複雑・ファジー小説

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形無い刃をつきつけて
日時: 2018/03/23 16:57
名前: 瀬白孔明 (ID: EnyMsQhk)

 ぴたり、柔らかい首筋に鋭く尖った先端が触れたような感覚。ズブズブと、声帯をくり貫くように潜り込んでくるような感覚。言葉を失ってしまったような気がして、私の呼気はただひゅうひゅうと漏れでるのみ。それは、決して声という体をなしていなかった。
 震える視界の真ん中の方に、大きくスペースをとって鎮座するのは、仲良くしていた彼女の姿。その目は弱虫の私を貫くように突き刺さり。口を開けば裁縫針が布を貫くように、私の心を穿つ言葉が。
 灰色の壁紙、綺麗に整列した机と椅子達。教室の真ん中で私を押し倒すようにして、私に詰め寄る彼女。異様な光景に見えるだろう。それなのに、誰も私たちの方を見ない。見ようとしないんじゃなくて、他の皆が見て、触れて、聞いて、息を吸い込む世界に、端から私たちは存在しないのだ。
「ここは、あたし達二人だけの世界」
 ぴくりとも眼光を動かさず、じぃっと私を睨み続けるその瞳に、冷や汗が滑り落ちた。首筋から腰まで、体操服の内側を一息に汗の粒が滑り落ちた。それに伴い寒気は伝播する。身体中が芯から冷えきったみたいで、私は大きく身震いした。でも、彼女が私を掴む腕はびくともしないし、やっぱり瞳は揺らいでない。
 誰も私達を見ていない。そんなの、いつもの事だった。来る者拒まず去る者追わず、歯に衣着せぬ物言い、過激な性格ゆえに彼女はクラス中からミュートされていた。
 そして私は閉鎖的で、ただそこにいるだけの人物Aになんて心は開いていない。心にずっと錠前がかかってて、それを開けられる鍵を持つ人なんて、極々一部に限られていた。学校にいる人だと、先生方を除けば三人程度しかいない。他者が怖くて、自分に自信がない。私は私の言動を見られて、くすくす指差し笑われるのが嫌で嫌で仕方なくて。
 変えたいって思ってても、気に入った者しか受け付けない、錠によって閉ざされた世界はまだ開こうともしない。限られた人間だけと接していても、私は外の世界へ繋がりたいだなんて、思えそうにもなかった。
「誰も気づいてなんか無い」
 もうとっくに、男子も入ってきてるのに、彼女は私の体操服をたくしあげる。綺麗でもない臍が覗き、羞恥に顔を紅潮させた私は慌てて彼女に握られた白いシャツを下に引っ張った。
 私が抵抗すると、彼女はそのシャツの中心に縫い付けられたゼッケンの赤字を指でなぞった。五年三組、私達が所属する教室。肋骨と肋骨の隙間をなぞられ、その薄気味悪さに体が跳ねる。
「何でわざわざ、こんなこと……」
「何でだろうね。あたしが、君が、ここにいるって確かめたいからじゃないかな」
 こんな風にじゃれあっていても、世界はまるで私達が存在していないかのように動いていた。二時間目の体育が終わり、三十分休憩が始まっている。この部屋が女子の更衣室だったのは、つい二分前までの話。

 この世界には刃物は無い。ナイフも、刀も、カッターも。包丁だって存在しない。人を傷つけるような道具は、裁縫用の針くらいしかなかった。金槌も無ければ毒薬も無い、酷く優しい世界。
 それなのにまだ、刃や鋭い、尖るという言葉は残っていた。身近に存在しないその言葉に、人々は小首を傾げる。そんな言葉果たして意味などあるのかと、次第に意識が遠退いて、存在さえ忘れてしまった。
 その代わり、世界は言葉に満ちていた。人を殺すような、呪うような、壊すような、傷めるような。顔色を窺う必要なんて無くて、嫌った相手はいくらでも不干渉にできるし、遠ざけられる。無視だって容易い。逆に、認めた人間だけを受け入れることとて許された。

 私と自称する少女は、鍵かけた箱の中にお気に入りの道具だけ入れて閉じ籠った。
 君と呼び掛ける少女は、皆から疎ましく思われ、避けられて。
 ろくに喋れぬ少年は、誰からも拒まれて孤立して。
 声の大きな少年は、自分だけの王国を作り上げた。

 言葉という名の透明な、形無い刃をつきつけて、今日も彼らはもがくようにして生きている。



瀬白孔明って言います。
気楽にこーめー君とか読んで下さい。
友達とTwitter題材にした小説書く話をしていたので実行してみることにしました。
ミュート、ブロック、鍵垢、人によって色んな使い方がありますが、誰と繋がるか誰を無視するか、一つ一つ取捨選択するのは現実のコミュニティでも同じようなものかなと思ったのがこちらを書き始めた発端です。


これは私が殻を破る話>>1


2018年3/19 スレッド作成

Re: 形無い刃をつきつけて ( No.1 )
日時: 2018/03/23 17:07
名前: 瀬白孔明 (ID: EnyMsQhk)

 気が付いたら突き飛ばしていた。彼女の体が後方に倒れて、綺麗に並んだ机がドミノみたいに何台か巻き込むように床を滑り、横たわる。やりすぎたかと一瞬、冷やした腕でなでられたような感じがした。倒れた彼女は数秒の時間、身じろぎ一つしなくて、悲鳴もあげなければ痛いとも言わなくて。
 死んでるのかな、ってそう思ったら、不意にその上体がむくりと起き上がる。痛みに顔を歪めるようなこともなければ、ただただ無表情にこちらを見ていた。床と擦ったスカートに埃がついたため、彼女は灰色の塵を払うべく赤い布を叩いた。
 教室に、大きな音が響いてしまったため、ビクリと体を竦めた大勢のクラスメイト達はこっちを見ていた。いや、正確には、唐突に大きな音を立てて崩れた、木の机の列に対してだ。私のことも、彼女のことも、彼らは見ちゃいない。彼らの世界に私は居たくないし、彼女は目にしたくないと避けられているからだ。
 前触れもなく倒れた机に、彼らは話すことを忘れて黙り込んでしまう。何事かも計り知れぬ得体の知れない出来事を目の当たりにし、彼らは言葉を失ってしまったようだ。
 立ち上がり、彼女は一度私から目を逸らして、近くで唖然として口も閉じれなくなった男子の肩に手を乗せた。その重みを男子は知覚し、次いで彼の世界に彼女が現れる。真っ黒な光彩が目立つ角膜に、彼女の綺麗な顔が浮かんだ。
「ひ、ヒルハかよ……驚かせんなよ。皆びびっちまったじゃんかよ。てかお前まだ着替えてねぇのか。ミュートしてっからいいけどよ、女子ならちゃんと先に着替えとけよ」
「あぁ、すまない。しかしそう捲し立てないでくれ。どうせ見られもしないからリェルと戯れてたんだ」
 小学生だなんて思えないほどに美しく整い大人びた顔のヒルハ。不意に現れた彼女の紫色の瞳が、肩を捕まれた少年の目を奪う。ほんの少し口角を持ち上げて妖艶に笑うその顔に虜になったようで、少年は目の焦点がずれ始めていた。
 あまりに苛烈で、地を這う薄氷のような他者の心を踏み砕いて足跡を残し、道進むような彼女でなければ、おそらく誰もが振り向く美女だというのに。この学年で彼女のことを認知しようとする人は片手で数えるほどしかいない。スタイルもよくて、小学生だけに男子よりも背が高い。
「何だヒルハか」
「じゃあ今のはきっとリェルと喧嘩でもしたのね。ほんと物好き同士、仲睦まじいこと」
「鍵かけるような臆病者とヒルハが睦まじいって、それも変な話だけどな」
 教室にいる、大多数。錠前のついた世界に閉じ籠らず、開いた広い世界と繋がっている人々。同じ世界に並ぶ人々と、同一の人を見ないようにして、友が拒む人を同様に拒絶して、適合者だけでのびのびと暮らしている。私とは正反対。外に出るのが怖くて、見られるのが怖くて。誰にも見られていないのが心地よくて。ついつい、殻の中にとじ込もって、そのまま出られなくなった私。
 時おり彼らの口から溢れるリェルの三文字に、肩が跳ね、背中は丸くなり、全身がびくりとする。折角隠れてるんだから、暴くような真似しないでって、叫んでしまう。その声すら届かないのに、届けてないのに。
 ヒルハは私とは少し違う。人々がヒルハを意図的に無視しようとしているだけだ。彼女がわざわざ接点を持とうと触れさえすれば、たちまちその姿は彼らの世界に現れる。一片の拠り所すら与えず、完璧な拒絶を求めたとしたら、私たちは拒まれた存在に、手で触れることすら能わなくなる。
「わざわざすまない、折角あたしを見ないようにしていると言うのに」
「あー……いや別にいんだよ、ミュート止まりだしよ。拒んでる訳じゃなくて……」
「はぁ……煮え切らない男は好きじゃないな。だがその正直な目は嫌いじゃないよ。ほら、これがお望みの」
 褒美。彼女はよくそう言う。他の人の目には見えていないが、彼女の白く細長い指が、さっきまで肩に手を乗せていた男子の頬に触れる。両の手でその顔を包み込み、背丈の都合ほんの少し見下ろすようにその顔を見据えた。何となく、その顔は獲物に跳び掛かる前の豹のようで。
 見下ろした彼女の、美しい髪が、吐息が感じられるほどに近づいた二人の横顔を隠す。そよ風が触れるだけで、泳ぐように宙をたなびくその真紅の髪が、見下ろした首の角度に合わせるように顔の横から覆って、私の見る角度からはその目元以外見えなくなる。切れ長の目は、まるで私を軽蔑するみたいに、強い意志を持った眼光で私を視界の中心に納めていた。
 紅いカーテンの向こうでは、少年が息を詰まらせたような声。今と言う時間がスローで流れ出す。まるで三日三晩に思えるほどの威圧的な数秒間が過ぎて。
 二人の顔が離れる。隠しだてしていたような髪が退いて、見つめ合う二人の横顔、その全貌が現れる。鼻先数センチを離した程度の距離、名残惜しそうな白い糸が、二人の唇を縫い合わすように繋いでいた。
 まるで薔薇のような娘だと、かつて担任は口にした。その男も彼女の虜になった口で、同じくその炎のような言葉に火傷した同輩だ。彼女はあまりに美しくて、手に入れたいと手を伸ばしてしまう。けれど、触れたが最後。棘を持つ枝が手に突き刺さる。渇望し、強く望めば望むほど、握りしめる手を強くするほどに、我が身が傷ついてしまう。そう言っていた。
 褒美が欲しくて手を伸ばせども、熱望すると身を滅ぼしてしまう。だから見て見ぬふりをする。罪人を焦がす烈火のような、肌を穿つ針のような、彼女の言葉に殺されぬよう。
 放心した少年の様子に、褒美の存在を嗅ぎとったらしい。純真な少年たちは羨望を向け、少女たちは軽蔑の目を向ける。二つの相反する感情をぶつけられた少年はというと、今や視界から消え去ったヒルハのことしか見えていないようだ。つまりは、何も見えてなんかない。
 何で、まるで意味のないことをしている彼女に、こうまで目を奪われるのだろうか。尋ねてみれば、彼女はいけしゃあしゃあとこう答えてみせた。
「危ういから、じゃないかな。いつ「美しいあたし」が、暗澹とした深淵の、限りなく穢れた黒に染まるのか分からないから。危なっかしくて、肝を冷やして、見届けなきゃって思っちゃうんじゃないかしら」
 事実彼女の生き方は、まだ義務教育も終わっていないというのに、己の価値を叩き売りするようなものだった。それなのに、その心には確固たる強い意志の塔が聳えているのがアンバランスだった。
 愚直なまでに正直に生きる。それが彼女の矜持らしかった。思ったことは何でも言う。だから他人の心を切り裂き、だから他者はその心を潰され、それゆえ彼女のことを誰も直視できなくなる。
 正直とは、何も正しく真っ直ぐなことではない。彼女を形成するその深層にある核は大きく歪んでいた。
「あたしね、綺麗なものが壊れるその一瞬が好きで堪らないの。そして今、あたしが見てる中で最も美しいのはヒルハと呼ばれるあたし自身。椿みたいな紅い髪も、アメジストみたいなこの瞳も、膨らみ始めたこの胸も、細く見えるのに厚みがあって柔らかいこの唇も、全部好きで堪らない。だから。だから台無しにしたい。金でもいいから酒でもいいから、肉欲でもいい恋情でもいい、薬だって構わない。この先もっと綺麗になる自分を、あたしが納得できる一番無様な方法で台無しにしたい」
 花火と一緒よ。彼女はそう例えてもいた。取り返しのつかないものが一瞬で舞い散る、それが綺麗だから。その極限を見極めるべく、彼女はヒルハという商品の価値を、活用法を模索していた。
 そう言う彼女は、普段と違ってピクリとも笑っていなかった。それ故に私は悟った。この子が真剣であることを。揺るぎない眼光は、気がふれてないことを表していた。そうかヒルハは、心の底からそう信じてならないのかって、確信せざるを得なかった。
 だから当時も今も、彼女の信条を目の当たりにした私の素直な気持ちは「気持ち悪い」の一言だった。
 今日もまた、彼女は探索、調査という名の実験をするらしい。相手はおそらくバルガンだろう。名前とほんの少しの素性のみ知っている。高等部の一年、ヒルハの姉のウルハ、その恋人だった男。素行はあまりよいと言えず、しかし成績は悪くない。聞こえてくる噂から推察される人柄は、まさに欲に溺れたという表現の似合う男だ。
 体操着を入れていた彼女の袋から、薄いゴムでできた道具がこぼれ落ちたのを見た私は、いい加減にやめた方がいいと呼び掛けた。数少ない、私が近くにいて欲しいと認めた彼女が何処か遠くに行ってしまいそうでとても怖くて。その言葉を理解できるのなんて自分だけだと思い上がっていたせいでもある。
「なら君に教えてあげる」
 それが、押し倒す直前に彼女が放った言葉。次の瞬間、机の上に組み伏せられた私の顔を、彼女の綺麗な髪がくすぐった。白い布と首の隙間から、日を浴びてない陶器のような彼女の肌が見えて。同性だというのに私は、彫刻のように計算され尽くしたかに思える、その体の曲線美に見惚れてしまったという訳だ。
 そして私の体をなぞる、その細い指は、まるでその毒牙を突き立てようと這う白蛇のようで。なぞられるごとに肌の底の方から押し寄せてくる、甘美な悦楽に流されないよう、私は彼女を突き飛ばしたのだ。
 それが私の、初めての抵抗だったように思える。


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