複雑・ファジー小説

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【死本静樹ノ素敵ナ死ニ方】※カクヨム送りにされました☆
日時: 2018/12/22 09:17
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: cl9811yw)
参照: https://kakuyomu.jp/works/1177354054887603930

×



窒息、薬物、毒物、自爆、自傷、焼身、感電、入水、転落、轢死、自殺装置、安楽死。
此ノ世ニハ古今東西、千差万別ノ自殺方法ガ溢レテ居リマス。其ノ理由モマタ、星ノ数ホド。
ソシテ今宵、当座ノ主役ヲ担イマスルハ、稀代ノ自殺願望者デ御座イマス。

死本静樹ノ素敵ナ死ニ方、御堪能アレ。



×




※この小説は不適切な描写があるので、管理人さんにカクヨム送りにされました☆
※続きはURL先で更新するから読んでね☆

■はじめに
◆挨拶 >>7

□本編
◇序章「縊死(イシ)」>>1 >>2 >>3
◇壱章「轢死(レキシ)」>>4 >>5 >>6 >>8(2018/12/20 New!!)

■Twitter
◆筆者近況・更新報告など⇒ @Dorry_0921
◆ハッシュタグ⇒ #死本静樹


Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方 ( No.2 )
日時: 2018/03/30 14:42
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: vGcQ1grn)




#序ノ弐



 どんな芸事にも通じるだろうけれど、とかく物書きと言う人種には変わり者が多い。頭のネジが1つ2つ3つ飛んでいなければ他者をあっと驚かせるような作品は生み出せないという事なのか、ものを書くという行為そのものが常軌を逸しているのか、とにかく変人が多い。
 有名な作家となれば猶更の事、然るべくしてどこか人格的に尖っている。酷い偏見かもしれないが、一応そのくらいの覚悟は携えてきたつもりだった。

「だけど、これっ……こんなの変わってるってレベルじゃない!」
「さっきから改めて果てしなく失礼なガキだな」

 だって目玉が飛び出していた。瞳孔もきっと開いていた。空中に投げ出された四肢は力なく、排泄物まで垂れ流していた。自殺について多少は知らない訳じゃない。ネットや本で読み漁った知識ばかりだけれど、どこかで見た首吊リ自殺の実例通りな惨状だった。
 なのに彼は、死本静樹は何事も無かったように私と向き合っている。

「何で、首を吊ったのに、死んで無いんですか!?」
「そんなモンこっちが訊きたいよ」

 私の問いに、もしくは、もっと別の何かに対してほとほとうんざりとしたような口調と表情だった。見た目の若さにそぐわない陰りが、暗い玄関に紛れている。
 背筋から脊髄を、冷水が差し込む錯覚に苛まれる。何気ない溜め息に込められた途方もない重みが、半狂乱の私を怯ませた。

「……あなた自身にも分からないんですか……?」
「まあ一応心当たりはあるんだけどね。ちょっと待ってて」

 死本静樹は不意に言い出して立ち上がると、足元も拭かないまま奥へと行ってしまった。何か戸棚でも開いて閉じるような音が聞こえた後、間もなくして戻ってくる。何だろうと思ってみやれば、右手には鈍く光るものが握られていた。
 どこの家庭でもよく見かける、ありふれた包丁だった。

「……ギャアーッ!?」

 再び絶叫。
 殺される。
 刺されて殺される。
 そう直感した。

「やめて殺さないで! 殺さないでください! ころさっ……むぐ」

 半ば乱暴に手で口元を塞がれる。青年の顔は焦った様子だった。切羽詰まった眼差しの綺麗な顔立ちが目と鼻の先まで急接近して、少しどきりとする。思ったよりも睫毛が長い。

「バカ殺さねえよ! そんでだからあんまデカい声上げるな、本当に斎藤さん怒らせるとめんどくせえんだから!」

 そんな事言ったって。
 包丁を携えた男。右手には包丁。私は崩れ落ちたまま動けない。しかも今や口元を抑えつけたまま迫られている。
 傍目から見れば問題的な画であるにせよ、しかし確かに咎める傍目が室内の玄関にあるべくも無かった。
 暴れても騒いでも仕方ないと半ば観念した、もしくは疲れ果てている私は、諦観交じりに黙り込む。
 私がおとなしくなると死本静樹もゆっくり手を離した。口に新鮮な空気が入り込む、と言いたいけれど、色んな要因でここに充満している空気は間違っても新鮮ではない。

「じゃあ、一体何を……」

 私が最後まで言い切るよりも早く、彼は思い切り包丁を振り上げた。反射的な短い悲鳴が私の口から洩れる。
 包丁はそのまま振り下ろされた。包丁は死本静樹自身の首を深々と掻き切った。首の横から大量の血が噴き出した。みるみる薄暗い玄関の一角を深紅色に染め上げていく。
 私は絶叫する事も出来ない。呼吸を引きつらせたまま光景を見ていた。人が死ぬ瞬間を。
 死本静樹は白目を剥いた。華奢な体が血の流れと反対側に倒れ込む。瞳はそれぞれ半分ほど隠れながら別々の方を向いている。首からの血は止まらない。しまいには赤い泡まで沸いて来た。泡と大量出血のせいで傷口の様子は詳しく分からないが、明らかな致命傷である事は見て取れた。
 玄関の石床で、血だまりが淀みなく面積を広げていく。死本静樹は横倒しとなったまま微動だにしない。もっと有り体に言えば死んだ——。



 ——そして彼は床に両手をついて起き上がる。



 2回ほど咳き込むと、俗に言う女座りの姿勢のまま私をじっと見つめる。呆けている私としばらく向き合っていた。言葉も一挙一動も封じられたまま漠然と眺める。
 死本静樹が自分の傷口を拭う。何度目になるか分からないけれど、再び我が目を疑った。彼の色白い肌に刻まれた傷が無い。
 靴箱は血飛沫で一角が赤く染められているし、包丁も刃が血に濡れている。しかし大元である死本静樹の首の傷だけが消えていたのだ。

「ひょんな事で、こんな感じの身体になっちゃってさ」

 死本静樹は手で包丁を弄びながら、愚痴でもこぼす様な調子で話し出す。
 今度はその包丁で自らの手首を裂いた。ひとすじの赤い線が入り、彼がそれをシャツの袖で拭うと、既に傷は何処にも無い。拭き残した血の汚れがあるばかりで、浅くない筈の傷口は確かに失せていた。

「だいたいの怪我はすぐに治っちゃう。死んでも生き返る」

 自分の手の平にべっとりと塗れた血を舐めながら、死本静樹は告白した。

「お陰で見た目こんなでも、かれこれ400年くらい生きてるんだよ」


Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方 ( No.3 )
日時: 2018/12/20 12:28
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: 0W9rRz2p)




#序ノ参



「今年は何年でしたっけ」
「平成30年」

 素っ頓狂な質問に、死本は不機嫌そうな表情のまま答える。

「西暦でお願いします」
「2018年」

 分かっては居たけれど改めて確認。まだ相当混乱しているのだ。衝撃で取っ散らかった脳ミソを回すに手近な情報から掴んで片付けていくしかない。
 2018ひく400は1680。違う。1618。つまり何時ぐらいだろう。有名人で言うと誰の時代だろう。室町時代だっけか。いや違うもっと後だっけか。思い出せ一昨日の歴史の小テスト。

「え、と……江戸時代? 江戸時代から生きてるって事ですか?」
「実際はもう何年か何十年くらい前だったかもしれないけどね。大御所様……ああ、家康が生きていた頃だったのは確かだよ。徳川家康は分かるでしょ?」

 死本の作品は全て江戸時代初期から後期を題材としたものだ。彼が世間一般にどういう評価を受けていたか思い出す。
 ——死本静樹といえば”緻密ナ時代考察”と、目が覚めるような生々しい描写で多くの熱狂的なファンを持つ小説家だ。
 単なる時代考証や考察に留まらない、時間の壁すら超えさせる程に凄まじい、彼の文章世界が脳裏で高速再生される。

「じゃあ……あなたの作品で描かれているのは……」
「何も特別な事は書いてない。ただ俺が見てきた通りをそのままに書いただけ」
「……壮絶な人生を送ってるんですね」
「そうかな。俺、歴史を忠実に書き記しているとか、そんな評価が貰えれば充分かなって思って小説家始めたんだけど」

 彼は熱狂的なファンが多い一方、読者によってハッキリと賛否が分かれる事でも有名だ。緻密で凄絶なストーリー。生々しく鮮烈な描写。下馬評の通りに鋭利な作品群は、冗談や比喩で無く読者を情緒不安定にさせる程の迫力がある。
 それが400年に渡る経験の蓄積だと言われれば、納得してしまいそうな程の迫力が。
 靴箱の天板のふちから、血の雫が垂れた。
 我に返っても言葉は出てこない。頭では理解していた。実感が追い付かない。何をどう言うべきなのか、皆目見当もつかないままでいる。そんな私を見兼ねたのか、退屈とでも言いたげに穴の開いた天井を見やりながら、死本は呟いた。

「それも今日で廃業かな」
「はい、ぎょう?」

 さっきから私は言語の理解が遅れている。

「死んだ筈なのに生きてる、とかってなると色々面倒だろ。だから自殺するの見つかる度に、仕事も名前も住む場所も変えてる」
「……自殺は今回が初めてじゃないんですか?」
「ずっと色んな死に方を試してる」

 それこそ400年の間ずっと、と彼は言う。
 窒息、薬物、毒物、自爆、自傷、焼身、感電、入水、転落、轢死、自殺装置、安楽死、戦死、餓死等々、古今東西に溢れる、千差万別の自殺を体験し続けてきたと彼は言う。

「今日はまあオーソドックスなんだけど、首吊りだけど、縄かける角度をちょっと変えてみた。まあ結果はこれだし、そもそもデトックス忘れてたせいでご覧の惨状だけど」

 彼は床を指差して、私たちが座り込んでいる現状を示した。突き刺すような悪臭が嗅覚に舞い戻る。私は眉根をひそめると共に小さくえずいていた。
 死本もずっとしかめっ面を浮かべている。

「そろそろシャワー行ってきていい? いい加減いろいろとキツい」

 ひとまず彼が出た後に、泣く泣く私もシャワーと洗濯機を借りる事になった。







 出してもらった新品のタオルをよく泡立て、普段の何倍も念入りに肌へ擦り付けながら、軽いめまいを覚えるほど思考を巡らせる。
 憧れの小説家が不老不死だった。信じられない。でも現に目の前で2回死んだ。あるいは手品なのか。そんな手品で私を騙すメリットも無いし、今日私が来たのは本当に偶然だ。私はアポも取らずに、彼に取材しに来ただけだ。
 門前払いも覚悟していたけれど、それどころかシャワーを借りている。
 しかし廃業がどうとか言っていた。私が彼の自殺を見てしまったから。
 そこまで考えてひとつ閃く。ほんの一瞬だけ私は、それは人として正しい判断なのかと逡巡する。その意味もない善性は、すぐに振り払う事が出来た。
 正常な判断力や思考力なんて、ちょうど粉々にぶち壊されたばかりだった。

 乾燥機にかけられた私の制服が、乾くまでの代わりに用意してくれたのだろう。男物のスウェットに着替えた私は、諸々の後片付けを済ませていた死本に声をかける。
 まずシャワーと洗濯機と乾燥機と着替えのお礼を言うと、彼はこちらを向かずに、適当な返事をした。しかしそのまま背後から動かない私を不審に思ったのか、死本はこちらを一瞥する。

「……あなたの正体を言い触らされたら、面倒な事になるんですよね?」
「まあ目立つのは嫌いだしな。引っ越しも新しい戸籍を用意すんのも楽じゃねえんだ」

 彼の怪訝な表情は、何が言いたいんだと問いかけていた。
 私がその時、どうしてそんな決断を下したのか、どうしてそんな取引を持ち掛けたのかは分からない。

「お願いがあります」

 全て悪夢だと思い込んでしまいたい筈だった。
 けれど、なのに、とにかく私は死本にこんな提案を持ち掛けた。

「私があなたの正体を黙っている代わりに、これからもあなたの自殺を見たいのですが」



⇒Next. 壱章「轢死」


Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方 ( No.4 )
日時: 2018/12/20 12:41
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: 0W9rRz2p)




 轢死(れきし)トハ、車両等ノ移動装置ノ通行ニ巻キ込マレ死スル事デアル。此レラノ状況ニヨル死因ノ多クハ圧搾デアルガ、車輪ノ種類ニヨッテハ切断サレル事モアル。又、鐡道職員ノ間デ轢死体ハ『まぐろ』、飛散シタ肉片ノ事ヲ『みんち』ト呼ブ事モアルト云フ。



#壱ノ壱



 性欲に絆されない凌辱は、心を快楽殺人しているのと等しい。

 例えば半笑いで制服どころか下着まですべて脱がされ、あられもない醜態をインターネット上に配信される等だ。こっちが殴られようが蹴られようが、どれだけの痣が出来ても血が溢れても犯行側に痛みは通じるべくも無い。
 遊び半分の悪意はこの世の何よりも性質が悪い。罪悪感ですら責め立てられないからだ。

 そうして僕は今日も。殴られ。蹴られ。男子便所の床を転がり。嘲り笑われて。死にかけのミミズみたいだと吐きかけられて。便器に顔面をぶち込まれて。自慰を強要されて。それを撮られて。消してくださいと懇願したら、全裸で土下座する頭を踏みにじられた。しかも要望は聞き入れられなかった。次も金銭を提供する命令だけ告げられた。
 生きる事は地獄だ。死んでからもきっと地獄だ。もしくは無だ。
 だったら最初から生まれて来なければよかったのに。

 生田目偲(ナマタメシノブ)は僕の名前だ。小さい頃から自分の名前が好きになれない。ナメクジみたいな響きだと思っているからだ。
 生き方もナメクジみたいなもので、幼稚園も小学校も中学校もイジメの標的にされるのは通例だった。
 義務教育という制度の中では、いったんイジメの標的にされると、そこから抜け出す事は不可能に近い。同じ学年の見知った顔に対する扱いは学年を経ても引き継がれ、それが僕の事を知らない人にも伝播するからだ。
 だから高校に行けば、少し地域が変われば、劇的に変わらずとも穏やかに過ごせるのではと甘い期待を抱いた。

 悲惨だった。死んでしまった方がマシだ。尊厳なんて無かった。
 サイコパスは未成年にも居る。進学先は運悪く、中学の時に僕をイジメてきた主犯と同じ高校だった。挙句同じクラスだと分かってしまえば、絶望するしか手立ては無い。

 今時ネットのどこにでも転がっているイジメの体験談。
 ニュースに言わせれば『悲惨』らしいが、僕は思いつく限りそれらに代表される全てを体験した。それすらも氷山の一角に過ぎない。僕の他に日本の学生で、便所のゴキブリをそのまま食わされる体験をした人はどれだけ居るのだろう。きっと公表されていないだけで、十数人くらいは居るんじゃないかな。
 ──そんな事を考えながら現実逃避していた。

 イジメの主犯は深沢という。彼は大爆笑していた。
 周りの取り巻きにはドン引きしてる連中もいる。深沢に同調して笑っている奴らもいる。けれど誰も止めようとはしない。それが日本人の習性らしいと、どこかで見た気がする。
 何度もえづく。焼き魚の骨みたいな脚のかけらが気持ち悪い。食道を通った異物感が、胃袋の中でまだ生きている気がする。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。

「まあ良いじゃん! どこだっけ? 中東? どっかの国ではゴキブリだって立派な食べ物だよ! 名物だってさ! どう? 名物おいしい?」

 最悪だ。最悪だ。最悪だ。眩暈がする。目が回る。最悪だ。最悪だ。気持ち悪い。最悪だ。最悪だ。最悪だ。気持ち悪い。嫌だ。最悪だ。最悪だ。不味い。最悪だ。最悪だ。最悪だ。死にたい。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ。最悪だ!

 耐えかねて嘔吐する。半透明の黄色い汁ばかり出た。きたねぇと罵った深沢が、ひと際強い蹴りを僕に見舞う。
 彼らは決して僕の顔面に暴力を振るわない。目立たないようにする為だ。そしてまた一斉に僕を嘲笑った。またスマホで僕の醜態を撮影して晒した。
 法の抑止力なんて表面的なもので、身内だけでやり取りされるコミュニティまで警察はめったに介入できない。現に彼らの『生放送』は数か月間続いていた。







 駅のホームは今日も一面の灰色に見えた。
 報復が恐ろしい。頼りない警察に駆け込んだところで僕を助けてくれるのだろうか。相手も未成年だから対応できないんじゃないだろうか。
 親に心配をかけたくない。もし言ったところで余計な大事にされたくない。言っても『嫌と言えないお前が悪い』と言われたらどうしよう。小学校の時に言われたことがある。僕はあの時ハッキリと親に失望した。

 死にたい。地獄よりもしんどい目に遭っている。けれど自殺する勇気すら持ち合わせていない。どこかへ逃げ出したところで、このクソみたいな人生から逃げ出せないんだろう。現にこうやって悪魔が追いかけてきたんだから。
 何で、どうして、僕は生まれてきたんだろう。何でこんな奴らも僕と同じように生まれてきたんだろう。どっちか虫けらに生まれて来ればよかったのに。
 死にたい。死ねない。殺してほしい。頭を銃か何かで撃ち抜いて。もしくは痛みを感じる間も無いくらい、一思いにタイヤか車輪で擂り潰して。

 延々と祈った。淡々としていて、出来るだけ苦しくなくて痛みのない死を。
 一思いに終わらせて欲しかった。そんな願望を抱えたまま、ふらふらとホームから線路側に、まるで吸い寄せられるようだった。足取りはそれなりに軽い。
 僕に保険は掛けられているんだろうか。保険金で親は多少楽に暮らせるだろうか。そんな事を考えて、薄い雲のかかった青空を見上げながら、ふらふらと歩いていた、瞬間。



「……──いや、その体勢じゃ結構苦しいだろ。それにホームのこの位置は電車の勢いが落ちるから、出来ればもっと向こうのホームの端から飛び込んだ方が良いぞ」



 若い男の涼しげな声が、聞こえた。
 振り返ると細身の青年がじっと僕を見つめている。背丈も服装も目立っている訳じゃないけれど、朝の駅のホームで彼だけが異様な存在感を醸していた。
 そこだけ樹海が存在しているようだ。
 僕は言葉を失った。動けなくなっていた。その間に電車がやってきた。ついに飛び込めなかった。僕は黄色い点字ブロックの内側にいた。他のサラリーマンや学生と思しき人達が、僕を追い越して車内に入り込んでいく。
 青年は相変わらず僕を見つめていたが、僕は視線を逸らし、他人のふりをして、何も言わず今日も重苦しい鉄の塊の中へ身体を滑らせた。



Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方 ( No.5 )
日時: 2018/12/20 12:40
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: 0W9rRz2p)




#壱ノ弐



「もう死んだほうが楽な気がしてきた」
「もう既に目は死んでるよメグ」

 机を挟んで向かい合っている彼女に、真顔で言われたので真顔で返す。
 真剣な表情とは裏腹にその瞳は絶望色の闇が広がっており「もうやだおうち帰りたい」と切実に訴えかけてきていた。

「世の中のテストと呼ばれる類は全部滅べばいいのに! 競い合って勝った負けたなんてやったって誰も幸せになれないよ!」
「人間として成長は出来ると思うよ?」
「人間皆最後は死んで千の風になってあの大きな空を吹き渡るんだから意味ないって!」
「そういうコトは倫理の赤点脱却してから言いましょうネー」
「そういう弥生はどうなんだよ!」
「だって毎日予習と復習やってるもん」
「裏切り者!」
「思わぬ濡れ衣だよ!」

 メグ——喜志元恵(キシモトメグミ)は奇声を上げて両手を上げ、それから勢い良く私の机に突っ伏した。まるで泣き上戸の酔っ払いのように、彼女は延々と盛大に嘆き続ける。
 最初は周囲の視線が痛かったけれど、試験が近づくたびにこれは繰り返されるので、周りも私も既に慣れたものである。
 メグはこうしてたびたび私にノートを見せてもらったり、勉強を教えて貰いに来る。本人は気付いていないようだけど、頬にプリントされた落書きによって彼女がまともに授業を受けていないのは簡単に察せた。おおかた今日は一通りホモォな絵を描いて、満足してからずっと寝てたな。
 学校のテストなんて授業さえ真面目に聞いていれば点数取れると思うのだけど。ここは進学校でもないし。

「ちゃんと授業聞いとけば……」
「実は母上が重い病で介護が云々」
「昨日メグが電話してきたとき中年女性の元気そうな声が通話越しに聞こえてきたけど」
「アレはウチのメイドさんの声で云々」
「じゃあメグが介護する必要無いよね?」
「謀ったな貴様ッ!」
「次言われても絶対ノート見せないからね」
「死本静樹センセーのマンションの部屋教えてやった恩を忘れたか!」
「そっちから言ってきたんじゃん……」

 そもそも、それの所為で私は散々な目に遭ったのだし。あの一件以降、彼の部屋に入り浸っているのも事実だが。入り浸っていることは、メグには話していない。
 うら若き女の子が独身男性の部屋に通い詰めているなど、どう転んでも勘違いされるに決まっていた。特にこの子の場合は。

「そんで、どうだったの?」

 メグは身を乗り出して聞いて来た。

「何がよ」

 彼女の目が爛々と輝いている笑みに若干たじろぎつつも聞き返す。

「ナマの死本センセイ」

 彼女はずずいと更に私に詰め寄った。

「どうって……」

 彼女も死本静樹のファンだ。こうして仲良くしているのも、きっかけは死本静樹の作品の話で意気投合したからである。
 あの日本当は彼女も来るはずだったのだが、数学の早川に補習で呼び出されて行けなくなったと涙ながらに電話してきた。泣くことはなかろうに。
 むしろ彼女は運が良かったのかもしれない。失禁もせず、そして人間が自殺する有様を見ずに済んだのだから。それも二度。

「……変ってレベルじゃなかった」
「マジで!?」

 メグは目を輝かせた。彼女も大概変だけど、死本静樹は度を越している。

「今度は私も絶対行くからね!?」
「あ、多分やめといた方がいいと思うよ」

 慌てて、引きとめようと言葉をかける。

「なんでや!」
「……執筆とか忙しいみたいだし」

 自殺現場を目撃することになるかもしれないからとか、本人がそれでも死ねない400年生きているクリーチャーだからとか、事実を言うのはよしておいた。
 それに私は、彼が不老不死であるということを誰にも言わない約束で、彼の部屋に毎度お邪魔させていただいている。

「そっか、なら暇な日聞いておいてよ。教えてくれればあたしも行くから」

 あくまで付いてくる気のようだ。

「でも、だったらあまり話とか出来てない感じなの?」
「まあ……うん」

 忙しいから話が出来ないというのは嘘である。彼はかなりの速筆であり、仕事が立て込んだりすることはほとんど無いらしい。
 だから私も結構な頻度で、自分の小説を見てもらえている。
 問題は──その彼が、仕事をしていない時は何をしているかであって。

「そっか、残念だね」

 彼女は仰け反って椅子の背もたれに寄りかかった。

「何が?」
「弥生が前に、周りに同じ趣味の人がいなくて中々話せないって言ってたからさ」

 そういう話が出来る人が増えたら良かったのにね、と、おそらくそう言いたいのだろう。
 確かに、身近にそういうつながりを持てたのは良かったかもしれない。さらに言えば、相手は曲がりなりにもプロの、それも人気な小説家だ。
 もっとも彼は競い合う相手と言うより尊敬する人物に近い。
 小説家としてはともかく、人間的には目標にしたくないけど。

「そういえば……あ、いや、ごめん、なんでもない」

 メグが言いかけて、やめる。彼女にしては珍しいことだった。

「気になるから言ってよ」

 私の追及に、彼女は少し困ったような顔を見せた。

「いや、あのね?」

 これも彼女にしては珍しく、潜めた声だった。

「生田目君、居るでしょ。生田目君も小説書いてたって、去年彼と同じクラスだった友達に聞いたからさ」

 私は「そうなの」と適当に相槌を打つ。
 生田目君とは、私のクラスでいじめられている男子生徒の名だ。



Re: 死本静樹ノ素敵ナ死ニ方 ( No.6 )
日時: 2018/12/20 12:29
名前: Viridis ◆vcRbhehpKE (ID: 0W9rRz2p)




#壱ノ参



 本当にイジメが起こっている周りでは「イジメ」という単語は使われない。理由は3つ。

 1つ目、イジメを行う主犯達はそれがイジメだと思っていないから。単に「面白いから」「楽しいから」「遊びの一環」でやっているので、自分がやっている事が悪だなんて自意識は微塵も持ち合わせていない。だから自分のやっている事が、世間で言う絶対悪のイジメだとは結び付かない。たとえ事実から目を背けてでも結び付けない。

 2つ目、イジメが起こっている周りも、それがイジメだと認めたくないから。なぜならそれがイジメだと認めた瞬間に「自分はイジメを見過ごした事なかれ主義の偽善者」だという事も認めてしまうからだ。なのでイジメじゃなく、行き過ぎたコミュニケーションの一環でしかなく、もしイジメがあったとしても、それは自分の与り知らぬ場所で起きた事だと思い込むようにしたいのだ。普通一般の傍観者たちはそうなのだ。

 3つ目、誰も好き好んで悪役を演じたくはないから。以上の状況を総括すると、イジメられている本人が何も言わずに我慢を貫けば、イジメた犯人達もその周りも、親も教師も学校も平穏が約束される。ある意味で最大多数の幸福に繋がる。

 平穏の為には「イジメなんて無かった」という建前が必要だ。だから主犯はイジメだと思わない。だから周りはイジメという単語を口に出さない。こうして心の殺人は、静かに容認されていく。

 結局のところ私の学校でも例外じゃない。生田目偲という生徒は傍目から見ても明らかなイジメを受けていたが、誰もそれを進んで表沙汰にしない。
 私も、歌方弥生も物言わぬ傍観者だ。その事実が前から気に食わなかった。
 考え無しにイジメグループに口答えすれば、次のターゲットは私で間違いない。そんな恐怖に竦んで何もしない周りにも、自分にも煮え切らない苛立ちを覚えている。
 性根が卑怯で臆病な私が、考え抜いたせこい手はこれだ。

「生田目君も小説を書いてるんだ?」

 放課後の、私と生田目君しかいない教室。傾いた日光が差し込むオレンジ色の空間で、私は破られた原稿用紙を拾い上げながら言った。生田目君は驚いたように目を丸くして、しばらく私の方を見る。
 すぐ視線を床に落とした彼は、何も言わず引き続いて原稿用紙を拾い上げる。断片的になった文章からは当然全てを読み取れないが、それだけでも私には分かった。
 この人、語彙力が半端じゃない。同い年でこんな文章を書ける人がいるのか。

 ゾッとするような才能は、得てして誰も目を向けていないところに隠れているものだ。生田目君の文才に戦慄しながら、私の思惑は別のところにある。
 イジメられている彼と共通の趣味を見つけ、少しでも仲良くする事が出来ればと思った。それで少しでも彼の心の助けになれば「イジメられている人を前にして何もしなかった」という事実を作らずに済むのでは考えた。

 ——卑怯で小賢しくてみみっちいね、と自分を嘲笑う自分自身を、うるさいと叫んで、必死になって脳内で払いのける。
 とにかく私は生田目君に話しかけた。彼は俯いたまま何も言わずに破られた紙片を黙々と拾い上げている。

「私も書いてるんだ。と言っても大したものじゃないけど」

 ぱっと、一瞬だけ生田目君の顔が驚いたように私を向く。けれど返事はない。
 彼は粗方拾い終わった紙片の束を黒いエナメルバッグに詰め込みおもむろに立ち上がると、無言のまま小さく頭を下げて、そそくさと走り去った。
 難儀だなあ、なんて考えながら彼の後ろ姿を見送る。
 別に哀れな子羊に救いの手を、みたいな傲慢な気持ちで話しかけたワケではないけれど、ただ私は『イジメを前にして、何かしようとした自分』になりたいのだと気付いた。
 彼はそんな私の自己満足も見抜いたのかもしれない。







「ほっとけば?」

 死本静樹は一刀両断した。
 放課後に死本邸へ立ち寄った私は、どうにもモヤモヤしている心の内を全部、彼に相談してみた。彼は自分の作品を推敲しつつ、こちらを見ようともせずに言い捨てる。

「ほっとけばって……」
「そいつの事、好きなの?」

 質問の意味が分からず黙る。それが恋愛として生田目君が好きなのか、という質問だと察し、慌てて首を横に振る。
 そもそも私には彼氏がいる。彼氏がいる身で独身男性の部屋に入り浸るのも、我ながらどうなんだ……って感じはするけれど。

「じゃあどうして助けたいと思った?」
「それは……自己満足です」

 ハッキリ言えば『生田目君が可哀想』というより『恐怖に負けた自分が嫌』なのだろう。だから何かしらの足掻き方を探している。偽善に過ぎないのは自覚していた。
 しばらく死本さんは黙ってから、不意に立ち上がって『緑茶で良い?』と聞いてきた。私は『ありがとうございます』とだけ返す。
 湯呑みにお湯を注ぎながら、彼はキッチン越しに言う。

「中途半端な覚悟で踏み入ると、後で死ぬ程後悔すると思うぞ」

 こういう時、普通の大人ならそういう返しをするのだろうと予想はしていた。ただ彼が言う『死ぬ程』は、どうしてか尋常じゃない重みを含んでいるように思える。
 釈然としないまま何も言い返せない私に彼は続けた。

「日常の嫌がらせレベルだったら、それで救われるだろうがよ。聞いた感じガキのじゃれ合いって範疇を超えてるだろ。中途半端な事すれば、火に油を注ぐと思うがね」
「例えば?」
「矛先がアンタにも向くか、イジメが更にエスカレートするかだろ。先に間違いなく俺達に加担しろ、みたいな事を言われるだろうがね」
「どうして言い切れるんですか?」
「心を開いた奴に裏切られるのが、人間は何よりも堪えるからさ」

 つまりどう足掻いても、生田目君と関わるのなら、厄介な事に巻き込まれるだろう、というのが死本さんの見解だった。自分が傷付かずに相手の為になれる、そんな都合の良い手段は無いんだと彼は言外に告げる。
 しかし私はバッグを掴んで立ち上がる。それから死本さんに向かって放った声は、自分でも分かる程度に震えていた。
 恐らく私は悔しいのだと思う。400年以上も生きた彼なら、私じゃ考え付かない答えを持っているのではないか——おそらく、勝手にそんな期待を抱いていたのだ。
 なのに『ほっとけば?』という言葉が彼の口から出た事が。そこらの親と変わらない。

「だからって放っておけません」
「あっちょいお前……待っ……」

 そのまま早足で玄関へ向かい、ローファーを履いて出ていく。背後から『緑茶、入れたのにどうすんだよコレ……』と聞こえた気もしたが、振り返らなかった。



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