複雑・ファジー小説
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- Re:Logos
- 日時: 2018/01/30 21:18
- 名前: noisy ◆7lGlqurDTM (ID: eldbtQ7Y)
- 参照: http://www.kakiko.info/bbs2a/index.cgi?mode=view&no=199&p=6
Subterranean Logos改め「Re:Logos」と銘を打ち、再開させていただきます。
現在、以前のプロットなどを消失した状態からの再始動という形となりますが、以前の通り「グランドホテル形式」を採用し、またSubterranean Logosの頃に頂いたオリキャラも再利用という形で使わせて頂きます。
設定などはURLをご確認下さい。結構ミリタリーな内容も含めていますが、そこに関しては注釈などは設けません、解説もです。
相変わらずの「暗がりの救世主」となりますが、以後も何卒宜しくお願いします。
取り合えず、前置きは此処で締めさせてもらいます。
- Re: Re:Logos ( No.1 )
- 日時: 2018/04/19 20:46
- 名前: noisy ◆7lGlqurDTM (ID: eldbtQ7Y)
バックナンバーです。
タイトルは海外のアルバム等から引用させてもらっております。
なお、著作物の名称に著作権は発生しません。
また2000字以下で投稿した記事は「加筆」という事で文章を追加します。
Re:Logos
1.The Gray Chapter (Slipknot 5nd アルバムより)
>>2 >>5 >>6 >>7 >>8 >>9
2.Pretty Hate Machine (NineInchNails 1st アルバムより)
3.Desperado (Eagles 2nd アルバムより)
4.The Dark Side Of The Moon (PinkFloyd 9th アルバムより)
5.Brain Salad Surgery (Emerson,Lake & Palmer 5th アルバムより)
6.See You On The Other Side (Korn 7th アルバムより)
7.Epitaph (KingCrimson 1stアルバム「クリムゾン・キングの宮殿」より)
番外
1.Invisible Touch (Genesis 16thアルバムより)
サリタ・サバテル・バルデラス(未登場)について
- Re: Re:Logos ( No.2 )
- 日時: 2018/01/31 00:35
- 名前: noisy ◆7lGlqurDTM (ID: eldbtQ7Y)
1st The Gray Chapter
今から約三十万年ほど前、人間という存在はこの地球に生まれてきたらしい。幾重のも世代を重ね、多くの生と多くの死を成し、現代に至るまで人間の最大の敵は「飢え」という代物だった。その中で人間は進化し、自身の脂肪を分解、糖分をつくり活動のための原動力としてきた。それと同時に血糖を上昇させるためのホルモンを備えたのだ。こうして人間は「飢え」」という最大の敵を克服した。
次に人間の最大の敵は「人間」自身となった。各地で互いが互いを殺し合い、否定し合い、三度にも及ぶ世界大戦を繰り広げ、ようやく人間は自らを敵にする事を止めたのだ。もう敵は訪れないだろう、そんな事を考え出した矢先である、地の底深くから新たな敵が現れたのは。
地底に潜ってしまえば、夜も朝も関係なくなってくるものだ。太陽の日差しが厭に眩しいのだろうか、口が裂けた——まるでジョーカーのような——女が、眉間に皺を寄せ、顔を顰めている。右手にはガンケースを担ぎ、顔を歪めた女が一歩、また一歩と歩む。
彼女は地下へと向かう巨大なエレベーターに乗り込むと、最下層「B17F」書かれたボタンを押す。途端、黒板を引っ掻いたような音がスピーカーから出力され、女の表情は更に険しくなり、「このボロめ」と悪態を吐いたのだった。それと同時にエレベーターの扉をガンケースで突くと、警告音が鳴り響き、機械音声が抑揚のない声で緊急停止をしたという旨のガイダンスが流れ始めるのだった。やってしまった、と額を押さえ、ガイダンスの指示通りに、緊急停止を解除すると再びエレベーターが下降し始める。これを部下に見られようものなら、あっという間に流布され、暫くは嘲笑の的になってしまうことだろう。
少しずつ太陽の熱が失われ、暗くなってゆく。エレベーターの窓から日差しが入り込む事はない。赤い警告灯だけが視界を約束してくれる。その頃にはエレベーターの妙な機械音にも慣れ、特に気にならなくなっていたが、今度は空調の不具合から来る肌寒さに悪態を吐いている。尤もエレベーターの扉を殴ったりはせず、舌打ち程度に留めていたのだが。
目的の「B17F」に到着するとエレベーターは、音もなく扉を開け、静止していた。それから降りるとエレベーターはやはり音もなく、上へ、上へと登っていく。不気味な程に静かなそれを見送り、前を見据えると足元に備え付けられた、緑色の補助灯に照らされた見知った者が二人、そこに居た。
「お帰りなさい。五科長」
「出迎えか? カケハシ。……ターナも」
「そういう訳じゃないね! 今日は此処の守衛さ、科長もこんな物騒なもの持った出迎えは嫌でしょ?」
そうやって大声で言葉を発する、背の高い西洋人の女の手にはPDWが握られていた。同じく、やや背の低い東洋人の女もそれらしい物を携えている。彼女達はオートマタと呼ばれる機械の兵士である。進化しすぎた人工知能の成れの果てなのだ。ターナと呼ばれたそれはドイツで生まれ、白夜の名を意味する「ミッターナハツゾンネ」という名を冠し、カケハシと呼ばれたそれは日本で生まれ、梯川から名を借りた個体である。
「そうか、ご苦労。進入しようとする馬鹿が居たら問答無用で撃ち殺してくれ、此処にやってくる馬鹿は"上"でも生きられないからな」
「えぇ、命のままに」
「励めよ」
「勿論さ!」
短く言葉を交わし、口の裂けた女は足音を立てて、再び歩み始めた。ジョーカーの後姿を見送り、二人の女は壁に寄りかかりながら、ぼんやりとエレベーターの方を見据え続ける。何かを考える訳でなく、ただただ彼女達は進入しようとする部外者を殺めるためだけに、そこに存在し続けるのだ。課業止めの号令が鳴り響く、定時が来るまで。
厳つい黒人の男、その後姿が食堂にあった。ヘッドフォンで何かを聞いているようだ。彼の足は軽快にリズムを刻み、漏れる音はリズムに相反し、重厚かつ激烈な物で、時折高音の際立ったメロディーが聞こえている。音数の多さに溺れてしまいそうになる。ヘッドフォンのケーブルを辿っていけば、それは膝に乗せられた楽器のジャックポットから伸びている。丸みを帯びたボディーに四つのボリュームノブ、男の右手は弦を弾き、左手は弦を押さえている。振動する弦から、少しだけ不愉快な音が発せられているのは気のせいではないだろう。
「……またか」
ジョーカーは黒人の後姿を見るなり、冷ややかな微笑を浮かべて、静かに歩み寄っていく。ガンケースをテーブルの上に置いても、気付かれる事はない。ついにその背後まで迫ると右側のヘッドフォンを掴み取り、耳元で囁いた。
「プラネット・エックスとは随分と趣味が良いじゃないか、私はデレク・シェリニアンの硬いリードトーンが好きなんだが、お前はどうだね」
「俺はトニー・マカパインのドンシャリな切れた音ってのが好きなんだ、黒人贔屓じゃねぇぜ?」
「知っているともさ」
そうやって軽口を叩き合うと、男は楽器をテーブルの上に置いてジョーカーへと見合う。互いが浮かべるのは微笑だけ。それが十秒ほど続く。
「良い物は何十年経ったって良いもんだろ」
「それは同意する。——所で一科長殿。此処でそんな事をしている"お暇がお有り"で?」
「あぁ、そういえばそうだったな」
「全く……。大体、お前は一科を率いている自覚がない、そんなんだから——っ!」
「口喧しいのはクールじゃあない、クレメンタイン」
ジョーカーの口を右手で塞ぎ、黒人の男はニヤニヤと笑って見せた。煽られた事実にクレメンタインと呼ばれた「ジョーカー」は引き攣った笑みを浮かべ、目を見開き、怒気を発していた。強張るクレメンタインの表情に、男は一瞬だけ焦ったような表情を浮かべ、彼女の右手首にされた時計の時間を見るのだった。時刻は「12時48分」を示している。
「会議室、13時までに来い。さもなくば……、その黒い顔を青褪めさせてやる」
比喩めいた脅し文句を男にぶつけ、クレメンタインはガンケースをテーブルに置いたまま、静かに歩み出した。腰の手前まで伸びた白髪混じりの茶髪が、歩みに伴って上下左右に揺れている。その後姿を見たまま、男は額に手を当てて溜息を一つ。
「あーあ、おっかね」
小さく呟いた恐怖の念は、誰の耳にも届くことなく、ただただ何処かへと消え去るのみだった。
クレメンタインは眼前の四人を睨み付けるような視線で見回した。一人は先程、クレメンタインに捕まり、戒められた黒人の男。その左隣、テーブルに肘を付き、クレメンタインを見るツナギ姿の女が一人。その向かい側にはフラックジャケットを羽織り、厭に目が据わった如何にもな男が一人。そして、その右隣では人ではない何かがが、微動谷せずクレメンタインを見ている。顔立ちは人から大きく掛け離れており、目、鼻は一応存在しているのだが、口はなく黒い鉄のマスクで覆われていた。
「全員揃ったようで何より。ギルバート、休暇中の私達を呼び戻したのだ、報告を」
ギルバートと呼ばれた如何にも軍人めいた男が、ゆっくりとクレメンタインを見つめていた。その双眸は獣のようでぎらつき、鋭く研ぎ澄まされたナイフの刃先のよう。指先でなぞるのも憚られる。静まり返った会議室の中、フラックジャケットが擦れる音だけが響き、クレメンタインのひりついた雰囲気が辺りを緊張させるのに力を添えた。
「……あぁ。昨晩偵察中の連中が化物共と遭遇、即時交戦に突入した。結果、撃退に成功こそせど一科から五科まで四人の戦死を確認した。生存した科員へ撤退命令を出したが、彼等が戻って来ないんだ。再度此方からコンタクトを取ったが応答もない」
「なるほどな、MIA認定すべきか、せざるべきか。という事か」
部下の死に対し、クレメンタインは大した反応をする訳でもなく、淡々と言葉を紡ぐ。まるで人を道具のように扱うようにも見え、それは平時ならば異常とも思える光景ではあるが、彼女を取り囲む者達全員が表情一つ変える事なく、耳を傾けていた。
「それもあるが、此処の守備が一人でも欲しかったから呼び戻したというのが実情だ。……彼等を助ける余力も、考えもない」
「では、早急にMIA認定を下し、補充要請を掛けておくとしよう。……解散だ」
「今度はちったぁ使える奴が来れば良いんだがな」
「人間は脆すぎるし、オートマタわんさか寄越せば良いじゃない。ね?」
解散の号令に好き勝手に立ち上がり、立ち去る人間達は軽々しくそう言い放つ。彼等は麻痺しているのだろう。長く戦場に居座り、生き続けてきた故に、死が身近になり過ぎ、命という物を非常に軽々しく見ている。故に一人、人間ではない者は多少の胸糞悪さを感じていた。
「……どうしたハルカリ? 明後日な方向を見て」
「いえ。五科長、命という物は無価値なんだなと、少し思っただけです」
「そうさなぁ。地下に潜って、化物達と遣り合ってるんだ。私達は云わば自分から墓穴に飛び込んだ、自殺志願者にも等しい。そんな奴等の命はそこの綿埃と同じくらいの重みしかない」
そうクレメンタインは床を見下ろしながら言う。視線の先は踏み躙られ、分裂寸前のズタボロで、小さな埃が転がっているだけだった。果たして命という物は吹けば飛んでしまう、そんな軽々しい物でしかないのだろうか、尽きることのない機械の身体を持つ故の疑問が人工知能のチップを過ぎる。
「人間というのは冷血です」
「そうでなければお前達のようなオートマタを作ったりしないさ。……人間って生物は冷たい凍りついた心とエゴで出来てるんだ」
口角を吊り上げ、嘲るような笑みを浮かべたクレメンタインに一抹の悪寒を抱き、ハルカリは息を飲む。人間がオートマタを作った理由を思い返せば、確かに人間という物はクレメンタインの言うとおりの存在だ。自分達は戦場で人間の変わりに戦い、過度に放射能汚染された地域での作業をするために作り上げられた代物だ。人間のエゴと、利己的な精神が交わって作られた合いの子なのだ。
「……すっかり忘れてましたよ、そういえばそうだって」
小さく、小さく消え入るように呟いた言葉に、クレメンタインの嘲笑は一瞬翳りを帯びたように感じられた。彼女の血肉の奥底、どこかに潜む冷たい心という物が軋み、音を立てているような気がして仕方がなかった。
- Re: Re:Logos ( No.3 )
- 日時: 2018/01/30 23:08
- 名前: メデューサ ◆VT.GcMv.N6 (ID: I.inwBVK)
どうも、メデューサです。お久しぶりですね
正直待ってましたって感じです。
またこの小説が読めることが嬉しくて嬉しくてたまりません。本当にありがとうございます!
更新応援してます!
- Re: Re:Logos ( No.4 )
- 日時: 2018/01/31 00:18
- 名前: noisy ◆7lGlqurDTM (ID: eldbtQ7Y)
>>No.3 メドューサさんへ
お久しぶりですね。黛とエレン、チョウセキの件ではお世話になりました。
長らく放置をせざる得ない状況となりまして、結果的にはプロットを喪失するという情けない話の果て、今こうしてリテイクしている現状です。
私自身、今こうして戻ってきたのは当サイトにて物凄く作りこまれた作品を発見したからでして。彼等は当サイトでは異質中の異質です。それに触れ、物凄く良い刺激を受けた結果です。
メドューサさんは文章を書かれていないようですね、差し出がましい話ですが、私のこれがあなたにとってそういった物になれれば幸いです。
では、失礼します。
- Re: Re:Logos ( No.5 )
- 日時: 2018/01/31 12:22
- 名前: noisy ◆7lGlqurDTM (ID: 7WA3pLQ0)
身動きが取れなくなったLAVが声一つ挙げず、止まっていた。運転席に座り込む死体は、自分の愛車から離れようとせず、強化ガラスで作られた窓から暗がりを黙したまま睨み付けている。
そのLAV上部に取り付けられた機関銃席の中に座り込んだ、青年は胸の前で十字を切った。残弾は残り少ない上に異形の化物達が何処まで迫っているか分からない。今から一秒後、一分後、いつ訪れるか分からない死という物が目の前をチラホラと反復している、そんな状況に苛まれ、腹の中で何かが蠢き気分を害してくるのだ。
「イッスンサキはヤミって奴ですね。この状況」
と、余り抑揚のない声で、客観的に呟く女に青年は辟易とした様子で視線を送った。外部のカメラと通信機を復旧させるために、彼女は先程から新たに電路を引き直しているが、一向に終える様子はない。だというのにこの軽口、命の危険に脅かされているという実感はないのだろうか。青年は苛立ちを隠せずに、機銃席の窓を蹴り付けた。強化ガラスで作られたそれに皹が入るはずもなく、ただ足に走る鈍痛に顔を顰める。
「陸、余りカリカリするものではない。そこにレーションがあるだろう、少し齧って落ち着き給え」
そう静かな口調で語りかける男性型オートマタが一人。柔らかな口調に反し、彼が傍らに抱く短機関銃はセーフティが外され、いつでも撃てるような状況にあった。彼と向かい合うように座る女性型オートマタもそうだ。苛立っているのか、眉を顰め、膝に置いた自動小銃のセーフティは外され、引き金に指が掛けられていた。
「……ヴァルトルート、まだ終わらないのか」
言葉は静かだが、微かに怒気を纏うような言葉で女性型オートマタは呟くようにいう。ヴァルトルートと呼ばれた軽口を叩く女は、返答せずに軽く肩を竦め、ニヤっと小さく笑って、再び電路を引くため電線を手に持ったまま、座席の下へと潜っていく。
「何が面白いんだ」
「いや、ブッチャケね、オートマタも死ぬのが怖いんだなぁって」
オートマタは二人居り、彼等の反応は二様だった。片方は死など恐れるものか、恐怖は唾棄すべきもの。恐怖こそが死を招くと笑う。もう片方は死は恐れるべき代物、生こそ至上。死は徹底的に忌憚しなければならない代物。己の死も、他者の死もだ、と悪態を吐くのだ。
「フルート。悪態付くならハルカリから破壊許可は出てるからね」
そういう女の手には小さなリモコンが握られていた、それを見せつけるなりフルートと呼ばれた女性型オートマタは悔しげな表情を浮かべながら、覗き窓から外を睨み付ける。高度な意思を持つ故、人間に逆らう事があった際の措置の一つ、それにはどんなオートマタとて逆らう事は出来ない。
「いやはやハルカリも容赦がない事をするもので」
「鬼の四科長だからねぇ。自分の生態反応がなくなったら、オートで自爆するような機構を付けてるし」
「なんともまぁ」
「や、嘘だけどね。マジで。……よしっ、こんなもんかな」
最後の電線を繋ぎ終え、ヴァルトルートはニィっと笑みを浮かべ、スイッチに拳を叩き付けるようにして、電源を入れる。一瞬、カメラにノイズ混じりの映像が付くも、次第にノイズは安定し、外の状況を見る事が出来た。
「……なるほど。これは酷いものですな」
カメラに写された映像を見ながら、アサシグレは呟くように言い放った。食い散らかされ、既に原型を留めない死体と、破壊され既に活動を停止したオートマタの残骸が辺りに散らばっている。薄暗い地下の中でも分かる程に、赤く染まった光景に陸は息を飲み、得も知れない恐怖を抱いた。自分は人の為に命を捧げると誓ったはずだ、それなのに、何故ここまで恐れるのか。何故、こうも死という物が恐ろしいのか。いつの間にか、左手が小さく震えていた。
「陸、撤収するぞ。俺がアロイスの死体を下ろしたら、そのまま運転する。陸はそのまま銃座に居てくれ」
ふと、アサシグレが静かに語り掛けた。現実に引き戻された陸は小さく頷き、鋼鉄の壁に囲われた銃座から外を睨み付ける。暗がりの中に何かが蠢いているが、中でカメラを睨んでいるであろうヴァルトルートから特に何も注意はない。
アサシグレの手で車外に放り出されたアロイスと呼ばれる男の死体が、ゆっくり、ゆっくりと遠ざかっていくが、死した彼に思いを馳せる余裕もない。何とかして生きて帰らなければならないのだ。
出来る事ならば、化物と遭わずに済めば良い。そう胸の前で拳を握り締め、暗がりに視線を向けていた。
唸るエンジン音に紛れて、時折聞こえる何か別の生物の咆哮に陸は苛まれていた。耳に入るたび、銃座を回転させてその方向を見遣るが何の姿も見えない。舌打ちをし、悪態を吐きながら、温くなってしまったスポーツドリンクに口を付ける。極度の緊張から喉が乾いていたのか、嚥下音が周囲に聞こえる程、大きく鳴っていた。
誰もその事について、言及する事はなく、気恥ずかしげに車内に視線を送るが、先ほどまで軽口を叩いていたヴァルトルートも真剣な様子で、カメラで外部の様子を見遣りながら、通信機を操作しながらアガルタとのコンタクトを取ろうとしている。尤もそれは成果を結ばないらしく、苛立ちを隠しきれずに車体側壁を安全靴で蹴っている。使い古し、靴先のゴムが剥げているせいで、金属同士がぶつかる鈍い音が響いていた。
「ブッチャケ、無線機壊されてるっぽい」
陸の視線に気付いたのか、肩を竦めながら彼女は言った。銃座に戻り、ぐるりと一回転してみるが確かにアンテナらしき物はない。いつの間に破壊されたのだろうか。
「さっきまではノイズ混じりに動いてたんだけど、今まったくダメなんだよねー」
ヴァルトルートのその言葉に一抹の不安を覚えながら、陸は銃座へと戻り、またスポーツドリンクに口をつけた。身体に沁みる。オートマタはこの感覚が分からないのだから、損をしていると思ったその時だった。ゴトリ、ゴトリと銃座の真上で物音がしたのだ。凍り付いたような表情を浮かべながら、真上を見上げる。スポーツドリンクのペットボトルが手から滑り落ち、背筋を走る悪寒に苛まれる。
「上に何かいる」
流石に鋼鉄の装甲を突き破る事はないが、もし上にいる何かが運転席側に回り、アサシグレを攻撃したならば一貫の終わりだ。もれなく全員死ぬ事だろう。陸の言葉を聞き取ったフルートが眉間に皺を寄せたまま、自動小銃のセーフティを外し、リアサイトから照準器を取り外す。近距離で撃つ場合は、照準器がない方が撃ちやすいのだろう。
「まだ撃つなよ、台風娘」
そう運転席からアサシグレが言う。台風娘と呼ばれたのが不服なのか、フルートは今にも噛み付きそうな表情でアサシグレを睨み付けたが、同時にヴァルトルートがリモコンをチラつかせ、事なきを得た。確かに自動小銃の弾ではLAVの装甲を抜く事は出来ない。百歩譲って、装甲を抜き、上にいる何かに弾を当てれても致命傷にはならない。第一、貫通できなければ車内で銃弾が飛び交ってしまう。
「ハルカリみたいにミニガン持ちなよ。7.62mmばら撒いたらブッチャケ快感だと思うよ?」
「……持てない」
「あっそ」
他愛もない言葉を交わすヴァルトルートだったが、外部のカメラを操作するその手は微かに震えている。緊張と焦りからによるものだろう。一刻も早く上に乗っている何かの正体を暴く必要がある。
「三人とも、対ショック姿勢を取ってくれ。一旦上から振り落とす」
そういうアサシグレは前も見ずに、ハンドルに伏せている。ちょっと早いのではないのだろうかと思いながらも陸は後部の座席に捕まり、頭を伏せる。ヴァルトルートもそれに習い同じような体勢を取った途端、アサシグレが急ブレーキを踏み込んだ。
車外と車内で何かが転がっていく音が聞こえ、すぐに頭を挙げ銃座へと陸は戻って行く。一瞬視界の端に移ったフルートが助手席と運転席の間に頭から突っ込み、挟まっていたが言及する暇などない。止まった車体前部に転がる、人の形をした何かを見据えるなり、陸は機関銃の引き金に手を掛ける。ライトに照らされたそれは醜悪なもので、思わず目を覆いたくなるような代物だった。
額は突き出、瞳は窪みながら真っ赤に光り輝いている。口はだらしなく開かれ、複数の舌のような物が垂れ下がり、その中から卸金のような刃が無数に覗く。やや猫背気味で正確な背丈は分からないが、180cm程はあろうか。まるで急激に痩せた元肥満の人間から垂れ下がるような皮膚、そこから覗く樹木の蔦のような何かが蠢いていた。
「——陸ッ!! 撃て!!」
醜悪なそれに視線を奪われ、引き金を引けずに居たが、車内で吼えるアサシグレの声に我に返り、引き金を引く。14.5mmの巨大な銃弾がその醜悪な身体に吸い込まれ、肉の欠片と真っ黒な血が散らばり、辺りを汚していく。断末魔の叫びを挙げる間もなく、原型を失ったそれを銃座から見下ろしながら、陸は小さく溜息を吐いた。同時に何事も無かったかのようにLAVは走り出し、散らばった破片を踏み潰す。
「化物には先制攻撃。さもなくば死ぬか、サックウェルみたいにスカーフェイスになってしまうぞ」
「五科長はアル・カポネなのかい?」
「梅毒で死にやしないけど、ロクな死に方しないのは確かだね。マジで」
本人の居ない場所で彼女に対する揶揄をそれぞれ口にし合い、和らいでゆく空気に陸は胸を撫で下ろした。
「にしても、もう俺達、MIA認定されてそうだよね」
「……まぁ、してるだろうな。次の補充を要請するために。あの女はそういう女だ」
「へぇ、結構辛辣な評価じゃん? ブッチャケなんかあった? 」
やや俯き加減で語るフルートの顔を覗き込みながら、ヴァルトルートは問う。近すぎる顔に気付き、それを押し退けながら淡々とフルートは語り始めていた。
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