複雑・ファジー小説
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- スペサンを殺せ 【完結】 *エピローグ
- 日時: 2018/11/24 01:26
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: ZMpE7sfz)
—完結しました—
■挨拶
こんにちは。瑚雲という者です。
コメライ板でメインを書いていますが、息抜きに短いお話でも書こうかなと思い至りました。
一話一話が短いです。
読んでくださると大変嬉しいです*
■目次
一気読み >>01-
1 >>01
2 >>02
3 >>03
4 >>04
5 >>05
6 >>06
エピローグ >>07
- Re: スペサンを殺せ ( No.1 )
- 日時: 2018/03/15 02:51
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 9UBkiEuR)
—1—
「どうやら、エースを殺すときが来たらしい」
グラスに伸ばしかけた指を、ぴくりと震わせた。頬のこけた貧相な顔がグラスに入った水を覗きこむ。
水面に浮かぶ氷をじっと見つめるだけの男をよそに、開けているのか閉じているのかわからない糸目の男が手に持ったグラスを拭きながら続ける。
「エースは、オレたち国民にウソをついていたのさ。とんでもないウソをな」
「……どんな?」
「女だったんだとよ。いつの時代も、エースは必ず男と決まってる。いままでにもあったが、いつの時代も、女のエースは殺されてきた」
「……」
「ようやく、あんたの出番ってわけだ。【3】さんよ」
貧相な顔の男は、うんともすんとも言わずただじっとグラスを傾けている。
糸目の男は拭き終わったグラスを置くと、カウンターから身を乗り出した。
「……おめえさんのことだから、どうせ不安なんだろ。人殺しなんてできるタチでもねえもんな」
「……」
「情報は、たしかだ。まちがいねえ。……王宮内でメイドを務めてる【10】のうちの一人からの情報だ。うっかり着替えを覗いちまったらしい。おめえさんは、心置きなく仕事が果たせるってもんよ」
「……」
「……。英雄が罪を犯したら、専属処分者が暗殺する。それがルールだ」
糸目の男は、うすらと目を開けた。
「……——まったく、酷なルールだよな」
そう言いながら、一枚の小さな紙を、カウンターの上で滑らせた。
ガラリ、と椅子を引く音がする。生気のない目がグラスの水からようやく視線を外したかと思えば、貧相な顔はユラリと席を立った。テーブルの上の小さな紙を指でつまんで、糸のほつれたポケットに入れた。
バーの床を踏むには似合わない、乾いたサンダルの音。半ば足を引きずりながら、男は退店した。
*
暗殺なんてできない。
丸めた背中に暗夜を背負いながら、幸薄そうな顔をした男はなんども胸の中でそう唱えた。
しかしこの国には『ルール』がある。まるでゲームで遊ぶみたいに、守らねばならないルールが。
彼に課せられた唯一のルール。それが、
【A】の断罪だ。
この国を治める【K】は、国内のことに手を焼いていて外交を担わない。そんな【K】の代わりを務めているのが、第二王子の【A】だ。通称、英雄。
【A】は頭のキレる天才だ。年齢に不相応な仕事をこなす彼を偉いとさえ思えてくる。
いや、いまは『彼』ではなく、『彼女』か。
『彼女』だということが【3】である幸薄そうな男にバレてしまった以上、殺すしかない。
夜の道を往きながら、彼はふたたび暗殺のことで思考を支配された。
ふいに彼は、立ち止まってポケットの中をまさぐった。取り出したのは、店で【8】に渡された小さな紙だ。
彼は折りたたまれたその紙を開いた。
『エースを殺さないでくれ』
幸薄そうな男は黙りこんだ。うそっぱち、とはよく言ったものだ。
しかしルールは守らねばならない。
男は、【A】を殺さねばならない。
——決行は明日だ。
胸の中でそう唱えてから、【3】はふたたび夜の道を歩き出した。
- Re: スペサンを殺せ ( No.2 )
- 日時: 2018/03/18 20:37
- 名前: 瑚雲 ◆6leuycUnLw (ID: 9UBkiEuR)
—2—
「英雄のご帰還です!」
一人の門番が高らかに叫ぶと、待っていましたと言わんばかりの人だかりが、馬に跨る【A】を出迎えた。
トランペットを吹き鳴らす音楽隊の列。その背後から、一様に【A】に羨望のまなざしを向けているのは一般の民だ。
【A】はにこりとも笑うことをせず、凛とした表情で宮殿をめざした。
「ご無事でしたか、英雄様」
宮殿内の廊下を歩いていると、不気味な仮面をつけた長身の男が、【A】の目の前で一礼した。
仮面の男はすらりとした体格に燕尾服を身に纏っている。もとより長身であるのに、細身なおかげでうんと身長が高く見える。
仮面の男はすこし屈むようにして、【A】の顔色を窺った。
「此度の遠征、実にご苦労様でした。お疲れでしょうから、どうぞお部屋でお休みになってください」
「いいや。僕はこれから、父上のところにいく。報告をしなければならない」
「……生憎ですが、陛下はいま会議に出席しておられます。英雄様も知っておいででしょう? 数か月前の嵐で麦畑がダメになって、米価が上昇している問題についてです。なかなか妙案が思いつかないのでしょう」
「それならなおさらいく」
「え?」
「仕事のついでに、『ハートの国』の商人と取引をさせてもらった。あそこは天候も土地も良好で、近年にはめずらしい大豊作だったと聞いてね。百俵持ち帰ってきた」
「すばらしい!」
仮面の男は愉快そうな顔でパチパチと手を叩いた。
「さすがです、英雄様。たいへん聡明でいらっしゃる」
「……」
「陛下も鼻が高いでしょう。その、雪のように美しい銀の髪も、整った目鼻立ちも。どこまでも罪深き御方」
「……」
「気をつけてくださいね」
仮面の男が顔色ひとつ変えずにそう言ったのに、【A】がぴくりと眉をひそめたことを彼は見逃さなかった。
「聡明であるからこそ、それを悪いことに使ってはならないのです」
「僕はそんなことはしない」
「そうでしょう。あなたは正義の心をお持ちです。ですが万が一、悪知恵を働くようなことがあれば……」
「……」
「そのときは……【3】に、殺されてしまうでしょう」
仮面の男はあいかわらず、奇妙な笑みで【A】を見下ろしている。
【A】はマントを翻した。装飾を施された白銀のブーツがよくお似合いだと、仮面の男は【A】の姿が見えなくなるまでその小柄な背中を見送った。
報告を終えて自室に戻ると、【A】は取り外したマントをベッドの上に放り投げた。
自身もベッドに腰を沈める。どっと襲いかかる旅の疲れを、上質な肌触りで癒そうとしてくる。
『そのときは……【3】に、殺されてしまうでしょう』
仮面の男の言葉が、ひとりでに頭の中で反芻した。
【3】は、この国で自分を殺すことができる3人の人間のうちの1人だ。
そのうち2人が王族とくれば、名誉も手も汚さずに済む【3】に、【A】の暗殺を担わせるのは自明の理。その上【3】は、【A】以外のだれも手にかけることができない。つまり、この国でもっとも力を持たない人間なのだ。
そんな人間に断罪されてしまうのか。望んで女に生まれたわけでもないのに。
【A】は自身の下腹部をなでた。肌に張りつくような作りの絹を介して、そこに男にはないものがあることを実感する。
「……」
すっくと立ちあがり、【A】は白銀のジャケットを脱いだ。ブラウスにズボンという簡易な服装になると、ふと、自室の扉に違和感を感じた。
ゆっくり近づいて見てみると、なにかが扉の間に挟まっている。
【3】の、カードだ。
「!」
刹那。
ヒュンと空気を裂く音がした。鋭いそれは刃となって、耳と髪の間を通り抜ける。
それは扉の表面に突き刺さり、【A】は、その矢を扉から引き抜いた。
「……なるほど。殺しに来たのだな、【3】が」
床に放られた矢がカランと音を立てた。【A】は、壁に立てかけた鞘から乱暴に剣を抜いた。
駆けだす。
窓ガラスに空けられた小さな穴を力任せに斬り破り、【A】は外界の風に全身を投じた。
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