複雑・ファジー小説
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- アリス・イン・デスゲーム
- 日時: 2018/04/25 06:18
- 名前: *atari* (ID: TM1He8zT)
「どうか生き残ってくれ、"アリス達"」
目を覚ますと、見知らぬ密室空間に閉じ込められていた十一人の男女達。事態の掴めない彼ら、彼女らの、目の前に突如として現れた"白兎頭の男"は、まるで懇願するかのようにそう言った────
*
タイトル通りのお話。
*
はじめまして、こんにちは。
atariという者です。昨今のデスゲームブームに乗っかって、書いてみました。大変遅筆で、飽き性の私ですが、完結はさせたいと思っているので、どうかお付き合い頂きたいです。
2018、3/14 執筆開始。
目次
簡易自己紹介&用語説明>>1
一話>>2->>7
- 簡易自己紹介 ( No.1 )
- 日時: 2018/03/14 15:02
- 名前: *atari* (ID: bs11P6Cd)
◯用語説明
【アリス】
白兎がデスゲームに巻き込まれた者達の事をそう称する。アリス達にはそれぞれ個人情報やマップなどが入った電子手帳が配られており、マイプロフィールのページでは本名に加えて『◯◯のアリス』という名称が乗っており、白兎達はアリス達のことをその名称で呼ぶ。またその名称は全て童話が元になっているようである。異図は不明。
【白兎】
デスゲームの運営。各スペースに一人いる。総勢何名かは不明。ほぼ全員が黒スーツを着ており、また頭には白兎の被り物をしてる為、表情が分からない。ほとんどの白兎が義務的な喋り方しかしないが、唯一白スーツを着た白兎のみ感情のこもった話し方をする。恐らく、その白兎がリーダーである。
【デスゲーム】
命をチップにかけた、冒涜的なゲーム。
◯アリス一覧
【白紙のアリス】
18才、男。童話は不明。
【零細のアリス】
14才、女。親指姫の名を持つ。
【林檎のアリス】
18才、男。白雪姫の名を持つ。
【赤冠のアリス】
12才、女。赤ずきんの名を持つ。
【お菓子のアリス(兄)】
20才、男。ヘンゼルとグレーテルの名を持つ。
【お菓子のアリス(妹)】
15才、女。ヘンゼルとグレーテルの名を持つ。
【灰被りのアリス】
19才、男。シンデレラの名を持つ。
【野獣のアリス】
22才、女。美女と野獣の名を持つ。
【滄海のアリス】
17才、男。人魚姫の名を持つ。
【愛猫のアリス】
16才、女。長靴を履いた猫の名を持つ。
【結晶のアリス】
20才、女。雪の女王の名を持つ。
- Re: アリス・イン・デスゲーム ( No.2 )
- 日時: 2018/03/14 20:31
- 名前: *atari* (ID: nG1Gt/.3)
夢の中では、色んな人が笑っていた。誰もが皆楽しそうで、それを見ている俺も笑っていた。だけどその"幸せ"は俺が手を伸ばすとたちまちのうちに消えていってしまった。伸ばした手は虚空を掻くだけだった。
きっと今の俺は夢を見ているのだ。
とてもとても、幸せな夢を。
それが本当にあった出来事なのか、それとも俺が勝手に作り出した物語なのかなんて俺には判断できない。けれども本当であればいいなと思った。そう心の底から強く願った。
そうだったら、この人生は少しは悪くなかったかもしれない。そうおもえるだろうから。
あたたかいあかいぬかるみに、おれのいしきはおちていく、ゆっくりとゆっくりとおちていく。
ああ、おれは、しあわせだ
*
意識が曖昧に覚醒する。ざわざわと自分の周りがなんだか騒がしい。昨日咳のせいで全然眠れなかったせいなのか、起きる気力が全然湧かない。やっぱり風邪なんてひくものじゃない。ぼんやりとした意識のまま、目を開くことも億劫で、耳に勝手に入ってくる、高低大小様々な声を聞いていた。
「んー?起きないぜ、このオニーサン」
『もう起こさなくていいンゴww』
「そ、それは駄目ですよ!起こしてあげないと」
「……あー、もう死んでんでしょ。コイツ」
「し、失礼だよ!アサヒ!ほら、息してるよ」
……思っていたよりも結構失礼なことを言われているようだ。たまに聞こえる弁護の声が唯一の救いだ。文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、それよりもやはり眠気の方が勝ってしまう。眠い、とても眠い。自分はこんなに朝が弱い方だっただろうか。まったく起きようと思えない。というかそれよりも気にしなければいけないこと、考えなければいけないことがあったような気がしたけれど、それ以上考える気にはなれなかった。それほどまでに眠いのだ。まるで脳が起きるのを拒否するみたいに。
「この人、お顔が怖いですの……」
「顔だけで性格を判断するのは時期尚早かと……うわ。そうとうな悪人面ですね」
「そ、そうですわよ!もしかしたら優しい人かも!……でも寝顔でこれだけ怖いって……」
「うふふ。全ては神のみぞ知ること……あら、悪魔みたいな顔してますねぇ、この人…」
「まぁどちらにしたって我が美しいことに変わりはないのだがな!」
(…………)
脳内で眠気と怒りがファイトする。そして今度は瞬殺で怒りが勝った。死んでるとか死んでないとかは、まぁ許せた。相当侮辱されていると感じたけれど、まぁ許せる範囲内だった。
だけど、顔は。顔のことは許せない。
(両親にも「鬼みたいな顔の子ねぇ」と言われ、好きだった女の子には対面するだけで泣かれて、この顔のせいで友達も全然出来なくて、出来るのは舎弟ばっかりで、真面目にしてても先生にビビられて、喧嘩なんか出来ないのにヤンキーに絡まれてばかりの俺の人生……アンタ達に、普通の顔に生まれたお前達に何が分かる!?)
そう怒鳴ってみようと試みて、思い留まる。何の根拠もなしに普通の顔と決めつけてしまったが、もしかしたらそうではないかもしれない。一回薄目を開けて、顔を確認してから、怒鳴るかどうかは決めようじゃないか。絶対に今考えなきゃいけないことはそれではなかったし、もっとつっこまないといけないこともあったかもしれないが、今の俺にとって最重要事項は"俺の顔に対する侮辱"だ。
俺はそっと薄目を開け──────────そして、閉じた。
「な、泣いてるぜ!?このオニーサン」
『ワロタwもしかしたらさっきから寝たフリしただけだったのかもね』
「な、なな、泣かないで下さい!どうしたんですか!?」
「おいおい、顔が怖いって言われて泣いちゃったのかよ?情けねぇなぁ?」
「あ、アサヒ……泣いてる人にそんなこと言っちゃ……」
分かってる、分かってるさ。泣くなんて男らしくない。だけど涙が止まらないんだ。男だって泣くのさ。女の子達、分かってくれよ。俺、こう見えてセンチメンタルハートだからさ。ちょっとの衝撃で罅がいっちゃうんだ。あぁ、だからって心配なんてしないでくれ。余計虚しくなるだけだから。
(……確かに普通じゃなかったなぁ)
俺が薄目を開けて、見たもの。それは普通以上馬鹿みたいな美男美女集団だった。年齢は十代前半から二十代前半まで幅があるようだったけれど、"顔が良い"、その点において彼らは皆同じだった。
馬鹿みたいに美しかった。
「なんか……めちゃくちゃ泣いてますね」
「……ご、ごめんなさい」
「あ、あの、その顔も個性的で、えっと、良いと思いますわ……」
「…………うふふ」
「はははは!我は美しいからな!」
最後の口調のおかしな男(そして、当たり前みたいに美形である。)の言葉で、俺のゆるゆるの涙腺は崩壊した。ついでになけなしの男としてのプライドとか人間としての何かとか、色々。
「ぅうっえう……うぅ……うわぁああああん……び、びなんびじょがぁ……うう……えぐっ……どう、して、おまえら、そんなに、きれい、なんだよ……お、おれにたいするあて、つけかよ、うぅ……うわぁぁぁあああああああん!!!!!ふざけんなぁああああああああ!!!!」
『被害妄想乙w』
白髪の男が、喋れないのか機械音声でそう言って笑う。やっぱりソイツもかなりの美形で、俺はもっと悲しくなった。
そんなこんなで冷静でなかった俺は気づけなかった。まずここは俺の寝ていた俺の部屋ではなく、見知らぬ場所の床の上だったこと。そしてこのやけに美形な奴らと俺は初対面で、そしてこの場所に閉じ込められてしまった──ということに。
- Re: アリス・イン・デスゲーム ( No.3 )
- 日時: 2018/03/17 14:06
- 名前: *atari* (ID: 1xlwHmTN)
∮
「……えっと、もう落ち着きました?」
いつまで経っても涙が止まらない俺に、セピア色の長い髪の女の子がそっとポケットティッシュを渡す。腰まで伸びた髪は毛量がかなりあるようなのに絡まり一つなくとても綺麗だ。きっちりとした制服のようなものを着ていて、彼女はきっと学生なのだろう。俺も同じく学生ではあるが、俺の家の近くでこんなデザインの制服は見かけない。もしかして俺の家からはかなり遠い所にある学校の子なのだろうか。起きた直後と比べて、大分頭が冷静になってくると色んなことが見えてくる。周りを見渡しても白い壁ばかりで扉のようなものもない。十一人が一同に集まっていても狭くは感じない程度の広さはあるようだけれど、本当にそれだけである。何もない。正真正銘の密室空間だ。また、十人のメンバーを見ても知ってる顔は誰一人としていない。そして集められたメンバーに何か共通点のようなものも見つけられない。年齢も、性別も、着ている服も、雰囲気も、何もかもが違う。唯一共通点を見いだすとするなら、やはり"美形"という点だが……悲しいかな、それだと俺は仲間はずれになってしまう。
それにしても寝起きで頭が回ってなかったとはいえ、こんなに大勢の前で、みっともなく泣きわめいてしまったことに、今更すぎるけれど後悔してもしきれない。こんな真面目そうな女の子に気を遣わせてしまった自分に対する嫌悪感で死にそうだ。
「…………はい。すいませんでした、あの、寝起きで、凄い冷静じゃなくて……」
「し、仕方ないですわよ!人それぞれ、気にしてることとか、ありますし……ワタクシ、達も、あの、その……」
そう言って、金色の薔薇の飾りのついた小さな黒い帽子を被った品の良さそうな女性が何か俺に対してフォローしようと思ったのだろう。何か言おうとして──最終的に言い淀むような形になる。あまりぽんぽんと言葉が出るようなタイプじゃないらしい。今は何かフォローしようとしてくれたという、その気持ちだけで嬉しい。何も言えなかったことに女性はとても申し訳なさそうな表情を浮かべている。綺麗な人がそういう顔をしてると、こっちまで悲しくなってしまう。どうにか笑ってもらいたいと思って、俺は「大丈夫です、困らせちゃいましたよね……」といってへらっと笑う。これで少しは気が晴れてくれただろうか。そう思って、女性の顔を見ると何故か彼女は酷く驚いた顔で俺の表情を見ていた。近くにいた小柄な落ち着いた雰囲気の少女も、同じように驚いた顔をしていて、ぽつりと言葉を溢す。
「笑うと大分印象が変わるんですね……」
どういうことなのか、よく分からないけれど気は晴れてくれたらしい。あぁ良かったとほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、顔にピアスを沢山付けた赤と白のメッシュヘアーの派手な見た目をした男がにかっと笑いながら、おもむろに近付いてくる。俺の知っている、こういう派手な格好をした奴は大抵不良で、俺はいつも喧嘩を売られていた。また、いつもみたいに喧嘩を売られるんじゃないかと、ひやひやする。
「オニーサン、おはよう!すげぇしっかり寝てたから、僕、どこか体が悪いんじゃねぇかって心配したんだぜ?」
俺の心配なんて露知らず、派手な見た目の男はまるで自分のことみたいに嬉しそうに笑い、そしてそう言った。あまりにもあっけらかんとした笑顔に、俺は拍子抜けをする。
(……散々見た目で判断されて、嫌な思いをしてきたのに……俺は……)
他人を見た目で判断していたのは俺も同じだ。それをされるのが一番嫌な俺自身がそれをしでかしてしまっていたなんて。俺は俺自身に怒りを感じた。なんてことだ、人のことを言えないじゃないか。俺だって、人を見た目で区別している。見た目が派手だからってなんだっていうんだ。大切なのは中身、そう分かってたはずなのに。
「……オニーサン?どうかしたか?」
「…いや、別に……」
自分のあまりの不甲斐なさに失望して、彼の目を見て喋れない。まるでさっきの美人の女性みたいに言葉が濁ってしまう。そんな俺の様子を彼はじーっと見ているようで、見えてなくても、視線を痛いくらいに感じた。きっと変に思われてるんだろう。彼の真っ直ぐな視線がきつかった。
だけど次に俺に投げ掛けられた言葉は俺の思っていたものとは予想外のものだった。
「……あー。もしかしてオニーサン、"自分が見た目で判断されるのが嫌なのに、彼の事を見た目で判断してしまった"とか思ってねぇ?」
「!?……なんで」
「……オニーサン結構顔に出やすいぜ、気を付けろよ。それに別に気にしなくていいよ、そのことは。……今でこそ大分丸くなったけど、僕ちょっと前までは札付きの悪だったんだ」
「……」
「じゃなきゃこんな顔中にピアスなんて付けねぇよ。オニーサンみたいに元々目付きが悪いとかじゃねぇんだ、理由がなきゃやらねぇ。……色々、むしゃくしゃしてたんだよ。その頃は、さ。悪いことも沢山した。……だから、罪悪感なんて感じなくていいぜ。僕は見た目通りの人間だから」
思ってることが顔に出やすいなんて、初めて言われた。というか顔をしっかり見てもらえたことが初めてかもしれない。顔が怖すぎて誰も目を合わせてくれないのだ。それにしてもここまで思っていることを当てられるなんて、俺の表情が分かりやすかったからだけだなんて考えにくい。彼の人の表情を見る力も相当である。常日頃から人の顔を見ていたりしていないと、ここまでは分からない……。
(……そんな彼が荒れてた理由なんて、想像出来ないな……)
こんなに人のことをよく見ている人が、こんなに人のことを思える人が、荒れた理由なんて。俺にはまったく想像出来ない。彼がそんな風にあっけらかんと笑えるようになったまでの経緯はきっと色々あったのだろう。会って間もない俺に過去なんか追及されたくないだろうから、これ以上聞くことはしないけれど。
(……そう、まだ会って間もないんだ)
"ほぼ"全員が初対面。
そんな俺達がこの密室空間に閉じ込められた理由とは一体何なのだろう?
「……なぁ、オニーサン。この部屋、なーんにもねぇなぁ」
ピアスの彼がぐるっと、この密室空間を見回して、俺に言う。確かに見れば見る程何もない部屋だ。窓もなければ、ドアもない。上下左右に白い壁があるだけ。俺達がここにいるということは、確かに俺達が入れられた"入り口"があるはずなのだけど……そんなものは一切ない。隠し扉などがあるにしても、スイッチのようなものはこの部屋にはないし……つまりスイッチは俺達を閉じ込めた誘拐犯側の手にある可能性が高い。少なくとも俺達側から、この部屋に出るすべは、ない。
全ては誘拐犯の手のひらの上だ。
「そうだ、ね……俺達、どうなっちゃうんだろう…………」
「あはは。その割にはオニーサン落ち着いてるぜ?こんな状況なのに『美形があ!』とか言い出すしさ」
「……う、それは蒸し返さないでくれよ」
「はは!」
「…………だけどさ、君も落ち着いてるじゃないか。これはあくまでも俺の憶測なんだけど、もしかして君も」
"そろそろ何か起こりそうな予感がしてるんだろ?"
俺と彼の声が被った瞬間、どこからかカチリと音がして、ウィーンと機械音がしたかと思うと俺達のいる位置から反対側にあった壁から、どこからともなく扉が出現した。それと同時に上空からスピーカーのようなものも現れて、変声機で操作されたような声のアナウンスが流れる。
『……あー。マイテス、マイテス。聞こえるか?待たせたな、扉は開けたから中へ入ってくれ。何がなんだか分かってないんだろう?説明してやるから……先へ進んでくれ』
……随分馴れ馴れしい話し方の誘拐犯だ。ふと、横を見るとピアスの彼がにこにこと楽しそうな顔で笑っていた。それを見る俺の顔も笑っていた。
「楽しそう、だね」
「……オニーサンこそ」
周りも見渡せば、他の九人も俺達のようにあからさまに笑っている奴こそ少ないが、皆落ち着いている。まるで家のリビングでテレビでも見てくつろいでるみたいな様子だ。
「……何だか、ずっと前から"この状況を望んでいた"、そんな気分なんだ」
「はは、何だそれ。頭おかしーな……って言ってやりてぇけど、それだと僕もおかしいことになるな。それに他の九人も」
妙な感覚だった。自分の知らない自分が、この場所を求めてる。この状況に歓喜している。そしてこの感覚は、俺と、彼と、他の九人も同じように共有している。おかしな話だ。初対面のはずなのに、見知らぬ場所なはずなのに、まるで"家族"と一緒に家で過ごしているみたいな気分になってくる。
俺達と、この場所には、きっと俺達の知らない俺達のことが隠されている。それはきっとこの先に進めば、見えてくるんだろう。
さぁ、扉の先へ進もうと足を一歩踏み出した時、隣の彼がおもむろに
「……鏡エイジ」
と呟く。僕の名前、そう言って笑う。
「…今、名乗りたくなったんだ、オニーサンには」
「…………」
「オニーサンとは、これから、色んなことをしそうな気がするぜ。ただならない縁を感じる。ただの直感なんだけど、さ」
それは俺も感じていた。赤と白のカラフルな髪を、沢山のピアスのついたその顔を、この先何度も見そうな、そんな予感。
しかし、名前。鏡エイジ君……良い名前、良い名前だと思うけれど……これはもしかして俺も名前を名乗らなければいけない流れか。
名前、名前か……あまり言いたくない。
「……俺も名乗った方がいい?」
「当たり前だろ」
「………………」
「……まだ名前を言えるほど、僕のこと、信用できねぇの?」
「そう、じゃないけど…………自分の名前、あんまり好きじゃないんだよね……」
あまりにも俺には"似合わない"から。
「……絶対に笑わないでくれよ?」
「分かってるって!だから、さ……」
「………………有栖」
「……は?ごめん、うまく聞こえ──」
「ッ──────だから!有栖カンナ!それが俺の名前!」
大きな声で叫んでしまったので、先に扉の先へ行った鏡君以外のメンバーにも聞こえてしまったかもしれない。恥ずかしい。顔が真っ赤に熱くなっていくのを感じる。笑わない、って約束したはずの鏡君がにやにやと笑っていた。
「……嘘つき」
「…ふ………は、ひひ……いや、だって……ふふ」
「笑わないって、約束したじゃないか!」
「……はは、いや、良い名前だと思うぜ?ただ、ちょっと予想外だったっていうか……ふふ……」
笑いを抑えきれないまま、鏡君はドアの先へ一歩踏み出す。何だか煮え切らない感じのスタートだ。俺は釈然としないまま鏡君についていく。俺達が最後のようで、もう部屋には誰もいなかった。ほんの少し雑談しすぎたみたいだ。
扉の先は長い廊下になっていて突き当たりは確認できない。ただ先へ行ったメンバーが大分向こうで歩いてるのは確認出来た。
「行こうぜ、有栖!」
鏡君があっけらかんと笑って、俺に手を差し出す。少し恥ずかしいような気もしたけれど、周りには誰もいなかったので、俺はその手を掴んだ。
掴んだ手はぎゅっと強く握り返されて、ほんの少しの不安と期待を胸に、俺達は先へ進んだ。
- Re: アリス・イン・デスゲーム ( No.4 )
- 日時: 2018/04/08 19:18
- 名前: *atari* (ID: 1QpV5ZBE)
∮
鏡君と共に、てくてくと先の見えない道を進んでいると、三メートル程先の辺りの方で、壁際に座り込んで休んでいる二つの人影が見えた。先はまだまだ先は長そうだ。確かに休憩でも取らなければ、息が上がってしまうだろう。俺達もそろそろ休もうか、と鏡君も大分疲れが出ていたらしく、額にじんわりと浮かんだ汗を服の袖で拭いながら、微かに笑って、こくりと頷いた。影のうち一つは男性、一つは女性のようだった。こちらから話しかけようか、かけまいか迷ってるうちに、向こうの方から声をかけてくる。初めに声をかけてきたのは女性の方だった。
「よ。ピアス野郎と泣き虫野郎じゃねーか。久し振り」
フリルのついた白色のふんわりとしたワンピースを着た彼女は、その可愛らしい格好に似合わない乱雑な口調で俺達にそう言った。彼女のその言葉に俺達が反応するより早く、彼女の傍らに座っていた男性があたふたと慌て出して、彼女と俺達の間に滑り込むようにしながら土下座をする。何やらぶつぶつ呟いているようだが、言葉が要領を成しておらず、何を言っているか分からない。がたがた、がくがくと、壊れた人形みたいに震えながら、めり込んでしまうのではないかという程、床に頭を擦り付ける男性を目の前に、俺達は何も言うことが出来ずにその場に立ち尽くした。
そうこうしてる内に、俺達の耳が馴れたのか、男性の方が落ち着きを取り始めたのか分からないが、大分何を言っているかが掴めるようになってきた。その姿を女性はまるで他人事のように 見つめている。いつものことだ、そう言ってるみたいな冷めた視線で。
「……す──すすす、すいません!あ、アサヒは……うちの、妹は、あの……思ったことをすぐ言っちゃう性格で……あの、ムカついたなら、お、オレを殴って、いいですから……えと、妹は……」
「妹?」
「……?は、はい!あ、アサヒは、この子は、オレの、妹です、…あ、えとほ、本当はこんな子じゃないんです、も、もっと優しい子なんですけど、えと」
そう話す彼の顔は、涙やら汗やら色々でぐちゃぐちゃではあったけれど、とても楽しそうだった。妹のことを聞かれたのが、とても嬉しい。そんな様子だった。改めて彼とアサヒと呼ばれた彼女の顔を見てみるけれど、兄妹と言われて、ようやく、ああそうかもしれない、思える程度にしか似ていない。確かに顔のパーツ一つ一つは似てると言ってもいいかもしれないけれど、作られている表情が真逆なのだ。どちらも顔は端正ではあるが、兄の方は気が弱そうで、妹の方は反対に気が強そうだ。
アサヒと呼ばれた、彼の妹らしい少女は舌打ちをしながら、心底憎々しげに自身の兄を見ている。
「アタシの兄貴っつーのに、こんなに情けなくて困っちまうよなぁ。見てるだけでイライラしちまう」
「……え、と、お兄さん、なんだよね?そんな言い方は……」
「…………あ?そうだけど。でもうぜーもんは、うぜーんだから仕方ねぇだろ。他人にどうこう言われる筋合いねぇから」
あまりの暴言に俺がもう少し優しくすればよいのではないかと、提言すると、吐き捨てるように彼女はそう返した。当の言われてる本人は慣れきっているようで、眉を八の字に寄せながらも、乾いた声で笑っていた。俺は一人っ子なので分からないが、兄妹というのはこういうものなのだろうか。もしそうだとするのならば、思っていたものと全然違う。兄妹とはもっと微笑ましい関係性では、なかったのだろうか。想像と現実とのギャップに俺が言葉を失っていると、横で俺の様子を黙って見ていた鏡君がそんな俺を心配してか、声をかけてくる。
「家族のコトは家族にしか解決出来ない。僕達が言うコトじゃねえよ」
「鏡、君……」
「家族のカタチは人それぞれだからな。アレが、あの兄妹の"家族のカタチ"なんだろうよ」
有栖は優しい家族の中で育ったんだな、そう言って鏡君は切なそうに笑った。その瞳には俺に対する羨望も混じっているようにも思えた。俺は鏡君に何か言わないといけない気がして───そして、結局何も言えないまま、口を閉じた。俺は一体彼に何を言おうとしたのだろう。伝えようとしたのだろう。とにかく何か励まそうとしたのだ。けれども思い付く言葉は、ただの気休めや偽善で凝り固まった身のない言葉だらけで。こんな言葉を言ったって彼はまた同じように切なく笑うだけだろう。それなら何も言わない方が、きっと、良かった。
俺は彼のことを何も知らない。まだ出会ったばかりだ。何も知らなくて当然だ。だけど何も知らないのに何か伝えたって、その人に何か伝わるはずがないのだ。だからこそ俺はこの時、心の底から彼のことを"知りたい"と思った。これからどうなるか分からない。この長い廊下を進んだ先、出口が待っているのか、それとも更なる迷宮があるのか。どちらにしたって俺は鏡君との関わりをこれで終わりになんかさせたくない。もっともっと彼のことを知りたい。彼と色んな物を見てみたいし、色んな感情を共有したい。
(まるで、彼に"恋"してるみたいだな───)
頭の中でそう考えて、笑いが込み上げてきた。恋、恋だって?随分陳腐な表現が浮かんできたものだ。男同士の関係の表現で恋だなんて、ちゃんちゃら可笑しい。けれども言い得て妙だと思った。俺と彼はまるで赤い糸に繋がれた恋人同士のようにお互いに運命を感じている。前世というものが、もし存在するのなら、きっと俺達は相当に深い繋がりだったのだろう。そう思ってしまう程に。
(いや、でもやっぱり違うな)
この関係を、この運命を、恋や愛だなんて言葉で縛ってしまいたくない。これはきっともっと独特で限定されたものだ。
俺はこの時、一層強くそう思った。
∮
あの空間に閉じ込められていたメンバーの内、最後に扉から出てきたであろう、あの怖そうな青年二人組は数分経つと、居心地が悪く感じたのか、この場を立ち去った。アタシ──森アサヒは心の中でほっと息をついた。計画通りだ。"あえて"あの人達に酷い態度を取ったかいがある。アタシ達の前であの人達が休憩を始めた時、内心酷く焦った。アタシの兄───ヨゾラは、アタシが他の人と少しでも仲睦まじく話していると、とてつもなく情緒不安定になる。まともに会話が出来なくなったり、人と目が合わせられなくなったりなどの、コミュニケーション能力の低下は、まだマシな方の症状だ。アタシが一番嫌なのは、人がいなくなった後の───────
「アサヒ、どうしてあの人達に自分から話しかけたの」
──────これだ。
あの感情のこもっていない無機質な目で見られていると、声が震える。上手く頭が回らなくなって、ロクなことが言えなくなって、涙が出てくる。いつもは本当に、優しい、優しい兄なのだ。だからこそ、あの目で見られると、正気じゃいられなくなる。嫌われたんじゃないかって。今度は兄さんにも"捨てられてしまう"んじゃないか、って。
兄さんに捨てられたら、アタシは。
「……だ、だって、あの人達アタシ達に話しかけようとしてた!だ、だからアタシ……あの人達を追い払おうと思って……」
「そう……だから話しかけたんだ。それはとても良い心がけだね」
「じ、じゃあ、"お仕置き"は…………!」
「"それ"はする。見ていてイライラするくらい喋ってたから」
その言葉がアタシの脳内に伝わるよりも早く、兄の拳がアタシの顔にめり込む。とんでもない力で殴られたアタシは、まるでゴミクズみたいに吹き飛んでいって壁に全身を叩きつけられた。ごつん、と嫌な音と共に頭から壁に一直線に。痛い、痛い。目の前がチカチカする。今まで見えていた景色がぐらぐらと歪んでいく。頭は既に使い物にならなくなってしまったみたいで、目の前の光景を理解してはくれない。もしかして敢えて理解させまいとしてくれているのかもしれない。理解してしまったら気が狂ってしまうから。顔を中心に痛みが増えていく。顔を殴られているのだろう。何度も、何度も。傷が残らなければいいな、と意識が遠くなる中で思った。もし傷が残ったら他の人に兄さんがやっていることがバレてしまう。それは、それだけは避けたかった。こんな目に合っても、痛くても、辛くても、アタシは兄さんと一緒にいたいのだ。兄さんはアタシのたった一人の家族で、アタシを受け入れてくれた、唯一の人なのだから。
「う、ぐ──げふッ───」
鳩尾を勢いよく蹴られて、胃の中にあったものが逆流する。気持ち悪い。吐き気がする。だけど吐いちゃ駄目だ。吐いたら兄さんを汚してしまう。兄さんを汚すのだけは、汚すのだけは駄目だ。吐くな、吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな吐くな。けれども我慢も空しくアタシの口からは汚ならしい嘔吐物が出てきた。あぁ何て汚ならしいんだろう。アタシは床に這いつくばって自身のソレを舐めた。ソレは兄さんの足の方にも飛んでしまっていている。アタシがソレも舐めようとした時、兄さんの声と共に生暖かいものがアタシの頬に伝っていった。それは兄さんの涙だった。
「…………ア、アサヒ……」
「……にいさん」
アタシの顔を見た途端、兄さんはがっと自らの顔面を手で覆った。かくんと膝から力が抜けていって、立て膝をつきながら兄さんは泣いた。呻くように泣いた。その様子は殴られ、蹴られていたアタシよりも、よっぽどか苦しそうだった。それを見ていると心がきゅっと苦しくなって、アタシも涙が出てきた。
「……あ、あああああ、またオレは、オレは、また、また、やってしまったのか……ごめん、ごめん、アサヒ……何で……何でオレ……アサヒは大切な、オレの、妹なのに、なんで……なんで……こんなこと、したくないのに……ごめん、ごめんな、アサヒ……」
「……だいじょうぶ……アタシは、だいじょうぶだか、ら……兄さん、泣かないで……兄さんが、泣いてたら……アタシも……アタシも苦しいよ…………」
「アサヒ……ごめん、ごめん……ごめん……ごめん、ごめんな……ごめん」
兄さんは横になったまま動けないアタシを、優しく抱き抱えて、ぎゅっと抱きしめた。母親が赤ん坊を抱き締めるみたいな、相手を慈しむみたいに、優しくそっと抱き締めた。兄さんはずっとごめん、ごめんと謝り続けている。アタシはそれだけで全てが報われたような気がした。兄さんは悪くないのだ。全てはアタシと兄さんに"普通の愛し方"を教えてくれなかった、あの人達のせい。アタシ達はあの人達に間違わされたのだ。あの人達は一度もアタシを愛してくれたことなんてなかった。アタシを受け入れたことなんてなかった。愛してくれたのも、受け入れてくれたのも、兄さんだけだ。
だから、どんなに辛くたって、アタシは兄さんを嫌いになんて、なれない。
「……兄さん……お願いが、あるの……」
「……何?」
「…………アタシを、ずっと、好きでいて……一生、側に、いて、ね……」
アタシの言葉を聞いて、兄さんはまた泣いた。こんな風になっても兄さんはまたアタシを殴るだろう。蹴るだろう。そして最後にまたこうやって泣くんだろう。負の連鎖は止まらない。アタシと兄さんは離れない限り、ずっとこのままだ。
アタシと兄さんが一緒に掴める幸せは、ないのかもしれない。
(でも……一緒に、不幸には……なれる、はずだよ、ね……)
そこまで考えてアタシは兄さんの腕の中で夢見るみたいに、微睡みに落ちていった。
- Re: アリス・イン・デスゲーム ( No.5 )
- 日時: 2018/04/17 18:02
- 名前: *atari* (ID: y98v9vkI)
∮
奇妙な兄妹と別れて数十分、この長かった廊下もようやく終わりが見えた。数メートル先でぼんやりと光が見える。ざわざわとした話し声も聞こえてきた。他のメンバーの声だろう。俺は、ほっとした。気が抜けて、強ばっていた肩の荷がそっとほどけたような気がした。きっと、この廊下を抜けた所で、さっきのスピーカーの声の持ち主の言う"説明"を聞いた所で、ハイ脱出です。とはならない。それは既に察しがついていた。これからどうなるか分からない。だけど今みたいに延々と終わりの見えない廊下を歩かされるなんてことはないだろう。あんな何もない廊下をひたすら歩かされるよりは、きっとどんなことだってマシなように今の俺には思えた。それほどまでに、この廊下に俺は堪えていたのだ。それは隣にいる鏡君も同じなようで大粒の汗を沢山額に浮かべながら、彼は今までの疲れを全部吐き出すみたいに溜息を吐いた。
「…………やっと、だな」
「そうだね。……俺、久し振りにこんなに運動したよ……」
お互い疲れきってしまっていて、それ以上は話さなかった。というか話せなかった。喋るのに体力を使ってしまったら、もう一歩も歩けなくなってしまいそうだった。あの光っている場所に着いたら、まずはしっかり休もう。あのスピーカーの男が何を言ってきたとしても、休ませて貰おう。それで体力がしっかり戻ったら、俺はもう一度彼と話すんだ。話したいことが沢山ある。聞きたいことが沢山ある。沢山話して、沢山聞いて、それで、もっと彼と仲良くなりたい。
(あと少しだ……頑張ろう)
心の中で自分にそう鼓舞して、俺は重たい足を前にどうにか運んだ。
∮
長い廊下の先。
遠くからでは、ぼんやりとした光にしか見えなかったが、その場所は想像していたものとは百八十度違っていた。
「なんだ……コレ……?」
俺達が最初にいた空間は、白くて何もない無機質な部屋だ。ここはその反対だった。全体的に暖かい雰囲気に纏われていて、食べ物や椅子や机、その他もろもろが何でも揃っている。俺は行ったことがないけれど、ホテルのスイートルームが大きくなったのが、まさにこんな感じだろう。頼めばサービスでも出してくれそうだった。広い空間のあちこちで先に来ていたメンバーが、各々で好きなように寛いでいる。俺達は確かに理由も分からずに集められ、誘拐まがいのことをされていたはずだ。だけどここにいるメンバーは、そんなこと忘れているみたいだった。部屋の中央には、肉、サラダ、スイーツなどがいろどりみどりにバイキング形式で並んでいる。どれもこれも美味しそうだ。腹はとても減っている。今すぐにでも食べてしまいたい。けれども黄泉の国の食べ物を食べたら、現世には二度と戻れなくなる。昔聞いたそんな迷信が、ふと頭に浮かんで俺は食べ物に伸びかけた手をぴたりと止めた。本当に、食べても大丈夫なのだろうか?だけど腹は減っている。不安と食欲。そんな二つの強い感情が俺の中で葛藤していた。
「食べた方がいいですよ、その料理。今度は、いつ食べれるか分かりませんから」
可愛らしいけれど、芯のある凛とした声が横から掛けられる。声の方を見ると、あの空間にいた内の一人の小柄な少女が俺と鏡君を無表情な顔でじっと見つめていた。小さいのに随分迫力のある子だ。そう思った。顔の四分の一を占める大きな丸眼鏡、その奥にある、くりっとした小動物のような瞳には強い意思を感じる。彼女の言葉は正しい。よく分からないけれど彼女の瞳には俺にそう思わせるだけの力があった。
「失礼。…私は華宮アザミと言います。見ての通り貴方達と一緒にあの空間に連れてこられた一人です」
そうこうしてる内に、彼女はそう言って俺達の方に向かってぺこりと会釈した。俺達が何も言わないのを警戒してるせいだと思ったらしい。体格もそこそこの男二人が、こんな小柄な女の子相手に警戒する訳ないのに。律儀な女の子だ。彼女が自己紹介したのを見て、さっきまで黙っていた鏡君が口を開いた。だけど何だか様子が変だ。口元は笑ってるのに、目が笑ってない。俺の前にさっと出て、相手を威嚇するかのように彼女の方へ一歩前に出る。
まさか、こんな女の子に警戒しているのか?
「ご丁寧に紹介ドーモ、僕は鏡エイジ。こっちは有栖カンナ、初対面なんだけど何か意気投合して一緒に行動してる。…さっきの話、何の根拠があって、そう言ってるんだ?」
「ちょ、ちょっと!?鏡君失礼だよ……!」
明らかに自分の言ったことを疑うような言い種に、まぁそうなりますよね。と彼女は怒ることもなく静かに肩を竦めた。ただ普通に隣に立っている俺でさえも今の鏡君の視線は怖く感じるというのに、目の前の女の子に怖がっているような様子は一切ない。どれだけ肝が座っているのだろうか。彼女は真っ直ぐに鏡君の目を見つめて、彼の質問に答え始める。言い淀むことのない、すらすらとした受け答えだった。
「……根拠というには、あまりにも信憑性が欠けたものではありますが。私達は貴方達が来る二十分前には此処に着いていました。部屋の中央にいる赤いハイヒールの男性が一番始めに食事に手を付けましたが、今の今まで何の異常もありません。また彼が言うには、"自分は食事には人並み以上に知識がある"、"この部屋に置いてある食事に毒はない"とのことです。嘘か本当かは分かりませんが、まあ、嘘をつく理由もないでしょう」
「……そっか」
「納得して頂けましたか?」
「あぁ。疑って悪かったよ、えーと……アザミ、ちゃん?」
「別に良いです、この状況なら疑って当然ですから。……でもアザミちゃんは止めてください。……寒気がします。名前を呼ぶ際は名字で呼ぶ事をお願いしたいです」
疑われたことに対しては何も怒ってないらしく、彼女はそう言って俺達を許した。だけど最後の一言は彼女の心の底からの言葉だろう。終始無表情だった彼女の顔は"アザミちゃん"と呼ばれた時にだけ、ぴくりと動いてひきつっていた。首には寒イボが立っている。よっぽど"アザミちゃん"と呼ばれるのが嫌なのだろう。俺が顔の事を言われるのが地雷なように、彼女の地雷は"アザミちゃん"と呼ばれることなのかもしれない。華宮さん、ごめんな。と鏡君は、そう言い直した。
「大丈夫です。……それにしても、貴方の同行者の方は大丈夫なんですか?今時そんなお人好しじゃ世の中やってけませんよ」
「……え!?」
「それな!!僕心配になっちゃったよ……有栖、知らない人にお菓子あげるよって言われても、ついてっちゃ駄目なんだぞ?」
自分より小さな女の子に世渡りの心配をされ、鏡君には幼稚園児の子供への注意みたいなことを言われてしまった。自分では分からないけれど、俺はそんなにお人好しなのだろうか。確かに人を疑ったりすることは、あまりないけれど……それって普通のことじゃないのか?人を疑うと気分悪くなるし、どうせなら信じたい。それに俺は人の見る目はある方だと思う。俺は今まで信じてきた人に裏切られたことなんてない。世界は案外人に優しく出来ているのだ。
「……それ騙されてるのに気付いてないだけですよ。世界は貴方が思ってるよりも歪で歪んでます」
そう言ったら、華宮さんに冷たくこう返された。そういうものなのだろうか。あまり実感が湧かない。首を捻った俺を見て鏡君がくすっと笑う。
「……呑気だなぁ。だけど、有栖みたいに皆がそんな風に夢を見て生きれたなら、きっと幸せなんだろうな」
俺の人生が、夢を見て生きているのだとするのなら、俺もいつか皆のように目が覚めて、世界は歪なのだと思うようになるのだろうか。それとも夢を見続けるのだろうか。
夢を見続けたとして。
その終わりにあるのは、一体何なのだろうか。
そこまで考えた時、部屋中にけたたましいベルの音が鳴り響いた。
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「全員揃ったようだな。……では、初めましてアリス諸君。オレ"達"のことは白兎とでも呼んでくれ。"見たまんま"だろ?」
ベルの音が鳴り止むと、気が付けば料理の置いてある部屋の中央に白いタキシードを着た赤い目の白兎頭が立っていた。白い白兎(何だかそんな言い方は変かもしれないが)の周りには同じような見た目をした、黒目の黒いスーツを着た白兎頭が数十体立っている。口を開いたのは赤い目の白兎で、他の白兎は黙っている。変声器で声を変えてはいるが、随分馴れ馴れしい話し方だ。見る限りアイツがリーダーのようだった。白兎の言葉で周りを見渡すと、いつのまにかあの奇妙な兄妹もこの部屋まで来ていたようで、部屋の隅の方で二人が立っているのを確認できた。
(とうとう説明してくれるのか……)
あの無機質な空間で"進んでくれ"と言ったのは、きっとこの白兎だろう。コイツは、あの時"説明してやる"と言った。"脱出させる"とは言っていないということは、このままハイどうぞと出してくれる訳がないのだ。だからといって俺達をここから脱出させる気が一切ないとも考えにくい。俺達を脱出させる気がないのなら、説明なんていらない。"説明がある"ということは、"出るための条件"があるということだった。俺はごくりと生唾を飲み込んだ。一体何を言われるんだろう。もし漫画やアニメでよくある"殺し合い"をしろなんて言われたら、とてもじゃないけど俺には出来ない。さっきも言ったけれど、人の見る目はある方なのだ。俺は。ここにいる人達が悪い人達には見えない。悪くない人達を理由もなく殺すなんてこと俺には出来るはずがなかった。
(もし……そう言われたのなら……俺は"自殺"しよう……)
鏡君と仲良くなりたかった。色んな話をしたかった。色んなことを知りたかった。だけどその鏡君を殺してまで、他の人達を殺してまで、俺は自分の願望を叶えたいとは思えない。それくらいなら死んだ方がマシだ。人を殺して生きるなんて、まっぴらごめんだった。
殺し合えと言われたら、自殺する。
そう覚悟を決めた俺にとって、次に白兎が言った言葉は意外でしかなかった。
「突然だが─────お前達にはこれから一ヶ月間一緒にこの場所で生活してもらう。ただ、生活してもらうだけだ。もしお前達が望むものがあるなら、オレ達白兎はお前達の願いを叶える努力をしよう。困ったことがあるならオレ達に言ってくれ。対処しよう。お前達の幸せに協力しよう。勿論個人個人に合わせた個室も用意してある。食事のことは心配しなくていい。オレ達はお前達が快適に、この場所で暮らせるようにするためのスタッフだ。一ヶ月、たった一ヶ月暮らすだけでいいんだ。オレ達がお前達へ望むことは、たった一つだけ──────」
機械で偽られた音声でも隠せない程に、その言葉は情緒に溢れていた。俺達に対する熱烈な何か感じた。
その言葉は、あまりにも哀しく、心の底から懇願するようで。
「───────ただ、生きてくれ。この一ヶ月間生き残ってくれ」
この時の俺は知らなかった。
この言葉に、この心の底から願った言葉に俺達は反してしまうこと。
たった一ヶ月生きること、たったそれだけのことが俺達には、とても難しいことだったこと。
─────あまりにも切ない、この言葉が、【世界一優しいデスゲーム】の始まりの合図だったことに。
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