複雑・ファジー小説
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- AnotherBarcode アナザーバーコード
- 日時: 2020/12/07 18:30
- 名前: ヨモツカミ (ID: 6fVwNjiI)
- 参照: https://www.kakiko.info/profiles/index.cgi?no=12746
生きていれば。生きてさえいれば、いつか幸せになれると思っていた。
私だって、生きてても良いんだって。誰かと一緒に笑う事も出来るんだって。
そんな夢を、見ていた。
それが幻想だとわかっていても。私達は望まずにはいられなかった。
普通に朝を迎えて、普通に誰かと過ごして、そして普通に1日を終えて、普通の明日を待つ。そんな幻想に酷く焦がれたところで、永久に叶うことはないのに。
………………………………
これは、継ぎ接ぎバーコードとは別の、もう1つの話。
こんにちは、ヨモツカミです。以前からオリキャラ募集して、話だけ練ってたのですが、ようやくスレ立てすることができました。
本編では明かさなかった事とかオリキャラ募集で投稿頂いたキャラなどが主に活躍します。つぎば本編も読んでいるともっと楽しめるんじゃないでしょうか。本編読んでなくてもなんとなくわかるような説明も入れるつもりですが。
【目次】>>15
よくわかんない投稿の仕方してるので、1レス目から見るとかじゃなくて、目次見たほうがわかりやすいと思います。
【キャラクター関連】
登場人物詳細その1>>16
桜色の髪の少女>>1 ロスト>>21
ロティス>>2 レイシャ>>24
アイリス&シオン>>6
【軽い説明】
群青バーコード
青色の、通常のバーコード。モノによっては人の役に立つかもと考えられている。バーコード駆除の為の兵“カイヤナイト”は群青バーコードで構成されている。
翡翠バーコード
緑色の、失敗作を意味するバーコード。暴走しやすかったり、力が使えなかったり、ヒトとして機能しなかったりする。大体はすぐに処分される。
紅蓮バーコード
血のような赤色の、殺人衝動をもつ、特に危険なバーコード。うまく使えば兵器として使えるため、重宝されたりもしたが、基本的に危険視されており積極的に駆除される。
漆黒バーコード
全てを吸い込む様な黒色。殆ど謎に包まれている。本当のバケモノだと恐れられている。
ハイアリンク
バーコード駆除専門の軍隊。基本的に人間で構成されているが、その中にバーコードで構成された特殊部隊“カイヤナイト”がある。
【お客様】
メデューサさん
2018年2月6日スレ立て
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.40 )
- 日時: 2021/03/21 16:40
- 名前: ヨモツカミ (ID: pNKCfY7m)
「まだ、終わってないよ」
幾百幾千、数え切れぬほどに広がったナイフの行列。それはこれから死に行く一人の男に群がる、一足早い葬列のようであった。脚を潰されようと這って逃げようとするその眼前に、黒い影が走る。突き刺さったナイフは、手の甲に突き刺さる。鱗が剥げ落ちてもいないのにいとも容易く貫通した。
意志で負けた彼の表皮が脆くなっているのか、それとも数々の素行に腹に据えかねた感情をジンが刃に乗せたのか。あるいはその双方かもしれない。いずれにせよ、もうこの瞬間には勝者と敗者は明確に決していた。逃げ惑う術さえ奪われた男は、死神が迫るのをただ待つのみ。
先ほど胴を切り裂いたその時、少年の服も同様に両断されていた。脱げかけの、はだけたその服から彼の胸元が露わになる。そこには、異質なバーコードが刻まれていた。
欠陥無い、海のような群青色をしている訳では無い。欠陥品の、錆びた青銅のように緑に侵されてもいない。理性を焼き焦がすような朱にも染まっていない。ただただ、全てを飲み込むような漆黒。真っ黒なバーコードが刻まれていた。
近頃バーコードの間で流れている噂の事を、恐怖で顔をひきつらせたその男は思い出していた。バーコードを殺し、世を徘徊する謎の能力者、その胸には紅蓮でも群青でも翡翠でもない、漆黒バーコードが刻まれていると。
端的に男は『死神』と呼ばれた存在を頭に思い浮かべていた。
逃げることなんて、もうできなくなっていて、命乞いすら聞き届けられない。返り討ちにしようにも、この男は死ねないとまで言い出すではないか。もし彼が不死身でないにせよ、今更逆転できるとは思えなかった。
ぼろりと、腕全体と、そして首元から鱗が零れ落ちた。春先、屋根の上に積もった雪が崩れるように、次々と少しずつ剥がれていく。不完全な変身能力は彼の心が折れると同時に、解けてしまった。
むき出しになった肌は、静脈が浮き彫りになったかのように青白かった。その上を覆うように、だらだらと傷口から鮮血が。
太ももにナイフが突き刺さる。また鋭い痛み、そして苦悶の声とが。
左下腹部をナイフで裂かれる。内臓に流れ込む血液が勢いよく噴き出した。
肩の肉が削げ落ちる感覚。体温がその肉ごと奪われていく感覚。
「君は虎の子を踏んだんだ」
前腕大腿手の甲左頬、脛に頸動脈ふくらはぎ。目にも止まらぬナイフ捌きで、身の丈程の肉塊を捌くようにジンは刃を振るい続ける。ナイフについた血の一滴が、宙を舞って。傷から噴き出た血潮がジンの体を濡らした。胸元のバーコードが血を浴びなおも真っ黒に主張し続ける。
それはまるで、どれだけ血を浴びようとも前に進むと決めた、少年の決意のように揺るぎなく。
解体は進む。斬って切って斬って切って、刺して貫いて切って引き裂いて刺して裂いて貫いて刺して刺して刺して刺して刺して刺して刺して。表皮と言う表皮全てを埋め尽くすように黒刃にその細い体は包まれた。
「もう、殺してくれ……」
呆れるほどの痛みと、己の体液とで赤一色に塗りつぶされた視界。全身隙間なく襲い掛かるような焼けるような熱。それら全てに嫌気が差し、彼はいつしか終焉を願った。
それに比べジンはと言うと淡々としたもので。
「言われなくても」
たった一言。
両の手に握りしめた二本の刃で、その喉を一息に両断した。二つの刃の先端十センチほどが喉ぼとけ深々と切り込んで。中心から外側へ切り開くように二閃。気道も食道も巻き込んで、ぶらりと頭が垂れる。
そしてその胸元のバーコードを、数本のナイフを束ねて一息に抉り抜いた。弱弱しく打ち鳴らされていた拍動、それも心臓を貫かれれば儚くも止まってしまう。
全身脱力、人形のように生気が抜かれたその体は、命と言うエンジンが取り除かれて、おかしな体勢で地面の上に広がってしまった。
これで終わり。虹彩からは光を失い、肺が膨らむことも心筋が伸縮することもなくなった死体を見て思う。終わりがある、それだけで君はずっと幸せだったよと。
確かにいつか終わりが来ると言うのは、悲しいことなのかもしれない。風に揺れるクラウスの髪を思い浮かべつつ、ジンはそう思った。
けれども、終わりがない絶望も知るべきだ。血だまりに溺れて、死体の山に囲まれて、けなげにも笑う少女の横顔を思い出した。その髪は、綺麗な桜色をしていたのに濁った血の色に染められていた。
また汚れちゃったよと、笑うその顔の裏で、君はどれだけの数泣いたのだろうか。それはきっと、少年が彼女を慮った回数と同じだろう。
仇は討ち、踵を返す。二人の所に帰ろうって。振り返れば、虹が見えた。虹の下には宝物があると言う。向こうに行けば彼女に会えるだろうか。そんな感傷的なことを、柄にもなく考えたりなんかして。
自分のことをセンチだなんて嘲った、そんな時に足音が重なったまま響いてきて。目の前にある曲がり角、七色の端の根元と重なるようなところから、ひょっこりと人影が二つ。
よろよろと、痛ましそうな足取りで、血色の悪い青年二人が現れる。片割れは日頃から悪い顔色をさらに白くして、もう一人はいつも感情に乏しい顔をさらに疲れさせて。
「虫の息の怪我人が、何してんの? 死にたいの?」
折角助かったくせに。ぶっきらぼうにそう吐き捨てる。先ほど叫んだ声が聞こえてたりなんかしたら堪ったものではない。
苛立たしさを滲ませ、細めた目で二人のことを睨みつける。睨みつけた相手の瞳は、悲しそうに揺れていた。
クラウスが「血……」、そう口ずさんだため、ジンは全身くまなく鉄臭くなってしまった事実をようやく把握した。これだけ血を浴びたのは久々だったか。
クラウスが歯を噛み締めて、口角を下げる。眉を八の字にして、それはまるで恐れているようであった。
いつか自分たちを殺すと言った男が、こうやって血を浴びてたらそりゃ怖いよなと、自嘲し、苦笑する。怖がらせてしまったその事実が、今度は彼の胸を抉ってきたようだった。
怪我したばかりであいつらも大変だ、近づかないようにしてやるか。少し体でも洗おうかと去ろうとして。動き始めたその歩みを遮るようにクラウスは目の前にやってきた。
そしてそのまま、小柄な少年を包むように抱きしめた。頭のてっぺんから腰の辺りまで、美術品の品質を確かめるように手を用いて丁寧にその体を確認した。
クラウス自身の血で汚れて、茶色いしみが大きくついたシャツの上に、また乾く前の真っ赤な塗料が。
「怪我してないか? 痛いところとか無い?」
慌てふためくその様子に、彼は恐れているというよりも心配していたのだということを理解した。たった一人で危険なバーコードに立ち向かうと決めた少年のことを。
いやきっと、恐れていたのだろう。ジンが怖いって、痛いって泣いて……もしくはどこかに行ってしまうのではないか、そう思って。
全身が熱くなる予兆を少年は感じ取って。それを悟られるのが嫌で嫌でどうしようもなく、抱きしめてくるその男の事を突き飛ばした。
「ばっっっっかじゃないの!? ねえ馬鹿なの? 馬鹿なんでしょ? 僕を誰だと思ってんだよ」
実のところ怪我もしたし、斬られたところは痛かった。けれど、そんなものもう、全部どうでもよかった。
「照れんなって。お前が無事で俺たちも嬉しいぜ」
「なっ……その言い方、まるでクラウス達が無事で僕が喜んでるみたいじゃないか!」
「だぁから照れんなって」
「うっさい、ばーか!」
陽気な昼下がりに、からかうクラウスの声とジンの子供っぽい罵倒が響き渡る。
すぐそこにしたいがあるってのに呑気なもんだと、トゥールは嘆息した。
「絶対認めないからな」
「何が?」
ジンが何を否定したのか分からないクラウスは、無邪気に尋ねる。しかし、そっぽを向いた少年が答える様子は無かった。
虹のかかるその足元から現れたからと言って。
受け入れがたい己の想い、それを吐き捨てるように胸の内に呟いて。
誰の耳に届くことなく彼の心の奥底に沈んでいく。
お前らが宝物だなんて、決して認めてやるもんか。
背を向けたその少年が、そんな事ぼやきながらも穏やかな笑みを浮かべていたことを、誰も知らない。
これはいつか、訪れるかもしれない、三人の物語。
***
ひがさんに頂いた二次創作でした。良い。
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.41 )
- 日時: 2021/03/21 20:27
- 名前: ヨモツカミ (ID: MrY5jOgD)
【コラボ】 No.05 完結記念の系譜
クラウス「トゥール、聞いたぜ! アケに出番取られたってな!」
トゥール「取られたわけではない。怒るぞ」
クラウス「まあいいじゃん。そのうち出番くるって」
ジン「そうだよ、落ち込まなくていいよトゥール」
トゥール「落ち込んでない。お前ら噛むぞ」
アケ「……そういうわけで、こんかいはぎんちくさんにしめいしていただいて、コラボによんでいただきました。ありがとうございます」(これ以降アケの漢字変換縛りが面倒なので漢字表記します)
ジン「アケ1人で大丈夫? なんかあったら呼んでいいからね」
アケ「ジンくんありがとう。わたしは大丈夫だよ。相手のヒトもかっこいいお兄さんって聞いてるし。楽しみ」
ジン「カッコイイ……ふん、そんなのどうせ顔だけのもやしでしょ。騙されないように気をつけるんだよ?」
アケ「? わかった。それじゃあ、お呼びします。闇の系譜主人公の、ルーフェンさん! お入りください!」
ルーフェン「どうも、こんにちは。お招き頂いてありがとうー」
ジン「……ほら、顔がいいだけのもやしだよ、白くて顔がいいだけじゃん」
アケ「ジンくんうるさいから早く出ていって。ルーフェンさんこんにちは、うちの主人公がごめんなさい、今出ていってもらうので」
ルーフェン「あはは、早々に失礼だなぁ。男の嫉妬は醜いんじゃない?」
ジン「なんだこのっ……!」
アケ「ジンくん」
ジン「く~~ッ、この! 若白髪!」(退出)
ルーフェン「じゃあねー、ジンくん? なんだかからかい甲斐ありそうな子だったね」
アケ「わたしが言うのもなんですけど、子供っぽいところばっかなのに年上ぶったりお兄ちゃんズラしてくるヒトで……ちょっと困ったさんです」
ルーフェン「まあ、そうむくれないで。きっと君のことが可愛くて仕方ないんだよ。ところで、君の名前を聞いてもいいかな?」
アケ「自己紹介まだでしたね。アケです。多分13歳くらいです。今日はよろしくお願いします」
ルーフェン「アケちゃんだね。知ってると思うけど、俺はルーフェン・シェイルハート。闇の系譜シリーズの主人公やってるよ。こちらこそ、どうぞよろしく」
アケ「聞いていたよりもカッコイイお顔でびっくりしました。なので、こうしてお話できるのがすごく嬉しいです」
ルーフェン「本当? アケちゃんみたいな素敵な女の子に褒めて貰えると、俺も嬉しいな。あと数年も経って、大人になったアケちゃんが相手だったら、さっきのジンくんとやらが、それこそ二人っきりにはさせてくれなかったかもしれないね」(手を取って)
アケ「そうなのかな。でも、どんなヒトと一緒にいるかなんてわたしの自由だから、ジンくんにそういうこと言われたら、ジンくんのこと嫌になっちゃいそう」
ルーフェン「だから男の嫉妬は醜いよ、ってね。でも、そう言わないであげて。それだけジンくんは、アケちゃんのことが大切ってことなんだよ」
アケ「そっか。ジンくんがそう思ってくれてるとしたら嬉しいな。……あ、お話だいぶ逸れちゃった。完結記念コラボなんだった。ルーフェンさん、完結おめでとうございます」
ルーフェン「ああ、ありがと。といっても、改まって祝う必要があることなのかどうかは、甚だ疑問だけど……」
アケ「でもルーフェンさんや他のヒトたちが頑張ったから完結したんだよね? んーと、そしたら、おめでとうというよりお疲れ様なのかな。とにかくすごいと思う」
ルーフェン「そうだね。まあ確かに、銀竹は疲れたしめでたいって叫んでたよ。当事者からするとよく分かんないんだけど、随分長く書いてたみたいだからね」
アケ「ルーフェンさんはあんまりそう思ってないみたいだけど……」
ルーフェン「うーん、どうだろう。長かったっていう点は同感だけど。……なーんて、暗い雰囲気にするつもりじゃないんだ。折角来たんだし、ありがたくお祝いしてもらうよ」
アケ「うん! ルーフェンさんは笑顔の方がカッコイイからね。ね、ルーフェンさんは好きな食べ物ってある?」
ルーフェン「好きな食べ物かぁー……甘ったるいものはちょっと苦手だね。ご馳走してくれるの?」
アケ「ルーフェンさんがよかったら! わたし、オムレツ作るの得意なの! 大丈夫、甘くないオムレツだから」
ルーフェン「えーほんと? とっても嬉しいよ。まさかアケちゃんの手料理を振る舞ってもらえるとは思ってなかったなぁ」
アケ「えへへ、じゃあ少し待っ」
(入室)ニック「ボクですらアケの料理食べたことないのにそんな胡散臭い男にご馳走するなんて許さないぞ! 許さないぞ!!!(泣)」(退出)
アケ「…………ごめんなさい、怒られちゃったからまた今度」
ルーフェン「そっかぁ、残念だな。アケちゃん、随分保護者が多いんだね。ていうか何、もしかして、この部屋見張られてんの?」
アケ「監視カメラついてるのかな……あそこの観葉植物のところとか」
ルーフェン「なるほどね、わざわざ別室で俺たちを見ているわけだ。じゃあアケちゃん、しっかり進行しないといけないね?」
アケ「わわ……しっかりする。と言っても記念コラボって言われてるだけで、何をしなきゃとかは言われてないんだけど。ルーフェンさんのこと色々知りたいな」
ルーフェン「あれ、そうなんだ。行き当たりばったりはいつものことかもしれないけど、企画丸投げって、アケちゃんも大変だねぇ。俺のことかぁー……知ってもらえるのもいいけど、俺はどちらかというと、アケちゃんのことが知りたいな。アケちゃん、今日、ここへは誰と来たの?」
アケ「今日? さっき部屋に入ってきた金髪の、ニックていうヒトとマリアナさんっていう青くて綺麗なヒトと一緒にきたよ。呼ばれてるのはわたしだけだし、1人で行けるって言ったんだけど、着いてきてくれたの」
ルーフェン「それと、最初にいたジンくん? ってことは、三人が部屋の外にいるのかな?」
アケ「ジンくんは主人公だから、他の企画の仕事してるかもしれない。ニックとマリアナさんは本編の仕事無くなってニートだって言ってたけど」
ルーフェン「そう、なら見張りは二人かぁー……ね、どうする? 二人くらいだったら、出し抜いてどこか行っちゃう? 監視されたままじゃ、思うように話せなくない?」
アケ「わあ、ルーフェンさん王子様みたい。えへへ、何処へ連れて行ってくれるんですか?」
ルーフェン「俺が王子なら、アケちゃんがお姫様だね。そうだなぁ……二人きりになれて、且つお姫様の緊張がほぐれるような場所がいいね。着いてからのお楽しみってことで、どう?」
アケ「素敵~!」
バァンッ(入室)ニック「コラコラコラうちの子に何しようとしてんスか!? マジなにしてんの通報するっスよ!?」
アケ「ニック魔王ごめんね、わたしをさらってくれる王子様に出会っちゃったから……」
ニック「誰が魔王やねん! 帰ってきなさい!」
ルーフェン「ごめんね魔王、ちゃんと夕方には帰ってくるよ。ほらお姫様、手を出して、目をつぶって。今から、魔術で移動するよ」
アケ「魔術……! よ、よろしくお願いします!」
そう言ってアケは手を差し出しながら、キュッと目を閉じる。
引き止めてくる魔王の叫び声がふっと消え、次に聞こえてきたのは、微かな葉擦れの音と、小鳥たちの鳴き声であった。
2人の目の前には、なだらかな花野が広がっている。
初春の日差しが燦々と降り注ぎ、爽やかな風が吹き上がると、花の良い香りがふわりと立ちのぼってきた。
ルーフェン「……ついたよ、目を開けてごらん」
アケ「えっ? さっきまでつぎば事務所にいたのに。すごい、綺麗! ルーフェンさんどうやったの?」
ルーフェン「移動陣を使ったんだよ。まあ、魔術の一種さ。どう? ここなら他に誰もいないし、のんびりお話できそうでしょ」
アケ「すごいなあ。ルーフェンさん、ありがとう。一瞬で移動しちゃう魔法も、こんなに綺麗なお花畑も、初めて。……そうだ。ルーフェンさんは、こういう景色を見けてあげたいヒトっている?」
ルーフェン「見せてあげたい人? 今は、君に見せてあげたいと思ったんだけど、そういう話じゃなさそうだね」
アケ「んー、ルーフェンさんって王子様みたいにカッコイイから、いろんなヒトにモテそうだけど、その中にルーフェンさんが好きな人はいるのかなって。わたしより、もっと一緒にこの景色を見たいヒトがいるのかもって」
ルーフェン「褒めてくれてありがと。はは、そういうこと。アケちゃんくらいの年頃の女の子は、その手の話が好きだよねぇ」
アケ「それで、どうなんですか?」
ルーフェン「んー、どうしても知りたい?」
アケ「……2人だけの秘密にしますから」
ルーフェン「そうだなぁ……じゃあ、もっと近くに来て。耳、貸してくれる?」
アケ「んー?」
ルーフェン「……な、い、しょ」
アケ「もう! ルーフェンさんの意地悪!」
ルーフェン「あはは、アケちゃん可愛いなぁ。そこは、意中の人がいるかどうかなんて聞きたくないって言ってほしかった気もするけどね?」
アケ「単純に気になったの。ルーフェンさんみたいなヒトが大切に思うヒトって、どんななのかなあって。優しいヒトなのかな、綺麗なヒトなのかなって」
ルーフェン「そりゃ、男だし、優しい女の子も綺麗な女の子も好きだよ。アケちゃんみたいに、髪が綺麗な子も素敵だなーって思うし」
アケ「髪も見た目も綺麗な優しい(?)ヒト……アレクシアさん?」
ルーフェン「ん? アレクシアちゃんのこと知ってるの?」
アケ「うん。マリアナさんが、綺麗で優しいって言ってた」
ルーフェン「アレクシアちゃん、確かに美人ではあるけど、性格はきつい印象だなぁ。まあ、そこがいいって人もいるんだろうけど。そのマリアナさんってのは、そういう感じなの?」
アケ「うん! マリアナさんはすごく綺麗だし優しいよ! この間縄跳びっていう遊びの一番難しい技“はやぶさ”ていうの教えてくれた」
ルーフェン「いや、若干意味が違うけど……。まあ、いいか。そのマリアナさんって、さっきの事務所の外にいた子なんだよね? へえ、俺も話しておけばよかったなぁ」
アケ「……ルーフェンさん女のヒトなら誰でもいいの?」
ルーフェン「はは、そう言われると語弊がある気がするけどね。そういうアケちゃんこそ、かっこいい男の子がいたら、気になるお年頃なんじゃない?」
アケ「うん、カッコよくて優しいヒト大好きだから、ルーフェンさんのことも好き。だけど、普通はみんなわたしのことを嫌がるから、あんまり迷惑かけないようにしてる」
ルーフェン「見慣れない特徴の相手を嫌う人間ってのは、一定数いるからね。気にならないって言ってくれる人とだけ、仲良くすればいいと思うよ」
アケ「わかってるけど、やっぱり寂しいなって思う。わたしはみんな仲良くできたらいいのにって思うの」
ルーフェン「そう考えてる大人ばっかりじゃないから、難しいところだよね。生まれた時から、あえて仲違いしようなんて思ってる子はいないんだろうけど、それでも、世間的には叶わないんだから、不思議だね」
アケ「うん……ルーフェンさん急に真面目な大人みたいなこと言うね」
ルーフェン「やだな。俺はいつだって、真面目で優しい、大人のお兄さんだよ? ドキドキした?」
アケ「うーん、さっきみたいにし続けてたらもっとカッコイイのに」
ルーフェン「分かんない? 非の打ち所がなさすぎても、面白みに欠けるってもんなんだよ」
アケ「ふふ。確かにそういうルーフェンさん、素敵だと思う。……さて、そろそろ文字数的に丁度良くなってきたかな」
ルーフェン「アケちゃん、急に文字数とか言うじゃん。まあ、そうだね。戻らないと、いい加減魔王が怒りそうだし」
アケ「そうだね。ねえ、ルーフェンさん。今日はありがとうございました」
ルーフェン「こちらこそありがとう。君と話せて楽しかったよ」
アケ「うん、わたしも。この場所も、魔術での移動も凄かった。1日だけお姫様にしてくれてありがとうございます」
ルーフェン「そんなに何度もお礼を言わなくなって、アケちゃんの笑顔が見られたから俺は十分だよ。それじゃ、帰ろうか」
アケ「うん!」
***
銀竹さん、ご協力ありがとうございました。というわけでサーフェリア編完結おめでとうございます!
完結後のルーフェンさんに色々聞こうと思ってたら何も聞けなかった(笑)
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.42 )
- 日時: 2021/07/24 22:30
- 名前: ヨモツカミ (ID: WrJpXEdQ)
諸事情(カキコに載せてるつぎば関連のものを改変して、別サイトに載せることにしました)により、これ以降から書く話では、〈能力〉の表記が〈コード〉となってます。
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.43 )
- 日時: 2021/07/24 22:34
- 名前: ヨモツカミ (ID: WrJpXEdQ)
「アタシ、ただ愛してほしかっただけなの。誰か。誰でもいいの。愛してほしかっただけなの。ねえ、アタシはそんなにおかしい子だったかしら。そんなに駄目な子だったかしら。ねえ……アタシ、親の道具なんかじゃないのよ。アタシはアタシだわ。……ねえ、どうして?」
子供の頃の自分が、そこでずっと泣いているのだ。どんなに歳を重ねても、幼い少女が、泣きながらこちらを見ているのだ。
「どうして誰にも愛してもらえないのかしらね?」
渇望した。手を伸ばした。声を枯らして叫んだ。それでもずっと、少女は満たされない。
理由はわからない。何がいけないのだろう。どうすればよかったのだろう。
最初から、それを求める権利など、なかったのだろうか。ならば、なんのために産まれたのだろう。なんのために生きているのだろう。
今日もまた、少女が泣いている。
【番外編】No.13 きっと哀してオートマタ
名医の父親の元、お前も医者になれと言われて育った。勉強は何でもできた。わからないことのほうが少なかった。弟は自分よりも劣っていて、でも彼はお父さんと同じ医者になるんだ、って頑張っていた。
彼女はなんでもできるから、何にでもなれるのだと、希望を持って生きていた。父親の仕事にも多少興味はあったが、本当に医者を目指すかどうかは、自分で決めること。だから、本当は医者なんてどうでも良かった。
そうして成長するうちに、彼女が興味を持ったのはバーコードの研究。7歳のときのことだ。少し遠くの街に、家族で出かけた。観光地ということもあり、ヒトも多く、双子の弟と共に親とはぐれてしまった。
「うう、メル。ボクたちこのままおかーさんにあえないのかなあ……」
「バカなこと言わないでよ、ライ。二人だってアタシたちのことさがしてるはずだし、どうせそのうち見つかるわよ」
双子なのに、どうしてこうも違うのか。生まれた順番が違った程度なのに、弟のラインハイトは全力で弟ぶるから、姉であるメルフラルも、自分がしっかりせねば、と強がらなければならなかった。メルフラルも、所詮は7歳の子供だ。親と知らない街ではぐれれば、当然不安である。なのに、隣にいる片割れはグズグズと泣いてばかりで頼りにならない。自然と、メルフラルは冷静に振る舞うことができた。というか、そのようにしなければならない状況を、ラインハイトが作っていた。
どうせ見つかる。流石に親が子を置いて帰ってしまうなんてことはありえないため、最終的には会えるとメルフラルは確信していた。でも、どのくらいの間、こうして泣きじゃくるラインハイトと二人でウロウロしていることになるのだろう。暗くなってきたら。お腹が空いたら。その瞬間まで見つけてもらえなかったら、どうすればいい。メルフラルだって不安なのに、ラインハイトは泣けばどうにかなるとでも思っているのだろうか。なるわけがない。段々、ラインハイトの泣き声を聞いているのも腹が立ちはじめてきた。
「こんにちは。何かお困りですか。見たところ、おふたりは迷子ではないかと推測したのですが。ご両親が何処にいるか、お分かりになりますか?」
突然声をかけられて、メルフラルは肩を跳ねさせる。その人物は、栗色のボブヘアに、形のいい瑠璃色の瞳のヒトで、一瞬女性かとも思ったが、多分男性……。身長もそれほど高くないし、顔立ちが中性的なので、判断がつかない。
助けてくれるつもりなのだろうか。あまりにも表情が無いし、声にも抑揚が無くて、何を考えているのかがわからない。不審者だろうか。メルフラルは訝しむように、じっと彼を観察する。
「差し支えなければ、僕があなたがたのご両親の居場所を特定しましょうか?」
変わった言い回しではあるものの、メルフラル達の親探しの協力に名乗り出た、という解釈で良いのだろう。しかし、その目的はなんなのか。メルフラルはラインハイトの手をしっかり握って、警戒しながら彼に話しかける。
「あなたはナニモノ? それに、なんのもくてきでアタシたちをたすけるのよ」
「申し遅れました。僕はヴィトロ。カイヤナイト──なのですが、そういった組織をご存知でしょうか。バーコード殲滅特殊部隊、通称ハイアリンク。に、所属するバーコードを、カイヤナイトと呼びます。ただいま班長に待機命令を出されており、この場に留まり続けること12分28秒が経過したところです。それから、あなたがたが迷子であった場合、僕があなたがたを助ける目的や理由についてですが、カイヤナイトの役目は、ヒトの力になることだと教わったため、何かお役に立てないかとお声をかけさせていただきました。……現時点で他に質問は御座いますか?」
「メル……このヒトなんかヘンだよ」
「ヘンだけど、フシンシャっぽくはないわ」
ラインハイトが不安げにメルフラルの後ろに隠れる。機械みたいなヒトで、非常に怪しいが、善意で声をかけてくれたのは間違いない。それに、カイヤナイトというものについて、メルフラルは知っていた。実際に力になりたくて話しかけてくれたのだろう。
両親の特徴や、最後に両親と別れた場所を聞かれたため、ヴィトロに詳しく話をした。どういう理論でその場所を導き出したのかは不明だが、実際にそこへ向かうと、本当にメルフラル達の親がいた。
泣きつくラインハイトの姿と、安心した顔の両親を見て、メルフラルはぽかんとする。
ヴィトロという男に、お礼を言いに行きたかった。でも、親に無理を言って、彼が先程いた場所まで戻っても、もうそこにヴィトロはいなかった。
その頃から、メルフラルはバーコードというものに興味を持ち始めた。しかし、父親の仕事への関心を捨てて、バーコードについて勉強し始めたメルフラルのことを、両親はよく思わなかった。
「なによ、何に興味を持つかなんて、アタシの自由でしょう?」
「ライはしっかり医学の勉強をしているのに、お前はそんな下らないことばかり……! メル、お前は頭の良い子なんだ。俺よりも優秀な医者になれる」
「知らないわよ! アタシは医者になんかならないわ!」
そう発言した途端、拳が飛んできた。頬を殴られて、怒鳴り散らす父親と、止めようとする母親の姿。それから、部屋の隅で怯えているラインハイトがいて。
その日から、メルフラルの家での居場所がなくなった。家族とはほとんど口を聞かなかったし、父親からは虐待を受けるようになった。母親は父親の言いなりで、見てみないふり。ラインハイトも、心配する素振りは見せるものの、父親が怖くて関わってこなかった。
家族が皆、メルフラルのことを大切になど思ってなかったのだと。漠然と気付き始めた。
愛されていない。最初からそうだったのだろう。父親は、メルフラルを自分の思い通りの仕事に就かせたかったのだ。親の道具だった。だから、幼い頃は頭の良いメルフラルを可愛がっていたのだろうが、思い通りの子供にならなかったから。だから、愛想をつかしたのだ。
口を利かないメルフラルの横で、思い通りの子供として努力するラインハイトは、両親に可愛がられていた。どうして。どうしてラインハイトだけ愛されて、自分は愛されないのだろう。
──寂しい。
十五歳になった頃、メルフラルはバーコード施設でのアルバイトを始めた。住み込みで働いたので、もう家に帰る必要がない、ということが何よりも嬉しかった。
賢いメルフラルは仕事を覚えるのも速く、独学で蓄えた知識もあって、十六になった頃、正式に研究員として働かないか、と話を持ちかけられた。当然、メルフラルは元気よく承諾する。職場では、若い天才が現れたと、軽く話題になる程。メルフラルの才能を、誰もが認めた。
そうして、上司にヴィトロというカイヤナイトの話をすると、直ぐに会わせてもらえた。
「過去の記録にある姿から九年経過した場合、今の容姿と一致します。あなたはいつか、街で迷子になっていた双子の少女ですよね。ご無沙汰しております」
「ヴィトロは……全く姿が変わってないみたいね? アタシより小さくなっちゃったわ」
研究員の話によると、ヴィトロは翡翠バーコードであり、〈アナライザー〉という能力を所有している。翡翠バーコードの欠陥として、〈コード〉の使用を続けると、暴走しだすらしいが、体の殆どを機械化することで、それを抑えることに成功したらしい。そのため、実年齢はもっと上だが、容姿は十六歳のまま止まっているのだとか。かなり優れた演算機能を発揮する〈コード〉であるため、カイヤナイトとして戦場に持ち出されたり、研究員として施設で使われたり、と。特別な扱いを受けているそうだ。
ヴィトロが七歳のメルフラル達を救ったのも、カイヤナイトとして街の警備に同行していたとき、偶々視界に入った幼い双子を迷子だと判断し、〈アナライザー〉を使用して、両親を見つけてくれたのだ。
「あのときのお礼が言いたくて、ずっと会いたかったのよ、ヴィトロ」
「……まさか、あのときの感謝を伝えるためだけに研究員を目指したのですか?」
「んー、まあ。半分正解かしら。バーコードの研究員になりたいって思ったキッカケはあなただもの」
そう笑いかけると、ヴィトロは口を半開きにして固まった。どうしたのだろう、と見つめていると、彼は視線を逸して早口で話し出す。
「……心拍数と体温が上昇しております。特に問題はありませんが、思考に大きな乱れが生じ、仕事に支障をきたす原因になると考えられます、が、えーと、どうすれば……」
「おいおいメルフラルちゃん、あんまヴィトロをバグらせないでやってくれよ」
バグ? 何か問題のある発言をしただろうか、とメルフラルは少し考え込む。
「あーそうだ。ほぼ暴走の原因は取り除いたはずだから、ヴィトロは安全、と言いたいところだが、ほら、翡翠バーコードだから。一応ヴィトロの管理係が必要で、俺がその役をやってたんだけど……メルフラルちゃん、よかったら引き受けてくれるかい?」
研究員にそう言われて、メルフラルは目を瞬かせた。
「そんな、新人のアタシが……ですか?」
「暴走の可能性がゼロじゃないって言われてるから、危険な役回りではあるけどな。そいつ結構便利だぜ。メルフラルちゃんは仕事できるし、ヴィトロを使いこなせれば鬼に金棒だろうよ。引き受けてくれる?」
「……わかりました」
そうして、メルフラルの研究員としての生活が始まった。
メルフラルは元々ヒトとのコミュニケーションを取るのが極端に苦手であったが、ヴィトロが効率的なコミュニケーション方法を教えてくてることもあった。
「例えば多くの人間が目を見て挨拶をされたとき、相手に対する好感度が上昇する傾向にあります。それから若い女性の微笑が相手にもたらす心理的影響というのは、一般的に…………つまり、メルがヒトに好印象を与えるための立ち回りというのは、若さを利用したフレッシュな声掛け、そして表情筋のこまめな利用、時には心にも無い賛辞を送り、相手の機嫌を取るのも効果的ですね。ここでワンポイントアドバイス…………」
小難しい言い回しをされるのは慣れてきたが、聞いていて飽きる。ヴィトロの説明を聞いているようで聞いていないメルフラルは、大きく嘆息して、彼の話を遮った。
「一般論ねえ……それより、アナタがどう思ってるかが聞きたいわ」
「僕……? そうですね、メルの髪はとても目を惹きます。腰まである髪が風になびく姿は、美しいと感じます」
目を丸くする。髪。なんとなく伸ばしてきた、双子と同じ色に嫌気がさして、毛先に強いバイオレットを入れた、こんな髪。
ヴィトロはそれを何の表情もなしに口にした。そこにどんな感情があったのか、お世辞、社交辞令。素直な感想。ほとんど機械と変わらない男と話しているのに、そこに生じる何かに自分の思考を揺さぶられる感覚。やはり、コミュニケーションというものは苦手だな、と再認識させられる。
「ふふっ……ありがとう」
微笑みと感謝の言葉。それを並べると相手から得られる好感度が、どうたら。ヴィトロの言葉に習って一つ、やってみれば。
いえ、と小さな相槌と共に逸らされる視線。ほんのり染まった頬。なるほど、と思う。愛嬌、というものを振りまく。この行動に対する相手からの答え。誰にでも同じようにしていれば、正答を得られるのだろう。
少しだって生じた喜び。ヴィトロが与えてくれる小さな幸福を、メルフラルは強く求めた。
ヴィトロがいればそれでいいなんて。そう思ってしまった。
- Re: AnotherBarcode アナザーバーコード ( No.44 )
- 日時: 2021/08/15 19:25
- 名前: ヨモツカミ (ID: oKgfAMd9)
「ねえ、ヴィトロ。愛してる」
十九歳になったある日。
「愛してるわ。ヴィトロ。アナタはどう?」
そんな言葉が、彼を壊した。
何気なく言ったわけではない。共に過ごす日々の中で、抱いた感情に答えが出たから。
「愛してるから、アタシを同じように。いいえ、それよりもっと深く。ずっと強く。誰よりも」
様子がおかしいのはなんとなくわかった。これはいけない、ということくらいわかった。
警告音が鳴り響いていた。わかった。このまま続ければ壊れるのだと。
「アタシを、愛して」
バン、とわかりやすい打撃音と衝撃。
ヴィトロが、暴走した。
その華奢な体で暴れ周り、止めようとする研究員を薙ぎ倒し、逃げ惑う誰も彼も暴行して。
「駄目! ヴィトロに手を出さないで! ヴィトロに何かするなら殺すわよ!」
ヴィトロを止めるための銃声。打撃。それでも藻掻いて、彼はボールペンなんて頼りない武器を一本片手に、研究員たちを襲った。バーコード相手に無力な人間は薙ぎ倒されて、渾身の力で突き立てられたボールペンに眼球を抉られて、動かなくなる。血が滲む。
「……ああ、ヴィトロ。そうよね、憎いのでしょう? 人間なんて、大嫌いなのでしょう。いいわ、アタシを殺してよ。アナタに殺されるのなら、本望よ」
後ろから優しく抱きしめた体。心臓が激しく鼓動していた。
ヴィトロはメルフラルを見た。大きな瑠璃の瞳が、自分だけを写している。ヴィトロの中には、自分だけがいる。そんなふうに感じて、思わず笑って。
「……めるふら、る。いき、テ」
言いながら、ヴィトロはショートした。回路が焼ききれて、ぐにゃりとその場に転がった。焼ききれた? 焼き切ったのではないか?
「──なんで」
ヴィトロはもう動かない。その瞳にはもう何も写ってはいなかった。
「ヴィトロ……ねえ、ヴィトロ……」
ああ、そう。
「アナタもアタシを、一人にするのね」
愛してほしいって思うのは、そんなにいけないことかしら。
動かないヴィトロを取り押さえる研究員達。ヴィトロからメルフラルを遠ざけようと腕を引くヒト。放心して、諦めたような気持ちになったメルフラルは、自嘲の笑みを溢した。
それからメルフラルは、翡翠バーコード一体の管理問題について責任を問われ、首都から追放された。
電車の中から、これから行く小さな寂れた街並みを見て、悪くないじゃない、と溢す。
アモルエの街。信用を失い、こんな辺鄙なところへ飛ばされて。
もうどうでも良かった。
そう広くない研究室で、生活をする。動かなくなったヴィトロを部屋に置いて。
触れた肌は冷たく、ただ呼吸はしている。死んだわけではない。でも半分機械仕掛けのヴィトロは機能を停止させられて、植物人間──いや、人形のように、眠っている。原理はよく知らないが、見た目の変化が無いのも、それが関係しているらしい。
機械人形。オートマタは、“ショットダウン”させられると、動かなくなるし、感情を刺激しすぎると処理しきれなくなって、あのようにショートしてしまう。〈アナライザー〉の機能の中にそういうのも含まれるのだ。
細々と、首都ブレセナハから送られてくる仕事を熟す。才能を買われているから、メルフラルには仕事も給料もあり続けた。
ただ失った信用。それからヴィトロの存在。それらがメルフラルを壊すのは、いとも簡単だった。
精神科医からは鬱病だと診断された。されたからどう、ということはないが。
三年。一人で闘病しながら生活を続けた。
処方された薬を並べて、口にいれて、歯で噛み潰す。その方が効くから。これだって、味がしないのだ。
何も味がしない。砂を噛んでいるような食事。コーヒーの苦味だけはちゃんと苦かったし、ココアの甘ったるさはまだ感じられたけれど。
「ねえ、ヴィトロだけなのよ。アタシのことを愛してくれたの。アタシ、初めてだったの。ねえ。ヴィトロ。目を覚ましてよ。寂しいわ。返事をしてよ……ねえ。ねえ、ヴィトロ……」
部屋の隅に置いた人形に声をかける。不毛だと思う。
そんなことも、どうでも良かった。
なんで生きてるんだろう。メルフラルはふと、そう考えた。
死んでも構わないじゃないか。気が付いて、メスを片手に。
「こんにちは」
鈍色の日々に、色彩。桜色の髪を揺らして、少女が訪れた。
突然の訪問者に、メルフラルはメスを取り落とす。
少女は優しく話をしてくれた。その後ろに、無口な少年がいる。顔の痛々しげな縫合痕。エメラルドの目は吊り上がっていて、機嫌が悪そうに見える。
『あなたの力が必要なの。私達のために使われて下さい』
『僕らは訳あってバーコードや研究員を殺して回っている。断ればお前も殺す。だから協力しろ』
優しげな声色に似合わない言葉。
ジンと名乗った少年の脅迫。ちょうど死のうと考えていたメルフラルは、ニッコリと笑った。
「ふふ。殺せばいいじゃない。むしろ本望だわ」
でも、彼らはメルフラルを殺しはしなかった。
「アタシを、必要としてくれるの?」
力が必要だ、と口にしていた。
「こんなアタシが、いるの? アナタたちは、アタシがいなくちゃ困るの?」
桜色の髪の少女は、薄く微笑んだ。
「あなたの才能なら、きっと見つけられる。私達にはあなたが必要だよ」
“可能性”を探せ。それが少年少女の言い分だった。
メルフラルには、言葉の意味なんて考える余裕はなかった。必要とされる。それだけを。掴み取りたかった。
「なんでもする。アナタ達のためなら、アタシにできることならやる! だからねえ、アタシを捨てないでくれる?」
ジンはふん、と鼻を鳴らして言う。
「役に立つならね」
「きっとやり遂げてみせる。アタシ、見つけるわ」
もう少しだけ、生きてみようと思えた。必要としてくれるヒトがいるのだから。生きて、それに応えよう。