複雑・ファジー小説
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- 人魚の干物
- 日時: 2018/02/07 21:25
- 名前: うに ◆kav22sxTtA (ID: QLqt9zto)
【 人魚の干物 】
「さよならだ、全部。終わりだ。みんな消えてしまえ」
《 目次 》
第1話 >>1
《 著者の情報・挨拶 》
twitter : @Uni_Uni_GINYA
以前はまた違った名前で活動させていただいておりました。これからよろしくお願いいたします。読んでくださる方はもちろん、他のカキコ作家さんとも仲良くできたらと思っています。
感想や質問などございましたらご遠慮なく! 喜んで飛びつきます。
- Re: 人魚の干物 ( No.1 )
- 日時: 2018/02/08 07:25
- 名前: うに ◆kav22sxTtA (ID: PyqyMePO)
《第1話①》
目覚めたこの一瞬の間に、やって来たこの日一日が幸せなものかどうかを知る術など何処にもない。それはその日の終わりにわかるか、或いは暫くの時間が経ってからのみわかるというものだ。
けれど、僕にはわかる。今日もまた良い一日になる。僕にはわかるのだ。
彼女ーー桃子がただ僕のそばで微笑むだけで協力一日はいかなる曇天の日であろうとも明るく輝くのだということを。
「ねぇ、桃子」
それだけで僕は嬉しくなって、同じベッドの上、隣に眠る彼女の小さくな頭を優しく撫でた。セミロングの髪は少しぺったりとしていて指通りが悪い。そんなところもかわいい。お風呂があまり好きではない彼女はお風呂をひどく拒むけれど、ドライヤーをかけるときはとても気持ちよさそうな顔をする。その表情を思い浮かべてはまた僕は幸せになって、彼女の小さな小さな体をシーツ越しに抱き締めた。
「あァ、ううゥ?」
僕の胸の辺りに顔を埋めることになった彼女は不思議そうに柔らかな声を上げた。シーツを震わせる音と生ぬるい呼気がくすぐったくて少し笑えば、彼女も一緒になって馬鹿みたいに笑った。
この日々は長く、長く続くだろう。湿気の籠るこの部屋。結露で外は見えず、見るつもりもない。彼女のにおい、呼吸。僕の呟き、笑い声。僕らに必要な、たったそれだけのもので満たされているこの部屋。王国とも呼べよう。二人だけの国。二人がすべて。
ここから出ることさえしなければ、僕と彼女はずっと共に居られる。今日も、明日も、明後日も。ずっと続く二人の日々だ。
「桃子、朝ごはん作るから待っててね」
「う、ぅ」
もう一度彼女の頭を撫でてシーツの海から抜け出した。ベットのすぐそばに降ろした足の裏で、ぬるりとした感触がしてそろそろ掃除をしてあげなくちゃいけないとぼんやりと思った。
そう言えば昨日は億劫で、玄関先の宅配ボックスに届く食料品をまだ放置していたのだった。冬だから問題ないだろうと思っていたのだ。昨日はその材料でアジのフライをつくるつもりだったけれど、暴れる彼女の相手をしていたらもうどうでもよくなった。今日こそは彼女に食べてもらおう。
冷たい突っ掛けは足先から体温を奪っていく。寒い寒いと二の腕を擦りながら金属のドアを開けた。
その瞬間、ドアの隙間から鈍色の何かが襲いかかってきた。
僕はぎくりと肩をすくませてそれを凝視した。それは不器用な肉食獣のようにドアの隙間で暴れている。ぎゃりぎゃりと嫌な音がする。その音はいやに玄関に、僕の頭に、背筋に響いて、先程までのとはまた別種の寒気が僕の一枚の皮膚の下をぞろぞろと這い回っている。
「やぁ」
声がする。知らない男の声だ。
「しにんはいないか」
しにん。僕は首を横に振る。ドアの蝶番が軋む音がした。それは久方ぶりにその役目を果たした。人の出入り口としての役目を果たした。
「誰、ですか」
「オミテイケイ」
「誰ですか」
「しってどうする?」
背の高い無表情の男は玄関から靴も脱がずに僕らの部屋に踏み込んだ。右手のあの鈍い銀色のやつをぶら下げている。
ーー鉈。
「だめです」
「くさったにおいだ」
「そっち行っちゃだめです。やめて」
「くさい」
僕は男の前に立った。けれど男の歩みは止まらない。ずかずかという無遠慮な足音は二人の部屋の空気を掻き乱した。
押すつもりもなかったのだろうが、男の歩行に押されて転んだ僕は、それでも男の踝にしがみついた。そうしてようやく立ち止まったのは
彼女がいる部屋の入り口だった。
「まるで人魚の干物だな」
男がそうしてわらったのを、僕は許すことができなかった。
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