複雑・ファジー小説
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- 【短編集】蓼食う虫は好き好きで
- 日時: 2018/09/25 14:59
- 名前: 彼岸花 (ID: EnyMsQhk)
初めまして、私の名前は彼岸花と申します。
とてもスローペースですが、君が焼け朽ちるその前に。というものを書かせていただいております。
中々書く速度も上がらず、そちらが進まないので文章を書く練習の意味合いを込めて、他の方々もよくやっていらっしゃる短編集に手を出そうと思いました、よろしくお願い致します。
我こそはという方、もし何か文を読んでいて稚拙だと感じるところがありましたらぜひご教授いただければ有り難いです。
>>1 【たとえその顔が異形でも】大人・男
>>2 【それは戦場に咲き誇る。】三人称
>>3 【問答】会話文
>>4-5【青】少年
>>6 【2月13日】少女
>>7 【死滅の国のアリス】三人称
>>8 【幻灯聖火】紳士
- Re: 【短編集】蓼食う虫は好き好きで ( No.1 )
- 日時: 2018/02/21 13:48
- 名前: 彼岸花 (ID: Kw/OtLlm)
【例えその顔が異形でも】
枕元で耳障りな音を立てて、朝七時きっかりに目覚まし時計は私のことを叩き起こした。どうしてこうも目覚まし時計の声はこんなにも癇に障るのか。おそらく、と私は考える。人を不愉快にさせる音の方が止めさせたい、起きなければと思わせるのだろうと。あるいはと追って新たな思考が浮かぶ。ただ、睡眠という悦楽を阻害された不愉快な思いを目覚まし時計にぶつけているだけなのかもしれない。
ただ、私としてはいずれかを選べと言われたならば、前者を選ぶつもりだ。友人の、アラートという男のことを思い出す。いつも上下揃ったジャージを着用しており、走り込みをしたり筋トレをしたりしている。夏にはきちんと水泳の練習にも精を出しているようで、趣味のトライアスロンでは中々どうして悪くない成果を残している。そんな彼だが、性格はどれだけ遠慮した言い方をするにしても横柄という他なく、ガラガラとした濁声と、その汚い声が綴る言葉は紳士と呼ぶには程遠い。やはり、目覚まし時計というものは他人の気を害するためのものなのだろう。
目が覚めた私は、まず初めに窓を開ける。寝起き直後はどうしても体が重たい。朝日を浴びるようにして、頭を覚醒させる。鏡台に映る自分の姿を目にしてみる。三十度、確かに普段とそれほど変わらないなと、私は水銀温度計の形状を為した己の頭蓋の確認を済ませた。温度計の形こそしているが、私のこの顔が映し出しているのは私自身の体温である。
朝起きてすぐは所詮三十度程度だが、朝日を浴び、朝食を摂り、スーツに袖を通しているうちに段々と調子が上がってくる。そうすると私の体温もしっかり上昇し四十度程度となるのだ。我ながら、変温動物のようだなと常々思う。姿かたちは人間のそれと同じだと言うのに、首の上に乗った異形一つが、私を人間から遠ざける。
真っ白なシャツの上に、紺色のスーツを羽織る。深い赤と深い青、二色が絡み合うようなストライプのネクタイを締めて、細長い簡素なピンで止めた。その昔、卒業していく生徒たちから担任の私へと送られたネクタイ達だ。生物の教鞭をとっているため、教科書に載ったDNAのらせん構造とよく似た柄のものを選んでくれたとのことだ。何とも粋な生徒たちであった。それでこそ、私も紳士に尽くしてきた甲斐があったものだと、私も彼らも一様に、眼球の存在しえぬこの顔貌に涙の線を顎にまで描いたものだった。
時計を見る、八時だ。そろそろ出なければ八時半からの職員会議に間に合わないなと私はカバンに手をかけて我が家を後にした。確か今日の職員会議は一学期の期末テストに関する話し合いの予定だったようである。前回の中間テストでは少々問題の難易度が上がってしまっていたようなので、きっと教頭から今回の問題の難易度を下げておけというお達しが来ることだろう。
皆がちゃんと勉強してくれればもう少し私も楽だったのだがと肩の荷が重くなる。鏡を見なくても、そんな私の表情に浮かぶ運土の表示は、きっと二、三度くらい下がってしまったことであろう。いやいや、落ち込んではならない。紳士たるもの落ち込んだ時こそそれを悟られてはならぬものだ。私達の生徒は、皆勉強は少し苦手なようだが、いい子たちが揃っている。
そうだ、忘れてはならない。ドアノブを掴む前に大切なものを置いたままにしていることを思い出す。真っ白なグローブ、それはとある女性からかつて贈られたものであった。別に私は潔癖症な訳ではないのだが、貴方に似合えばよいと思った、などと女性から言われて身に着けないのは、己の紳士道に反する不躾な行為だと思った。
家は学校の近くのアパートを間借りしているため、余裕をもって職員室にまで到着することができた。「うっす」とおよそ紳士らしからぬ言葉づかいで体育教師のアラートが声をかけてきた。やはりどうにも、彼の声色は生理的に私の精神を逆撫でしてならないように感じる。我が儘で空気が読めないことは否定でないが、決して彼自身が悪い人間ではないというのが、逆にどうしても厄介なところであった。
それ以外に来ている先生というのは、グロウヴさんくらいのものだった。彼女は何やら溜め息をついているようで、「はぁ」と呟いて物憂げに頬杖をついていた。手を頭から話すと、地球儀の形をした彼女の頭がくるりくるりと回りだす。その自転の速度が、どうにも今はゆっくりに感じられた。何か疲れたりしているのだろうかと心配になる。
大体の理由は私も分からなくはない。本人に気づかれないよう、私は書類の整理をする素振りを見せながらその合間にチラチラとアラートの方を窺った。彼自身は自分のことにしか興味が無い様子で、今日もまた新しいスポーツ紙を広げて最新の情報を仕入れているようだ。何となく興味が惹かれて、彼の読む雑誌の表紙を見てみると、マラソン選手らしいテレビの液晶が頭に乗った男が、名作アニメの感動シーンをその顔に映し出しながらゴールテープを切る瞬間だった。そんなに空気抵抗をもろに受けてしまいそうな選手が優勝するとは面白いなと、名も知らぬその選手に私は、ほんの少しの関心と、そして感心を得たのである。
秒針が一周するごとに、職員室の中の様子は段々と活気づいていった。二十八分となった頃には一人を除いて全教員が集合し、三十分となったその瞬間に最後の一人、デジタル時計を首の上に得た男、ウォッチ教頭が入ってきた。
「定刻通り、職員会議を始めます」
校長先生は何やら出張があって来れないとは、事前にメーリングリストで知らされていた。勿論、今日の議題についてもだ。先ほど述べたテストの一件、それがおそらくは本題であろう。ただまずは、いつものようにこの一週間の自クラスの生徒たちの報告について
「それではサモフィーさん、何か」
三年一組を担当している私の報告から始まるのはいつものことだ。あらかじめメモしてバインダーに用意しておいたものをつらつらと読み上げる。最近は何も問題なく、校外学習でも積極的に活動で来ていたように思う、といった旨を伝えた。次のクラス、次のクラスと、つつがなく報告は進んでいく。
「おい、サモフィー」
会議が始まる前に、隣の席にわざわざやってきたアラートが小声で話しかけてくる。どうしてだろうかこの男は、たとえひそひそと囁くような声であっても煩く感じる。
「今日はラッキーだったぜ。グロウヴ先生と二人きりで話せたんだ」
グロウヴ先生は、多くの生徒、そして教員からも人気のいわゆる高嶺の花というやつだった。物腰柔らかな態度に、育ちの良さそうな言葉遣い、誰にも分け隔てなく優しく接するその心。それら全てが彼女の人から好かれる要素を担っていた。また、彼女は照れたり動揺したり、恥ずかしがったりすると頭の地球儀がぐるぐると勢いよく回る。照れる様子が隠せないそのあどけなさも、グロウヴ先生の可憐さを構成する重要なファクターの一つであることは、言うまでもない。この紳士、サモフィーをもってしても、彼女は非の打ち所の無い女性だと言わざるを得なかった。
そんな彼女にも、実は恋焦がれる相手がいる。その相手がいるからと、いつもより早く出勤したのだろうが、生憎にも誰よりも早くアラートがいたという訳だ。この男もグロウヴ先生を好いており、その意志があまりにあけすけなので彼女側も辟易しているというのだが、鈍感なアラートは気づかれたことに気づいていない。
何にせよ、先の二人きりの時間を思い出したアラートは、チクタクと時計の針を十二時に向かって一気に進めようとする。ちょっと待てと私は一度話を打ち切らせた。教頭のデジタル時計は、本人の淡白な性格を表すかのように毎秒毎秒正確に時を刻むがこの男は違う。アラートという男は普段全く秒針すら動かないくせして、興奮すると突然に針を回し始める。短針と長針と秒針とが、十二を指して一直線に重なったその瞬間、彼は唐突にこちらを不快にさせる大音量で歌声をあげるのだ。
何とかして押しとどめたが、十一時を越えるような状態にしてしまった。普段は六字程度でとどまっていることを考えると、危険な領域まで来ていたということが分かるだろう。何とか私の尽力により、この男が至って厳粛な職員会議中に、私の隣で歌い出すと言うアクシデントを止めることができた。そんなことになってしまおうものなら、二人そろって説教は必至である。
それにしてもこの男は耳障りだなと、自分の紳士的でない発想にげんなりしているところに、パサリと紙を丸めたものが落っこちた。私の机の上に突如飛来したその小さな黄色い紙片を、丸められた状態から開いてみる。周りの先生方は皆、教頭の話に耳を傾けているし、アラートはというと、何やら一人の世界にこもっている。私が言えることではないがこの男はもう少しウォッチ教頭の話を聞いておけ。
『昼休みに、花壇の脇で』
間違えようのない彼女の筆跡。私は己の心臓が五月蠅く脈を打とうとするのを必死で抑える。下手に緊張してしまうと、私の体温が上がって顔色だけで皆に何かあったのかと悟られる。何もこんな時に伝えなくてもと、ほんの少し恨みがましいような気分に駆られるが、待ちきれなかったのだろうと彼女の心境を察するに、私はどうしても許してしまう他選択肢は無かった。
それから先の話はよく覚えていない。職員会議はおそらくだが、用意周到な私の事だ。あらかじめ考えておいたメモに従ってそつなく終わらせた事なのだろう。授業も基本プリントを完ぺきに作り上げた上でそれに沿って説明するだけなのできっと大丈夫だ。
そんなことよりも私の興味と関心は、昼休みの逢瀬だけに向けられてしまったのだから。
「すみません、待ちましたか」
あまりの期待のあまり、私の記憶はほとんどもう飛んでしまっていた。気づけば昼休みである。あまり生徒が立ち入らない中庭には、ほとんど活動していない園芸部がたまに世話をしている花壇がある。私は植物も生物だと言うことで、園芸部の顧問をしていたので、しばしば彼らの代わりに草花の面倒を見てやっているという訳だ。
そうしてある日、いつものように花たちの世話をしていた際に、彼女が通りがかったのである。花を愛する彼女と私が親しくなると言うのは、時間の問題だった。
「いいえ、私も今来たばかりですよ。グロウヴ先生」
答えて私は、己の心臓が朝に続いて再び五月蠅くなるだろうことを悟る。けれども、今はそれを無理に抑えるつもりはない。彼女にならそんな姿を見られてもかまわないと、私は己の心が、体が従うままに、白銀の液を背筋から滾らせる。心臓がより強く、より早く打ち鳴らされて全身の細胞に酸素が届く。受け取った筋肉はひたすらにそれを熱に換えて、私を高ぶらせた。このような経験は彼女と知り合ってから、初めて知ったものだった。
人間だったならば、ここでは頬を紅潮させたものだろうか。朱に染めた表情をお互いに確認し、照れくさそうな笑みを二人で浮かべながらも、幸せだと言って抱き合うのだろうか。けれど私たちはもっと不器用で、しかし裏腹にもっと正直だ。頬は紅潮せずとも、照れくさそうな表情など取れずとも、破顔することなど能わなくとも、私も彼女も、その頭さえ見れば喜んでいることなどすぐに分かる。
彼女の頭はまるでねじが外れたのかと思うくらい勢いよく回転しているし、私の水銀も、もうとっくに限界の百度を超えてそれよりずっと高いところにまで昇って行ってしまっていた。あまりに直情的で、誤魔化しようのない感情表現。粗野かもしれない、情緒が足りないかもしれない。しかし嘘偽りなくこの本心を伝えられると思うと、それは紳士的ではないかと私は思う。
それに、
「幸せだと言って抱き合うのは我々もできる」
と思う。
ぼそりと独り言を漏らしたのだが、何やら私が呟いたようだとは彼女も感づいたらしい。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありませんよ」
隠すだなんて紳士的じゃありませんねと、からかうように彼女が言った。その言葉に私は何だか可笑しくなり、小気味よく背中を揺らした。
そうだきっと、この愛は純粋で美しいものだ。たとえこの顔が異形でも、その心は人間と何一つ変わらない、立派で、誇るべき、唯一無二の私達だけのものだ。
彼女の手を取り、そっと引く。前かがみになってバランスを崩しかけた彼女の体を、全身で支えて見せた。その背中にそっと腕を回す。
自分の心臓が暴れる音が、やけにうるさくて仕方なかった。けれども、彼女の心臓が慌ただしく動き回る音はもっと聞いてみたい。二つの心音が溶けて重なって、さっきまで嫌っていた己の心音さえ、愛おしく思えるような気持だった。
fin
〆あとがき
練習、練習だったんですこれに関しては。
「は?」とか「舐めてんの?」とか思うところはあるでしょうがまあ生暖かい目で見守ってください。
- Re: 【短編集】蓼食う虫は好き好きで ( No.2 )
- 日時: 2018/02/22 03:03
- 名前: 彼岸花 (ID: hgzyUMgo)
【それは戦場に咲き誇る。】
何もない荒野の上を死体が敷き詰める。戦場、二人が出会ったのはそこだった。かたや男、かたや女。それぞれがそれぞれの得物を血で赤く染めていた。二刀を両手に携え、男は目の前の女を観察する。
濃い紫の、戦場に不向きなロングヘアー。猫のような目に浮かぶ、太陽のような紅色の瞳。腕の長さほどの片刃の剣は、彼女の髪と同じように、紫だった。華奢な体躯には似合わない装備に思えたが、それで生き残った以上彼女に相応しいものなのだろう。黒を基調としたその戦闘服の胸には、敵国の軍の所属を意味する虎のエンブレム。
「強いのか」
「まぁね」
男が短く問うと、女も短く答える。その声にはまるで緊張感がなく、町中での会話のように思えた。しかし、ここは町中などではない。女は手に持った剣を音も立てず振り抜き、刃に染み付きかけた血を払った。
その一振りはあまりに素早く、男でさえ目に捉えるのはやっとのことだった。綺麗になったなぁ、などと溢しながら爛漫に振る舞う彼女の様子は、本当に猫のようだった。
彼女の実力、その一端に触れ、男は集中力を研ぎ澄ます。彼の雰囲気、その変化に気がついたのか、猫を思い起こさせるその瞳はスッと細められた。気紛れな彼女も、出会いの瞬間から戦争の舞台に場面が転換したと理解した。獲物を見つめるその眼光は、まるで胸にかざした虎のよう。
そんな彼女は目の前の男を侮らない。この死屍が累々と積み上がる、過酷な戦場において生き残ることが如何に困難なことか、彼女も知るところだ。火の元の国、そう呼ばれる地方の出身者らしく、薄い顔立ちに、炭を想起させるような真黒な髪。構えた刀は小太刀と呼ばれる、自分の剣よりやや短い刃物。それが、両の手に。
二刀との戦闘は彼女にとっても数少ない経験だった。二刀の戦いとは、やはりそれだけ複雑で、扱いにくい。一手間違えると切り落とすのは敵の首でなく己の腕。熟練すれば厄介な戦士だが、多くの者は己のものとする前に死を迎える。
「あんたも、強そう」
「それはどうも」
白い隊服、その双肩の上、銀製の竜が瞬く。女のよく知る、四足歩行で翼を持つ龍でなく、蛇のように細長い体躯の、天に座してとぐろ巻く龍。
半身で構える彼は、彼女の一挙手一投足に気を遣る。気を抜いたならば、待ち受けるは死。瞬きにさえも気を配る。砂塵と死体だけが埋める広野。殺風景と殺伐とが共存する地。その肌を撫でるように吹く風。
荒れた大地に砂煙が舞う、それが開戦の狼煙となった。
「つぅっ!」
彼女が駆けた次の瞬間、もう眼前に、はためく紫の髪。煌めく血のような瞳には殺気が浮かんでいる。走る剣閃。咄嗟に男は小太刀二本を交差させ受け止める。
突如上がる金切り声。それは衝突した小太刀と紫の剣とがあげたものだった。振り下ろされた刃は何とか男に届くことなく顔の隣で受け止められている。もう少しで、右肩から左の腰までかけて彼の体は分断されていた。
拮抗する押し合いだが、優位なのは女の方であった。細い腕からどうやってこんな力が。まるで男は岩を押す気分に駆られる。
このままではじり貧なだけだ。受け止めた刃を、己の体に触れぬよう受け流す。後ろへ数歩。距離をとったつもりだった。しかし。
「遅いね」
たった一歩の跳躍で追い付き、女は男の小太刀の間合い、その更に内側に潜り込む。ほとんど恋人が触れ合うような距離。それほどに肉薄する。ラベンダーの香りがして、強い衝撃が走って、彼の体は後ろへ吹き飛んだ。突進の勢いそのままに、彼女の繰り出した膝蹴り。体の中心を射抜くようにして、彼に叩き込まれる。
無理矢理空気を吐き出されるような感覚に意識がほんの一瞬飛ぶ。続いて全身が転がる痛みにより引き戻される。全身を荒野と、それを覆う死体とに打ち付けて、ようやく止まる。当然、一息つく暇など無い。
手元に掴んだ死体、それを腕の力だけで正面に投げる。ちょっとくらい盾になりさえすれば。そう思って、蹴り飛ばされた際に投げ出してしまった小太刀の方へと向かう。勿論、あの女には背を向けないよう。
盾になるようと投げつけた兵の遺体は、瞬時に両断される。何も特別なことはしていない。ただ、剣を振るう。それだけで転がっていた死体は豆腐のように二つに裂かれた。
そこから先はもはや、女が攻め立てる詰め将棋のようであった。やっとのことで小太刀を拾う。距離を詰める。剣戟を避ける。小太刀の間合いの外へ。自分の間合いへと踏み込む。合わせて剣を振るう。それぞれが交互に、相手の出方に合わせて最善手を打つ。男は何とか食らい付こうとするも防戦一方で、有利な間合いに入ろうにも、それを許されない。
目の前には再び彼女の剣。小太刀に有利、女には不利、その距離に踏み入ろうとしたのを察されたのか後の先を取られたのか。彼の踏み込みに合わせるように迫る刃。
仕方がないと、胴を捻るようにして無理矢理受ける。金属が擦れ、不気味に鳴る。来ていた帷子が斬撃を受けて引き裂かれる。何とか体を捻りながら受けたので、男自身の体にはかすり傷一つで済む。
「やっぱり何か着込んでた」
実力者であるはずなのに、動きに精彩が足りていないと女は違和感を覚えていた。それを証明するかのような帷子。金属製のそれを纏っていたため、男の動きはやや緩慢だった。
中途半端になった帷子、もう足手まといだと乱雑に脱ぎ捨てる。その合間にもう女は手に持つ剣の間合いへと踏み入っていた。初撃を思い起こさせるようにたなびく紫の髪。
受けるか、避けるか。男は一瞬の間に思案する。先程は二刀揃っていたが今や一本。だが避けても次の択が生じるのみ。一度受けてその得物を奪えないだろうか。
そう思った刹那に雷撃走る。青白い閃光が紫色の刀身を覆って。空気そのものを焼き焦がすような音を上げ、降り注ぐ。あまりに速い剣戟と相まって、それはまるで本物の落雷と見紛うよう。
「勘、いいね」
煽るように口笛を吹いてから女は言う。咄嗟に身を捻った男は電撃まとう一刀を何とか避けたが、その一閃を直に受けた大地は、焼け焦げながら切り裂かれていた。
重たい帷子を捨てて身軽になった男は攻撃に転じる。女が剣を再び持ち上げるより早く、その双眸の合間を貫くよう突く。ひらり。紙が空を舞うように、ほんの少し体を動かしてそれを避ける。甘い。そう言わんばかりに首筋目掛け斬りつける。しかしそれは女が男の手首を押さえることで止められた。
だが男は手を緩めない。蹴る。殴る。また斬る。襟を掴む。足を払う。矢継ぎ早に、攻撃をいなされてはまた次の一手を指す。しかし女は焦りすらしない。手で受ける。上腕で受ける。一歩飛び退く。腕を払う。跳び上がる。
空中ならば身動きが取れない、そんなこともない。体操選手さながらに、宙にいながらも自在に体を動かす。重心を上手く動かしながら、蹴りを放つ。両腕を合わせて前腕で受けるが、衝撃は男の筋肉を、骨を震わせる。衝撃に肘から先をじんじんと痺れさせ、彼女が着地する隙に何とか距離を開く。
上手く小太刀が握れない。握れていれば、着地の隙に斬りつけていたものを。己の鍛練のいたらなさに、口内に苦味が滲んだ。
先程の雷撃に、かつて味方の兵から伝え聞いた話を彼は思い出した。
「お前、紫電だな?」
敵国最強の女兵士、紫電。彼女は紫色の髪を振り乱し、雷撃と共に戦場を駆け抜けるという。彼女が現れた戦場はまるで雷に撃たれたように、無惨にかき乱される。一騎当千の化け物。殺した人間の数は知れず、見て帰れた兵もほとんどいないという。
「あんたらは勝手にそう呼ぶらしいね。名前はちゃんとラベンダーってのがあるのに」
きっとそれは、名を聞いた者が生きて帰還していないからだと、男は思う。
それにしても、ラベンダーという名なのか。男は思う。だからか、先程嗅いだようなラベンダーの香を付けているのは。
戦場に立つのに化粧など。女を捨てきれぬ紫電の戦士を、彼は心の内で謗る。その真意にはきっと、妬みもあった。
「次、決めるよ」
その場でウォームアップのように彼女はとんとんと小刻みに跳ぶ。男も次で決めきれるよう、精神を集中させ今までよりさらに研ぎ澄ます。鋭く。さらに鋭く。なお鋭く。視覚と聴覚と嗅覚と、それらの境界が曖昧に溶けていくようで、感覚全てが繋がって、あらゆるものを察知するような。
こんな感覚は彼にとって生涯初めてであった。恐らくは、負けたくないという強い意志が生んだのであろう。今や彼女の息遣いさえ目で感じ、瞬きすら耳で聞こえるような気持ちだった。
リズムを取りながら飛んでいたラベンダーが、不意に前屈みになる。前傾のまま、地を蹴る。走って、駆けて、跳んで。その動きはさながら、縦横無尽。
いつ仕掛けてくるか、男はその時を待つ。距離を保ち、旋回するようにして彼女は撹乱する。右。左。右。左。もう少し左に進んで後跳んで上。着地して正面。背後へ駆け、また跳んで。右に現れて、左へ駆け抜ける。次から次へと絶え間なく走り続ける。神速で駆ける彼女の後を追って、流星の尾のように紫色の髪がたなびく。あまりの動きに残像は生じ、その髪の軌跡はまるで、男を取り囲む格子の牢獄に似ていた。
右前方数メートルから半円を描き左後方へ。その後一息に横へステップし右後方へ。その後近づいたかと思うとV字を描くようにして右前方へ戻る。後方へ現れても音のする方向で方位は分かり、息づかいで距離は分かる。
後はタイミングのみ。男がそう思ったその時、彼女の足音はふと消える。そんな馬鹿なと動揺が走る。目の前に現れるはっきりとした死の影。視界が、真っ暗な絶望に覆われ始める、しかし。
ふわり香りが風に揺れた。甘く、鮮やかな花弁が脳裏に浮かぶ。ラベンダーの香りは、後方に現れた。
それこそが敗因だ。男は振り返り様に真後ろの空間を断ち切った。小太刀が匂いの根源を捉える。ぱっくりと、斬られたそれは真っ二つとなって、地面に転がる。両断されたのは、ただの香り袋だった。
「隙有り!」
ただ立ち止まって香の入った布の袋を投げつけただけ。それに男は反応した。勝利の余韻を一足早く味わった彼は、集中を切らした彼では、もう間に合わない。
一際強い踏み込みの音が荒野に響く。彼女の足は地面を抉り、これまでにない程の速度で男の正面へ。
振り乱す紫の髪。揺るぎ無い瞳の紅。振り上げられた刀身が反射する陽光が、爆ぜる雷鳴が、男の敗北を告げていた。晴天の大地に青い稲妻が走る。
天に轟く勝鬨を叫ぶように雷鳴はこだまする。その瞬間、雷に男は焦がされる。熱と光と爆音とにまみれ、一瞬の内に意識が消える、その刹那。彼は彼女の姿を網膜に焼き付けた。
彼が今際の瞬間に焼き付けたのは、戦場に美しく咲き誇る一輪の花であった。
- Re: 【短編集】蓼食う虫は好き好きで ( No.3 )
- 日時: 2018/02/23 01:34
- 名前: 彼岸花 (ID: hgzyUMgo)
【問答】
「爺さんが死んだ、遺産相続についての話し合いをしようと思う」
「ちょっとお兄さん、まだお葬式も終わっていないのにお金の話なんて……」
「あらあら、じゃあ和子義姉さんは要らない、ということでいいのかしら」
「そ、そんなこと言ってないじゃない!」
「ふふふ、現金ですね」
「あなたが吹っ掛けたんでしょ! 私を意地汚い人間のように言わないでくれる?」
「ちょいとお前さん達や、仏さんの前でそんな話……」
「婆さんは黙ってろ。ようやく親父が死んでその土地やら金やらが俺たちのもんになるんだ。何、婆さんの分もちゃんと残すから安心しろ」
「私は、私が最も多くの遺産を相続する権利があると思うわ」
「あら和子義姉さん面白い話ね、それはどうして」
「だって私が一番、お父さんの介護をちゃんとやってたわ。30の頃からずっと、ずっとよ。寝たきりになってからは下の世話だって食事の補助だって、全部やってたわ」
「それは……」
「ほら、言い返せないでしょう。ですから、遺産の六割は私が」
「いや、それは違う」
「何が違うって言うのよ兄さん」
「お前はずっと介護に勤しんだんじゃなくてそれしかやることが無かっただけだろう。30の頃からずっとと言っているが、それはお前があの男に逃げられたからだろ。いい年して結婚詐欺なんかに引っかかって、会社も辞めて。お前が払えなかった借金は結局爺さんや婆さんが返したんじゃないか」
「でも、仕方が」
「その後就職しようともせずに、のうのうと実家に居座り続けたのは誰だ。それを誤魔化すために介護という道を選んだだけじゃないのか」
「か、介護だって大変だったのよ!」
「それは分かる。だが、自分が負った借金を親に返済しようともせずに、のうのうと引きこもり続けた事実は変わらんぞ」
「ぐうっ……」
「それなら言わせていただきますが、私達が最も多くのお金をいただけると思います」
「ろくに帰省もせず、連絡も寄越さないような奴らが何を」
「聞けば宗助実家から援助らしい援助をしていただいておりません。大学に行くのも、アルバイトで貯めたお金と奨学金だけでやりくりし、就職してからそれも全て自力で返済いたしました」
「むっ、それは……」
「ええ、先ほど言っていた、和子義姉さんの一件が原因です」
「だが、それだけでは理由に……」
「その頃義兄さんは何をしたのですか。和子義姉さんにも援助をせず、あくせく毎日をやりくりする宗助さんにも仕送りの一つも寄越さず。聞けばその時期豪遊するばかりでその様子を宗助さんにわざわざ伝え聞かせる始末。何度宗助さんがあなたに援助を頼もうとして、言葉にせず諦めた日が幾度あったとお思いですか」
「ぬぅ……」
「待って、花」
「いえ、このお二人にはこんな時ぐらい言っておかないと」
「いいんだよ、もう」
「けど宗助さん」
「確かに母さんも、優斗兄さんも和子姉さんも何もしてくれなかった。けど今、ちゃんと僕は生活できている。君だってお金が欲しいというより、僕の代わりに二人に怒ってくれてるだけだろう? 僕はただ、父親に線香をあげにきただけだ」
「でも」
「いいね?」
「……分かったわ」
「それじゃ、長男の俺が一番多くもらうことでいいか」
「それはないですよ優斗兄さん」
「兄さん、ふざけないで」
「厚かましいにも程があるでしょう、義兄さん」
「一番脛かじり続けたあんたが何言うとるんじゃ、ろくに孝行もせんと貯金も貯めとらんドラ息子が」
「それにお前さんらが何と言おうがどうするかはもう決めとる」
「えっ」
「そうなの、お母さん?」
「ああ、どうせこんなことになるじゃろうとは思っとった。宗助が要らん言うたのが以外じゃったが」
「まあ、意外かもね」
「どうせお前らもこんな金なんぞ無くても生きてけるじゃろうと、爺さんは予め遺産のほとんどを慈善事業に寄付しとる」
「なっ、ふざけんなよあのくそじじぃ!」
「性根がくそなのはあんたじゃろが。そういう訳じゃ、帰った帰った」
「くそっ、くそっ、ならせめて土地だけでも……」
「爺さんの遺言で土地は儂が半分、残りをお前らで三等分じゃ」
「そんな……俺の、俺の借金は……」
自業自得じゃ。膝をつき放心した長男を無感情に眺め、婆さんは淡々とそう言ったとさ。
〆あとがき
練習です(またしても)
今回は、セリフだけでどんな風に書けるのかの挑戦。
ストーリーには目をつぶり、各台詞の発言者が誰であるのか、スムーズに分かればいいなと思いました。
ついでに登場人物同士の関係性、家系図的なものも最終的に分かるようになっております。
一人称、そして二人称だけでも台詞の主が誰なのか示唆することは可能なのです。
以上。
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