を拭いていた茶髪の、生物学的には男であろう女性が顔を上げ、不快そうに眉を寄せた。
「あらやだ、なぁに?その子。まぁたアタシというものがありながら浮気?」
しかも健康であればそこそこいい男じゃないと呟いた女性?は、トントンと机を叩き席を二つ指す。
座れ、と促されていることに気付くとアルベルトは少し苦笑気味に女性?の髪を一撫でした。
「ありがとう、シン。この子は新しい子だよ。戦いには一応参加しない…かな」
「また待機ぃ?これで何人目よ、あなた。物好きねぇ」
シンと呼ばれた女性?は呆れたという心境を隠しもせず顔に出すと、水で濡らした布を持って来てルイスにこびりついた血を拭っていった。
まるで慣れたような手付きに、アルベルトはありがとう、と溢す。
「あら、良いのよそんなの。いつもの事じゃない」
シンは少し照れくさそうに頬を赤く染めて、アルベルトの額に口づける。
「こんなの、アタシ達にとっては少ない方じゃないの」
「…そうだね。皆はもう来ているかい?」
「えぇ、下に」
アルベルトの指した皆というのは、言わずもがな組織の一員たちだろう。
まるで慣れたような会話をした後、シンはまた黙々とルイスを拭いにかかった。
シン。犯罪組織アリスの幹部の一人である。
- Re: アリスの愛しい魂たち ( No.2 )
- 日時: 2018/01/21 08:36
- 名前: 神宮忠臣 (ID: lFsk8dpp)
扉には休業の看板を掛けて、シンはルイスにこびりついた乾燥した血を拭い続けた。
それを静かにアルベルトは眺める。暫く、穏やかな沈黙が続いた。
アルベルトはシンといるときの静寂を好いていた。ただ静かで、腹の探り合いもない、本当の穏やかな時間。シンは信頼できる子だ。気を張る必要もない。
そんな静寂はある怒声で打ち切りになった。
「おいカマ野郎!アルはまだ来ねぇのか!!」
勿論店内にはシンとアルベルト、ルイスの三人しかいない。
じゃあどこから聞こえてくるのか?
シンは非常に不快気な顔を隠しもせず出すと、足元を強く蹴った。アルベルトの苦笑が浮く。
今ルイスとシンはカウンターの中にいるのだが、床には大きな薔薇が描かれた絨毯がある。それをずらすと、そこには下へと続く大きな扉があった。
先程の大声はここから聞こえてきたのだ。
「おい!聞いてんのかよ!!」
怒声は止むことはない。シンは一度舌打ちを溢すと少し荒々しくその扉を開いた。そこには石造りの階段と、そこにもたれかかるようにして腕組みをする赤髪の男がいた。
相当苛ついているのか、その足元は貧乏揺すりを繰り返していた。
シンはあからさまに敵意を持ってその男を睨むと、アルベルトへと視線を投げかけた。
アルベルトも心得たとばかりに頷き、客席から立ち上がった。その足取りが少し重いのはやはりシンとの静かな時間に名残があるからだろう。
階段へと近付いて、瞬間アルベルトは息を詰まらせる。
「アル!てめぇ、いつまで待たせてるつもりだ!?」
「う、…ぐ、…ごめんよ、フォース。ちょっと拾い物を……」
そう、男、フォースがキレ気味に飛びついてきた為だ。
首が絞まって苦しいのかアルベルトはフォースの背をタップしていた。
しかしフォースは知ったことかと言わんばかりに締め上げて、見兼ねたシンに氷の粒を投げられて、そこでようやく不服気に開放した。アルベルトの顔は少しばかり青ざめているが、フォースは生きてりゃいいだろ、と言って腕を組んだ。
ここでシンが無情にも扉を閉じてしまう。
「とりあえずアタシはこの子見てるから。あいつらに顔合わしてきなさいな」
「……うん。じゃあ、頼むよ」
「カマ野郎、何があっても開けんじゃねぇぞ」
アルが逃げちまう。
そう言ってフォースはアルベルトへと視線を向け、呆れた、と言うように溜め息を溢した。
「…ルイス君に悪いことしちゃったな……」
「はっ、いつもの洗礼だ。どいつにもやってきたろ?」
フォースの視線の先には、少し申し訳なさそうに閉じた扉へと視線を向けるアルベルトがいて、気に入らないと言うように大きく舌打ちを打った。
フォース。幹部の一人で、アルベルトの右腕である男だ。
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